L vs ルルーシュ   作:stein0630

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最初に揺れた名前は、意外にもナナリーではなかった。

 

シャーリー・フェネット。

 

Lはその名前を、ただの雑談のように会話へ混ぜた。

場所は、学園近くの喫茶店。

午後の遅い時間。

窓際。

人目はある。

だからこそ、会話はむしろ危険だった。

 

「シャーリーさんは、よく気づく人ですね」

 

向かいに座ったルルーシュは、紅茶のカップを持つ手を止めなかった。

止めなかったが、Lはその前の一拍を見ていた。

 

「何の話だ」

 

「あなたのことをです」

Lはケーキを崩しながら言う。

「彼女、あなたが最近ほとんど眠っていないことに気づいていました。

しかも、その言い方が面白かったんです。

“ルルって、考え事してる時ほど優しくなる時がある”と」

 

ルルーシュは眉一つ動かさない。

だが内側では、高速で線を引き直していた。

 

シャーリー。

そこか。

いや、そこ“から”か。

 

Lはナナリーをいきなり出さない。

まず周辺の、人間関係の温度を見る。

名前を一つ出し、反応の濃淡を測り、どこまで“ルルーシュ・ランペルージ”が残っているかを確認する。

実に嫌なやり方だ。

 

「それがどうした」

 

「いえ、ただ」

Lは平然と続けた。

「ゼロは、優しくなる余白をあまり持たないので。

あなたは、まだそこが分離しきっていないんだなと思いました」

 

「相変わらず、他人の私生活を材料にするのが好きだな」

 

「好きではありません」

Lは即座に否定した。

「でも、必要なことはあります」

 

ルルーシュはカップを置いた。

陶器がソーサーに触れる小さな音。

その小ささが、かえって場を冷やす。

 

「L。お前は勘違いしている」

彼は静かに言った。

「俺が誰にどう接していようと、それはゼロの行動原理とは別だ」

 

「はい。半分はそうです」

Lはあっさり頷く。

「でも残り半分は違います。

人は、完全に別の顔で生き続けることはできません。

どこかで漏れる。

あなたの場合、その漏れ方が“守る相手を前にした時の判断遅れ”として出る」

 

「証明できるのか」

 

「少しずつしています」

 

その答え方が、ひどくLらしかった。

一つ一つは証拠にならない。

だが積み上げる。

相手自身が、自分の中の揺れを否定しきれなくなるまで。

 

「シャーリーさんは急所ではありません」

Lはそこで言った。

「でも、急所の周辺にいる人です」

 

ルルーシュは、そこだけわずかに笑った。

冷たい笑いだった。

 

「だったら忠告してやる。

周辺から入ると、中心を見誤るぞ」

 

「そうかもしれません」

Lは紅茶を飲む。

「でも、中心をいきなり刺すのは下手です。

あなたは、その瞬間に盤をひっくり返すので」

 

喫茶店の外では、学生たちが笑いながら通り過ぎていく。

その音が、このテーブルだけ別の世界にあるようで、妙に遠かった。

 

ルルーシュは理解する。

Lはもう、名前の使い方を覚えた。

これから先は、軍でも行政でもなく、“ルルーシュ・ランペルージという人間”を構成する名前たちが盤上に乗る。

 

その夜、シャーリーは自室で、妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

理由は説明しにくい。

最近のルルーシュが、前より少し遠い。

それでいて、ときどき前より優しい。

矛盾している。

だが、彼は昔からそういう人間だったといえば、そうなのかもしれない。

 

問題は、今日見かけたLだ。

あの変な座り方の、不思議な人。

話していると、こちらの答えより、答える前の間の方を聞かれている気がする。

 

「……やだな」

 

独り言が漏れる。

 

彼女はまだ知らない。

自分の名前が、もうすでに別の場所で“急所の周辺”として使われ始めていることを。

 

一方、ルルーシュは黒の騎士団拠点で珍しく早い時間から作戦会議を開いていた。

 

