親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
私こと酒寄彩葉には──好きな人がいる。
……いや、
私はまだ、自分の抱いている気持ちに明確な名前を付けられていないのだ。恋をするなんて柄じゃないし、17歳の女子高校生になっても恋愛経験は皆無である。
有難いことに『告白される側』の気持ちは分かっても、『告白する側』の気持ちは未だに分からなかった。
それでも、無意識の内にその人のことを目で追ってしまうのは……恋なんだろうか。
分からない。
1人で考えていても、答えは出ない。
私は下校中に肩を並べて歩いている男子──天野真司の横顔を見ながら、そんなことを考えた。
「酒寄。また目の下の隈が酷くなってないか? ちゃんと寝てる?」
「あ、あははっ。天野にはすぐバレちゃうなぁ。……明日からは三連休だし、ちゃんと寝るね」
「ん、そうしてくれ。分かってると思うけど、去年みたいに熱中症で倒れるのはなしだぞ」
「……はい。分かってます」
天野と出会ったのは高校一年生の夏。
限定品のヤチヨグッズを落としてしまった私に、彼が声を掛けてくれたのが全ての始まりだった。
同じヤチヨ推しということもあって、私達はすぐに仲良くなった。男子とこんなに仲良くなる日が来るなんて夢にも思わなかったので、私と天野は結構相性が良いんだと思う。
天野は、必要以上に踏み込んでこない。
私が学費と生活費を自分で稼いでいることを知っても、それが私の意思による行動だと分かれば応援してくれるのだ。
無理な施しもなければ、憐れみや同情するようなこともない。彼の隣にいるのは……とても気が楽だった。
でも、だからこそ、
それを最初に感じたのはやはり、去年の夏に熱中症で倒れてしまった時だろう。
私の体調が悪いことを見抜いていた天野に、道端で倒れているところを助けられたのだ。本気で怒られたし、本気で悲しまれた。
『どうにもならないって思ったら──俺を頼ってくれ』
これ以上ないぐらいに真剣な目でそう言われた時、私は泣いてしまった。
頼ることが弱さではないと教えてもらい、頼っても良いんだと信じさせてくれた。
思えば、私が天野のことを意識し始めたのは、その瞬間からだったのかもしれない。
彼の言ってくれた『約束する』という言葉の重みを、未だに思い出すことがある。
代わりにその日から、私はお母さんの言葉をあまり思い出さなくなった。それだけで、自分が天野にどれだけ救われたのかが分かってしまうぐらいだ。
天野は、いつも一生懸命だ。
普段は大人しいくせに、言うべきことはハッキリ言うし、時には大胆な行動も見せる。特に約束を守ろうとすることに関しては人一倍敏感で、私は天野が約束を破ったところを見たことがない。
七色に光るゲーミング電柱の中から、
普通はそんなこと信じないし、ましてや深夜1時に相手の家まで走って来ない。
それでも、天野は私の言葉を信じて来てくれた。
大量の汗をかきながら、荒い呼吸を整えるようにして膝に手を置くその姿を見て──私はまた、彼のことを意識してしまったのだ。
せっかくの三連休だというのに、天野は私と赤ちゃんのために協力してくれた。それこそ、赤ちゃん用品の買い出しとか、食料品の用意とか、費用は全て天野が払った上で助けてくれた。
いつもは我慢してくれていたんだろう。ここぞとばかりに私を甘やかしてくる。嬉しいけど、申し訳ない。ここまでされたって、私には何も返せるものがないからだ。
彼への想いだけが──次第に大きくなっていった。
電柱の中から現れただけあって、赤ちゃんはやはりと言うべきか宇宙人。
かぐやと名付けたその少女との生活の中で、私はどんどん昔の自分を取り戻していくような感覚に襲われた。
無茶苦茶言うし、わがままだし、腹が立つ。……でも、そんなかぐやとの共同生活が、何故か楽しかった。
かぐやに押し切られる形で参加することになった『ヤチヨカップ』。
あり得ないことに優勝し、ヤチヨとのコラボライブが決まった訳だけど、その後に天野がいきなり距離を置こうとしてきたりして本当に焦った。我ながら家にまで乗り込んだのは……やりすぎたかなと思う。
それでも、距離が遠くなる方が嫌だった。かぐやがどこかニヤニヤしながら私を見ていたのは、少し不満だったけども。
私は恵まれている。
天野がいて、かぐやがいて、芦花と真実がいてくれるのだから。
最近ではお兄ちゃんとの関係も昔に戻ったみたいになって、マンションに引っ越す際には保証人になってもらえた。
一度だけ考えたことがある。私が天野に向けている想いは、
兄は昔から私を助けてくれた。母とぶつかりそうになると、いつも間に入って私を守ってくれたのだ。
だから、いきなり東京に行くと言って家を出て行った時は……本気で泣いた。お父さんに続いてまた置いていかれたと、枕を濡らしたものだ。
だから私は天野を『異性』として好きなんじゃなくて、『兄』として見ているのではないだろうか?
