親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
ヤチヨから酒寄とかぐやちゃんへの接触禁止令が出された翌日。
夏休みの日曜ということもあり、俺は昼過ぎまでベッドから出られずにいた。……違う、そんなことは関係ない。ヤチヨに喰らった正論パンチのダメージが深く、起き上がれなかっただけだ。
人気ライバーとなった2人の近くに男である俺がいるのは良くない。
正論すぎて何も言い返せなかった。そりゃそうだ、としか思えなかった。アイドルの近くに男がいて喜ぶファンなんていないだろう。
ヤチヨは現実世界での接触は禁止してこなかったが、それは俺の意思で控えるべきだろう。【ツクヨミ】だけ会わなくなるのは不自然だし、何より下手に顔を合わせてしまったら、隠し通せる気がしない。
一ヶ月だけ、たった一ヶ月だけの我慢だ。幸いなことに今は夏休み真っ只中。元々俺は積極的に外へ出るタイプでもないので、街中で偶然出会ってしまうこともない。
確か酒寄はしばらくの間バイトだったり模試だったりで忙しかったはずだし、かぐやちゃんだってヤチヨと行うコラボライブの準備に追われることになるだろう。
大丈夫、会うことはない。遊びの約束はもう入っていないし、何も問題はない。俺さえ我慢すれば、ヤチヨとの約束は守れる。俺さえ……我慢すれば。
無意識に毛布を握り締めると、タイミング良くスマホが震えた。誰かからのメッセージが届いたようだ。
「……酒寄」
メッセージの送り主は酒寄。
内容は『今日の夜、一緒にご飯食べない? 天野が面白そうなことになってる話もしたいし』というものだった。
面白そうなこととはなんだろうか。俺は絶賛地獄みたいな気分なのだが。それにしても、急に飯の誘いなんて──。
「……あっ、そうだった。……ヤチヨカップの、優勝祝い……」
明確な約束こそしていなかったが、優勝したらやりたいとは話していた。
酒寄も時間は作ると言っていたし、綾紬や諌山も来るんだろうな。かぐやちゃんが撫で回したくなる笑顔を浮かべて大はしゃぎしている姿が、ハッキリと目に浮かんだ。
俺も……行きたい。思いっきり、おめでとうと言いたい。
2人の努力を一番間近で見てきたのは、俺だ。
だからこそ、その結果を邪魔するようなことは、出来ない。
「……ははっ、最悪だな。……初めて酒寄に、嘘ついちまった」
──『今日は予定があるから行けない。ごめん』
自分で送ったメッセージを見たくなくて、俺はスマホを床に放り投げると同時に布団を被って二度寝した。
1人きりでいると、高校に入る前の自分を思い出す。
友達が作れず、かと言って虐められているわけでもない。ただそこにいるだけで、誰とも関わることが出来ない空気のような存在だった頃を。
何が原因だったのかは分かり切っている。俺だ。
話下手で、面白いことが言えず、相手の顔色ばかりを伺っているような奴、誰だって仲良くなりたがらない。
俺だってそうだ。俺が一番、あの頃の俺が嫌いだった。
だからこそ、高校で酒寄に出会えて本当に良かった。
きっかけが何だったのかはもう覚えていないが、よっぽどヤチヨに関する事だったと思う。鮮明に覚えているのは、酒寄の方から話しかけてくれたという事実だけだ。
親の保護下で何不自由なく生きてきた俺からすれば、自力で学費と生活費を稼ぎだす同級生がいた衝撃は計り知れなかった。
そこでようやく、俺は人生初めての勇気を振り絞った。酒寄と友達になりたいと思ったから。
酒寄は本当に良いやつだ。
頭が良くて面倒見が良くて、相手のことを思いやれる優しさを持っている。あんなに幸せになって欲しいと思う他人なんて、きっとこの先の人生ではもう出会えない。そう断言出来るほど、俺は酒寄に感謝している。
酒寄に比べたら差がある、なんて言ったら怒るだろうけど、かぐやちゃんも俺にとって大切な存在の1人だ。
まだ付き合いこそ短いが、あの純粋な笑顔に癒された回数はもう数え切れない。
……だから、酒寄とかぐやちゃんの邪魔をしたくない。
