「THE SABUROUTA ~太平プロレス興行日誌~」   作:八意あまつ

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第16試合(オトギプロレスリングお祭り興行):オーバー・ザ・トップロープ・ヘキサ・サバイバルマッチ「エディ VS ダングラール VS モモタロウF VS 赤ずきん VS フック VS アサル」

 オトギ・プロレスリングがおくる、熱狂――。

 

 決して大きくはない地方イベント会場を超満員の観客で膨れ上がらせ、祭りの終わりを惜しむような空気と、最高潮の興奮が同時に渦巻いていた。 色とりどりのペンライトが揺れている。

 実況の声が、割れんばかりの歓声の中を突き抜けた。

『さあ、オトギ・プロレスリング、本日のお祭り興行メインイベント、ヘキサ・サバイバルマッチの時間がやってまいりました! 注目はなんといっても、急きょ襲来した謎のマスクマン、モモタロウF選手! 先日の試合では赤ずきんに勝利し、確かな実力を示していますが……今日はエディ・ダンテスやマスクド・ダングラールという怪物級トップレスラーも混じるサバイバルマッチ! 「オーバー・ザ・トップロープ」形式のため体力が残っていても場外転落は即敗北となるこの過酷な戦い、果たしてそれぞれのレスラーは一体どのように生存戦略を展開するのか!』

 実況がひと息つくと、お決まりのアナウンスが流れる。

『……なお、毎度のことながら実況が不要な方はデータ放送にて音声OFF、同時字幕表示、ヒノモト昔話のナレーターによる語りモードへの切り替えが可能です。お好みの設定で戦いの行方を見届けてください』

 その実況に対し、客席のファンたちは銘々に声を上げる。この団体の「お約束」を熟知した猛者たちは、実況の煽りすらも娯楽として楽しんでいた。

「むかしばなしのナレーター助かる」「力の入れ所おかしいよねこの団体」「だが、それがいい」「フック船長の義手玩具今日も完売してて草」

 売店で飛ぶように売れたフック船長の玩具を誇らしげに掲げる子供や、苦笑いする親たちの姿が客席のあちこちで見受けられる。会場全体が、まるでテーマパークのような浮かれた熱気に包まれていた。

 

 リング上には、六人の猛者が顔を揃えていた。中央で圧倒的な威圧感を放つのは、漆黒のフーディと紫と黒のモノキニのボディスーツにその華奢な肢体を包んだオトギプロの顔、「岩窟王」エディ・ダンテス。その隣には、赤と黒を黄金の縁で飾るドミノマスクが照明を反射して輝くダイナマイトバディの女傑、マスクド・ダングラールが仁王立ちしている。対照的に、リングの隅で所在なげに、しかし必死に周囲を警戒しているのは「謎の桃の戦士」モモタロウFこと宮川三郎太だ。その右隣のコーナーで、先日対戦した相手でもある赤ずきんが不敵な笑みを浮かべる、義手のフックをギラつかせるキャプテン・フック、そして砂漠の風を纏ったような出立ちの褐色娘、アサル・ザ・ジニーがそれぞれ四隅のコーナー前に陣取っている。

『え~、いつもの注意で恐縮ですが、場内のお子様、試合後にロケットパンチをリングに飛ばすのはお止めくださいね。さあ、間もなくゴングです!』

 

――カーーン!

 

 ゴングが鳴り響くと同時に、空気は一変した。

六人のレスラーがそれぞれの思惑を胸に動き出す中、もっとも強烈な威圧感を放ったのは「巌窟王」の異名を持つエディ・ダンテスだった。

銀髪を白光のようになびかせ、冷徹な青い瞳でリング上を睥睨する。彼女はまず手始めにと桃の意匠を施したマスクを被る謎の男、モモタロウFへと狙いを定めたようだ。その重厚なプレッシャーだけで、周囲の空気が凝固し、観客の喧騒が遠のいていくような錯覚を覚える。

「さぁ、私の相手をするのは誰だ? おお、モモタロウF、折角だしやるか?」

 その言葉は、誘いというよりは逃れられぬ宣告に近かった。対するモモタロウF――その正体である宮川三郎太は、喉の奥が乾くような緊張感に襲われながらも、覚悟を決めた。ここで退けば、この怪物たちの中では一瞬で飲み込まれてしまう。

