親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
次の日。目が覚めると、隣には天野がいた。
どうやら私は天野に抱き付いた状態で眠っていたらしい。親友を抱き枕にしてしまったことに罪悪感を覚えながら、起きたことを悟られないようにゆっくりと天野の顔を見る。
「…………」
何やら難しい顔をして、スマホを見ていた。
画面に映し出されているのは──地図のアプリだろうか。どこかの住所を検索しているようだった。
「あ、あの……お、おはよう。天野」
「おおっ、起きたのか。おはよう、酒寄」
私が恐る恐る声をかけると、天野は優しい笑顔で返事をしてくれる。
夢だと思っていた昨日の夜の出来事がちゃんと現実だったんだと、その笑顔が証明してくれたような気がした。
「悪い、酒寄。大事な用があるから、俺もう行かなきゃ。学校には行けそうか?」
そうだ、学校。今日は平日の金曜なので、普通に学校がある。
スマホを確認してみれば、芦花と真実からの着信が数十件きていた。お兄ちゃんからもメッセージが届いていたし、みんなに心配をかけてしまったという事実を突きつけられて心が痛んだ。
「うん、行く。流石に2日連続でズル休みなんて出来ないよ」
「無理してないか?」
「平気だよ。ありがとう、天野。……それとさ、用ってなに? 天野は今日……学校来れないの?」
面倒くさい女だなと、自分でも思う。
それでも、言わずにはいられなかった。一緒に学校へ行けないのは納得するしかないけど、天野が学校に来てくれるかどうかで
天野は困ったように笑うと、不安そうな瞳をしているであろう私の頭を撫でた。
「……悪いな。
「……そ、そっか。……うん、分かった。学校来たら連絡してね?」
「おう、絶対連絡する。──じゃあ、もう出るわ。用がある場所、少し遠いからさ」
天野はそう言って部屋を足早に出て行った。
撫でられていた頭に手を置いてみると、情けなく頬が緩む。天野は私の前からいなくなったりしない。天野に嫌われないためにも、私は今まで以上に完璧でいなきゃダメだ。
「……よし。学校行こう」
パンッと両頬を叩いて気合を入れ、制服に着替えてから学校へと歩き出す。
1日しかサボっていないのに、通学路が少しだけ新鮮に思えた。何があっても学校だけは休まなかったもんなぁ。
いつも通りの時間に学校へ到着し、靴を下駄箱に入れて教室へと向かう。
昨日休んだからか、何人かのクラスメイトに声をかけられた。風邪は治ったのかとか。体調は大丈夫かとか。どれも私を心配する声ばかりだった。
愛想の良い笑顔で大丈夫だよと返し、荷物を片付けて教室を出る。
朝のホームルームまではまだ時間があるので、事前にあまり人のいない場所へ呼び出しておいた芦花と真実へ顔を見せに行くのだ。
着信を無視し続けてしまったこと、心配をかけてしまったこと、私は彼女達に対して謝ることばかりなのだから。
「──連絡返せんくて、ごめんっ……!」
「無視ひど〜いっ」
「家まで乗り込もうかと思ったよ」
「あ、あははっ……実はさ──」
芦花と真実に隠すのは誠実ではないと思ったので、私は天野が家に乗り込んで来て助けてくれたことを正直に話した。
予想通りと言うか、2人は信じられないといった様子で目を丸くしている。
「あ、天野っち……すげぇ〜っ。タワマンの高層階に不法侵入ってどうやったんだろ。行動力ありすぎでしょ。ねぇねぇ彩葉、天野くんはどうやったって?」
「えっ? あっ……そういえば、その辺のこと聞き忘れてた」
「あははっ、まあ衝撃的すぎるもんね〜っ。また今度聞いといてよ」
確かに真実の言う通り、どうやって天野はベランダに現れたのだろう。まさかよじ登って来たわけではないだろうし、ちゃんと訊いておかないとな。
天野は目的のためなら手段を選ばないところがたまにあるから、訊ねるのが少しだけ怖くもあった。
「家に乗り込んで、かぁ。……やっぱり、天野くんは凄いなぁ。……ちゃんと約束を守ってくれるんだもん」
芦花の言葉を聞いて、私の胸に痛みが走る。
彼女の言う『約束』は残念だが果たされていない。
私のせいで、天野は約束を守れなかった。それどころか私のために
心から安堵したような表情で笑う芦花の顔が、今だけは直視出来なかった。
