「THE SABUROUTA ~太平プロレス興行日誌~」 作:八意あまつ
太平プロレスが贈る年に一度の祭典、ファン感謝祭。その目玉である特別エキシビジョンタッグマッチは、前代未聞の様相を呈していた。実況席が思わず「光の速さ」と叫んだ親バカ全開の超高速カウントの余韻と、それに沸き立つ観客の爆笑が、未だ熱気となって会場中に渦巻いている。
リング上の三郎太は冷や汗を拭いながら身を起こしていた。いくらエキシビジョンとはいえ、ここで一瞬で負けてしまってはプロとしての面目が丸潰れである。三郎太には、ここでしっかりと「敵役」を演じる務めがあるのだ。
「ふふふ、このリングは戦場だ! 子供でも容赦しないぞ!」
まるで特撮番組の悪役のような、普段の彼からは想像もつかない大仰なセリフを吐きながら、三郎太は起き上がりざまに茨木の小さな身体を両手で優しく抱え上げた。そして、その鍛え抜かれた腕力と見事なバランス感覚を駆使し、彼女を頭上高くリフトアップしたまま、ゆっくりとリング中央で旋回を始める。プロレス技で言えば「エアプレーンスピン」、しかしその実態は、子供が大好きな「高い高い」であった。
「きゃ!? わっ、高い!? キャハハハ!」
大物である。恐怖など微塵も感じていないらしい茨木ちゃんが、無邪気な笑い声を上げて喜ぶ。三郎太もまた、絶対に落とさないよう細心の注意を払いながら、観客に背中の筋肉を見せつけるように美しく回り続けた。
誰もが微笑ましく見守る平和な光景。しかし、その空気を切り裂くように、自陣のコーナーから弾かれたように飛び出してきた影があった。
「三郎太ァ!」
怒声と共に非正規リングインを果たしたのは、すっかり過保護な母親と化しているシロオニ・ベスだった。長い金色の編み上げロングブーツに包まれた長い脚が、容赦のない速度と角度で跳ね上がる。手加減一切なしのビッグブーツが、無防備な三郎太の鳩尾にドスッという重い音を立てて突き刺さった。
「おごっ!?」
あまりの衝撃に、三郎太はカエルのように目を剥いてくぐもった悲鳴を漏らした。リフトアップされていた茨木ちゃんは、ベスの強靭な腕によって見事なタイミングでふわりと奪い取られ、安全に着地させられる。
一方で三郎太は、みぞおちを完全に抉られ、マットの上を悶絶しながら転げまわっていた。
『シロオニ・ベスの救出カット! 高い高いで胴上げされていた……もとい、リフトアップ・エアプレーンスピンのピンチを救いました!』
実況が必死に技名を強調してプロレスとしての体裁を保とうとする中、解説席の雫のマイクからは、ゾッとするほどねっとりとした声が漏れ出た。
『ベスさん、ガチの蹴りでした。悶絶する先輩のカオ……素敵……』
歪んだ愛情を隠そうともしない雫の発言に、実況が思わず素でツッコミを入れる。
『雫さん!?』
リング上では、三郎太を沈めたベスが、茨木ちゃんを抱き寄せて半狂乱で言葉を浴びせかけていた。
「回しすぎです! 目が回って吐いたらどうするんですか!?」
普段のクールで自信に満ちた姿はどこへやら、完全におろおろする保護者の構図である。だが、当の茨木ちゃんは、ケロッとした顔でベスを見上げて満面の笑みを浮かべた。
「楽しかった!」
その純真無垢な言葉に、ベスは一瞬毒気を抜かれたように瞬きを繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻したように優しく微笑んだ。
「そ、そう? よかったわね~」
一方、ガチの蹴りを食らってマットをのたうち回っていた三郎太は、強靭な精神力でなんとか自陣のコーナーへと這い進んでいた。頭上に注意を振り向けていた無防備への容赦のない一撃によるダメージは深刻である。
「交代よ! 三郎太クン!」
彼が必死に伸ばした手を美樹が叩く。
「よ、よろしく……」