「ならば胸をお借りしますっ! うおお、ファイナルエルボー!」

 モモタロウFが地を蹴り、鋭い踏み込みを見せる。彼の右肘には、内側から練り上げられた気が微かな輝きとなって宿っていた。渾身の力を込めた一撃が、エディの引き締まった胸板を捉える。ドォォン!という重苦しい衝撃音がリングの底まで響き渡った。観客席からも思わず息を呑む気配が広がる。しかし、エディの身体は、わずかに数歩後退したのみでピタリと止まった。

「……! うむ、まぁまぁだな、悪くない」

 エディは無造作に胸元の衝撃を払いのけると、不敵な笑みを浮かべる。その圧倒的な余裕こそが、彼女がトップレスラーとして君臨し続ける所以だった。エディは、反撃のためにそのしなやかな右腕を大きく振り上げた。

「お返しだ!」

 乾いた、それでいて肉が裂けるような凄まじい音が会場にこだまする。エディの放った強烈な逆水平チョップがモモタロウFの全身を突き抜け、彼は成す術もなくマットへと転がった。あまりの衝撃に、視界が火花を散らし、肺の空気がすべて叩き出される。

「あ、あんなの無理だぁ!」

 モモタロウFは立ち上がるなり、なりふり構わず絶叫した。モモタロウならではのおどけたセリフ回しを選んでいるつもりではあったが、わりとガチで本音でもある。先ほどまでの覚悟は霧散し、彼は脱兎のごとくリング内を全力で逃走し始める。

「あ、こら! 逃げるな!」

 エディは呆れたように声を上げながら、ひょこひょこと逃げ回るマスクマンを追いかけ始めた。その追走劇は、殺気よりも滑稽さが勝り、場内の空気を一気に緩ませる。観客席からは容赦ないツッコミと笑いが漏れた。

「でござるよねー」「社長はさぁ……」「エディを狙うなら消耗させてからだぞ偽モモタロウ!?」

 一方、リングの反対側でも激しい火花が散っていた。エジプト風の衣装を纏ったアサル・ザ・ジニーが、しなやかな脚をムチのようにしならせ、赤ずきんへと鋭い蹴りを放つ。

「私だってキックには自信があります! 負けませんよ!」

 アサルのミドルキックが赤ずきんの脇腹を捉える。しかし、赤ずきんは若干眉をひそめるだけで小揺るぎもせず、獰猛な笑みを浮かべて低い姿勢から応戦した。

「獰猛な狼さんですね! ねじふせてやるから!」

 赤ずきんはアサルの脛を狙い、執拗にローキックを叩き込んでいく。一歩も引かぬ女子レスラー同士のぶつかり合い。互いの蹴撃が交錯するたび、乾いた衝撃音がリングに弾けた。そこへ、不敵な笑みを浮かべた海賊、キャプテン・フックが横槍を入れた。

「そーら、夢中になってんじゃねーぞ、赤ずきんちゃん!」

 フックが義手からロープワイヤーを射出する。狙いは赤ずきんの首。巻き付けて動きを封じようという算段だ。

「あわわっ!?」

 赤ずきんが反射的にしゃがみ込み、ワイヤーは空を切った。だが、運悪くその射線上にいたのは、エディをライバル視し、常に高慢な態度を崩さない女、マスクド・ダングラールだった。

「エディ! そんな新入り追い回してないで私と……あいたっ!?」

 ダングラールの叫びは、背中に走った不意の衝撃によって遮られた。フックの放ったワイヤーが、彼女の背中にクリーンヒットしたのだ。鞭打たれて声を上げてしまったダングラールの端正なマスクの奥で、瞳が屈辱と怒りに染まる。

「あっ」

 フックは思わず、間の抜けた声を漏らした。ヤバい。

「……貴様か、いいだろう、相手してやる。こっち来い!」

 ダングラールは背中を叩いたロープを、力任せに掴み取り、逃げようとするフックを無理やり自分の方へと引きずり戻す。

「うおっ、このバカ力が!?」

 引きずり寄せられたフックを待ち構えていたのは、ダングラールの煮えたぎる怒りそのもののような、破壊的な一撃だった。

「誰がバカだと!?」

 ダングラールが大きく踏み込み、その太い右腕を横一文字に振り抜いた。怒りの一撃――凄まじい勢いのラリアットがフックの喉元を刈り取る。重戦車が全速力で衝突したかのような衝撃を受け、フックの身体はマットから完全に浮き上がった。