コラボライブが開催されるまでの2週間程、私の頭の片隅にはそんな考えが居座った。そう考えると、少しだけ楽だったのだ。所詮は元々負け戦。天野が私を好きになってくれるはずがない。迷惑ばかりかけているし、恋愛感情なんて持ってくれる訳がないのだから。
フラれるのが分かっていて好きでいるより、友達として……『親友』として隣にいたい。
そのためには、自分の想いが恋愛からくるものじゃないと理解するのが最も簡単だったから。
……でも、それどころじゃなくなった。
事件はヤチヨとのコラボライブで起こった。
ライブを成功させたかぐやが、いきなり現れた灯篭のような頭をした乱入者に手を掴まれ、様子がおかしくなってしまったのだ。
不安だった。
いつも元気だったかぐやが、私よりも先に寝ると言い出したことが。
悲しかった。
無理していつも通りに振る舞って、かぐやが私に何も言ってくれないことが。
どうすれば良いか、分からなかった。
ただ時間が過ぎていくのが、怖いと思うだけで。
初めて自分から誘った夏祭り。
花火を見上げながら月に帰らなければならないというかぐやの話を聞いて、あれだけ早く来てくれと願っていたお迎えが本当に来てしまったのだと理解させられた。
かぐやはもう、帰るつもりのようだった。
その瞳は揺るがない。その覚悟は崩れない。
私を変えてくれたお姫様は──私のもとから離れようとしていた。
……そんなの嫌だ。
私は初めて、お母さんに認められたいからではなく、
かぐやの卒業ライブが行われる9月12日。そこを決戦の日として、月からの使者を迎え撃つ。そのために私は、私を助けてくれる人達に協力をお願いした。
「ああ、一緒に戦わせてくれ」
「お兄ちゃんに任せとけよっ」
天野もお兄ちゃんも、当然のように頷いてくれた。
この2人はプロゲーマーとして昔からの顔馴染みらしく、本人達曰く悪友とのことだった。天野がお兄ちゃんと知り合いだったことは驚いたけど、それ以上にお兄ちゃんが
天野は「酒寄との方が仲良いよ。帝は普通」なんて言ってるけど、やり取りを見ていれば分かる。お互い信頼しているし、認め合っている関係なんだってことぐらいは。
「彩葉。ムラクモなんかより、俺の方が頼りになるって証明してやるからな」
「それはない。俺の方が頼りになる。酒寄は俺を頼ってくれたんだ。必ずかぐやちゃんを守ってみせる。約束だ」
「あははっ……2人とも頼りにしてるよ」
お兄ちゃんには悪いけど、私は天野が助けてくれると分かった瞬間、どこか気が抜けてしまったと思う。
天野がいてくれるだけで、何とかなるって希望を持ってしまったから。
だから、
──彩葉。…………大好きっ。
そう言い残して、かぐやは光と共に消えていった。
私はその背中を、ただ呆然と見ているかとしか出来なかったんだ。
天野にも、お兄ちゃんにも、一緒に戦ってくれた雷さんと乃依くんにも、合わせる顔がなかった。
必死に作り笑いを貼り付けて、平気なように装って、私は頭を下げてから逃げることしか出来なかった。戦いに負けた原因が自分にあることを、誰よりも私自身が理解してしまっていたから。
結局、私には何も守れない。
大切な人は、いなくなってしまう。
そう思ったら、何も出来なくなってしまった。
立つことも、歩くことも、ご飯を食べることも、お風呂に入ることも、全てがどうでも良い。役立たずの自分に、価値が見出せなくなった。
多くの人達に迷惑をかけたくせに、私が足を引っ張るなんて笑えない冗談だ。
子供のように膝を抱えて、ただ無気力に1日を過ごした。
もう、どうでもいい。そんな風に全部投げ出して、私は私を諦めた。
……でも、真っ暗な部屋に閉じ篭もった私を、助けに来てくれた人がいた。
「さ、酒寄ッ!! 落ち込んでるとこ悪いんだけど……すまんっ!
