親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
9月14日、金曜日。
平日にも関わらず、俺と酒寄は学校をサボってとある場所へと向かっていた。
朝から駅で待ち合わせ、電車に乗る。いつもより早めの時間帯なので、学生よりは通勤のために乗っている社会人が多い印象を受けた。
「酒寄、よく眠れたか?」
「えっ? 眠れたけど、なんで? ……あっ、また隈が隠せてない?」
「違うよ。優等生にとって学校をサボるのは苦痛だろ? 罪悪感で眠れてなかったら困ると思ってさ」
「天野、バカにしてるでしょ? 平気だよっ、今は学校よりも大切なことがあるから。……って、それを言わせたいだけでしょ!?」
「ははっ、バレたか。──っと、流石にこの時間は人が多いな。大丈夫か? 酒寄」
「うん、天野が盾になってくれてるから。現実でも頼りになるじゃん、男の子」
「昨日力負けした相手に言われても……素直に喜べないな」
普段は経験しない人混みにガンガン背中を押され、思わず「ぐえっ」と声が出た。
電車が揺れて人の波が動く度に酒寄の盾として働くこと30分、電車はようやく目的の駅に停車する。俺達は社会の荒波から解放され、待ち望んでいた外の空気を思いっきり吸い込んだ。
「……はぁ、しんどっ。俺に電車通勤は無理だな。社会人って凄い」
「あははっ、タワマンのベランダからベランダへ飛び移るのも……大分凄いと思うけどね」
「さっきの仕返しか? バカにしてるだろ」
「してないよ。──ほらっ、早く行こう? ヤチヨのところへ」
学校をサボっている俺達は当然、制服ではなく私服を着ている。
今日の酒寄がわざわざかぐやちゃんのよく着ていた服を選んだのも、覚悟の表れなんだろうか。どこか吹っ切れたように笑う酒寄を見て、何となくそんなことを考えた。
「晴れたな。良い天気だ」
「うん、気持ち良いね。こんな風に外を歩くなんて、久しぶりな気がする」
「最近はお互いゲーム漬けだったもんな。やっぱり人間、ちゃんと日光を浴びないとな」
「ふふっ、確かに。……あのさ、天野。言っておきたいことがあるんだけど、聞いてもらえる?」
「ん? 何だよ?」
空をボーッと見上げながら歩いていると、酒寄が隣に並んで来た。
そして俺の方に顔を向けると──思わず聞き流してしまいそうなほどにサラッと爆弾を落とした。
「──私、天野のことが好きだったんだ」
「…………えっ?」
あの雲の中にラ○ュタ入ってそうとかアホなこと考えてたら、親友からとんでもない発言が飛び出した。
好きだった? 酒寄が俺を? えっ? 俺って今、告白されてる?
「あっ、いやぁ、もちろん、気持ちは嬉しいんだけど……俺はその、綾紬のことが……」
「……ぷっ、あはははっ!」
何かめっちゃ笑ってる。腹抱えて笑ってる。
なんだろう、この状況。理解が追いつかないんだけど。
「あ、あの、酒寄?」
「……はぁ、ごめんごめんっ。天野の顔があんまり面白くてさ」
「そんなに面白い顔は……してたかもしれんけど、仕方ないだろ。こんないきなりぶっ飛んだこと言われたら、誰だって驚く」
「んーっ、それはそうか。なんかさ、ヤチヨに会う前に伝えておきたくなっちゃって。急に変なこと言ってごめん」
そう言って酒寄は歩く速度を速めると、俺よりも少しだけ前を歩き始めた。
「……でも、天野に対する『好き』は恋愛感情とは違ったんだってことが、最近になってようやく分かったんだ。恋とかしたことなかったから、てっきり異性として好きだと思ってたんだけどね」
「か、勘違いだったってことか?」
「天野の恋愛経験の無さをバカに出来ないよね。……多分だけど、天野のことを
「お兄ちゃんっていうと……帝か」
酒寄は小さく頷くと、再び俺の隣へと並んで来た。
後ろで手を組みながら、恥ずかしそうな笑顔を浮かべて。
「天野ってさ……何かと私を助けてくれたじゃん? そういうところが似てたんだと思う。初めて出会った時だって、私の落とし物を探す手伝いをしてくれたのが話し始めたきっかけだったしさ」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ。大事なヤチヨのグッズ落としちゃって、1人で探してたら天野が声をかけてくれたんだ。手伝わなくて良いって言ってるのに、『ヤチヨのグッズは見つけなきゃダメだ』って言って強引にね」
なんだそれ。本当にそんなことしたっけ?
