親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
季節は10月に入り、私と天野が共同生活を送るようになってから約1ヶ月ほどの時間が流れていた。
元々の相性の良さもあって、家事の分担にも問題はなく、私達はかぐやへ送る曲を作りながら平穏な日々を送っていた。
「あっ、
「悪いな、
「……お、終わるまで待ってよっかな」
「嬉しいけど、少し時間かかりそうだからいいよ。暗くなるのも早くなってきたしな」
「そっか……うん、分かった」
昼休みの廊下にて、私達は必ず顔を合わせて報告会を行う。
時間としては5〜6分程度の短いものだけど、私はこの時間が今の学校生活の中で一番好きだ。
最初の頃は周りによく騒がれていたけど、無視して続けていれば何も言われなくなる。『そういうもの』だと認識されてしまえば、意外と呆気ないものだ。
でも初めて学校で名前呼びした時の反応は凄かった。
家に帰って来た真司が死ぬほど疲れた顔をしていたのをよく覚えている。何かあったのかと聞けば、数十人の男子達に体育館裏へと呼び出されて、私との関係について確認されたとのこと。真司が誤魔化すこともせずに……『大切な人』だと説明したら、男子達は納得して泣きながら走り去って行ったらしい。
つまり、今の私達の関係を周りから見ると──『恋人同士』ということになる。
告白はしていないし、されてもいないが、間違っているとも言えない。いや、言いたくない関係だ。
だからそのまま放置して、好きにしてもらっている。私としても学校で天野と話せないなんて嫌だし、むしろ好都合というものだ。唯一の懸念点は芦花が時折り
天野に相談しても「……気のせいだよ」と言って話を切られるし、最近は本当に私の気のせいなんじゃないかと思い始めてきていた。
芦花は私と天野が共同生活をしていることを知っている数少ない友達だし、私と天野の関係についても喜んで応援してくれた。だから、芦花のことは大切にしていきたいと思う。〝生きてくれてれば良い〟なんて言ってくれる友達は、この先の人生ではきっと手に入らないだろうから。
「あっ、彩葉〜。それと……天野くん。今日も仲良しだね〜っ」
真司と立ち話をしていたら、芦花が話しかけてきた。
手には購買で売っているサンドイッチが握られているので、購買からの帰りだろう。今日はお弁当ではないらしい。
「こ、こんにちは。……綾紬」
「……うん、こんにちは。……じゃあ、彩葉。私、先に教室戻ってるから。真実がお腹空かせて待ってるだろうしさ。彩葉も早く戻っておいでよ〜?」
「分かった。すぐ行くから」
ひらひらと手を振りながら教室へと入っていく芦花の背中を見ながら、真司がどこか気不味そうに顔を伏せた。
こちらも芦花同様にたまに見せる、悲しそうな顔だ。けれど、芦花と違って理由は分かっている。真司は元々──芦花に恋をしていたのだから。
『……それに、綾紬とも約束したんだ。酒寄のことを助けるってな』
あの日の夜に、真司はそう言っていた。
そして、私のせいで芦花との約束を守ることは出来なかった。その心残りと罪悪感が、芦花に対しての態度に違和感を生んでしまっているのだろう。
結局のところ、私のせいだ。
しかし、それを分かった上で、私は真司を手放さない。たとえ真司の中にまだ芦花を好きな気持ちがあったとしても、それは変わらない。真司が隣にいてくれるのなら、私はどこまでも卑怯でいい。
「……ねぇ、真司。今日はハンバーグにしよっか」
顔を近付け、小声で囁く。
危ない橋を渡っている背徳感で、少しだけ背筋が伸びた。
「……ああ、それは嬉しいな。……なるべく早く帰るよ」
真司が辛そうな時は、私が『逃げ道』になる。
それが、今の私達の関係。
「……こ、これは、どういう意味だ〜? 全然……分からんっ」
帰宅後、私はハンバーグの用意を済ませてからソファーに座り、スマホを片手に頭を悩ませていた。
画面に表示されているのは『男子をドキッとさせる10の必勝法』と題されたページだ。かぐやに「男の落とし方ってなーに?」と聞かれた時に検索した記憶がある。まさかそれを自分の手で再び検索することになるとは夢にも思わなかった。
どうして私がこんなことを調べているかと言えば……一言で説明するのは難しい。
ただなんとなく、真司に私を意識して欲しいと思ってしまった。昼間の芦花とのやり取りを見て、不安になったとも言える。そんなことはあり得ないのに、芦花に真司を取られてしまうという想像をしてしまったのだ。私はそれだけ、臆病者になってしまったらしい。
学校やバイト先で告白されたことは何度かあるけど、自分から男の子にアプローチした経験なんてない。だから何をすれば喜んでもらえるのかとか、どういうことをすれば意識されられるかなんて分からない。
だから調べていたのだが……未知の領域すぎて理解が追いつかなかった。
「……あっ、帰って来た」
スマホと睨めっこをしていると、扉が開く音がした。
いつも通りに真司が帰って来たことを安堵しながら、私はソファーから飛び上がって玄関へと向かう。一応10個の必勝法は全て記憶したが、どこまで効果があるのかは分からない。
恥ずかしさを抑え込み、私はただいまと言ってくる真司に対して──鞄を受け取って上目遣いで口を開いた。
「──え、え〜っと。ご、ご飯にする? お風呂にする? そ、それとも……わ、私?」
……なんだこれ……?
