親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
「──……マジか」
頭痛と身体の怠さに気付いたのは運が悪いことに、8月17日の登校日だった。
今日は決められた宿題の提出を目的として、僅かな時間だけど学校に出席しなければならない日だ。体調が悪いからって欠席するわけにはいかない。
今日の夕方からはバイトも入っているし、学校が終わって家に帰って来たら少し寝よう。それで体力を回復させて、どうにか乗り切ってみせる。
「……よしっ、行こう」
幸いなことに熱は出ていない。症状は頭痛と倦怠感だけだ。
誰にも心配かけたくないし、体調が悪いことは隠さなきゃ。久しぶりの教室に入って自分の席に着きながら、私は急に重くなった身体の電源を切らないように気合いを入れ直した。
提出物は問題なし。ホームルームでの話もちゃんと聞いた。
後は早く家に帰って寝るだけだ。せめて働けるだけの体力は回復させたい。
担任が教室を出て行ったのを見て、クラスメイト達が一斉に動き始める。普段は気にならない話し声が、今だけは頭に響いた。
カバンを肩にかけ、足早に教室を出る。下駄箱に向かって歩き始めたところで、後ろから声を掛けられた。振り返らなくても誰に話しかけられたのかは分かる。同じクラスにいる私の友達、芦花と真実だ。
「彩葉〜、もう帰るの〜?」
「急いでるみたいだけど、何か用事?」
「……う、うんっ。ちょっとね」
まずい、頭痛が酷くなってきた気がする。
変な汗も出てきたし、本格的に体調が悪化してきたかな。
「ごめんっ。私……もう帰るね。バイトあるからさ」
「そっか〜、彩葉忙しいもんね。無理しちゃダメだよ〜。……あっ、職員室に呼ばれてるんだった。芦花、ちょっと待ってて〜。彩葉〜、またね〜っ!」
真実はそう言って手を振りながら、職員室の方へ歩いて行った。
よし、芦花に軽く話を振ってから愛想良く別れよう。本当は話したいことが色々あるけど、今の体調じゃ楽しい会話なんて出来るはずもない。
思い描いたように動こうとした私だったが、それより先に芦花が口を開いた。
「……彩葉。なんか、顔色悪くない?」
「えっ? そんなことないよっ。この通り、元気でございますっ」
私はどうにか笑顔を作って、元気なフリをしてみせる。
しかし、やはりと言うべきか……芦花の表情は更に暗いものになった。
「……体調悪いんでしょ? 分かるよ」
「……あははっ、バレたか」
なんで芦花にはバレちゃうんだろうなぁ。
真実と天野には気付かれないのに、芦花にだけはすぐに見抜かれてしまう。でも真実と天野が鈍いって言うより、芦花が鋭すぎるだけな気もする。
「心配しないで? 少し頭が痛いだけだから。今から家に帰って寝るつもりだし、すぐに治るよ」
「……い、彩葉。……その、今日は休んだ方が──」
「心配してくれてありがとねっ、芦花。……私は大丈夫だから」
友達からの言葉を遮って、私は笑いかけた。
芦花は優しいから、私の意思を尊重してくれる。こう言えば、芦花はそれ以上踏み込んでこない。私にはそれが分かっている。
「……そ、そっか。……何かあったら、相談してね? 私はいつでも、彩葉の味方だから」
「うんっ、そうする。……じゃあ、またね」
言葉を無理に飲み込んだような顔をして、芦花は私を送り出してくれた。
本当に、彼女は優しい女の子だ。
そんな優しさを利用した自分のことを──また少し嫌いになった。
「…………最悪だっ」
友達からの心配を無碍にしたバチが当たったのか、寝て起きても体調は良くなっていなかった。
むしろ下手に身体を休ませた分、倦怠感が増しているようにすら思う。布団で横になったのは失敗だったかもしれない。
「……お腹減った」
情けなくも、腹の虫が鳴っている。
しかし残念ながら、冷蔵庫の中にすぐに口に出来る食品はなかった。水と粉のパンケーキなら用意出来るけど、わざわざ自分で作るとなると腰が重い。それにこんな体調であの不味さに耐えられるとも思えなかった。
取り敢えず水道水を流し込んで空腹を紛らわせる。
色々と限界すぎて、少し笑えた。
「……やばっ、熱も……出てきたかな」
夏の夕方は頭がおかしくなるぐらいに暑い。
しかも薄壁のボロアパートだ。エアコンを付けていなかったら軽いサウナ状態である。思わずリモコンに手が伸びそうになったが、根性で我慢した。今ここでエアコンを付けてしまえば、これまで扇風機一筋で耐えてきた意味がない。
むしろ部屋の中より外の方が涼しいんじゃないかな?