彼女達がトップライバーでいるために、コラボライブをこれ以上ないほどの成功に導くために、
「……つまんねぇな」
孤高のボッチだった俺もぬるま湯に浸かったものだ。たかだか3日誰とも会話していないだけで、大分精神がやられている。
旅行好きの両親は現在、北海道で悠々自適な避暑旅行中。放任主義と放任されたかった主義の良好関係でやってきたのだが、話したい時に話せないのは少しばかり困った。
ゲームで遊んではいたが、酒寄達と遭遇してしまう可能性のあるゲームは出来なかったので、必然的に知り合いがいないゲームを遊ぶことになる。よって、いつも通りの完全ソロプレイ。八つ当たりのようにオンラインで勝ち続けた。
帝を誘おうかとも思ったのだが、アイツが酒寄の兄だったことを思い出してすぐにやめた。酒寄やかぐやちゃん、それと綾紬や諌山からの連絡も今はほとんど無視している状態なのだ。
万が一にも帝から酒寄に連絡がいけばアウト、それぐらいのことが予測出来ないほど俺はバカじゃない。
「……ヤチヨとのコラボライブは8月30日か。楽しみだな」
50件を超えている未読をギリギリのところでスルーして、ベッドに倒れ込んでからかぐやちゃんの配信を覗く。
この配信を見ている瞬間だけが唯一心が安らぐと言っても良い。画面に映るかぐやちゃんはいつも通り笑顔で大騒ぎしながら、視聴者を振り回すようにエンジン全開。一度だけ登場した酒寄はコラボライブの告知だけしてすぐに姿を消してしまった。
「もう20時か……腹減った」
ベッドから体を起こし、2階にある自分の部屋から1階へと降りる。買い溜めしておいたカップラーメンで食い繋いできたが、そろそろストックが切れていたような気がする。
──やはり、ない。8個も食べれば当然だ。納得しかしなかった。
「……うおっ、マジか……」
他に食べられるものがないか探していると、パーカーのポケットに入れていたスマホが振動し始める。電話がかかってきたとすぐに分かった。
恐る恐る画面の表示を確認してみると、目に入った名前は『酒寄彩葉』。絶対に出てはいけない電話だった。
「……すまん、酒寄」
親友からの電話を無視するという罪と向き合うため、せめて着信が切れるまではスマホから顔を背けないようにした。しばらく震え続けていたスマホだったが、切れる瞬間は呆気ないものだった。
「……ふーっ」
思わず息が溢れた。罪悪感とか後悔とか、色々な感情が混ざっていたと思う。流石に完全無視は出来ないので、後でフォローのメッセージを送るのだけは忘れないようにしよう。
そういう感じに考えをまとめ、再び食料の捜索を開始したのだが──すぐにまたスマホが振動し始めた。
「こ、今度はかぐやちゃんか……」
恐らくだが、近くに酒寄もいるだろう。この時間ならバイトも夏期講習も終わっているだろうし、その可能性が高い。
出たら酒寄からの電話を無視したとバレる一撃必殺の着信だった。
「かぐやちゃんも……ごめん」
再びの死闘。スマホは大人しくなった。
「……何やってんだ、俺は。……コンビニ行くか」
空腹のせいで余計にネガティブが加速する。今夜は豪勢に飲み食いしよう。そうすれば少しは気分も落ち着くはずだ。
部屋で上着を羽織ってから玄関まで向かい、後は靴を履くだけとなった瞬間──スマホが短く震えた。
「? ……メッセージ?」
画面を見てみると、酒寄からだった。
──『でろ』。
「……ヒッ」
思わず背筋が伸びた。
たった二文字にこれだけの感情が込められるのだから日本語って凄い。酒寄がどういう顔でこのメッセージを送ったかまで簡単に想像がついた。
「ま、負けるな……」
スマホをズボンのポケットに入れようとするが、それを見透かしたかのように追撃がやってくる。
──『無視してるのは分かってるから』
──『電話でないと後悔するよ』
──『これが最後のチャンス』
ブーッ、ブーッ、ブーッ、と3連続の通知の後、最後通告と言わんばかりの着信がきた。
まるで首元に構えられた死神の鎌のようだ。これを無視したら……俺はどうなるのだろうか。
「……に、逃げよう」
家にいてはダメだ。どこか遠くに逃げよう。
