L vs ルルーシュ   作:stein0630

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ワタリが前に出たのは、Lの指示ではなく、自分の判断だった。

 

「それは、あまり良い手ではありません」

 

慰問行事の帰路、車内でそう言った彼に、Lは窓の外を見たまま答えた。

 

「はい。知っています」

 

「ルルーシュ・ランペルージは、すでに私へ視線を向け始めています。

なら今さら、こちらから露出を増やす必要はないはずです」

 

「あります」

Lは短く言った。

「隠しているだけだと、彼の想像に育てられる。

彼は見えないものを過大評価する癖がある。

なら、少しだけ見せて、読み筋をずらした方がいい」

 

ワタリは黙った。

それは理屈としては正しい。

だが、理屈として正しいことと、やるべきことが一致しない局面はある。

 

「あなたは、私を囮にするつもりですか」

 

Lはそこでようやく視線を向けた。

いつもの眠たげな目。

だが今は、その奥に微かな疲労がある。

 

「囮という言い方は、少しだけ正確じゃありません」

 

「では、何です」

 

「見せ札です」

Lは言った。

「彼に“ここが急所かもしれない”と思わせる。

でも、本当の急所だと確信させる前に、別の情報を渡す」

 

ワタリが小さく息をつく。

 

「ずいぶんと危うい」

 

「はい」

Lはあっさり認めた。

「でも、ルルーシュはもう、私を“切るだけの探偵”として読み切ろうとしています。

そこにノイズが必要です」

 

「私がそのノイズになる」

 

「そうです」

 

数秒の沈黙。

やがてワタリは言った。

 

「あなたは、最近少しだけ言い方が変わりました」

 

「そうですか?」

 

「ええ。前なら、もっと冷たく命じた」

 

Lは少しだけ首を傾げた。

その反応自体が、半分は肯定だった。

 

「……かもしれません」

彼は静かに言う。

「でも、それでもやるしかないので」

 

ワタリはそれ以上、反対しなかった。

長く一緒にいれば分かる。

Lがこの声になる時は、もう決めた後だ。

ただ、決めたことが気持ち悪い時だけ、ほんの少しだけ人間らしくなる。

 

数日後、ルルーシュのもとへ一つの情報が入った。

 

Lが、珍しく公式の場へ姿を見せる。

しかもワタリを伴って。

 

場所は、国際捜査連携の非公開ブリーフィング。

内容は、特区虐殺後の治安再編と域内情報共有。

表向きには何の変哲もない。

だがルルーシュには、それがあまりにも不自然に見えた。

 

「見せてきたな」

 

ゼロの仮面の下で、彼は低く呟く。

 

ディートハルトが楽しげに言う。

「ついに“Lの側”が見える場面です。

狙いますか?」

 

「狙う、か」

ルルーシュは資料を見下ろした。

L単独ではない。

ワタリ同席。

しかも半公的空間。

そこへ“見える形で”二人を出す。

 

露骨すぎる。

だが、露骨だから罠とも限らない。

Lは最近、その境目を曖昧にするのが上手い。

 

「どう見る?」

C.C.が問う。

 

「二択だ」

ルルーシュは答える。

「本当にワタリを見せ札として出してきたか。

あるいは、俺が“ワタリが急所だ”と確信して食いつくのを待っているか。

そして嫌なのは、どっちでもLが損しないことだ」

 

ディートハルトが笑う。

「素晴らしい。

相手の急所候補を見ても、殴れない」

 

「違う」

ルルーシュの声が少しだけ鋭くなる。

「殴れる。

ただし、その瞬間に俺の読み筋も向こうへ渡る」

 

そこが問題だった。

今の二人は、急所そのものより“急所へどう触ろうとするか”を互いに見ている。

ワタリへ動けば、Lは“ルルーシュが本当にワタリを重いと見た”と確信する。

動かなければ、“まだ見極め中”だと分かる。

どちらも情報になる。

 

「……なら」

ルルーシュは目を細めた。

「触る。

ただし、ワタリ本人には」

 

「触れない?」

 

「そうだ」

彼は言った。

「Lは、俺が直接ワタリへ向かうのを待っている。

なら、その周囲へ行く。

ワタリが“どこで人間になるか”だけを見に行く」

 

C.C.が笑う。

「まるでLみたいだな」

 

「嫌な言い方をするな」

 

ブリーフィング当日。

会場は租界中心部の行政棟。

重警備。

入退館管理。

出席者は軍・行政・警察・外部顧問。

 

