親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい   作:スイートズッキー

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5話 推しからの正論パンチは涙が出る

 

 

 更なるファンを獲得するため、『かぐや・いろP』はコラボによる戦略で舵を切ることになった。

 やはり人気ライバーとコラボするのは効果的であり、狙い通り多くの新規ファンをゲットすることに成功した。

 

 それに伴ってかぐやちゃんの配信に対するモチベーションもぶち上がり、今まで以上のハイペースで様々な配信や動画をアップするようになった。

 鉄は熱いうちに打てとはよく言ったもので、やる気が最高潮に達したかぐやちゃんは俺の想像なんて遥かに超える躍進を見せてくれたのだった。

 

 ファンが増えればどうなるか? 当初の目的である『ヤチヨカップ』優勝に近付くのはもちろん、懐事情の改善にも繋がっていた。

 端的に言えば、【ツクヨミ】内で使用される仮想通貨『ふじゅ〜』の存在である。

 

 クリエイターが作ったアバター用の服を買ったり、応援しているライバーへの投げ銭に使ったりと、まさにユーザー達の資金そのもの。

 凄いのが現実の金銭にも変換可能であり、人気ライバー達は『ふじゅ〜』の稼ぎだけで暮らしていけるぐらいなんだとか。

 俺はほとんど配信をしないため恩恵を受けた記憶は少ないが、配信がメインのかぐやちゃんは大儲けだ。一ヶ月にも満たない時間だが、既に酒寄がバイトで稼いできた金額を遥かに超えているだろう。世の中は厳しい。

 

 とはいえ、そんな副産物のお陰もあり、酒寄の貧乏生活にも大分余裕が出来てきたようだ。水と粉だけで作ったパンケーキをもう食べていないと聞いた時は、情けないが少しだけ泣いた。

 以前のように無理矢理に奢るということも出来なくなったので寂しくはあるが、酒寄のことを思えば取るに足らない不満だ。酒寄が遠慮してもかぐやちゃんはそれを踏み倒してお金を使わせる。あの押しの強さが酒寄には必要だったのかもしれないと、最近では思うようになった。

 

 やはり、酒寄とかぐやちゃんは良いコンビだ。

 

「……あーっ、緊張してきた。胃が痛い」

「何言ってんの彩葉! 絶対に帝を倒して私達が勝つんだからっ!」

 

 いつも通りにはしゃいでいるかぐやちゃんと振り回されている酒寄──もとい、アバター姿のいろPを見ながら、微笑ましい気持ちになった。

 場所は【ツクヨミ】内の『KASSEN』ステージ。その控え室だ。何故こんな場所に来ているかと言うと、もちろんゲームをするためだ。

 事の発端は昨日、8月16日の夜。かぐやちゃんがこれまでで最も大物なライバーからコラボを提案されたのだ。

 

「……まさか本当にあの『ブラックオニキス』とコラボするとはなぁ。しかも向こうからの誘いとは。かぐやちゃんは本当にツキがあるっぽいね。かぐや姫と帝による世紀の『竹取合戦』か。……帝の奴が気に入りそうな言い回しだ」

 

 しかもこのタイミング。『ヤチヨカップ』の期限締め切り一時間前だ。

 ここでもし『ブラックオニキス』に勝利するようなことがあれば、現在ランキング28位に位置する『かぐや・いろP』コンビにも逆転の可能性が生まれる。

 

 まさに、一か八かの大勝負だ。

 

「呑気なこと言わないでよ。……ううっ、ただでさえ着ぐるみで動きにくいのにプロゲーマー集団が相手なんてさぁ」

「あーっ、そのハンデがキツいよなぁ」

 

 酒寄がアバターバレ防止のために着用している狐の着ぐるみだが、防御力が皆無なのに加えて敏捷性に僅かばかりのデバフがかかる。しかも普通に体の面積が広くなるため、攻撃も当たりやすいときた。アクションゲームにおいて何一つメリットのないネタ装備なのだ。

 

「コラボするゲームは『KASSEN』で、モードは3vs3の『SENGOKU』。勝利条件は3番勝負での2本先取か。相手はメンバー全員での参加に対して、こっちはまだ経験が浅いかぐやちゃんに対人ゲームをやり込んでいるとは言い難い諌山……じゃなくて、まみまみ。うん、主力は間違いなくお前だぞ。頑張れ」

