親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
待ちに待った三連休。
ゲーム、ゲーム、ゲーム、と。ゲーム三昧の予定をびっしり詰め込んでいたはずなのだが、何故か俺は同級生の完璧女子高生、酒寄彩葉と共に──赤ちゃん用品を買いに来ていた。
「……なんでこうなった」
「……本当に、ごめん」
死んだ顔で謝ってくる酒寄。いつもなら謝る必要はないと返すところだが、今回はすぐにそう言ってやれない状況だった。
酒寄は悪くない。そこは大前提だ。むしろ酒寄は被害者であり、手に負えないから俺に助けを求めてきた。それは嬉しい。だが、手に余りすぎる案件を持ってこられたせいで、俺もまだ気持ちの整理がついていないのだ。どうか許して欲しい。
それもこれも、酒寄の腕に抱かれて涎を垂らしながら寝ている──赤ん坊が元凶だ。
「……人間、なのか?」
「……分かんないよ。でも、流石に放ってはおけなくてさぁ」
「まあ、それは分かるけど……」
昨日電話で聞いた時点では半信半疑だったが、アパートまで行って理解させられた。酒寄の言っていたことは、全て本当のことだったのだと。
せめてゲーミング電柱のくだりだけは嘘であって欲しかったが、残念ながら事実だった。
警察に相談しようにも、説明の仕方が分からないのでやめた。それに誘拐犯にでも間違われたらゲームセット、自力で面倒を見るという結論に至った。
女子高生、しかも酒寄は生活費と学費を自力で工面している苦学生だ。自分の面倒を見るだけで精一杯のところに赤ん坊の世話まで加わるのは流石にヤバいと、俺もこの三連休の予定を白紙に戻し、微力ながら加勢することにした次第である。
「えーっと、取り敢えずオムツとミルク、だよな? あっ、哺乳瓶もいるか。……あー、消毒液とセットなわけね。そりゃそうか」
「……な、なにこの値段? ……『子育ての味方』なんじゃないのぉ」
「味方ではあるだろ。品揃えでな」
震えた声で衝撃を受ける酒寄。その頭から何枚ものお札が天に召されていくのが見えた気がする。
軽く放心状態の酒寄を可哀想に見ていたが、近くを通り過ぎた女性から何か怪しむような視線を向けられたことで己の配慮の無さに気付かされた。
「……酒寄。お前は赤ちゃんと2人で外で待ってろ」
「えっ? な、なんで?」
「察してくれ。俺達みたいな若い男女が赤ちゃんと一緒にこんな店にいるんだぞ? 夫婦に見られるのが自然だろ」
「……あっ、ごっ、ごめん。そこまで気が回ってなかった」
仕方ない部分もあるが、謝られてばかりだな。だからこそ、酒寄のことを信頼しているのだが。
「必要な物は大体分かったから、買い物は俺が済ませる。だから外で待ってろ、なるべく人目につかないとこでな」
「う、うん。……あっ、お、お金は後で払うから! レシートは捨てないでね」
「分かった。じゃあ後でな」
流石の酒寄もこの状況なら素直に従うようで、大人しく店を出て行った。これでようやく買い物が出来る。周りから見た印象は精々、若くして父親になった男ぐらいのものだろう。
「……さて、外は暑いし、さっさと済まそう」
──合計金額23,243円。
子育てとは、大変である。
「だからっ! お金受け取ってよっ! 天野っ!」
買い物を済ませた帰り道。
レジ袋を持った俺の隣で、酒寄が必死な様子でスマホを突き出してきていた。もちろん、先程の買い物代金を電子通貨で支払おうとしているのだ。
ならば何故こんなにも必死なのか? 答えは単純、俺が受け取ろうとしないからだ。
「だからー、間違えてレシート捨てちまったんだよ。正確な金額が分からない以上、受け取れないって」
「嘘だっ! わざとでしょ!? 天野がそんな馬鹿なはずないっ! テスト学年2位のくせに!」
「不動の学年1位に褒められるのは嬉しいけど、残念ながら馬鹿だったみたいだな。──後、俺が勉強出来るのは友達がいなくて時間が余っててゲーム以外で特にやることがなかったからだ。こんな悲しいこと言わせんな」
「自分で言ったんじゃんっ!! 〜〜〜ッ!! ……ねぇ、天野。本当に悪いよ。……私が巻き込んだのに、こんなのさ」
スマホをしまったのでようやく諦めたかと思ったら、酒寄は悲しそうな表情で俯き始めた。やめろ、そういう反応は良くない。良くないが……俺も譲る気はない。
「なあ、酒寄。何かあったら頼れって言ったのは俺だ。だから、俺に電話したんじゃないのか?」
「それは……その」
「俺は嬉しかったよ、酒寄に頼られて。お前めちゃくちゃ苦労してるくせにそれを顔に出さないし、飯だって奢らせてくれないしさ」
「わ、私はそういう風に友達に頼りたくなくて……天野のことは、大切な友達だと思ってるから……」
「俺だってそうだよ。だからこれまでは酒寄の意思を尊重して断られてきたんだ。──けど、今回だけは断られてやるつもりはない」
強く断言した言葉に、酒寄が顔を上げた。
「酒寄が自分のために頑張るなら、それを邪魔する気はなかった。でも、今は自分以外のために頑張らなくちゃいけないだろ? なら、頼って良いんだよ」
気恥ずかしいので酒寄の顔を見ながらは言えないが、ちゃんと言葉にしておきたい。
