親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
2030年の10月10日。
月人達との戦い、そしてかぐやちゃんとの別れから約1ヶ月が経過した今日──待ちに待った満月の夜がやって来た。
土曜日ということもあり、学生の立場から言えばとても都合が良い。
運が味方してくれている感覚を背負いながら、俺は【ツクヨミ】の空に浮かぶミラーボールの月を見上げた。今日も派手に輝いている。
「天野? どうしたの? ボーッとして」
何気にじっくり見たことはなかったミラーボールムーンを観察していると、隣から酒寄に声をかけられた。
アバター姿なので狐耳をピコピコと動かしながら、俺の視線の先を目で追っていた。
「月を見てたの?
「ははっ、違いない」
俺達が向かう場所はかぐやちゃんが卒業ライブを行った『KASSEN』仕様の特設ステージ。そこに
ヤチヨから伝えられた集合場所に行くと、既に見知った顔が俺達を待っていた。
その全員がかぐやちゃんと関わりを持っており、これから俺と酒寄が挑む最後の正念場を見届けるために集まってくれた友人達だ。
左から諫山、綾紬、帝、乃依、雷の5人。
到着した俺達を、全員が真剣な表情で出迎えてくれた。綾紬と諫山が酒寄に声をかけにいったと同時に、俺にはやはりと言うべきか口うるさくも面倒見の良い鬼が絡みに来た。
「──遅ぇよ、ムラクモ。ちゃんと気合い入れて来たんだろうな?」
開口一番、失礼な奴だ。
酒寄に対しては文句を言わない辺り、手遅れなシスコンだ。
「雷、乃依。来てくれてありがとな」
「当然だ。友のためだからな」
「俺も応援してるからさ〜、ちゃんとお姫様を奪い返して来てよ〜?」
「おう、任せろ」
雷と乃依の2人と拳を合わせ、短く感謝を伝える。
言うまでもなく、2人とも忙しい中で来てくれた良い奴らだ。雷はもちろんこと、意外に思われるかもしれないが乃依もそこそこ義理堅い。一緒に戦って敗北した者同士、
「おいコラ、何で当たり前のようにお前は俺を無視してんだ? それが心配して来てやった
「時間通りに来たのに文句言ってくるような小さい器の
「……ぐっ」
いい感じに刺さったのか、帝が気不味そうに口を閉ざした。
予想通りと言うか、分かりやすいと言うか。
「……ムラクモ。分かってんだろうな? 彩葉を守れなかったら許さねぇし、かぐやちゃんを連れて帰れなくても許さねぇぞ」
「めちゃくちゃ言うな。──ああ、分かってるよ」
「……なら良い。……俺らの分まで、頼んだぜ」
ようやく落ち着いたシスコンとも、拳を合わせる。
どこまでも不器用な奴だ。心配なら心配だって言えば良いものを。コイツを推しているファン達はこういう面倒な部分を知っているんだろうか。まあ、知っていたとしても、それも一つの魅力と呼ばれるようになるんだろうな。
「あ、天野くん! ……き、緊張してない?」
「天野っち。……ちゃ、ちゃんとご飯食べた?」
「綾紬、諫山。来てくれてありがとう。緊張もしてないし、ご飯は食べたよ」
2人とも表情は険しく、心から心配してくれているのが分かる。月の世界という相手側の本拠地に乗り込もうと言うのだから、見送る側としては当然の反応か。
「絶対にかぐやちゃんを連れて帰って来るから。綾紬と諫山はかぐやちゃんに『お帰り』って言う準備だけしといてくれ」
「……うん、分かった。天野くん、頑張ってね」
「ぜ、絶対だよ〜? またみんなで、色んなところに遊びに行くんだからねっ」
「ああ、約束する」
2人とは拳ではなく、小指を使って指切りを交わした。
これで良し。この世界に帰ってくるために必要な命綱は、十分すぎるほどに結び終わった。
見送りに来てくれたみんなとの挨拶を終えると、ちょうど良いタイミングで設定していたアラームが鳴り響いた。
月の世界への突入時刻が──遂にやってきたのだ。