「そういう所……どわあっ!?」

 フックの身体は文字通り、対角線のコーナーポストまで一直線に吹き飛ばされた。ガシャァン!という激しい衝突音と共にコーナーに沈むフック。サバイバルマッチは序盤から、それぞれの遺恨と混乱を孕みながら、さらに激しさを増していくのだった。

 

 コーナーポストの鉄柱に激突し、ぐったりと崩れ落ちたキャプテン・フックを見下ろしながら、マスクド・ダングラールは「ふん」と鼻を鳴らした。その視線の先では、銀髪をなびかせたエディ・ダンテスが、依然としてリング内をちょこまかと逃げ回るモモタロウFを追い回している。エディの足取りは優雅だが、その瞳には苛立ちが混じり始めていた。捕まえようと手を伸ばせば、モモタロウFはなりふり構わぬスライディングやレフェリーを間に挟む事でその追撃を回避し続ける。

「くそ、はしっこいな。……ん? 手近に飛んできた奴がいるな。丁度いい」

 エディは足を止め、獲物を切り替えた。彼女の視線の先に転がっているのは、先ほどダングラールのラリアットを食らって沈んだばかりのフックである。エディは無造作に歩み寄ると、ぐったりとしているフックの胸ぐらをその細くも強靭な指先で掴み上げた。

「そら、立て。お前ならそのくらい平気だろ」

 強引な引き起こし。意識が朦朧としていたはずのフックだったが、その挑発的な言葉に反応するように、重い瞼をこじ開けた。

「……ッ、ご賢察の通りだよ! オラァ!」

 フックは立ち上がりざま、エディに掴まれたままの己の右腕を支点にし、電光石火の動きでエディの腕を絡め取った。義手の金属部分が支点となり、通常よりも「痛そうに見える」変則アームロックが極まる。

「うぐっ……!? ふふ、そう来なくては……!」

 腕を極められた苦悶に顔を歪めながらも、エディは悦に浸ったような笑みを浮かべる。リング上の怪事、序盤からのベテランレスラー同士の真っ向からの削り合いが始まった。その光景を、息を切らして逃げていたモモタロウF――宮川三郎太は見逃さなかった。彼はリングの中央付近で立ち止まり、まだエディを恐れて縮こまっている赤ずきんとアサルに向けて、必死に声を張り上げた。

「今だ! バケモノがやり合ってるうちに、こっちも協力してなんとかしよう!」

 その言葉は、絶望的な戦力差を突きつけられていた彼女たちの心に火を灯した。一人では勝てない。だが、三人ならば、この嵐のような戦場に風穴を開けられるかもしれない。

「狼さん、もといモモタロウさんに賛同!」

 赤ずきんが不敵な笑みを浮かべて三郎太の右隣に並ぶ。

「良いアイデアです。協力しましょう」

 アサルもまた、覚悟を決めた表情で左隣に立った。三人の視線が、一点に集中する。その先に立つのは、フックとの攻防を見守っていたもう一人の怪物、マスクド・ダングラール。

「今だ!」

 三郎太の号令とともに、三人が一斉にマットを蹴った。

「がってん!」

「アサルトキック!」

 三者三様の跳躍。三つのブーツが、正確にダングラールの正面を捉えた。トリプル・ドロップキック。一人分でも重い衝撃が三倍となってダングラールの胸元を直撃する。

「きゃっ!?」

 流石のダングラールも不意を突かれ、その巨躯が大きくのけぞった。

 

だが、ダングラールの真価はここからだった。マットに背をつけたかと思われた瞬間、彼女はバネのように跳ね起き、怒りに満ちた表情で目の前の三郎太を睨みつけた。

「おのれ、やってくれたな! 首魁は貴様かっ!」

 ダングラールは逃げようとする三郎太の襟首を鷲掴みにすると、そのまま彼の身体を強引に抱え上げた。彼女の得意技、変形ブレーンバスターであるフレイムスクリューバスター。抱え上げられた三郎太の身体が、旋回しながらマットに叩きつけられた。