「俺はお前を友達……親友だと思ってる。親友が困ってるなら、助けたいと思うのは当然だろ。ここで助けなかったら絶対に後悔する。……だから、これは俺のためにやってることなんだ。俺が俺のためにやってる自己満足だ。酒寄は降ってきた幸運程度に思っておけば良い」
「…………天野」
ヤバい、本格的に恥ずかしくなってきた。
仕方ないだろ、俺は本当に友達少ないんだよ。もし酒寄がいなくなったらヤチヨについて誰と語ればいいんだ。一緒に推しを褒めちぎるあの瞬間がなくなるのだけは、何が何でも避けたい。そのためなら、この程度の出費など痛くも痒くもないのだ。スポンサーがついているプロゲーマーの収入を舐めないでもらいたい。
「ほ、ほら、アパート着いたぞ」
「……うん」
足を置くたびにギシギシという音を立てる古い階段を上り、二階にある酒寄の部屋へと入れてもらう。
玄関にレジ袋を下ろし、中から買って来た商品を取り出す。まずは哺乳瓶の消毒が優先だな。
「……店を出て来た時から思ってたけど、やっぱり食材とかも買ってくれたんだ」
「必要だろ? 肉はパックだと入りきらないから、ポリ袋に入れて下味付けとこう。冷凍庫空いてるか?」
「は、はい」
「お湯がすぐ沸かせた方がいいな。電気ポット買うわ。明日には届くだろ」
「ちょっ、まっ!」
「もうポチった。後これ、赤ちゃんの服とかも買っといたから。それから──」
「天野っ! 待ってってばっ!!」
両手で肩をガシッと掴まれ、酒寄に詰め寄られる。完璧無敵の女子高生とは思えない青ざめた顔だ。
チッ、勢いで誤魔化せるかと思ったが甘かったな。
「あ、天野がこんなにお金使う必要、ないじゃん。……こんなにしてもらっても、私には返せるもの……ないよ」
俺の肩からだらんと手が落ち、また酒寄が俯いた。
両手は強く握り締められ、絞り出すような声でそう呟いた。
「返してもらう必要はないよ。言ったろ? 自己満足だってさ。……それにだ。これは酒寄に貢いでるんじゃなく、全て赤ちゃんに貢いでるんだ。勘違いしないでよね!」
「…………」
おっと、冗談を言う雰囲気じゃないか。やっぱり俺はこういう時の対応が下手だな。だから友達出来ないんだろうけど。……言ってて悲しくなってきた。
うっすらと涙目になってしまっている酒寄に苦笑いしながら、俺は膝に手を当てて彼女と目線の高さを合わせる。そしてなるべく、穏やかな声で弁明した。
「酒寄が自立するってことを大事にしてるのは知ってる。母親との関係が上手くいかなくてって話も、たまにしてくれてたしな」
話の最後で必ず俺が酒寄の母親に対してブチギレるため、最近はあまり話してくれなくなってしまったが。
「──酒寄はちゃんと自立してるよ。それを俺は知ってるし、尊敬してる。だから、こんな時こそ力になりたい。だから、こんな時こそ頼って欲しい。……だから、それで良いんじゃんか」
何か気の利いたことを言えたら良かったのだが、俺のスペックではやはり無理だった。
それでも、俺の気持ちは伝わってくれたようで、酒寄は今にも泣き出しそうな顔で口を開いた。
「…………ごめん」
ここだ、という衝動のままに、俺は喉に力を込めた。
「──ヤチヨ風に言うならノンノンッ♪ そこは『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』の出番だヨ〜っ! ……ってな」
渾身の裏声が効いたのか、はたまた俺のヤチヨボイスが思ったより上手かったのかは分からないが、そこでようやく、酒寄に笑顔が戻った。
「……ふっ、なにそれ。ぜんぜん、似てないし」
どうやらお気に召さなかったらしい。
それで良いさ、一番大事な役割は果たせたのだから。
「……天野。…………ありがと」
「おうっ。どういたしまして」
返せない? それは
昔から、友達を作るのが苦手だった。
得意なゲームを通じても、それは変わらなかった。
勝ち続ければ、嫌われる。
手を抜くのが下手で、それがバレたら嫌われる。
喉から手が出るほどに欲しいと願った存在は、いつまで経っても目の前に現れてはくれなかった。
──だから、酒寄に出会えて良かった。
同じ推しについて盛り上がれるのが嬉しい。
一緒にゲームを楽しんでくれるのが嬉しい。
他愛もない会話で心から笑い合えるのが嬉しい。
俺の方が、酒寄に
ようやく俺が返す番になってくれた。
財布の紐も緩むというものだ。
「──よし、これで合意ってことで! この三連休は俺も協力するからな!」
「……ゲームは良いの?」
「良いの良いの。所詮はゲームよ」
「……ふふっ、プロゲーマーがそれ言う?」
「あははっ、それな。じゃあここだけの話ってことで頼むわ。黙っててくれよ、親友だろ?」
「うん、黙ってる。……親友、だもんね」
こうして、酒寄と子育てをする三連休が幕を開けた。
流石に泊まり込むわけにはいかないので夜泣きに対しての手助けなんかは出来なかったが、それ以外でとにかく動いた。自分を過小評価していたと高笑いを上げたくなるぐらいには家事をしたと思う。
俺が赤ん坊を抱いている時に酒寄と一緒にいるところを綾紬に見られるという絶体絶命のピンチがあったこと以外は、比較的平和な三連休を過ごせた。もちろん、その件については上手く言い訳をして乗り切ってある。
「ほんっっとうに……ごめん」
色んな意味で、謝られる方が辛かった。