L vs ルルーシュ   作:stein0630

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雨は降っていなかった。

だが、東京の夜気は妙に湿っていて、街全体が息を潜めているように見えた。

 

黒の騎士団による新たな作戦行動は、表向きには失敗だった。

 

都内南部の通信中継施設を一時制圧。

その後、予定より七分早く撤収。

戦果は限定的。軍の内部資料も奪取しきれていない。

ゼロにしては甘い。

報道はそう評し、軍上層部もまた、ようやく敵の精度が鈍ったと楽観した。

 

だがLは、その報告を見てすぐに言った。

 

「いいえ。これは失敗に見せた成功です」

 

対策本部にいた総監が眉をひそめる。

「また始まったな、竜崎。今度は何が見えた」

 

「戦果ではなく、撤収時間です」

Lは机上に並べられた時系列を指先でなぞった。

「ゼロは勝てる戦いしか選ばないわけではありません。ただ、負けるときは必ず“何を捨てたか”が明瞭です。今回、彼は中継施設の制圧そのものを捨てた。つまり本命は別にある」

 

「囮作戦だと?」

 

「はい。ただし、物資奪取や爆破工作ではない」

Lは視線を上げた。

「今回の現場にいた将校、技官、報道関係者、その全員の人定を洗ってください」

 

「なぜ報道まで含む」

 

「ゼロは、自分の行動がどう見えるかを常に計算しています。ならば、“失敗に見える失敗”には、見せたい相手がいます」

 

ワタリが端末を確認し、静かに告げた。

「現場取材に入っていたフリージャーナリストが一人、行方不明です」

 

Lは砂糖菓子の袋を破る手を止めた。

 

「名前は」

 

「ミナセ・トオル。軍と反ブリタニア双方に食い込むことで知られる男です」

 

「なるほど」

 

「何がです」

 

Lは袋から落ちた砂糖を指先ですくい、舐めた。

 

「ゼロは、私に軍を見せ、軍にゼロを見せ、そしてそのどちらにも属さない目を持つ人間を持っていきました。つまり、情報それ自体ではなく、“物語化する視点”を奪ったんです」

 

「大げさではないか」

 

「いいえ。大衆は事実で動くのではありません。整理された事実で動く」

Lはほとんど眠そうな声で続けた。

「ゼロはそこを理解している。だから彼は革命家である前に編集者です」

 

同じころ、廃ビルを改装した仮設拠点で、ミナセ・トオルは椅子に拘束されたまま目を覚ました。

 

正面にはゼロ。

左右には黒の騎士団員。

そして少し離れた場所に、ディートハルトが立っている。

 

「ようやくお目覚めか」

 

ミナセは喉を鳴らし、かすれた声を出した。

「……俺を殺すのか」

 

「必要ならな」

 

ゼロの声は冷たい。だが、すぐには近づかない。

距離を測っている。角度を見ている。照明を管理している。

ディートハルトには分かった。ギアスを使うか否か、その見極めだ。

 

「お前は軍に顔が利く。反体制派にも食い込む。しかも、自分が誰の味方でもないと信じている」

 

「……記者ってのは、そういうもんだ」

 

「違うな」

ゼロはゆっくり一歩だけ進んだ。

「お前は勝ち馬に乗る人間だ。そして勝ち馬を見抜く自分の嗅覚に酔っている」

 

ミナセの瞳が揺れる。

 

「それで?」

 

「選ばせてやる」

ゼロの仮面が、ほんのわずかに傾いた。

「死ぬか、あるいは“真実”を配るか」

 

「真実?」

 

「そうだ。お前はこれから解放される。そして一つの情報を、ただ一人にだけ流せ」

 

「誰に」

 

「Lだ」

 

ミナセが眉を寄せる。

「探偵に?」

 

「内容はこうだ。ゼロは軍内部の旧貴族派を利用している。中枢は複数、指揮は分散。主導者は仮面の男ではない――そう伝えろ」

 

ディートハルトが薄く笑う。

「見事な誤報です」

 

「半分だけな」

 

ミナセが吐き捨てる。

「そんなもん、あいつが信じるかよ」

 

「全部は信じない。だが、捨てきれない」

 

ゼロはそこで止まった。

ちょうどミナセが見上げるしかない角度。

一度だけ。

この一度だけでいい。

 

赤い光が、仮面の隙間から走る。

 

「――Lに会ったら、今言った内容を、自分が命を賭けて得た真実だと信じて伝えろ」

 

ミナセの瞳から、抵抗が抜けた。

 

「……分かった」

 

ディートハルトは息をついた。

「実に鮮やかだ」

 

