親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
8月30日。
毎日カレンダーで指折り数えていたこの日が、遂にやって来た。
ヤチヨ、かぐやちゃん、酒寄の3人によるコラボライブ開催の日であり、『かぐや・いろP』が名実共にトップライバーへと至る記念すべき日でもある。
ライブ開始は午後8時。かぐや姫らしく、月の出ている時間帯だ。ライブ開始まで既に1時間を切った。次第に緊張が増していく。
俺は3時間前からログインしている【ツクヨミ】にて、ライブ開始を今か今かと待ち侘びているところだ。
共にライブを見ると約束した、数少ない友達と共に。
「帝〜っ、マジでヤバい。口から心臓出そう。もうすぐ始まるぞっ、ヤバいって」
「はいはい、分かった分かった。お前よく3時間近くもそのテンションを維持出来るもんだな」
「逆にお前は何でそんな冷静なんだよ?」
「ライブ成功祈願とかで昨日お前にボコられたからだよっ!」
「すまん。気持ちを落ち着けるにはサンドバッグを殴るのが……いや、戦うのが一番だと思って」
「全部言ってんだよコラッ、誰がサンドバッグだコラッ、4本は取っただろうがコラッ」
「50本中の4本な? 10本中みたいなテンションで言うなよ。しかもその4本は新技喰らって取られたやつだし、次からは通用しないと思え」
「くそっ……また新しいやつ考えねぇとな」
俺もなんか新技とか考えようかな。プロゲーマー辞める発言が話題になったこと事務所から怒られたばかりだし、ご機嫌取りも兼ねて。
「まあ、それは良いとして。……ヤバいって! もうすぐライブだぞおいっ!」
常連となっている茶屋の屋外テラスにて、隣の席に座っている帝アキラの肩を叩きまくる。
これからライブを見届けられるのだと思うと、高ぶる気持ちが抑えられない。
「だから落ち着けってのっ! お前、ライブが始まる前にぶっ倒れる気かよ?」
「そんなわけないだろ。あの3人のライブを見逃すぐらいなら死を選ぶ」
「うわーっ、厄介オタクこっわ。あっ、お前は保護者だっけ? あの動画笑わせてもらったわ、サンキュー」
「かぐやちゃんのぬいぐるみとうちわとペンライト持って来てる奴に言われたくねぇんだよ。直接ライブ会場で見るわけでもないのに何だその重装備は? ファンが見たら幻滅するぞ」
手にはいつもの金棒ではなく、可愛らしいとしか表現出来ないうちわとペンライト。
とても天下の黒鬼集団を率いるリーダーには見えない。
「良いんだよ、俺がかぐやちゃん推しだってことは周知の事実だから。原作からして『帝』と『かぐや姫』は繋がってるからなぁ! 竹取物語に感謝だぜっ」
「めちゃくちゃ負けイベントじゃねぇかっ! 警備員さーんっ、ここに気持ち悪い人がいますよーっ!」
「お前に言われたくねぇんだよっ! ……そもそも、俺はお前が会場で見ないってことにまだ驚いてんだぞ? どうして俺達と一緒に中継映像で見ようなんて思ったんだ?」
一呼吸置いてから、帝が心底不思議そうに訊ねてきた。
確かに、当たり前の疑問だろう。俺がライブ会場で直接見ない理由、それは至ってシンプルなものだ。
「愚問だな、帝。──
「カッコいい感じに敗北宣言すんなよ。そんなもん、かぐやちゃん達に頼めばなんとかなったんじゃねぇの?」
「お前チート使うのに抵抗とかないのか? プロゲーマーなのに?」
「全てを捨てても良いってぐらいの戦いなら、迷いなく使うぞ」
「……お、おう。……そ、そうか」
マジ顔でされた予想外の返答に、思わず押し負けてしまった。
スポンサーやファンからの信頼を失うチート行為に対して、コイツは厳しい価値観を持っていると勝手に思っていた。
「……まあ、最前列が取れなかったってのが最大の理由ではあるけど……直接見たら絶対泣くからな、俺。そんな迷惑なやつが会場に入るより、他の人に大声で応援してもらいたい」
「おいおい、子供のお遊戯会じゃねぇんだぞ」
「じゃあお前、酒寄……じゃなくて、いろPが必死に演奏してる姿を見て何も思わないのか? 兄として、妹の晴れ舞台を見て込み上げてくるものは何もないと?」
