親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
──夏は受験の天王山。
その言葉通り、ほとんどの時間を勉強に費やした夏休みを終え、真司は母親による超スパルタ指導によって学力を飛躍的に伸ばしていた。
模試での判定も『A』と、本番に向けて確実に仕上げてきている。その代償として少しばかり精神的に追い詰められはしたが、持ち前のやると決めたらやる性格が良い方向に作用してどうにか乗り切った。
そして季節は秋。
9月中旬頃に差しかかり、真司が通っている都立・武蔵川高校にも『文化祭』の時期が迫って来ていた。
高校生最後の文化祭ということもあり、3年生の生徒達は全員が心から楽しそうに準備を進めていた。
部活動を引退した者も多く、放課後だというのに学校には多くの生徒達が残っている。それぞれのクラスで決めた出し物を披露するため、小物作りや衣装制作と、やることは山積みだ。
真司も例外ではなく、最近は教室に残って準備を手伝っていた。
夏休みに地獄を乗り切ったお陰で、母親から快く文化祭準備への参加を許可されたのだ。母親としても最初から許可するつもりではあったが、息子の性格からして素直に受け入れるとは思っていない。息子に残り少ない青春を謳歌させるため、夏休みを潰してでも学力を引き上げた母親のファインプレーだった。
「あ、天野君。この飾り付けなんだけど、手伝ってもらって良いかな? 高い場所だから私じゃ届かなくて……」
「ああ、良いよ。椅子使ってやろうか」
「天野〜! 看板の色ってこれでいい〜?」
「大丈夫。ありがとう」
「天野君。机の配置なんだけど……」
「悪い、それは明日で良いか? 今日はちょっと他で手一杯なんだ」
「ううん、ありがとう。明日また相談するねっ」
「助かる。頼ってくれてありがとな」
そして、母親ですら予想出来ないほどに
最早、文化祭準備のリーダーと言っても過言ではないほどに他の生徒達から頼られまくっている。
的確な指示と頼りやすい穏やかな性格。そして言うべきことは言うハッキリとした性格によって、真司はいつの間にか文化祭準備の中心人物となっていた。
「……天野っち、今日も頼られてるなぁ〜」
そんな真司をパーテーションの陰から覗いていたのは諫山真実。
友達である真司の意外としか言えない活躍に唖然としていた。
「芦花もそう思うでしょ〜? 天野っち、大人気だねぇ〜」
「えぇっ!? ……ま、まあ、そうだね。天野くん優しいし、みんな頼りやすいんじゃない?」
真実に話を振られ、僅かな動揺を見せながらも綾紬芦花が言葉を返した。
頬が少しばかり赤くなっており、彼女の真司に対する感情が透けて見える。
「私達も気合い入れないとね〜! ……ねぇ? い・ろ・はっ!」
ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、真実が1人の少女へと近寄った。
パーテーションで出来た周りから見えない空間内にいる真実、芦花、そして──酒寄彩葉の3人は現在
文化祭の出し物として決まった『メイド喫茶』の準備として、衣装班が用意したメイド服に身を包んでいた。
「や、やっぱ無理……! ねぇ、真実。これ……スカート短すぎるって」
瞳を潤ませ、顔を赤くしながらスカートの裾を必死に掴んでいる彩葉に真実と芦花が思わず胸をキュンとさせた。
同じ女子から見ても可愛いと言う他ない彩葉のメイド服姿。それも恥ずかしそうな表情付きとくれば当然の反応だ。
以前まで彩葉に特別な感情を抱いていた芦花は無意識に、
「うはぁ〜、彩葉かわいいよぉ〜っ! 写真撮っていい?」
