親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい   作:スイートズッキー

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15話 本当に最後の正念場

 

 

 かぐやちゃんを取り戻すため、月へ乗り込むことを決めた俺達は現在──死に物狂いで作曲作業に取り掛かっていた。

 

 何故こうなったかと言うと、もちろんかぐや姫奪還のためだ。

 

 ヤチヨの話によれば、月にいるかぐやちゃんがもう一度地球に行こうと思い立ったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 つまり、その歌がなければ、かぐやちゃんは地球に戻って来ようとすら思わないわけだ。

 いくら月に乗り込んで迎えに行こうとしていても、事前にかぐやちゃんが戻ろうとしていなければ話にならない。向こうの世界で説得している暇なんてあるはずがないのだ。

 

 

 月の世界はこちらの世界と比べて()()()()()()()()()()、歌を届けてから迎えに行っても地球に向かおうとするかぐやちゃんと入れ違いになることはないらしい。そもそも引き継ぎ作業が終わるのに大体80年ぐらいかかるとのことなので、その辺の心配は完全に無用だ。

 月の世界に乗り込むのは曲を完成させて、かぐやちゃんに届けてからにした方が良い。

 

 そう断言したヤチヨのことを信じ、俺達の最優先事項が曲作りとなったわけだ。

 

 

 今日で作業開始から──3日目。

 学校にも行かず、酒寄の家で曲を作ることだけに全てを捧げる日々が過ぎていく。

 俺の役割は酒寄のサポートだ。主に家事とその他全般を担当している。酒寄が曲作りだけに集中出来るよう、それ以外の全てを引き受けた。

 

 今作っている曲は酒寄曰く、かぐやちゃんが卒業ライブで最後にワンコーラスだけ歌った曲の『続き』らしいのだが、それでもすんなり完成するほど甘くはない。特に悩んでいるのは歌詞の部分らしい。

 かぐやちゃんに伝える大切な歌ということもあり、次から次へと壁にぶち当たっているようだ。

 

「……酒寄、そろそろ休憩しよう。もう10時間以上ぶっ続けだ。1時間でも良いから、仮眠取れ」

「……天野こそ、もう丸1日寝てないでしょ? 私のことはいいから……ちゃんと寝てよ。ソファーじゃなくて、布団でさ」

 

 取り込んだ洗濯物を畳む俺と、机に張り付いて曲を作る酒寄。

 お互い疲労は限界を迎えており、目の下には仲良く揃って隈を作る始末だ。窓から差し込む太陽の光が目に染みた。

 

「いや、俺は徹夜には慣れてるからな。酒寄、休みなさい。1時間で絶対に起こしてやるから。はよ、寝ろ」

 

 眠くないと言ったら嘘になるが、まだまだ頭が回るのは本当だ。俺よりも優先されるのは酒寄の方でなければならない。これは別に俺が自分を大事にしていないわけじゃなく、酒寄に倒れられたら曲が完成しないからだ。

 酒寄には一刻も早く完成させてもらわなければ困る。だからこれは優しさではなく、働かせるための処置だ。机に並べられたカフェインたっぷりのエナジードリンクの空き缶を見ながら、俺はため息を吐いた。

 

「酒寄」

「も、もうちょっと……後少しで、なんか浮かびそうだから」

「それ3時間前にも言ってたから。何も進んでねぇから。そういう時にいくら時間かけたって無駄なんだよ。大人しく休め」

「でも……あっ」

 

 口で言っても聞かないので、強制的に寝かせにかかる。手を掴み、寝室へと無理矢理に引っ張って行く。

 ふかふかの布団に押し倒して毛布をかけてやれば、身体を包む心地良さで酒寄は動けない。眠らないという意思と眠りたいという本能がぶつかり──圧倒的な差で本能が勝利した。

 

 まぶたが落ちるのを必死に堪えていた酒寄だったが、その抵抗は10秒と続かない。すぐに規則正しい寝息を立て始めて眠りについた。

 1時間で起こす約束だったが、起きるまでは寝かせてやろう。どうせ何時に寝たかなんて覚えないだろうし、バレやしない。

 

「……本当、同じ人間とは思えないよな」

 

 俺が酒寄に対してこう言うのにも当然理由がある。

 