いや、正確には助けてもらいに来たって感じだったかもしれない。
ベランダの柵に必死で掴まりながら、天野はそう叫んで私の暗闇に光を当ててくれた。
いつだって、天野は私を助けてくれる。
心が弱っていたからだろう。私はどうして天野が助けてくれるのか、理由が欲しくなった。
だから、普段の自分からは考えられないような大胆な行動を起こしてしまった。天野を押し倒して、弱音をこれでもかという程にぶつけた。
天野は、私の弱さを黙って聞いてくれた。
その上で──
諦めて良いのか?
バッドエンドを受け入れるのか?
もうかぐやに会えなくなっても良いのか?
そのどれも、嫌だった。
私は私が思っているよりも強欲だったらしい。
かぐやのことを欲深怪獣なんて言ったけど、私も負けず劣らずだ。
諦められない。
かぐやのことを、諦められるはずがない。
そう言い切れた私に、天野は優しく微笑んでくれた。
全力で助けると、強く断言しながら。
私がいつも見てきた彼の瞳は──やっぱり熱かった。
……ああ、もう言い訳出来ない。
顔が熱い。
心臓の鼓動が加速する。
胸の奥が締め付けられるように苦しかった。
私はこの人に……
自分の気持ちを自覚すると同時に、かぐやを助けるという覚悟が決まる。
大好きなかぐやを連れ戻して、自分なりに恋と向き合う。
それが、今の私のやりたいこと。
私が自分で決めた──最優先事項だ。
迷いが無くなってからは、目の回るような忙しさだった。
天野に連れられてとあるマンションの一室に行き、ヤチヨと顔を合わせる。
そこでヤチヨが未来からタイムスリップしてきたかぐやだと知り、予想外の再会を果たした。
今まで気付かなくてごめんと謝ったら……ヤチヨは涙を浮かべながら抱き付いてきた。私も、涙が堪えられなかった。
改めてかぐやを助けたいと強く思った私に、天野はとてもシンプルな提案をしてくる。
「──直接、
正直、驚いた。
直接迎えに行くなんてこと、一度も考えなかったから。
でも、天野と一緒なら出来る気がした。
何度も私を助けてくれた彼と一緒なら、どんな事でもやり遂げられる。根拠のない自信と安心感が、私の背中を押してくれた。
それから私達は学校を1週間ほどサボり、かぐやに届けるための歌を作った。
ご飯とか洗濯とか掃除とか、ほぼ全て天野にやってもらってたんだけど……女子的にはどうなんだろう?
曲作りだけに専念して欲しいとは言われたけど、私だって流石に思うところはある。かぐやを助けた後で、ちゃんと恩返しをしようと決めた。
そして準備が全て整い、私と天野の2人で月の世界へ行く日がやって来る。
不安がないと言えば嘘になるけど、怖いとは思わなかった。
別に戦いに行くわけではないし、隣には天野がいてくれる。私はかぐやを連れて帰ることだけを考えれば良い。それだけに集中出来れば、他はどうでも良かった。
私達の世界と月の世界では時間の流れが違うので、両方の世界を繋ぐ『穴』を開いておける時間にはかなり違いが出るとヤチヨから説明を受ける。
こっちの世界で8時間、向こうの世界では……8分だ。
余裕はない。最短でかぐやを探して出して、最短で戻る。
ヤチヨから貰ったブレスレットを右手首に付けて、私は天野と一緒に月の世界へ飛び込んだ。
そこからもう──あまり記憶がない。
とにかく必死だったことだけは覚えている。
よく分からない世界で、よく分からない相手と戦いながら、よく分からないままこっちの世界に帰って来た。
天野を残して穴が閉じてしまったけど、私は何も心配していなかった。天野は約束を破らない。一緒にハッピーエンドを迎えに行くと言った彼が、自分だけ助からないなんて道を選ぶはずがないのだから。
──案の定、彼は帰って来た。
ほら見たことか。私は何の心配もしていなかった。
……本当に、少しも心配なんてしてない。それでも、自然な感じで涙が出てきた。やっぱり安心したのかな。いつも通りの不器用な笑顔が、いつもより輝いて見えた。
月人達に送ってもらったと語る彼に、かぐやが真っ先に飛び付く。
私も正直そうしたいところだけど、天野に泣き顔を見られる方が嫌だったので踏みとどまった。今だけは意地を張りたかったのだ。
隣に来たヤチヨに「乙女だね〜、彩葉」なんて揶揄われたから、思いっきり抱き締めてやった。
「「「「「「「──乾杯〜〜〜っ!!!」」」」」」」
かぐやを取り戻してからすぐに、私とかぐやの家で祝勝パーティーを開いた。
お兄ちゃん達が料理を用意しておいてくれたので、とても豪華な食卓となっている。お金かかってそうだなぁと思ったけど、口には出さなかった。せっかくのご厚意に水を差したくないもんね。
『彩葉〜、美味しい〜?』
「うんっ。美味しいよ」
『えへへ〜っ、彩葉が幸せならかぐやも嬉しいなぁ』