「……なんか、すまん」
「謝らないでよ。ちゃんと見つけてくれたし、お陰で同じ推しを持つ親友が出来たんだから。でもあの時の天野、私がお礼したいって言ったらすぐに逃げちゃってさ」
「……あーっ、そんなことも、あったような」
そうだ、思い出した。
ヤチヨのグッズを見つけてあげたい一心で強引に手伝ったは良いが、見つけた瞬間に冷静になって逃げ出したんだった。あの女子生徒って酒寄だったのか。
「次の日にちゃんとお礼を言おうとしたんだけど、なんか天野って周りに壁を作ってたからさ。結構勇気出して話しかけたんだよ? 私に気付いていないみたいだったから、お礼は言えなかったんだけどね」
「それは、ご迷惑をおかけしました」
あの頃はネガティブ最盛期だったしな。本当にヤチヨとゲームしか救いがなかった時代だ。
まあ、それはそれで楽しめてはいたんだけども。
「だから、ありがとね。今更だけど」
「……お、おう。どういたしまして」
何となく気恥ずかしくなって、酒寄の顔から視線を逸らした。
多分、酒寄はそれを見て笑っているだろう。俺の耳が言い訳出来ないぐらい赤く染まっているはずだから。
「そ、それにしても……酒寄と帝は仲が良いんだな。俺には兄弟がいないから、少し羨ましいよ」
「まあ、そうかもね。子供の頃はよく一緒にゲームして遊んだんだ。お母さんとぶつかった時も、真っ先に私を庇ってくれたりさ。……だから、東京に行っちゃった時は凄く寂しかった」
「……そうか」
帝はたまに言っていた。
自分は妹を置き去りにしてしまった、薄情者なんだと。
「帝はさ……いつだって酒寄のことを気にしてたよ。だからきっと、お前に会えた時は本当に嬉しかったんだと思う。それにアイツ、ライブの時なんて引くぐらい泣いててさ! 俺の妹が可愛すぎる〜だのなんだの、めちゃくちゃ面倒くさい兄貴になってたよ」
「あははっ、本当? あのお兄ちゃんが?」
「雷と乃依が証人だ。今度会ったら聞いてみな」
「天野は泣いてくれなかったの?」
「誇らしすぎて泣いてる暇なんてなかったよ。隣で号泣してる奴もいたしな」
そう、俺は泣いていない。
ちょっと目が潤んでた程度だ。
「ふふっ、そっか。──とにかくっ、伝えたかったのはそれだけ。今は自分の気持ちをちゃんと分かってるから。聞いてくれてありがと」
「いや、俺の方こそ……ありがとう」
「ん? 照れてる?」
「……照れてない」
吹っ切れた酒寄に揶揄われながら、俺達はヤチヨに教えてもらった住所を目指して歩き続けた。
駅から15分ほど歩いたところで、目的地に到着する。酒寄と話していると、時間が経つのもあっという間だ。
「……ヤチヨに教えてもらった住所はここだな」
「マンション、だね」
「ああ、3階の部屋らしい」
階段を上り、メモに書いてあった部屋の前へと辿り着く。
ドアノブに手をかけてみれば、何の抵抗もなくガチャッと扉が開いた。どうやら、鍵は開けておいてくれたようだ。
「……酒寄、行くぞ」
「……う、うん」
多少の緊張と共に扉を開け、俺が先に部屋の中へと入る。最初に感じたのは、肌を蒸すようなじっとりとした熱だった。電気は付いておらず、中は暗い。
大量のPCと電子機器が無数の配線によって繋がれ、光を放っていた。まさにサーバールームという言葉がよく当てはまる部屋だ。
そんな部屋の中で特に目を引いたのは──中心に置いてある『水槽』だった。
「これは……タケノコか?」
「そう、だね。サイズは大きすぎるけど」
扉を閉め、靴を脱いで部屋へと上がる。