「それは…………彩葉、大きくなったな」
「泣いてんじゃねぇか」
バカに出来ない綺麗な涙が一筋、帝の目から溢れた。
お兄ちゃん。いや、鬼いちゃんの目にも涙である。
「だから、俺はここで良いんだ」
「そうかい。まっ、後悔しないなら良いんじゃねぇーの? 後でやっぱ会場行けば良かった〜とか舐めたこと言うんじゃねぇぞ」
「お前もな、シスコン」
「俺はシスコンとかと違う。アホ抜かすな」
「京都弁が漏れてるぞ? 図星を突かれて怒ったか? 妹のこと大好きなくせに家に置き去りにして上京したことまだ後悔してるもんな」
「うっさいわ。長々と言い訳垂れ流してるだけの腰抜けのくせに。ハッキリ言えや、ボクは直接見る度胸がないだけのビビりですって」
「「……ッ!!」」
俺が帝の頭に生えている角を掴んだのに対して、帝は俺の頬と髪を掴んだ。
痛覚の機能が搭載されていない【ツクヨミ】では実際の痛みを与えることは出来ないが、周りから見た時の見苦しさは変わらない。
俺達は小学校低学年でもしないような喧嘩を始めた。
「醜い争いはやめろ」
「2人とも本当バカだね〜っ。俺、他人のフリしよっと♡」
俺と帝の見るに耐えない小競り合いを止めたのは遅れて来た『ブラックオニキス』のメンバー、
雷の正論の後に乃依の罵倒が飛んでくると何故か凄く痛い。冷やされた頭を熱したタオルで殴られたような気持ちになるのだ。
2人は手に持った飲み物を机に置きながら、帝の隣へ並ぶようにして着席。
これで今回のライブを同時視聴するという約束を取り付けたメンバー全員が揃ったわけだ。
「……ま、まあ? 俺は大人だからな? この辺で許してやるよ」
「ぬいぐるみと一緒の画角で言うなよ。説得力の欠片もねぇわ」
「大体、お前がうるせぇから悪いんだろ。……なんでそんなに緊張してんだよ? ライブするのはかぐやちゃん達だろうが」
「そんなことは分かってんだよ。……ただ、2人がどれだけ練習してきたかを俺は知ってる。落ち着けるわけ……ないだろ」
かぐやちゃんは言わずもがな全力で、酒寄は少ない自由時間を使ってプレッシャーと戦いながら頑張っていた。
それを直接見ていただけに、落ち着かないのだ。
「それで? ミスらないように祈ってるわけ?」
「あ? 2人がミスるわけねぇだろ。その首、今ここで跳ね飛ばすぞ」
「目が本気なのやめろや……。でもよぉ、お前がそんな状態でライブを見ても、2人は喜ばねぇんじゃねーの?」
「それは……」
悔しいが、何も言い返せない。
「本質を見失うなよ、ムラクモ。かぐやちゃん達の役目はファンを楽しませること。そして、俺らファンの役目は楽しむことだ。そのどちらかでも欠けたら、良いライブになんて絶対ならねぇからな」
1900万人以上のファンを抱えるトップライバーの言葉には、確かな重みを感じた。
癪だが、帝の言うことが全て正しい。俺は1人で何をやってんだか。
「……悪かったよ、帝。お前の言う通りだ。さっきは言いすぎた、ごめん」
「素直に謝られると……それはそれで気持ち悪りぃな」
いや、コイツやっぱりムカつくな。首を跳ね飛ばすんじゃなくて角を斬り飛ばそうかな。鬼っていうアイデンティティを無くしてやろうか。
一瞬本気でそんなことを考えたが、俺が刀を振るうまでもなく、帝は味方側からの攻撃を受けることになった。
「お前も少しは見習ったらどうだ?」
「だよねぇ、帝は自分が悪くてもこんな素直に謝んないし。そういうとこガキみたーい♡」
「雷っ! 乃依っ! お前らは俺の味方でいろよっ!」
「リーダーは絶対だが、味方でいるかどうかは別の話だ」
「俺が帝の味方したことなんてあったっけ? いつでも背中から撃ち抜いてあげるよ♡」
「『ブラックオニキス』の内部分裂か。……良い奴らだったよ。リーダー以外は」
「勝手に壊すなッ! てか、しれっと俺のことディスってんじゃねぇっ! ……まあ、あれだ。俺も少し口が悪くなったな。……すまん」
「え、気持ち悪っ」
「気持ち悪いな」
「きも〜♡」