「鮮やかである必要はない。確実であればいい」

 

だが、ゼロ――ルルーシュの胸中に安堵はなかった。

L相手に、ギアスを一枚切る。

その価値はある。だが、使ったという事実そのものが、盤面の資源を削る。

 

「L。お前はこれで、正解から一歩遠ざかる。だが同時に、私のやり方にもう一歩近づく」

 

三日後。

ミナセは解放された。

殴打の痕、睡眠不足、栄養失調。演出としては十分。

彼は保護名目で対策本部に収容され、その日のうちにLとの面談が許された。

 

部屋には机が一つ。

向かい合う椅子。

Lは相変わらず妙な座り方で、膝を抱えるようにしていた。

 

「怖かったですか」

 

最初の一言が、それだった。

 

ミナセは苛立つ。

「質問はそれかよ」

 

「はい。人は怖かったとき、何が怖かったかで記憶の並び順が変わります」

 

「……仮面の男だよ。ゼロだ」

 

「なるほど」

 

Lはメモを取らない。

ただ見ている。

まるで瞬きの間隔すら数えているようだった。

 

「ゼロは何を言いましたか」

 

「軍内部に旧貴族派の協力者がいる。ゼロは顔じゃない、中枢は複数だ。仮面は象徴にすぎない」

 

「あなたはそれを信じていますか」

 

「俺は、実際そう見た」

 

「どこを」

 

「連絡役がいた。命令系統も一つじゃなかった。あいつは……あいつは人をまとめる顔でしかない」

 

Lは少しだけ首を傾けた。

 

「あなたは“見た”と言いましたが、どの場面でそれを確信しました?」

 

ミナセは言葉に詰まった。

確信。

その言い方が、少しだけおかしい。

 

「……雰囲気だ」

 

「雰囲気ですか」

 

「何だよ」

 

「いえ。あなたは記者です。雰囲気で記事を書かないはずなので」

 

沈黙。

ミナセは目を逸らしたくなる。

だが逸らすと負けだと思った。何に負けるのかも分からないまま。

 

「俺は命懸けで逃げてきたんだぞ」

 

「はい」

Lはあっさり頷いた。

「だからこそ、あなたは今、“命懸けで得た情報には価値があるはずだ”と自分に言い聞かせています」

 

「……何が言いたい」

 

「あなたは、見せられたんです」

 

ミナセの喉が鳴る。

 

「ゼロはあなたを殺さなかった。逃がした。しかも、逃げた者として十分な傷までつけた。つまり、あなたの証言は最初から流通させる前提だった」

 

Lはそこで一度黙った。

黙ることで、相手に否定の隙を与える。

その否定の仕方を見るために。

 

だがミナセは否定できない。

ギアスで固定された“真実感”がある。

嘘ではない。信じている。

だからこそ、論理で押されると揺れる。

 

Lは静かに続けた。

 

「面白いのは、情報の中身です。複数中枢説。旧貴族派の協力。どちらも、完全な虚偽ではない。部分的にありうる。だから捨てきれない」

 

「じゃあ……本当かもしれないだろ」

 

「はい。そこが最もよくできています」

 

Lの声は平坦なままだった。

だがその平坦さが、妙に残酷だった。

 

「あなたは嘘をついていません。少なくとも、そうしようとはしていない。でも、だからこそ危険です。自分が真実だと信じている人間の証言は、一番扱いが難しい」

 

ミナセは唇を噛んだ。

Lは結論を急がない。

だが、着実に部屋の空気を奪っていく。

 

「一つだけ」

Lは言った。

「ゼロはあなたに、直接触れましたか」

 

その瞬間、ミナセの背筋に冷たいものが走った。

 

「……何だ、それ」

 

「目を見ましたか、と聞いています」

 

「見た、かもしれない」

 

「かもしれない、ですか」

 

「仮面だったんだぞ!」

 

「でも、あなたは今の質問だけ、他の質問より明らかに動揺しました」

 

ミナセの拳が震える。

 

Lはそこで追い込まない。

追い込めば、証言が壊れる。

壊れた証言は使えない。

だから、あえて逃がす。

 

「今日はここまででいいです」

 

「……は?」

 

「あなたは疲れています」

 

「お前、何なんだよ」

 

Lは無表情のまま答えた。

 

「探偵です。たぶん、あなたが今いちばん会いたくなかった種類の」

 

面談後、ワタリが確認する。

 

「どう見ますか」

 

Lは廊下を歩きながら言った。

 

「確信が強すぎます。拷問に遭った人間の証言としては、むしろ整いすぎている。しかも“複数中枢説”だけが妙に滑らかでした」

 

「偽情報か」

 