ボーッとする頭でそんな結論に至った私は、バイト先に出かける準備を始めた。まだ時間は少し早いけど、従業員用の控え室ならエアコンも効いているはずだ。このままこの部屋にいるより100倍天国なのは間違いない。
準備をしているだけなのに意識が朦朧とする。
どうやら本気で限界が近付いてきているらしい。制服から着替える余裕もないので、このままバイト先に行ってしまおう。
「……大丈夫。……大丈夫」
働き始めてしまえば、きっと体調も戻るはずだ。
自分にそう言い聞かせながら、私は部屋の扉を開けた。暑いことに変わりはないけど、閉め切られた部屋の中よりは少しだけ涼しい。
よし、これなら行ける。
バイト先でまかないを食べて体力も回復させよう。その分は頑張って働くので、どうか姑息な私を許して欲しい。
柵に掴まりながら階段を降りて、アスファルトの上に立つ。
地面からの熱にやられそうになりながらも、何とか歩き出せた。バイト先に行ければ、後はどうにでもなる。
しかし、私のそんな甘い考えは──歩き始めて5分も経たずに打ち砕かれた。
……身体が……
突然激しい眩暈に襲われたかと思えば、次の瞬間には座り込んでいた。
荒くなる呼吸と流れ出る大量の汗。どうにか道路の隅に移動して、呼吸を整えようとする。
「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
頭が割れるように痛い。身体が言うことを聞かない。
この状態から、動き出せる気がしない。
「……救急車。……お金、かかるかなぁ」
流石にヤバいと思ってスマホを取り出そうとしたけど、こんな時にまでお金の心配が頭をよぎった。自分でもバカだなと思う。
……私、このまま死ぬのかな。
そんなことを考えてしまうぐらいには、絶望的な状況だった。
さっきから私の側を何人か通り過ぎて行くけど、誰一人として声を掛けてはこなかった。やはり、現実は甘くない。自業自得だから何も言う権利は無いけど。
「…………」
周りの音が、どんどん小さくなっていった。
全部が気持ち悪くて、ついには地面に倒れ込む。
──〝体調管理が出来んのは愚か者の証明や〟。
こんな時になっても、私が思い出すのはお母さんの言葉だった。
……ごめん。やっぱり、私じゃダメみたい。
自分なりに頑張ってみたけど、お母さんに認めてもらえる娘にはなれなかったよ。
夏の暑さに押し潰されて──私の意識は失われた。
──……
身体に響く衝撃と冷たさで、私は目を覚ました。
視界は明るいけど、どこにいるのかは分からない。
耳に届く音は……シャワーの音?
首の下から足まで、身体全体が濡れていた。どうやら冷水のシャワーをかけられているようだ。でも裸じゃない、制服の上からだった。熱を溜め込んだ身体が冷え始めて、めっちゃ気持ち良い。
「──酒寄っ! しっかりしろっ!」
「……天野?」
大声で名前を呼ばれて、意識がハッキリし始める。
私を腕に抱えながらシャワーをかけているのは、間違いなく天野だった。
……えっ、何で天野が?