「何はともあれ、彩葉が無事で良かったよぉ〜!」
「私らは彩葉が生きてれば……それで良いからさ」
友達の温かさに、枯れるほど流した涙がまた出そうだった。
──あっという間に時間は流れ、昼休みに入る。
いつもなら芦花と真実の3人でお弁当を食べるのだが、今日は用があると言って断らせてもらう。休んでいた間の授業をノートにまとめておきたいからと理由を話せば、2人は快く頷いてくれた。
「……あっ」
もちろん、ノートをまとめるのは嘘ではない。
しかし、私にはそれ以上に大切なことがあった。スマホに届いたメッセージを確認し、下駄箱まで走る。連絡してきた通り、待ち人はちょうど校門を通り抜けてきたところだった。
「……天野」
自分でも驚くほど、自然に笑えた。
天野の姿を見ただけで心が落ち着く。やはり学校に来て無意識の内に緊張していたようだ。
「あ、天野……! よ、良かった。ちゃんと来られたんだ」
「……ああ。酒寄に昼から行くって言ったからな。ギリギリだったけど、なんとか間にあったよ」
言葉通りに慌てて来たのか、天野は少し汗をかいていた。
疲労感の漂う顔をしながらも、駆け寄った私に笑いかけてくれる。それだけで、胸の奥がくすぐったくなった。
「そ、そっか。……えへへっ、ありがと。天野」
天野はいなくならない。私の側にいてくれる。
単純だなと自覚しながらも、口元が緩んでしまう。
「……ねぇ、天野。私さ、今から昨日の授業の内容をノートにまとめようとしてたんだけど……一緒にやらない? と、図書室とかなら、あんまり他の人に見られないと思うし……」
天野は基本的に学校の中で私に近寄らないし、話しかけても来ない。
前に理由を訊ねたら「男子からの好感度をこれ以上下げたくない」との答えが返ってきたのを覚えている。切実そうな顔で言われたので私もそれを了承していた。それが、今までの日常だった。
でも、もうそんな日常では我慢出来ない。
学校でも話したい、隣にいたい。
だって私には──
迷惑だということを自覚した上で、私は天野の返答を待った。
我慢のブレーキは効かなくなってしまったようだ。以前の私からは考えられないほどの自己中心的な言動だった。
それでも──。
「分かった、一緒にやろう。職員室で先生に遅刻の報告してからな」
「……っ! う、うん。ありがと……天野」
「いや、俺の方こそ。酒寄と一緒にいられるのは……嬉しいからさ」
やっぱり、天野は優しい。
ただのわがままにも正面から向き合って応えてくれる。それはまるで甘い毒のようで、私の身体を蝕んでいく。
もっともっと、天野と深く繋がりたい。
そんな強欲さが溢れ出し、私はゆっくりと天野の顔に近付いて耳元で囁いた。
「──……一緒に、帰ろうね?」
天野と私は違うクラスなので、学校から一緒に帰るには待ち合わせが必要だ。
これまでも下校を共にしたことは何度もあるが、それは偶然の産物に過ぎない。下駄箱から並んで一緒に帰ったことなど、今までに一度たりともなかった。他の生徒達の目もあるし、当然のことだ。
だからこそ、私は踏み込んだ。
天野の優しさをこれでもかと利用して、自分のわがままを突き付ける。卑怯な真似にもう抵抗はなかった。天野と一緒にいられるなら、どれだけプライドを捨てても良かったから。
「……わ、分かったよ」
照れ臭そうに顔を晒した天野を見て、私は確信した。
自分はもう──天野なしでは生きていけなくなってしまったのだと。
「……お、お邪魔します」
多くの生徒達に注目されながらの下校を終え、私と天野は揃ってマンションに帰宅した。
真実と芦花も一緒にいたとはいえ、明らかに天野が見られていたと思う。男子だけでなく女子までもが驚いたような表情をしていて、天野の言い分が考え過ぎではなかったと証明された。
視線という針にチクチクと刺されながら私達と歩く天野を見て少し申し訳ない気持ちになったのと同時に、こうなると分かっていても私のお願いを叶えてくれた天野のことが更に愛おしくなった。
そして、私が『ただいま』ではなく『お邪魔します』と言ったのには当然理由がある。
ドアを開けて入ったのが私の部屋ではなく、その隣の部屋だからだ。
「……ほ、本当だったんだ。……
「なんだよ、信じてなかったのか? この通り、買わせてもらった」