そうだ、県外の方が安全だ。何故もっと早くそうしなかったのだと己の馬鹿さ加減に嫌気がした。要するに、俺には覚悟が足りていなかったのだ。彼女達から遠ざかるという覚悟が。
幸いなことに金ならある。
今の時代、スマホと財布さえあればどこにだって行けるのだ。
今から新幹線を予約して遠くに行こう。善は急げと、俺は慌てて靴を履いて玄関の扉を開けた。
そう、
「やっと出てきた。待ってたよ? ──天野」
「おーっ、流石は彩葉。真司を追い詰めたら外に逃げるって本当だったんだ〜」
扉を開けた先に待ち構えていたのは、スマホを耳に当てながらどこか妖艶な笑みを浮かべる酒寄と、心底感心したような顔をしたかぐやちゃんだった。
ラスボスがいた。2人も。
夏だというのに、家のフローリングは冷たい。半ズボンじゃなく長ズボンを履いてさえいれば……なんて、そんなどうでもいいことを考えている場合じゃない。
今の俺は蛇に睨まれた蛙も同然。自分の家のリビングの床で正座させられながら同級生の女子に見下ろされるだけの、情けない生物なのだから。
「──何か言い訳は?」
「……ありません」
「私達のこと無視してたって認めるんだ」
「…………はいっ」
言葉なのか分からないぐらいに細い返事を聞いて、腕を組みながら俺を詰めていた酒寄が大きなため息を溢した。
「……普通に心配したんだけど? 返事もこないし、何かあったんじゃないかってさ。かぐやなんて『真司に何かあったらどうしよぉぉおっ』って泣き叫んでたんだから」
「いやぁ? かぐや泣いてはなかったよ? むしろ泣きそうなぐらい心配してたのは彩葉のほ──」
「かぐや、余計なこと言わない。天野見て? かぐやが可哀想だと思わないの? こんなに目を赤くして」
「えーんっ、えーんっ、真司のこと心配だったよーっ」
いや、自撮りしてるじゃん。
俺が正座で怒られてるのをバックに。
「芦花と真実に送っとくね〜」
「ちょっ、それは待ってくれない? か、かぐやちゃん!?」
「誰が立っていいって言ったのかなぁ? 天野くん?」
「ハイ、スミマセン」
逆らえない威圧感なんて二次元の中だけだと思ってたけど、三次元にも実在してたんだ。
「まあ、事故や病気じゃないのがすぐに分かったことだけは良かったけどさ」
「な、なんで分かったんだ?」
「『ムラクモ』の名前をSNSで検索したらすぐにヒットした。ここ3日間ぐらいは大暴れだったみたいですね〜、プロゲーマーさん? 私達を無視してやるゲームは楽しかった?」
俺バカやん。そりゃそうなるわ。
「……で? もちろん説明してもらえるんだよね? 私達を無視してた理由」
「そ、それは……」
「彩葉がね〜、家に突撃しようって言ったんだ。かぐやは何か理由があるかもって言ったんだけど、引きずられて来ちゃった」
「だから余計なこと言わない」
こうして心配されていたという事実を目の当たりにすると、心の奥から申し訳なさが湧き上がってくる。
説明責任を果たせとは、ぐうの音も出ない正論だ。不安にさせた側による、不安にさせてしまった側への最低限の償い。俺にはその責任がある。
しかし、理由を説明することは出来ない。
説明すれば彼女達は必ずこう言うだろう。──関係ない、と。
それは彼女達の優しさに甘えてしまう結果に他ならない。
果たして、それで本当に良いのだろうか? それで俺は胸を張って一緒にいられるだろうか? ヤチヨの忠告を破り、心の中に違和感を残したままで。
──そんなわけがない。
俺は2人の邪魔をしたくない。
親友として、足を引っ張りたくなどない。その気持ちだけは強く持てる。
「……言えない。……ごめん」
俯いて黙秘権を行使する。
俺のプライドに懸けて、口を閉ざすことを選んだ。
「……真司ぃ。かぐや達のこと、嫌いになった……?」
「それは絶対にない。めちゃくちゃ大好き」
「えへへっ、良かった〜っ。だったらかぐやはもう満足。後は彩葉に任せるね〜」
言葉通りに満足したようで、かぐやちゃんはスマホに集中し始めた。
さっき撮られた写真を送っているとかなら阻止したいが、目の前の魔王がそれを許さないだろう。