「……せめて、ムラクモがいてくれたらね」

「それは……本当にすまん」

 

 俺はこれでもプロゲーマー。事務所やスポンサーとの契約で色々と縛られてしまっている立場だ。

 フレンドと遊んだりする分には自由を許されているが、目立つ場所での勝手なプレイなどは許可されていない。今回のように大々的な宣伝までした人気ライバー同士のコラボに無断で参加しようものなら間違いなく怒られる。

 

「…………やめよっかな。プロゲーマー」

「お願いだからそんなこと言わないで? 冗談に聞こえないから」

 

 冗談のつもりなんて微塵もないのだが、それを言うとまた怒られそうなのでやめておいた。俺は学習出来る男、そう何度も同じ内容で叱られたりはしない。

 

「あ、ああ……帝様達と、た、対戦……!」

「ちょ、ちょっと真実っ!? しっかりしてよ!?」

「しゃーっ! 気合い入ってきたーっ! 真司! 観客席でちゃんとかぐやのカッコいいところを見てるんだよっ!」

 

 チーム戦だというのに、全くチームワークを感じない。

 勝率は……めちゃくちゃ贔屓目で見て5〜6%ってところかな。

 

「おう、ちゃんと見てるよ。思いっきりやってこい、かぐやちゃん」

「うんっ! やってやるぜーっ!」

 

 どこまでも強気なかぐやちゃんとグータッチ。

 武器はジェットブースター付きの大型ハンマーでいくらしい。かぐやちゃんらしいチョイスだと思った。よく似合ってるし。

 

「いろPも楽しんでこいよ。お前なら黒鬼達が相手でも通用する。なんせ、いつもこの俺を相手に対戦してるんだからな」

「それは、そうだけどさ。……ちなみに、ムラクモだったら勝率どれぐらい?」

 

 恐る恐るといった様子で酒寄がそんな事を尋ねてきた。

 気分を落ち着かせるために雑談で一呼吸置きたいんだろう。

 

「そうだなぁ。『ブラックオニキス』とは何度も戦ってるし、1vs1なら誰とやっても負けない自信があるけど……3vs1ってなると」

「いや、別に3vs1での勝率なんて言ってな──」

「7:3ぐらいかな。やってみなきゃ分かんないけど、多分そのぐらい」

 

 よく使う戦術も分かってるし、連携も動画で復習済み。個人個人のスタイルや戦闘能力に加えて、癖なんかも把握してる。

 3対1でも、それぐらいには勝てるだろ。

 

「……あのさ、一応の確認ね? ……どっちが7?」

「えっ、()()()()? ……ああっ、流石に『SENGOKU』モードのルールじゃ勝てないぞ? あくまで俺だけを倒しにきた場合な? 流石に1人で勝つのは無理だよ。3人バラけて(やぐら)を攻められたら防ぎようがないもん」

「……いや、そう言う意味で確認したかったわけじゃないんだけど。……まあ、いいや。やるだけやってくる」

 

 どこか疲れたような表情で歩き出した酒寄。

 俺は何か変な事を言ったんだろうか? だとしたら試合前なのに申し訳ない事をした。後でログアウトしてから、お詫びにプリンでも奢るとしよう。

 

「……うへぇ、帝様ぁ……!」

 

 まみまみは最後まで幸せな顔のまま、ふにゃふにゃしていた。

 

 

 

 

 

 酒寄とかぐやちゃんに手を貸してやれなかったのは残念だが、そう悪いことばかりでもない。諌山が助っ人メンバーとしてチームに加わったことで、俺は自動的に綾紬と2人きりで観戦出来るようになったのだ。

 ありがとう事務所、ありがとうスポンサー。今だけは契約で縛られていて良かったと心から思えた。やめるだなんて言ってごめんなさい。反省します。

 

「どうなるかな〜。かぐやちゃん達、勝てるかな?」

「勝つことを信じて全力で応援するだけさ」

「そうだね。……あれ? もしかしてプロゲーマーさんの解説付きかな? あたしラッキーかも」

 