「良かったっ! 気が付いたかっ? 待ってろ、今バスタオルで拭いてやるからな」
「あ、天野……何で? 私、倒れてたはずじゃ……」
「喋らなくて良いからっ! 大人しくしててくれっ!」
「……うんっ」
天野は今までに見たことがないような顔で私を黙らせると、濡れた身体に優しい力加減でバスタオルを当てて、手際良く水分を吸わせていった。
「酒寄っ。肩を貸すから、何とか立ってくれ」
「……わ、分かった」
今気が付いた、ここは私の家のバスルームだ。2人で入ると狭いなぁ……なんてどうでも良いこと考えながら、足に力を込める。
天野の補助もあって、ゆっくりではあるけどバスルームから出られた。扉を出ると、身体全体が冷たい風に包まれる。約1年ぶりぐらいに感じたエアコンの風だった。
「酒寄。1人で着替えられるか? バスタオルはもう一枚新しいやつを使ってくれ。無理なら手伝う。どうだ?」
「……うぇっ? ……あっ、き、着替えられるよっ。だ、大丈夫だからっ!」
「……よし、分かった。俺は外に出てるから、着替え終わったらスマホに連絡くれ。良いな?」
「……は、はいっ」
有無を言わさないってこういう事を言うんだろうな。
私は大人しく濡れた制服と下着を脱ぎ、乾いたバスタオルで身体を拭いていく。結んでいた髪を解くと、それだけで気が抜ける。エアコンが効いているからか、体温も大分下がってきた。頭はまだぼんやりしてるけど、死にかけていたさっきに比べれば雲泥の差だ。
パジャマに着替えた後で制服と下着を洗濯機に入れ、言われた通りスマホで天野に『もう大丈夫』とメッセージを送る。
天野はすぐに部屋へ戻って来ると、私を布団に座らせて膝に毛布をかけてくれた。そしてコンビニのものと思われるレジ袋からポカリを取り出し、フタを開けて私に差し出した。
「飲んで。一気飲みでも良いから、とにかく飲んで」
「あ、ありがとう。……はぁ、美味しい」
ポカリってこんなに美味しかったっけ?
水分が直接身体に入っていくみたいな感覚に安心したのか、軽いため息が出た。
「間違いなく
「え、えーっと……」
「いや、もういいよ。その反応で大体分かったから。──酒寄に本気で怒らなきゃいけないってこともな」
思わず、毛布に隠れたくなってしまった。
寝不足で熱中症になった挙句、倒れてたところを友達に助けてもらうなんて不甲斐ないにも程がある。
何が自立だ。天野がいなければ死んでいてもおかしくなかったくせに。
「……ごめんなさい。……助けてくれて、ありがとね」
「…………はぁ。……倒れてる酒寄を見つけた時の俺の気持ち、分かる?」
「……し、心配、してくれた」
「そんな軽いもんじゃない。心臓が止まるかと思った。身体はめっちゃ熱いし、汗は凄いし、意識はないし、人生で1番焦ったよ。……酒寄の家が近かったから応急処置のために急いで身体を冷やしたんだ。勝手に家に入ったのはごめん」
「あ、謝らないでよ。本当に、ありがとう。……でも、どうして天野が私の家の近くにいたの? 特に約束とか……してなかったよね?」
天野は私の質問に軽く頷くと、困ったように笑いながら口を開いた。
「……綾紬さんに酒寄のことを頼まれた。さっき電話で呼び出されてさ……『彩葉のことを助けて欲しい』って言われたんだ。このままだと、彩葉が倒れちゃうって」
「芦花が……天野に?」
「うん。……綾紬さん、
そしたら私が倒れてたと……本当にごめんなさい。
突き放すような態度を取ったのに、芦花は私を心配してくれてたんだ。勝手な都合で彼女の優しさを受け取らなかった自分が情けなくなった。
「ポカリもう1本あるけど、飲む?」
「ううんっ。もう平気。ありがと」
「意識は?」
「ハッキリしてるよ」
「ちょっとごめん」
「……っ!? あ、天野……?」
いきなり首に手を当てられたので驚いてしまった。
