親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい   作:スイートズッキー

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12話 背中に感じた温かさ

 

 

 

「──帝! 雷! 乃依! 耐えてくれっ! 酒寄が天守閣を必ず落とす! それまで耐えろっ!!」

 

 脱落者用の待機場所にて、外で戦っている仲間達に叫び声を上げる。

 透明なボックスはいくら殴っても壊れはせず、ただ勝負の流れを見届ける事しか出来なかった。

 

「酒寄! 踏ん張れッ!」

 

 中継モニターに映っているのは、俺を殺した刀の月人と刃を交える酒寄。

 流石に天守閣がガラ空きの状態で、相手が酒寄を見逃すわけもなかった。

 

 状況は俺のせいで最悪だ。

 酒寄は刀の月人相手に防戦一方。そして帝達は何故か()()()()()。まるでアバターの処理速度が著しく低下しているかのようだ。あれには見覚えがあった。以前、大会で対戦した不正行為者(チーター)が似たような動きを見せていたからだ。

 

「まさかアイツら、不正行為(チート)を使ってまでこの戦いに……! くそっ! 耐えろっ! 耐えてくれっ! ……酒寄頼むッ! ()()()()()ッ!!」

 

 叫ぶ事しか出来ない無力さに打ちのめされる。

 俺が油断さえしなければ、こんなことにはなっていなかった。俺が生き残ってさえいれば、刀の月人を俺が抑えて酒寄をフリーで天守閣に向かわせることが出来た。

 

 そう出来てさえいれば──俺達の勝ちだった。

 

「くそっ! くそっ! くそっ! ……何やってんだ俺はッッ!!」

 

 後悔しても遅い。

 時は巻き戻らず、ただ先へと進んでいくのみ。

 

 最悪の結末(バッドエンド)が──()()()()()

 

「乃依!」

 

 乃依が帝を庇って、大剣に一刀両断された。

 これで、天守閣防衛は2vs2となった。

 

「……雷」

 

 雷が帝の盾となり、棍棒の一振りで消し飛ばされた。

 これで、残ったのは帝1人だ。

 

「頼む、頼む、頼む、酒寄……!」

 

 もう時間がない。帝1人では天守閣を守りきれない。

 酒寄の戦いに目を向けたが、五分五分と言ったところ。すぐに決着がつきそうな気配はなかった。

 

「──帝ッッ!!」

 

 現実は、甘くない。

 土壇場で覚醒して急激なパワーアップもなければ、どこからともなく救世主が現れたりもしない。

 

 弱い方が負け、強い方が勝つ。

 そんな当たり前の事実を、俺は見せつけられた。

 

 棍棒による高速連撃と、その合間を狙って振るわれる大剣の一撃。

 阿吽の呼吸とも呼べる隙のない連携によって──帝も無慈悲に倒された。

 

 天守閣の守り手は消え、勝利への道が開かれる。

 かぐやちゃんが最後の曲を歌い終わるまで、月人達が動くことはなかった。

 

「やめろ……やめろっ……!」

 

 どこまでも(うやうや)しく頭を下げながら、2体の月人がかぐやちゃんの前へと辿り着いた。

 その様子はまるで忠誠を誓う騎士のようであり、かぐやちゃんと彼らの関係性を思い知らされる光景となっていた。

 

「……かぐや、ちゃん」

 

 ふと、目が合った。

 かぐやちゃんはどこまでも優しい顔をして、俺に向かって微笑んだ。

 

 一文字ずつゆっくりと何かを口にしている。全部で五文字。

 何を言っているのか、すぐに分かった。

 

 

 ──ありがとう。

 

 

「……ッ!!」

 

 勝敗が決したためか、俺と帝達を閉じ込めていたボックスがパリンッと音を立てて崩れる。それと同時に、天守閣の周りを膨大な数の軍勢が取り囲んだ。

 100や200どころの話ではない。あれだけ苦戦させられた主力達も復活しているし、かぐやちゃんの目の前にはいつの間にかあの王冠野郎が立っていた。

 

「はるばるようこそ。……逃げちゃってごめんっ! でも、すっごいすっごい楽しかったんだっ!」

 