『ヤッチョもだよ〜☆ ……本当に、お疲れ様。彩葉』
月の世界から帰って来たかぐやは現実世界での身体を失っており、ヤチヨと同じ電子生命体となっていた。私のスマホの中から笑顔で手を振っている。ヤチヨが専用のアプリを用意してくれたお陰だ。かぐやともヤチヨとも、これで一緒にいられる。
「彩葉。俺らムラクモの家で風呂入って来るわ」
「あっ、うん。行ってらっしゃい」
パーティーが始まって2時間ぐらい経った頃、お兄ちゃんが天野の肩に腕を回してそんなことを言ってきた。まるでうちの近所に天野の家があるような言い方だけど──事実、天野の家は私とかぐやの家のお隣にある。
私を助けるためだけに隣の部屋を買ってしまったのだ。聞かされた時は驚きすぎて腰を抜かすかと思った。……本当に、やりすぎだよね。
「……はぁ」
現在は真実が入浴中で、芦花が髪を乾かしている。
だからリビングにいるのは私とかぐやとヤチヨの3人だけだ。まあ、その内2人はスマホの中にいるんだけど。
『どうしたの? 彩葉。疲れちゃった?』
かぐやが首を傾げながら訊ねてくる。
そうじゃないよと首を振ったら、隣にいるヤチヨと何やらこそこそと耳打ちをし合って内緒話を始めた。
「……な、何? 2人だけでさぁ」
『あのさ、彩葉。悩みがあるならかぐや達が聞くよ?』
『そうそうっ。かぐやはともかく、ヤッチョは人生経験豊富だからね〜! 彩葉のためなら一肌脱いじゃうヨ!』
「ふふっ、ありがと。……でも、大丈夫。これは私が自分で考えなきゃいけないことだから」
かぐやを取り戻して、ヤチヨとの再会を果たした今、私が次にやるべきことは──天野に
負け戦でも、逃げたくない。
私は天野が好きだ。友達としてでも、親友としてでもなく、1人の男性として彼のことが好きなんだ。
天野がこっちの世界に帰ってくるまでの数分間。
信じてはいたけど、心のどこかで一抹の不安は拭えなかった。
大切な人はいつも──急にいなくなるものだから。
後悔してからでは遅いということを、今の私は知っている。
恥ずかしいからといって行動しなければ、何も変わらないのだ。
だから私の方からどうにか好意を伝えたいんだけど……切実な問題としてやり方が分からない。
取り敢えずパーティーの最中は常に隣の席をキープしてはみたけど、効果があるのかは疑問だ。私は心臓がバクバクだったけど、天野は特に変わらない様子だった。……検索をかけて出てきた『男を意識させる10の方法』、私じゃ使いこなせないかもしれないな。
『──どうせ真司に〝好き〟って言えないとか、そういうことでしょ?』
『──それか真司にどうやったら意識してもらえるかな〜とか、悩みはそんな感じだよね〜?』
「ぶふっ! ……〜〜〜ッ!! な、何で2人とも、そ、そんなこと……!!」
図星すぎて、思わず飲んでいたコーラを軽く吹き出してしまった。
良かった、他に人がいなくて。
『いやいや、バレバレでしょ。芦花も真実もアキラも、多分だけど雷と乃依も気づいてるよ。彩葉が真司を好きなこと』
『気付いてないのは真司ぐらいかにゃ〜? 英雄色を好むって言うけど、ヤッチョ達の英雄は随分と鈍ちんみたいだね〜っ』
「……う、嘘でしょ……?」
『『マジだよ』』
真顔でされた断言に、私の顔は一気に赤くなったと思う。
そんなにバレバレなの? 天野以外の全員にバレるぐらい私って分かりやすいの? ていうかそこまで分かりやすいなら天野も気付けばいいじゃん。なんで1番バレたい相手にバレないの? いや、自分で伝えたいから別にバレたくはないんだけどさ。
『さっきもさ〜、ちゃっかり真司の隣をキープしたり、真司の飲み物が少なくなったらすぐに注いだり、小さいアピールを重ねてたよね〜』
『そんな彩葉が可愛くて可愛くて、ヤッチョとかぐやはこっそり録画してしまうのであった』
「おいっ、何してんの」
かぐやとヤチヨは悪びれる様子もなく、スマホの中でため息を吐いた。
『まさか彩葉がここまで恋愛ザコだったとはね〜っ。いつもかぐやを助けてくれたカッコいい彩葉はどこにいっちゃったんだろーなぁっ!』
『仕方ないよ、かぐや。彩葉は初恋なんだもん。あんな小さなアピールでも、彩葉にとっては勇気を振り絞った結果だとヤッチョは思う』
「……っ! そ、そんなの……言われなくても、分かってるし」
くそう。ヤチヨはともかく、何で生まれて1年も経ってないかぐやにそんなこと言われなきゃならないんだ。
私が恋愛に慣れてないってのは……認めるしかないけどさ。
「だ、だってさ、私は天野のこと……す、好きだけど。……天野は私のこと、女子としても見てないだろうし。まずは異性として意識してもらうのが、先決かなって思ったんだよ」
『『……はぁ』』
えっ、なんでまたダブルため息……?
