親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
三連休明けの火曜日。学生から社会人までのほぼ全員が憂鬱な気分でいることだろう。
かく言う俺もその1人であり、眠い目を擦りながら重い足取りで学校へと来ていた。偉い、偉すぎると、脳内で自分を褒めながら。
「……酒寄、大丈夫かな」
手助けをしたとはいえ、大変なことに変わりはない。せっかくの三連休を子育てに潰された酒寄の無念と体調を考えると、俺まで胃が痛くなってくる。
赤ちゃんは可愛さと苦労のベストマッチ。育児を舐めていたつもりは微塵もなかったのだが、やはり知識で分かっているのと実際にやるのとでは天と地ほどの差があった。
「──あ、天野くんじゃん。おはよーっ」
「あっ、綾紬……! お、おはよう」
「ふふっ、欠伸してたね。寝不足みたいだけど、いつもみたいにゲームのしすぎ?」
「いやぁ……まあ、そんなとこ」
あれほどまでに重かったまぶたが一瞬で上がった。
自分の単純さに呆れながら、どうにか笑顔を作る。
「でも偉いよね〜。親戚の手伝いで赤ちゃん用品の買い出しに行くなんてさぁ。……あの時はごめんね? 彩葉と一緒だったから、一瞬変な勘違いしそうになっちゃって。あははっ、そんなわけないのにねっ。あたし馬鹿だったなぁ」
「うぇっ!? あ、あー、いや全然っ! 無理もないって、あれは」
たまたま俺が赤ん坊を抱いていたから言い訳出来たものの、いつも通りに酒寄が抱いていたら危なかった。マジで、本気で、危なかった。
恋が終わるどころの話じゃない。人として軽蔑されるところだった。
「あっ、あれ彩葉じゃない? 真実と一緒だね。声かけよっ、天野くん」
前方を歩いていた2人組の背中を見ると、確かに酒寄と
綾紬は俺の肩をポンッと軽く叩くと、小走りで駆け寄って行く。
……これは着いて行ってもいいんだよな?
解釈を間違えていないか、そう怯えながら俺も合流すると、3人は笑顔を向けてくれた。全員優しい。
「おはよう、天野っち」
「おはよ、天野」
「おはよう。諌山、酒寄」
両手に花、どころか余る。何故こうも彼女達はキラキラと輝いているのだろうか。身体にLED電球でも埋め込まれているんじゃないかと本気で疑問だ。
「彩葉は三連休どーだった?」
「忙しかったんでしょ〜?」
「ま、まあねー。とにかく嵐に揉まれてたよー」
「……」
俺は3人の会話に入ることはせず、ただ隣を歩く。
酒寄とはスムーズに会話出来る俺だが、綾紬と諌山はそうでもない。もちろん仲が悪いとかそういうことじゃないが、すぐに出せる会話のネタがないのだ。綾紬が好きな美容系も諌山が好きなグルメ系も俺の守備範囲外であるが故に。
それでも俺の肌に合うよと綾紬が教えてくれた洗顔料は絶対買うし、諌山にオススメされたカフェは常連にまでなったが、酒寄ほどの友好関係はまだ築けていない。
彼氏がいる諌山とは程々の距離を保ちながらの仲で良いが、綾紬とはもっと仲良くなりたい。欲を言えば、2人きりで遊べるぐらいには。
俺達はもう高校二年生だ。ボーッとしていたら高校なんて一瞬で終わる。誰とも仲良くなれなかった中学時代が一瞬だったのだから間違いない。
「……はぁ」
靴箱に靴を入れながら、小さくため息を吐いた。
今のままでは良くないと分かってはいるが、行動に移せない。そんな自分の弱さに対して数えるのも億劫なほどの回数、同じような苛立ちを覚えた。
「……ねぇ、天野」
「ん? どうした? 酒寄」
制服の袖を引っ張られ、意識がネガティブの中から浮上する。
声をかけてきた酒寄の目は心配そうに揺れており、不安の浮かぶ表情となっていた。
「あ、あのさ……赤ちゃんのこと、なんだけど」
手で口を隠しながら、肩が密着するほどの距離でギリギリ聞こえるような小声だった。
それも当然だ、学校でこんな話を聞かれたら取り返しがつかない。
「あっ、やべぇっ。連休明けのこと考えてなかった。……よし、俺が学校サボって面倒見るわ。アパートの鍵だけ貸してくれるか?」
「ち、違うって。その点に関しては大丈夫なんだよ。そういうことを言いたいんじゃなくてさ……ていうか、当たり前のようにサボろうとしないでよ」
「へ? じゃあなんだよ?」
珍しく酒寄の歯切れが悪い。
いや、こんな特殊な状況なら当たり前な気もする。
「そ、その……赤ちゃんがさ。……
「成長? ゲップが上手く出来るようになったとか?」
「それも違うんだって!」
言葉を選ぶように考え込む酒寄だったが、ここでチャイムが鳴った。周りにも既に生徒の姿はほとんど見えない。
「話はまた後で聞くからさ。なんならメッセージしといてくれ」
「あっ、天野……」
俺と酒寄は同じクラスではないため、今日はもう直接話すことは出来ないだろう。
