親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
その日は多分、私こと綾紬芦花の人生で──最も『上手くいかない日』だった。
早朝から入っていたモデルの仕事では普段しないような凡ミスを連発。
仕事の進みを遅らせてしまい、スタッフの方々に迷惑をかけてしまった。
ヒールが突然折れてしまったり、衣装のサイズを間違えられていたりっていうアクシデントもあったけど、それを差し引いても私の出来が悪すぎる。
……思えば、今日は起きてからずっとこの調子だった。
朝ごはんの食パンは真っ黒に焦がすし、ジャムの瓶は落とすし、食べようとしたパンも落とした。それも、ジャムを塗った面から。
家を出る時間が迫ってきていたので、化粧も満足には程遠い仕上がりで妥協するしかなかったのが美容系インフルエンサーを名乗る者としては情けなかった。
でも、家を飛び出そうとした時に鍵を開け忘れて、体ごと勢いよくぶつかったのが地味に一番痛くて辛かったと思う。
お昼を迎える前に仕事が終わったので、気分転換にと映画館へ足を運んだ。
この後に親友達との約束が控えているけど、まだ2時間程の空き時間があったからだ。
何を観るかは決めてなかったんだけど、ちょうど昨日から公開しているらしいボーイミーツガールの恋愛映画に興味を引かれたのでチケットを購入。ドリンクだけ買って席に着いた。
他に観に来ている人は土曜だというのに少ない。私は両サイドが空いた状態のリラックス出来る席をゲット。今日初めて、少しだけ運が良かったかなと思えた。
それでも結果から言えば……気分転換にはならなかった。
この時の私が求めていたのは、主人公とヒロインが幸せになるハッピーエンドだった。でも、映画で主人公とヒロインが結ばれることはなく、切なさだけを残して終わりを迎えてしまった。
終盤から嫌な予感はしていたけど、やっぱりこうなったかという感想だ。終わった後の喪失感と言うか、やるせなさが尋常じゃなかった。バッドエンドとまでは言わないけど、少なくともハッピーエンドだとは思えない。……ビターエンド? 私の気分は更に深く下に沈んでしまった。
昼食を食べる気にもなれず、私はネガティブな気持ちのまま親友の家──
高校から仲良くなり、大学2年生となった今でも仲良くしている大切な親友だ。今日は彩葉の家に集まって、とあるライブ配信を一緒に見ることになっていた。
同じく親友の
まあ、正確には……『2人』ではなくて『4人』だ。
彩葉のスマホの中から元気よく出迎えてくれた電子の歌姫達を見て、荒んだ心が少しだけ安らいだのを感じた。
──かぐやちゃんとヤチヨ。
彩葉の大切なお姫様達であり、私にとっても大切な親友。
現実世界に体がないので、触れ合うことが出来ないのが寂しいところだ。
それでも、触れ合うようになるのは時間の問題だと思う。
何故なら彩葉が、そして──私の恋人である
2人とも東大の工学部に一発合格して、同じ夢に向かって毎日全力で突き進んでる。それはもう、近くで見ていて眩しいぐらいに。
彩葉と真司くんの関係を簡単に表すなら……相棒って感じかな。
……私なんかよりも、よっぽどお似合いの2人だ。
お互いのことを信頼してて、言葉にしなくても意思疎通が取れてしまう。
普段ならこんなこと考えないのに、今の私はどうにもネガティブが止まらない。
2人の間に恋愛感情がないことぐらい、分かってるのに。
真司くんの恋人が私じゃなくて、彩葉がだったなら良かった、なんて思ってしまう。
何をやっても上手くいかない日。
それが私に与えた影響は、こんなところにまで影を落としてきた。
だから、今の私はおかしい。
それがわかっていても、言わずにはいられなかった。
彩葉が用意してくれたスパゲッティを食べ終えて、せめてお皿を洗おうとしたけど割ってしまった馬鹿な私は──