俺は膝の上に揃えた拳を強く握り締めながら、酒寄の表情を伺った。
「──えっ」
酒寄は、泣いていた。
一目で分かるほどに瞳を潤ませ、悲しそうに俺の顔を見ていた。
何も言わない。ただただ純粋な心配を乗せて、俺に訴えかけていた。
俺は親友に、こんな顔をさせたかったわけじゃない。
ダメ押しと言わんばかりに、一言だけ酒寄が呟いた。
「…………話して?」
「ああ分かった。実はさ──」
俺のプライドは、一瞬で崩壊した。
酒寄とかぐやちゃんの2人に自宅に突撃され、3日間無視していた理由を吐かされてから10分後。
俺は酒寄達と一緒に【ツクヨミ】へとログインしていた。3日ぶりのログインだったのでログインボーナスのふじゅ〜がいつもより多めに入っていた。
少し離れていただけなのに、随分と久しぶりな感じがしてしまう。それだけ俺がこの世界に馴染んでいるということなんだろう。
酒寄のアバター……狐耳のいろPに首根っこを掴まれて地面を引きずられながら、幻想的な夜の街に胸が熱くなった。
「……くそっ、
俺のプライドを一瞬で崩壊させた酒寄の涙だったが、理由を吐いたすぐ後に目薬だったことが判明した。
かぐやちゃんと話している隙を見て目に入れたらしい。ドヤ顔で目薬の容器をプラプラされたのは流石にダメージを受けた。
「ふんっ、私に嘘ついた罰だよ」
男1人を引きずりながら街中を歩く不審者だということを微塵も感じさせない堂々とした態度だ。
帝達との戦いを経験して、ますます度胸がついたのだろうか。
「……あ、あのさっ、これってどこに向かってんの?」
「んーっとね、ヤチヨのとこ!」
「えっ、マジで?」
「マジだけど? ヤチヨに会って直接話さなきゃ、天野が納得しないじゃん。何か問題ある?」
あるある、大あり。ない理由を探す方が難しい。
こんなメンバーでヤチヨに会いに行ったら忠告破ったことがバレる。
いや、むしろバレに行っているようなものだ。
接触禁止令が出された相手と一緒に接触禁止令を出した相手に会いに行くなんて、ただの煽りプレイだろ。
「そ、そもそもヤチヨに会いに行くって言っても、どうするつもりなんだよ?」
ヤチヨは【ツクヨミ】の創設者にして管理者。
電子の海の歌姫として『全』を愛することはあっても『個』に肩入れすることはない。話をしに行くなんて勝手が許されるとは到底思えなかった。
「普通ならね。今の私達はヤチヨと
「そうそう、私達はヤチヨとコラボライブをする女の子だからね!」
……そうか。その繋がりがヤチヨのところへ導くのか。
どうせ今更、俺に抵抗する気力は残っていない。なるようにしかならないと、腹を括って引きずられることを選んだ。
「何かあったら、この鍵を使って会いに来てって言われてるんだよ」
「ヤチヨの部屋に行けるアイテムなんだってさ。天野、逃げないでよ?」
「こんなにガッツリ捕まえられてるのに逃げられるわけないだろ。……それに、逃げるつもりなんてないからさ」
適当な宿に入り、扉の前へと来た。
酒寄が懐から取り出した銀色の鍵を鍵穴へと差し込むと、扉の隙間から白色の光が溢れ出す。鍵を回してガチャリと音を立てると、酒寄は少しだけ緊張した表情でドアノブを回した。
──そこには。
「いらっしゃい〜☆ ……ようこそ、ヤチヨの部屋へ」
目当ての人物、
軽いノリの言葉で出迎えてくれたが、明らかに普段とは違う。間違いなく俺のせいだろうが、どこか緊張している雰囲気を感じた。
「用件はコラボライブのこと……じゃないよね?」
「うん、私達の友達について話がしたいの。少しだけ時間、貰っても良いかな?」
「そうそう、すぐに済むからっ。秒だよ秒」
この中で普段通りを保てているのは酒寄とかぐやちゃんだけで、ヤチヨは俺と同じく落ち着かない気分だろう。
俺がヤチヨの立場だったら絶対に気まずいし、出来ることなら会話したくはない。
それでも、ヤチヨは俺とは違う。
誰よりも人を愛し、人を楽しませることを愛する彼女が──向かってくる相手から逃げるはずがないのだから。
「……もちろんっ。聞かせて?