私としては結構真面目に自己分析したつもりなんだけど。これもダメなの? これも恋愛ザコの思考なの?
『取り敢えずさ、彩葉は真司に対してもう少し……いや、もう8倍ぐらい攻めて良いと思うよ。かぐやが保証します』
『ヤッチョも同意見〜』
「は、8倍っ!? そ、それって……どのぐらいなの?」
私としてはめちゃくちゃ頑張って攻めていたのに、かぐやとヤチヨからしたらお遊びのようなものだったらしい。
恋愛って難しいな。世の中のカップル達は本当に凄いと心から思った。
『んー、キスぐらいしても良いんじゃない? 2人きりになった時にさ』
『そうだねー、それぐらいしないとダメかもねー』
「…………」
言葉が出てこなかった。何を言っているんだこのお姫様達は。
可愛い可愛い私のかぐやと、最推しにして私のヤチヨ。この2人からの言葉に対して、私は初めて本気で絶句した。
『まあまあ、騙されたと思ってさ〜っ』
『ヤッチョ達を信じて〜!』
2人きりになった時に……キスって。
そんなのもう、恋人同士がすることじゃん。私は天野と恋人同士でしか出来ないことがしたいんじゃなくて、恋人同士になるために必要なことをしたいんだ。手順をぶっ飛ばさないでもらいたい。私は恋愛ザコなのだから。
『チャンスがあったら攻めるんだよ、彩葉。かぐや達、真司になら彩葉のことを任せられるんだからねっ』
『と言うか〜、真司以外なら絶対認めないよね〜っ。だから彩葉……勇気を出してねっ』
かぐやとヤチヨからのアドバイス……と言うか、一方的な意見発射タイムは芦花が帰って来たことで終了した。
2人きりになった時にキスとか、無理に決まってるじゃん。
夜遅くまで続いた祝勝パーティーの最中、私は天野の顔を一度も直視することが出来なかった。
今日は土曜日、時刻は午前6時だ。
こんな早朝にも関わらず、私は家を出てコンビニまでの道のりを歩いていた。
──天野と2人きりで。
「ふわぁ、流石にこの時間帯は少し冷えるな。酒寄、寒くない?」
「う、うん……平気」
どうしてこうなったかと言うと、別に深い理由はない。
たまたま同じタイミングで目が覚めたから、朝ごはんを買いにコンビニに行こうという話になっただけのことだ。寝ている芦花と真実を起こさないよう静かに家を出るのは緊張感があった。
お兄ちゃん達は日付が変わる前に帰ってしまったし、買って帰るご飯は4人分あれば十分だろう。……いや、真実はそれじゃ足りないか。
辿り着いたコンビニで、目に付いた商品をカゴに入れていく。天野が買い出しに付き合ってくれたお礼だと言って奢ってくれた。なんか甘やかすのが上手くなってないか?