 ヤチヨと8000年女子会をした件だが、終わるまでにかかった時間はなんと丸2日以上。50時間を超える『スマコン』の連続使用に加え、寝ずにヤチヨからの話を聞き続け、挙げ句の果てにはヤチヨの方が先に寝てしまったらしい。

 

 そして最も酒寄が人間を辞めていると思わされたのが後でFUSHIから聞かされた話──ヤチヨが経験した8000年分、()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 普通に考えてあり得ない。よく考えてもあり得ない。

 

 その話を聞いた時は流石に血の気が引いた。

 渋る酒寄を無理矢理に病院まで連れて行き、最新のMRIにぶち込んで異常無しの結果が出た時は思わず安堵からその場に腰を落としたものだ。

 酒寄は検査費用を払わせろとか最後までごねていたが、そんなもん俺からすればどうでも良いことでしかない。5〜6万で酒寄の健康が証明出来るなら必要経費どころか出費ですらないのだから。

 

 8000年。人生100年時代と言われる人の一生でも80回分だ。

 ヤチヨはどれほど長い間、酒寄との再会を願って生きてきたんだろうか。その全てを知って酒寄は、どれほど涙を流したんだろうか。そのどちらも、俺には分からない。

 

 だからこそ、俺は俺に出来ることに全力を尽くすだけだ。

 俺の大切な人達が全員、幸せに笑ってくれる未来を掴み取るために。

 

「……ん?」

 

 気持ち良さそうに眠っている酒寄の寝顔を眺めていると、インターホンが鳴った。もうそんな時間だったかと、慌てて来客を確認する。

 画面の向こう側で手を振っていたのはやはりと言うべきか──綾紬だった。

 

 現在の時刻が午後4時を過ぎた辺りなので、学校が終わってからすぐに来てくれたようだ。

 ロックを解除し、出迎えの準備をした。

 

「──こんにちは、天野くん。調子は……って、目の下の隈がまた濃くなったんじゃない? ちゃんと寝てる?」

「おお、綾紬。大丈夫大丈夫、来てくれてありがとな。さあ、上がってくれ」

「お、お邪魔します」

 

 リビングに案内して、椅子に座ってもらう。

 ティーカップに紅茶を淹れ、クッキーと並べて差し出す。最低限のもてなしを終えてから、俺は綾紬と机を挟んで向かい合うような形で椅子に腰掛けた。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう……。彩葉の家なのに手慣れすぎじゃない?」

「まあ、ここ3日間はほぼ住んでるようなもんだからな」

 

 流石に泊まり込みは不味いので、風呂と寝る時は隣にある俺の部屋へ帰っている。

 買ったばかりなので家具も揃っておらず、布団があるだけの殺風景な部屋だ。

 

「曲作り、どう?」

「……何とも言えないな。俺は素人だし、酒寄がどういう風に悩んでるのかも分からん」

「だよね〜、無事に完成すると良いんだけど……」

「するさ。酒寄なら絶対にな」

「うんっ、そうだね。……あっ、そうだ。これ、今日の分のノートね」

 

 綾紬が鞄から取り出したのは7冊のノートと提出物と思われる数枚のプリント。

 このノートは今日学校で行われた授業内容を綾紬がまとめてくれたものであり、ここ3日間は毎日欠かさず渡しに来てくれている。有り難いことこの上ない。

 

「毎日悪いな。しかも、家まで届けてもらってさ」

「ううん。私がしたくてしてる事だから。それに……天野くんの負担が少しでも減ってくれるなら、私としては嬉しいし。……あっ、今日何時に行くって連絡忘れてた。急に来る形になってごめんね。邪魔じゃなかったかな?」

「いやいや、酒寄の洗濯物畳んでただけだから問題なし」

 

 天使かな? やっぱりこの子、羽が生えてないだけの天使かな? 