「だっ、だめだめっ! 絶対だめっ! 恥ずかしすぎて死ぬからっ! ……うぅっ、私は調理の方で良いって言ったのに」
「でもさ〜、アバターだとそれぐらいのミニスカートじゃん? だったらいけるよ〜」
「
「いやいや、彩葉はうちのクラスの主戦力なんだから、絶対メイドとして出るべきだよっ。バイトで接客業の経験もあるし、見た目だって超可愛いんだからさ。それに私と真実も一緒だから、頑張ろ? 彩葉」
「ろ、芦花と真実は可愛いから良いんだよ……。わ、私はこういう格好、似合わないし……」
ヒラヒラとしたメイド服を見下ろしながら不満を溢す彩葉に、真実がチャンスと言わんばかりに目を細めた。
「だったら〜、似合ってるかどうか意見を貰おっか〜! 女の私達の意見じゃ信じてもらえないだろうし〜、男の人の意見を聞いてみよ〜!」
「えっ?」
「ねぇねぇ、天野っち〜! ちょっとこっちに来て〜?」
「ちょっ、真実っ!?」
「あ、天野くんに見てもらうのっ!?」
彩葉だけでなく、芦花にまで流れ弾が当たった。
夏休みに全く会えなかった最近気になる男の子に見せる姿として、メイド服は流石に芦花も恥ずかしい。
真実としても当然それに気付いているので止まるつもりはなく、近くにいた真司へ手招きしながら口角を上げた。
「どうした? 諫山。何かあったか?」
そして友達に呼ばれたからと真司はすぐに作業を中断し、真実の目の前へとやって来る。
3年生になって同じクラスになったことで学校でも一緒にいる時間が増え、真司にとって彩葉・芦花・真実の3人は更に大切な友達となっていた。
たとえどんな作業を中断してでも、彼女達の内の誰かに呼ばれればすぐにでも駆けつけてくるだろう。
「天野っちにさ〜、衣装の確認をお願いしたいのですよ〜。私と芦花と彩葉のメイド服姿、天野っちも見たいでしょ?」
「あ、綾紬の……メイド服か」
「ちょいー? 私と彩葉もいるからね?」
「で、でも、メイド服姿は本番までのお楽しみだって女子達は言ってたけど……」
「天野っちなら平気だよ〜。現場監督の確認みたいな感じだし、文句も出ないって」
「いや、現場監督になった覚えはないぞ」
「良いから良いからっ! ほら、中に入って!」
「お、おいっ、諫山」
真実に手を引かれ、パーテーションで隠された空間へと真司が連れ込まれる。
男子禁制のエリアに招かれた真司は、3人の少女の可愛らしい姿を目にすることとなった。
黒と白を基調としたオーソドックスなメイド服ではあるが、それを着ている女子達の素材があまりにも良すぎた。
上半身は長袖で肌の露出を抑えている反面、下半身はミニスカートとニーハイソックスで絶対領域を作り出していた。頭に乗っているホワイトブリムもフリル全開であり、可愛らしいデザインだ。
真司の感想は決まっている。
──最高であると。
「あははっ。ど、どうかな……? あ、天野くん……」
「あっ、いやぁっ、その……に、似合ってる。めちゃくちゃ……似合ってる。可愛いと、思うよ。……綾紬」
「……あっ、ありがとう……」
2人だけの世界で笑い合う芦花と真司を見て、真実と彩葉の顔から感情が消える。
彩葉は無駄に恥ずかしがっていた分、余計にダメージを受けていた。
「……ねぇ、彩葉。私達もいるよね? 見えてないわけじゃないよね?」
「……見えてないんじゃない? ……なんか、自意識過剰だったなぁ。恥ずかしがってた自分が恥ずかしくなってきた」
友人達のラブコメを眺めながら、彩葉と真実は苦笑いを浮かべたのだった。
学校からの帰り道。彩葉は芦花と真実の2人と並んで帰路を共にしていた。すっかり暗くなった空を見上げながら、1日の終わりを実感する。
真司は本屋に行くとのことで別行動だ。恥ずかしい思いをさせられたばかりなので、彩葉としては少しばかり有り難かった。