辺りを見回しながら、俺と酒寄は装着していた『スマコン』を起動させた。部屋に着いたらこうしろと、ヤチヨからの指示があったからだ。
視界が切り替わる。俺達の目の前──と言うより、足下に現れたのはヤチヨの相棒的存在であるウミウシ。【ツクヨミ】のマスコット『FUSHI』だった。
「──よく来たな、お前達。ここから入れ」
普段の口調ではない命令に違和感を覚えながらも、俺と酒寄は言われた通りに【ツクヨミ】へとログインした。
目を閉じて意識を集中すれば、いつも通りのアバターとなって──見覚えのない場所に立っていた。
「……ここは」
「……どこなんだ?」
無数の灯籠に照らされる、木造の部屋。耳に届く風音からかなりの高層階であることが分かった。昨日タワマンの柵にしがみついた俺が言うのだから、まず間違いない。
誰の部屋なのかはすぐに分かった。その人物は俺達2人の目の前に、背を向けて座っていたから。
「──……かぐや?」
ふと、酒寄が呟いた。
床にまで届く美しい白髪をしたその人物は、かぐやちゃんではない。それでも、俺は酒寄の言葉を否定出来なかった。振り返って俺達に笑顔を向ける彼女を見て、俺も同じことを思ってしまったから。
「……ようこそ。彩葉、真司」
──
いつもと違って髪を結んではおらず、表情にも覇気がない。それでも、目の前で笑いかけてくれている人物は間違いなく、俺達の推しだった。
「真司、約束守ってくれたんだね。ありがとう」
「……ああ」
「ヨヨヨ〜、流石は出来る男〜! ヤッチョが見込んだだけのことはあるっ!」
褒められたことは嬉しいが、今はそれどころではない。すぐにでも質問責めにしたいところだ。
しかし、それは俺がやるべきことじゃない。隣に立つ、酒寄の役目だ。
「……ヤチヨは、
「…………」
「変なこと言ってるのは分かってる。でも……」
「あははっ、2人ともすぐに気付いちゃうんだからぁ。敵わないなぁ〜」
ヤチヨは驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
そしてゆっくりと立ち上がると、普段通りの話し方と態度で俺達に向かって語り始める。背中側にある
「──今は昔、月に帰ってバリバリ社畜してたエラエラかぐや姫のところに……
月に帰って、と言っていることから、ヤチヨの言うかぐや姫は俺達が守り切れなかったかぐやちゃんのことだと分かる。
分からないのは『歌が届いた』という部分だが、それは後で説明してもらえるはずだ。
「それで、もっかい地球に行こ〜ってお仕事爆速ですっかり片付けて引き継ぎも完了」
なるほど、引き継ぎすれば問題ないのか。それは盲点だった。
社会人経験があれば気付けたかもしれないと思うと、どこかやるせない気持ちになった。
「──ただ、地球の時間では大遅刻。でも安心! 月の超テクノロジーは時間も超えられます。……時を超えて、地球に向かうかぐや姫。でも、もう少しのところで、
「…………ッ」
何となくだが、今の話を聞いてヤチヨの正体が分かった気がした。
いつものように朗らかに語ってくれているヤチヨの顔から、俺は初めて顔を逸らしてしまった。
「やっとの思いで辿り着いたのは……ざっと8000年も前の地球でした。壊れた船の僅かな力で、同行していた『犬DOGE』だけが身体を得ました。──かぐやはウミウシの身体を通してだけ、世界と交流を持てたのです」
俺は思わず、目を閉じた。
「時は経ち、人々は見えないものを形にして多くの人と繋がる力を手に入れた。……それは月の世界と少し似ていて、かぐやは初めて、魂だけの自分が世界と関われる可能性を知りました」