 

「……えっ。ま、まさか……下着も?」

「それはネットに入れて見えなくした上で酒寄自身にやってもらってますからっ!!!」

 

 危ねぇ。天使にとんでもない勘違いされるところだった。流石にその辺の線引きはしっかりしてるぞ。

 

「だ、だよねぇ。あははっ、変なこと言っちゃった。ごめんね?」

「……わ、分かってもらえればそれで」

 

 俺が思わず困り眉の笑顔に見惚れていると、綾紬は周りを見回しながら首を傾げた。

 

「そういえば、彩葉は?」

「今は寝てるよ。言うこと聞かないから、さっき無理矢理布団に入れて寝かせてやったんだ」

「た、大変だね」

「焦ってるんだろうな。まあ、気持ちは分かるけどさ」

「……かぐやちゃんに会いたいから、か。……好きな人に会うために曲を作るなんて、なんかロマンチックだよね」

 

 そう言って綾紬は、どこか寂しげな表情でティーカップに口を付けた。

 

「私も、またかぐやちゃんに会いたいな」

「会えるよ、必ず。俺達が迎えに行く」

 

 とは言っても、曲が完成しないことには始まらないので、今は酒寄に頼るしかないのが歯痒いところだ。

 何かを作る才能に全く恵まれなかった俺では、曲作りの力になることなど出来はしない。

 

「……やっぱり、凄いなぁ、天野くんは」

「えっ? なんだよ、急に」

「決めたことには真っ直ぐって言うかさ。迷いが無いって感じだよね」

「んー、昔からそうなんだよな。やると決めたら迷いが無くなるって言うかさ。……まあ、覚悟が決まるまでに迷ったりするから、プラマイゼロみたいなところはあるけど」

「あははっ、そんなことないよっ。天野くんはいつだって……私も、天野くんみたいになりたかったんだ。彩葉に頼られてる天野くんが、羨ましかったから」

「……綾紬」

「……なんて、女々しいよね。自分のこういうところ、本当に嫌いなんだ。今だって、何もしてあげられてないし」

 

 気になる発言が飛び出したので待ったをかける。

 俺も他人のことは言えないが、綾紬はどうも自己評価が低すぎる。

 

「……いや、まさに今、酒寄の力になってるだろ?」

「えっ?」

 

 何を言っているんだという顔で見られてしまった。そういう顔をしたいのはこちらの方なんだが。

 

「このノート、綾紬が書いて持って来てくれた物じゃないか。これがあるから酒寄は学校のことを気にせず作曲作業に集中出来てるんだ。他の誰でもない、綾紬のお陰なんだよ」

「で、でも、天野くんに比べたら……全然だよ」

 

 暗い表情で俯いてしまった綾紬に、俺はどうしたものかと頭を悩ませる。

 綾紬は繊細なので、どうしてもそういったところに目を向けてしまいがちなんだろう。だからこそ彼女は優しいのだが、本人がそれを短所として捉えているのが問題だ。

 

「──そもそも、俺と比べる必要なんてない。俺は親が放任主義だから学校をサボるなんていう無茶も許されてるけど、普通は無理だろ? それに、それは酒寄だって同じことだ。俺が特殊なだけで、本来は綾紬の距離感が正しいんだよ」

「……? それは、どういうこと?」

 

 あれは曲作りを始めた日の前日の夜だった。

 流石に何日学校を休むことになるかも分からない状況で親に連絡しないのは不味いと、酒寄は震えながら母親に通話をかけた。俺はそれを後ろから胸が張り裂けそうな思いで見守ったのだ。

 

「4日前かな? やりたい事があるから学校を休むっていう連絡を酒寄が母親にしたんだ。そりゃあもう──修羅場だった」

「……あー、彩葉のお母さん、かぁ」

 

 色々と納得したような表情で視線を逸らした綾紬。

 娘の友達からこんな反応をされるって、母親としてはどうなんだろうか。他所の家の事情に口を挟む趣味はないが、やはり酒寄の母親は少しばかり教育と厳しさを履き違えているように思う。

 

 東京と京都を繋ぐスマホを通じて、400km以上離れた親子の言い合いなど中々お目にかかれるものではない。

 優しい言葉なんて微塵もかけてもらえなかったらしく、下手に出ていた酒寄も途中からヒートアップしていき口論に発展。まさに、ノーガードの殴り合いだった。近くで聞き耳を立てていたわけじゃないが、それなりに耳は良い方だ。会話の内容を把握するとまではいかなかったが、酒寄の母親がたまに大声で叫んだ部分を聞き取るぐらいは可能だった。

 

「──『人様に迷惑をかけてる自覚はあるんやな?』。『そういうところが甘ちゃんやって言っとるんよ』。『怠けもんに成り下がるんやないって言うならそれ相応の覚悟があるんやろな?』」