本当にこんなのが必勝法なのか? 勢いでやってしまったが、やらかしてしまった感が強すぎる。肝心の真司は呆然と立ち尽くしながら放心状態だし、ドキッとさせると言うよりビクッとさせてしまったんじゃないだろうか。
「……あっ、いやっ、その……お、おかえり、なさい」
「…………た、ただいま」
完全に引いていた。顔も見てくれない。
私は恥ずかしさで顔から火が吹き出しそうになりながら、どうにかこのやらかしてしまった空気を払拭しようと歩き出す。
「い、今からハンバーグ焼くからさっ! ちょっとだけ待ってて! 真司は椅子に座ってゆっくりしててよねっ!」
「……わ、分かった」
「ああっ! お風呂も沸いてるからっ! 先に入ってくる!?」
「……そう、しよっかな。悪いな、後から帰って来たのに」
「全然っ! ゆっくり温まってきてねっ! あははっ!!」
私は決めた。もうあのページを信じるのはやめようと。
土台無理な話だったんだ。私は芦花みたいに女の子らしくないし、真実みたいに可愛いわけでもない。そんな私がこんなことしても、空回りするだけだ。
私は──芦花みたいにはなれない。
「……」
「……さ、酒寄? どうしたんだよ? 元気ないみたいだけど」
夕食後に入浴を済ませ、頭にバスタオルを被った状態でソファーに座る。
洗い物を片付けてくれた真司が隣に座ってきて、心配そうに声をかけてくれた。
「……なんでもないよ」
説明すること自体が恥ずかしくて、私は首を左右に振った。
言えるわけがない。真司が芦花に取られるかもしれないと思って、勝手に不安になったなんて。
「……もしかして、綾紬に関係してる?」
「…………」
どうしてこの男はこういう時だけ異常に察しが良いのだろう。
普段は少し鈍いぐらいのくせに、気付いて欲しいことには気付かないくせに、気付いて欲しくないところにだけはすぐに見抜いてくる。敵の弱点を瞬時に見抜いてそこを一気に攻めてくる戦闘スタイルは天性のものだったようだ。
「……なんで、そう思うの?」
「い、いや、昼休みに綾紬と会った時……俺、ちょっと感じ悪かったからさ。彩葉には、バレてると思って」
「……顔に出すぎ。芦花だって、とっくに気付いてるよ」
「やっぱり、そうだよなぁ……」
困ったように頭を掻く真司を見て、私の胸がズキリと痛んだ。
やはり真司はまだ──
「──うおっ。……な、なんだよ、急に」
反射的に身体が動いて、私は真司に抱き付いた。頭に被っていたバスタオルはソファーへと落ちていき、まだ多くの水分を含んだ髪が真司のパジャマを少しだけ濡らす。
真司の腕を掴む私の手が震えていることに気付いたんだろう。真司は私をゆっくりと抱き締め返すと、濡れていることなどお構いなしに頭を撫でてきた。
「どうした? ……俺が彩葉を、不安にさせたか?」
違う、私の問題だ。真司のせいじゃない。
真司は芦花が好きなんだ。それなのに、私を支える道を選んでくれた。私は真司から──『恋愛』すら奪ってしまった。それが申し訳なくて、情けなくて、顔を見ることが出来なかった。
「……彩葉が何を考えてるかは分からないけど、綾紬に対する態度は全部──
「……えっ?」
耳へ届いた声に、思わず顔が上がる。
真司はそんな私の顔を見て、辛そうに笑った。
「……俺は、綾紬が好きだった。綺麗で、優しくて、誰よりも友達思いな綾紬が……好きだったんだ」
それは、よく知っている。
真司に対する気持ちが恋愛感情なのかそうではないのかと悩んでいた時期から、彼はずっと芦花だけを見て想いを募らせてきた。
「自分では一途のつもりだったんだけどさ。その、彩葉と一緒に住むようになってから……
「……し、真司。……そ、それって……」
そんなの、もう告白だ。
胸の鼓動が一気に早まるのを感じながら、私の体温は分かりやすく上がった。
「今だって、彩葉に抱き付かれて緊張してる。……さっきの
「……ッ! そっ、そっか。……そうなんだ。……ふーんっ」