 己の運命を受け入れたような顔をして、かぐやちゃんは笑った。

 天守閣から、円の形をした光が空へと浮かび上がる。月人達と、かぐやちゃんを乗せて。

 

「……待ってくれ。まだ、話したいことがあるんだ。……君と一緒に、ゲームしたいんだ。……酒寄には、かぐやちゃんが必要なんだぞ……!」

 

 俺が何を言ったところで、状況は変わらない。

 かぐやちゃんはライブを見に来てくれたファン達へ、ありったけの感謝を伝え始めた。

 

「──最高の卒業ライブでしたっ! ……いっぱいお土産もらっちゃった。みんなっ! ありがとう〜っ!!!」

 

 かぐやちゃんの言葉に、会場中が熱を持って返した。

 愛してるぞ、帰らないで、一生推している。どの声も、かぐやちゃんへの愛で溢れていた。

 

 それを聞いたかぐやちゃんは、困ったように笑って手を振った。あわよくば、彼らの声に耳を傾けて、もう一度わがままを言って欲しい。逃げたいという心で助けを求めて欲しい。

 今度は負けないから、何があっても守るから、だからもう一度だけ──。

 

 

「名残惜しいけど……()()()()()()()!」

 

 

 そんな俺の甘さを、かぐやちゃんはハッキリと否定した。

 彼女の覚悟は、もう揺るがない。俺達が掴み損ねた勝利の重さを、改めて実感させられた気がした。

 

「それから、彩葉。…………大好きっ」

 

 天守閣に戻って来られなかった酒寄への最後の言葉を残し、かぐやちゃんは眩い光の中へと消えていく。

 

 

「──バイバーイっ!!」

 

 

 最後までかぐやちゃんは、笑顔のままだった。

 羽衣を着せられ、月の世界へと帰って行くその時まで。

 

 敗北した俺達は、ただ空を見上げることしか出来なかった。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 卒業ライブの熱が冷めないといった様子で次々とログアウトしていく観客達を横目に、俺達は天守閣の前で立ち尽くしていた。

 帝も、雷も、乃依も、綾紬も、諫山も。そして──酒寄も。誰1人として、何も言わなかった。いや……言えなかったんだろう。下手に口を開けば、負けたという事実を認めてしまう気がしたから。

 

 そんな俺達に声をかけてくれたのは、空から舞い降りて来たヤチヨだった。

 

「みんな。お疲れ様っ。……本当に、お疲れ様」

 

 いつもと同じ優しい声と表情。

 そんな心からの労いに少しばかり救われていると、酒寄が前に出て深々と頭を下げて来た。

 

「…………ごめんっ」

 

 何に対して謝っているのか、分からなかった。

 酒寄は全力で戦い、唯一生き残るという結果を出した。不甲斐ないのは俺の方、謝るべきは俺の方なのだ。

 

「……酒寄」

「何も言わないで。……今は何を言われても、素直に受け入れられないから。……ごめんねっ、天野」

 

 違う。俺はそんな顔をさせたかったんじゃない。そんな風に謝らせたかったわけじゃない。

 すぐにそう伝えようとしたが、それより先に酒寄が言葉を続けた。

 

「お兄ちゃん、雷さん、乃依くん。協力してくれて、ありがとうございました。ズルまでしてくれたのに、勝てなくてごめんなさい」

「……彩葉」

 

 涙を流していないのに、酒寄の顔は泣いているようだった。

 無理矢理作っているのが一目で分かる笑顔を浮かべ、酒寄は俺達に背を向けた。

 

「……先に、帰るね。──ごめんっ」

 

 止める間もなく、酒寄はログアウトしていった。

 何も、言ってやれなかった。

 

「……ムラクモ。俺達も、そろそろ行く。無茶したからな、お偉いさん方に頭下げにいかねぇと」

「……帝」

 

 次にこの場から立ち去る意思を見せたのは『ブラックオニキス』達だった。

 頭を下げにいくというのは十中八九、不正行為(チート)を使用した件についてだろう。お祭りイベントでの使用ということを考慮しても、動かないわけにはいかない。プロゲーマーという職業に就いている以上、当たり前の行動だ。