レジ袋を揺らしながら、肩を並べて歩く。
早朝の街は人も車もほとんどいない。世界に私達しかいないような感覚に襲われた。
この雰囲気なら、言えるかもしれない。
私なりの8倍の攻めが。
「ね、ねぇ、天野。……天野はさ、進路ってどうするか……決めてる?」
同じ速度で歩きながら、私は天野にそう訊ねた。
ちなみに、結構勇気を出している。かぐや、ヤチヨ、私に力を貸して。
「まあ、進学かな。酒寄は東大の法学部だろ?」
唐突な質問だったけど、天野は気にした様子もなく答えてくれた。
進学、進学かぁ……。狙い通りの答えが返ってきたので、私も覚悟を決める。
「……実はさ、学部は変えようと思ってるんだよね」
「マジ? 法学部以外にするのか? へぇ、どこにするんだ?」
「…………工学部」
思った通り、天野は分かりやすく驚いた。
東大を目指している学生がこの時期に理転するなんて聞いたら、誰だってそんな反応になるだろう。
でもやっぱり、天野は受け入れてくれた。私なら無謀とは思わないって、欲しい言葉をくれたのだ。
だから私も、理転した理由を自分の口から伝えた。
かぐやとヤチヨに……現実世界での身体を作ってあげたい。
その夢を叶えるために工学部への道を選んだのだと。
それを聞いた天野は、さっきのように驚きはしなかった。
むしろ納得したような顔をして、笑みを浮かべる。
「やっぱり、酒寄は凄いな。本当に尊敬するよ」
ここだ。ここが攻め時だ。
言え、私。言うなら今しかないんだ。
──
これが私なりの8倍、と言うか限界。
改めて考えると、凄いこと言おうとしてるな。……あれ? これってもう貴方のことが好きですって言ってるようなもんじゃない?
いや、天野はそう捉えないよね? 天野だって私と同じで恋愛経験皆無なはずだし、そもそも私を異性として見てないだろうし、自意識過剰だ。
息を整えてから言おう。絶対に後悔はしたくない。
私が隣を歩いている天野に意を決して言葉を放とうした瞬間──天野の口から爆弾が落とされた。
「じゃあ、俺も手伝うよ。酒寄と一緒に東大の工学部を目指す」
……えっ?
思わず自分の耳を疑った。あまりにも私に都合の良い言葉すぎて、一瞬現実か夢か分からなくなってしまったのだ。
「あ、天野? 東大の工学部目指すって……えっ? ほ、本気?」
「本気だよ? ──それに元々、俺の志望大学は東大だしな。やることが出来て良かったよ。叶えたい夢もな」
「…………」
頭での処理が追いつかなかった。
確かに進路は進学だと聞いたけど、東大だなんて分かるはずがない。だって……えっ? 本当に何で? 私が言う前に結果の方が理想になってしまった。
「ど、どうして東大に? 天野、そんなこと一言も……」
「ははっ、もう少し後で言うつもりだったんだけどな。どうせなら酒寄と一緒の大学に行きたいからさ。……まあ、勉強はしてきたつもりだけど、まだ背伸びしないといけないだろうから、これから先の受験勉強は地獄確定だな」
「わ、わたっ、私と同じ大学に……行きたかったの?」
恥ずかしい、噛んだ。
でも仕方ないだろう。こんな不意打ち聞いてない。何で当たり前のようにそういうこと言うの? 前言撤回、天野は私よりも恋愛上級者だ。少なくとも私はこんな平然と同じことは言えない。
「そりゃそうだよ。酒寄と一緒なら、きっと楽しいだろうしな」
「……うんっ。私も……天野と一緒の大学に行きたいなって、思ってた」
どうしよう、嬉しい。
頬が緩みそうになるのを必死に堪えていると、何故か腹の虫が鳴った。いや、空気読んでもらえないかな?