「──おいでまし〜っ!!」
突如、空より降って来た玉手箱の中からヤチヨが飛び出して来た。流石と言うべきか、時間厳守だ。
俺達は彼女の協力がなければ月の世界には行けない。かぐやちゃんを取り戻す作戦の要であるヤチヨは、俺と酒寄の顔をじっと見て満足そうな笑みを浮かべた。
「……彩葉、真司。聞くまでもないと思うけど──覚悟は良い?」
「うん」
「もちろん」
酒寄と共に即答すると、ヤチヨは一度目を閉じてから、覚悟を宿した瞳で手元に傘を出現させた。『KASSEN』でよく使っているヤチヨのメイン武器だ。
「今ここに、月と【ツクヨミ】を繋ぐための条件が揃いました。かぐや姫を迎えに行かんとする勇敢な戦士達に……幸運を。──なんてねっ☆」
そうして悪戯っ子のように笑うと、ヤチヨは腕を真正面に伸ばした状態で傘を回し始めた。傘の輪郭に淡い光が集まり、電子の海の歌姫を彩るかのように青白い燐光が立ち昇る。
ヤチヨが勢いよく傘を振り上げると──何もなかった空間に
「これが……月の世界への入口か」
「まだ完全に開いてはないんだけどね。これから5つぐらい説明することがあるからさ」
「分かった。聞かせて、ヤチヨ」
酒寄からの促しを受けて、ヤチヨが口を開く。
「まず1つ目。事前に話しておいた通り、この穴を使って月と【ツクヨミ】を渡ることが出来るのは3人まで。理由はアバターのデータを月の世界に順応させるのと、順応させたデータを【ツクヨミ】仕様に戻すための容量がそれで限界だから。いいね?」
「ああ。俺と酒寄、かぐやちゃんの3人だ。問題ない」
むしろ、ちゃんと必要最低限の人数を通せるようにしてくれたヤチヨには頭が上がらないというものだ。
無茶な頼みを実現させてくれた彼女には、感謝してもし切れない。
「じゃあ2つ目、月の世界で攻撃を受けた場合についてね。彩葉と真司のアバターは基本的に【ツクヨミ】内にいるのと同じ扱いだと思ってもらって大丈夫。でも一つだけ大きく違うのは、たとえゲームオーバーになっても──【ツクヨミ】に
「つまり、向こうの世界で死ぬようなことがあれば、それは本当に死ぬってことか?」
「そうだね……データに変換した魂が削除されるようなもんだからさ。こっちの世界に残っている身体は
別の世界に掟破りの方法で行こうとしているのだから、当たり前のリスクだ。それもヤチヨから事前に聞かされていることだし、俺達に向けての説明と言うよりは綾紬達に向けた言葉だろう。
案の定、綾紬達の表情が一気に深刻なものへと変わる。
だから、安心させる意味も込めて笑いかけた。
「──それも問題なし。俺達は戦いに行くわけじゃないしな。ただ大切な友達を返してもらいに行くだけだ」
「そうだね。それに、いざとなったら天野が守ってくれるんでしょ?」
「そういうこと。俺はそのために着いて行くんだからな」
「……オーケー。3つ目ね。お互いの世界を繋いでおける時間についての説明だよ。簡単に言えば……
なるほど、確かに簡単だ。単純明快で分かりやすい。
「月の世界はこっちの世界に比べて時間の流れが遅い。だからこっちで穴を維持しておける時間と、向こうで維持しておける時間は全然違うんだ。【ツクヨミ】に開けておける時間は8時間が限界。それ以上はネットワークを安定させられないから、強制的に閉じちゃうと思う」
「こっちで8時間なら、月の世界だとどれぐらいなんだ?」
重要なのはそこだ。俺達が月の世界に行き、かぐやちゃんを連れて帰ってくるまでの制限時間。
少しでも長くあって欲しいところだったが、ヤチヨから告げられた時間は想像以上に厳しい短さだった。
「およそ……『8分』ってところだね」
「……マジか」
「こっちでの1時間が向こうでは1分なんだね……」
正直、結構キツい。悠長に構えていたつもりはないが、これは流石に短すぎた。