Lはそこで、珍しく本当に“見える位置”にいた。

いつもの隅ではない。

それでも中央ではない。

誰からも視界に入るが、誰の視線にも属していない位置。

 

その隣にワタリ。

年齢の分だけ目立たない。

だが、Lの側に立つと逆に輪郭が浮く。

この二人が同じ場所にいるだけで、一つの構造が見える。

 

ルルーシュは会場へ入っていない。

代わりに、周辺の動線と外部視点を使って観測していた。

直接見るのではなく、複数の反射から読む。

それが今の二人の戦い方だった。

 

「Lは喋っていない」

カレンの回線が入る。

「でも、ワタリが三人と短く接触。

軍情報局の実務官と、行政局の事務次官補佐と、あと……」

 

「もう一人は誰だ」

 

「記者上がりの調整官。特区虐殺後に重用されたやつ」

 

ルルーシュは少しだけ眉を寄せる。

ワタリ本人の“社交”ではない。

情報の接点整理だ。

つまり、Lはワタリをただの随行ではなく、“自分の代わりに人間の温度で繋ぐ部品”として使っている。

 

そこへ、小さな別報が入る。

 

「会場裏の搬入口で、配送員が一人足止め。

書類搬送が遅れてる」

 

「誰の書類だ」

 

「ワタリ名義の私的持ち込み箱」

 

ルルーシュの目が一瞬だけ細くなる。

 

私的持ち込み。

それは本当に私的か。

それとも、そう見せているだけか。

 

「開けられるか」

 

「難しい。ここでやると露骨」

 

「やるな」

ルルーシュはすぐに切った。

「代わりに、配送員本人を追え。

箱じゃなく、人間を見る」

 

Lが見せる時は、たいてい本体ではない。

本体に見えるものの周辺に、“どこを見たか”を測る罠がある。

 

結果は三十分後に出た。

 

配送員はただの使い走りだった。

中身も偽装可能な菓子箱と書類束。

重要なのは内容ではない。

その箱が“ワタリの私物っぽく見える”こと自体だった。

 

「やられたな」

 

ルルーシュは低く呟く。

 

Lはワタリの急所性を見せたのではない。

ワタリに“私的な輪郭”があると示し、こちらがどこまで食いつくかを見たのだ。

仕事の補助輪ではなく、生活と人格を持つ老人。

つまり、Lがただの機構ではなく“誰かと繋がっている人間”だと見せる。

 

それは確かにノイズになる。

こちらが“Lの唯一の急所はワタリ”と断定するのを少しだけ遅らせる。

 

「うまい」

 

C.C.が言う。

 

「ああ」

ルルーシュは認めた。

「しかも嫌なうまさだ。

あいつ、本当に最近こういう“読みを一枚ずらす”手を覚えた」

 

「お前のせいだろ」

 

返す言葉がない。

Lはユーフェミア以降、確実に変わった。

冷たさはそのまま。

だが、その冷たさを真っ直ぐ振るわず、相手の読み筋ごと曲げに来る。

 

「……なら、こっちも一枚ずらす」

 

ルルーシュはそう言って、次の報告を求めた。

 

Lは、その時点で半分だけ満足していた。

 

ルルーシュはワタリへ直接は触れなかった。

だが、周辺には確実に目を伸ばした。

つまり、関心はある。

そして同時に、“即断できるほど確信はしていない”ということでもある。

 

「どうでしたか」

 

会場を出たあと、車内でワタリが問う。

 

「良かったです」

Lは言った。

「彼は見ました。

でも噛みつかなかった。

つまり、まだ迷っています」

 

「それは利ですか」

 

「半分だけ」

Lは窓に映る夜景を見ていた。

「迷っている相手は読みやすい。

でも同時に、こちらも“まだ急所になっていない”ということです」

 

ワタリは少し考え、静かに言う。

「あなたは、少しそれを残念に思っていますか」

 

Lはすぐには答えなかった。

それが、逆に答えに近かった。

 

「……かもしれません」

やがて言う。

「彼が私をただの機構として見ているうちは、少しだけ楽です。

でも、それではたぶん、最後まで届かない」

 

「では、届かせたい」

 

「はい」

Lは頷く。

「彼が私の側も読みに来て初めて、こちらも深いところで手を打てる」

 

ワタリはその言葉を受け止めた。

それは探偵としては正しい。

人としては、少し危うい。

 

だが危ういからこそ、ここまで来たのだとも知っている。

 

数日後、シャーリーは廊下でルルーシュを呼び止めた。

 