ちゃんと見れば真司の顔も赤くなっている。自分だけが恥ずかしがっているのではないと分かると、少しだけ余裕が出てきた。
攻めるなら今だと、恋愛経験のない私ですら確信出来た。このチャンスを逃せば、私達の曖昧な関係に名前を付けることは出来なくなるかもしれない。
私は勇気を振り絞り、人生で二度目となる強引な策を決行。
隙だらけの真司を──
「お、俺は彩葉に何回押し倒されるんだよ……」
不満そうな言い方とは裏腹に、真司は少しだけ笑っていた。
くっついて寝ることは少なくないので、こういう状態に慣れたのもあるだろう。真司の心臓の音に耳を澄ませるこの体勢が、私は好きだった。
「……ねぇ、真司」
「……ん?」
「私がさ、
「それは……」
「芦花のことが忘れられないなら、私が忘れさせてあげるよ。……嫌だったら、嫌って言ってね」
真司の両頬に手を当て、顔を近付けていく。
思えばここ1ヶ月、何故かキスだけはしていなかった。私も真司も、精神的に落ち着いたからだろうか。だからこれは、1ヶ月ぶりの口付け。私と真司の関係に名前を付けるための、最後の儀式だ。
追い詰められていた時は軽々と出来たのに、心がうるさくてそんな感じじゃない。
部屋も明るいし、意識だってハッキリしているし──何より、恥ずかしさが尋常じゃなかった。
「…………」
唇が重なる直前で、私の身体が止まった。
ダメだ、出来ない。自分なりに格好をつけてみたけど、やはり私には──。
「──……んぐっ!?」
「…………んん」
私が硬直していると、真司の方から
私の後頭部に手を当て、自分の方に引き寄せながらのキス。反対側の手で抱き締められているので、逃げようがない。私が初めて真司にしたような、強引なキスだった。
「ぷはぁっ……ちょっ、ちょっと待っ──」
「待たない」
一度離れたかと思えば、真司はくるりとお互いの場所を入れ替えてから、改めて唇を重ねてきた。
背中をソファーに押し付けられ、両手も指を絡ませた状態で握られてしまっている。
「し、真司……?」
「……彩葉。──好きだよ」
呼吸困難になりそうなほど激しいキスをされて涙が出てきた私に、真司は優しい声でそう言った。
ハッキリとその口で、好きだと言ってくれたのだ。
「……わ、私も……真司が好き。……ずっと、一緒にいて?」
「ああ、一緒にいるよ。……彩葉」
お世辞にも、綺麗な結ばれ方とは言えないだろう。
世の中の恋愛に比べたら、私達のそれは酷く
──お父さん。私、大切な人が出来たよ。
「……今日さ、一緒に寝たい。……真司のベッド、行っても良い?」
「…………分かった。いいよ」
大切なものを失ってきて、たくさん傷付いた。
立ち向かうことを諦めて、逃げる道を選んだ。
それでも、その選択に後悔はない。
私を見てくれる人を、私の側にいてくれる人を、私を受け入れてくれる人を──
「……真司?」
「……悪い、起こしたか?」
ベッドの温もりに包まれながら、暗闇で目を覚ます。
窓から差し込む月明かりに照らされて、僅かに真司の横顔が見えた。
手を伸ばせば、受け入れて繋いでくれた。
近くに寄れば、膝枕をしてくれた。
真司の体温が伝わってくるようで──とても安らいだ。
「真司。…………大好きっ」
「……今のって」
「……うん、かぐやの真似」
私の答えに、真司は少し黙ってから言葉を返した。
「……似てないな」
「……だよねっ」
そう、似ていない。かぐやはもっと、純粋に好意を伝えてきてくれた。
私もいつか、かぐやのようになれるだろうか。なれたら良いなと、空に浮かぶ月を見て思った。
「……なんか今、歌詞が浮かんできた気がする」
「マジか。メモするわ」
その夜、スローペースで進んでいた曲作りが一気に終わりを迎えた。これまでの苦労が嘘だったかのような完成ぶりに、思わず笑ってしまったほどだ。
真司に「かぐやちゃんが後押ししてくれたみたいだな」って言われて、とても嬉しかった。私も同じことを思っていたから。