穴が閉じたらもうこっちには帰って来られないだろうし、時間の把握は完璧にしなければ駄目だな。
「そして4つ目。2人が向こうの世界に行った瞬間から、敵に狙われることになる」
「敵って……月人か?」
「ううん。彼らじゃない。月の世界の
なんとも物騒な話だが、不法入国しようとしている立場なので何も言えない。むしろセキュリティがしっかりしているなと感心させられたぐらいだ。
「了解。邪魔するなら斬るだけだ」
「ふふっ、真司ならそう言うと思った。じゃあ、最後5つ目ね。彩葉……手を出して」
「……? わ、分かった」
言われるがままに、酒寄がヤチヨに向かって右手を差し出した。
ヤチヨはその手を取ると、酒寄の右手首に見覚えのある銀色のブレスレットを付け、柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、やっぱり彩葉によく似合ってるね」
それは間違いなく、酒寄がかぐやちゃんから受け取った銀色のブレスレットその物だった。
「これって、ヤチヨに渡したはずじゃ……」
月の世界への穴を開けるためには『満月』という条件に加えて、色々と必要な物があった。
その内の1つがこのブレスレットだったので、酒寄からヤチヨに預けられていたのだ。
「『もと光る竹』に繋いでデータ化したんだ。元々が月の世界の物だから、難しいことじゃないんだよ」
ヤチヨが言った『もと光る竹』とは、以前に見た水槽の中へ入れられていた巨大なタケノコのことだ。
なんでも、ヤチヨがかぐやちゃんとしてこの地球に戻って来た際に乗って来た宇宙船らしい。【ツクヨミ】を作り出しているネットワークの大元であり、人類が到達するにはまだまだかかるであろう超が付く程のオーバーテクノロジーである。
満月によって2つの世界は近付き、『もと光る竹』を動力源として──月の世界への穴は開かれるのだ。
「このブレスレットが……かぐやの居場所を教えてくれるよ。後、引き継ぎのデータもその中に入ってるから、月人に渡してあげて。──ヤッチョからの説明は以上!」
「す、凄い……。ありがとう、ヤチヨ」
「何から何までありがとう。ここから先は、俺達に任せてくれ」
「あははっ、少しも揺らがないかぁ。敵わないね〜、2人には」
おどけたように笑うヤチヨだが、その目は少しばかり潤んでいるように見えた。
自分と同じ輪廻を繰り返させないというヤチヨの覚悟に応えたいと、心から思った。
「穴が開く場所はかぐやからそう遠い場所じゃないと思うけど、すぐ近くってわけでもないから、急いで攫っちゃってね」
「いやいや、誘拐しに行くわけじゃないから」
「あっ、そうだそうだ。真司にも渡しておく物があったんだ。──はい、これ。かぐやを入れるのに使ってね」
唐突に渡されたのは背負うタイプの巨大な
かぐやちゃんを入れるのに使ってというヤチヨの言葉通り、人間1人ぐらいなら余裕で入る大きさだ。
「……なんで籠?」
「いやぁ、向こうでのかぐやって運動苦手だからさぁ。2人の移動速度には絶対着いていけないんだよねぇ」
「だから籠に入れて運べってことか……まあ、何でも良いや。意外と動きの邪魔はしないみたいだし、戦闘にも支障は出ないかな」
「後は竹取物語要素を出してみたんだ〜。ほら、翁は籠に入れてかぐや姫を運んだって話だし」
絶対それが決め手じゃん。生粋のエンターテイナーすぎる。
久しぶりに推しに振り回される感覚を思い出していると、不意に距離を詰めて来たヤチヨに耳打ちをされた。
「それから真司。分かってると思うけど──
「……ああ」
繰り返されてきた輪廻をぶち壊そうとしている以上、何が起きてもおかしくはない。
ヤチヨからの忠告を胸へと刻み込み、強い頷きを返した。
「うんうん、良い顔だね。やっぱり、君を信じて良かった。……さて、そろそろ始めようか。彩葉、真司、準備はいいね?」
「いつでも良いよ」
「俺もだ」