「な、何それ?」

「酒寄の母親が言っていたであろう有り難いお言葉だ」

「……スパルタ、だね」

「親として、言ってることは間違ってないと思うけどな」

 

 そう、言い方と言葉のチョイスと圧の掛け方が個人的に気に入らないだけで、言っていること自体は納得のいくものだ。

 

 酒寄がちゃんと言い返してくれたから良かったが、万が一にも萎縮してしまうようなことがあれば、俺は迷いなく酒寄からスマホを取り上げて母親に言いたい放題叫んでいただろう。

 そうなれば余計に話がややこしくなっていたはずなので、頑張った酒寄には勝手に感謝している。

 

「それで、結局どうなったの?」

「納得はしてもらえたみたいだよ。──『ええよ、やってみ』って言われたんだとさ」

「そっか……彩葉、頑張ったんだね」

「今度また、花丸あげてやってくれ。それも、綾紬にしか出来ないことだろ?」

「……うん、分かった。……ありがとね、天野くん」

「だから、お礼を言うのは俺の方なんだって。──うわぁ、今日の授業全体的に進んだなぁ。試験が近いからって飛ばしすぎだろ……」

 

 持って来てもらったノートを開けば、昨日までのページから大幅に先へと進んでいた。数学も英語も新しい範囲に入っているし、古典に至っては綾紬による重要ポイントの書き込みが16箇所もあった。相変わらず丁寧に作られていて、とても読みやすい。

 

「やっぱり、綾紬は字が綺麗だな」

「へぇっ!? あ、ありがとう……」

「重要なところに付箋まで貼ってくれるし、本当に分かりやすい。こんなに手間をかけてくれる友達がいるんだから、酒寄は幸せ者だよ」

 

 多分、自分のノートよりも手間をかけているんじゃないだろうか。そう思ってしまうぐらいにはノートの完成度が高い。

 曲が完成した後で酒寄に教えるためには俺が理解していなければならない。この生活で家事以外だと、俺は勉強に最も時間をかけている。酒寄に比べたら大した労力ではないが、受験生並みに勉強するのは中々にキツい。

 

「べ、別に……彩葉だけのためってわけじゃないよ? 天野くんのためでもあるんだから」

「あははっ、そうだった。俺もちゃんと感謝しなきゃな。ありがとう、綾紬」

「……ど、どういたしまして」

 

 目を見て感謝を伝えると、綾紬は少し顔を赤くしながらぐいっと紅茶を飲み干した。ここ3日で紅茶を淹れる腕前も中々に上達したという自信がある。落ち着いたように息をつく綾紬を見て、微笑ましい気持ちになった。

 

「ど、どうしたの……?」

「いや? 綾紬は可愛いなぁって思ってさ」

「ッ!? な、何を……! あ、天野くん? やっぱり、ちゃんと寝た方が良いよ……?」

「さっきまではめちゃくちゃ眠かったんだけどさ、綾紬が来てから全く眠くないんだ。寝たらもったいないって思ってるのかもな」

「……だ、だから、そういうことを言えちゃう時点で、普段通りじゃないって言うか……」

「ん? どうした? 綾紬の方が眠たくなってきたか? ソファーで良ければ空いてるぞ? 毛布持ってこようか?」

「〜〜〜ッ!! ソ、ソファーと言えばさっ! 何度かかぐやちゃんとお昼寝したことがあったっけ〜っ!!」

 

 綾紬は何故か大声と共に椅子から立ち上がると、小走りでソファーの方へ移動した。

 

「こ、ここでかぐやちゃんに膝枕してあげてさ〜。気持ちよかったなぁ」

「へぇ、それは羨ましいな。かぐやちゃん、きっと爆睡してたんだろうな」

「な、何で隣に座るの……?」

「えっ? 駄目だったか? 綾紬と近くで話したいと思って」

「……あっ、いや、駄目ってわけじゃ……ないんだけどさ」

 

 どうやら許可は貰えたようなので、遠慮なく座らせてもらう。

 軽く反発する程度の硬さがとても心地良い。

 

「ああ〜っ、ソファーに座ったの失敗だったかもなぁ……。なんか、急に……眠気がきた」

「あ、天野くん? 大丈夫? 寝るなら布団の方が良いよ? ソファーで寝たら首とか痛くなっ──天野くんっ!?」

 

