L vs ルルーシュ   作:stein0630

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虐殺の夜が明けた時、世界はもう前日と同じ形ではなかった。

 

街頭モニターには、断片化された映像が何度も流れていた。

白いドレスの皇女。

錯乱した命令。

銃声。

逃げ惑う群衆。

そして、その後から現れたゼロ。

 

誰も全体を知らない。

だが、誰もが自分に都合のいい断片だけは持っていた。

 

ブリタニア側は、第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが突如として日本人虐殺を命じ、その最中に黒の騎士団が武装蜂起したと主張した。

反ブリタニア側は、皇族の本性がついに露わになり、ゼロがそれを止めるために立ち上がったのだと信じた。

 

どちらも、事実の一部ではある。

だからこそ最悪だった。

 

真実は、そのどちらよりも醜い。

だが醜すぎる真実は、しばしば最も信じられないものになる。

 

Lは、夜明け前の会議室で一睡もせずに映像を見返していた。

 

モニターには、控室前の記録が映っている。

ルルーシュが一歩踏み込み、ユーフェミアと視線が合い、何かを言う。

音声は一瞬の混線と悲鳴に飲まれ、完璧には拾えない。

だが、拾えなくても分かる。

 

その直後から、ユーフェミアの行動は単一目的へ固定された。

日本人を殺す。

その命令だけが中心となり、そこへ彼女本人の語彙と表情と行動習慣が絡みつく。

 

「……取り消せない」

 

Lは小さく言った。

 

ワタリが静かに問う。

「はい?」

 

「命令は、状態異常ではありません。洗脳とも少し違う。

もっと単純で、もっと残酷です。達成目標が一本だけ固定され、人格全体がその達成に奉仕させられる」

 

「つまり」

 

「皇女殿下が生きている限り、そして“日本人を殺す”が未達である限り、止まりません」

 

部屋にいた捜査官の一人が顔を上げた。

「鎮静剤で眠らせているんだろう」

 

「眠っているだけです」

Lは平坦に答えた。

「目が覚めれば再開します。拘束しても、口頭命令や扇動、利用可能なあらゆる手段で達成へ向かうはずです。

自分の能力を最大限活かす、という表現が最も近い」

 

「そんな……」

 

「はい。だから、これは発作ではない。

治療でも説得でもありません。命令の完遂か、本人の死か、そのどちらかまで続く可能性が高い」

 

Lは一度目を閉じた。

この仮説を口にするのは、推理として正しい。

だが、人間としては吐き気がした。

 

ユーフェミアはもう、単なる被害者ではない。

放置すれば、再び殺す。

善意の皇女の人格を残したまま、殺戮の意志だけが核にある兵器になっている。

 

「竜崎」

総監の声は低かった。

「結論を言え」

 

Lは数秒黙り、はっきり答えた。

 

「皇女殿下は隔離が必要です。厳重な。

対面接触を遮断し、発言も外へ出さない。

少しでも自由を与えれば、命令達成へ向けて周囲を動かします」

 

「……処分は」

 

その言葉だけ、部屋の空気が変わる。

 

Lはすぐには答えなかった。

答えたくなかった。

だが、答えないこともまた逃避だと知っている。

 

「私は捜査官です」

Lは言った。

「処分の決定はしません。

でも、隔離だけで永続的に解決する見込みは薄いです」

 

つまり。

誰もその先を言わない。

言わなくても、全員分かる。

 

ワタリが別の資料を差し出した。

「黒の騎士団側の動きです。ゼロの救出劇で、支持率が急上昇しています」

 

「当然ですね」

 

Lの声に感情はなかった。

感情があるとすれば、それは怒りですらなく、冷えた嫌悪だった。

 

「ルルーシュ・ランペルージは、自分が起こした虐殺を、自分で止める側へ回った。

しかも、もっとも効果的なタイミングで」

 

「公表するか?」

総監が問う。

「ゼロが元凶だと」

 

「今は駄目です」

Lは即答した。

「誰も信じません。

皇女殿下の命令は映像に残っている。ゼロは実際に民間人を救った。

順番が強すぎる」

 

「だが真実だぞ」

 

「はい。だから、今は負けます」

 

会議室が静まり返る。

Lは続けた。

 

「真実には、通る順番があります。

今この瞬間に必要とされているのは、誰が始めたかではなく、誰が止めたかです。

ルルーシュはそこを先に取った。最悪のやり方で」

 

ワタリが低く言う。

「では、どうするのです」

 