 

「やるせねぇな、お互い。……妹にあんな顔させちまうなんて、兄貴失格だ」

「……集団戦闘(チームプレイ)も、案外悪くないもんだな。今度『SENGOKU』について色々教えてくれよ」

「お前にかける優しさは有料だ。レクチャー料金は高くつくぞ」

 

 兄妹揃って、俺への優しさは有料らしい。

 そんな軽口が今だけは、帝の優しさに思えた。

 

「じゃあなっ」

「……失礼する」

「……じゃあね〜っ」

 

 黒鬼達がログアウトし、残ったのは俺と綾紬と諫山。そしてヤチヨの4人だけとなった。

 

「……天野くん。彩葉が……彩葉が……」

 

 綾紬は泣いていた。

 その大きな瞳から大粒の涙を流して、俺の腕を掴んでくる。やり場のない感情をぶつけるように、力強く。

 

「天野っち……あの、その……」

 

 諫山はかける言葉を選んでくれているようだった。

 どこまでも気遣いの出来る優しい女の子だ。諫山の彼氏は前世でどんな徳を積んだんだろうか。いや、彼氏は彼氏で良い人だったから、お互い徳を積んだんだろうな。

 

「大丈夫だよ、諫山。今日は疲れたろ? 家に戻って、早く寝な。応援してくれてありがとう」

「……うんっ。また明日、連絡するから。……芦花のこと、お願いっ」

 

 そう言い残し、諫山もログアウト。

 隠してはいたが、内心では綾紬と同じように泣きたかったはずだ。俺を頼ってくれた彼女の気持ちを、裏切るわけにはいかない。

 

「……綾紬も、応援してくれてありがとな。負けちゃって──」

 

 〝ごめん〟。そう言いかけた口を慌てて閉じた。

 これはただの逃げだ。俺が招いた敗北を、誰かに責めてもらいたいだけの、愚かしい逃げでしかない。

 

 目の前で泣いている女の子にかける言葉は、違うもののはずだ。

 

「──大丈夫。大丈夫だよ、綾紬」

「……えっ?」

「酒寄なら心配ない。酒寄は絶対に……大丈夫だから」

 

 綾紬の手の上に自分の手を重ね、しっかりと目を見て言葉を紡ぐ。

 落ち着かせるように優しく、穏やかに、ゆっくりと。

 

 納得のいく根拠でも言えたら良いのだが、生憎とそこまで口は回らない。俺に言えるのは、これぐらいが関の山だ。

 それでも、綾紬は俺の言葉を受けて、涙を止めてくれた。

 

「……私はきっと、今の彩葉のために何か出来るわけじゃない。彩葉が生きてくれてるだけで良いって思うような私じゃ、今の彩葉の力にはなれない」

 

 俯きながら、懺悔でもするかのようだった。

 今の彼女に対して『そんなことない』なんて軽い慰めは、言う気にもならなかった。

 

 何故なら──。

 

「情けないのは分かってる。それでも……天野くんにしかお願い出来ないの。……彩葉を、私の友達を……()()()()()()っ」

 

 俺が惚れた女の子は、強くて優しいのだ。

 

「──分かった。約束する」

 

 綾紬の手を取り、小指に自分の小指を絡ませる。

 子どもっぽいかとも思ったが、綾紬は笑ってくれた。それだけで、何でも出来そうな気がしてしまうぐらい力が湧いた。

 

「綾紬も、今日はゆっくり休んでくれ。おやすみ」

「……うんっ。……おやすみ、天野くん。……ありがとっ」

 

 花弁となってその場から消えた綾紬。

 小指に残る感触に気合を入れてもらい、約束を果たすために動く。

 

 

 俺にはまだ──やるべきことがあるのだから。

 

 

「……みんなっ、帰っちゃったね」

 

 後ろで手を組みながら、俺の顔を覗き込んできたヤチヨ。

 普段なら脳が沸騰してしまいそうになるぐらいの唐突なファンサだった。

 整った顔と吸い込まれそうなほどに美しい青色の瞳が、視線で俺を貫いてくる。

 

