親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい   作:スイートズッキー

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8話 人の気持ちは知ろうとしなければ分からない

 

 

 

 本日、9月1日の土曜日。

 長かった夏休みも終わり、いよいよ明後日からは新学期が始まる。

 夏休みの宿題が終わっていない者達にとっては地獄の土日になること間違いなしだ。

 

 そんな9月初めの一発目、俺は朝から家を出て大型ショッピングモールへと来ていた。

 

 目的は昨日の夜に決まったばかりの超重要イベント──綾紬との約束のためだ。

 

「……早く、着きすぎたな」

 

 現在の時刻は午後1時すぎ。待ち合わせは2時30分だ。いくらなんでも早すぎた。我ながら呆れる単純さだ。

 しかし、これなら万が一にも遅刻することはないので、綾紬を待たせる心配もない。スマホを弄ってれば1時間なんてすぐだ、秒だ。ショート動画をスッスッと指で弾いているだけで溶けていくのだから。

 

「……とは言え、流石に外は暑いか」

 

 8月が終わったとは言え、今の日本では9月もまだまだ暑い。四季から秋は失われ、まだ当分は夏が続いていくだろう。その証拠に、今日の最高気温は30℃を超えている。晴天なのは結構なことだが、もう少し加減してもらいたいところだ。

 熱中症になったりしたら洒落にならないので、近くにあったカフェへと避難。外が見える窓側のカウンターに座り、一息ついた。

 

「……どうしたんだろうな」

 

 待ち合わせ場所である駅前を見ながら、そんなことを呟いた。

 何故、綾紬は俺を遊びに誘ったのだろうか、という意味だ。しかも、わざわざ2人きりでという文章まで付けて。

 

 惚れている身としては脈アリなんじゃないかと舞い上がりたいところだが、そんな上手い話もない。綾紬が惚れているのは酒寄であって、俺ではないのだ。

 

「……えっ? ……綾紬?」

 

 そんなことを考えながらコーヒーを片手にボーッとしていると、待ち合わせ場所に現れた1人の女性に目を奪われた。白い帽子を被り、黒のワンピース姿をした女性──見間違えるはずもなく綾紬だった。

 慌てて腕時計を確認するが、時刻はまだ午後2時を過ぎた辺り。待ち合わせまではまだ30分近くあった。

 

「……早いな」

 

 取り敢えず自分が気付かないうちに遅刻していたわけではないと分かって安堵したが、別の問題が発生した。綾紬が待ち合わせ場所で動きを止め、スマホを弄り始めたのだ。

 俺のようにどこか近くの店で暑さから逃げるだろうと思っていたので、これには驚いた。急いでコーヒーを飲み干し、片付けてから店を出る。クーラーで甘やかされた体に、夏の空気と日差しが襲いかかってきた。

 

「──あっ、綾紬っ!」

「わっ、びっくりした……天野くん、早いね」

「い、いやっ、それは綾紬の方だろ? まだ待ち合わせまで結構あるのに……」

「あははっ、それもそうだね。……なんだろ、なんか早く着いちゃったから。待ってよっかなって、思ってさ」

 

 帽子に指をかけて少し恥ずかしそうにしながら、綾紬は笑った。

 そんな姿がとても可愛くて、思わず見惚れてしまった。

 

「お互い早く来ちゃったことだし、行こっか」

「あ、ああっ。そうだな。外は暑いし」

「本当だよね〜っ。それはそうと天野くん、今日はパーカーじゃないんだね?」

「ッ! ……へ、変かな?」

 

 流石は美容系インフルエンサー。普段とは違う俺の服装に一瞬で気が付いた。彼女の言う通り、俺は今日珍しくパーカー以外の服装で来たのだ。何せ2人きりで遊びだ、デートと言っても大袈裟ではないはず。それなりに気合を入れて来たのだがどう見えたのだろうか。

 心臓の鼓動を速めながら感想を訊ねてみると、綾紬は楽しそうに口を開いた。

 

「めっちゃ似合ってるねっ! そういう爽やか系、前から天野くんに似合うと思ってたんだ〜っ!」 

 