「ぐはぁっ!?」

 脳天を揺さぶる衝撃に、三郎太の意識が飛びかける。ダングラールがそのままフォールの体勢に入ろうとしたその時、赤い影が空を舞った。

「フォールはさせませんっ!」

 赤ずきんが空中を旋回し、その勢いのままダングラールの背中に鋭い踵を突き立てた。迎撃の心配が無いと見て、惜しみなく彼女は必殺技と言うカードを切っている。クリムゾンニールキックによる背後からの強襲に、ダングラールの膝が屈折する。

「うおっ!?」

 絶好のチャンスだった。畳みかけるように、アサルが馬力を利かせてダングラールへと突進する。

「いくらダングラールさんでも3人がかりなら!」

 低い姿勢からのタックル。アサルは全体重を乗せて、ダングラールをズルズルとロープ際へと押し込んでいく。その足取りには、普段の柔らかさとは違う「押し切る覚悟」が宿っていた。

「いたた……今しかないっ! くらえっ!」

 叩きつけられた衝撃とダメージを持ち前のタフネスでなんとか堪え、三郎太が連携を締めくくるアクションを起こした。震える膝を抑えてふらつく足取りながらも、彼は渾身の力で跳躍する。狙うは、ロープを背負った状態のダングラールだ。高高度からのドロップキック。三郎太の両足が、ダングラールの胸元を捉えた。アサルの押し込みと、三郎太の衝撃。二つの力が重なり、腰の後ろにあたるロープが支点となってダングラールの身体が大きく背後へ傾き、脚が宙に浮いた。

「あ、ちょっ……待って落ちるぅぅぅぅぅ!?」

 ダングラールの悲鳴が会場に響く中、彼女の身体はトップロープを越え、場外へと真っ逆さまに転落した。ドサリ、という鈍い音。

『あーっと! ここで大波乱だ! 有力勝利候補の一角、マスクド・ダングラールがオーバー・ザ・トップロープによって脱落! モモタロウF、赤ずきん、アサル・ザ・ジニーの、まさに意地の連携が怪物をリングから葬り去りました!』

 会場はこの日一番の歓声とどよめきに包まれた。場外のマットに叩きつけられたダングラールは、腰を押さえながら「なんてことだ」と悔しそうな表情を浮かべる。だが、自分を落とした三郎太がリング上で肩で息をしているのを見ると、彼女はマスクの奥で、どこか楽しげに、満足げにニヤリと笑ってみせた。それは、弱小と侮っていた「新入り」たちの意地を認めた、戦士としての微笑みだった。しかし、リングの上に残された者たちに、その余韻に浸る暇はない。

 リング中央では、依然としてエディ・ダンテスとキャプテン・フックの激闘が続いていた。義手を利用したアームロックに動きを封じられていたエディだったが、その驚異的な背筋力で強引に体勢を入れ替える。

「ヒーローは必ず立ち上がるっ!」

 エディは唸りを上げると、腕を極められた状態からフックの腰を抱え、そのまま後方へと豪快に反り投げた。重厚なブレーンバスターが炸裂し、フックの身体がマットを激しく叩く。脳天を揺さぶられたフックは、悶絶しながらも這うようにして立ち上がった。その目はまだ死んでいない。彼は胸元の義手デバイスに手をかけ、エディに向けて構える。

「ぬおお……! よし、ご来場のお子様待望のアレ、いくぜぇ!」

 その宣言に、会場のボルテージが一気に跳ね上がる。子供たちが身を乗り出し、親や祖父母たちは苦笑しながらもカメラを構える。エディは攻撃の手を緩め、眉をひそめて構えを解いた。プロとしての「興行的な配慮」が彼女の足を止めたのだ。