「……そうだな」

「君はまだ帰らないんでしょ? せっかくだからさ、天守閣の上で話そうよ。かぐやが見ていた景色、興味あるでしょ?」

 

 俺の返事を待つこともなく、ヤチヨは階段を登り始めた。

 まるで、俺がヤチヨに対して用があると分かっているかのようだ。何もかもお見通しらしい。

 

「……綺麗だな。良い景色だ」

「だよね〜っ。満天の星空……本当に綺麗」

 

 推しと2人きりでこんな景色が見られるなんて、夢にも思わなかった。

 他のファン達に自慢したらさぞ……いや、最悪殺されるな。やめておこう。

 

「……せっかくヤチヨのお陰で戦いに参加出来たのにな。期待に応えられなかったよ」

「んー……一概にそうとも言えないかな。ものすごく惜しかったじゃん。()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

 

 やはり、何かおかしい。

 これまでに積み上げて来た違和感が、合わさったような気がした。

 

「──聞きたいことが、あるんでしょ?」

「……ああ」

 

 取り繕う必要も、核心を突くための回り道も必要はなさそうだ。

 俺はヤチヨの顔を正面に捉え、一度だけ深呼吸を挟んでから口を開いた。

 

 

「ヤチヨ。君は──()()()()()()()()()()?」

 

 

 正直、自分でも何を言っているんだという思いはある。

 それでも確かめておかなければならなかった。俺の中に生まれたこの疑惑に決着をつけない限り、何も前に進む気がしなかったから。

 

 はぐらかされるかとも思ったが、意外なことにヤチヨは頷いた。

 

 どこか嬉しそうに。そして、寂しそうに。

 

「どうして気付いたの? 私が月の世界から来たって」

「……俺は前からずっと疑問だった。AIライバー『月見(るなみ)ヤチヨ』は……()()()A()I()()()()()()()

 

 この疑問は俺がヤチヨを初めて見た時から抱き続けてきたものだ。

 いくら時代が進歩したとは言え、あまりにも()()()()()()()

 

 そして、俺と同じことを考える人は少なくはない。現に月見(るなみ)ヤチヨの正体と検索すれば様々な憶測がネットでは飛び交っている。

 

「その疑問を解消してくれる存在を、俺は最近かぐやちゃんから聞いたんだ。──()()()()()()

「……なるほどねぇ。……よっと、君もおいでよ」

 

 夜空の星を見上げながら、ヤチヨが階段に脚を伸ばして座り込んだ。

 ちょいちょいっと手で隣に座るよう誘ってきたので、大人しく俺も腰を落とした。

 

「……でも、確信があったわけじゃない。月の情報をかぐやちゃんから色々聞いて、初めて『そうかもしれない』って疑いを持った程度だ。……あっさり認められるとは思ってなかったけどな」

「いや〜っ、正解なのに否定するのもねー。正解に辿り着いた人に嘘をついたとあってはヤチヨの名がしくしくと泣いてしまいますので。……それじゃあ、一応推理を披露してもらおうかな。探偵さん」

 

 ヤチヨはどこか楽しんでいるようにも見えた。

 俺が探偵ポジションなら、君は犯人ポジションなんだけどな。

 

「そんな大袈裟なもんじゃないけど……やっぱり一番は酒寄とかぐやちゃんから離れろって()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの時は気が動転してたから気付かなかったけど、明らかにこれまでの『月見(るなみ)ヤチヨ』からは考えられない行動だった」

 

 仮想世界【ツクヨミ】の創設者にして管理者であるヤチヨは、基本的に特定のプレイヤーを贔屓しない。『個』ではなく、『全』を愛する電子の海の歌姫。それが彼女だからだ。

 そんな彼女がわざわざ俺に特定のプレイヤーと関わるなという忠告をするなど、よく考えなくても違和感しかない。

 

 俺が酒寄達と関わることでヤチヨに不都合なことがあるんだろうと一応の納得はしていたが、かぐやちゃんから月のことを聞いた途端に、その納得が新たな疑惑を生むことになったわけだ。

 

「かぐやちゃんは言っていた。月の住人は俺達人間とは根本的に違う生命体だってな。肉体を持たない思念体のような存在……かぐやちゃんはこう表現していた──()()()()()だってね」

「……ほほぉ、的を射ているねぇ」

「その言葉を聞いた瞬間、ヤチヨのことが頭に浮かんだ。俺が持ち続けていた疑問を一撃で解決してくれる答えだったから」

 

 AIにしては人間に近すぎる、それは何故か? 