三郎太はふらふらとロープを越え、自陣のエプロンサイドへと崩れ落ちるように転がり出た。代わってタッチを受けた美樹が、トップロープとセカンドロープの間を潜り抜け、軽やかにリングへと躍り出る。赤地に黒のサイドラインが入ったワンピースレオタードのリングコスチュームが、まばゆい照明を浴びて色鮮やかに輝く。太平プロレスの次期経営者としてフロント業務に就く傍ら、こうしてエキシビジョンマッチやイベントマッチでは自身もまたリングに上がる事もある松平美樹。以前はその中途半端な立場に悩む事もあった彼女だが、今の彼女の佇まいには、以前には無かった潔さと確かな自信が宿っていた。
とは言え、目の前に立ち塞がるのは可愛らしい茨木ちゃんである。
「えーい、くらえっ!」
元気いっぱいの掛け声とともに、茨木ちゃんが短い腕を精一杯振るって美樹を迎え打ち、その胸元へ……いや、高さが足りていないのでそのおなか辺りへ水平チョップを放つ。ペチン、という可愛らしい音がリングに響いた。
「きゃあっ」
文字通り小学生並みの一撃に対し、まるで大木で薙ぎ払われたかのように、美樹は大きくその身をのけぞらせ、派手にたたらを踏んで見せる。会場からは、美樹の達者な演技に……もとい、茨木ちゃんの放った痛打に対して温かい拍手と歓声が送られた。しかし、美樹はただやられっぱなしで終わらない。プロレスは一方的なヒーローの蹂躙劇などではない。たとえ感謝祭での1日デビュー権と言えどお客様では済まさない。事前に親御さん含めてきっちり確認してある通り、彼女にも攻撃を受ける側に立ってもらう。
「楽しいだけがプロレスじゃないのよ、こうして……」
体勢を立て直した美樹は、チョップを振り抜いた茨木ちゃんの小さな腕を優しく、しかし確かな技術で取り、その場でぐるんと振り回すようにして体勢を崩させた。バランスを崩して前のめりに倒れそうになるのに合わせて、美樹は素早く膝を落として膝立ちの姿勢で目線の高さを合せる。そして、絶好の位置に突き出された虎柄のワンピース水着のお尻に向かって、右の掌を振り下ろした。
「この位かな? ……えい!」
パァン! という、先ほどよりも少しだけ良い音が鳴り響いた。美樹としては当然の事だが、手加減をしたつもりであった。八歳の子供相手に本気で叩くはずもない。しかし、事前に了承済みとは言え、子供の方は覚悟がいささか不十分であった。
「ぴっ!?」
お尻をひっぱたかれた茨木は、目を丸くして硬直した。そして次の瞬間、会場の空気が一変する事態が起きる。
「びぇぇぇぇん!?」
マイクが拾いきれないほどの地声で、茨木が顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をこぼし、ギャン泣きを始めたのである。どうも想像以上に痛みが響いてしまったらしい。
「あっ!?」
美樹の顔から血の気が引いた。やりすぎたか。ファン感謝祭の主役である幼いファンをリングのド真ん中で本気泣きさせてしまうという大失態だ。だが、美樹が青ざめた理由はそれだけではなかった。コーナーから、この世の終わりを告げるかのような恐ろしい殺気を放つ影が、弾丸のごとくリング内へと飛び出してきたからだ。
「美樹ィ!?」
怒号と共に非正規リングインを果たしたのは、シロオニ・ベスであった。ベスは、子供の面倒など見た事がない。だが、それゆえに、大ファンだと言って自分を慕ってくれるこの純真な少女に対して、彼女は自分でも制御できないほどの過保護な感情を抱いていた。
「加減ができないのですか!?」
その愛する少女が、目の前で理不尽に(ベスの目にはそう見えた)お尻を叩かれ、大泣きしているのである。
「あー……ですよねー」
激昂したベスは、手加減など一切ない、まさしく鬼神のごとき怒りに満ちたガチめのラリアットを、諦念を浮かべる美樹の首元へと叩き込んだ。
「ぶぎゃッ!?」