Lは控室映像の停止画面――謝罪のように唇を動かしたルルーシュの横顔を見た。

 

「彼はこれで終わりません」

Lは静かに言った。

「むしろここから、自分の罪を正当化するために、さらに勝たなければならなくなった。

だから動く。より大きく、より速く」

 

同じころ、黒の騎士団本部では歓声が上がっていた。

 

ブリタニア皇族の虐殺命令。

ゼロによる救出。

日本人の怒りと恐怖と感謝が、一晩で黒の騎士団へ流れ込んでいる。

 

玉城は酒瓶を振り回し、ディートハルトは興奮した目で映像編集の指示を飛ばし、扇でさえ顔を硬くしながらも「今は支持を固めるべきだ」と言っていた。

 

ゼロは演壇の中央に立っていた。

仮面。

黒衣。

揺るがぬ声。

 

だが仮面の内側では、ルルーシュは一睡もしていなかった。

 

『行政特区日本は、ブリタニアによる欺瞞であった。

彼らは希望を餌に、再び日本人を狩ろうとした!

我々黒の騎士団は、その暴虐を許さない!』

 

拍手。

歓声。

拳。

涙。

 

その一つ一つが、彼の耳にはひどく遠かった。

自分が何を言っているのかは分かる。

何を言うべきかも分かる。

それでも、理解と実感の間に分厚い膜がある。

 

ユーフェミアは今も生きている。

そして生きている限り、命令は消えない。

 

そこが何より重かった。

 

もし彼女が意識を取り戻せば、また殺そうとする。

銃がなければ命じる。

命じられなければ唆す。

紙とペンしかなくても、実行手段を作ろうとする。

ルルーシュは、自分のギアスがそういう能力であることを誰より知っていた。

 

つまり彼は、ユーフェミアを壊しただけではない。

生かしておく限り、周囲を殺し続ける条件を彼女の中へ埋め込んだのだ。

 

「ゼロ」

 

扇の声に、ルルーシュは意識を戻す。

 

「会見はここまでにして、次の声明文を――」

 

「後でだ」

 

短く切る。

声音に迷いはない。

迷いがあるのは、内部だけで十分だ。

 

会見が終わり、幹部たちが散っていく。

最後に残ったのはC.C.だけだった。

 

「顔に出てるぞ」

 

「出ていない」

 

「仮面の下はな」

 

ルルーシュは黙った。

C.C.は壁に寄りかかり、いつになく軽口を挟まない。

 

「消えないんだろうな」

彼女が言う。

 

「……ああ」

 

「命令は」

 

「達成されるまで続く」

ルルーシュは低く答えた。

「取り消せない。変更もできない。

だから、ユーフェミアはもう元には戻らない」

 

「なら、どうする」

 

その問いに、彼はすぐ答えなかった。

だが答えは、最初から一つしかないのも知っている。

 

「死んでもらうしかない」

 

言葉にした瞬間、胸のどこかが硬く軋んだ。

だが、痛みは意外なほど小さい。

小さいこと自体が恐ろしかった。

 

C.C.は目を細める。

「自分でやるのか?」

 

「……できれば違う形にする」

 

「また逃げるのか」

 

「逃げじゃない!」

 

思わず声が強くなる。

だがすぐに押し殺す。

 

「俺が直接やれば、それは“ルルーシュがユーフェミアを殺した”になる。

だが今必要なのは違う。

政治的には、皇女は虐殺命令の責任を負って死ななければならない。

でなければ、この夜を支える意味づけが崩れる」

 

C.C.は冷たく言った。

「意味づけ、か。便利な言葉だ」

 

「事実だ」

ルルーシュは吐き捨てるように言う。

「今さら綺麗事を言って何になる。

ユーフェミアが生きればまた殺す。

死ねば、この虐殺はブリタニアの罪として固定できる。

どちらにせよ、俺はもう――」

 

続きは出なかった。

言えば崩れる。

言わなくても崩れている。

 

C.C.はただ一つだけ問うた。

 

「Lは?」

 

ルルーシュの目が少しだけ動く。

 

「動くだろうな」

彼は言った。

「俺がここで何を選ぶか、もう読んでいるはずだ」

 

読んでいた。

 

Lは、皇族医療棟の隔離計画図を見ながら言った。

 

「彼は、皇女殿下が生きている限り安心できません」

 

ワタリが頷く。

「命令が続くからですね」

 

「はい。だから二つの可能性があります。

一つ、彼女を奪取して自分の管理下に置く。

でもこれは悪手です。ゼロが皇女を抱えれば、いずれ制御不能の爆弾になる。

もう一つ――」

 