真剣な目をしている天野を見て、罪悪感に襲われる。
本当に慌てて来てくれたんだろうな。
今の私と天野を比べたら、天野の方が汗をかいてしまっている。レジ袋は一目見て分かるぐらいに多くの物が詰め込まれているし、彼の優しさがこれ以上ないほどに伝わってきて……どうしようもなく胸が痛んだ。
「……さっきよりは大分マシになったけど、まだ熱いな。冷却シート買ってあるから貼ろう。確か脇の下に貼るのが良いって聞いたことがある。はい、酒寄」
「あ、ありがと……」
2枚の冷却シートを手渡してから、天野は私に背中を向けた。
その気遣いは有り難いんだけど、この至近距離で服の下に手を入れるのは流石に恥ずかしかった。
──待てよ? さっきシャワーをかけてもらった時に制服が透けて、下着が見えていたような……いや、考えるのはやめよう。天野も絶対そんなこと気にしてないだろうし。
「冷たっ。……貼り終わったよ」
「……一応、おでこにも貼っておくか。酒寄、おでこ出して」
「ええっ!? じ、自分で貼れるって……」
「酒寄。──早く」
「……は、はいっ」
今の天野には逆らえる気がしなかった。いや、実際逆らえるわけもないんだけどさ。今の私にとって天野はただの友達じゃない。命の恩人だ。
冷却シートなんて使ったの、何年振りだろう。ましてや誰かに貼ってもらうなんて……初めての経験だった。
「酒寄。気分はどうだ?」
「お陰様で、少し良くなってきたかな」
「……念の為に確認するんだけどさ、今日ってバイトとかないよな?」
ビクッと、肩が震えた。
私ってこんなに分かりやすい反応をする女だったか? ダメだ、今の天野に隠し事を出来る気がしない。
「……やっぱりか。綾紬さんが言ってた通りだな」
「ご、ごめん……」
「今から休みの連絡入れて? 酒寄が出来ないなら俺がする」
「それは……! シ、シフトに穴を空けちゃうし……」
膝にかかっている毛布を握り締めて、休むことへの抵抗を見せる。
分かってる。今こうして意識があるのは全部、天野のお陰だ。
でも、だからこそ、これ以上誰にも迷惑をかけたくないと思ってしまう。
悪癖だと分かっていても、止められなかった。
天野は私の言葉を聞いて少しだけ黙ると、何故か正座に座り直した。
「……酒寄。俺は正直、酒寄がここまで酷いことになってるなんて全く気付いてなかった。綾紬さんが教えてくれなかったら、知らないままだった。そんな自分に……さっきから腹が立ってる」
「……天野」
「俺はいつも酒寄に甘えてきた。酒寄と話すのが楽しくて、嬉しくて、幸せで。……けど、俺は酒寄のことを
天野の声は、震えていた。
そんな声を出させているのは私だ。
また少し、胸が苦しくなった。
「俺は……友達失格だ」
「そ、そんなことは……」
「だからっ! ……今は、酒寄を休ませることに全力を尽くす。──
「…………」
本気の目をしていた。
天野は本気で、私のことを心配してくれていた。
……ここまで言われたら、諦めるしかないじゃん。
自分でも驚くほどすんなりと、私は『バイトを休む』という選択肢を受け入れた。
「……分かった。店長に休みの連絡入れるね。……だから絶交するとか、言わないで? ……それは絶対、嫌だから」
「……ああ、もう言わない」
初めての突発休みだからか、店長は快く休みを承諾してくれた。
これで今日の予定は勉強だけになったわけだ。その予定も休むことに反するから、天野に禁止されるんだろうけど。
「酒寄。腹は減ってない?」
「……いや、別に──」
否定の言葉を返そうとした瞬間、ぐぅ〜っと腹の虫が鳴いた。
そういえばお腹空いてたんだった。水を飲んで誤魔化してた分、いつもより大きな音が出た気がする。
やばい、恥ずかしい。同級生の男の子にこんな音を聞かれるなんて女子高生としてどうなんだ? 割と終わってるのではないだろうか?