「なんなんだお前らはよぉっ!!!」
友達との楽しい会話のお陰で、気付けばライブ開始時刻が迫ってきていた。
緊張も落ち着いたし、帝もたまには役に立つ。
「……不本意だけど、帝のお陰で大切なことに気付けたよ。ありがとう。ついでにこの前、俺が『かぐや・いろP』のファン第一号だってマウント取りまくったことも謝る。ごめんな」
指を軽く振って『かぐや・いろP』の電子ファンカードを出現させ、帝の前に持っていく。
これはライバーのファンになった証としてゲット出来るカードであり、右上に何人目でファンになったかの数字が刻み込まれていくシステムだ。当然、俺のカードはNo.1。
帝もそれなり早い段階でファンになってはいるが、所持しているのはNo.103。本人曰く、
「嫌なこと思い出させんじゃねぇよ。それと、もう一度ファンカードのNo.1を俺に見せたらマジでぶん殴るからな? ……おらっ、もうライブ始まるぞ。楽しむ用意しとけ」
「くそっ、俺もペンライトとか持ってくれば良かった……! グッズの所持数なら誰にも負けないのに……!」
やはり俺は帝の言った通り、ただの腰抜けだったのだ。
自分の首を跳ね飛ばしたくなってきた。どんだけ臆病者なの? このバカ。
「俺ので良ければ貸そう。2本ある」
「俺からはうちわ貸してあげるよ〜。はい、どーぞっ」
「……仕方ねぇな。ほれ、かぐやちゃんのぬいぐるみ持ってろ」
何もなかった俺だったが、武士の情けと言わんばかりに次々と魅力的なグッズが装備されていった。
3人へ思いっきり頭を下げ、空中に映し出されているスクリーンへ顔を向ける。
究極的に最高なステージの──幕が上がった。
ライブ開始から1時間。
俺は貸してもらったペンライトとうちわを振りながら、かぐやちゃんのぬいぐるみと共に3人の楽しそうな姿を目に焼き付けていた。
安定感抜群のヤチヨは言うまでもなく最高だし、かぐやちゃんは天使のような笑顔で楽しそうに歌って踊っていた。
酒寄は最初こそ緊張していた様子だったが、かぐやちゃん達の影響かすぐに落ち着きを取り戻し、全力でキーボードに指を走らせた。
「うぐっ、ひぐっ、かぐやち゛ゃん……ざがより゛ぃぃいいっ」
「おばえ、泣きすぎ、なんだよ。……いろ゛はぁっ。こんなに、立派になって……!」
「……会場に行かなくて正解だったな」
「グループの人気、確定で落ちるとこだったね〜」
何やら帝がメンバー達に冷たい目を向けられていた。
可哀想だが、そんなぐちゃぐちゃな泣き顔を見られたら無理もないか。
「おい、ムラクモぉ……見たか? 彩葉の、楽しそうな顔。あと、ヘイベイビーかわいすぎるだろ。俺の妹がかわいすぎるだろぉ。……悪い虫とか出てきたらすぐ俺に言えよ。ぶっ潰すから」
「何言ってんだ帝……俺が先に潰すから、お前の出番はない」
今回のライブで間違いなく、かぐやちゃんと酒寄の人気は爆上がりしただろう。
2人とも可愛いのに加えて可愛いし、可愛いだけじゃなくて可愛いってところが問題だ。
「そういえば、お前がその悪い虫にならない保証がなかったな。言っとくが、兄として認めねぇぞ」
「なるわけねぇだろ」
「あ゛あっ? 今、彩葉に魅力が無いって言ったか?」
「めんどくせぇこの兄貴……」
胸ぐらを掴み上げながら顔を寄せてきたお兄ちゃんに、思わず本音が溢れた。
好きな人がいるなんてコイツには絶対バレたくなかったので、俺は真剣な声と顔で断言した。
「魅力しかないに決まってんだろ」
「やっぱ悪い虫か。よぉし、刀抜けぇ。今なら負ける気がしねぇからよ。……いでぇっ!」
「やめろ。ムラクモが困っているだろう」
「帝の頭殴ったらだめだよ〜? これ以上シスコンが加速したら困っちゃうしさ」
「何だよ雷! 乃依! お前らムラクモの味方かっ!?」
「ライブに集中しろと言ってるんだ。それに、ムラクモがそんな奴でないことは、お前が一番知っているだろう?」
雷からの一言に、帝は冷水をかけられたかのように大人しくなった。
えっ? そうなのか? 俺って意外と帝からの人間的評価が高かったりする?