お淑やかに笑うヤチヨに、酒寄は頷きながら俺を前方に放り投げた。
──なんでぇっ?
「天野真司。プレイヤーネームは『ムラクモ』。この人は、私の親友」
「かぐやのお兄ちゃん的存在でもあるよっ!」
「……」
2人の言葉を聞いても、ヤチヨはただ穏やかな顔をしているだけで、何も言わなかった。
「天野に言ったんでしょ? 私達の人気に関わるから──
「……? ……えっ?」
戸惑いを見せるヤチヨに、酒寄が言葉を続ける。
「その忠告さ、ヤチヨの優しさだとは思うんだけど……天野相手だと過剰って言うか。言う相手が悪いんだよね」
「えっ……えっと、どういう?」
「天野ってすぐに考えすぎちゃう性格だから、仲良くしすぎないために私達のこと無視し始めたんだよ? あり得ないよね。ヤチヨはそこまでしろなんて言ってないのにさ」
「本当だよねぇ〜っ。0か100かしかないんだから」
それに関してはあまり強く否定出来なかった。
こういう面倒くさいところ、早く直していきたい。
「いっ、いや……ヤチヨが言ったんだよ? ……その、酷いこと」
「酷い? 酷いのは天野の思い込みだよ。自分が近くにいると私達の邪魔になるなんて言い出してさぁ。本当にばかっ」
「そんな心配する必要ないのね〜っ」
ここでもなんとなく正座している俺の頭をかぐやちゃんがポンポンっと撫でた。その優しさは嬉しいけど、甘えたくはない。異性が近くにいることで不満を持つファンは必ずいるのだから。
「天野、納得してないでしょ?」
「……な、なんでバレた」
「顔が分かりやすいからだよ。……はぁ、そんなお節介が必要ないってことを教えてあげる。ほら、これ見て」
「これは……俺と綾紬?」
酒寄が見せてきたのはとある動画。
そこには何やら暴れている俺と、それを宥めようとするかのような動きを見せる綾紬の姿が映っていた。
タイトルは『なんか観客席から飛び込もうとしてる保護者いたんだけど』、だった。
『離せROKAッ! 俺が行かなきゃっ! 2人を助けるんだっ!』
『プ、プロゲーマーになるために生まれてきたんじゃなかったのっ!?』
『なんだその社会不適合者っ!』
『自分で言ったんじゃんっ! ダメだってっ! 考え直してぇ〜っ!!』
『事務所だのスポンサーだの邪魔くさいんだよっ! ゲームは好きな時に好きな場所でやるもんだろがっ! 何が契約だ知るかボケッ! 親友のピンチに駆けつけられないぐらいならプロゲーマーなんて辞めてやらぁッ!!』
『その親友が悲しむって〜ッ!! いろPが絶対怒るって〜ッ!!』
『それもそうだなっ! じゃあ助けてから怒られることにするッ!』
『もうダメだぁぁっ!! 誰かこの人を止めてぇぇっ!!』
「かぐやち゛ゃぁぁあ゛んっ!! いろPぃぃぃい゛い゛っ!! 今行くからなぁぁぁああっ!!」
記憶を呼び起こし、思い当たる瞬間を探してみると──割と最近のことだと分かった。
「これって、『ブラックオニキス』と『KASSEN』で戦った日のやつか」
「そっ。その時の天野と芦花を近くにいたプレイヤーが撮影したもの。これが今【ツクヨミ】でちょっとした騒ぎになってるの。──ムラクモが『かぐや・いろP』の親友兼、
「……はい?」
「ぶふっ、この映像何回見ても面白いよね。真司はもちろんだけど、芦花も必死すぎておもろっ」
再生数のところを見てみると、驚異の1680万回再生。
ショート動画扱いのものとは言え、高すぎる再生数を叩き出していた。
「コメントも見てみて」
酒寄に促されるままに、コメント欄を指でスクロールしていく。