 その答えとして『電子生命体だから』というのは、とてもすんなり頭に入ってきた。

 本当に月の世界から来たかぐやちゃんから直接聞いたこともあって、その存在を信じるには十分だった。

 

「でもさ、だったらヤチヨを敵だとは思わなかった? かぐやを奪おうとする人達と同じ世界の出身なんだからさ」

「思わなかったよ。一度だってそんなことは考えなかった」

「……なんで? ……ヤチヨのファンだから?」

 

 首を傾げながら心底不思議そうに訊ねてくるヤチヨに、思わず微笑ましい気持ちになってしまった。

 ヤチヨのこういうところ、少しだけかぐやちゃんに似ている。

 

「月人達はすぐにかぐやちゃんを特定することが出来た。なら、ヤチヨにもそれが出来ると考えるのが自然だ」

「それはそうだね。一目で分かったよ」

「だからこそ、君が敵であるならもっと早く行動しているはずなんだ。それこそ『ヤチヨカップ』でかぐやちゃんが大暴れする前に対処することだって出来た。──でも、それをしなかった」

 

 月人達は満月の時にやって来た。それが月の世界と【ツクヨミ】を繋ぐ条件だとすれば、行動があまりにも遅すぎる。

 仕事を放り出して逃げて来たというかぐやちゃんを連れ戻すのは、月の連中からすれば最優先事項なはず。ヤチヨ単体で連れ戻すことが出来なかったとしても、仲間を呼び寄せるぐらいのことは出来ただろう。

 

「君はむしろ、かぐやちゃんを守ろうとしていたように見えた。自分が直接『KASSEN』に参加しなかったのは、月人達に対する最低限の配慮だったんじゃないかってな」

「なるほどなるほど。そういう考え方もあるよね〜」

「ヤチヨは……揺れていたのか? かぐやちゃんを月に戻すか、このまま俺達の世界に残すか。どちらの選択肢を取るかで」

 

 俺と酒寄達を関わらせないことで、ヤチヨは俺を月人達との戦いに()()()()()()()()()()()()()()()()

 疑い程度だったこの考えが、ようやく確信へと変わった。

 

「君は一ヶ月程度の我慢って言っていた。そして、君が俺に忠告して来たのも大体一ヶ月前だ。……これを偶然と呼ぶのは、流石に話が上手すぎるだろ?」

「うーん、だよねぇ。ヤッチョもさぁ、あれは色々と悩んで出した結論だったから。危ない橋を渡ってる自覚はあったんだよねぇ」

「どうして俺を戦いから遠ざけようとした?」

「何となく分かってるんでしょ? それとも、自分の口からは言いにくい? 個人(ソロ)最強プレイヤーのムラクモ殿」

 

 茶化すように笑いかけてくるヤチヨ。

 くそっ、可愛い。顔が良すぎるんだよな。声も綺麗だし、愛嬌は半端ないし、マジで無敵のアイドル──なんて、言ってる場合じゃない。

 俺は途切れかけた気持ちを持ち直すため、首を左右に振って雑念を追い出した。今は推しの魅力に感動している時でもなければ、恥ずかしい呼び方に顔を顰めている時でもないのだ。

 

「……月人達が、()()()()()()()()()()()?」

 

 自意識過剰ではないことを祈りながら答えると、ヤチヨは満面の笑みを浮かべてパチパチと手を叩いた。

 

「ご名答〜〜〜っ! 見事見事、その通りでございます〜。……君の言う通り、ギリギリまで悩んだんだよねぇ。ヤッチョ的にはかぐやが月に帰らないと色々と困るんだけど、このままこっちの世界に残ってもらうのも……有りなのかもってさ」

「なら、やっぱりヤチヨは敵じゃない。俺は君から連絡を貰わなかったら戦いに参加すら出来なかったんだぞ。……かぐやちゃんが月に帰らないと困る理由って、迎えに来た月人達と同じでかぐやちゃんがいないと月が困るから?」