「あ、こ、これは……」
「俺も腹減った。そこに公園あるし、肉まん食べてから帰ろうか。温かいうちに食べたいしさ」
「……そうだね。そうしよっか」
誰もいない公園に入り、ベンチに並んで腰を落とす。
レジ袋から肉まんを2つ取り出して、一緒に湯気を揺らしながら頬張った。
「うまっ! もう肉まんの時期だなぁ」
「ふふっ、そうだね。美味しいっ」
口の中が幸せで、肉まんはあっという間になくなった。
残った紙を公園のゴミ箱に捨ててから、なんとなくベンチに座り直す。天野も私も、まだ薄暗い空を無言で見上げていた。
──……ああ、好きだなぁ。
ただ一緒になって空を見上げているだけなのに、心が安らぐ。
この人の隣に、これから先もいたいと思った。
「──……好きだよ。……天野」
そう言えたなら、どれだけ良いか。
この想いが伝わってくれたら、どれだけ嬉しいか。
私のことを好きになって欲しいなんて贅沢は言わないから、せめて私を意識して欲しい。
そんなことを考えながら、チラリと天野の横顔を見る。
天野も同じタイミングで私の方を見ていたので、目線がしっかりと合った。少し恥ずかしくて、笑って誤魔化してみる。
天野はそんな私に、瞳を揺らしながら──。
「……酒寄。……今、俺のことを……
「……えっ」
時が止まったような気がした。
天野と見つめ合って数秒、私は自分のやらかしに気が付いた。
声に、出していた。
「〜〜〜ッ!! ごっ、ごめんっ! 今のは、その、ちがっ──」
そこで、言葉を切った。
覚悟を決めたはずだ。後悔はしないと、思いを伝えるのだと。
言ってしまったなら、そのまま言え。
元からこの瞬間を目指して頑張ろうとしてきたんだ。
私は震える拳を握り締めながら、天野の目を見てもう一度口を開いた。
「…………好きだよ。……私は……天野のことが好き」
言えた。ちゃんと言えた。
静かな公園に響いた私の告白。気持ちしか伝えられなかったけど、確かに自分の口から言えたのだ。
「…………」
「な、なんか、言ってよ。……恥ずかしいじゃん」
天野は目を見開いて硬直すると、数秒間フリーズした後に──大きなため息を吐きながら両手で顔を覆った。
あれ? もしかして失敗? やっぱり負け戦だった?
私がおろおろしていると、天野は顔を上げて私のことを真っ直ぐに見つめてきた。
「……夢じゃ、ないよな?」
「えっ、あっ、うん……現実だと思うけど」
多分、現実なはずだ。
これで夢だったら嫌だな。もう一度この勇気を振り絞れるか自信がなかった。
天野は頭に手を当てながら小さな声で、しかし私の耳にはちゃんと届く呟きを溢した。
「……
「さ、先に……?」
「……俺も、酒寄のことが好きだってこと。……一緒の大学に行って、少しずつ好きになってもらおうとか、考えてたんだよ。……マジで夢じゃないよな? 酒寄が……俺のことを好き? 本当に?」
自分よりも動揺している人を見ると冷静になるんだなぁと、私は身を以て実感した。
そして同時に、両思いだったことが確定して……顔が一気に熱くなった。
「……私、天野に異性として意識されてないと思ってたんだけど?」
「それは……お互い様だろ? 酒寄が大事な親友だってことは、嘘じゃないんだしさ」
「……うん。私も天野のことは親友だと思ってる。……それはそれとして、好きになっちゃっただけで」
我ながら恥ずかしい事を言った気がする。
でも不思議だ。変なテンションになっているからか、そんなにダメージはない。今ならかぐやとヤチヨが言っていた8倍攻めも出来るかもしれない。
「……俺もずっと好きだった。酒寄のことが、好きだったんだ」
「……私達、2人揃って恋愛初心者だね」
「ははっ、本当にな」
天野の顔も赤くなっている。自分だけじゃないと分かって、少し気が楽になる。
私の右手を両手で包み込みながら、天野は真剣な目で思いを告げてくれた。
「──俺と、付き合ってください」
「……はいっ。お願いします」
手から伝わる体温が心地良くて、心まで温かくなった。
私は今、間違いなく幸せだ。そう思えたことが、嬉しかった。
「……酒寄。……泣いてるのか?」
「……なんでかな。……嬉しすぎて、涙が出てくる」
天野は優しく笑いながら、繋いだ手に力を込めてきた。
まるで、これが夢じゃないんだとお互いに確かめさせるかのように。
「……今から私達、恋人同士ってことで、良いんだよね?」
「た、多分。……付き合ったことないから分からんけど、良いと思う」
恋人、恋人かぁ。
自分には縁がないものだと思っていたけど、実際なってみると嬉しい。まずい、顔がニヤけそうになる。そこでふと、かぐや達から言われた言葉を思い出してしまった。
『んー、キスぐらいしても良いんじゃない? 2人きりになった時にさ』
『そうだねー、それぐらいしないとダメかもねー』
……いやいやいや、流石にそれは早すぎるって。
そういうのはもっと段階を踏んでいくもので、勢いでするものじゃないと思うんだ。天野だってそうだろうし、私達のペースでやっていけば良いはずだ。焦らなくても大丈夫。私達はもう……恋人同士なのだから。
「なあ、酒寄」
「な、何? 天野」
「恋人になれたら、したいことがあったんだけど……良い?」
「──えっ」
天野はそう言って、私の方に少しだけ顔を近付けた。
嘘でしょ? 本当にこんな早いの? 東京の高校生ってそういう感じなの?