拳を握り締めていなければ、泣きそうだった。
「──そして、仮想世界【ツクヨミ】の歌姫として、再び彩葉に出会うことが出来たのです。……ってぇ〜〜っ、これじゃあ手放しでめでたしめでたしとはならないか〜っ!! やっぱ♪」
おちゃらけたように、ヤチヨが笑う。
重く受け止めて欲しくないという、ヤチヨの想いを感じた気がした。
「……私達といた、かぐやは?」
「今もまた……同じ輪廻を巡ってる」
酒寄の質問に、ヤチヨは少しだけ悲しそう声音で答えた。【ツクヨミ】を照らす月を見上げながら、
そして俺は、ここでようやく理解した。ヤチヨが言っていた『輪廻』という単語の意味を。
何故、酒寄とかぐやちゃんから離れろと忠告したのか。
何故、俺を月人との戦いに参加させたくなかったのか。
何故、酒寄の状態を見抜くことが出来たのか。
何故、酒寄のことを俺に頼んだのか。
その全ての答えを──見つけた気がした。
『君は誰よりもいろPとかぐやのこと、応援してたもんね。ヤチヨも酷いこと言ってるって分かってる。……でも、ごめんね。彼女達の近くに、
『ごめんね。本当にごめん。……でも、
『……臆病な私を、許してね』
『──これが、
『正直、
『──振るう刃は友のため。よ〜きかなぁ〜! ……どうか、悔いのないように挑まれよ。その覚悟、このヤチヨが最後までお見届けいたしましょう』
『まあ、
『それはヤッチョの台詞なんだよなぁ〜。
『期待してるからね、天野真司くん。もーめっちゃ期待しちゃってるからっ! 頑張って……ううんっ、頑張ろうっ!!』
ヤチヨはいつも、笑顔だった。
でも、笑ってはいなかった。どこか苦しそうに、俺を見ていた。
「……天野? どうしたの?」
俺の様子がおかしいことに気付いたのか、酒寄が声をかけてくる。
狐の耳をピコピコと動かしながら、不安そうな表情だ。
「ああ、悪い。少し……考え事してた」
「……そう。気分が悪いとかじゃないんだね?」
「大丈夫、ありがとな」
どうやら俺は、そこまで心配されるような顔をしていたらしい。
目の前で俺を見てくるヤチヨも、同じように心配そうな目を向けてきていた。
「……ヤチヨ。色々と聞きたいことがある」
「……なんだい? 答えられることなら、何でも答えるよ」
ならば有り難いと、俺は口を開いた。
「君は卒業ライブを開き、そして月に帰ったかぐやちゃん。そうだな?」
「うん、そうだよ」
「酒寄と一緒に『ヤチヨカップ』で優勝して、ヤチヨとコラボライブをしたかぐやちゃん。そうだな?」
「うん。そうだよ」
「赤ん坊の頃に酒寄に拾われたかぐやちゃん。……そうだな?」
「……うん。そうだよ」
俺の質問に淡々と答えていくヤチヨ。
その声が、その表情が、既に俺の本当に聞きたいことへの答えとなっていた。隣で戸惑っている酒寄だけが、状況を理解していない。
証拠は揃った。
後は、確定を貰うだけだ。
俺はヤチヨの双眼を正面から捉え、意地が悪いとしか言えない最後の質問をぶつけた。
「ヤチヨは、君は……
「…………」
「……えっ? 何言ってんの? 天野。そんなの──」
酒寄の言葉に被せるようにして、ヤチヨが答えた。
知りたくなかった事実を確定させる。たった1人の生き証人として。
「──
強い瞳でヤチヨは答えてくれた。
やっぱり、そういうことか。
「私が『かぐや』として彩葉と過ごした時間に、天野真司はいなかった。影も形もなかった。……だから、初めて真司が彩葉と一緒にいるところを見た時、本気で驚いたんだ」