「Lが人間関係を見始めた」

 

扇が顔をしかめる。

「つまり?」

 

「俺自身を追うために、軍や行政の構造ではなく、学園側の名前を使うってことだ」

ゼロは地図ではなく、人名を書き込んだ表を示す。

ナナリー。

シャーリー。

ミレイ。

リヴァル。

スザク。

カレン。

そして、いくつかの学園関係者。

 

「露骨に保護すれば、それ自体が答えになる」

ゼロは言った。

「逆に放置すれば、Lに自由な観察材料を渡す。

だから必要なのは保護じゃない。

“誰にも優先順位が見えない状態”を作ることだ」

 

ディートハルトが目を輝かせる。

「素晴らしい。

急所を一点に見せず、全部を少しずつ重要に見せる」

 

「そうだ」

 

「でも、それって大変じゃない?」

カレンが腕を組んだまま言う。

「全員に同じ温度で接するなんて、無理でしょ」

 

ゼロは一瞬だけ黙った。

その沈黙が、逆に答えだった。

 

「無理だ」

彼は認めた。

「だから演出で補う。

接触記録、行動履歴、目撃証言。

“ルルーシュ・ランペルージ”が誰に対しても、それなりに気を配っているように見せる」

 

扇が低く言う。

「つまり、偽の優先順位をばら撒くのか」

 

「偽じゃない」

ゼロの声が少しだけ硬くなる。

「ただ、見せる順番を整えるだけだ」

 

C.C.が壁際で笑った。

「便利な言い換えだな」

 

ゼロは無視した。

 

だが、その瞬間だけ、カレンは気づいた。

今のゼロは、以前よりこういう言い換えを多用する。

事実を隠すためではない。

自分自身が直視しないために。

 

Lはその変化を、別の角度から拾っていた。

 

「彼、最近“誰にでも少し優しい”ですね」

 

ワタリが資料を見て言う。

学園での接触記録。

ルルーシュの行動ログ。

以前より、わずかに偏りが減っている。

シャーリーへの返答。

ミレイへの付き合い。

リヴァルへの会話。

ナナリーへの移送補助。

どれも極端ではない。

極端ではないこと自体が、不自然になりかけている。

 

「はい」

Lは頷いた。

「とても分かりやすいです」

 

「つまり?」

 

「私に見せているんです。

“急所は一点じゃない”と」

 

ワタリが少しだけ笑う。

「実際は違う」

 

「はい」

Lは平然と言う。

「一点、あるいは二点です。

でも彼は今、それを薄めようとしている。

なら逆に、薄め方の不自然さを見ればいい」

 

「誰が濃いですか」

 

Lは少しだけ考え、答えた。

 

「ナナリーさんです。

ただし、今いちばん危ないのはシャーリーさんかもしれません」

 

「なぜ」

 

「彼女は、ルルーシュの“普通の顔”に触れやすい位置にいます」

Lは言った。

「ナナリーさんは中心すぎて、彼も逆に慎重になる。

でもシャーリーさんは周辺だから、少し気を抜く。

そういう場所から、急所の形は漏れます」

 

「使いますか」

 

そこでLは短く沈黙した。

使う。

それが最短だ。

だが、どの程度までか。

この問いに、以前の自分なら迷わなかった。

 

「……接触します」

Lは言った。

「でも、巻き込み方は最小限に」

 

ワタリは何も言わない。

ただ、その一瞬の間を覚えておく。

Lが“最短の正解”をそのまま取らなくなっている時、相手は相当に深いところまで来ている。

 

翌日、シャーリーは放課後にLへ呼び止められた。

 

校舎脇。

人通りはあるが、立ち止まるには不自然でない場所。

相変わらず、あの男は露骨にはやらない。

 

「こんにちは」

 

「……こんにちは」

シャーリーは少し身構える。

「何ですか?」

 

「少し、ルルーシュさんのことで聞きたいことがあります」

 