 天使がいた。

 羽が生えてないだけの、ただ天使が。

 

「あ、ありがとう……。あ、綾紬こそ、なんかいつもとは違う服だよな。ワンピースとか、初めて見た。服も帽子も、その、似合ってる」

「おお〜っ、モテ男の発言だ〜っ。成長したね、天野くん」

 

 綾紬はそんなことを言いながら、笑って歩き出した。

 渾身の褒め言葉は軽く受け流されたようだ。ちゃんと言えただけ、自分を褒めてやろう。

 

「今日はよろしくねっ、天野くん」

「こ、こちらこそ。よろしく、綾紬」

 

 こうして俺達は30分ほど予定を前倒しにすると、肩を並べて歩き始めた。

 

「まだまだ暑いよね〜っ。安心して、今日は涼しいところしか行かないからさっ」

 

 その言葉通り、綾紬に連れられてやって来たのは映画館だった。しかも、先程までいた大型ショッピングモール内にある映画館だ。出戻りしたことに内心で苦笑いしつつ、綾紬の言っていたことに納得した。確かにここなら涼しいし、快適だろう。

 そういえば、今日何をするかなんて何も聞いてなかったな。それだけ自分に余裕がなかったと思うと情けない。

 

「映画……観たかったのか?」

「えーっと、まあ、そうかな? 天野くんは嫌だった?」

「ぜ、全然嫌とかではないんだけどさ。今日何して遊ぶのかとか、知らなかったなって思って」

「あっ、言ってなかったね。ごめんごめん、今日はその……天野くんと遊びたいなって思っただけで、何かしようって考えはないの。映画観た後も、特に予定があるわけじゃないし。一緒に買い物とか散歩とか出来たら良いなって……ダメ、かな?」

 

 自分でも無計画だと思い始めたのか、綾紬は気まずそうな顔になりながら視線を向けて来た。

 この誘いを断れるだろうか? いや、無理だ。

 

「俺も暇してたし、その……綾紬と遊びたいなって思ってたから。う、嬉しいよ」

「ほんとっ? 良かった〜っ。じゃあ、今日は私に付き合ってもらうね」

 

 映画館の薄暗い照明で見る綾紬もまた、言葉では表せない可愛らしさだった。

 

「ねぇねぇ、天野くん。この鹿のぬいぐるみ可愛くない?」

「か、可愛いか? ……独特なセンス、だな」

「あははっ。なんか、鈍臭そうで可愛いよ」

 

 そして宣言通り、映画を観た後も俺達は特に目的もなくショッピングモール内をブラついた。

 

 適当な店に入り、目に付いた物を手に取って笑い合う。服屋では新作のチェックという名の着せ替えショーで感想を求められた。

 

 歩き疲れたらカフェで休憩し、糖分で回復。

 ゲームセンターでお互い奇跡的に取れたキツネとウサギのぬいぐるみを分け合うことになった時、綾紬は一瞬だけ表情を曇らせながら、自分で取ったキツネを俺に渡してきた。

 

 本屋に行ったり、電化製品を見て回ったり、靴を見たり。今日一日だけで随分と色々なことを綾紬と話した気がする。

 

 こんなことに興味があるのか、とか。これはそんなに興味ないんだな、とか。

 綾紬芦花という人間の内面を、また少しだけ知ることが出来たような気がした。

 

 綾紬からの誘いで夕食を済ませた頃には、気が付けば午後7時となっていた。

 

 2時間映画を観た後とは言え、もう5時間近くも一緒にいる計算だ。

 楽しい時間があっという間に過ぎていくのは、何をしていても変わらないらしい。

 

「……」

「綾紬? どうした?」

 

 店を出て満腹感に襲われていると、綾紬の雰囲気が変わった気がした。

 何故そう思ったのかは俺にも分からない。けれど確かに、今見ている綾紬の横顔からは、待ち合わせてから見せなかった感情が宿っていた。

 

「……そろそろ帰ろうか。家の近くまで送るよ」

「……うんっ。ありがとう。じゃあ、お願いしますっ」

 