「……ふんっ。ちょっとした冗談だっての。そもそも? お前なんかにうちの彩葉が惚れるわけないしな」
「いや、冗談の目じゃなかったけどな。久しぶりだったよ、お前を怖いって思ったの」
雷が割って入ってくれなかったら反射で刀を抜いていた。
コイツの酒寄に対する愛情は、俺が思っているよりも根深いのかもしれない。
「ねぇねぇ、見なくて良いの? 歌は終わったけど、ファンサタイム中だよ〜? 見逃したらうるさいんだから、バカ2人は早く席に着けよ♡」
「「はい、すみません」」
男とは思えない可愛らしい笑顔の裏側に、有無を言わさない迫力を感じた。
結婚したら旦那を尻に敷くタイプ……って、コイツの場合、旦那はどっちになるんだろうな。
「──あっ? なんだありゃあ」
乃依の未来について少しだけ思考を巡らせていると、隣の帝から何やら不穏な声が聞こえてきた。
すぐにスクリーンへと視線を戻すと、その理由が一瞬で理解出来た。
さっきまで映し出されていたライブ中継から、
「月……かぐやちゃんが言い出した何かの演出か? ムラクモ」
「……いや、かぐやちゃんが色々と教えようとはしてきたけど、ネタバレは回避したから分からん。……でも」
──何か、おかしい。
プロゲーマーの『直感』とでもいうのか、何か良くないことが始まったという確信があった。
そんな俺の思いを確定させるかのように、ライブの映像がまた切り替わる。
【2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12 2030/09/12】
黒い背景に赤色の数字が無数に張り出されている。
それはまるで──警告文のようだった。
「……
「お、おいっ! ムラクモッ!!」
帝からの呼びかけも無視してテラスから飛び出し、湧き上がった嫌な予感に背中を押されてライブ会場へと全速力で駆ける。
屋根から屋根へと飛び移り、最短ルートで向かった。
会場の通路を駆け抜け、観客席の1番後ろからステージの様子を確認する。
観客達のどよめきに耳を痛めながらも、中央ステージにいる酒寄・かぐやちゃん・ヤチヨの3人な姿を見つけることが出来た。
そして嬉しくないことに、嫌な予感が的中した。
俺の視線の先にいたのは何故か放心状態で座り込んでいるかぐやちゃんと、それを守るようにして武器を構えている酒寄。
2人に近付いていくのは灯篭にも似た頭をした人型の『何か』だ。片腕が切れていることから察するに、酒寄が攻撃したのだろう。
つまり、
「──待てってッ!!」
刀に手をかけて飛び出そうとした瞬間、帝に動きを止められた。
帝からの指示を受けたのか雷が両手首を、乃依が体を押さえてくる徹底ぶりだ。筋力のパラメーターが高い俺でも、これは流石に動けない。
「離せっ! 帝ッ! 酒寄達が危ないッ!」
「ライブをぶち壊す気かっ! まだ演出って可能性が残ってるだろッ! ヤチヨちゃんがこういう展開好きなことぐらいお前なら知ってんだろうがっ!」
確かにそうだ。ヤチヨはこういう視聴者を少しだけ焦らせてくる演出を好んでいる。
しかし、これは違うと断言出来た。
「かぐやちゃんの様子がおかしいっ! それに酒寄が武器まで出してんだぞっ!? 明らかにイレギュラーだろっ!!」
「なっ、なんだと……?」
そこまで言ってようやく、帝が俺の拘束を解いた。
雷と乃依もそれを見て離れてくれたので、改めてステージへ乗り込もうとしたのだが──先にヤチヨが対処したことで自体は解決。