「『迷いなくプロゲーマー捨てようとしてて草』。『これは保護者ですね、分かります』。『事務所とスポンサーより親友を取る男』。『社会不適合者の勢いで笑う』。『どけっ! 俺は親友だぞっ!!』。『助けてから怒られることにするは覚悟決まりすぎ』。……なんだこれ」
「他にも『ROKAちゃんのあんな必死な顔初めて見た』とか『人気インフルエンサーに退職を止められる男』ってのもあるよ。かぐやの一押しはやっぱこれかな〜っ。『顔怖すぎて泣いた』」
なんか知らんやつに勝手に怒ってるところ見られて、勝手に泣かれてた。
「この動画のせいと言うかお陰と言うか、【ツクヨミ】全体に天野が私達にとっての保護者枠っていうイメージが浸透してる。……だから、私達の人気を気にして距離を取るなんてこと、必要ないの。分かった?」
「そもそも真司と一緒にいて文句言ってくるやつなんて、こっちから願い下げだってーのっ!」
「そういうこと。それにかぐやはともかく、私は別に人気者になりたいとか全然ないし。天野に無視される方が100倍嫌なんだけど? そんなことも分からないでこの男……思い返したらムカついてきたな」
俺の顔を見て目を細めながら、酒寄がジリジリと詰め寄ってきた。
ヤバい、と思った瞬間、間にかぐやちゃんが入ってくれた。
「まあまあ彩葉〜、照れ隠しはそれぐらいにしなって〜。真司も反省してることですしなぁ」
「別にそんなんじゃない! 私はただ──」
「あー、でもぉっ。心配で不安になってた彩葉可愛かったなぁ〜っ! かぐやの手をギュッて握ってきてさ〜! ねぇねぇっ、また今度あれやっ……ふぎゅっ!?」
「余計なことしか言わないお口はこれかな〜?」
「ん゛っ! だっ、だって本当の……んぎゅぅっ!!」
どうやら粛清対象が俺から切り替わったようで、酒寄が全力でかぐやちゃんの口を手で物理的に塞ぎ始めた。
その姿は母と娘のようでもあり、姉と妹のようでもあり、見ていてとても微笑ましい光景だった。
「……ねぇっ、ムラクモくん」
不意に、ヤチヨの顔がすぐ隣にあった。
そんな耳元で綺麗な声を囁かないでほしい。心臓止まるかと思った。
「な、なに?」
「どうして……言わなかったの? ヤチヨが……
やはりと言うべきか、予想通りの質問だった。
酒寄の言葉を聞いた時から納得がいかない様子だったし、早く問いただしたくて仕方なかったことだろう。上手い具合に話がまとまったので、今訊ねてきたのはヤチヨなりの配慮と言ったところか。
「……俺さ、本当に2人のことが大切なんだ。だから、ヤチヨの言ったことが正しいってすぐに思った。酒寄にはめっちゃ怒られたけど」
「……うん。それは、よく分かったよ」
「ヤチヨに言われた言葉をそのまま伝えたら……なんか、ヤチヨが悪者みたいになる気がしてさ。酒寄もかぐやちゃんも、きっと、俺のために怒ってくれる優しい女の子だから」
自意識過剰ではない。家にまで突撃されてそう思ってしまっては、流石に絶縁されかねないからな。
「そんな……ヤチヨのことなんて、気にしてくれたの?」
「ははっ、当たり前じゃん。何があっても俺は
酒寄ほどではないが、俺もヤチヨに救われてきた人間だ。
どんな孤独の中にいても、ヤチヨの歌を聞けば元気になれた。ヤチヨの声を聞けば勇気が湧いた。ヤチヨの笑顔を見れば頑張れた。
俺にとってヤチヨは、酒寄達と同じぐらい大切な存在なのだ。
「…………そっか。そうなんだね」
「忠告守れなくてごめん。やっぱり俺は、2人と一緒にいたいんだ」
「謝る必要はないよ〜。ヤチヨも……ようやく覚悟が決まったから」