彩葉も真司と同様に東大を目指す立場なので、最近はバイトのシフトもあまり入れていない。そのため学校からの帰り道は、誰かしらと一緒になることが多くなった。
生活費の方はかぐやに頼ってしまっているのが現状だが、かぐやから「そんなこと気にしてたら本気で怒るから」とまで言われてしまっているので、素直に甘えている。こういった変化も彩葉にとっては成長と言えるだろう。
「ほんとさ〜、失礼しちゃうよね〜っ! 天野っち、芦花のことばっか褒めちゃってさ〜」
「そ、そんなことないでしょ。彩葉と真実のことだって褒めてたじゃん」
「『可愛い』とまでは言われなかったよ〜? 良いねぇ、芦花。可愛いだってさ〜」
「……ちょっ、茶化さないでよ。天野くんは……優しいから」
「だってさ〜、彩葉はどう思う?」
会話の内容は先程の真司に対するメイド服のお披露目についてだ。
彩葉は2人の会話を聞きながら、もう1人の意見も取り入れるべくスマホを取り出した。
「確かに天野は優しいけど、芦花にだけってのは引っかかるよね。──そう思うでしょ? かぐや」
『思う思う! 真司、絶対芦花のこと好きじゃん! ひゅーひゅーっ! お熱いねぇっ!』
スマホの中から女子トークに参加したかぐやの言葉を聞き、芦花が恥ずかしそうに俯いた。
普段はあまり見せない照れた表情に、かぐやが獲物を見つけたと言わんばかりに瞳を光らせる。
『真司は見る目があるなぁっ! 芦花! 真司はいい男だよっ! かぐやと彩葉が保証しちゃうっ! ねっ? 彩葉』
「まあね。私としても……天野になら、芦花を任せても良いかなって思うし」
「彩葉まで……大体、私と天野くんは……別に付き合ってるわけじゃ、ないし」
「なんで付き合わないの〜? 芦花だって天野っちのこと好きなんでしょ?」
「……そっ、それは……っ!」
真実からの鋭い一言に、芦花の足が止まった。
白い肌は耳まで真っ赤に染まり、開いた口からは空気が漏れるような音しか出てこない。完全に追い詰められた恋する少女に、かぐやと真実だけでなく彩葉も悪戯心をくすぐられた。
「好きなんだ〜?」
『好きなんでしょ〜?』
「お互い分かりやすいなぁ……」
「もう……許してぇ」
両手で顔を隠しながら、芦花が消え入りそうな小声で許しを求めた。
1人しかいない異性の友達。そんな存在から好意を向けられ、尚且つ自分もその好意に喜びを感じてしまっているという事実に、改めて気恥ずかしさを覚えてしまったようだ。
以前に実質的な告白をされていると言え、あれは自分のせいで言わせてしまったような──謂わば、されることのなかった告白。
そんな酷いことをしてしまったにも関わらず、今までと変わらない態度で接してくる真司に芦花は心から感謝していた。
「何回か2人だけで遊びに行ったんでしょ〜? 私、天野っちに3回ぐらいアドバイスしたもん」
『あっ、私も私もっ! ヤチヨもされたって言ってた!』
「……あれ? 私されてない……なんで?」
『彩葉はさぁ、そういうの分かんなそうじゃん? かぐやがそう言ったら、真司も納得してたよ?』
「そっ、それは! ……まあ、その通りだけどさ」
1人だけ真司から相談されていなかったという事実に肩を落とす彩葉。
悲しいことに彼氏持ちの真実と恋愛好きなかぐやに勝てるはずもなく、彩葉は己の恋愛経験の乏しさを認めるしかなかった。
「で、でも、3年生になってからは遊びに行ってないよ? 天野くんは勉強で忙しいし、みんなと一緒に家で遊ぶ時ぐらいだよ」
「彩葉と同じ東大だもんね〜。初めて聞いた時は驚いたな〜」
『真司はねっ! 彩葉と一緒にかぐやとヤチヨの身体を作ってくれるんだよ! でへへっ〜、2人とも優しいでしょ〜?』