「……そりゃ、そうだろうな。ヤチヨからすれば、俺の存在は
「ちょっ、ちょっと待ってよ! ……それってさ、おかしくない? だって、天野はずっと私達といたじゃんっ! ヤチヨがかぐやなら、
状況を理解した酒寄が、俺とヤチヨの間に割って入った。
取り乱すのも無理はない。俺だって別に落ち着いてる訳じゃなくて、現実味がなくて呆然としていると言った方が正しい状態なのだから。
「どういうことなの……?」
「彩葉、落ち着いて。ヤチヨが説明するね」
「何か知ってるのか?」
「ううん。何か証拠があるわけじゃない。──でも、繰り返す輪廻に巻き込まれたヤチヨだから分かることがある」
「それは……?」
息を呑んで身構える俺達に、ヤチヨは目を細めて言葉を紡いだ。
「──この世界は、
「……それは、どういう?」
「ヤチヨ、詳しく教えて」
「うん。これは仮説なんだけど、真司が存在していることで、世界の在り方って大きく変わっているはずなの。『バタフライエフェクト』って言えば分かりやすいかな?」
聞き覚えのある単語が耳に届き、ヤチヨの言いたいことが理解出来た。
「つまり、俺が存在していない世界を経験したヤチヨが俺に出会っている時点で、ヤチヨが繰り返してきた輪廻は
「その可能性が大きいと思う。だからヤチヨは君に、彩葉とかぐやから離れるように忠告したの。ヤチヨが知っている未来が変わる恐れがあったから」
それは既に納得している。
それだけの理由があったなら、ヤチヨが焦るのも当然だ。
「まっ、待ってって! 訳わかんないよ……じゃあ、どうして今回の繰り返しでは天野がいるの?」
「ごめん、彩葉。それはヤチヨにも分からないんだ。本当に、
「迷惑な奴だな、俺って」
「天野、そういうこと言わないで?」
「真司、そういうところ悪い癖だよ?」
「……すみませんでした」
少しでも空気を柔らかくしようと自虐してみたが、普通に怒られてしまった。申し訳ない。
でも、俺のために怒ってくれるのは嬉しかった。やはり面倒くさい男だ。
「ま、まあ、俺のことは置いておこう。先に話さなきゃいけないのは、どうやってかぐやちゃんを取り戻すかについてだ」
「それは……そうだけどさ。……かぐやを助けるためにはどうしたら良いんだろう」
「それについては俺に考えがある」
「えっ、本当? 天野」
「ああ。ヤチヨの秘密も分かったことで、実現出来る可能性は高まったと思うよ」
ヤチヨがかぐやちゃんであるならば、問題解決は一気に近付いたと言って良い。
「──直接、
「ッ!? ほ、本気ッ!?」
「……おお〜っ、そうくるか〜っ」
目を見開いて驚愕する酒寄と、どこか納得したように頷いたらヤチヨ。
正反対な反応が少し面白くて、頬が緩んだ。
「さ、流石に無理じゃない? 月まで迎えに行くなんてさ。……遠すぎるよ」
「そうでもないさ。酒寄、お前が教えてくれたんだぞ? 仮想の世界と月は……凄く近いってな」
「あっ……!」
「連中が【ツクヨミ】に来られたんだから、逆が出来ない道理はない。そうだろ? ヤチヨ」
「うん。確かに、月の世界に行くことは可能だよ。アバターとして、だけどね。世界を繋げる穴を空けるためには色々と準備と条件が必要だけど、全く不可能じゃない」
それが聞けて安心した。
正直、ヤチヨに無理だと言われてしまえば全部最初から考え直しだった。
「……真司、貴方はもう道筋を立ててるんだね。かぐやを迎えに行くための、ハッピーエンドへの道筋を」
ヤチヨの言う通り、大まかな流れは決めている。
ほとんどの部分でヤチヨに頼らなければならないのが情けないところではあるが。