美樹は弁解の言葉を口にする間もなく、まるで交通事故にでも遭ったかのように吹き飛ばされ、そのまま自陣のコーナーマットへと激突してずるずると崩れ落ちた。エプロンサイドでその惨状を見ていた三郎太が、冷や汗を流しながら呟く。
「ベスも少し加減しよう……」
彼から見ても、今のラリアットは完全にプロの試合でフィニッシュを狙うレベルの軌道と威力であった。
『またもシロオニ・ベスの救出カットだ! リング上で泣いてしまったオーガキッド茨木を抱きしめて慰めています!』
実況が声を張り上げる中、リング中央では、先ほどの凶行が嘘のように慈愛に満ちた表情のベスが、茨木の小さな身体を優しく抱きしめ、その頭を撫でていた。
『ベスさんはさぁ……』
解説席の雫が、呆れ果てたような、しかしどこか見下すような冷たい声で呟く。雫からすれば、普段はクールを気取っているベスが子供一人にここまで感情を振り回されている姿は、滑稽以外の何物でもない。観客からはベスを茶化す声と茨木ちゃんを応援する声がカオスに入り混じってあがっていた。
「大丈夫ですか!? ほら、大丈夫! もう大丈夫です! 茨木ちゃんは強い子ですよね?」
ベスはなかばパニックになりながらも、必死に言葉を紡いで少女を宥める。その必死の努力が功を奏したのか、はたまた尊敬するベスの前で弱い子と思われたくない子供なりの矜持か。茨木ちゃんはしゃくりあげながらも、自らの手で涙を拭った。
「ぐすっ……うん、強い子だからへーき!」
その健気な言葉に、ベスの胸が安堵で打ち震える。同時に、これ以上この危険なリングの真ん中に少女を置いておくわけにはいかないと判断した。
「少し休んでてね」
「はい!」
状況としては、ここで茨木からベスへのタッチが成立したことになる。
「ロープに引っ掛かって転ばないよう気を付けてね」
ベスは茨木の背中を押し、エプロンサイドへと送り出す。
「だいじょーぶ!」
元気よく返事をしてセカンドロープとサードロープの間を潜り抜けていく少女の姿を、ベスは慈母のごとき優しきまなこで見守っていた。だが、その背後に、怒りの炎を燃やす一つの影が迫る。
「今のは痛かった……痛かったぞ~!」
涙目になりながらも立ち上がった美樹が、同雑誌の漫画のよしみで七つの奇跡の球の物語に出て来る宇宙帝王のセリフを引用して、無防備なベスの背中目掛けて全力のドロップキックを放ったのである。世界大会の予選でベスに敗れ、今や親愛なる友となった美樹だが、友であるからこそ、その蹴りには手加減はなかった。ぶっちゃけてありていに言えば、このくらいお前なら平気だろ、全力をくらえぃ、というわけである。
「ぐぇ……ッ!?」
振り向く間もなく背中に強烈な蹴りを受けたベスは、不格好なうめき声を上げて前のめりに吹っ飛び、そのままコーナーマットへ抱き着くような形で激突した。ここぞとばかりに美樹は追撃に出る。ふらつくベスの腕をとって振り回しつつ、その背中に強烈な回し蹴りを叩き込み、彼女をリング中央へと押し出す。茨木ちゃんが無理やりタッチしないように引き離したのだ。
そして、すかさず右腕を振り上げて左手で支え、自陣コーナーで待機していたパートナーへと声を張り上げた。
「三郎太くん! ストレッチパワープラス!」
ツープラトン攻撃の誘いと察し、応えて三郎太がリング内へと躍り出てくる。彼は美樹の突拍子もない掛け声に一瞬戸惑ったものの、かろうじて元ネタに気付き、なんとかノリを合わせた。
「了解、ストレッチパワー、マイナス?」
なお、その声はちょっと自信なさげであった。
「くっ!?」
ダメージから立ち直りかけたベスが前後の掛け声に警戒の声を上げた瞬間、前後から二人のレスラーが迫り来る。正面からは三郎太の太い腕が、背後からは美樹のしなやかな腕が、ベスの首元を挟み込むようにして同時に振り抜かれる。
「「ダブル・クローズライン!」」