 ショッピングモールを出て駅まで行き、綾紬の家の最寄駅で降りるまで──俺達の間に一度も会話が起きることはなかった。

 これまでの楽しかった5時間が嘘のように、お互い、何も喋ることはなかった。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 流石に日が落ちれば涼しいなと、夜道を歩きながら思った。

 今頃、酒寄とかぐやちゃんは花火を見上げている頃だろうか。楽しい時間を過ごせてくれていたら良いなと、遠い場所にいる親友達に願いを込めた。

 

「……あっ、あのさっ、天野くん」

 

 ここまで黙っていた綾紬が、急に口を開いた。

 もうすぐ家に着くから送るのはここまでで良いよ、とでも言われるかと思ったのだが、俺の予想は大外れすることになる。

 

「もう少しだけ、時間……貰っても良い?」

 

 それは、今日聞いた中で一番小さく細い声だった。震えてすらいたと思う。

 綾紬が何を考えているのかなんて分からないが、そんな苦しそうな声と悲しそうな顔で言われてしまえば断るなんて選択肢は浮かばない。

 

「もちろん。まだ8時だしな、もう少し綾紬と話したいと思ってたとこ」

「そ、そっか……良かった」

 

 僅かに笑顔が戻った綾紬に連れられて歩くこと5分。俺達が到着したのは町から少しだけ離れた場所にある河原だった。

 大きなグラウンドと公園もあるようで、道は整備されていて歩きやすかった。除草作業もしっかりとされており、とても綺麗な場所だった。

 

「この辺って街灯しか明かりがないから、足下気を付けてね」

「ああ、ありがとう」

 

 屋根の付いた丸型のベンチに2人で腰掛けながら、夜風に当たる。

 明かりがない分、空の星がよく見えた。

 

「……ここね、たまに来るんだ。この時間なら誰もいないし、静かに過ごせるから」

「確かに静かだな。もう気に入ってる」

「ほんと? 良かった。……それとさ、天野くんを呼び止めた理由なんだけど。……聞いて欲しいことが、あったからなんだ」

 

 綾紬が何か重大な告白をしようとしていることぐらい、他人の感情に疎い俺でも流石に分かった。

 それが俺にとって良いものなのか悪いものなのかまでは分からないが、俺には聞いてやることしか出来ない。だから、黙って頷き、耳を傾けた。

 

 何度か呼吸を挟んでから、綾紬は俺の目を見て口を開いた。

 

 

「──私、彩葉のことが好きなの」

 

 

 その言葉を聞いて、俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 驚いてたようにも思うし、納得していたようにも思う。鏡を見たら笑ってしまうぐらい、マヌケな顔をしていたかもしれない。

 それでも、確かなことが一つある。綾紬の口からその言葉を聞けて、嬉しかったということだ。

 

「と、友達としての好きじゃなくてね……その、1人の女の子として、好きっていうかさ……。急にこんな話してごめんねっ。で、でも、私、本当は誰かに言いたくて……」

「大丈夫、落ち着けって。ちゃんと聞くから」

 

 泣きそうな声で謝り出したので、慌てて声をかける。隣に座っている緊張も吹き飛び、俺は綾紬を落ち着かせるように目線を合わせた。

 

「へ、変だよね。女の子が女の子のこと、好きになっちゃうなんて……気持ち悪いって、思ったよね」

「思ってない。変でもないし、気持ち悪くなんてないよ」

「……えっ?」

 

 座りながら俯く綾紬の正面に移動し、下から覗き込むようにして顔を合わせる。ここで手でも握れたなら出来る男なんだろうが、今それをするのは卑怯だと思ったのでやめた。

 

「誰が誰を好きになっても良いんだよ。綾紬が酒寄を好きになったって、それは可笑しいことなんかじゃない」

「で、でも……やっぱり、気持ち悪いよ。彩葉だって、気持ち悪いって思うよ」

「酒寄がそんなことを言うやつだと思ってるなら、綾紬は酒寄のことを分かってないよ」

「……天野くん」

 