 死人が出そうなぐらい可愛らしいウインクと共に、綾紬がそんなことを言ってきた。

 プロゲーマー最高、なって良かったプロゲーマー、これからもよろしくプロゲーマー。

 

「あ、ああっ。任せてくれ。俺はプロゲーマーになるために生まれてきたような男だからさ」

「おーっ、凄い自信。期待してますよ〜、先生」

 

 運命の試合開始時刻まで残り僅か。

 酒寄達は既に出揃っているが、『ブラックオニキス』達はまだ姿を見せない。どうせカッコつけた演出での登場でも狙ってるんだろう。夢を見せることを重視したエンターテインメント集団だからな。特にキザで目立ちたがり屋でナルシストの帝アキラは。

 

「うわーっ、なんかドキドキするね。天野く……じゃなくて、ムラクモくん。あははっ、ごめんね。まだ慣れなくてさ」

「ぜっ、全然! なんなら天野くんでも問題なしっ!」

「ふふっ、優しいね。でもマナーだから気を付けるよ、ありがと」

 

 なんて良い子なんだ。こちらこそありがとう。

 現実で綾紬に名前を呼ばれるのも嬉しいが、ゲーム内のアバター姿で呼ばれるのも嬉しいものだ。照れながら反省する姿を見て、思わず胸が痛くなった。恋ですね、分かります。

 

「そうだっ。ムラクモくんも、【ツクヨミ】ではあたしのことROKAって呼んでね?」

「ヒゥッ⁉︎……そ、それは、もちろん」

 

 どうしよう、どんな高難易度コンボ決めるより難しいぞ。

 ま、まあ、今すぐにってわけじゃないしな。呼ぶ時に呼べば良いんだ。変に意識せず、自然な感じで……なんで本名をアバター名にするんだよぉ。可愛い名前してるから仕方ないかぁ、そっかぁ。

 

「あっ、来たよ! 黒鬼!」

 

 綾紬の言う通り、『ブラックオニキス』のメンバー3人が山を貫く爆発と共に登場した。

 予想していたよりも派手な演出だ。待たせてんじゃねぇよこの野郎という気持ちが強くなった。

 

「……あれ? ねぇ、なんか真実が倒れたんだけど」

「えっ? ……本当だ。通信障害かな?」

 

 一瞬心配したが、すぐに必要ないと分かった。

 観客席用の大型スクリーンに映し出されたのが幸せそうな顔をして気絶している諌山だったからだ。黒鬼の、それも帝アキラの大ファンである彼女にとって、この状況は気絶してしまうほどの天国だったらしい。

 

「もしかしなくてもさ、ヤバいよね?」

「……ヤバい、ね」

 

 幸せなのは結構なことだが、状況が状況だ。

 酒寄がすぐに駆け寄って食べ物の画像を見せることで起こそうとしているが、目覚める気配はない。完全に落ちたと思ったほうがいい。つまり、3vs3から2vs3の構図に変更となったわけだ。

 昨日決まったばかりのコラボとは言え、『ブラックオニキス』の大規模な広告によって数十万人規模の観客達が見守る試合になっている。いきなりの人数変更なんて、祭りを盛り下げる要因にしかならない。もしそうなれば『かぐや・いろP』が新規ファンを獲得出来ず、逆転がほぼ不可能となるだろう。

 

 

 ──これは、仕方ないな。

 

 

「ど、どうしよう……えっ? ムラクモくん?」

 

 ゆっくりと立ち上がった俺に、綾紬が声をかけてくる。

 俺はそんな彼女の目を見て、ハッキリと告げた。

 

「俺、()()()()()()()()()()

「……へっ?」

 

 目の前に出したバーチャルキーボードを手早く打ち込み、メッセージを完成させる。差出人は所属事務所、内容は手短に『本日をもって脱退させて頂きます。探さないでください』とした。

 後は送信ボタンを押せば完了──。

 

「なにしてんのっ!? ちょっと、落ち着いてよムラクモくんっ!!」

 

 ──だったのだが、何かを察した綾紬によって止められた。

 俺の両手首を必死になって掴み、体を密着させながら懸命に動きを制限しようとしてくる。

 普段なら思いっきり喜んでいるところだが、今は時間がない。悪いが無理矢理にでも振り払わせてもらう。

 