「むっ……今邪魔すると会場のお子様たちが悲しむ……っ!? 仕方ない、来いっ!」

 不敵に構え、フックの繰り出す「アレ」を正面から受け止める覚悟を見せるエディ。フックが咆哮し、義手の噴射口が火を噴く。

「ロケット……パァーンチ!」

 放たれた鋼鉄の拳がエディに向かって一直線に飛ぶ――はずだった。しかし、この義手の制御AIにはあるプログラムが仕込まれていた。一定確率で持ち主をぶん殴るように、という興行のための機能だ。このお約束があるせいで反則に厳しいオトギ・プロレスリングのレフェリー人間(ひとま)もこのロケットパンチ攻撃を厳密に見ずに苦笑で流しているのである。その機能がよりにもよってこのタイミングで牙を剥いた。空中で急旋回した拳は、あろうことか主であるフックの方へと向き直ったのである。

「こ、このバカAI!? 俺様に向かって飛んできてどうすんだ!? ぶべっ!?」

 激しい金属音と共に、ロケットパンチがフックの顔面を直撃した。あまりに鮮やかな自爆劇に、観客席の子供たちは手を叩いて大喜びし、大人たちは腹を抱えて爆笑する。もはや格闘技のリングではなく、喜劇の舞台と化した一瞬だった。だが、エディ・ダンテスはその隙を見逃すほど甘くはない。自爆の衝撃で千鳥足になっているフックの懐に潜り込むと、その巨躯を真っ逆さまに抱え上げた。

「この世に悪は栄えないっ!」

 垂直落下スピン掛け変形ドリル・ア・ホール・パイルドライバー、通称「D式パイルドライバー」が情け容赦ない角度でフックの脳天をマットに突き刺した。

「勝ったと思うなよぉおお!?」

 断末魔のような叫びも虚しく、レフェリーの手が三度マットを叩いた。キャプテン・フック、無念のピンフォール脱落である。

 

フックを排除したエディの前に、すぐさま次の影が迫る。モモタロウFの呼びかけに応じた一人、アサルが、捨て身の突撃を敢行したのだ。

「同盟か。いいね、けど各個撃破すればどうということはない!」

 エディは最短距離で腕を振り抜いた。疾風の如きラリアット。アサルの身体は見事なまでに空中で一回転半し、そのままマットに沈黙した。

「ふぎゃっ!?」

 アサルは白目を剥き、ぴくりとも動かない。デビューから2年も経っていない若手の彼女にとって、怪物エディの全力の一撃はあまりに重すぎた。レフェリーがKOを宣告し、アサルもまた戦線から脱落する。

 リング上に残るは、エディ、赤ずきん、そしてモモタロウFこと三郎太の三人のみ。

「アサルさんの仇~っ!」

 間髪入れず、赤ずきんがエディの足元へ鋭いスライディングを仕掛けた。

「むっ!?」

 アサルのKOに意識が向いていたエディの足元が掬われ、その盤石な体勢が大きく崩れる。

「今しかない……!」

 三郎太はこのチャンスに賭け、コーナーポストへと駆け上った。先のスクリューバスターの痛みはアドレナリンで消え去っている。彼はコーナーの頂点で大きく羽ばたくように跳躍した。

「行くぞ、モモ・スペシャルその1……ダイビングピーチボンバーだっ!」

 空中で身体を捻り、背後から急降下する回転ヒップアタック。それは三郎太が密かに練り上げた「モモタロウ」としての意地の一撃だった。無防備な顔面に、三郎太の全体重を乗せた一撃がめり込む。

「ぶっ!?」

 絶対王者エディの顔面を捉えた衝撃が、静まり返った会場に鈍く響き渡った。エディが背中からマットに叩きつけられる。アサルをラリアット一撃で沈めた直後の、信じがたいダウンシーンに、場内は割れんばかりの歓声に包まれた。千載一遇の好機だった。数的優位を活かし、一気に勝負を決めるべく二人はアイコンタクトを交わす。

「行くよ赤ずきんちゃん! 今の彼女なら投げられる!