「ヤチヨ、確認させてくれ。月へ行くことは可能なんだな?」
肯定。次を確認する。
「仕事を引き継げば、かぐやちゃんは自由になれるんだな?」
続いて肯定。この2つの確認が取れれば、かぐやちゃんを助けることは──可能と言えば可能だ。
「仕事の引き継ぎに関してはヤチヨがそれ用のデータを持ってるから、かぐやに会えたらすぐにでも自由にしてあげられるはずだよ」
「あ、天野! これでかぐやを助けられるっ! またかぐやに会えるよっ!」
「そうだな。……でも、一応考えておかなきゃならない問題もある」
「えっ? それって……」
「──『タイムパラドックス』、だね」
俺の代わりに、ヤチヨが答えてくれた。
そう、かぐやちゃんを助ける上で最大の障害。それがタイムパラドックスだ。
「それって……過去を変えたら未来に影響が出るって言うあれ?」
「そうだ。具体的な話をすると、やっぱりヤチヨだな。かぐやちゃんを助けるってことは、かぐやちゃんが
「そんな……ッ! そんなのって……!」
フラついた酒寄に肩を貸し、支えながらゆっくりと床に座らせた。
立ち直ったとは言え、酒寄はまだ病み上がりのようなもの。メンタルが回復し切っているとは到底言えない状態だ。
だからこそ、俺が情けない姿を見せるわけにいかない。
俺がここにいるのは、酒寄の力になるためなのだから。
「大丈夫だよ、酒寄。さっきヤチヨが言ってたろ? この世界は輪廻から外れている可能性が高いってさ。俺っていうイレギュラーがいる時点で、この世界線は絶対に今まで通りのものじゃない。ヤチヨが消えるなんてタイムパラドックスは起きないよ。──そうだろ? ヤチヨ」
「あっはっは! そうそう、心配ないよ、彩葉。ヤッチョは彩葉を残して消えたりしないからさ〜」
「……ヤチヨ」
ヤチヨの言葉を聞き、心底安堵したような表情で酒寄が顔を上げた。
しかし、続くヤチヨの指摘で、その顔はまた曇ることとなった。
「でもさぁ、その話の並べ方はちょっとズルいよねぇ。真司? ──大事なことを話し忘れてない?」
「…………」
「えっ? ヤチヨ、どういうこと? 天野、私に何か……隠してるの?」
膝を付いたまま俺にしがみついてきた酒寄を見て、俺はすぐに諦めた。
不必要な不安を与えたくはなかったが、黙ってやり過ごせはしないだろう。
「……俺が現れた条件が分からない以上、下手に過去を変えると……その、まあ、なんだ」
「──
流石は設定ではなく本当に8000年生きてきたヤチヨ。言いにくいことをズバッと言い切ってくれた。
そのお陰で酒寄の顔は絶望一色。推しに続いて親友まで消えるかもしれないと聞かされれば、こうなるのも無理はないが。
「だ、だめだよっ! 天野が消えるかもしれないなんてっ!」
「でも、かぐやちゃんを助けるためにはそれしかない」
「そうだね。真司の言う通りだと思う」
2vs1の形になってしまって申し訳ないが、こればかりは仕方がない。
変えようのない事実にいくら文句を言ったとしても、それは無駄なことでしかないのだから。
「けど……そんなことになったら、私は……!」
俺は酒寄に対して、何も言ってやれない。俺が何を言ったところで説得力は無いし、そもそも根拠もない。
俺1人が消えるならそれでも良い……なんて考えは全く持っていないが、かぐやちゃんを助けたい気持ちは少しも変わらない。
「ヤチヨは……どう思う?」
「……やってみなきゃ分からない、としか言えないかなぁ。なにせ君の存在は本当に謎なんだ。まさに、神のみぞ知るってやつだよ。──でも、ヤチヨは信じたい。君という人間が、
