L vs ルルーシュ   作:stein0630

9 / 17
9

移送当日の空は鈍色だった。

 

前日の青より、よほどましだとルルーシュは思った。

晴れている空は残酷だ。

曇天の方が、少なくとも人間の側に言い訳を与える。

今日はそういう日だった。

 

ユーフェミアの移送は厳重極まりなかった。

車列は三つ。

時刻は偽装。

経路は直前変更。

護衛は軍警と皇族警護と医療班の混成。

しかもLが噛んでいる以上、表の警備線とは別に、観測のためだけの目がいくつも置かれている。

 

「丁寧だな」

 

ゼロの仮面の下で、ルルーシュは低く呟いた。

 

ディートハルトがモニター越しに答える。

「Lは本気です。奪取より暗殺を警戒している配置ですね」

 

「当然だ」

ルルーシュは言った。

「ユーフェミアを生かしておけば、いずれ誰かがまた死ぬ。

Lもそれは分かっている。だが、“だから殺していい”という形にしたくない」

 

「では、どうする?」

 

ルルーシュは地図を見ていた。

移送経路そのものではない。

その周辺にいる人間の配置を。

 

Lはもう、自分がユーフェミアの死を必要としていると読んでいる。

なら、車列への直接攻撃を待っているはずだ。

爆破、狙撃、攪乱。

そういう“分かりやすい意志”を。

 

だから、そこは触らない。

 

「狙うのは車列じゃない」

 

「ほう」

 

「Lの判断線だ」

 

ディートハルトが一瞬黙る。

この男はこういう時だけ、理解に数秒かかる。

 

「……説明を」

 

「Lは移送を守りたいわけじゃない。

正確には、“ルルーシュに都合のいい形でユーフェミアを死なせたくない”んだ。

つまり、彼にとって最悪なのは、ユーフェミアが死ぬことそのものではなく、その死が“必然だった”と周囲に納得される形だ」

 

「それを、どう崩す?」

 

ルルーシュの目が冷たく細まる。

 

「現場に“死なせた方が被害が少ない”という空気を作る」

 

ディートハルトが息を呑む。

ようやく見えたのだろう。

車列を襲わない。

護衛を殺しもしない。

ただ、ユーフェミアが移送中に一度でも意識を取り戻し、再び命令達成へ動きかければ、その場の判断は極端に揺れる。

 

そしてその揺れの中心に、スザクがいれば理想だった。

だがLは当然、そこを切ってくる。

 

「枢木スザクは外される」

ルルーシュは言った。

「なら代わりに、次に揺れやすい人間を選ぶ。

皇族警護でも、軍人でもない。医療班だ」

 

「医療班?」

 

「彼らは皇女を患者として見る。

だが、患者が周囲を殺すと分かった瞬間に、一番早く“処置”という言葉へ逃げる」

 

C.C.が暗がりから口を挟んだ。

「ずいぶん嫌な見方だな」

 

「人間は嫌なものだ」

 

そう返しながらも、ルルーシュは自分がその嫌さの中心にいることをよく知っていた。

 

「移送の途中で、小規模な騒擾を起こす」

彼は続けた。

「日本人の群衆ではない。そう見えるが、実際には違う。

護衛が“皇女命令が外へ漏れれば再び暴発する”と連想する程度の、ぎりぎりの騒ぎだ」

 

「その混乱で、皇女が目を覚ます?」

 

「目を覚まさせる必要はない。

“目を覚ますかもしれない”と思わせるだけでいい」

 

ディートハルトの声に、薄い興奮が混じる。

「つまり、Lに選ばせるわけですね。

護送を優先するか、その場で危険を断つか」

 

「そうだ」

ルルーシュは平坦に答えた。

「今回は、俺が引き金を引かない。

引くべきだと世界に思わせる」

 

Lは車列の先頭でも中央でもなく、最終車両のさらに後ろにいた。

 

モニター越しではない。

現場だ。

それがこの男の嫌なところだった。

局面が決定的になると、自分を賭け金に含める。

 

ワタリの声がイヤホンに入る。

「西側高架、異常なし。東側歩道橋に人だかり。警察が整理中です」

 

「内容は」

 

「特区虐殺に抗議する市民と見せかけた小規模デモ。ただし構成員の素性が不自然です」

 

Lはすぐに頷いた。

「彼ですね」

 

「ゼロですか」

 