俺達が構えたのを確認すると、ヤチヨが開きかけの穴に手を伸ばした。
青白い燐光は収束し、とてつもないエネルギーへと変換されていく。曲がり、歪み、弾け、溶ける。光の色は次々と変化していき、最終的には七色に輝くカラフルな穴が完成した。
「さあ、準備完了だよ。少しでも時間を伸ばしたいから、2人が穴に飛び込む瞬間に世界を繋げるね」
ヤチヨの言葉に頷いてから、後ろを振り返る。
見届けに来てくれた友人達の顔をもう一度見ておきたくなったのだ。
「天野くんっ! 彩葉っ! かぐやちゃんと一緒に絶対無事に帰って来てねっ!」
「ぜ、絶対だよ〜っ!!」
「ムラクモッ! 彩葉とかぐやちゃんを頼んだぞッ!!」
「武運を祈る」
「負けたら承知しないからね〜っ?」
信頼と友情を背中に受け、俺と酒寄は同時に穴へ向かって駆け出した。
別の世界へ渡るという人生最大のイベントにも関わらず、俺の心はどこまでも落ち着いていた。隣に酒寄がいてくれるからだろう。
「天野、行くよっ!」
「おうっ!」
穴に接触する間際、ヤチヨが手を振り下ろして2つの世界を繋げる。
俺と酒寄の魂はデータへと変換され、世界を渡る光に包まれた。
摩訶不思議。そう言わざるを得ない世界だった。
風もなく、温度もなく、色彩も暗い。一歩踏み入れた瞬間から、真司と彩葉は自分が生まれ育った世界とは根本から違う世界であることを実感させられた。
しかし、呑気に異世界旅行をしに来たわけではない。
転送された場所は竹以外何も見当たらない
「──こっち!」
ブレスレットの光が指し示す方へ走り出す彩葉。その後ろを真司が少しの間も空けずに追走する。
ヤチヨの手によって2人のアバターは強化されており、【ツクヨミ】内よりもパラメーターが大幅に上昇していた。敏捷性は倍かそれ以上、先の見えない竹藪を20秒とかからずに走り抜けた2人は、文明を感じさせる建物の近くへと出た。
「酒寄! 月人への説明は任せるっ!」
「分かった!」
後ろを走っていた真司が突然、彩葉の前へと飛び出す。
右手には『霊剣・天叢雲剣』、左手には『妖刀・村正』が装備されており、最初から本気モードの戦闘態勢だ。
真司は霊剣と妖刀の二刀流を振るい、彩葉に襲いかかろうとしていた兎のフォルムをした
「あれがヤチヨの言ってた……防衛プログラムなのかな」
「だろうな。竹の身体をした兎……〝
「名前なんて決めなくて良いでしょ?」
「呼びやすい方が良いかと思ってさ」
抜刀した真司に続いて、彩葉もキーボードブレードで的確に竹兎を切り裂いていく。
どうやら一匹一匹に大した戦闘力はないようだが、次々に現れてくる数の多さが脅威となるようだ。
「酒寄、残り時間が分かるようにタイマーをセットしてある。5分、3分、1分、30秒の計4回だ」
「分かった。──天野っ! あの建物の中にかぐやがいるっ!」
彩葉が指で指し示す先にあったのは、特に目を引く大きさをした神社のような建物だった。
しかし、その目の前に待ち受けるのは大量の竹兎。目を青く光らせ、侵入者である真司達を排除するべく獰猛に牙を剥いていた。
「酒寄ッ! 俺の後ろから絶対に離れるなッ!」
「分かったっ!!」
武器を背中に戻し、彩葉が真司の背後についた。
真司はそれを確認すると、敵の軍勢を相手に怯むどころか更に加速。
右手に持つ『天叢雲剣』に風を集めると、密集している竹兎達に向かって霊剣を豪快に一閃した。
──
普段とは比べ物にならないほどの威力で放たれた太刀風が、竹兎の軍勢を真っ二つに切り裂いた。
無数のポリゴンとなって散っていく竹兎達には目もくれず、真司と彩葉は鳥居をくぐり抜けて本殿へと続く階段を駆け上がる。途中ですれ違った何人かの灯籠頭の月人が驚いたように尻餅をついたが、2人ともお構いなしだった。
そしてここで──残り時間が『5分』となったことを知らせるアラームが鳴り響いた。
「酒寄!」
「あそこの部屋っ!