正体不明の乱入者達はその不気味な姿を消した。
『今のは一体……!? どうなってしまうんだっ!? 続報を待てっ!』
ヤチヨは観客達にそう伝えながら、ステージの照明を落とした。
自分の手による演出として騒ぎを起こさない手段を選んだらしい。
「……なんだったんだ? 今の奴らは」
何も分からない状況の中で、立ち尽くすだけ。
帝達を責めるつもりは毛頭ないが、俺はまた何も出来なかった。
その事実が鋭く、そして深く、俺の胸に刺さった。
コラボライブの翌日、俺は綾紬と諌山に誘われて【ツクヨミ】内の定番待ち合わせスポットである川辺の喫茶店──通称『ツクヨミ川床』に来ていた。
隣に座っているのは、昨日無事にライブを大成功させた酒寄。各々が労いと感想を彼女に伝える場となっていた。周りに他のプレイヤーもいないため、呼ぶ際も普通に本名である。
「昨日のライブ良かったよ〜! 彩葉〜!」
「良すぎて泣いた〜っ! 花丸付けたげるっ」
「あ、ありがと……」
諌山と綾紬からの言葉を聞いて、酒寄は照れながら笑った。
大舞台が終わって肩の荷が降りたのか、表情は柔らかい。
「そういえば、かぐやは〜?」
「……えーっと、魚を捌いてたよ」
嘘のようだが本当の話だ。ここへ来る前に俺のスマホにもデカい魚を捌いているかぐやちゃんの写真が送られてきた。寿司を握りたいらしい。相変わらずの挑戦欲と好奇心だ。
昨日の異変で体調不良を引き起こした、なんてことはないようで一安心した。
「酒寄、昨日は眠れたか?」
「んーっ……まあまあ、かな。ようやく少し緊張が抜けてきたって感じ」
笑ってはいるが、どこか無理をしている。俺に向けられた酒寄の顔は、そんな顔だった。
綾紬と諌山もなんとなく酒寄の様子を察したのか、手短にまとめた言葉で夏らしい提案をし始めた。
綾紬が出したのは1枚の電子チラシ。
一目で分かるほどに大きな文字で──『花火大会』と書かれている。
「夏の終わりに花火などいかがかな〜、お嬢さ〜ん」
「屋台に出店に食べ歩き〜、楽しい事たくさんだよ〜」
綾紬はともかく、諌山は食うことしか頭になかった。
「だってさ。どうだ? 酒寄」
「うん、良いと思う。……場所は電車で1時間ぐらいか。みんなで行くよね?」
祭りの誘いを聞いて、酒寄の表情が少しだけ明るくなった。流石は綾紬と諌山だ。俺じゃこんなスマートにはいかなかっただろう。
「ノンノン、我らには大事な使命があるから行けないのです」
「夏休みの宿題を完全に放置していたのです」
前言撤回。別にスマートではなかった。
「今日31日だけど……大丈夫なのか?」
「えへへ〜っ。……天野っち、助けてって言ったら助けてくれるの?」
「真実、やめなさい。あんたの地獄に天野くんを巻き込まないの」
相当崖っぷちなのか、死んだ表情で諌山が問いかけてきた。綾紬に嗜められると、涙目で敬礼した。思わず、俺も敬礼を返した。
「……というわけで」
「あとはよしなに〜っ」
用は済んだと言わんばかりに、綾紬と諌山がログアウトした。多分、酒寄のことを気遣ったんだと思う。本当に優しい女の子達だ。俺もこういう人間になりたい。
「……あ、天野っ。この日、空いてる? かぐやは多分大丈夫だから、良かったら3人で……」
チラシをこちらに向けて、どこか不安そうに誘ってきた酒寄。普段が凛々しい分、弱々しさを感じてとんでもないギャップだ。これはファンが増えるのも納得させられるな。