「はい。車列そのものではなく、“移送に政治的圧力がかかっている”状況を作っています」

 

「狙いは何でしょう」

 

Lは数秒考えた。

いや、考えるふりをして、もう半分は読んでいる。

 

「判断の揺れです」

Lは言った。

「護衛、医療班、指揮官、その誰かに“このまま移すよりここで危険を断った方が安全ではないか”と思わせたい」

 

「暗殺ではない?」

 

「直接はしません。

彼は今、“自分で終わらせた”ではなく“誰が見てもそうなるしかなかった”へ寄せたいんです」

 

ワタリが低く言う。

「それは、かなり……」

 

「醜いですね」

Lが言い切った。

「はい。知っています」

 

車列が高架下へ差しかかる。

そこで前方の整理警官から報告が入る。

 

『歩道橋上の数名が“皇女を出せ”と叫んでいます。

銃器なし。投擲物なし。ですが、周囲の野次馬が増加中』

 

「やはり」

Lは即座に言った。

「前方車両は停止しないでください。速度維持。

それから、皇女殿下の医療車両内の鎮静状態を再確認」

 

数秒後、別回線から返答。

『薬効は安定。現時点で覚醒兆候なし』

 

Lは一瞬だけ目を閉じた。

それでも安心しない。

安心した瞬間に負ける相手だからだ。

 

「竜崎」

総監の声が混じる。

「騒ぎは拡大していない。突っ切れる」

 

「はい。そこまでは彼も折り込み済みです」

Lは静かに答えた。

「本命は、この先の分岐ですね」

 

「なぜそう思う」

 

「前半に圧をかけるのは、後半の判断を重くするためです。

“もう一度起きるかもしれない”と現場に思わせた後で、本命を置く」

 

本命は、分岐の先にいた。

 

立体交差の陰から、一台の民間救急車が飛び出してきた。

サイレン。

進路を横切る角度。

衝突そのものが目的ではない、しかし止まれば車列が乱れる絶妙な速度。

 

「止めるな!」

Lが即座に叫ぶ。

「迂回優先!」

 

だが中央車両の指揮官が一瞬だけ躊躇した。

民間救急車を弾けば死者が出る。

止まれば隊列が崩れる。

その一秒の迷いが、すべてだった。

 

医療車両が急制動する。

 

内部で身体が揺さぶられる。

機材が鳴る。

鎮静管理の点滴ラインが一瞬ずれる。

 

「まずい」

 

Lの声が低くなる。

次の瞬間、医療班から悲鳴に近い報告。

 

『皇女殿下、覚醒反応! 目を開け――』

 

回線が乱れた。

 

Lは即座に最終車両から飛び出した。

護衛が制止するより速い。

 

医療車両の後部ドアが半開きになっている。

中では看護官が一人、青ざめた顔で何かを押さえていた。

もう一人は、皇女の口元を塞ぐようにしている。

そのどちらも、正しい対処ではない。

正しくないからこそ危険だ。

 

「離れてください!」

 

Lが飛び込みながら言う。

 

ユーフェミアは半ば起き上がっていた。

鎮静の重さで身体は鈍い。

だが目だけは開いている。

そして、その瞳には以前と同じ、あの穏やかさに寄生した命令の光があった。

 

「……日本人を……」

 

その瞬間、車内にいた日本人出自の補助看護官が硬直した。

“自分に向けられた”と理解するより先に、命令の内容そのものに反応して身体が固まる。

 

Lはそこを見る。

人は“命令を受けた者”だけでなく、“その命令の対象とされた者”によっても壊れる。

ルルーシュはそこまで使ってきた。

 

「口を塞がないでください」

Lは看護官へ命じた。

「顎を固定、気道確保、視線を切る。

それから――」

 

だが別の軍医が叫んだ。

 

「このままでは危険です! ここで終わらせるべきだ!」

 

来た。

Lは即座にその声の主を見る。

 

老いた軍医。

震えている。

良心からだ。

恐怖からだ。

そして両方だからこそ、一番危ない。

 

「終わらせる、とは何ですか」

 

Lは平坦に問う。

 

「分かるでしょう!」

軍医は叫ぶ。

「皇女殿下を生かして移送する限り、また誰かが死ぬ!