「離せROKAッ! 俺が行かなきゃっ! 2人を助けるんだっ!」

「プ、プロゲーマーになるために生まれてきたんじゃなかったのっ!?」

「なんだその社会不適合者っ!」

「自分で言ったんじゃんっ! ダメだってっ! 考え直してぇ〜っ!!」

 

 いよいよ羽交い締めを仕掛けてきた綾紬。

 だが、この程度で俺の覚悟を止められると思うなよ。

 

「事務所だのスポンサーだの邪魔くさいんだよっ! ゲームは好きな時に好きな場所でやるもんだろがっ! 何が契約だ知るかボケッ! 親友のピンチに駆けつけられないぐらいならプロゲーマーなんて辞めてやらぁッ!!」

「その親友が悲しむって〜ッ!! いろPが絶対怒るって〜ッ!!」

「それもそうだなっ! じゃあ助けてから怒られることにするッ!」

「もうダメだぁぁっ!! 誰かこの人を止めてぇぇっ!!」

「かぐやち゛ゃぁぁあ゛んっ!! いろPぃぃぃい゛い゛っ!! 今行くからなぁぁぁああっ!!」

 

 周りの観客達にドン引きされようが構うものか。

 今の俺を止められるやつなど、この世界のどこにも──。

 

 

 

「──()()()()()()()〜っ」

 

 

 

 その瞬間、ふわりと優しい風が吹いた。

 鈴の音色のように美しい声が耳元を通り過ぎ、反射的に体が硬直する。

 

 聞き間違えるはずがない。

 俺がこの声を、聞き間違えるはずがないのだ。

 

 最強にして最高、最愛にして最推し。

 

 

 ──月見(るなみ)ヤチヨの声を。

 

 

「ご登場〜☆ ここはヤチヨの出番だよ〜♪」

 

 

 俺の隣を、天女が通り過ぎた。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

『決まったぁぁぁあっ!! 勝者──ブラックオニキスッ!! 最強の黒鬼達がその実力を見せつけたぁぁあっ!!』

 

 天守閣で勝者の特権であるウイニングポーズを決める帝を讃え、試合を観戦していた多くの者達が拍手喝采の嵐に包まれた。

 前評判を覆す大物食い(ジャイアントキリング)とはならず、試合を制したのは帝達『ブラックオニキス』だった。

 

 突然現れてかぐやちゃん達のチームに入ったヤチヨのお陰で2ー1と善戦したが、そこはやはりプロゲーマー集団。そう簡単に勝てる相手ではなかった。

 

「負けちゃったかぁ……惜しかったね」

 

 パチパチと拍手しながらも悔しそうな顔を見せる綾紬。

 分かる、分かるぞその悔しさ。俺も今すぐ殴り込んでファンサしてる帝の顔面を地面に埋めてやりたい。

 

「それにしても、帝アキラが彩葉のお兄ちゃんだったなんてね」

「えっ? そうなの?」

「……やっぱり聞いてなかったんだ。『やれーっ! そこだーっ! ぶった斬れーっ! そいつは左手での武器操作が甘いぞーっ!』って叫びまくってたもんね」

「うわっ……恥ずかしい」

「ムラクモくんってゲームだと性格変わるタイプ?」

「……かも、しれない。ゲームぐらいしか取り柄のない人間だから」

「そんなことないって。でも、そうだなぁ。先生はこの試合をどう評価する?」

「……良い試合だったのは確かだと思うよ。ヤチヨが助っ人したとはいえ、帝達を相手にここまでやれたんだ。この試合を観てかぐやちゃんと酒寄のことを認めない奴はいないと思う」

 

 それを証明するかのように、俺の耳にはさっきから2人のことを賞賛する声が届いていた。『なんか良いね、あの2人』、『私推しちゃおっかな〜!』、『見てると幸せな気分になるわ〜』などなど、聞いている俺まで嬉しくなる声ばかりだ。

 

 

 ──そして、運命の結果発表がやってくる。

 

 

 一ヶ月という長いようで短かった期間の中で、最も多くの新規ファンを獲得したライバーが優勝する『ヤチヨカップ』。

 その優勝者が、いよいよ決定されたのだ。

 