 身体に力が入らず、綾紬の方に倒れかかってしまった。

 ふわりと漂ってきた優しい香りが鼻をくすぐり、更に睡魔を加速させる。綾紬の体温が俺より高いこともあって、今の彼女は睡眠導入剤として強すぎる存在だった。

 

 結果、抵抗する間もなく意識が手放される。

 俺は綾紬の肩を借りながら、図々しくも豪快に寝落ちしたのだった。

 

「あ、天野くん?」

「…………」

「ね、寝たの……?」

「…………」

「…………()()()()、かぁ」

 

 

 

 

 

 ──……スマホのアラームが鳴っている。

 

 

 指定していた時刻を最大音量で知らせてくるそれに叩き起こされ、意識が覚醒した。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

「ふわぁぁぁあっ。……マジか、寝てたか」

 

 全力の欠伸をした後に、スマホで時刻を確認する。外が暗くなっている時点で分かっていたことだが、もう午後8時だ。

 綾紬が来たのが4時過ぎとかだったはずなので、4時間も寝ていた計算になる。こんなに寝たのは3日ぶりぐらいだ。

 

「……綾紬?」

 

 そしてその綾紬の姿を探すが、暗い部屋の中には俺以外に誰もいない。

 スマホを見てみると『気持ち良さそうに寝てたから起こせなかった。また明日ね』という顔を綾紬からのメッセージがあった。送られてきたのがほんの数十分前だったので、それまではこの部屋にいたんだろうか? 不覚にも来客に気を遣わせてしまったようだ。

 

「……あーっ、めっちゃ頭スッキリした。……ソファーで寝たにしては快眠だったな」

 

 硬めのソファーなので首が痛くなったりしているかと思ったが、むしろ疲れが取れているようにすら思う。()()()()()()()使()()()()()()()()寝起きだった。

 もちろんそんなはずがないので、たまたま運が良かったのだろう。眠気が吹き飛んだ頭でそう結論付けた。

 

「さて、晩飯の用意するかな……」

 

 そしてこの後、起こさなかったことを酒寄に叱られた。

 

 

 

 

 

 

 

 曲作りを始めて1週間。

 短いようで長かったこの戦いに、ようやく終止符が打たれた。

 

 遂に酒寄が──曲が完成させたのだ。

 

「……で、出来た……! 完成、したよ……天野」

「や、やった……な。……おめでとう、酒寄」

「手伝ってくれて……ありがとね」

「なんも、してねぇよ。頑張ったのは、酒寄だ」

 

 時刻は午後7時。

 今日は朝からペースが良く、もしかしたら出来上がるんじゃないかという期待はあった。──そしてその期待通り、酒寄は見事に曲を作り上げたのだ。流石は超が付くスパダリ、決める時に決めてくれる。

 

 2人でソファーに倒れ込みながら、互いの健闘を讃えた。

 

「う、歌わなきゃ……! かぐやにこの歌を届けなきゃ……!」

 

 死にかけの顔から一変、思い出したかのように飛び上がった酒寄。

 そう、曲が完成したから終わりではない。むしろここからが本番と言える。月にいるかぐやちゃんに歌を届けて、もう一度地球に来る意思を芽生えさせなければならないのだ。

 

 しかし、流石に満身創痍すぎるので、歌うのは風呂と晩飯を挟んでからにしようと提案した。

 完成祝いということで、晩飯は俺の奢りで特上の寿司だ。この時ばかりは酒寄からの文句も出ず、2人で仲良く極上の寿司を堪能して幸せな満腹感に包まれた。

 

 風呂にも入り、身体と心の状態は万全。

 いよいよ後は──かぐやちゃんに歌を届けるだけだ。

 

「え、えっと……今更だけど、普通に歌って月まで届くのかな?」

「……確かに。ヤチヨはその辺のこと何も言ってなかったからな」

 

 酒寄の歌を聞いたからもう一度地球に行こうと思った。

 これは実際にヤチヨがかぐやちゃんとして経験した話なので、まず間違いはない。

 だが、歌を届ける方法までは聞いていなかった。いくらタワマンの高層階から歌うとはいえ、月にまで歌声を届けられると思うほど俺達の頭は悪くない。

 

「……天野。……私、分かったよ」

 