この場で――」

 

そこまでだった。

Lがその手首をねじり上げ、注射器を床へ落としたからだ。

 

「それが彼の狙いです」

 

軍医の目が見開かれる。

 

「あなたに“善意の処置”として殺させること。

自分ではなく、現場判断として」

 

「放せ!」

 

「嫌です」

Lは低く言った。

「あなたは今、医者ではなく、追い込まれた人間として決断しようとしている。

そういう人間が一番利用しやすい」

 

車外では護衛が騒然としている。

飛び出してきた救急車はすでに空車と判明。

運転席には捨てられた偽装ID。

つまり陽動。

それだけならいい。

問題は、この数十秒で医療車内の空気が“処分もやむなし”へ傾きかけたことだ。

 

Lはそれを押し戻すように言った。

 

「皇女殿下は再鎮静。

完全拘束。

発声阻害。

そしてこの場で処分の判断をしない。

ここは法廷ではなく、もっとひどい場所だからです」

 

その言い方に、看護官たちがようやく我に返る。

手が動き、器具が戻り、注射ラインが繋ぎ直される。

ユーフェミアはなおも何か言おうとする。

だが鎮静が入り、言葉は崩れ、意識が再び沈んでいく。

 

最後に、彼女の目だけがLを見た。

その目に“ユーフェミア本人”がどれだけ残っていたか、Lには分からなかった。

分からない方が、たぶんまだ救いだった。

 

ワタリの声が入る。

「東側監視で、黒の騎士団と思われる通信ノードを一つ捕捉。追いますか」

 

Lは短く息を吐いた。

 

「追ってください。

でも、現場は追いません。もう十分です」

 

「十分?」

 

「はい」

Lは医療車両の中を見渡した。

落ちた注射器。

泣きそうな補助看護官。

怒鳴った軍医。

半開きのドア。

そして、数秒遅ければ“必要な処置”として死が選ばれていた空気。

 

「彼が何を望んでいたかは、もう分かりました」

 

その頃、離れた通信拠点でディートハルトは舌打ちしていた。

 

「失敗です。Lが車内へ直接入り、現場判断を止めました」

 

「だろうな」

 

ゼロの声に落胆はない。

あるとすれば、確認に近いものだ。

 

「では次を――」

 

「ない」

ゼロは切った。

「今日はここまでだ」

 

「しかし、皇女はまだ生きている!」

 

「分かっている」

その返答だけ、少し硬かった。

「だからこそ、これ以上はやらない。

Lが現場を押さえた以上、同じ筋では動かない」

 

ディートハルトは不満を飲み込む。

この男は勝負どころでは冷酷だが、同じ手を二度こすって美しさを損なうのを嫌う。

そういう美学がある。

そして今は、その美学が焦りの制御にもなっているのだと、彼にも分かった。

 

通信が切れる。

ゼロの仮面の下で、ルルーシュは壁に手をついていた。

 

Lが止めた。

まただ。

しかも今回は、単に見破ったのではない。

自分が“誰かに決断させる”形へ寄せた死まで止めた。

 

「……忌々しい」

 

「そうか?」

 

背後からC.C.の声。

彼女は相変わらず、どこにでもいるように現れる。

 

「お前、少し安心してる顔だぞ」

 

ルルーシュは振り向かなかった。

安心。

そんなものがあるはずがない。

ユーフェミアはまだ生きている。

目覚めればまた命令を再開する。

問題は何一つ解決していない。

 

だが、今の言葉を即座に否定できない自分がいる。

もし車内で軍医がユーフェミアを殺していたら。

その政治的意味は完璧だった。

自分にとって、都合がよすぎるほどに。

 

そしてLは、それを奪った。

つまりLは、ルルーシュが“必要だ”と判断した死を、あえて保留したのだ。

 

「……あいつは、分かっている」

 

「何を」

 

「俺が、ユーフェミアの死を必要としていることを」

ルルーシュは低く言った。

「だが同時に、俺がそれを“自分で決めた形”にしたいことも」

 

C.C.は少し笑った。

「だからわざと保留したのか」

 

「そうだ」

ルルーシュの目が冷える。

「Lはもう、俺を捕まえたいだけじゃない。

俺が“必要だからやった”と自分に言い聞かせられる形を、ことごとく壊しに来ている」

 

そこまで言って、彼は気づく。

それは捜査ではない。

もっと個人的で、もっと残酷な戦い方だ。

 

Lは今、ルルーシュに勝つために、ルルーシュ自身の自己正当化を削っている。

ゼロとして前に進むには、“あれは必要だった”という足場が要る。

その足場を、一枚ずつ剥がしている。

 