天野が言うには、隣の部屋を購入するのが最も手っ取り早い侵入方法だったとのこと。自分の部屋のベランダから私の部屋のベランダに飛び移る。言うのは簡単だが、普通はやろうと思わない。しかも一括購入したらしい、どれほどのお金が消えたのか想像もしたくなかった。
「……天野って、変だよね」
「……まあ、自分でもそう思う。後悔はないけどな」
天野は苦笑いしながら靴を脱ぎ、中へと入って行った。
どうしたら良いか分からずに私が玄関で立ち尽くしていると、天野が不思議そうな顔をして手招きをしてくる。
鞄を握る手に力を込めながら、意を決して部屋へと上がる。
当然のことながら、部屋の作りは大体一緒だった。でも購入したばかりだからか、まだ家具の類が何もない。本当に私を助けるためだけに購入したんだ。
「必要な家具とかはもう買ってあるからさ。ちょうど明日は土曜だし、部屋作りを頑張るよ。酒寄は何か欲しい物とかあるか? 椅子だったり、ソファーだったり。希望があれば聞くよ?」
「えっ? な、なんで、私の希望?」
私の疑問を聞いて、天野は首を傾げた。
そんなことを訊かれるとは思っていなかったという反応だ。
「だって……この部屋、酒寄も使うだろ?」
そして当たり前のように──爆弾発言をしてきた。
顔の熱が高まり、恥ずかしさが込み上げる。私は狼狽えながらも、どうにか口を開く。
「な、なんで……そ、そんなの……わ、悪いよ……」
「一緒にいてくれって言ったのは酒寄の方だろ? それに……隣の部屋より、俺の部屋の方が落ち着けるかと思ってさ」
「……あっ」
そこでようやく、私は天野が何を言いたいのか理解した。
彼は私を──かぐやとの思い出から離そうとしてくれている。その上で、一緒にいて欲しいという私の願いを叶えようとしているのだ。
……本当に、真面目だなぁ。
変に緊張してしまっていた自分が恥ずかしくて、ちょっと笑えた。
そんな私を見て、天野はまだ不思議そうな顔をしている。
「なんだよ、変なこと言ったか?」
「言ってるから。天野、めちゃくちゃ変。……でも、ありがとう」
「お、おう。……どういたしまして」
天野の胸板に額をぶつけ、少しだけ体重を預ける。
誰かに支えてもらう感覚が新鮮で、思わず心が安らいだ。
「……私、部屋を解約しようかな。……って、今のは違くて! ……つい出ちゃったと言うか──」
「いいよ。酒寄がそうしたいなら」
「〜〜〜ッ!!」
ダメだ。これはダメだ。毒なんて生優しいものじゃない。
天野はよく私のことを『スパダリ』と言って揶揄ってくるけど、今の私に言わせれば天野の方がよっぽど『スパダリ』だ。それも、人をダメにしてくる一番厄介なタイプ。
「で、でも……それは、流石に……」
「俺もこの部屋に引っ越そうと思ってるんだ。……酒寄は、俺と一緒に暮らすのは嫌か?」
「……あっ、その……べ、別に嫌とかじゃ……ないんだけどさ」
「なら決まりだ。明日荷物届くから、一緒に配置とか考えよう。──で、日曜になったら部屋を解約しよう。かぐやちゃんを思い出して……酒寄が悲しくならないようにな」
私の頭を撫でながら、天野がどんどん話を進めていく。
天野が私の『逃げ道』になってくれたように、私も天野の『逃げ道』になったのだと今ようやく確信した。
「ほ、本当に……良いの?」
「俺の方の住所を実家のままにしておけば、学校にもバレないよ。うちの親は放任主義だから、何も問題なし。一人暮らししたいって言ったら、成長を喜ばれるぐらいだろうな」
「そ、そういうことを聞いたんじゃないんだけど……」
「……俺には酒寄が必要だ。近くにいたい、側にいて欲しい。……だから、一緒にいよう?」
「…………うんっ」
断れるはずがなかった。
約束という『鎖』で縛られていたのは、天野だけじゃない。私の方も同じだったんだ。傷の舐め合いとしか表現出来ない関係でも、今の私達にとっては万能薬と言っても過言じゃない。
一方的ではない関係が、心地良かった。
その日から順調に、共同生活に向けた準備が整っていった。
家具の搬入を終え、部屋作りを終え、私の部屋の解約も無事に終わった。
全てが終わった日曜の午後には、新しく買ったソファーに2人揃って埋もれながら他愛もない話をした。天野と一緒にいられるだけで、楽しかった。
「──えっ?