「殺す」

 

Lは沈黙で肯定した。

 

「しかも、自分の手ではなく、“政治的に最も意味の通る形”で」

Lは続ける。

「彼は今、罪悪感と戦略を同時に回しています。

だからこそ、いちばん醜い合理に辿り着く」

 

総監が顔をしかめる。

「なら守ればいい。医療棟を固めろ」

 

「固めます」

Lは答えた。

「でも、守ることと助けることは別です。

皇女殿下を無傷で生かし続けても、命令は消えない。

つまり、防衛は長期的解決になりません」

 

「じゃあどうしろという」

 

Lは初めて、ほんの少しだけ疲れた顔をした。

 

「分かりません。

私は事件を解くことは得意ですが、壊れた人間を元に戻す方法は知りません」

 

その率直さに、部屋が静まる。

 

Lは視線を落としたまま、続ける。

「でも一つだけ分かることがあります。

ルルーシュは、皇女殿下が“まだユーフェミアである部分”を見るのに耐えられません。

だから、自分で会いには来ない。

来るとしたら、間接的に処理するためです」

 

ワタリが別紙を出す。

「スザクですか」

 

「はい」

 

Lの目が細まる。

 

「枢木スザクは、皇女殿下の最も近い位置にいて、なおかつルルーシュと個人的な関係がある。

そして今、最も激しく傷ついている。

こういう時、人は利用されやすい」

 

「ルルーシュが接触すると」

 

「直接ではなくても、させます。

情報でも、誘導でも、状況でも」

Lは言った。

「彼はたぶん、スザクに“選ばせる”つもりです」

 

スザクは、医療棟外の警備室で一人、報告書に目を通していた。

 

読めてはいない。

文字が頭に入ってこない。

入ってくるのは、ユーフェミアの声だけだ。

 

――日本人を殺してください。

――どうして止めるのですか?

 

あれはユーフェミアではない。

そう思いたい。

だが、では何だったのか。

答えはもう与えられている。

 

ルルーシュ。

 

その名を考えるだけで、胸の奥が冷たくなる。

怒りだけではない。

怒りなら簡単だ。

もっと厄介なのは、理解したくないのに、なぜそうなったのかを考えてしまうことだった。

 

そこへ、一通の匿名メッセージが届く。

 

差出人不明。

文は短い。

 

――皇女殿下は今後も同じ命令を繰り返す。

――隔離は時間稼ぎにすぎない。

――救いたいなら、彼女を解放しろ。

 

スザクの顔が強張る。

 

罠だ。

分かる。

分かるが、その中に事実が混ざっていることも分かる。

だから捨てきれない。

 

続けて第二信。

 

――お前は見ただろう。

――彼女は止まらない。

――生かしておけば、誰かがまた死ぬ。

 

スザクは端末を握り潰しかけた。

 

「誰だ……!」

 

返答はない。

当然だ。

だが送り主が誰かなど、半分は分かっている。

 

ルルーシュではない。

少なくとも表向きは。

けれど、その背後にいる意志は、あまりにもそれらしい。

 

警備室の扉が開き、Lが入ってくる。

気配が薄いくせに、こういう時だけ最悪のタイミングで現れる男だ。

 

「誰からだと思いますか」

 

スザクは反射的に端末を隠しかけ、やめた。

今さらだ。

 

「見たのか」

 

「表情で分かります」

 

Lはいつもの調子で言い、端末を受け取る。

数秒、読む。

そして返した。

 

「彼らしいですね」

 

「ルルーシュか」

 

「断定はできません。でも、彼の思考に近い」

Lは壁にもたれた。

「皇女殿下を生かしても命令は続く。

隔離は完全ではない。

なら、誰かが決断しなければならない。

その“誰か”に、あなたを置きたいのでしょう」

 

スザクの拳が震える。

 

「ふざけるな……」

 

「はい。ふざけています」

Lはあっさり同意した。

「でも、怒っているだけでは負けます」

 

「何が言いたい」

 

Lは珍しく遠回しにせず言った。

 

「あなたは、皇女殿下を殺してはいけません」

 

スザクが顔を上げる。

その反応を待っていたかのように、Lは続けた。

 

「あなたがやれば、ルルーシュの望む形になります。

あなたは“愛する人を、自分の手で、やむをえず殺した騎士”になる。

そして彼は、“その悲劇すら利用した反逆者”のまま前へ進める」

 

「じゃあどうしろって言うんだ!」

 