「……こっ、これは……違くてっ! ……〜〜〜っ!!」
お腹を押さえて我慢しようとすればするほど、腹の虫は元気に鳴いた。
恥ずかしすぎてまた熱が出そうだ。顔も赤くなっている自覚があるし、穴があったら入りたい。
チラリと天野の方を見てみる。私の滑稽な姿に笑っているだろうか。それとも引いているだろうか。そのどちらでも嫌だなと思っていたら……そのどちらでもなかった。
「──ちょっと待ってろ、酒寄。体調が悪くても食べられそうな物は買ってあるから。コンビニので悪いんだけど、卵のおかゆとかなら食べられるよな? 後はプリンとか、ヨーグルトとかもある」
天野は、変わらず真剣な表情で私を見ていた。
そこに憐れみとかは一切無くて、ただ純粋に私の身体を気遣ってくれているだけなのが分かる。
レジ袋の中から次々と買って来た物を取り出した後で、私に食べさせようと天野は準備を始めた。
「皿と電子レンジ借りるぞ。プリンとヨーグルトは冷蔵庫に入れとくから。……うわっ、なんだこの冷蔵庫。エナドリと……エナドリしか入ってねぇ」
本当に恥ずかしい。
湧き上がった羞恥心を堪え切れず、私は毛布に顔を埋める。電子レンジでの温めが終わる数分間、私は天野の顔を見ることが出来なかった。
「──はいっ、酒寄。出来たよ」
「…………美味しそう」
用意されたお盆の上には、湯気の出ている卵のおかゆとポカリの入ったコップが乗せられていた。
卵と出汁の匂いが空腹を更に刺激してくる。お米なんて食べるの久しぶりだなぁ。
「熱いだろうから、気を付けて食べてな。はい、スプーン」
「あ、ありがとう……いただきますっ」
何から何まで申し訳ない。
おかゆの熱さはちょうど良くて、舌が火傷するようなこともなかった。美味しい。おかゆをここまで美味しく感じたのは生まれて初めてだったかもしれない。
「……はぁ、美味しかった」
「プリンとヨーグルト、どっちが良い? それとも両方食べるか?」
「……プリンでお願いします」
至れり尽くせりの食事を終えて、一息ついた。
意識はハッキリしているのに、身体が重い。完全に気が緩んでしまったようだ。今日は多分、歩くのもしんどいと思う。
本音を言えば今すぐにでも寝たいところなんだけど、横になるのはもう少し先だ。私にはまだ、やらなければならないことがあるのだから。
「……あの、天野。……コンビニで買って来てくれた物なんだけどさ」
「
「…………」
何も言えなくなってしまった。
せめて代金だけでもと思っていたんだけど、この様子じゃ受け取ってくれるはずもない。私、全然ダメだな。
「……誰かに頼るのは悪いことじゃないよ。ただでさえ酒寄は頑張りすぎなんだ。こういう時ぐらい、誰かに頼ったって──」
「ダメだよ。1人でやれなきゃ……ダメなんだよ」
「……酒寄」
ああ、何やってんだろう。
天野は私のために言ってくれているのに、私はそれを受け取れない。自分でもよく分からなくなってきた。私は、何がしたいんだろう。
「……ごめんっ」
謝ることしか出来ない。でも、それは空気ぐらい軽い謝罪だった。
肝心の中身が無くて、まるで私みたいだ。
「あははっ、どうしようもないよね。失礼だって分かっていても、借りを作りたくないって思っちゃうんだ。……本当に、私ってダメだなぁ」
自分で言ったくせに辛い言葉だった。
目頭が熱くなって、涙が出そうになる。
「……俺はまだ、酒寄のことをそこまで知らない。だから酒寄がどうしてそう思うのかは、分からない」
天野は私の目を見ながら、どこか寂しそうな口調でそう言った。
「……でも、友達が辛い時は助けたい。……俺、本気で嬉しかったんだ。酒寄に『友達になろう』って言ってもらえて」
天野は少し微笑みながら、言葉を続けた。