「お疲れ様、彩葉。明日はいよいよ、歌を届ける日になるな。完成記念に何かプレゼントするよ。何が欲しい物とかあるか?」
……欲しい物、かぁ。
これまでの人生で欲しい物を誰かに買ってもらったことなんて、数えるほどしかない。そもそも物欲がそんなに無いので、急に欲しいものと言われてもパッと浮かんではこなかった。
「…………あっ、あるかも。欲しい物」
「おおっ、言ってみて?」
欲しい物があると言っただけでこの喜びようを見せる真司を可愛く思ってしまう。
私は自分の首を指でなぞりながら、多少の恥ずかしさを押し殺して欲しい物の名前を口にした。
「……
私の答えに、真司は少し動揺を見せた。
「チョーカーって、確か首に付けるアクセサリーだよな? ……でも俺、そういうの選ぶセンスとかないかもだし、彩葉が選んだやつを買うってことで──」
「それは嫌。……真司に、選んで欲しい」
そう言って私は、真司の手を自分の首に当てた。
手の温かさが冷たい首に伝わって、気持ち良かった。
「……お願い。……真司」
「……はぁ、お願いの仕方だけはかぐやちゃんに似てきたな。……分かったよ。頑張って選んでみる」
「……ありがとっ」
正直、プレゼントなんて何でも良い。
真司が隣にいてくれて、私が真司の隣にいられれば、それだけで満足だ。
これから先も、私達は自分の選択を後悔し続けるのかもしれない。
その度に、過去の自分を恨んで、消えない傷と向き合い続けることになるのかもしれない。
それでも、私は1人じゃない。
「……真司。──……
2人一緒なら、何があっても大丈夫。
私達はお互いの『逃げ道』。
支え合いながら、足を引っ張り合う存在。
未来永劫、この関係が変わることはないだろう。
「私の……隣にいてね?」
「ああ。──……
だからこそ、私達は離れられない。
自分を守るために、相手を頼るしかない。
約束という名の『鎖』が──私達を縛り付けている限り。
──高校を卒業してから8年。
私達は大学生を経て社会人となり、それぞれの道を歩いていた。
私は東大の法学部に合格した後、無事に卒業。
母と同じ弁護士になった。……でも、これは別に母に認められたいからという理由ではなく、自分の意思で選択した結果だ。私の中にはもう、
「──えっ? またそっちに連絡来たん? あの人もしつこいなぁ……」
スマホを耳に当て、うんざりした声を出す。家のソファーにより一層身体を沈み込ませ、ため息を溢した。
電話の相手は実の兄──酒寄朝日だ。
『ほんまかなわん。長文メールを毎回送って来られる俺の身にもなってほしいわ。そんでついでのことのように「あんたは別の意味で孫を見せられんしなぁ」って嫌味言われんねんで? あの人は一生あんな感じなんやろなぁ……』
お兄ちゃんは同じ『ブラックオニキス』のメンバーである乃依くんと結婚した。初めて聞いた時は色々と驚かされたけど、割とすぐに受け入れることは出来たと思う。
同性で愛し合うことに偏見はないし、真司と出会わなかったら私も同じように女性を好きになっていた可能性は十分にあったからだ。その場合は孫の存在自体がなくなるわけなので、どの道あの人からすれば小言の対象だろう。
「それは何と言うか……ご愁傷様やね」
『ほんまにな。……まあ、可愛い妹と
本当に、この兄には感謝してもし切れない。
この人の妹に産んでくれたことだけは、あの人に感謝しなければ。
『そういや彩葉。正月に爺ちゃんと婆ちゃんのとこ、顔出すやろ?』
「え、うん。出すけど……?」
『ちゃんと真司も連れて来たってな? 爺ちゃんと婆ちゃん、乃依と合わせてなんか気に入っとるみたいやから』
「あははっ、分かった。元々連れてくつもりやったし、大丈夫よ」
『そうか、余計な心配やったな。──じゃっ、また正月にな。生意気な弟にもよろしく言っといて』
「うん、分かった。じゃね、お兄ちゃん」