その声には、怒鳴り以上のものがあった。

泣きそうな人間が、泣く代わりに怒鳴る時の声だ。

 

Lはそれをまともに受けた。

逸らさない。

だから残酷だ。

 

「分かりません」

Lは言う。

「でも少なくとも、ルルーシュの代わりにあなたが手を汚す必要はない」

 

「必要はある!」

スザクは叫んだ。

「ユフィはこのままじゃまた――」

 

「はい。だから難しいんです」

Lの声も少しだけ低くなる。

「でも、それと“あなたが殺すべきだ”は同じではありません」

 

二人の間に沈黙が落ちた。

 

やがてスザクが絞り出す。

「お前は、ルルーシュを止められるのか」

 

Lは少しだけ考えた。

 

「止めます」

そして、はっきりと言った。

「今度は必ず」

 

その夜、ルルーシュのもとへも報告が入る。

 

「スザクは皇女の警護継続。精神状態は不安定ですが、職務からは外れていません」

 

ディートハルトの声。

有能で、心底うるさい。

 

「Lは?」

 

「警備体制の再編に入りました。医療棟とその周辺への監視を強化」

 

「そうか」

 

予想通りだ。

Lはもう、自分がユーフェミアの“政治的な死”を必要としていることを読んでいる。

そして、スザクが一番揺れることも。

 

だが、揺れると分かっていても、そこを突くしかない。

それがルルーシュ自身、たまらなく嫌だった。

 

C.C.が部屋の暗がりから言う。

「まだ引き返せると思ってる顔だな」

 

「思っていない」

 

「嘘をつくな」

 

ルルーシュは机上のチェス盤を見た。

黒のキングは残っている。

だが周囲の駒は、もう盤上ではなく血の上に立っている気がした。

 

「……Lは正しい」

彼はぽつりと言った。

「今さらだが、あいつは正しい。

俺がここでさらに勝とうとすれば、もっと醜くなる」

 

「ならやめるか?」

 

「やめればユーフェミアはまた殺す」

ルルーシュは低く返す。

「俺が始めた以上、俺が終わらせるしかない」

 

C.C.はしばらく黙っていたが、やがて冷たく言った。

 

「それは責任じゃない。支配欲だ」

 

ルルーシュの視線が鋭くなる。

 

「何だと」

 

「お前は、最後まで自分が決めたいだけだ」

C.C.は容赦なく続けた。

「誰が生きて、誰が死んで、誰がそれを正しいと思うか。

その全部を、自分で選ばないと気が済まない。

だからLに見抜かれる」

 

言い返せない。

言い返せないことが、何より腹立たしい。

 

「……だったらどうしろ」

 

「知らない」

C.C.は肩をすくめる。

「ただ、今のお前がどれだけ正しい理由を並べても、ユーフェミアを殺せば、お前はそれを一生使い続ける。

“あの時必要だった”とな」

 

ルルーシュは目を閉じた。

必要だった。

たぶん本当にそうだ。

だからこそ救いがない。

 

翌朝、医療棟へ移送命令が出た。

 

表向きには、ユーフェミアを本国送還前に高度隔離設備へ移す、という名目。

実際には、護衛網の再編と、政治的処理のための準備だ。

 

Lはその移送経路を見て、すぐに言った。

 

「狙われます」

 

「奪取か暗殺か」

ワタリが問う。

 

「暗殺です」

Lは即答した。

「奪取ではなく。

しかも、現場を混乱させるより、責任主体が曖昧になる形を好むはずです」

 

「ルルーシュが仕掛ける」

 

「はい」

 

「止められますか」

 

Lは短く息を吐く。

「止めるしかありません」

 

彼はもう、ただの探偵ではなかった。

ルルーシュが作った因果の後始末をしながら、なおその中心にいる男を追う。

そんな役を、自分で選んだわけではない。

だが選ばれた以上、やるしかない。

 

「それから」

Lは付け加えた。

「枢木スザクを移送経路から外してください」

 

「反発しますよ」

 

「はい。でも必要です。

彼が現場にいると、ルルーシュの誘導が効きやすい」

 

ワタリがうなずく。

 

Lは窓の外を見た。

空は明るい。

昨朝と同じように、残酷なほど普通の朝だ。

 

「ルルーシュ・ランペルージ」

彼は誰にも聞かせるでもなく呟いた。

「あなたは昨日、自分で地獄を開いた。

だから今日は、その地獄を閉じるふりをして、さらに深くしようとする」

 

その声には怒りがあった。

ようやく、はっきりと。

 

「今度は、させません」

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