「ねえ、ルル」

 

「何だ」

 

「最近、Lさんと話してる?」

 

それは、あまりにも直球だった。

ルルーシュの思考が一瞬だけ止まる。

止まったその一瞬が、たぶん彼女には十分だった。

 

「……なぜそう思う」

 

「何となく」

シャーリーは笑う。

だが、その笑いには迷いがある。

「前より、誰かに見られてるのを意識してる顔をする時があるから」

 

そこまで来ているのか。

Lが植えつけた“違和感の目”が、もう彼女の中で育ち始めている。

 

「気のせいだ」

 

「そうかな」

 

「そうだ」

 

短く切る。

だが切り方が少し硬い。

シャーリーはそれを聞いて、余計に不安になる顔をした。

 

「ルル、何かあるなら――」

 

「ない」

 

今度は速すぎた。

しまった、とルルーシュは内心で舌打ちする。

速すぎる否定は、それ自体が答えだ。

 

シャーリーは少しだけ目を伏せた。

 

「……そっか」

 

その“そっか”が、妙に痛い。

信じたわけではない。

でも、これ以上踏み込まないと決めた人間の言い方だった。

 

ルルーシュはその背を見送る。

最悪だ。

Lはまだ彼女を深く使っていない。

それなのに、もう“普通の会話”の中へノイズが入っている。

 

このままでは、学園そのものが“疑いの観測装置”に変わる。

 

その夜、ルルーシュは決断した。

 

「シャーリーを切る」

 

C.C.が目を上げる。

「本気か」

 

「完全には無理だ。

だが距離を取る」

ルルーシュは言った。

「Lが彼女を周辺から使い続けるなら、これ以上“自然に観測できる位置”へ置かない」

 

「それ、答え合わせじゃないか?」

 

「分かっている」

彼の声は低い。

「だが、このまま中途半端に近い方がもっと悪い。

今のシャーリーは、Lにとって“違和感を育てる器”になりかけている」

 

C.C.は珍しくすぐには茶化さなかった。

ただ静かに言う。

 

「また一つ、普通を捨てるのか」

 

ルルーシュは答えない。

答えなくても、それが事実だと分かっているからだ。

 

Lは、その変化を二日で拾った。

 

「距離を取りましたね」

 

シャーリーとルルーシュの接触記録。

会話時間。

視線の戻り。

放課後の動線。

以前より、不自然でない範囲で、しかし確実に減っている。

 

「ええ」

Lは頷く。

「彼はシャーリーさんを“急所ではないけれど、Lに観測されると面倒な周辺”から外しました」

 

「つまり効いた」

 

「はい」

 

ワタリは少しだけ苦い顔をする。

効いた。

その一言の中に、誰かの日常が少し壊れたという意味が含まれているからだ。

 

Lはそれを理解している。

理解して、なお次を考えている。

 

「次はナナリーさんですか」

 

「……いえ」

Lは首を振る。

「もう一つ挟みます」

 

「まだ?」

 

「はい。

彼は今、シャーリーさんを切った。

つまり、“周辺を犠牲にして中心を守る”段階へ入りました。

なら次に見るべきは、中心そのものではなく、“中心を守るために切れる残りの周辺”です」

 

「誰を」

 

Lは短く言った。

 

「スザクです」

 

ワタリがわずかに眉を寄せる。

そこはもう、傷だらけの場所だ。

 

「彼らは互いに切れていない。

でも、完全には繋がってもいない。

そういう関係は、一番よく使えるし、一番よく壊れる」

Lは言う。

「そして、ナナリーさんの件でルルーシュが本当に揺れた時、最後に介在できるのはたぶん枢木スザクだけです」

 

「あなたは彼を使うつもりですか」

 

Lは数秒、黙った。

それから静かに答える。

 

「使いたくはありません」

一拍。

「でも、使わないと止まらないかもしれません」

 

その答えは、以前のLよりずっと遅かった。

遅いということは、まだ人間だということだ。

そして今や、ルルーシュはそこを読む相手になっている。

 

都市の夜は静かだった。

だが静かな夜ほど、次の局面は深いところで準備される。

 

シャーリーが少し遠ざかり、

ワタリは一度だけ見せ札になり、

ナナリーの名前はまだ盤へ上がらないまま、

スザクという傷口が、また少しずつ開かれようとしていた。

 

次に壊れるのは、

もう日常の表面ではない。

 

“切りたくないのに切らなければならない関係”そのものが、

二人の頭脳戦の、次の戦場になる。

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