「半分は」

Lは短く答える。

「ゼロはいつもそうです。完全な嘘は置かない。真実に寄生させる。だから人は自分で補完してしまう」

 

「では、何が本当だと」

 

「旧貴族派の一部利用はありえます。でも主導は分散ではない。むしろ逆です」

Lは立ち止まり、廊下の窓に映る自分の姿を見た。

「ゼロは集中しています。あれほど作戦美が揃うのは、一つの美意識から出ている」

 

「ルルーシュ・ランペルージ」

 

「可能性は上がりました」

Lは小さく言った。

「ただし証拠にならない。まだ、彼は“それらしい人間”でしかない」

 

「接触条件仮説は」

 

「さらに上がりました」

Lの声が少しだけ低くなる。

「ゼロは証言者を作るとき、直接の接触を使っている可能性が高い。しかも、同じ人間を何度も使う気配が薄い」

 

「なぜ分かる」

 

「命令実行者が再使用されていないからです。重要人物ほど、一度きりで切られている」

Lは指先を組んだ。

「能力のようなものがあるとして、それは反復に向かない。あるいは反復できない」

 

ワタリが静かに言う。

「超常を、仮説に入れるのですね」

 

「はい。でも、証明できないなら意味がありません」

Lは淡々と続けた。

「私は奇跡を暴きたいわけではない。逃げ道を塞ぎたいんです」

 

その夜。

ルルーシュは学園の屋上で、一人夜風に当たっていた。

 

Lは、ミナセの証言を丸呑みしなかった。

それどころか、接触条件へさらに寄ってきた。

 

「忌々しい……」

 

「何が」

 

振り向かずとも分かる。C.C.だ。

 

「ミナセは十分だったはずだ。記者としての自負、拷問後の混乱、真実と誤報の混在……Lなら一度は遠回りすると思った」

 

「実際、少しはしただろ」

 

「少しだけ、だ」

ルルーシュは手すりに肘をつく。

「だが本筋は切っていない。私を複数中枢に分散させるどころか、むしろ“単独の意志”へ寄せてきた」

 

「じゃあ、次は?」

 

「逆だ」

ルルーシュは目を細めた。

「今度はLに、正解へ踏み込ませる」

 

C.C.が笑う。

「自殺願望か?」

 

「違う。踏み込ませて、その踏み込み方を測る」

彼は静かに言った。

「Lは証拠が欲しい。なら与える。だが、捕まえられる証拠ではなく、“確信はするが裁けない証拠”をな」

 

「例えば?」

 

ルルーシュはしばらく黙ったあと、口元だけで笑った。

 

「対面だよ。向こうがそれを欲しがっているなら、見せてやる。ただし、今度はこちらも観察する」

 

数日後。

帝都ホテルで開かれた軍・警察・行政合同の非公式晩餐会。

表向きには治安対策の意見交換。

実際には、ゼロに揺さぶられた支配層が、互いの責任範囲を探り合う密談の場だった。

 

ルルーシュはアッシュフォード家の縁者として招待されていた。

Lもまた、捜査顧問として会場入りする。

 

豪奢なシャンデリアの下、軍服と礼装が行き交う。

銀器が光り、音楽が流れる。

その不自然な平穏の中で、二人は再会した。

 

「また会いましたね、Lさん」

 

ルルーシュの声は柔らかい。

人好きのする優等生。

だが、その目の奥には常に計算がある。

 

Lはテーブル端の小さな菓子を摘まみながら答えた。

 

「はい。偶然にしては多いです」

 

「偶然を疑うのがご職業ですか」

 

「いいえ。偶然を数えるのが仕事です」

 

ルルーシュは微笑を崩さない。

「それで、今日は誰を疑っている?」

 

「たくさんいます」

Lは即答した。

「でも今は、あなたのことを少し多めに」

 

「光栄だな」

 

「そうでもありません」

Lはようやくルルーシュを見た。

「私は、疑っている相手にしか丁寧になれないので」

 

二人の間を給仕が横切る。

その一瞬だけ、互いの視線が流れる。

 

目を合わせるな。

だが逃げすぎるな。

不自然さは、Lにとってそれ自体が手掛かりだ。

 

ルルーシュはグラスを持ち替えた。

「では、今日は私も率直に聞こう。あなたはゼロをどう見ている? 狂人か、英雄か、犯罪者か」

 

Lは少し考えた。

 

「設計者です」

 

「設計者?」

 

「はい。人間を直接動かすというより、人間が動かざるをえない状況を組むのが上手い」

Lは淡々と言う。

「ただ、ときどき直接触っている感じがします」

 

その一言。

ルルーシュの指先が、ごく僅かに止まる。

 