息の合った二人の叫びと共に、どちらへ対処するか一瞬迷ったベスの首元を強烈な挟み撃ちの衝撃が捉えた。
「がはっ!?」
前後からの容赦のない衝撃に、ベスはリングの中央で苦痛の声を上げ、崩れ落ちるように倒れ込んだ。
『さぁ、ジェームス美樹、怒りの逆襲からのツープラトン攻撃! なにやら某超人漫画の技を真似て偽クロスボンバーを決めたぁ! 突然のパフォーマンスに観客席が爆笑に包まれております!』
実況の興奮した声が響き、会場は往年の名作漫画のパロディ技に大いに沸き立っていた。しかし、解説席の雫の笑いは少し引きつっている。
『……パフォーマンスチックですけど、けっこーマジに入ってますよ、あれ? 前後から首は結構危ないので良い子は真似したらダメですよ』
淡々と恐ろしい事実を指摘する雫。いかにベスと言えど挟み込まれた衝撃は逃げ場がなく、その身に浸透する他ない。こんなものを十分な筋肉の守りが無い一般人が受けたら頸椎がタダで済むはずがないのだ。
『昔から「パロスペシャル」と「クロスボンバー」は禁止技としてお子様たちには通達が下っていましたからねぇ』
プロレス技の安易な真似はくれぐれも禁物である。実況アナの声に共感するように観客席からも声が上がる。
「うちも禁止されてたわ」「子供でもかけるのが簡単なわりに威力がヤバいからな」「うちはキン肉バスターが禁止されたゾ」「お前の小学校はヘラクレスファクトリーか何かなの?」
観客席のガヤをよそに、前後からのツープラトン攻撃をまともに食らったベスは、マットの上に片膝をついて苦しげに息を吐き出していた。観客席からの大爆笑と拍手を全身に浴び、美樹は胸を張って満面の笑みを浮かべる。自陣に引き下がる三郎太を尻目に、気分を良くした美樹は、ダウンしかけているベスへ向けて歩み寄った。
「それっ」
美樹は膝をつくベスの強靭な胴体を抱え上げ、自身の腰を支点にして力を込めると、リング中央の硬いマットへ向けて豪快にボディスラムで投げ落とす。
「うぅ……ッ!?」
背中から派手にマットへ叩きつけられ、ベスは顔を歪めて呻き声を漏らした。手応えを感じた美樹は、さらに追撃を加えようと、倒れたベスの腕を取る。だが、そんな美樹を、ベスのギラリとした眼光が捉えた。
「ちょ、調子に乗って!」
起き上がりざま、ベスは美樹の引き締まった腰元へ力任せに組み付くと、鍛え上げられた背筋と腕力で彼女の身体を担ぎ上げた。両肩の上に横向きで乗せられ、背骨を強烈にしならされる技──「アルゼンチン・バックブリーカー」だ。
「あ゛っ!?」
ベスは太い腕で美樹の首と脚をガッチリと固定し、自身の肩を支点にして美樹の背骨を強靭に絞り上げた。美樹の口から容赦のない圧迫感に満ちた悲鳴が漏れ出る。その悲鳴は苦痛を示すだけでなく、この後の展開を察しての焦りを滲ませている。ベスの怒りは手ひどくやられたせいではない。三郎太との息の合ったツープラトンを見せつけられた嫉妬、そして何より、自身を尊敬する愛らしい茨木ちゃんの前で無様を晒させた美樹への怒りだ。
「ふふ……覚悟はいいですね、美樹!?」
担ぎ上げた態勢のまま、ベスは美樹の身体を反転させ、脳天から垂直に叩き落とす絶望の体勢へと移行する。
「うきゃーっ!?」
ベスの得意技、シットダウン式変形バーニングハンマー、『白鬼金棒落とし』が唸りを上げ、美樹は必死に受け身を取りに行く。鈍い重低音がリング全体を揺らした。美樹の後頭部から背中にかけてが容赦なくマットへ叩きつけられ、彼女の意識は朦朧状態に追い込まれる。美樹は呻きながら完全にダウンだ。それでも一発KOされないのは彼女の五点接地染みた独特の対白鬼金棒落とし専用というニッチに過ぎる受け身術による効果だろう。無論、ベスの方も美樹がこれをできるから容赦がないのだが。
『シロオニ・ベスの代名詞、白鬼金棒落としが決まったぁ! ジェームス美樹、これは効いたぁ、立ち上がれません!』