「……なんで真司くんは、彩葉と付き合わなかったんだろう」
机に頬を付けながら、小さな声で溢してしまった失言。
小さな声といってもすぐ隣にいる人なら聞こえる声量だ。
当然と言うべきか、私の隣に座っている彩葉は驚いたように顔を向けてきた。
「えっ……どうしたの? 芦花。いきなり凄いこと言い出すじゃん」
『うわっ、ビビったぁ……』
『ヤッチョも心臓止まるかと思ったヨ〜』
「……ごめんっ」
彩葉へ続くように、スマホの中からかぐやちゃんとヤチヨも反応を見せる。
漏れなく3人全員を驚かせてしまったようで、罪悪感が湧いてきた。それでも、不意に溢れた言葉に嘘はない。私なんかよりも、彩葉との方がずっとお似合いだ。
「ど、どうしたの? 天野と喧嘩でも……するわけないよね」
どこまでも当たり前のように、彩葉は断言した。
こういうところだよね。
彩葉は本当に、真司くんのことを誰よりも分かってる。
「……うん。喧嘩なんてしてないよ。付き合ってから3年ぐらい経つけど、一回もしたことない」
『うわーっ、すっごぉっ! かぐやなんてヤチヨとしょっちゅう喧嘩してるのに』
『かぐやが子供だからでしょ〜? ヤッチョはお姉さんとしてかぐやのためを思って言っているだけ〜』
「はいはい、かぐやとヤチヨが仲良しなのは知ってるから。……でも、何でそんなこと言うの? 芦花、天野のこと嫌いになった?」
彩葉からの言葉に、私は無言で首を横に振った。
嫌いになるはずがない。あんなに優しくて頼りになって、私のことを好きでいてくれる人を、嫌いになれるはずがない。
「だよね。2人はお似合いだもん。それにさっきの発言、天野が聞いたら怒ると思うよ? アイツ、芦花にベタ惚れなんだからさ」
カシュッとビールの缶を開けながら、彩葉が呆れた様子を見せた。
20歳になってからというもの、彩葉はよくお酒を飲む。体質的にも強いみたいだし、好きなんだろうな。
たまに真司くんとも飲みに行ってるみたい。私はお酒弱いから、そういう部分でも彩葉に負けてる。そして、こんなくだらないことを考えてる自分が一番嫌だ。
「……でも、私は天野くんに相応しくないよ。本当、駄目な彼女で」
「さっきお皿割ったこと気にしてるの? それなら全然……」
もう一度、首を横に振る。
「……もちろん、それもあるけど、今日は朝から上手くいかないことばかりでさ。なんか、自信なくなっちゃったって言うか。……ごめんねっ。こんなこと言っても意味無いって、分かってるんだけどね」
「そ、そっか……。えーっと、取り敢えず、そろそろ配信始まるし……元気出そう? 芦花がそんな顔してるって分かったら、天野が飛んで戻ってきちゃうかもよ?」
時刻は16時9分。
彩葉の言う通り、そろそろ一緒に見ようと約束していたライブ配信が【ツクヨミ】で行われる時間だ。
「かぐや。テレビお願い」
『うんっ。任せて〜っ!』
かぐやちゃんによってテレビの電源がオンになり、配信画面が映し出される。
16時から配信予定だったので、今から見始めれば上手い具合に待機時間をスキップ出来るだろう。思った通り、配信が始まって間も無かった。
私は机に落としていた頭を上げて、背筋を伸ばす。
こんな失礼な格好で応援なんてしていられない。どれだけネガティブであってもそれはそれ、これはこれだ。
テレビの画面に映し出されているのは──広大な
世界的な人気を誇るゲーム。『KASSEN』のステージだった。
私達と同じく配信を見に来た
それも当然だと思う。なにせこの配信元である
その彼らが主催するKASSENの大会。
その名を──【黒鬼杯】。
それが私達の視聴するライブ配信。
二ヶ月前から告知され、多くの人気ライバー達を巻き込んで開催した一大イベントだ。
「やっぱり凄いね、黒鬼は」