「流石に遊んでいられないからね。天野もそうだったと思うけど、今年の夏休みはほとんど勉強してなかったからなぁ。ヤチヨがかぐやの相手をしてくれて本当に助かったよ」
『ちょっと! かぐやだって良い子にしてたじゃんっ! 彩葉の邪魔をしないようにって……!』
「分かってる。ありがとね、かぐや」
彩葉がスマホの画面を指で撫でると、かぐやがへにゃあっと表情をだらしなく崩した。
次元を超えたイチャイチャを見せられ、芦花と真実が困ったように笑う。
「でも確かに、受験のことで踏み出せないのはあるよね〜。天野っちなら大丈夫だと思うけどさ〜。明後日から文化祭だし、思い切って付き合っちゃえば? 天野っちから告白されるの待ってたら……誰かに先越されちゃうかもよ〜?」
「えぇっ!? や、やっぱりそう思う……?」
真実の脅しとも取れる言葉を聞いて、芦花の動きが固くなる。
同意の意思も見えるため、自分でもどこか分かっていたような反応だ。
「天野っちは最近人気あるからね〜。私達以外ともよく話すようになってるし、文化祭準備でも頼りにされてるし」
「確かに……私達と同じクラスになったからか、前より周りとの壁を感じなくなったよね。最近は学校が少し楽しいって、天野も言ってた」
『かぐやはそれを聞いて泣きそうになったよ。真司が優しいってことがみんなにも分かってもらえて嬉しいなぁ』
顔は地味だが、真司はそれ以外のところで高評価を貰える男だった。
平均以上に背も高く、思いやりのある行動と言葉。学力も学年不動の2位であり、優良物件と言って差し支えない。元プロゲーマーということがバレずとも、普通にモテるだけのスペックは有していた。
「この時期はカップル増えるからね〜。流石に受験を控えた3年生だと去年ほどじゃないと思うけど、確実に付き合う人達はいるだろうし。天野っちに告白しようとしてる女の子も……いるかもねぇ」
『かぐや知ってる! 文化祭マジックってやつだ! そっかそっか〜、ついに真司にモテ期が来たかぁ〜。でもだめっ、かぐやが認めた人じゃなきゃ真司と付き合うなんて許さないからっ! あっ、芦花はもちろんオッケーだよ?』
「だってさ、芦花。良かったね」
「〜〜〜っ!! い、彩葉まで……!」
3vs1で勝ち目はないと、芦花は早々に敗北を受け入れた。
逆に開き直るぐらいの勢いで。
「わ、私だって……天野くんのことは、その……好きだよ? そりゃあ好きだよ。好きに決まってるじゃんっ」
「おお〜、ついに認めた〜」
『告白だっ! 告白しよっ!』
「待って2人とも、芦花にだってタイミングがあるでしょ? それに、天野の方から告白するかもしれないしさ」
テンションの上がる真実とかぐやを宥めながら、彩葉が芦花の肩に手を置いた。
「私達は芦花と天野の味方だから。2人が幸せになってくれるなら、それだけで良いから」
「……彩葉。……ありがとっ」
『ああ〜っ、彩葉ずるい〜っ! かぐやだって同じこと言おうと思ってたのに〜!』
「そうだそうだ〜! ずるいぞ〜っ!」
わいわい騒いでいる様子を見て、芦花が思わず笑い声を上げた。
味方でいてくれる友達の存在に感謝しながら、とても可愛らしい笑顔で。
「そうだ。文化祭って2日間あるでしょ? 出し物の休憩時間を芦花と天野で合わせてさ、一緒文化祭を回るってのはどう?」
『おおっ! 彩葉ナイスッ! それだっ!』
「天野っちは調理担当だから、接客の芦花とは役割が被らないもんね〜っ! 全然いけるっ!」
「あ、天野くんと……一緒に、文化祭を」
想像すると、頬が緩んだ。
最近は遊びに行けなかった分、文化祭でぐらい勇気を出して誘ってみても良いのではないか?