これまでの雰囲気から一変し、ヤチヨはいつも見せてくれている笑顔に戻った。
言葉通り、何か吹っ切れたようだ。
「……何かあるなら、必ず力になるよ。俺への忠告って、酒寄とかぐやちゃんのためだけにしたものじゃないんだろ? 俺が2人の近くにいると──
「そこまで見抜いてたんだ。やるね〜」
「伊達にずっと推してないって。ファンだからね」
「……うん、ありがとう。……じゃあ、私が困ってたら、ちゃんと助けてもらうとするよ」
どこまでも慈愛に満ちた笑顔で、ヤチヨはそう言ってくれた。
嬉しいと言うより、どこか誇らしい気持ちになった。本当の意味で、ヤチヨに認めてもらえた気がしたから。
「──天野っ。そろそろ帰るよ」
「ぐえっ。ちょっ、酒寄。もう掴まなくて良いって。ログアウトするだけだろ?」
「だめ。天野はすぐ逃げるから」
「メタルスラ◯ムみたいだねっ!」
誰がレアモンスターだ。
「それから、ちゃんとヤチヨに謝った? 天野が暴走したせいでヤチヨにも迷惑かけたんだからね」
「そ、そうだな。ヤチヨ、本当にごめんっ」
「ノンノンッ、謝る必要はないのだよ〜。ヤッチョの方こそごめんね〜! ヨヨヨ、余計なことを申しました」
「あー、真司がヤチヨのこと泣かしたー」
「かぐやちゃん。過激派に殺されるから配信とかで絶対そんなこと言っちゃダメだよ?」
こうして、俺自身は何もせずに問題が解決された。
情けない限りだが、本当に嬉しい。またこの居場所に戻ってくることが出来て。
「じゃあヤチヨ。時間作ってくれてありがと。私達はこれで落ちるね」
「練習頑張ってるから! 最高のライブにしようねっ! ヤチヨ!」
「もっちろんっ。私達なら絶対大丈夫っ! ライブの日を楽しみにしてるよ〜っ!」
ログアウト操作を完了し、俺達のアバターが消滅していく。
意識が現実世界へと戻る間際、ヤチヨの声を聞いた気がした。
「──これが、
「だっ、だから! もう捕まえてなくても逃げないって!」
「だめだって言ってるじゃん。家に着くまでは離さないから」
「かぐや達の新しい家すっごいよっ! 真司は腰抜かすかもね!」
現実世界に戻って来てからすぐに俺は家から連れ出され、酒寄とかぐやちゃんの2人に手を引かれながら、昨日引っ越したばかりという彼女達の新居を目指して歩いていた。
流石にかぐやちゃんが有名になりすぎたのもあるし、あのアパートじゃセキュリティに問題しかない。新しく借りた部屋は高層のタワマンだと言うし、一安心だ。
「で、でも、なんで今から? 別に明日でも」
「忘れたの? 今から『ヤチヨカップ』の優勝祝いするんだよ。料理だってもう用意してあるんだから。天野のせいで延期することになったんだからね」
「かぐやが作ったの! 机を埋め尽くすぐらいたくさんあるよ! 芦花と真実も待ってるから、早く行かなきゃ!」
そうか、優勝祝いか。
少しだけ、足取りが軽くなった。
「時間がもったいない……! かぐやっ、天野っ、走るよっ!」
「うおーっ! 加速じゃいっ! 真司ぃ〜、かぐやのことおんぶして〜?」
「俺に走らせるのかよっ。……良いけどさっ!」
「やりぃ〜っ! うはっ! かぐやの背が高くなった〜!」
「かぐやをおぶっててもスピード落とさないからね!」
俺には手を引っ張ってくれる人、身を任せてくれる人がいる。
それだけで──恥ずかしくなるぐらい幸せだった。
【悲報】スパダリが強すぎる。
ロケット団の3人組も「くよくよタイムなんて5秒で十分」って言ってたし、主人公がくよくよするのなんて1話で十分すわ。