「愛と友情のツープラトンだぁ!」

 三郎太と赤ずきんは、よろよろと立ち上がろうとするエディの左右に素早く回り込んだ。二人がかりでエディの腕を肩に担ぎ上げ、その腰をがっしりとクラッチする。狙うは、この試合の決着ルールであるオーバー・ザ・トップロープだ。このままダブル・フロントスープレックスでロープごしに後方へ放り投げれば、たとえエディといえども場外へ転落し、敗北を喫することになる。二人の気迫が一つになり、エディの身体がマットから浮き上がった。

「せーのっ!!」

 渾身の力を込め、二人がエディをトップロープ越しに場外へ放り出そうとした、その瞬間だった。宙に浮いたはずのエディの瞳が、鋭く、獲物を捕らえる鷹のように見開かれた。

「……ッ! 甘いぞぉぉお!」

 エディは空中で凄まじい体幹の強さを見せると、自分を支えていた三郎太の手首を鋼鉄の万力のような力で掴み取った。投げる瞬間の踏ん張りがフレイムスクリューバスターのダメージで一瞬遅れた三郎太は、その一拍のズレを逆手に取られ、自らが発した慣性を逆に利用され、まるで独楽(こま)のように軽々とエディと立ち位置を入れ替えられてしまったのだ。

「う、嘘だろおおおおお!?」

 三郎太の絶叫が虚しく響く。エディの超人的な技術によって軌道をずらされた三郎太は、放り出されるはずだったエディの代わりにトップロープを越え、真っ逆さまに場外へと放り出された。場外のマットに背中から落ちた三郎太の耳に、無情な実況の叫びが届く。

『あーっと! なんという空中殺法! モモタロウF、二人がかりのツープラトン攻撃を逆利用され、オーバー・ザ・トップロープで脱落です! エディ・ダンテス、ギリギリロープの内側に身を押し込んでセーフ! 絶体絶命のピンチをその超絶技巧で切り抜けました!』

 リング上に残されたのは、呆然と立ち尽くす赤ずきんと、荒い息を吐きながら立ち上がった「巌窟王」エディの二人だけとなった。

「あ……オワタ……」

 赤ずきんは、三郎太が消えた場外と、自分を射貫くような視線で見つめるエディを交互に見比べ、乾いた笑いと共に絶望の表情を浮かべた。実力差で圧倒する二人の怪物を、三人がかりの連携でなんとか凌いできたが、ついに自分一人でこの怪物と対峙しなければならなくなったのだ。だが、オトギ・プロレスリングのレスラー、それも若手のエース格としての意地が、彼女の足を止めさせた。

「もーやだ! うおお!!」

 赤ずきんは半ば自棄気味に、立ち上がったばかりのエディの首元へ飛びついた。背後からその細い腕を必死に回し、エディの太い首を締め上げる。なりふり構わぬヘッドロック。

「ぐっ……諦めないその意気や良し」

 エディは苦悶の声を漏らしながらも、赤ずきんの闘志を称えるように口角を上げた。だが、その賞賛は同時に、次の一撃への宣告でもあった。エディは赤ずきんを背負ったまま、重い足取りで一歩踏み出す。

「だが掛かりが甘い!」

 エディは赤ずきんの腰をガッチリと固めると、そのまま後方へと反り投げた。垂直に近い角度で放たれた、高速のバックドロップ。

「ですよねぇ~~~へぶっ!?」

 赤ずきんの身体がマットに叩きつけられ、凄まじい衝撃が彼女の全身を駆け抜けた。エディはそのまま、赤ずきんの肩を押さえ込んでフォールを狙う。レフェリーの手がマットを叩く。ワン、ツー――。

 

「こ、根性!!」

 3つ目が叩かれる直前、赤ずきんは死に体の中から絞り出すような力でエディを跳ね除けた。そして、フラフラになりながらも膝立ちになり、目の前のエディに向かって全力で頭を突き出した。生々しい鈍い音がリングに響く。赤ずきん渾身のヘッドバッド。不意を突かれ、眉間に硬い頭蓋をぶつけられたエディは、鼻の奥をツンと突くような激痛に襲われた。

「いったい!?」

 あのエディが、思わず鼻を震わせ、みるみるうちに涙目になって後退する。観客席からは、絶対王者の意外な弱り顔に、大きな歓声と「赤ずきんチャーン!」「根性だ!」という野声が飛び交った。

 

 会場がどよめきと笑いに包まれる中、場外のマットでは、先に脱落した者たちがそれぞれの想いを抱えてその戦いを見守っていた。先ほどエディの超反応によって場外へ放り出されたモモタロウFこと宮川三郎太は、肩で息をしながらフェンスにもたれかかっていた。そこへ、同じく脱落組であるマスクド・ダングラールが近寄ってくる。