本殿まで追って来た竹兎達を斬りながら、真司が道を開く。
彩葉はただ自分の役割を果たすために部屋へと飛び込み、会いたいと願い続けた1人の少女との再会を叶えた。
「──かぐやっ!! 迎えに来たよっ!!」
障子をぶち壊しながらのダイナミック不法侵入。
感動の再会とは言い難い荒々しい登場に、引き継ぎ作業を頑張っていたかぐや姫は硬直。思わず手から筆を落とし、あんぐりと口を開けたマヌケな顔を披露した。
「……えっ? 彩葉? ……えっ? なんで?」
「天野っ! かぐやがいたっ! 籠に詰めてっ!」
「分かった! すまんかぐやちゃん! 雑だけど許してくれっ!」
「ええっ!? 彩葉だけじゃなくて真司まで──ぐぇっ! な、なんでいきなりかぐやを籠に詰めるのっ!? さ、逆さまになってる! 籠の中で逆さまになってるぅっ!!」
真司によって、頭から籠の中に放り込まれたかぐや。
数多のファンを獲得した伝説のライバーとは思えない情けない姿で、10秒とかからずに誘拐される体勢となった。
「ちょっ、ちょっと待って! 何が何だか分からないっ! 今かぐやどういう状況なのっ!? 夢!? 幻覚!?」
「酒寄! 月人が来たぞっ! 都合良くあの王冠野郎が先陣切って来やがった!」
「分かった! 引き継ぎのデータを渡してかぐやを解放してもらうっ!」
「うぇっ!? 引き継ぎ!? 何で彩葉がそんなデータ持ってんのっ!? かぐやが毎日必死こいて作ってるとこだったのに!!」
流石に派手に暴れすぎたのか、竹兎達を引き連れて月人が到着。本殿の外で真司達と対峙した。
偶然にも集まって来た月人達の顔ぶれは卒業ライブの『KASSEN』でかぐやを連れて帰った者達ばかりであり、運命的な何かを真司と彩葉に感じさせることとなった。
「急に来てごめんなさいっ! かぐやを譲ってもらいに来ました! これ! かぐやの仕事の引き継ぎデータです! これでかぐやは用済みですよねっ!? 私達が頂いても問題はありませんよねっ!? かぐやのことは私が責任を持って幸せにしますのでご心配なく! それでは失礼しますっ!」
「○●△──▲★〜◇◆……」
とてつもない滑舌の良さで聞き取りやすさ抜群の早口を受け、王冠の月人が思わずといった様子で後退りした。
彩葉から強引に手渡されたブレスレットを確認すると、王冠の月人は陶器のような顔を僅かに緩めて、かぐやの自由を認めるかのように微笑んだ。
「──いや見えないっ! そして話についていけないっ! 肝心のかぐやが置いていかれてるよっ!! 怒涛の展開すぎて周回遅れだよっ!」
ここで、残り時間が『3分』となったことを知らせるアラームが鳴り響いた。
「何この妙に焦らされるアラーム! なんかやだっ!」
「天野っ! 話はついたから帰ろうっ!」
「流石は酒寄! それと王冠野郎! 色々と世話になったなっ! 縁があればまた勝負しようっ!」
「かぐやに話がついてないって! それとかぐやはいつまで逆さまなのっ!? 後この籠の中めっちゃ揺れるんだけどっ!? 頭がぐわんぐわんするんだけどっ!!」
かぐやの言葉には一切耳を貸さず、真司と彩葉は再び竹藪へと駆け込んだ。
穴までの距離は約800m。2人の足ならば残り時間内でも十分に間に合う距離だ。
──妨害されなければの話だが。
「邪魔だッ! どけぇッ!!」
「どいてっ!!」
月人の意思に関係なく襲いかかって来る竹兎達を斬りながら、真司と彩葉がされるがままのかぐやと共に穴を目指して竹藪の中を駆け抜ける。
次から次へと襲いかかって来る竹兎だが、やはり強さ自体はそこまででもない。穴までの距離は残り約500m。このままいけば、確実に制限時間内に飛び込める。
「──ッ! 酒寄ッ!!」
「えっ……? きゃあっ!!」
「彩葉っ!!」
死角からされた竹兎の体当たりによって、彩葉の身体が宙に浮いた。ダメージは大きくないが、ノックバックによる吹き飛ばしはタイムロスという意味で致命傷になりかねない一撃だった。
真司はすぐに近くにいた竹兎を踏み台にして跳躍。彩葉の手を掴んで引き寄せ、左肩に担いだ。
「あ、天野……!」
「大丈夫。落ちないように踏ん張れ」
いつの間にやら数が倍増していた竹兎達による、空中で無防備なところを狙った全方位同時攻撃が繰り出された。
右も左も上も下も、竹兎達によってそのほとんどが埋め尽くされた隙間すら見当たらない数の暴力による圧殺。