見た。

Lは確かに見た。

 

「直接、とは」

 

「例えば、証言の質です。普通の脅迫や利益誘導では残らない種類の確信がある。まるで、命令だけが綺麗に埋め込まれているみたいに」

 

「空想が過ぎるんじゃないか?」

 

「そうかもしれません」

Lはあっさり引いた。

「でも、あなたは今、その空想を笑うより先に“具体性”を確認しました」

 

「……」

 

「だから、少なくともあなたにとって、その種の仮説は完全な絵空事ではない」

 

ルルーシュは内心で舌打ちした。

こいつは、罠にかかったかどうかより、相手が罠の形を見ているかを測る。

 

ならば。

 

「Lさん」

 

「はい」

 

「仮に、だ」

ルルーシュはわずかに身を寄せる。

会場の喧騒、シャンデリアの反射、他者の視線。

今この場でギアスは使えない。使えば一度きりの価値に見合わない。

だが、使えないこと自体が会話の武器になる。

 

「仮にゼロが、あなたの想像以上に個人的な理由で動いているとしたら?」

 

Lの目が微かに細まる。

「例えば」

 

「家族、復讐、あるいは自己証明。革命や正義なんて大義ではなく、もっと矮小で、もっと切実なものだ」

 

「その場合でも、本質は変わりません」

 

「ほう」

 

「個人的動機で世界を動かす人は、大義を掲げる人より厄介です。目的の尺度が内側にあるから」

 

ルルーシュは笑った。

「それは、随分と人間嫌いな意見だ」

 

「人間は好きですよ」

Lは菓子を口に入れた。

「ただ、信用していないだけです」

 

そこへ、会場の照明が一瞬だけ落ちた。

 

停電。

ざわめき。

すぐに非常電源が復旧する。だが、その数秒で空気が変わっていた。

 

悲鳴。

 

ホール中央で、行政局の次官が倒れていた。

毒物反応。即死ではない。だが重篤。

周囲の人間は凍りつく。

 

Lは真っ先に次官ではなく、その周囲の配置を見る。

給仕の位置、グラスの交換、視線の流れ。

そして、ルルーシュの姿。

 

いた。

逃げていない。

むしろ、こちらを見ている。

 

「あなたですか」

 

Lは低く言った。

 

ルルーシュは静かに返す。

「証拠は?」

 

「ありません」

 

「なら、その問いは無意味だ」

 

「いえ」

Lは一歩近づく。

「意味はあります。あなたがこの混乱で最初に見るのが被害者ではなく、私だからです」

 

ルルーシュはわずかに笑う。

「お互い様だろう」

 

その返しで、Lは一つ確信した。

今の一件は、殺害そのものが本命ではない。

次官は死んでも死ななくてもいい駒。

本命は、この場での“観察”。

 

ルルーシュもまた確信していた。

Lはもう、自分をただの参考人とは見ていない。

容疑者だ。

しかも、かなり濃い。

 

そこへ軍警が駆け込む。

会場封鎖。全員足止め。

混乱の中、Lはワタリに短く命じた。

 

「次官の直前接触者を洗ってください。特に、照明断の前後で視線を切った人間」

 

「了解です」

 

ルルーシュはそれを聞きながら、静かに息を吐いた。

 

――よし。

 

次官への毒は、自分ではない。

実行者は旧貴族派に通じた別系統。こちらが半ば誘導しただけ。

だが、Lにとっては“ゼロがこの場を利用した”と読むのが自然。

そう読ませたかった。

 

「L」

 

ルルーシュは名を呼んだ。

「一つだけ忠告しておこう」

 

「何ですか」

 

「ゼロを追うなら、犯人を追うだけでは足りない。あれは、見る人間まで計算に入れて動く」

 

Lは数秒、黙っていた。

やがて言う。

 

「ありがとうございます。今の言葉で、あなたを疑う理由が一つ増えました」

 

「そうか」

 

「はい。普通の学生は、“あれ”とは言いません」

 

ルルーシュは何も返さなかった。

返せば余計な情報になる。

だが黙り方もまた、Lに読まれる。

 

盤面は狭まっている。

確実に。

 

深夜。

ホテルの一室を押さえた臨時捜査室で、Lは事件の整理をしていた。

 

次官毒殺未遂。

照明断。

ルルーシュの位置。

会話中の反応。

そして、先ほどの一言。

 

「あれは、見る人間まで計算に入れて動く」

 

Lはその文言を何度も反芻した。

知っている者の言い方だ。

分析ではない。

内部から構造を知る者の、それも主語をぼかした言い方。

 

ワタリが資料を持ってくる。

 