「おい新人! あの連携、悪くなかったぞ」

 ダングラールは豪快に笑うと、遠慮会釈もなく三郎太の肩をガシッと抱き寄せた。

「ぐえっ」

 三郎太が変な声を漏らす。ダングラールの豊満な肢体が、薄いコスチューム越しに密着する。プロレスラーとして鍛え上げられた肉体でありながら、そこには確かな女性としての柔らかさがあった。彼女の豊満な胸部がモモタロウFの二の腕にぐにゅりと押し付けられる。予期せぬ感触と距離の近さに、マスクの下の三郎太の顔が一気に熱くなった。

「私のタッグパートナーに立候補させてやってもいいんだぞ?」

 上機嫌なダングラールの提案に、三郎太はマスクの下で顔を真っ赤に茹で上がらせた。腕に押し当てられた感触にドギマギしながら、彼は必死に愛想笑いを浮かべる。

「あはは、有難うございます。けど期間限定なものでして……」

 三郎太は困ったように笑いながら、視線をどこに向ければいいのか分からずに泳がせる。ダングラールの高慢ながらもどこか憎めない性格に、彼は苦笑するしかなかった。

 

 一方、リング上では赤ずきんが勝機を見出していた。エディが鼻を押さえてよろめいている今こそ、最大のチャンスだ。

「これでぇっ!」

赤ずきんは残った力を振り絞り、高く足を振り上げた。狙うはエディの脳天、強烈なかかと落としでトドメを刺そうという算段だ。だが、その動きはあまりにも直線的すぎた。エディは一歩、鋭く前に踏み込んだのである。振り下ろされる踵が頭に届くよりも早く、彼女の太い右腕が赤ずきんの膝裏をガッチリとキャッチする。

「うそっ!?」

 片足で立ち尽くし、完全に動きを封じられた赤ずきんが驚愕の声を上げる。

「腰が引けてるからだ!」

 エディが吠えた。涙目で鼻が赤くなっているせいで若干の締まりのなさはあるものの、その声には王者の威厳が満ちていた。恐怖心から重心が後ろに残っていた赤ずきんの隙を、エディは見逃さなかったのだ。エディはキャッチした脚を離さず、そのまま赤ずきんの首を抱え込む。

「そらキツいの行くぞ、受け身とれよ」

 短く警告を発すると同時に、エディは後方へと身体を反らせた。フィッシャーマンズ・スープレックス。釣り人が大物を釣り上げるかのような、美しくも残酷な放物線が描かれる。

「ぎにゃーーーー!?」

 赤ずきんの情けない悲鳴が尾を引きながら、彼女の背中がマットに激しく叩きつけられた。ドォォォン!という重い音が響き、リングが大きく波打つ。観客席からはどよめきが漏れた。

 

 その凄惨な光景を眺めながら、場外ではキャプテン・フックが腕(片方は義手だが)を組み、冷静に分析を始めた。彼の視線はモモタロウFと、まだダメージが抜けきっていないアサル・ザ・ジニーに移っていく。

「……悪くはなかったが」

 フックは、悔しそうにリングを見つめる三郎太と、まだ息が整わないアサルの間に入るようにしてフェンスにもたれかかった。

「あそこはダングラールじゃなくてエディを狙うべきだったな。一番強い奴を残すと手に負えなくなる。……だが、まぁこれも経験だ」

 海賊船長らしい風格で語るその言葉に、アサルは真剣な眼差しで頷いた。

「は、はい……勉強になります……」

 彼女にとって、今日の戦いは多くの学びがあったようだ。三郎太もまた、先ほどまでの熱気が引いていく中で、自分の未熟さと、それを上回る興奮を感じていた。

「はい。サバイバルマッチは初めてだったんで楽しかったです。ちょっと悔しいですけど」

 怪物たちに揉まれ、翻弄されながらも、一矢報いることができたという事実は、彼にとって大きな自信となっていた。そんなモモタロウFの笑顔に、隣にいたダングラールもまたニヤリと不敵に笑った。