実況の悲鳴に近い声が場内に響き渡る。解説席では、雫が冷めたトーンで呟いた。
『まったく手加減なしでやりましたね、今。ベスさんの大人げなさときたら……』
『ツープラトン攻撃が結構頭に来てましたかね……。そしてここでタッチ! オーガキッド茨木と交代して引き下が……いや、引き下がらない! ベスもリング内に残ってこちらもツープラトン攻撃の構えか!?』
実況が必死に状況を説明する中、ベスは自陣のコーナーへ歩み寄り、ロープ越しに目を輝かせて待っていた八歳の少女に手を差し伸べた。
「べすさま!」
タッチを交わしたベスは無邪気に喜ぶ茨木ちゃんを優しく、しかし力強くその両腕で抱っこした。
「ええ、決めましょう!」
リング中央では、白鬼金棒落としの衝撃から意識を回復しつつある美樹が、仰向けの姿勢のまま、頭上を見上げていた。さもグロッキー状態であるかのように目を閉じて、美樹はマットの上で手をギュッと握り締め、今か今かと、待ち構える。
ベスは抱っこした茨木ちゃんを抱え直し、美樹の柔らかいおムネ……いえ失礼、厚い胸元へと狙いを定める。
「行きますよ、茨木ちゃん」
美樹は息を飲み込んで「どきどき」と身を固めた。茨木ちゃんは怖がる素振りも無く、元気いっぱいに短く可愛い声を張り上げる。
「は、はいっ! いきます! とお!」
ベスが両腕を離し、抱っこされていた茨木ちゃんの小さな身体がふわりと宙を舞う。
「ああ~ッ」
茨木ちゃんの身体が落下した衝撃を受け、美樹が情けない悲鳴をあげる。そのまま茨木ちゃんは美樹の上に両腕を広げてちょこんと乗っかった。すかさず三郎太が、ここが最後の見せ場とリング内へと飛び出す。
「ベス、止めてくれよ。……おおおお!」
三郎太は凄まじい勢いで低空タックルを繰り出し、茨木ちゃんの勝利を価値あるものにすべく……もとい、フォールから美樹を救出しようと突進する。もちろん、それを許すベスではない。視野が狭まってこっちに気付いてなかったらどうしようという三郎太の不安は杞憂だった。リング内に留まっていたベスは、すぐさま三郎太の動きを察知すると、自身も低い体勢へと屈み込み、猛然と地を這うような低空タックルで迎撃に出た。
「茨木ちゃんの見せ場は邪魔させません!」
非正規リングイン同士の屈強な男女が、リング中央手前で正面衝突を果たした。強大な衝撃音が響き、三郎太のカットは見事に阻まれた。互いのダメージで二人が交錯してマットへ転がるのと完全に同タイミングで、レフェリーのマーサ茨木が、愛娘の晴れ舞台を締め括るべくスライディング気味に滑り込み、マットへと身を投げ出した。
「ワンツースリャー!」
ドラムか。もはやカウントの音すら一つに繋がって聞こえるほどの超高速スピードで三度マットを叩くと同時に、カンカンカンカン! と甲高い勝利のゴングが会場全体に鳴り渡った。
『決まったぁ! 光の速さでスリーカウント! 早い、早すぎる! 観客席からもツッコミの声が飛んでおります! レフェリーのマーサ茨木の親バカが留まるところを知りません!』
実況の悲鳴のような実況に、観客席からは爆笑と「早すぎるだろ!」という温かいツッコミ、そして割れんばかりの拍手が送られた。
『見事な「ツープラトン・ダイビングボディプレス」でしたね。ええ、一向に「ツープラトン・ダイビングボディプレス」です』
解説の雫が、涼しい顔で取り繕う。あくまでこれは強力なツープラトン攻撃での華麗なフィニッシュなのだ。
『三郎太のカットもベスに阻止され、オーガキッド茨木が試合を決めました! 皆さま盛大な拍手をお願いします!』
実況アナの言葉に応えるように観客席からは万雷の拍手が上がった。リング上でもレフェリーのマーサ茨木が滝のような涙を流しながら拍手を愛娘に送る。茨木ちゃんはドヤ顔でふんすと鼻息を荒くし、ベスにだっこされながら、両手を挙げて見事に勝利のポーズをとった。