「真実も旅行先で見てるんじゃない?」
「ふふっ、だろうね。彼氏さんも付き合い良いみたいだし、一緒に見てるかも」
『あーっ! 芦花が笑ったーっ! 彩葉ナイスぅっ!』
『芦花が笑ってないと真司負けちゃうヨ〜? 芦花は真司にとっての勝利の女神なんだからさぁ』
純粋な笑顔と共にそんなことを言われると、少しだけくすぐったくなってしまう。照れ臭いけど、嬉しい。
かぐやちゃんとヤチヨにお礼を言ってから、テレビの方へ向き直る。
「それにしても賑わってるね。お兄ちゃん、気合い入れてるなぁ」
「参加してるライバー、50人超えてるらしいから。しかも、全員が実力者ばっかり。見に来てるファンの数が多いのも納得だよね」
この【黒鬼杯】のルールは単純。
参加プレーヤー全員が敵同士の超バトルロワイヤルだ。
各自に与えられる残機は1。つまり、一度の敗北で即座にゲームオーバーとなってしまう。その上、体力を回復する手段もないという厳しい設定。
真司くんはこの大会に、『ブラックオニキス』から一番早く名指しで招待を受けた。
大学で忙しくしていた真司くんは最初断ろうとしていたみたいだけど、彩葉のお兄さんである
ここ数日は鈍った感を取り戻すためによく【ツクヨミ】に潜っていた。
「朝日さんとも、仲良しだよね……」
「お、お兄ちゃんはその、天野にとっては悪友? みたいな感じだしさ。芦花とは比べるまでもないって言うか、畑違いって言うかさ。……あっ、解説はオタ公に頼んだんだね。ほら、芦花。始まるみたいだよ?」
「……うんっ。……よしっ、応援しなきゃね」
『真司ーっ! 絶対勝ってねーっ!!』
『ヤッチョ達が応援してるぞよ〜!!』
力強くマイクを握り締めて、興奮した様子で登場したのは【ツクヨミ】での実況解説と言えばまず名前が挙がるであろう忠犬オタ公。
鼠色の髪をぶんぶんと振り回しながら、いつものように観客を盛り上げている。
『──さあさあっ! いよいよ始まったぞっ! 【黒鬼杯】! 参加者は総勢88人! 全員がブラックオニキスによって集められた猛者達ばかりだっ! 君の推しはいるか〜? 泣いても笑っても勝者は1人! 空前絶後のバトルロワイヤルが幕を上げるぞぉぉぉおおっ!!』
オタ公の叫びを合図として、フィールドにプレイヤー達が転送された。
88人もいるから1人1人の紹介は短いけど、真司くんの紹介──ではなくて、プレイヤー『ムラクモ』の紹介は他の人よりも僅かに長かったと思う。
『真司カッコいいっ! 頑張れーっ!』
『大本命だもんねぇ。彩葉、優勝者の予想は真司に投票した?』
「当然っ。天野に入れたよ。芦花もでしょ?」
「それは、まあ……」
『『「彼女だもんね」』』
顔が赤くなったのが、自分でも分かった。
何も、声を揃えて言わなくても良いんじゃない? 3人とも、ニヤニヤしてて楽しそうだ。
そうですよ。彼女ですよ? だから彼氏の応援するに決まってるじゃん。
……その自信を失いかけてるって状態だったんだけどね。
「最近はさ、天野も忙しそうにしてたでしょ? 私によく言ってきたんだ。芦花との時間が中々作れなくて、寂しいってさ」
「……えっ?」
「だから今回の大会、天野は本気で勝ちに行くと思うよ? だって優勝賞品が『ブラックオニキス』に願い事を叶えてもらう、なんだもん。多分、豪華な旅行でも奢らせる気じゃないかな? 芦花と一緒に行く、付き合って3年記念の旅行にね」
「……ッ!? え、そ、そんなこと……私、全然知らない」
「サプライズでしょ? 天野、旅行先とか調べてたみたいだし、間違いないと思うよ」
彩葉は楽しそうに笑いながら、私の肩をポンポンと叩いた。
旅行、旅行かぁ。真司くん、そんなことを考えてたんだ。
確かに付き合った日からもうすぐ3年だけどさ。……私のために、戦ってくれてるってこと?