俺はただでさえ酒寄との仲に嫉妬する男子達に嫌われているし、学校で話しかけるのは自殺行為でしかない。他にまともに会話出来るのは綾紬と諌山ぐらいのもの。……マジでコミュ力皆無だな、俺。
それでも、中学の頃とは違う。確かな拠り所があるというだけで、同じボッチでも精神の安定度が段違いである。
そしてなにより、今日の夜は【ツクヨミ】でヤチヨのミニライブが行われるのだ。それを思えば教室で孤独を感じる程度、どうってことはない。
「……そういや、酒寄が握手券当たったって言ってたな」
何度も何度も抽選に落ち続けてきて、今回ようやくの当選だ。酒寄が飛び上がりながら喜んでいた姿を思い返すと、少しだけ頬が緩んだ。
学校から帰宅した俺は、プロゲーマーとしてのアカウントで使用しているSNSを動かした後、すぐに【ツクヨミ】へとログインしていた。
本当は学校帰りに酒寄のアパートへ行こうかとも思ったのだが、酒寄本人から大丈夫とメッセージでお断りを受けてしまったのだ。
また無理をしているんじゃないかと疑ったが、ライブには来るというので信じて頷いた。今は酒寄との待ち合わせ時間まで、適当に暇を潰しているところだ。
ちなみに、綾紬から諌山と酒寄の4人でカフェに行かないかと誘われた。綾紬から誘われた(2回目)。
……のだが、見て分かる通り断った。酒寄に貸してもらった赤点回避ノートへのお礼でスイーツを奢る会と聞けば、流石に顔が出しづらい。女子だけの方が話しやすいだろうしな。
「……んーっ、どれも持ってるか。新作が出るのはライブの後かな」
ライブ前のルーティンとして、俺はヤチヨグッズの販売店に足を運んでいた。
商品棚に並べられたぬいぐるみやキーホルダー、マグカップにTシャツはどれも既に持っている物ばかり。分かっていたこととはいえ、少しだけ残念に思った。
特に掘り出し物も見つからなかったので、そのままお気に入りの茶屋へと移動する。
ここ【ツクヨミ】ではまだ味覚が再現されていないため味わうことは出来ないが、店内の雰囲気が気に入っているのでよく休憩場所として利用させてもらっている店だ。
人が多い中心街からは少しだけ離れているため、程よい静けさがあって気分が落ち着く。
二階にある屋外テラスから見下ろす街は幻想的の一言に尽きる美しさであり、改めてこの世界の素晴らしさを実感した。
「……っと、そろそろ時間か」
読みかけだった小説を楽しんでいると、待ち合わせ時間の10分前を知らせるアラームが脳内に響いた。ここから待ち合わせ場所にしている広場までは徒歩5分程度なので問題なく間に合う。
そしてその予想通り、待ち合わせ時間の5分前に到着。我ながら完璧だ。
俺と同じく待ち合わせをしている人が多いのか、広場は普段よりよく賑わっていた。この広場には目立つ時計もあるので、待ち合わせ場所にはうってつけなのだ。
キョロキョロと周りを見回していると、目当ての人物と思われるアバターを発見。青を基調としたパーカー付きの着物というストリート風の格好をした女性アバターだ。狐をモチーフにした耳と尻尾も確認出来たので、間違いなく探し人──酒寄彩葉のアバターだ。
「おっす、お疲れ。酒──じゃなくて、いろ」
「あ、お疲れ。天──じゃなくて、ムラクモ」
アバターとして接している時間よりも現実世界で接している時間の方が長いせいで、お互い思わず本名を呼んでしまいそうになる。こればかりは中々慣れない。
「カフェはどうだった? 楽しかったか?」
「えっ? ……それは、まあ、うん。楽しかった、よ?」
「明らかになんかあっただろ。……まさか、綾紬にあーんしてもらったとか?」
「いや、それは別に良いでしょ。友達同士なんだから」
綾紬の場合はそれだけに留まらないから心配なんだよ。なんて言えるはずもなく、俺は大人しく引き下がった。
「……ん? 後ろにいる子は? いろの友達か?」
そこで、ふと気付いた。
酒寄の背中に隠れながらこちらを見ている──1人の少女の存在に。
一言で言えば、金髪のギャル。
兎をモチーフにしたであろう長く垂れた耳に、月の形をした耳飾りが目を引いた。朱色と若草色の着物に身を包んだその少女は、どこか警戒するかのように俺の方を見ている。
「……あーっ、この子のことなんだけど。それはまた、少し説明がいるって言うか」
困ったように目線を逸らした酒寄。どうやら一言二言で片付けられる間柄ではないらしい。
「そっか、ならライブが終わった後にでも教えてくれ。とりあえず初めまして、俺はムラクモ。いろの友達です」
「……! ──私は『かぐや』っ! 貴方、彩葉の友達なんだねっ!」
礼儀として自己紹介をしてみると、かぐやと名乗った少女は耳をピンッと垂直に伸ばして嬉しそうな顔で近寄ってきた。