「同感だ。この借りはいつか返すからな」

 その言葉が、誰に向けられたものなのか。三郎太は一瞬、エディのことかと思ったが、ダングラールの視線は自分に向いていた。

「え、僕にですか!?」

 三郎太は驚いて指を自分に向けた。エディへのリベンジかと思いきや、自分を落としたことへの話らしい。ダングラールの執念深さを垣間見て、三郎太は再び苦笑いを浮かべた。

 

 場外での和やかな反省会をよそに、リング上の戦いは最終局面を迎えていた。フィッシャーマンズ・スープレックスのダメージで完全にグロッキー状態となった赤ずきん。もはや抵抗する力も残っておらず、彼女はマットの上でもぞもぞと身悶えするばかりだ。エディは無造作に歩み寄ると、赤ずきんの豊かな髪の毛を掴み、無慈悲に引きずり起こした。

「だらしない……もう動けないのか?」

 エディが問う。しかし、赤ずきんの口からは呻き声しか出てこない。

「うぅぅ……」

 力なく呻く赤ずきんの身体は、糸の切れた人形のようだ。

「しょうがない、終わりにしてやる」

エディは短く告げると、赤ずきんの身体を逆さまに抱え上げた。フックを沈めたあの技、D式パイルドライバーの体勢だ。赤ずきんの視界が逆さまになり、マットが急速に迫りくる恐怖に、彼女は目を見開いた。

「うきゃーーー!?」

「やはり狸寝入りだったな! 元気があるなら最後まで挑まんかーっ!」

 赤ずきんが最後に上げた絶叫と共に、エディは大きくジャンプし、そのままマットに尻餅をつくようにして着地した。脳天から垂直に叩きつけられる衝撃。赤ずきんの意識は完全に刈り取られ、彼女の身体は精根尽き果てた抜け殻のように崩れ落ちた。

 

 レフェリーがマットを叩く音が、会場に響き渡る。

「ワン! ツー! ……スリー!!」

 

 カンカンカンカン!

 

 試合終了を告げるゴングが鳴り響き、赤ずきんは今度こそ完全に沈没したまま動かない。エディは立ち上がると、乱れた銀髪をかき上げ、レフェリーに右手を高々と掲げられた。汗に濡れた肌がスポットライトを浴びて輝き、その姿はまさしく「巌窟王」の名にふさわしい威厳に満ちていた。リングアナウンサーが勝者をコールする中、エディはマイクを受け取り、客席に向かって傲然と言い放った。

「ハハハ! やはり主役はこの私だ! エディ・ダンテスに敗北はない!」

 その堂々たる宣言に、観客席からは歓声と野次が入り混じった爆発的な反応が返ってくる。

「エディかっこいいー!」「社長大人げないぞ!」「少しは接待意識とかそういうのないんですか?」「接待と書いて全力迎撃と読む」

 客席の愛あるブーイングに対し、エディは満足げに腕を組み、不敵な笑みで返すのみ。観客たちは皆、笑顔だった。圧倒的な強さを見せつけつつも、どこか愛嬌のあるエディのキャラクターと、それに向かっていった挑戦者たちの健闘を称えているのだ。

 リングの下では、戦いを終えたモモタロウF、アサル、フック、そしてダングラールたちが、互いの健闘を称え合うように言葉を交わしながら花道へと向かっていた。その頭上を観客の子供が打ち上げたと思われる玩具のロケットパンチが軽快な音をたてていくつか飛び交う。圧縮した水を推進力として飛ぶ玩具から水しぶきが散らばり、汗ばんだ体に水滴を受けたフックが「冷てえぞ、ガキどもォ!」と威嚇して観客席から子供たちの喜色を帯びた悲鳴があがる。

『こら! いけませんって言ったでしょ! 「デラックス・腕ハメ式フック船長の義手」は他の人の迷惑にならない所で遊びましょう!』

 実況アナの観客を窘める声を背にうけてレスラーたちは退場していく。

勝者と敗者、ベテランと若手。それぞれの垣根を超え、一つの激闘を作り上げた連帯感が、そこには漂っていた。

 

 こうして、オトギ・プロレスリングの熱い祭りの一日は大団円を迎えたのである。

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