数秒後には間違いなく
──
真司はその場で高速回転しながら竜巻を生み出すと、触れるだけで即死するほどの威力をもった無数の斬撃を全方位へと放った。
斬ると言うより削り殺す斬撃を受けた竹兎達は、竜巻の流れに飲み込まれて上空へと打ち上げられる。竜巻が消えた頃には、真司達の周りに立っている竹兎は一匹たりとも存在してはいなかった。
「一気に走るぞっ!」
「う、うんっ! ありがとう!」
「目がぁ……回るぅ……」
齧り殺されるのは回避したが、竹兎達がいなくなったわけではない。
そして真司達の目指している場所を七色に光る穴だと見抜いたのか、その進路を塞ぐかのように動き始めた。
更にはこれまでに相手して来た小型だけではなく、木槌を担いだ大型の竹兎まで
見た目だけで攻撃力と耐久力が高いと分かるそれに、真司はまともに相手をするという選択を真っ先に捨てた。時間が惜しいどころの話ではない。
「酒寄! アイツらは無視だ! どうにか攻撃を避け──ッ!?」
真司が前を走っていた彩葉へ叫んだのと同時に、空から
「……これは……?」
「止まるな酒寄ッ! 走り続けろッ!」
「ご、ごめんっ!」
足を止めようとした彩葉の背中を声で叩き、真司が迷うことなく突き進む。
籠の中のかぐやは既に状況説明を諦め、逆さまになりながら籠で揺られていた。
「い、今の何っ!?」
「上を見てみな」
「上……あっ」
彩葉が言われた通りに空を見上げると、そこには先程話をつけた王冠の月人に率いられ──無数の月人達が弓を構えていた。
光の矢を放ったのが月人達だと分かると、彩葉は驚きの表情と共に声を上げた。
「な、なんでっ!? どうして私達をっ!?」
「娘の門出を祝う感じじゃないか? さっきの酒寄は結婚の申し込みをしに来たようにしか見えないしなっ! かぐやちゃんはちゃんと大事にされてたらしいっ!」
「ええっ! 彩葉、かぐやと結婚してくれるのっ!?」
「今はいいからっ! 大人しく入ってて!」
「ぐぇっ」
月人達の援護により、
彩葉はそれを見て良心に痛みを走らせたが、今は帰るのが優先と意識を切り替えた。
「酒寄! 先に入れッ!」
「分かったっ!」
穴までの距離は残り200m程度。
敵が現れても月人によって撃ち抜かれるため脅威にはならず、小型がいくら襲ってこようとも真司と彩葉であれば対処可能。
確実に元の世界へ帰れると2人が僅かに気を緩めた瞬間──
「……なに、これ」
「……変なのが出たな」
兎が襲ってこようが矢が降ってこようが、絶対に止まらなかった2人の足が止まった。それ程までに目の前に現れた異質な存在は不気味なプレッシャーを放っており、容易に踏み込めば死ぬと本能が告げていた。
姿形は大型の竹兎と変わらない。異なるのは見た目だった。まるで闇を凝縮したかのような漆黒に染まり、敵意を思わせる真紅の瞳を煌々と輝かせている。
「分かりやすいぐらい……敵だな」
そして、そんな闇兎が動きを見せる。
目の前にいる真司達へ攻撃を開始するかと思えば、空で弓を構える月人達に向かって闇に染まった木槌を──勢いよく投擲し始めたのだ。
「ど、どうして月人を!? 防衛プログラムなんじゃないのっ!?」
「考えてる暇はない! 俺の後ろにつけっ! 一気に突破するっ!」
動揺する彩葉に指示を飛ばし、真司が再び得物を構えた。
「酒寄、頼みがある」
「えっ? 頼み?」
「何があっても突っ走れ。
「で、でも、天野1人じゃ……!」
「酒寄。──俺を信じろ」
増え続ける闇兎を前に、真司は一切の動揺を見せなかった。
まるで、予想外の展開が起こると前もって分かっていたかのように。
「い、彩葉ぁ……真司なら、大丈夫だよ。だって、真司だもん」
「……かぐや。……うん、分かった」
ここで、残り時間が『1分』となったことを知らせるアラームが鳴り響いた。
「……信じるよ。天野」
「任せろ。それにアイツらは多分、
ヤチヨからの忠告を思い出し、真司が口角を上げる。
輪廻だろうが何だろうが、邪魔をするなら斬るまで。
親友と親友の大切な人のために戦える喜びに打ち震えながら、真司は走り出した。
「──行くぞ。酒寄、かぐやちゃんっ」
輪廻を断ち切る唯一の剣は、己の生まれた意味をこの戦いに見出した。
それだけで、微塵も負ける気はしなかった。