それなりに長電話をしていたからか、少しだけ肩が凝った。腕を伸ばして柔らかくしていると、背中側から声がかけられる。
「おっ、電話終わったのか? 彩葉」
「うん。終わったよ。洗濯ありがとう、真司」
天野真司。
私の夫にして、共犯者。大学卒業と同時に結婚したので、私ももう『酒寄彩葉』ではなく『天野彩葉』となっていた。
左手の薬指に輝く結婚指輪を見るたびに、プロポーズしてくれた夜のことを思い出して頬が緩んでしまう。
何の捻りもなく、凝った言葉でもない台詞でのプロポーズだった。でも、それが一番彼らしいと思えて、とても幸せだったのをよく覚えている。
「朝日はなんて?」
「正月にお爺ちゃんとお婆ちゃんのとこに顔出せよ〜ってさ」
「なんだ、そんなことか。行くに決まってんのにな」
「お兄ちゃんも真司に会いたいんだよ」
「大会で嫌でも顔を合わせるってのに……」
真司は高校を卒業した後、大手事務所からのスカウトを受けて──再びプロゲーマーとなった。
以前に所属していた事務所よりも人気・知名度共に上であり、用意された待遇も断る理由を探す方が難しいぐらいの破格のものだったらしい。
──彩葉の隣に立つには、俺も頑張らなきゃな。
そう言って再びプロの世界に身を投じた真司の顔を、たまに思い出す。
彼に望まぬ選択をさせてしまったのではと思い悩んだこともあったが、当の本人から強く否定され続けたことで私も納得するしかなかった。
相変わらずの圧倒的な強さで
聞くところによると、再びプロゲーマーになってから『SETSUNA』で敗北したことがないらしい。負けたら引退するんじゃないかとまで噂されている。
「どうした? 人の顔をじーっと眺めて」
「ううん、何でもない。……ねぇ、真司」
「なんだ?」
「真司は今……楽しい? 私と一緒に逃げたこと……後悔してない?」
不意にやってくるネガティブに、私は嫌気が差した。
こればかりは治る気配が微塵もない。私は心を落ち着かせるために、高校時代から愛用しているチョーカーに指先で触れた。
「──楽しいよ。彩葉と一緒なら、俺は幸せだから」
「……真司」
私が落ち込みそうになるたびに、彼が引き上げてくれる。
最近は私ばかり救われていて、支え合いの関係が崩れそうになっている気がしてならない。もっとしっかりしなければと、気合を入れ直した。
「そ、そういえばさ、芦花と真実から連絡来てたよ。近い内にご飯行こうってさ」
「おおっ、いいな。行こう行こう。焼肉とか喜ぶんじゃないか?」
「あの2人は焼肉好きだもんね。まあ、私達もだけどさ」
真実は高校から付き合っていた彼氏と結婚して、二児の母になった。大変そうだけど、幸せに暮らしているようで嬉しい。
芦花は大人気インフルエンサーとしてブランドのアンバサダーを任され、街中の広告で顔を見かけるぐらいの有名人となった。お酒が入ると「恋人が欲しい」と溢しているので、友達としては良い人に巡り合って欲しいところだ。
「そういえば、明日はヤチヨのミニライブか。久しぶりだよな? めちゃくちゃ楽しみだ」
「本当だねっ。チケットもちゃんと取れたし、久々のオタ活だ〜っ」
ヤチヨとはかぐやの卒業ライブ以来、個人的に会っていない。
メールを送っても返信はなかったので、関係が消滅してしまったのだとすぐに理解した。それでも、推すことをやめたりはしない。元々の関係に戻っただけだ。
私達の最推しはいつまでも──電子の海の歌姫・『
「……ふわぁ。……じゃあ、そろそろ寝るか」
「……うん。……あのさ、真司。お願いが……あるんだけど」
「ん? どうした?」
お兄ちゃんとの電話で、少しだけ意識してしまった。
仕事も落ち着いて来た頃合いだし、個人的に26歳は
「……赤ちゃん、欲しくない?」
「…………」
まさかの無言。
慌てて発言を取り消そうとしたが、真司に身体ごと持ち上げられ、ベットの上に放り投げられた。
──えっ? なんで?