無邪気、そして天真爛漫を体現するかのような少女だ。見たところ同い年か、少し下ぐらいの印象を受けた。向けられている人懐っこい笑顔には圧倒的な人たらしの才能を感じる。
「かぐや……? ああ〜っ、かぐや姫がモチーフなのか。良いセンスだな」
「うはぁっ! 褒められた! そうそうっ、本当に月から来たかぐやだよ〜っ!!」
「設定を忠実に守るその姿勢、高評価だな」
「ちょ、ちょっと! ムラクモ! あんまり調子に乗せないでっ! かぐやも、あんまり馴れ馴れしくしちゃダメ!」
「うぎゃうっ!」
興奮気味のかぐやに酒寄が脳天へとチョップを落とす。
伸びていた耳はへにゃあっと垂れてしまったが、チョップされた本人はどこかニヤニヤと嬉しそうだ。
まるで、大好きな姉に叱られた妹を見ているようだった。
「ははっ、2人は仲良しなんだな」
「っ! うんっ! かぐやと彩葉は仲良しっ! ねぇねぇ彩葉! やっぱりこの人、いい人だねっ! 彩葉のこと友達って言ってたし安心したっ! 私はてっきり彩葉の彼氏なのかと──」
「分かったから落ち着いてっ! ……って、もうライブ始まっちゃう!」
確かに、酒寄の言う通りライブの開始時刻が迫っていた。
「おっと、話しすぎたな。急ごうっ」
「ねぇねぇ、
「俺? 俺は真司だよ……って、なんで俺の苗字知ってるんだ?」
「うわーっ!! ムラクモ! かぐやっ! とりあえず今はライブに行こうっ!? 早く! 早く!!」
酒寄に手を引かれ、俺とかぐやちゃんは爆速でライブ会場まで走ることになった。
まあ、苗字に関しては酒寄から直接聞いたんだろう。そう考えると、すぐに納得は出来た。
「いろッ! 今日のミニライブ楽しみだなっ! お前の方は特にっ!」
「まあねっ! ムラクモには悪いけど、思いっきり楽しむつもりっ!」
良いさ、どうせ俺は抽選に当たらなかった敗北者さ。
なんなら一度だって当たったことないから、今更ダメージなんてない。俺の心は柳のように大人しい。
「……あーっ、羨ましいぃぃぃいっ」
「なんか恨み言が聞こえた気がするーっ!!」
かぐやちゃん。その耳は飾りじゃないんだね。
ヤチヨのライブ──もとい、電子の歌姫の祭典が始まった。
俺達ファンが見つめる先に立つのは、ミニライブの主役であり、この世界の創造主。
「ヤオヨロー! 神々のみんな〜! 今日も最高だったー?」
はい、今最高になりました。
「よーし! 今宵もみんなを
はい、誘われちゃう。
こうして、いつも以上に最高で最強で最愛の推しによる──頭が沸騰するような夢の時間が俺の身体を貫いた。
……涙が止まらない。
全身が震える。内側から熱が溢れ出して、何の意味もなく外へ流れていく。
感情の制御が効かない、叫び出したい衝動も止まらない、そんな状態で俺はただ──呆然と立ち尽くしていた。
永遠のようで、一瞬だった。
楽しい時間はすぐに終わってしまう。
熱狂的な盛り上がりを見せる観客達の中で、その終わりを見届けた。
「「……ヤチヨォォォ」」
俺と酒寄の口から、全く同じタイミングで同じ言葉が溢れる。
俺達は顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。
「何だよ……もう、やばいって」
「天野……泣いてる」
「天野って……言うな」
泣いてることは、否定出来んかった。
「……後ね、今朝、言いそびれたことなんだけどさ」
なんだよ。今は何を言われても、ライブの余韻を覆せないぞ。
「赤ちゃんがさ、成長したって……言ったじゃん?」
ああ、そうだった。そんな話をしていたんだった。
もしやハイハイでもし始めたんだろうか。だとしたら、めでたいな。
「──……かぐや、なんだよね。……成長した赤ちゃんって」
「……そっか、そうなんだ。……ん゛?」
今なんか、変なことを言われた気がする。
未だ余韻はそのままに、酒寄の顔を見た。
「……あの赤ちゃん、
「…………」
〝こちらです〟とでも言いたげな手と共に、大声で楽しそうに騒いでいるかぐやちゃんを見せられた。
あの赤ちゃん、かぐやです? 赤ちゃん=かぐやちゃん?
……ほぉ、なるほどね。
いや、そうはならんだろ。
「……なんでぇ?」
「い、今時は何もかものスピードが……
泣きながら、戸惑いながら、申し訳なさそうにしながら。そんな色々な感情をごちゃ混ぜにした表情で、酒寄はそう告げてきた。
それに対して俺が返せたのは、一言のみだった。
「……成長が早いってレベルじゃねえぞ」
「(一ヶ月半でネトフリ独占から全国公開なんて)成長が早いってレベルじゃねえぞっ!!
と、いうわけで3話でした。
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