「まあ、参加を決めたのはお兄ちゃんに煽られたからだろうけどね」
「だ、だよね。あははっ。あの時の真司くん、笑いながらキレてて面白かった。……でも、嬉しそうでもあったかな」
「……お兄ちゃんに聞いたんだけどさ。この【黒鬼杯】は開催しようと思った理由」
「へー、どうして?」
「芦花。今日が何の日か分かる?」
彩葉に訊ねられ、思考を巡らせる。
今日は2033年の10月10日。特に祝日でもない普通の土曜日だ。
思い当たることと言えば、【ツクヨミ】が10月10日を『満月の日』として記念日にしていることぐらいだった。
彩葉も私の考えを察したのか、頬杖を突きながら口を開く。
「『満月の日』ってさ、当然だけど管理人のヤチヨが決めた記念日なんだよね。それも、2年前に唐突に」
『ヤッチョが決めました〜!』
確かにそうだ。
これまで【ツクヨミ】には『満月の日』なんて記念日はなかった。
プレイヤーとしてはふじゅーとかたくさん貰えるから嬉しいってだけで、記念日になった理由までは気にならなかったなぁ。
「そういえば、何で満月……? 彩葉は理由を知ってるの?」
「知ってるよ。『0』が満月みたいだったから、だよね? ヤチヨ」
『えへへ〜っ、2つも付いてるから記念日にしちゃった。ヤチヨとかぐやを表してるみたいで良いでしょ〜?』
『めっちゃっシンプルッ! でもかぐや、そういうの嫌いじゃない』
うんうんと頷くかぐやちゃんの頭を撫でながら、ヤチヨが説明を続けてくれた。
『でも、10月10日にした理由は別。ねぇ、芦花。3年前の10月10日。つまり、2030年の10月10日に何があったのか覚えてる?』
「私達にとっては、忘れられない日になったはずだよ」
『かぐやは人生で一番振り回された日だね。物理的に』
ヒントを貰いながらまた思考してみる。
3年前と言えば高校2年生。なるほど、色々あった年だ。
かぐやちゃんがやって来て、月に帰って。
それから──。
「……そっか。……彩葉と真司くんが、
正解と言わんばかりに拍手が起こる。
完全に思い出した。
確かにあれは10月10日の出来事だった。
「私と天野で月に乗り込んだ日。人生で一番の冒険だったなぁ」
『そうなのです! だからヤッチョは記念日に決めたのです!』
『今思い出しても酔っちゃいそう。籠の中に詰められてぐるんぐるん振り回されたもん。洗濯機で洗われる洗濯物の気持ちだったぁ』
かぐやちゃんの言葉に思わず笑ってしまう。
こんな風にあの日のことで笑えるのも、彩葉と真司くんが命を賭けて戦ったからだ。
思えば、あの瞬間だったんだと思う。
私が、心から真司くんのことを……好きになったのは。
「だからお兄ちゃん、この日に【黒鬼杯】を開催することにしたんだってさ。これから毎年やれるならやるみたいよ? ──あっ、お兄ちゃんと天野が戦うみたい。芦花、応援しよっ。天野のこと」
「ふふっ。彩葉は少しぐらい、朝日さんを応援したら?」
「私は兄よりも親友に勝って欲しいので。それに、かぐやとヤチヨも天野を応援してるからさ」
「朝日さん……泣いちゃうんじゃ」
激しい速度で金棒と刀をぶつけている朝日さんと真司くん。
外から見ているにも関わらず、満足に目で追えないスピードだった。
朝日さんはプロゲーマーとして当然のことながら、やっぱり真司くんも凄い。本気で望んでいるからか、彼は最初から奥の手である二刀流を解禁していた。
『帝アキラとムラクモが刃を交えたぁぁあっ! この2人に関しては最早説明不要! 久しぶりのガチバトルを目に焼き付けろぉぉぉおっ!! 事前のインタビューで帝アキラは言っていましたっ! 「ブランクのあるやつに負けるわけねー」と! それに対してムラクモ! 「俺が弱くなったからってお前が強くなったわけじゃねぇだろ」と挑発! このライバル対決は見逃せないぞぉぉぉおっ!!』
2人はここまで無傷で戦い抜いてきてるし、どっちが勝つのかは私では分からない。
……ていうか真司くん。ゲームになると本当に性格変わるなぁ。そんなところもカッコいいとは思うけど。
『いけーっ! 真司ーっ! そこだーっ!!』
『むむっ、帝様もやるねぇ。ヤッチョから見ても、互角ってところかにゃ〜?』