「ううん。それは関係ないよー? まあ、色々と複雑な事情がありまして。今の状況を一言で説明するのは難しいんだよ〜」

 

 複雑な事情か。

 ヤチヨが言うなら、きっと相当複雑なんだろう。今聞いても脳の処理が追いつかなくなりそうなので、質問するのはやめた。

 

「じゃあ、その辺には触れないようにするよ」

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()〜」

「そっか、それなら尚更触れないように…………へっ?」

 

 今、ヤチヨは何と言った? 俺のせい? 

 色々と複雑な事情のほとんどが──俺のせい? 

 

「な、何で俺のせいなんだ? 全く身に覚えがないんだけど……」

「ノンノンッ、それはヤッチョの台詞なんだよなぁ〜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ヤッチョにとっては最大の問題なんだよ〜」

 

 俺の存在に身に覚えがない……? 

 一瞬だけ思考してみたが、おかしな点は何もないはずだ。

 

「それは……当たり前じゃないか? ヤチヨにとって俺はただのファンで、個人的に関わったのなんて最近だしさ」

「ヤチヨとしては、ね。でも、()()()()()知らないはずがないんだよ」

 

 今度は俺が首を傾げる番だった。ヤチヨが何を言っているのか、まるで分からない。推しの言葉がここまで理解出来ないのは初めての経験だ。

 ヤチヨは俺の顔を見ながら口に手を当ててくすくすと笑い、悪戯っ子のように目を細めた。

 

「──同じだと思ってたんだ。また、同じ輪廻を繰り返すんだって」

「……輪廻?」

「私が経験してきた全ては繰り返されてきたもので、今度も同じことになるんだって。……それでも、せめて、()()()()()()()()って思うとさ……」

「酒寄に……? なんでここで酒寄が出てくるんだ?」

「おーっと! 危ない危ない! 君、誘導尋問が上手だね〜っ。CIAの諜報員とか向いてるかもっ」

「いや、何も誘導してないんだけど……」

 

 ケラケラと涙目になりながら笑うヤチヨに、俺は疑問を深めることしか出来なかった。

 

「……まあ、私のことは後で話すとして、君には先にやってもらいたいことがあるんだ。用があったのは、むしろヤッチョの方なんだよ?」

「俺に……?」

「そう、君に。()()()()()()()()()()()()()()、頼めないこと」

 

 何度も使う『輪廻』という単語には引っかかるが、後で説明すると言っているし、今は流しておこう。

 真っ先に確認しておかなければならないのは、俺への頼み事の方だ。

 

「用って……何?」

「彩葉を助けて欲しい」

 

 とても、誠実な声だった。

 俺の目を見つめながら、ヤチヨは真剣な顔でそう告げた。そこには一切の緩みもなく、ただ心から酒寄を助けて欲しいという願いが込められていた。

 

「……確かにさっきの酒寄は酷い状態だった。もちろん俺も連絡はするつもりだ。でも、アイツなら必ず自分の力で立ち上がって──」

「本来ならね」

 

 俺の声に被せるようにして、ヤチヨが首を横に張った。

 

「今回は状況が違う。彩葉が立ち直れないかもってぐらいに、責任を感じるところが多すぎるの。まずは君」

「お、俺?」

「そう、君。プロゲーマーを辞めてまで一緒に戦ってくれた親友に対して、彩葉はどう責任を感じるかな?」

「……それは」

「それから帝アキラを含めた『ブラックオニキス』。違反行為をしてまで助けてくれた彼らに対しても、彩葉は責任を感じるはずだよ。自分が巻き込んだせいだってね」

「違う! 俺達は自分の意思で──」

「彩葉はそう思わない。あの子の近くにいた君なら……それぐらい分かるでしょ?」

 

 何も、言い返せない。

 全てヤチヨの言う通りだ。

 

 酒寄彩葉は周りに頼ることを誰よりも拒む。

 かぐやちゃんのお陰で最近はその悪癖も治りつつあったが、今の酒寄に特効薬(かぐやちゃん)はいない。1人で抱え込んでいても、何らおかしくはなかった。

 