そこで唐突に、天野からそんなことを言われた。
真剣な表情で言ってきていることから、冗談ではないことが分かる。
「確かにあの曲は
「……理由は、説明出来ない。ごめん。……でも、その曲だけは作らなきゃいけないんだ。そして、
「私が……歌う?」
曲を作るだけならまだしも、歌わなければならないとはどういう意味だろう。
私は無意識に、右手首に付けているかぐやに貰ったブレスレットを握り締めていた。
「これはかぐやちゃんのためなんだ。もちろん俺も協力する。何年かかっても構わない。……だから、一緒に頑張ってみないか?」
「かぐやの……ため?」
そう言われてしまえば、断るなんて出来なかった。
そもそも、天野からの頼み事を今の私が断れるはずもない。かぐやからのお願いに負け続け、ちょろは呼ばわりされた私だけど、負ける相手がもう1人増えたみたいだ。天野に関しては私のお願いも断れないだろうから、そこはお互い様と言ったところか。
「……分かった。……私、やってみる」
「…………ありがとう。酒寄」
目に涙を浮かべながら、天野は頭を下げてきた。
何があったんだろう。彼の抱えているものを知りたくて、手を握った。
「ねぇ、天野。このお願いってさ、誰にされたの? この間の用があるって出かけたことに……関係してる、よね?」
「そ、それは……」
目に見えて動揺した。最近の天野は今までよりも格段に分かりやすくなっていて助かる。
「天野はあの時、自分の問題だから私には話せないって言ったよね? ……でもさ、私は知りたい。天野だけに背負わせるなんて、嫌だよ。……私、天野の全部が知りたい」
「……でも、これは、俺の責任で……んぐっ」
どうにかして口を割らせたかったので、不意にキスをしてみた。
天野は一瞬で顔を赤くして、私から離れる。決して私も平気な顔をしているわけではないけど、天野の動揺ぶりを見ると多少の余裕は保っていられた。
「な、何を……!」
「天野。話して?」
「……さ、酒寄。だから……これは…………いや、そうだな。酒寄には、話さなきゃいけないな」
そして天野は、覚悟を決めた様子で語り始めた。
用があると言って会いに行ったのが『ヤチヨ』であること。
かぐやを守りきれなかった後にヤチヨから『
約束を守れなかったことを謝罪しに行ったら、『曲を完成させて
その全てを、辛そうな顔で話してくれた。
「……なんで、ヤチヨが私を……?」
「……それは分からなかった。ヤチヨは俺に『頑張ってくれてありがとう』って言った後、そのお願いをしてすぐにいなくなったから。……『かぐやのためだから』って、悲しそうな顔してた」
「あ、天野のせいじゃないよ」
何の重みもない私の慰めを、天野は首を左右に振って否定した。
「──俺、酒寄を助けるって約束した時に聞いたんだ。『私が貴方の希望になれるかどうかは、彩葉を助けてくれないとお話にならないからね』って。ヤチヨはそう言っていた。……けど、俺には酒寄を助けることが出来なかった。ヤチヨにはまだ……俺達に話したかったことが、あったはずなのに」
自分を責める天野の目から、涙が溢れた。
そんな彼を見て、胸の痛みが酷くなる。
「……だからせめて、この約束だけは守ろうって思ったんだ。……これが、酒寄に隠してた全部だよ。本当に、これで全部だ……」
「……ッ! 天野……!」
気付いたら、私は天野の手を引いていた。
自分の胸に天野の頭を受け入れて、力いっぱい抱き締めた。
「……ありがとう、天野。……私のためにたくさん傷付いてくれて、ありがとう。……もう、1人じゃないから。私も一緒に、背負うから」
「……酒寄。……ごめんっ」