「酒寄のお陰でさ、学校行くのが嫌じゃなくなった。直接話したりは出来ないけど、同じ学校に友達がいるってだけで、なんか心強くてさ」
「……天野」
「ヤチヨのことが語れて嬉しい。一緒にゲームが出来て嬉しい。……酒寄が笑ってくれたら、俺は嬉しいんだ」
涙が、堪えられなくなった。
鼻が痛くて、喉が締まる。
ずっと我慢してきた思いが、溢れ出した。
「酒寄が自分のために頑張るなら、俺は応援する。酒寄の意思を、俺は尊重したいから。……でも、今回みたいなことはもう無理だ」
天野の声が、また震え始めた。
それでも、彼の瞳は真っ直ぐに私を見ている。
「どうにもならないって思ったなら、助けを求めて欲しい。1人で抱え込まないで欲しい。……俺も頑張るから。……酒寄の力になれるぐらい、頑張るからさ。俺に出来ることは全部やって、必ず助けになってみせる。だから、その時が来たらで良い。──
とても力強い言葉だった。
胸の奥が熱くなって、言葉が出てこない。
良いのかな。頼っても。
1人で何でも出来ないと、お母さんに認めてもらえないんじゃないかな。
それでも、私のためにここまで言ってくれた友達の思いを、今までのように突き放したくはなかった。
それだけは、絶対に嫌だった。
「……うんっ、うんっ。……その時が来たら、絶対に頼るから。だから、天野。……私を、助けてくれる?」
何度も嗚咽を漏らしながら、私なりの言葉で伝える。
それに対する返答を聞いて──また涙が溢れた。
「
どこまでも純粋に、どこまでも真っ直ぐに、彼の瞳が覚悟を語っていた。
……ずるいなぁ。
そんな目をされたら、信じるしかないじゃん。
「私、頼り方とか、分からないかもしれないけど」
「そんなの何だって良いんだよ。直接言えないなら、メッセージでも電話でも良い。伝えてくれさえすれば、それで良い」
「迷惑、かけちゃうよ?」
「違う。俺が力になりたいんだ。……だから、酒寄も約束して欲しい。本当に困った時は、俺を頼るって」
「……うんっ。……約束っ」
不思議だ。心が軽くなった気がする。
息がしやすくて、頭もスッキリしていた。
辛くなったら頼る。そんな約束をしたのは初めてだ。
それと、頼ることを弱さじゃないと思えたのも……初めてだった。
「……取り敢えず、今日は夜までいるから。晩飯も俺が買って来る。酒寄は身体を休めることだけ考えてくれ。──ほら、寝る準備。横になって?」
「わ、分かった」
促されるまま、私は布団に倒れ込んだ。
背中に感じる柔らかさと、身体を包み込む毛布の感触がとても気持ち良かった。
「眠れそうか?」
「……めっちゃ、眠いかも」
「良かった。じゃあ、俺は買い物行って来るから。寝られるだけ寝ておきな」
「……ありがと」
「おやすみ、酒寄」
この日のことを、私はいつまでも忘れないと思う。
今だけは、お母さんの言葉も聞こえてこなかった。
天野に言われたことが、嬉しくて。
約束出来たことが、誇らしくて。
これから寝ようとしているのに、子供みたいに心が躍ってた。
「…………ふふっ」
夢を見る余裕もないぐらい、私は深い眠りについた。
天野がくれた言葉に──温めてもらいながら。
時間が経つのは早いもので、高校生として二度目の夏がやってきた。
最近はすっかり生活にも慣れ、学業とバイトのバランスを上手く取れるようになってきたと思う。
欲を言えば睡眠時間がもう少し欲しいところだけど、中々思い通りにはいかない。去年の夏は睡眠不足で熱中症になったから、今年は気を付けたいところだ。やはり痛い思いをした分、反省も深い。
「……暑いなぁ」
容赦のない太陽の光を浴びながら、夏の訪れを肌で感じる。