「このままだと、彩葉が危ない。……だから、貴方に助けて欲しいの」

「どうして酒寄のことをそんなに分かって……いや、今はそんなことどうでも良いな。──分かった。酒寄は俺が助ける。もう二度と、1人で抱え込ませたりはしない」

「……うん、お願い」

「綾紬とも約束したからな。多少強引にでも会いに行くよ」

 

 やるべき事は決まった。

 まずはスマホへの連絡から試してみようとは思うが、多分反応は無いだろうな。まあ何でも良い。酒寄にも会うためにやれることなら何でもやる。それだけだ。

 

「……さっきから気になってたんだけどさ、君はあんまり落ち込んでないんだね」

 

 脳内でやれることリストを作成していると、ヤチヨが興味本位といった様子で質問してきた。

 情けなく負けてかぐやちゃんを連れ去られたのに、という言葉を省いてくれたのはヤチヨの優しさだろう。

 

「落ち込んでるよ。でも、絶望はしてない。──まだ負けたと決まったわけじゃないからな」

「……ふーんっ、その心は?」

「かぐやちゃんを諦められないから。一度負けたぐらいで諦められるほど、俺は素直じゃないんだよ。それに……ヤチヨから正論パンチ喰らった時の方がずっと落ち込んだよ。あれに比べたら、今回はまだ希望が残ってる」

「あはは、それを言われると耳が痛いねぇ〜。……それで? 君が言う希望ってなに?」

「──月見(るなみ)ヤチヨ。月から来たAIライバー。……君の協力があれば、まだ何とかなるかもしれない」

 

 俺の言葉に、ヤチヨは目を丸くして驚いた。

 そして何故か嬉しそうに笑いだし、俺の手を引いて2人同時に立ち上がった。

 

「ちょっ、何だよ」

「えへへっ〜! ちょっと背中貸してっ!」

「えっ? 背中?」

 

 戸惑いを隠せずにいると、ヤチヨが言葉通りと言うかなんというか、俺の背中に飛び乗って来た。

 ──えっ? マジで何で? 

 

「あ、あの……ヤチヨ、さん?」

「うーむっ、よーきかなぁ〜っ! かぐやに聞いてた通り、背が高くなった気がするねぇ」

「いや、早く降り──……ん?」

 

 その瞬間、何故か既視感に襲われた。

 自分でも理由は分からなかったが、俺の口から無意識に出た名前は──月へと帰って行った大切な友達の名前だった。

 

 

「…………かぐやちゃん?」

 

 

 首を回して見えたヤチヨの横顔が、一瞬かぐやちゃんに見えた。

 

「……確かに、これは気に入っちゃうかもなぁ」

「ヤチヨ……君は……」

「よっと、そのお話は彩葉を助けてからだよ。私からの頼み、引き受けてくれるんでしょ?」

「あ、ああ……任せてくれ」

 

 ヤチヨはぴょんっと俺の背中から飛び降りると、俺の顔を下から覗き込むようにしてそう言った。

 色々と気になることはありすぎるが、ヤチヨの言う通り今は酒寄だ。

 

「私が貴方の希望になれるかどうかは、彩葉を助けてくれないとお話にならないからね」

「酒寄と一緒になら、君の秘密を話してくれるってことで合ってる?」

「うん、合ってる。期待してるからね、天野真司くん。もーめっちゃ期待しちゃってるからっ! 頑張って……ううんっ、頑張ろうっ!!」

 

 何やら気合が入っているようだ。

 俺も負けずに、自分のやるべきことをやらなければ。

 

「それから、彩葉が大丈夫になったら一緒にここへ来て」

 

 ログアウトしようとした俺に対して、ヤチヨが電子メールを見せてきた。

 アパートの名前らしきものが入っているので、間違いなく住所だ。同じ東京都だし、電車で行ける範囲だな。

 

「分かった。必ず行くよ」

 

 後には引けない宣言を残してからログアウト。

 

 

 俺を見送るヤチヨの顔は──とても誇らしそうだった。

 

 




 いよいよ終盤戦となってきましたね。
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