『これ、来年の「一日プロレスデビュー権」の争奪戦が熾烈を極めそうな怖さがありますねー……』
雫は先が思いやられると天を仰いだ。普通は一日デビュー権など言っても試合にまじって軽くはたきまわされた挙句、最後にフォールだけ譲られるくらいの扱いが関の山。しかし、まさにリングの主役も同然の扱いでこれだけ活躍する試合を魅せたとあっては我も我もと次回に期待するのは必然であろう。さらに言えば全国のお子様たちの応募熱も煽られる。あんな小さな子でも平気なら僕も私も、というわけだ。
来年には団体代表の松平林吾も引退しているだろうし、美樹ちゃんは大丈夫なのかと雫は僅かに心配していた。
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熱狂のファン感謝祭が幕を閉じ、選手控室。
リング上の賑やかな熱気が嘘のように静まり返ったその場所で、一人のレスラーが完全に燃え尽きていた。アッシュブロンドの髪を汗で濡らしたシロオニ・ベスである。彼女は頭から大きめのスポーツタオルをすっぽりと被り、パイプ椅子に深く腰掛けたまま、まるで魂が抜けたかのように俯いて固まっていた。まるで往年の名ボクシング漫画のラストシーンのようだが、彼女はちゃんと生きている。
アメリカから兄たちに代わってモモタロウを討ち取るべく来日し、三郎太と出逢い、それから数々の闘いを潜り抜けてきた白き鬼の姫。世界大会EQT(アース・クェイク・トーナメント)での死闘すら経験した彼女であったが、今日の試合で消費したスタミナと精神力は、過去のどの試合よりも凄絶なものだった。
そんな彼女の前に、冷えたスポーツドリンクのボトルがそっと差し出された。
「ベス、お疲れさま」
周囲で片付けに奔走する者たちをよそに、試合コスチュームのままスポーツタオルを首にかけた三郎太が困ったような、しかし柔らかい笑みを浮かべて立っていた。ベスはタオルの中から重々しく顔を上げ、疲労困憊の眼差しで三郎太を見つめると、消え入りそうな声で呟く。
「子供の世話ってあんなにしんどいんですか……」
オニガシマブラザーズの末妹として生まれ、産まれたその時に母を亡くしているベスは、もっぱら兄のアカオニ・トムに面倒を見てもらう側であり、これまで子供の面倒を見た経験も、その苦労を知る機会も一切なかったのだ。強靭な肉体と苛烈な闘志を誇る彼女をして、たった一人の八歳の少女に完璧にノックアウトされた瞬間であった。
三郎太は困ったように眉を下げ、優しく微笑みながら答えた。
「あはは……」
かくして、大江山の鬼になぞらえた現代の少女が嵐を巻き起こす感謝祭は幕を閉じる。この日の試合は微笑ましいイベントとしてファンの間で楽しまれ、長く語り継がれる事となるが、この8年後に「太平プロに入門する」と言い出して、バイオレンスの渦中に飛び込もうとする愛娘に、父のマーサ茨木が絶望するのはまた別の話である。
「3章本編の範囲内(番外話は除く)に登場しないキャラクター」で、あらためての活躍を見たい推しキャラクターは?
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国内男子選手キャラクター
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国内女子選手キャラクター
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海外男子選手キャラクター
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海外女子選手キャラクター
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その他、選手でないキャラクター