 酒寄はそう言うと、右手首に付けている銀色のブレスレットを俺の前に突き出してきた。

 それは卒業ライブの前に酒寄がかぐやちゃんから譲ってもらった物であり、かぐやちゃんとの繋がりを『形』として感じられる大切なブレスレットだった。

 

「……なるほど。ブレスレットを通じてかぐやちゃんに歌声が届くってことか」

「確証はないけど、確信はある。必ず、かぐやに届くよ」

「……そうだな。きっとかぐやちゃんは、そのためにそのブレスレットを渡したんだ」

「うん。私もそう思う」

 

 窓を開け、2人でベランダに出た。

 秋の乾いた風を身体に受けながら、晴れた夜空に浮かぶ美しい月を見上げる。途方もない距離があるにも関わらず、何故か今だけは手が届きそうなほどに、その存在を近くに感じられた。

 

「……いくよ」

 

 ブレスレットを両手で握り締めながら──酒寄が静かな歌声を奏でた。

 

 

「──〜〜♪ 〜〜♪」

 

 

 よく通る、綺麗な歌声だ。

 酒寄は普通に歌も上手かった。このスパダリ、本当に弱点ないな。

 

「〜〜♪ 〜〜♪」

 

 月にいるはずのかぐやちゃんに向けて、酒寄は何度も何度も繰り返し歌い続けた。彼女は今、何を考えているのだろう。

 かぐやちゃんと過ごした日々か、守り切れなかった後悔か。──多分、そういう感情を全てまとめて歌声に乗せていたんだと思う。少なくとも隣で聴いていた俺は、そう感じた。

 

「……届いたかな」

 

 どれだけの時間が流れたか。1時間ぐらい歌っていたようにも思うし、10分ぐらいだったようにも思う。

 それでも、確かなことが一つある。

 

「──届いたよ。間違いなく」

 

 月明かりに照らされ、眩い光を放つブレスレットを見て、俺はそう確信した。

 酒寄の歌声は絶対にかぐやちゃんに届いてる。ヤチヨによる裏付けがあるからではない。

 今この瞬間、俺は確かにかぐやちゃんが騒ぎ出したのを感じたのだ。天真爛漫で、めちゃくちゃで、なりふり構わないお姫様の姿を。

 

「……さて、準備は整った。ここからは──本当に最後の正念場だ」

「……うん。待っててね、かぐや。私達が必ず、迎えに行くから」

 

 奇跡を起こせと言うのなら起こすまで。

 

 未来を変えろと言うのなら変えるまで。

 

 輪廻を断ち切れと言うのなら──断ち切るまでだ。

 

「ねぇ、天野」

「ん? どうした?」

「早く、会いたいね」

「……だな」

 

 これで最後だ。

 俺達の手で、今度こそ掴み取ってみせる。

 

 全員をハッピーエンドまで──必ず連れて行くんだ。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 ──()()()()()()

 

「…………?」

 

 目の前にある仕事を淡々とこなしていたかぐやの瞳に、僅かな光が宿った。

 肌を撫でる風も、身体を熱くする温度も、この世界にはない。そんな超つまらない世界に帰って来てから初めて、かぐやの心が揺れ動いたのだ。

 

 ──この歌は何だ? 

 

『〜〜♪ 〜〜♪』

 

 優しい声だった。愛おしい声だった。

 誰に言われずともかぐやには分かった。この歌が、自分のためだけに送られているものだと。

 

「…………彩葉」

 

 自然と口から、名前が溢れた。

 全て思い出せる。大切なメロディーと共に蘇る。自分(かぐや)にとっての、1番の宝物が。

 

「〜〜〜ッッ!!! ──彩葉っ!!」

 

 かぐや姫はとびきりの笑顔で地球に叫んだ。

 あそこにいる、もう一度会いたい人達に向かって。

 

「そんならかぐや……もういっかいっ!! ──の前に、仕事の引き継ぎしなきゃ。真司も焦らないことが大事って言ってたし……」

 

 成長したかぐや姫は、爆速で業務の引き継ぎ作業へと取り掛かるのであった。

 

 




 いよいよ最終章ですね……嬉しいような寂しいような。
 完結までの話は頭の中でまとまっているので、ぜひ最後までお付き合い頂けると幸いです。
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