「お願い……!」

「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……!」

 

 綾紬と一緒に目を閉じて祈る。

 楽しそうに試合の感想を述べながら宙を舞い踊るヤチヨから、凄まじい速度で最終順位が公開されていった。

 

 ──第2位『ブラックオニキス』。新規獲得ファン数。101万4221人。

 

「……あ、天野くん。黒鬼達が2位ってことは……もしかして、これって」

 

 口を手で覆いながら涙目になっている綾紬に、俺は号泣しながら返事した。

 

 

「……ああ。──2人の勝ちだ」

 

 

 ──第1位『かぐや・いろP』。新規獲得ファン数。102万1680人。

 

 

 間違いなく、今日一番の歓声が爆発した。

 王者の優勝で決まりだと誰もが思い込んでいたところに起こった大逆転勝利。これで叫ぶなと言う方が無理な話だ。

 

「やった……! 彩葉達が勝ったんだ……! 天野くん、嬉しいね」

「……だな。本当に……やばっ、涙でスマコン外れそう」

「あははっ、もう〜、しっかりしてよね」

 

 共に結果を見届けた綾紬と一緒になって笑った。

 多分、同じように安心した顔をしていたと思う。それぐらい、嬉しかったから。

 

「天……んんっ、ムラクモくん。いろP達のところ行こ? 花丸あげなきゃ」

「そうだな。ちゃんとおめでとうって言わないと……ん?」

 

 人混みの中から酒寄とかぐやちゃんのところへ向かおうとした矢先。ふと、視界の端に白い毛皮に包まれた小動物を捉えた。

 あれは……間違えるはずがない。でも、どうしてこんな場所に……? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……悪い、ROKA。先に行っててくれ。俺もすぐに行くから」

「えっ? う、うん。分かった。じゃあ、先に行ってるね」

「ああ、また後で」

 

 綾紬と正反対の方向へ足を走らせ、見失わないように小動物を追跡。

 人混みを飛び出し、中心街の路地裏まで追いかけて、その小動物はようやく動きを止めた。

 

 

 ヤチヨの相棒にして【ツクヨミ】のマスコット的存在でもある──ウミウシのFUSHIが。

 

 

「……なんでここにいる? ヤチヨはまだかぐやちゃん達のところに──」

「──ヤチヨはここにもいるよ?」

 

 心臓が、止まるかと思った。

 路地裏の影から現れたのは、どこからどう見ても月見(るなみ)ヤチヨ本人だった。

 すぐに街中に張り出されている結果発表を生中継しているスクリーンに視線を向けるが、そこには確かにヤチヨの姿があった。

 つまり、目の前にいるヤチヨは分身体。そこまでは理解した。

 

 

 問題は何故わざわざ分身を使ってまで──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ヨヨヨ、理解が早くて助かるのです。そう、ヤチヨは君に用があって会いに来たんだ。FUSHIにも手伝ってもらったけどね。直接話すのは初めてかな? ──ムラクモくん」

「あぉっ……お、俺の、な、なまぇ……っ」

 

 不味い、呂律が回らない。帝に名前を呼ばれて気絶した諫山の気持ちが今なら痛いほど分かる。

 だが、気絶なんてしたら末代までの恥。推しにわざわざ会いに来てもらって名前まで呼んでもらえたのだ。下心なんて微塵もないが、このチャンスは無駄にしたくない。

 

「あの、なんで、そそ、その! 分身でわざわざ……いや! ヤチヨが分身出来ることぐらいは知ってるんだ、いや、ですけど。こんな風に会ってもらえるなんて、思わなくて。あ、握手券とかも今まであた、あたっ、当たったこと、なくて……!」

 

 なんだろう。死にたい。

 恥ずかしいわけじゃない。穴があったら入りたいわけでもない。ただ単純に、己の不甲斐なさに嫌気がした。

 

「あははっ! 愉快愉快っ! 君は面白い人ですな〜っ!」

 

 なんだろう。死にたくない。

 急に生きていることの素晴らしさを実感した気がする。呼吸、楽しい。

 