「……マジで、良くないぞ。彩葉」
「わ、私……なんか変なこと言った?」
急な展開に驚いていると、真司が大きなため息を溢してからキスをしてきた。
「……俺も、彩葉との子供が欲しいよ」
「……うん。……ありがと、真司」
そうだった。私達は揃って寂しがり屋だった。
多分、私の仕事を気遣って言い出せなかったんだろう。我慢させてしまったことを反省しながら、私は真司の首に腕を回して自分からもキスをした。
「男の子が良い? ──それとも女の子?」
「どっちでも可愛いだろうけど……女の子かな」
「名前とか、どうしよっか」
「……そうだな。めちゃくちゃ可愛い名前なら、候補があるよ。
「……奇遇だね。多分、
目を閉じて、全てを受け入れた。
寂しさを埋める愛情を与えてくれる人に──自分も愛情を渡すために。
これが私の
これが私達の
これから先も続いていく──
やっ、やっと終わった……。番外編が3部作になるなんて想像もしてなかった……!
せっかくなので、この√の簡単な解説を置いておきますね。
『天野真司』
・かぐやを守れず、約束も守れず、親友が目の前で自殺未遂をして折れてしまった人。芦花から彩葉に心移りしてしまった自分の軽さを責めていたが、スパダリによって見事に解決。プロゲーマーとして歴史に名を刻み込み、伝説のソロプレイヤーとして多くのゲーマー達から羨望の眼差しを向けられる存在となった。彩葉のためなら死ねる(マジ)。
『(酒寄)天野彩葉』
・かぐやを守れず、大切な人達にも迷惑をかけ、折れてしまった人。持ち前のハイスペックで東大に現役合格し、司法試験も一発合格。母親と同じ弁護士となった。真司に強い依存を見せ、2人きりの時は甘えに甘えまくる。子宝にも恵まれ、2人の女の子の母親となった。幸せな家庭を築きましたとさ、めでたしめでたし。
『
・この√で一番可哀想な人。救いはない(無慈悲)。
彩葉の幸せを願って電子の海で歌い続ける歌姫。次の繰り返しでは
『かぐや』
・この√で二番目に可哀想な人。救いはない(無慈悲)。
彩葉からの歌が届いたことで引き継ぎ作業中。時間を超えて彩葉と真司に会いに行こうと頑張っている。なお、行き先は8000年前の模様。しかも8000年頑張ってヤチヨになっても天野真司には会えないという二段構えの絶望。前半後半共に隙が無い。
『綾紬芦花』
・この√で三番目に可哀想な人。救いは(ry
自分を好きだと言ってくれた人に好きな人を取られ、色々とぐちゃぐちゃになった。それでも自分の思いを隠し切って友達として付き合い続けた凄い女の子。絶賛彼氏募集中。
『酒寄紅葉』
・この√で唯一救いがある人。
孫が出来る。しかし、娘が孫に会わせてくれない。自業自得である。
以上となります。1000件を超えるアンケート投票、ありがとうございました!
多分、他の√も書く……かなぁ?全てはモチベのみぞ知るところ。
このバッドエンドに心が動かされたという人はよろしければ『ふじゅ〜(投げ銭)』と『感想』をぜひよろしくお願いします!!
脳破壊された人用。
『ハッピーエンド√』