「謝らないでよ。天野が謝ることなんて、何もないんだから」
落ち着いてくれたのか、天野が私の胸に顔を埋めたまま、私の身体を抱き締めて返してきた。そのまま静かに泣いてるようで、小刻みに動かれると少しだけくすぐったい。
あの夜、天野は私を救ってくれた。だから今度は、私の番。天野の涙が枯れるぐらいに、私が泣かせてあげる番だ。
子供のように泣き続ける天野の頭を、私は優しく撫で続けた。
「…………ごめんっ。……服、めっちゃ汚した」
5分ほど経って、天野は私から離れた。自分でも謝っている通り、私の着ているパーカーは涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
ここは【ツクヨミ】ではなく現実世界。以前に私が天野の腕の中で泣いた時とは状況が違う。手で払うだけで汚れが飛ばせた仮想空間の便利さを実感しながら、私は天野に笑いかけた。
「洗濯すればいいよ。それより……スッキリした?」
「…………まあ、それは……お陰様で」
「そっか。良かったっ」
流石にこのままでいるのは嫌なので、自分の部屋に行ってパーカーを脱ぎ、別の服へと着替える。
そのまま洗濯機にパーカーを入れ、ソファーに座り込んで落ち込む天野の隣に腰掛けた。
「ねぇ、天野。これからはさ……名前で呼んでも、良い?」
「……えっ?」
突然の提案に驚いたのか、天野が変な声を出した。
揶揄い甲斐があって、面白いなぁ。
「一緒に曲を作るってことはさ……私の中では凄く重要なことなんだよ。その相手を苗字で呼ぶって、なんか違和感があってさ。だから……真司って、呼んで良い?」
「そ、それは……」
天野がすぐに頷かない理由が、私には何となく分かった。
私達はこれまで、どれだけ仲良くなってもお互いを苗字で呼び合い、名前で呼んだことなんて一度もなかった。それが、
お互いを逃げ道としても、苗字呼びさえしていれば私達は『親友』の枠を超えない。多分、私と天野の中でこの認識は一致していたと思う。
だからこそ、私はその枠を壊したかった。苗字呼びから名前呼びに変えることで、
「一緒に住むって決めてさ……距離があるのって、なんか嫌なの。私はもっと……天野の近くに行きたい。寄り添いたいし、寄り添ってもらいたい。──だから、真司って……呼ばせて?」
真司の目を見つめながら、距離を詰める。
断られるかもしれないという恐怖で震えている情けない手を、真司の手に重ねた。
そして数秒の静寂が流れた後──真司は小さく頷いてくれた。
受け入れてもらえたことが嬉しかったのか、少しだけ涙が出てきた。
どうやら私の涙腺は確実に壊れてしまったようだ。
「私……頑張るね。……だから、真司と一緒にいる時だけは甘えても良いかな? 私も、真司を支えられるようになるから」
「……ああ、彩葉のことは俺が支える。……だから、彩葉も俺を……支えてくれ」
夕暮れ時。窓から差し込む夕日に照らされながら、私達は笑い合った。
貴方が隣にいてくれるなら、私はきっと曲を完成させられる。
かぐやのために──最後の役目を果たすことが出来る。
……かぐや。私と出会ってくれて、ありがとう。
……ヤチヨ。私を救ってくれて、ありがとう。
胸に焼き付いた後悔と失望に、
前を向いたとは言えない。それでも、真司のお陰で自分のことが少しだけ好きになれたのは間違いない。
その事実がある限り、今の自分にも少しは──
中編ってなんや……?(デジャブ)。
違うんです。本当に後編を書いてたんです。気付いたら中編になってただけなんです……あかんやんけっ!(正論)。
次でこの√は完結です。マジで最後なのでお付き合いください。……バッドエンドだけどね。