「言ったでしょ? 君に用があって会いに来たんだ。だから、緊張してるのはヤチヨの方、かな」

 

 そういえば、そんなことを言っていたような気がする。顔を見てから少しの間、軽く記憶が飛んでいたようだ。

 

「よ、用ってなんでしょう?」

 

 この世界の絶対的アイドルであるヤチヨと個人的な関わりを持つのはファンとしてどうかとは思うが、ヤチヨの方から来られたら断れるはずもない。

 もしや、『ヤチヨカップ』で優勝した酒寄とかぐやちゃんについてだろうか。一緒にコラボするのは確定だし、よく行動を共にしている俺に何か頼み事をしたいとかなら全然あり得ない話じゃない。

 

 そんな俺の予想を遥かに超える一言を、ヤチヨはいつも通りの完璧な笑顔で──俺に叩きつけた。

 

 

「いろPとかぐやに会うの、やめてくれるかな?」

 

 

 …………えっ? 

 

 言葉が、出てこなかった。

 何を言われているのか、理解出来なかった。

 いや、正確には理解していた。理解するのを脳が拒んだと言った方が正しい。

 

 固まる俺に、ヤチヨは更に言葉を続けた。

 

「──ほら? あの2人はもう立派なトップライバーでしょ? ヤチヨとコラボしちゃうぐらいにはさ♪ だから、その近くに()()()()()()って良くないと思うのです。これからの2人のことを考えるなら、君はもう2人の近くにはいない方が……ねっ?」

「そ、それは……!」

「君は誰よりもいろPとかぐやのこと、応援してたもんね。ヤチヨも酷いこと言ってるって分かってる。……でも、ごめんね。彼女達の近くに、()()()()()()()()()

 

 呼吸が乱れる。肺が痛い。

 

「これはいろPとかぐや、2人のために言ってるの。もちろん、現実世界で会うなとは言わないよ? ただ……【ツクヨミ】での接触はやめてほしい」

 

 いつものように気楽な雰囲気は欠片もない。

 ヤチヨはただ淡々と、俺に現実を投げかけてきた。

 

「ごめんね。本当にごめん。……でも、()()()()()()()()。ヤチヨは……私は、そう信じてる」

 

 どこか違和感を覚える言い回しですら、今の俺には胸に突き刺さる(こと)()でしかない。

 手が震えているのか、体が震えているのか、よく分からなかった。

 

 それでも、簡単に手放せるほど、俺はあの2人と浅い関係でいたつもりはない。

 いくらヤチヨに直接言われようとも、そう簡単に折れるわけにはいかなかった。

 

「……で、でも、俺はまだ、アイツらと、一緒に……」

 

 ダメだ、言葉が出てこない。今この時点で俺の感情など必要ないというのに。

 ヤチヨを納得させられる言葉が出てこない。今まで通りあの2人を見守れる居場所を守る言葉が出てこない。ヤチヨの言葉を否定出来る言葉が、出てこなかった。

 

 そんな俺にトドメを刺すかのように、ヤチヨが俺の手を両手で包み込んだ。

 夢にまで見た、最推しとの握手だった。

 

「──安心して? 2人とのライブが無事に成功して、()()()()()()()()()()()()()。今言ってるのは、その期限までのお話。具体的な日付とかは言えないんだけど、長くても一ヶ月ぐらいだからさ」

「……そ、そうなのか」

 

 なんだ。だったら問題ない。たった一ヶ月なら、大丈夫だ。

 期限付きと聞いて、少しだけ気が楽になった。

 

「……分かった。ヤチヨの言う通りにするよ」

「ありがとう。本当に、ありがとう。……臆病な私を、許してね」

 

 今までに見せたことがない悲しい笑顔のまま、ヤチヨは俺の手を離して消え去った。

 ヤチヨのあんな顔を見たことがあるファンなんて、ネットの世界広しと言えど俺ぐらいのものだろう。そう考えると、少しだけ優越感が──。

 

 

「──あれ? なんで……?」

 

 

 急に視界が【ツクヨミ】から現実世界にある俺の部屋へと切り替わった。

 

 涙で濡れたスマコンが、足下に落ちていた。

 

 





 実は芦花ってめちゃくちゃ泣いてるんですよね……。
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