可能性としては五分五分と言ったところか。過去を変えた経験なんてあるはずがないし、何も分からんな。
そう考えると、世界ってやつは意外と不安定なのかもしれない。
でも、やるべきことは決まった。
いつもと同じで、それに向かって突き進むだけだ。
「酒寄。昨日言ったよな。俺はお前と一緒にハッピーエンドを迎えに行くって」
「……うん、言ってた」
「俺は自分が犠牲になってかぐやちゃんを助けられれば良いなんて、欠片も思ってない。それは俺が目指したいハッピーエンドじゃないからだ」
酒寄は俺の目を見て、小さく頷いた。
「俺は消えない、絶対に。──約束する」
「……天野」
俺に言えるのはこれだけだ。これしかない。
だからこれまで、死ぬ気で守り抜いてきたんだ。
「……ほんと、ずるいよ。今まで天野が約束破ったことなんて、1回もないじゃん」
「じゃあ信じられるだろ? 俺は親友のためにタワマンの部屋を一括購入出来る男だぞ?」
「へっ? 真司、そんなことしたの? ほんとに?」
ヤチヨが食いついてきたので、暗い空気を変えるために武勇伝を披露した。
「もちろん、酒寄の隣の部屋を買ったよ。で、ベランダからベランダへ華麗に飛び移って不法侵入した」
「おお〜っ! 凄い凄いっ! ヤッチョも見たかった〜っ!」
興奮した様子で褒めてくれるヤチヨ。
嬉しい、飛んで良かった。マジで死ぬかと思ったけど。
「……ギリギリで柵にしがみついて落ちかけてたけどね」
「待て酒寄、そこは言わなくて良いだろ」
「え〜っ、真司カッコ悪い〜!」
「ほんと……思い出したら笑えてきたんだけどっ。あの時の天野の必死な顔……ふふっ」
非常に不本意だが、俺の情けなさで酒寄に笑顔が戻るなら甘んじて受け入れよう。
俺の評価と親友のメンタルなら、天秤にかけるまでもないのだから。
「酒寄、一緒にかぐやちゃんを迎えに行こう。それが、俺達のハッピーエンドだ」
「天野……うん、分かった。天野を信じる」
俺が差し出した手を取って酒寄は立ち上がった。
覚悟を決めた強い意志を、その瞳に宿して。
「──話は纏まったみたいだねぇっ! それじゃあ、そろそろ久しぶりの再会をお祝いしましょ☆」
「……あっ、そうだヤチヨ。8000年、あったこと全部聞かせてよ。私、寝ないから」
「うぇっ!? む、無茶言うねぇ……真司、止めてあげてぇ」
「いや、無理だろうな。何を言っても聞かないよ。ヤチヨのこと……それに、かぐやちゃんのことだからな」
「ちょ、ちょっと、真司。ログアウトする気なの? ……彩葉の目がマジなんだよぉ〜、助けてぇ〜」
「俺が聞くべき話じゃないだろうからな。ヤチヨの話を聞くのは、酒寄の役目だ。結構な時間かかりそうだし、俺は酒寄の身体を家に送って布団に寝かせておくよ」
流石に8000年分の女子会ともなると、どれだけお喋りすれば終わるのかなんて想像もつかない。
現実世界にある酒寄の身体を休ませる意味でも、そうした方が良いだろう。
「ありがとう、天野。キーカードはスカートのポケットに入ってるから」
「はいよ。それとヤチヨ、観念して大人しく話すんだな。こうなった酒寄は頑固だからさ」
「……全く、話したいことありすぎるんだからね? 覚悟してよ? 彩葉」
「望むところ。私──かぐやの全部を知らなくちゃ」
そうして笑った酒寄を見て、俺は改めて思った。
俺の親友は──完全無欠のスパダリであると。
オリ主「どうも〜」
輪廻「なんやコイツ……(困惑)」
本作を短く説明するとこんな二次小説となっております。