その名前が出た瞬間、彼女は自分でも分かるくらい反応した。

Lはもちろん見逃さない。

 

「警察みたいなことするんですね」

 

「たぶん少し違います」

Lは言う。

「でも、知りたいことは似ています」

 

「ルルに何か?」

 

「何か、というより」

Lは首を傾げた。

「彼、最近変じゃないですか」

 

変。

その言葉は、驚くほど簡単に彼女の中へ入ってきた。

なぜなら、自分でもそう思っていたからだ。

 

「……少し」

 

「どんなふうに」

 

シャーリーは少し迷った。

話していいのか。

どこまで話すのか。

だがLは、そういう迷いすら材料にする人だ。

だからこそ嫌なのに、なぜか無視できない。

 

「前より、優しい時があるんです」

彼女は言った。

「でも、それって良い意味じゃなくて。

何ていうか……後から思い出したみたいに優しいというか」

 

Lの目が、ほんの少しだけ細まる。

 

「後から思い出した、ですか」

 

「はい。

普段はすごくいつも通りなのに、急に“あ、今この人、自分が誰かにどう見えるかを意識した”みたいな瞬間があるんです」

 

そこまで言って、シャーリーは自分で驚いた。

そんなふうに言語化したことはなかった。

でも、言ってみるとしっくりきた。

 

Lは静かに聞いている。

相槌が少ない。

その少なさが、逆に話させる。

 

「あと、前より……」

シャーリーは少し目を伏せる。

「ナナリーちゃんのことになると、やっぱり違うかなって」

 

来た。

Lの内側で、何かが一つ噛み合う。

 

「違う、とは」

 

「説明しづらいです」

彼女は困ったように笑う。

「ルルって、基本的には何でも自分で抱え込む感じなんです。

でもナナリーちゃんのことだと、抱え込むっていうより、“その前提で全部組んでる”感じがするというか」

 

それは、かなり核心に近い言葉だった。

 

Lはそこで追い込みすぎない。

今の時点で十分だ。

これ以上掘れば、シャーリー自身が“何を言わされたか”を意識しすぎる。

 

「ありがとうございます」

 

「……それだけですか?」

 

「はい」

Lは言った。

「とても重要でした」

 

その返しに、シャーリーはむしろ不安になる。

何が重要だったのか。

どこまで話してしまったのか。

 

Lは最後に一つだけ付け加えた。

 

「彼のこと、少し気をつけて見ていてください」

 

「どういう意味ですか」

 

「たぶん」

Lは少しだけ遠くを見るように言った。

「これから彼は、もっと“普通に見える”ようになります。

でも、本当に普通な人は、そこまで頑張って普通には見えません」

 

シャーリーは返答できなかった。

Lはそれ以上何も言わず、去っていく。

 

残された彼女は、妙に嫌な胸騒ぎを覚えていた。

ルルーシュの何かが、自分の手の届かない場所で、どんどん大きくなっているような感覚だ。

 

その日の夜、ルルーシュはシャーリーの表情を見た瞬間に、何があったかを察した。

 

生徒会室。

他愛もない雑談。

ミレイの冗談。

リヴァルの騒ぎ。

だが、その中でシャーリーだけが、一度だけ“確かめるように”自分を見た。

 

Lだ。

 

話した。

しかも浅くではない。

少なくとも、彼女の中の違和感を言語化させる程度には。

 

「……来るな」

 

心の中でそう呟く。

焦るな。

ここで過剰に優しくすれば答えになる。

距離を取っても答えになる。

だから普段通り。

普段通りに、少しだけ遅れて返す。

 

「ルル?」

 

シャーリーに呼ばれ、彼は自然な顔で振り向いた。

 

「何だ」

 

「明日さ、書類運ぶの手伝ってくれる?」

 

「いいが」

 

即答。

速すぎず、遅すぎず。

だがシャーリーは、その返事の後にほんの僅かな“確認”が入ったのを感じた。

お願いされたから受けた、ではない。

“ここで断るとどう見えるか”が一瞬挟まったような。

 