「天野っ! 芦花のためにも勝ってっ!」
「い、彩葉っ……!」
恥ずかしいけど、彩葉の言葉通りなら、真司くんは私のためにも戦ってくれていることになる。
だったら、私が応援しなきゃ。声は届かないだろうけど、精一杯の応援をしなきゃ。
これは真司くんに相応しい彼女なのかとか、そんな話じゃない。
勝って欲しい。
私はただ真司くんに……大好きな人に勝って欲しいんだ。
「──……頑張れっ! 真司くんっ!!」
2人の戦いは本当に凄かった。
漁夫の利を狙って奇襲をかけてきたプレイヤー達を全て返り討ちにしながら、フィールドを縦横無尽に駆け回って斬り合う高速戦闘。
通り道にいたプレイヤー達は例外なく倒されて、見て分かっただけでも16人をゲームオーバーに追い込んだ。
その中に『ブラックオニキス』のメンバーでもある雷さんがいたのには、申し訳ないけど少し笑ってしまった。
昨日誕生日を迎えたというのに背中から気付く暇もなく金棒と刀に斬り捨てられたのは不憫と言うしかない。
無表情のまま「……おいっ」と溢しながら、雷さんはリタイアとなった。彩葉もかぐやちゃんもヤチヨも、ぶふっと笑いを我慢出来ずに軽く吹き出していた。
30分程経過した辺りで、朝日さんと真司くん以外のプレイヤー全員が脱落。
大会の優勝者は2人にまで絞られた。
誰の邪魔も入らないフィールド中央の広場にて2人は向き合い、そして──。
『──決まったぁぁァァアアッ!! 激闘を制したのはムラクモォォォッ!! 見事に【黒鬼杯】の優勝を飾ったぁぁぁァァアッ!!』
真司くんが、勝った。
残っているHP量がギリギリなことを考えても、紙一重の勝負だったんだろう。
疲れているのが一目で分かる。あんなに余裕がない真司くんは初めて見た。朝日さんがどれだけ強かったのかが理解出来た気がした。
『よっしゃぁあっ! 真司が勝ったぁぁあっ!』
『いぇーいっ♪ 流石は真司っ!』
「芦花っ! 天野が勝ったねっ! やったねっ!」
「うんっ……! 本当に、凄かった!」
興奮で胸の奥が熱くなる。
勝者を祝福する花火が空へと打ち上がって、観客達からの歓声が真司くんに降り注いだ。
『数多の強者を打ち倒し、最強の座を手に入れたのはムラクモだったぁっ! ここ最近は【ツクヨミ】に現れることもなかったが、
オタ公は経験値を感じさせるスムーズな語りを披露。
真司に近寄り、勝利者インタビューを開始した、
『さあっ、ムラクモ。黒鬼に何を願う? ぜひ聞かせて頂きたいところですっ!』
真司くんは2本の刀を鞘に納めてから、少し緊張した様子で口を開いた。
彼が口にした願い。それは、やはりと言うべきか旅行。
彩葉の言う通りだった。彼は黒鬼に、豪華な旅行を用意するように要求したのだ。
すると、会話を広げるためか、オタ公が質問した。
その旅行には、一体誰と行くつもりなのかと。
それに対して真司くんは一瞬の迷いもなく。
──大切な彼女です。
……そう、答えた。
87人もの人気ライバー達と、16万人もの
案の定、会場は興奮の嵐。オタ公は飛び上がりながら真司くんにマイクを突きつけている。コメント欄も滝のように流れているし、確実に注目の的となった。
頭が、沸騰しそうだった。
『きゃーっ! いいぞー! 真司ーっ!』
『やってくれるねぇ。男だねぇ。それでこそヤッチョ達の英雄だヨ〜!』
「……芦花。あれが貴女の彼氏だよ? あんな場所で堂々と言い切ったのが、芦花の彼氏だよ?」
「2回も言わないでぇ……!」
恥ずかしすぎて顔が熱いどころの騒ぎじゃない。
サウナにでもいるのかなって錯覚してしまうぐらいの暑さだ。
なんでそんな正直に言うの?
なんでそんなに堂々と彼氏が出来るの?
先程まで心に根を張っていたネガティブが凄まじい熱で吹き飛ばされたのを感じた。もう何も考えられそうにない。
そんな時だった。インターホンが鳴ったのだ。
「あっ、
「……へぇっ? ……っ!!! な、何で天野くんがここにいるのっ!? だ、だって天野くんは……じゃなくて、真司くんは今日、会場でログインしてるはずじゃ……!」
聞いていた話と違うことを言われて軽くパニックになってしまった。
インターホンを鳴らしたのが真司くん?