もうすぐ夏休みに入るし、周りの生徒達もどこか浮かれているように見えた。カップルと思われる男女が増えたなぁなんて考えながら、視界に入った背中に小走りで駆け寄る。
あの猫背を、見間違えるはずがない。
「──天野っ。お疲れ」
「おお、酒寄。お疲れ。今日は会う日だったな」
「みたいだね」
なんて、嘘を言ってみる。
本当は少し早足になって探してた。2年でも別のクラスになっちゃったから、天野と話せるのが下校時だけなのは変わらない。
今日はなんとなく、天野と話したい気分だった。
「……はぁ」
「どうしたの? ため息なんて珍しいじゃん」
「酒寄も気付いただろ? 周りのカップル率の高さに」
「それは……まあ、気付くよね」
天野はもう一度ため息を吐くと、真っ白な雲が浮かんでいる青空を見上げながら、人生の理不尽を訴えるかのような声で呟いた。
「恋人を作る難易度ってバグってないか?」
天野はこの1年で、随分と正直になったと思う。
出会った頃だったなら、こんな話はしてくれなかったはずだ。それだけ友達としての仲が深まったのかなと思うと、素直に嬉しかった。
恋人を作る難しさを嘆いたかと思えば、すぐに話題は昨日見たヤチヨの歌配信に切り替わった。
軽口を交えながらも、打てば響くような会話が続く。
天野と出会ってまだ1年ぐらいだけど、私にとって彼は『親友』と言っても差し支えない存在だ。
……向こうが私をどう思ってるのか分からないから、本人にはこんなこと言えないけど。
天野は私を友達として見てくれている。
異性としてではなく、友達として。
それはとても嬉しいことだけど、少しだけ残念なことでもあった。
恋愛経験なんてないから分からないけど、天野に対して他の人にはない感情を抱いているのを私は自覚している。
しかし、この感情が『恋』なのかと訊かれたら、すぐに頷くことは出来なかった。
私の中で、まだ明確な答えが見つかっていないからだ。なんなんだろう、本当に。私は天野のことをどう思ってるんだろう。
……まあでも、仮に恋だとしたら負け戦だ。
天野には好きな人がいる。
私以外の女の子に、彼は恋をしているのだ。
私の大切な友達である──
「……うわぁ、
話の流れで天野の好きな人を当ててやった。
どうしてバレてないと思ったのか。顔に出すぎだよ。気付いてないのは芦花ぐらいじゃないかな?
まあ、天野も私からの好意(?)には気付いてないし、鈍いところは似たもの同士なのかもしれない。
天野を揶揄っていると、後ろから芦花が顔を出した。
どうやら学校から走って追いかけて来てくれたらしい。笑顔でピースしている。可愛い。
そして天野、顔が緩みすぎ。バレるぞ。
「って、バイトの時間ヤバい。じゃあ私行くね。芦花、天野、また明日っ!」」
本当は急がなくても間に合うけど、気を利かせて2人にしてあげよう。
友達同士が幸せになってくれるなら私としても嬉しいし、これからも天野のことは陰ながらサポートしていきたい。
そんなことを思っているのに、私の親友は私の心を乱してくる。
「あっ、ちょっ……な、なんかあったら頼れよなっ!」
目の前にいる芦花に集中すれば良いのに、わざわざ声を掛けてくる。
そういうところ、本当にずるい。心配してくれてるってのは分かるけど、私が特別なのかもって期待しちゃうじゃん。夏の暑さとは別に、顔が熱くなった。
こういう時、私に出来ることは何もない。
ただ感謝を込めながら手を振って、余韻に浸るだけだ。
「……約束は、忘れてないから」
どうにもならないって思った時は、必ず天野を頼る。
あの日に交わした約束を、私はまだ果たせていない。
中々その時が訪れないのだ。無理をしているわけじゃなくて、本当に。
去年倒れたせいで、自分の中のどうにもならないってハードルが上がってるのかな?