芦花の中に、僅かな勇気の欠片が生まれた。
「……よ、よしっ。私、天野くんを誘ってみる。い、一緒に文化祭を……見て回ろうって」
「〜〜〜っ! 私達も応援するからね〜っ!」
「芦花なら絶対に大丈夫だよ」
『祭りじゃ祭りじゃあっ!!』
やるべきことは決まったと、芦花は気合を入れた。
自分に出来る全力を尽くそう。自分のヒーローが──常にそうしていたようにと。
「文化祭の出し物と芦花と天野っち恋、両方成功させるぞ〜っ!」
「メイド喫茶の発案者、真実だもんね。お陰でメイド服を着ることになっちゃったし」
「ふふーんっ。天野っちを巻き込んだ『秘策』もあるからね、売上1位は頂くよ〜?」
『ねぇねぇ、彩葉〜。うちに帰ったらメイド服着て見せて〜? 写真撮るから』
「だっ、だめに決まって──」
『彩葉。おねがい♡』
「……ぐぅ、せ、せめて……写真は勘弁してぇ」
『分かった! ヤチヨにも連絡入れとくねっ! 彩葉、大好きっ!』
相変わらずのちょろさで敗北する彩葉。
芦花はいつも通りの友人達を見ながら、小さく拳を握って覚悟を決めるのだった。
文化祭当日。学校は普段と違って活気に満ち溢れていた。
2日続けて行われる文化祭だが、1日目は生徒と職員のみでの開催だ。2日目は生徒の家族や外部からの参加者も招くので、1日目はそれに比べるとまだ余裕がある。
だからこそ、生徒達は思い思いに文化祭を楽しんでいた。
真司達の所属している3年2組の出し物は『メイド喫茶』。
綾紬芦花、諫山真実といった学校内でも人気のある女子を有するこのクラスだが、1番人気はやはりと言うべきか──酒寄彩葉だった。
「──お、おかえりなさいませ。……ご主人様」
崩れかけている営業スマイルと震えた声で、メイド姿の彩葉が客を出迎える。
男子達はそのあまりの可愛らしさに頭を抱え、女子達は黄色い歓声を上げた。完璧女子高生である酒寄彩葉は、メイドとしても完璧だった。
「いらっしゃいませ〜っ。こちらのお席にどうぞ〜」
「コーヒーと紅茶ですね。少々お待ちください」
彩葉ほどではないが、芦花と真実にも目を奪われている者達は多い。
客入りはどのクラスと比べても間違いなくトップであり、完成度の高いメイド喫茶による威力は期待通りの結果を叩き出した。
食事のメニューはオムライスのみとなっているが、メイドによるケチャップでのメッセージ付きで500円。文化祭の値段と考えれば少々高いが、飛ぶように売れていった。1番人気の彩葉が次から次へとケチャップを巧みに動かしていく。
ドリンクメニューはコーヒーと紅茶、そしてコーラの3種類がそれぞれ300円。
そして特別メニューとして、他のメニューと合わせてのみ注文可能となっている真実が考案した最大の目玉──
文化祭としては破格の値段だが、開店してから1時間が経過しても注文する者が途切れない。
どのメイドと撮るかの選択権も存在するため、1000円の価値は十分にあると判断されたようだ。下心が隠しきれていない男子生徒達が大半を占めているが、真実も考えなしにこの特別メニューを提案したわけではない。
ツーショット撮影券ではなく、ツーショット撮影『挑戦』券となっている通り、この券だけではメイドと写真を撮ることは出来ない。
とある条件をクリアした場合のみ、好きなメイドとのツーショットが許されるのだ。
その条件とは──『SETSUNA』での勝利。
普段は学校での使用が禁止されている『スマコン』も、文化祭期間中だけは例外的に使用が許可される。
その点に注目した真実は、秘策と称してこの演出を考えたのだ。無断での写真撮影を禁止している土台の元、確実に儲けが出る仕組みを完成させていた。
ただ与えられるのではなく、勝ち取りに行くという男心をくすぐる方法。
いつもは出来ない学校での『スマコン』使用によるゲーム対戦。
この2つの要素が見事に噛み合い、ツーショット撮影挑戦券は男子生徒達であればほぼ確実に注文される看板メニューとなっていた。
「はいはい〜、ツーショット撮影挑戦券入りまーすっ! こちらへどうぞー!」
合わせて注文した商品を消費した後、挑戦者は教室の隅にある椅子に座らせられる。
パーテーションで遮られた向こう側にいる人物──アバター名『クサナギ』と『SETSUNA』で試合をするという形式だ。
試合時間は回転率を考慮して1分。
それでも『
そもそも──
「がぁーっ! 負けたぁぁぁあっ!」
「嘘……だろ?」
「さ、酒寄さんとの……ツーショットが」
「強すぎるだろっ。こんなん、プロじゃん」
「僕はただ……綾紬さんとラブラブなツーショットを撮りたかっただけなのに……こんなにボコボコにすることないじゃないかぁっ!」
挑戦者達がメイド喫茶にいるとは思えないような悲痛な叫びを上げて、次々と倒されていく。
30人連続の敗北が決定したところで、一旦挑戦者が途切れた。しかし、それを見越していた真実が動きを見せる。声を張り上げて教室内に煽りとしか言えない爆弾を投下した。
「はいはい〜、まだ1人もクサナギを倒せた挑戦者さんはいませんよ〜! なので、ここで追加情報のお知らせでーすっ! 最初にツーショット券を獲得した人にはなんとっ!