つまり、彼がすぐそこにいる?
「あー、それね。天野に頼まれて口裏を合わせたの。本当はずっと隣の部屋にいたんだ。絶対に優勝するから、すぐにサプライズで芦花に会いたいって言われてさ」
『かぐや達も知ってたー。真司が家にいるの』
『知らなかったのは芦花だけだね〜。さっ、勝利の女神。英雄にお祝いのハグとキスをプレゼントしてきてくれたまえ〜♪』
好き放題言われてるけど、理解が全く追いつかない。
どうすれば良いか分からなくなっていると、もう一度インターホンが鳴った。
「さっ、早く。お願い、芦花」
「ちょっ、彩葉……! 本当に、今は……その、ダメだって……!」
彩葉に手を引かれ、玄関に連れて来られてしまった。
私の背中をポンッと押し、彩葉はウインクを決めてリビングに戻る。
可愛い。可愛いけど……今だけは悪魔にしか見えなかった。
「……あっ、開けなきゃ」
取り敢えず、開けなければ。
最近は外も冷え始めている。風邪でも引いたら大変だ。
私は慌ててドアを開けた。冷たい空気が外から入り込み、明るさに少しだけ目を細める。
まず感じ取ったのは、匂い。
いつも私を抱き締めてくれる……大好きな匂い。
次に、優しい表情。
いつも私の心を温めてくれる……大好きな表情。
私の目の前にいる男の人は、間違いなく私の彼氏だった。
一昨日会ったばかりだというのに、何故か無性に寂しさを覚えてしまう。
もう、ダメみたいだ。私はとっくに手遅れだった。
この人に相応しくないとか、どうして彩葉と付き合わなかったんだろうとか、もうそんなことは考えない。考えたくない。
この人の隣にいるのは──私じゃなきゃ嫌だ。
そう素直に思えたことが、とても嬉しかった。
「……お帰りなさい。……それと、おめでとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
あまりにも味気ない言葉だったけど、彼は笑ってありがとうと言ってくる。
優勝商品で旅行に行こうとかも、朗らかに付け加えながら。
……ああ、好きだなぁ。
この人の側にいたい。
これから先も、ずっと一緒にいたい。
玄関に入ってからも、熱は一向に下がらなかった。距離が近くなった分、余計に上がった気もする。
勝手に泣きそうになっていると、彼は懐から何かを取り出して渡してきた。
手に乗せられたそれはカードキー。
何度か見たことがあるので分かる。このマンションの鍵だ。
「……
同棲しようと、言われた。
つまり、一緒に暮らす?
同じ家で、おはようからおやすみまで一緒に?
もう、何が何だか分からない。
ついに涙が堪えきれなくなった私に、彼はいつも通り戸惑っていた。
頭を優しく撫でてくれて、私が落ち着けるように背中をさすってくれた。
そんな彼の優しさが嬉しくて、私は背伸びをする。
近くなる顔に目を閉じながら……唇を重ねた。
「……大好きだよ。真司くん」
私がこの人を、
絶対に連れて行くんだと、強く心に誓った。
真っ赤になりながら口をパクパクさせている彼を見て、私はとびきりの笑顔を見せる。
してやったり、という感情が大きい。私ばかりがドキドキさせられるなんて不公平だ。
私は何をやっても上手くいかないこの日に──初めて上手く彼に反撃することが出来たのだった。
復活上映とBlu-rayにまんまと乗せられて指を滑らせたマヌケは私だ。
やっぱり芦花がヒロインなのに最後の話が彩葉で終わってたのが引っかかってたんですよね。
これで満足して終われます。
天野真司の物語は終わりました(キリッ)とか書いた手前恥ずかしくて、この話ではほぼ直接的な台詞はありません。
これは番外編ですからね。
本編で散々喋ってんだから良いよね。ぜひまた暇な時にでも彼の活躍を書いた本編を読んでやってください。親友のためにタワマン一括購入したり、命懸けで戦ったり頑張ってると思います。
それと雷さん。誕生日おめでとう。
総合的な面白さで言ったら黒鬼でアンタが一番だよ。
これにて、この小説はおしまいです。
読んで頂いた読者様と、『超かぐや姫!』という作品に改めて感謝を。
ご愛読、ありがとうございました!