もちろん、お誘いとあらば喜んで──と、言いたいところなのだが、今回は遠慮させてもらう。今の酒寄に必要なのは友達ではなく、かぐやちゃんと過ごす時間だと思ったからだ。
「悪い、俺も用事があってな。花火大会にはかぐやちゃんと2人で行って来い」
「そ、そっか……あははっ」
なんだろう、心が痛い。ズキンズキンッとかじゃなくてブチィッって千切れそうな痛みだ。
やめてくれ、そんな顔するの。俺は酒寄のそういう顔が4倍弱点かってぐらいに効くんだ。
「じゃあ、俺も落ちるよ。またな、酒寄」
「……うん。……またねっ」
本当は、聞きたいことがある。
昨日ライブに現れた奴らは何なのかとか、かぐやちゃんに何があったのか、などについてだ。
しかし、それは今ではない。酒寄が自分から言ってこない以上、俺が上手く聞き出せるはずもないしな。こういう時、どう動くのが最適なんだろう。俺にもっとコミュ力があれば分かったかもしれないな。
己の無力さにため息を溢しながら、スマコンを外してケースに戻す。
座っていたゲーミングチェアからベッドに移動し、背中から倒れ込んだ。
「……『2030/09/12』か」
あの時、モニターに表示されていた数字は日付を繰り返したものだった。
スマホで検索してみた結果、ヒットした中で最も正解に近いものと思われるのが──
「奴らの狙いは……かぐやちゃんなのか?」
かぐやちゃんが月から来た人物だと、俺と酒寄だけが知っている。
全く笑えない話だが、ふと竹取物語が頭をよぎった。月への強制送還、あの日付はそれまでに残されたタイムリミットを知らせているのではないか、と。
「……いや、何も証拠がないか」
こういう時、嫌な方にばかり想像力が働くネガティブな性格が嫌になる。
気分転換にSNSで猫動画でも漁ろうかとスマホをタッチすると、メッセージの受信が表示されていた。
「
ついさっきまで直接会っていたにも関わらず、何の用だろうか。
数秒ほど考えてみたが予測の一つも立たなかったので、素直にメッセージに目を通すことにした。
『彩葉と花火大会、行くよね?』
「……あーっ、なるほどね」
どうやら、俺が酒寄と一緒に花火大会に行くのかどうかを確かめたかったようだ。
自分の好きな人が自分のいないところで男と一緒に遊ぶようなことがあれば、気になるのは当然だろう。そんな気遣いは全くなかったが、結果的に綾紬には良い報告が出来た。
「かぐやちゃんと2人きりで行って来いって言って、断ったよっと。……おっ、もう返信きた」
こちらから送信してすぐに綾紬からの返信。
内容は──『良かったら9月1日に2人で一緒に出かけない?』というものだった。
「……えっ?」
9月1日、酒寄とかぐやちゃんが花火大会に行く日だ。
宿題が残っているという話はなんだったんだろうか。まさか、俺と同じようにかぐやちゃんと2人で行かせようと嘘をついた? 綾紬なら十分にあり得る話だが、それで俺を遊びに誘ってくる理由が分からなかった。
あまり返信を待たせると失礼だ。
俺は予想外の展開に動揺した気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸を挟んでから──『やかった』と、思いっきり誤字したメッセージを返した。
笑えるぐらい、手が震えていた。
いよいよ明日から『超かぐや姫!』が全国公開されますねっ!近くの映画館でやってくれる喜びよ……!
そして引き続き、たくさんのお気に入り登録・感想・評価・ここすき、ありがとうございます!