「……よしっ、頑張りますか」
今日の金曜なので、バイトのシフトは夜遅くまで入れてある。
明日からは三連休だし、ちゃんと睡眠時間を確保したい。
出来ることなら、天野に迷惑をかけたくないし……なんて言ったら、また怒られるな。
それでも、私が健康でいれば良いだけの話だ。天野に頼らなきゃいけないぐらい追い詰められる状況なんて、多分もう来ない。
──と、家に帰るまでは思ってた。
「……嘘でしょ?」
アパートに帰って来た私を出迎えたのは、
疲労による幻覚なんて久しぶりだなぁと思ったけど、まさかの現実。しかも開いて中には赤ちゃんがいるときた。
流石に放置は出来ないと抱き抱えてみたら、まさかのゲーミング電柱が普通の電柱に逆戻り。私は完全に赤ん坊の誘拐犯にしか見えなくなった。
部屋に戻って泣き叫ぶ赤ちゃん。
初めてされる壁ドン。
思い出せない子守唄。
数分しか経っていないのに数日分ぐらい疲れた。
ヤチヨの歌を聴かせたらようやく泣き止んでくれたので、これからどうするかを考える。
「……流石に、今が『その時』……だよね?」
誰が聞いてるわけでもないのに、私は1人で呟いた。
連絡しようと真っ先に頭に浮かんだのは警察──ではなく、天野だった。
スマホを取り出して、電話をかけようとする。
「……でも、もう遅い時間だしなぁ」
時刻は午前1時過ぎ。
いきなり電話をかけるのは迷惑だと思い、メッセージを送ることにした。未だこの状況が現実なのかを疑いながら。
天野からの返事はすぐに来た。メッセージではなく、通話という形で。
『あっ、もしもし? どうしたんだよ? わざわざ電話しても良いかなんてさ』
「…………ごめん」
思わず謝ると、天野は私の様子を察したのか声のトーンを上げた。
茶化して空気を軽くしようとする彼に、私は自分の身に起こった出来事をそのまま告げていく。
七色に光るゲーミング電柱の中から、赤ちゃんを拾ったと。
……自分で言ってて意味分かんないな。
でもこれが事実だから他に言いようがない。信じてもらうしか、ないんだ。
私は何年かぶりに、
「……天野。…………たすけてぇ」
普通なら、冗談にしか聞こえない。
私がこんな話をされたとしても、絶対に信じないだろう。それぐらい私の言っていることは荒唐無稽で現実味がなかったから。
──それでも天野は、私の言葉を信じてくれた。
『と、と、取り敢えず……今からそっち行くから。ちょ、ちょっと待っててくれ』
動揺してるのか声は震えてたけど、家まで来てくれるらしい。
それだけで、不安が大分軽くなった。勇気を出して頼ったことが、間違いじゃなかったと思えたから。
30分後。大量の汗をかきながら息を切らしている天野が部屋に来た。
そんな彼の様子を見て、安心感に包まれる。
こんな時間にも関わらず、助けを求めたらすぐに来てくれる。
そんな人と仲良くなれた私は、言うまでもなく幸運だろう。
彼は天野真司。
私の──親友だ。
以上!番外編第10弾でした!
そしてこの話を最後に、蛇足ぅ〜編を完結とさせて頂きます!書きたかったものは書き切ったので!名残惜しいですが、おしまいです!
これで本編と合わせてこの作品は本当に完結となります。2ヶ月もの間お付き合い頂きまして、ありがとうございました!
元々の予定では25話ぐらいで終わるつもりだったのに、結局35話までいってしまいました(笑)。
本編19話に対して蛇足が16話ってどんだけ書いてんの。それもこれも『超かぐや姫!』という作品が熱すぎたからですね。後はモチベを上げてくれた読者方のせいです(ありがとう)。
これからまだ新規書き下ろしボイスドラマとかもありますし、楽しみですね!
『超かぐや姫!』という作品に出会えたことに心から感謝を!
蛇足完結記念によろしければ『ふじゅ〜(投げ銭)』と『感想』をぜひよろしくお願いします!!
そして最後に今後の参考とさせて頂きますので、どのキャラが魅力的だったかをぜひ教えてください!
あなたの推しは?
-
酒寄彩葉
-
かぐや
-
ヤチヨ
-
綾紬芦花
-
天野真司