「次官に毒を盛ったと見られる給仕が見つかりました。だが自殺」

 

「証言は」

 

「ありません。口腔内に薬物」

 

「そうですか」

 

Lは反応を抑えた。

証拠はまた切られた。

だが切り方に、焦りが混じり始めている。

 

「ワタリ」

「はい」

 

「ルルーシュ・ランペルージの生活圏、対人接触、学園内の動線を再構築してください。顔を正面から見られないように動いている癖がないか、特に」

 

「そこまで絞りますか」

 

「はい。もういいです」

Lの声は静かだった。

「彼がゼロ本人である確率は、今この時点でかなり高い」

 

「逮捕は」

 

「できません」

Lは即答した。

「彼には逃げ道が多すぎる。でも、逃げる場所は限られてきた」

 

ワタリが去ったあと、Lは一人きりで呟いた。

 

「あなたは、自分の能力を隠すために世界を使っている。でも、それは裏返すと、能力なしでは処理できない局面があるということです」

 

つまり、追い込める。

目を合わせざるをえない局面。

一度しか使えないなら、使った痕跡が残る局面。

ゼロは盤上の王ではない。

むしろ、盤そのものを勝手に塗り替えるプレイヤーだ。

ならばその塗料を乾かす。

時間を与えず、対象を散らし、対面の価値を奪う。

 

Lはようやく少しだけ笑った。

 

「今度は、私が条件を設計します」

 

一方、ルルーシュは学園の自室で、制服のまま椅子に沈んでいた。

 

晩餐会での次官毒殺未遂は、こちらの狙い通り半分だけ成功した。

Lの視線を、自分へ固定した。

だが、固定しすぎた。

 

「近いな……」

 

彼は天井を見上げる。

Lはもう、ゼロの構造だけでなく、ルルーシュ個人の動き方を見始めている。

視線管理。

対面距離。

沈黙の置き方。

おそらく、学園内の観察にも手を伸ばす。

 

「次は本当に危ないぞ」

 

C.C.がベッドに腰掛けながら言った。

 

「分かっている」

 

「それでも続けるのか」

 

ルルーシュは目を閉じた。

ナナリーの顔が浮かぶ。

黒の騎士団。

ブリタニア。

ユーフェミア。

スザク。

守るものと壊すもの。そのすべてが、今やLという異物を無視できない位置まで来ている。

 

「続けるさ」

彼は静かに言った。

「ここで手を緩めれば、Lは確信を証明に変える。なら、その前に奴の手を折る」

 

「殺す?」

 

「……できれば違う形でな」

 

「甘いな」

 

「知っている」

 

ルルーシュは目を開いた。

そこには、優等生の仮面でも、ゼロの威圧でもない、剥き出しの意志だけがあった。

 

「Lを殺せば、追跡は止まる。だが、そこで得るものは少ない。

理想は、奴に“間違った確信”を抱かせることだ。自分は真実へ届いたと思わせたまま、最も重要な一点だけを外させる」

 

「そんな芸当、あの探偵相手にできるのか?」

 

ルルーシュは口元だけで笑った。

 

「だから面白いんだろうが」

 

翌朝、Lのもとに一通の封書が届いた。

差出人不明。

中には紙が一枚。

 

そこに書かれていたのは、ただ一文。

 

――次は、お前のほうから目を合わせに来い。

 

Lはそれを読み、しばらく黙っていた。

やがてワタリに見せる。

 

「挑発か」

 

「はい」

Lは頷いた。

「でも同時に、自白でもあります」

 

「なぜ」

 

Lは紙を机に置く。

 

「“目を合わせる”ことが、彼にとって意味のある行為だからです」

 

その瞳は、いつになく冴えていた。

 

「ゼロ。いえ、ルルーシュ・ランペルージ。

あなたは今、自分の武器を隠しながら、その輪郭だけをこちらに押しつけてきた。

なら次は、その輪郭を証拠に変えます」

 

紙の上の文字は、ただの挑戦状に見えた。

だが二人にとっては違う。

 

それは、会うという約束ではない。

次の局面では、もう互いに引き返さないという確認だった。

 

まだ終わらない。

むしろここからだった。

 

探偵が、超常の気配を論理で包囲しようとするとき。

王を名乗る反逆者が、その論理ごと盤面に組み込もうとするとき。

勝負はもはや、事件の解決でも、正体の秘匿でも終わらない。

 

相手の“世界の見方”そのものを折れるかどうか。

そこまで行って初めて、この戦いは決着する。

 

そして二人とも、もう気づいていた。

 

次に相手と向かい合うとき、

失うのはただの駒では済まない。

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