「本当に嫌な男だ」

 

C.C.は肩をすくめる。

「今さらだな」

 

ルルーシュは沈黙した。

今のままではいけない。

ユーフェミアは生きている。

Lは止める。

自分は直接手を下せない。

なら、盤面自体を変えるしかない。

 

「……会う」

 

「誰に?」

 

「Lだ」

 

C.C.が少し眉を上げた。

 

「殺すのか」

 

「違う」

 

ルルーシュはゆっくり振り返った。

その顔には疲労があった。

だが、それ以上に、何かを切り替えた人間の静けさがあった。

 

「交渉する」

 

C.C.は、珍しくすぐに皮肉を返さなかった。

その沈黙だけで十分だ。

それがどれほど異常な発想か、彼女にも分かっている。

 

「相手はLだぞ」

 

「知っている」

 

「お前を追ってる探偵だ」

 

「それも知っている」

 

「で、何を交渉する」

 

ルルーシュは数秒、答えを選んだ。

言葉は慎重でなければならない。

なぜなら、その中に自分自身の敗北が混じっているからだ。

 

「ユーフェミアの処理だ」

彼は言った。

「Lも分かっているはずだ。

あの人はもう、ただ隔離して終わる対象じゃない。

生かす限り、命令は残る。

だが殺せば政治利用される。

なら、必要なのは“どちらにも都合のよくない終わらせ方”だ」

 

C.C.がようやく口元を歪めた。

 

「なるほど。

自分で殺したくないから、探偵に責任を半分持たせるわけか」

 

「違う」

ルルーシュは即座に言い、少しだけ間を置いた。

「……いや、違わないかもしれない」

 

その認め方が、ひどく疲れていた。

 

「でも、それしかない」

ルルーシュは続ける。

「Lは俺を憎んでいる。

少なくとも、今はそうだ。

だが同時に、現実を見る。

そして現実として、ユーフェミアはこのままでは終わらない」

 

C.C.はしばらく彼を見ていたが、やがて言った。

 

「なら、一つだけ覚えておけ。

Lはお前の罪を軽くするために会うんじゃない。

もっと重くするために会う」

 

「分かっている」

 

「本当に?」

 

ルルーシュは目を閉じた。

分かっている。

あの男は、優しくはない。

正しい時ほど残酷で、残酷な時ほど正しい。

だからこそ、頼るには最悪の相手だ。

 

「それでもだ」

彼は言った。

「もう一人で決められる段階じゃない」

 

その夜、Lのもとに一通のメッセージが届く。

 

差出人不明。

文面は短い。

 

――皇女殿下のことで話がある。

――次は罠ではない。

――お前が一番そう思わないことも知っている。

 

Lはそれを読み、しばらく黙っていた。

 

ワタリが問う。

「どうしますか」

 

「会います」

 

「即答ですね」

 

「はい」

Lは少しだけ首を傾けた。

「ここで罠を疑うのは簡単です。

でも、彼が本当に罠ではないと書く時は、だいたい半分は本当です」

 

「残り半分は」

 

「罠です」

 

ワタリが小さく息をつく。

慣れているようで、慣れない。

 

「それでも行く」

 

「はい。皇女殿下の件は、もう推理だけでは処理できません。

そして彼もたぶん、そう認め始めた」

 

Lはメッセージを机に置いた。

その目は冷えていたが、底に別種の疲労がある。

 

「ただし、一つだけ誤解してほしくないですね」

 

「何を」

 

Lは淡々と言う。

 

「私は彼を助けに行くわけではありません」

一拍。

「彼がどれだけ苦しんでいようと、彼がやったことは変わらないので」

 

窓の外では、曇った空の下に都市の灯りがにじんでいた。

 

虐殺の夜は終わっていない。

ただ、形を変えて続いている。

ユーフェミアは眠りの底で命令を抱えたまま生きている。

スザクはまだ壊れ切っていない。

Lは止めるために追い、ルルーシュは進むために止まれない。

 

そして次の局面では、ついに二人が“事件”ではなく“処理できない現実”について向かい合う。

 

それは頭脳戦の延長ではある。

だが、これまでとは違う。

どちらが相手を出し抜くかではなく、

どちらがより醜い現実を引き受けるかという話になる。

 

その意味で、次の対話は、

これまでで一番静かで、

これまでで一番残酷なものになるはずだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。