「「「「「──ッ!?!?」」」」」
その瞬間、男達の目の色が変わった。
1人だけという条件が変更され、好きなメイドを3人まで選ぶことが出来る。それはまさに、夢のような知らせだった。
戦士達は手を上げ、注文を告げる。己の夢を、野望を──美少女達とのツーショットを手に入れるために。
そんな、戦場と化したメイド喫茶の状況に、1人の少年が苦い表情を浮かべて椅子に座っていた。
真実は彩葉と芦花を引き連れてパーテーションの裏側へ顔を出し、30人斬りを達成したクサナギこと──真司に笑顔で声をかけた。
「天野っち〜っ! これでまた荒稼ぎだよ〜! 期待してますからね〜、先生っ!」
「あ、天野くん。が、頑張って!」
「天野……真実を止められなくてごめん」
三者三様な掛け声に、真司は黄色に光る瞳をまぶたの裏に隠した。
そしてどこか申し訳なさそうな声音で、どこまでも正論を口にしたのだった。
「……なんか、ズルくない?」
真司は元とは言え、プロゲーマーだった男。
それも『SETSUNA』での最多連勝記録保持者である。
メインアカウントであるムラクモを使えば流石に正体がバレるということで、わざわざサブアカウントで『クサナギ』というアバターを用意するという慎重さ。
男子生徒達が弱いのではなく、相手が強すぎる。メイド達を守る
メイド喫茶午前の部。
3年2組の売上──圧倒1位。
「……あ、天野くん。あの、少し良いかな?」
「あ、綾紬。どうした?」
真実の手配によって、真司と芦花が休憩に入る時間となった。
足早に教室を出て行こうとする真司を芦花が呼び止め、騒がしくなってきた心臓の鼓動に耐えながら髪を耳にかけた。息を整え、事前に用意してきた台詞を口にする。
「あ、あのさ……良かったら、今から……私と──」
「──天野くんっ!」
「……えっ?」
芦花の言葉が言い終わる前に、真司へ別の女子生徒が声をかけた。
見覚えのない顔のため、他クラスの生徒だろう。芦花は出鼻をくじかれたように細い声を溢した。
「あっ、悪い。綾紬。……俺、これから行かないといけない場所があるから」
「……そっ、そうなんだ。そっか」
「何か急ぎの用だったか?」
「う、ううんっ! 大丈夫! ……全然、大丈夫だから」
「そうか。じゃあな、綾紬。待たせてごめん、行こうか」
「はーいっ。ねぇねぇ天野くんっ。綾紬さんと付き合ってるの?」
「ちょっ、声がデカいっ! 変なこと言うなって! 綾紬に失礼だろ!」
真司は突然現れた女子生徒と仲良く肩を並べながら、芦花に背を向けて歩き出した。
ただ呆然とその姿を見送るしかない芦花の頭には、昨日の真実の言葉が浮かび上がってきていた。
『告白されるのを待ってたら……誰かに先越されちゃうかもよ〜?』
『天野っちは最近人気あるからね〜』
『天野っちに告白しようとしてる女の子も……いるかもねぇ』
「…………」
青ざめた表情で立ち尽くす芦花は、これ以上ないほどに自分を責め、そして後悔した。
行動を起こすのが──遅すぎたと。