「あ、天野っ? そ、その……天野がしたいことなら、してあげたいんやけど……私にも、心の準備とかが必要で」
「俺も、恥ずかしいけどさ、やっぱり恋人なら……するべきかなって」
私も嫌ってわけじゃない。むしろ、したいとは思うんだけど。
……いや、ここで臆してどうする。酒寄彩葉。せっかく天野が私に対して思いをぶつけてくれているんだ。それに応えるのが彼女としての役目なんじゃないだろうか。
私だって……やっぱりしたい気持ちの方が大きいし。
「……天野。目、閉じて?」
「えっ? ああ、分かった。……これで良い?」
相手にされるより、自分からする方が恥ずかしくないかと思ったけど、十分恥ずかしかった。
周りに人がいない事を改めて確認してから、真司の頬を両手で包み込む。
そしてそのまま──唇を重ねた。
「……ッッ!?!?」
天野の身体がビクッと大きく震えたので、唇を離して顔を見る。
私、何か変だったかな。初めてのキスだったから、上手くはなかったと思うけど、そんなリアクションをされるぐらい下手だったのか。
しかし、そんな私の考えは見当違いであるとすぐに判明した。
明らかに私よりも真っ赤になっているであろう顔をした、天野からの弁明によって。
「……おっ、俺はただ、
「…………ほんと?」
口を押さえながら頷いた天野を見て、私はまたやらかしたのだと悟った。
それでも、文句を言わずにはいられなかった。
「ま、紛らわしい言い方しないでよっ! あ、天野だって素直に目を閉じたじゃんっ!」
「まつ毛にゴミでも付いてるのかと思ったんだよっ! 酒寄、たまに取ってくれるからさっ!」
「それは……! そうだけどっ! ……〜〜〜ッ!!」
「ちょっ、待って!!」
ベンチから立ち上がって逃げようとした私を、天野が手首を掴んで止めてきた。顔が見られない。心臓がうるさい。もう嫌だ、自分の恋愛レベルが低すぎて泣きたくなる。
「……紛らわしい言い方してごめん。……でも、嬉しかった。ありがとう、酒寄」
「…………天野からも、して」
「……はいっ」
私に出来る最大の反撃として、目を閉じて顎を上げた。
天野もすぐに私の肩に手を置くと、優しい力加減で唇を重ねてきた。
「……許してくれますか?」
「……んっ。許す」
手を繋ぎながら、空いている手でレジ袋を持って私達は公園を出た。
顔はまだ熱い。耳も熱い。繋いでいる手は、1番熱かった。
「……下の名前で、呼び合おうか。天野から、どうぞ」
「い、彩……葉」
「小さくて聞こえないね」
「……彩葉。……はい、次はそっちの番な」
「ふふっ。天野が恥ずかしがってくれたから余裕だよ」
「天野?」
「あっ……し、真……司」
「これで引き分けだな」
「……はいはいっ」
顔を合わせると、何故か笑えてしまった。
まだまだぎこちないけど、これから時間をかけて慣れていけばいい。
大丈夫だ。
この未来の続く先には──君がいるんだから。
以上!『超』番外編第11弾でした!
この√は真司が彩葉よりも先に朝日と仲良くなってることで発生するんですが、帝アキラと仲良くなろうと思うきっかけが彩葉なので、この√は絶対にあり得ないものです。彩葉と真司の純愛√の要望があったので、指が走りましたわ。楽しんでもらえたら嬉しいです。後、真司はどちらかと言えばタレ目です。
……いや、違うんですよ。言い訳させてください。
本当に完結ですっ!とか言った2日後になんで投稿してんだよって話なんですけど。皆さんも知っての通り、5月11日が彩葉の誕生日という知らせと共に投稿されたイラストのせいでモチベが超新星爆発しました。
彩葉、誕生日おめでとう。
だから私は公式の被害者です。この話は3時間ぐらいで書き上げました。過去最速で最大です。裁判長、私は無罪だ。
これで本当に完結です!!
マジで本当に終わりです!
何言っても嘘っぽいなっ!
天野真司の物語は本当にここで終わります。
彼の話を楽しんでくださった読者様方に最大の感謝を。
それではまた、縁がありましたらお会いしましょう。
お世話になりました。
あなたの推しは?
-
酒寄彩葉
-
かぐや
-
ヤチヨ
-
綾紬芦花
-
天野真司