その感覚に、自分で傷ついている顔をしたからだろう。

ルルーシュは内心で舌打ちした。

最悪だ。

Lは、周辺の人間に“違和感の目”を植えつけ始めた。

 

C.C.の言葉が蘇る。

Lは罪を軽くするためには来ない。

もっと重くするために来る。

本当にその通りだった。

 

あの探偵は今、自分を追うためだけでなく、

“ルルーシュ・ランペルージでいることそのもの”をじわじわ腐らせに来ている。

 

Lは報告書に短く追記した。

 

――シャーリー・フェネット証言。

――ナナリー関連でルルーシュの判断様式に構造的偏り。

――よって、中心急所はナナリー・ランペルージである可能性極めて高い。

――ただし、現時点で直接接触は危険。

――先に周辺人物の認知を揺らし、ルルーシュの“普通”を維持困難にする。

 

書き終えた後、ペンを置く。

以前なら、ここまで来た時点で次の一手はもっと単純だった。

 

ナナリーを観察する。

スザクを使う。

シャーリーをもう一段深く聞く。

そうして包囲を閉じる。

 

だが、Lはすぐには動かなかった。

窓の外を見た。

夜。

まだ乾ききらない街路。

人の流れ。

灯り。

 

ルルーシュ・ランペルージは今、追われていると知りながら、まだ日常の顔を保とうとしている。

それを崩せば確かに近づく。

だが崩しすぎれば、ゼロだけが残る。

 

「……難しいですね」

 

独り言。

ワタリは黙っている。

そういう時のLには、口を挟まない方がいい。

 

やがてLは言った。

 

「次は、名前を直接使います」

 

「ナナリーですか」

 

「いいえ」

Lは首を振る。

「その前に、もう一つだけ挟みます。

彼が“中心に近い周辺”をどう切るかを見たい」

 

「誰を」

 

Lは短く答えた。

 

「シャーリーさんです」

 

その一言は冷たい。

だが、内側には別の重さがあった。

シャーリーは中心ではない。

だから使いやすい。

その使いやすさを理解しているからこそ、少し遅れた。

 

それでも、やる。

 

探偵とはそういうものだ。

少なくともLは、そうやってここまで来た。

 

その夜更け、ルルーシュは一人、チェス盤を見下ろしていた。

 

シャーリー。

ナナリー。

スザク。

名前が並ぶ。

どれも、ゼロには不要な駒だ。

だがルルーシュには違う。

 

以前なら切れたかもしれない。

今は分からない。

分からないこと自体が敗北に近い。

 

「L……」

 

その名を口にするだけで、思考が冷える。

相手はもう、能力の条件や作戦の構造だけではなく、

自分がまだ切れない名前の順番まで読みに来ている。

 

なら、先に切るか。

シャーリーを。

スザクを。

学園を。

日常を。

 

そう考えた瞬間、ナナリーの顔が浮かぶ。

学園そのものより、もっと深い場所で、

“ここだけは普通であってほしい”と願っている自分がいる。

 

「くそ……」

 

吐き捨てても、答えは出ない。

 

Lは来る。

次は、シャーリーを使う。

その先にナナリーがある。

なら、その前にこちらも、Lの中心へ触れなければならない。

 

探偵の急所。

まだ切っていないもの。

まだ、人間のままでいる部分。

 

ルルーシュはゆっくり目を閉じる。

Lは無機質に見える。

だが違う。

ユーフェミアの件で止まった。

ナナリーにはまだ触らない。

そこには必ず理由がある。

理由があるなら、切れない場所がある。

 

「見つける」

 

それは宣言というより、自分への命令に近かった。

 

次は、名前と名前の戦いになる。

軍でも国家でもなく、

たった一人をどう盤へ乗せるかで、

相手の人間性そのものを試す勝負だ。

 

そこまで行けば、

たぶんもう、どちらも前と同じ顔ではいられない。

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