 真っ向から綾紬の言い分を否定し、俺は言葉を続けた。

 

「酒寄はさ、本当に良い奴なんだ。俺みたいな奴とも仲良くしてくれて、誰にだって優しい女の子だ。それこそ、自分を犠牲にしてまで他人のために頑張れるヒーローみたいなところだってある」

「それは、私だって知ってる。でも、だからこそ彩葉を困らせちゃうよ」

「困らせたのか? その気持ちを酒寄に伝えて、綾紬は困らせたのか?」

 

 そこで久しぶりに、綾紬と目が合った。

 

「綾紬は自分の中で気持ちを押し殺してたじゃないか。ずっと1人で隠し続けてたんだろ?」

 

 実際、どれだけ辛かったのかなんて俺に分かるはずもない。

 異性ではなく、同性を好きになった経験がない俺には。

 

「俺は君が抱えてたものを何も知らないから、軽はずみなことを言うつもりはない。……けど、綾紬が変でもないし気持ち悪くもないってことだけは断言出来る。綾紬が誰よりも友達思いだってことを、俺は知ってるから」

 

 相手の意思を尊重し、陰ながら見守る。

 言うのは簡単だが、やってみると難しい。相手のためになると自分で確信している行為には、ブレーキが効きづらいのだ。善意での行動は暴走しやすく、時に相手を傷付ける。自分でブレーキを踏めていた綾紬は間違いなく、相手を思いやれる女の子だ。

 

「……今日、天野くんを誘ったのはね、この話がしたかったからなんだ」

「そうか。なら、俺は結構信頼されてるんだな」

「……どうなんだろう。迷惑かけてもいい相手って思ってるのかもしれない。私、ずるいから」

「それでも俺は嬉しいよ。綾紬に頼ってもらえた気がするから」

 

 俯いていた顔が上がったので、笑いかけてから再び隣に座った。

 耳に届くのは川に流れる水の音と、草に隠れる小さな虫達の鳴き声のみ。人の存在は、俺と綾紬以外に感じ取れなかった。

 

「聞かせてくれよ。どうして、この話をしようと思ったんだ? 話したかったって言ったよな?」

「……一昨日のライブでね。彩葉とかぐやちゃんが歌ってるのを見て、なんか、分かっちゃったんだ。……かぐやちゃんも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……綾紬」

 

 それは多分、正しい。

 かぐやちゃんにとって酒寄はこの世で最も信頼している相手であり、最も好きな相手でもある。綾紬の言う通り、そういう気持ちを向けていても可笑しくない。と言うより、向けていない方が可笑しいと思ってしまうぐらいだ。

 

「私、彩葉のことが好き。初めて見た時からカッコ良くて、可愛くて、優しくて……気付いたら、好きになってた」

「そうか」

「でも、勝てるわけないよねっ。私じゃかぐやちゃんには、勝てないよ」

「……そうかもな」

「そう思ったら、なんか、誰かに聞いてもらいたくなっちゃって。……気持ちが、ぐちゃぐちゃになっちゃって……だから、天野くんに、聞いて、もらおうと」

「綾紬、大丈夫。ゆっくりで良いから、ゆっくりで」

 

 話しているうちに、綾紬は泣き始めた。

 口に手を当てて必死に声を押し殺しながら、大粒の涙を流した。

 

「ご、ごめんねっ。なんか、なんか止まんなくてっ」

「良いから。今は泣いときなよ。他に誰も見てないから」

 

 綾紬の肩に手を置き、宥めるようにして声をかける。

 それから数分間、綾紬は泣き続けた。俺に出来たのは、隣にいてやることだけだった。

 

「…………ごめんねっ。天野くん」

「気にすんなよ。少しはスッキリしたか?」

「うん、大分ね」

 

 そう言って見せた笑顔は自然なもので、無理した作り笑いではなかった。

 

「それでどうする? 酒寄に告白するか?」

「ううん、しないよ。私の初恋は、今日で終わり。私には彩葉を幸せにしてあげる自信、ないもん」

 

 全部が全部納得しているわけではなさそうだが、落とし所は見つけられたらしい。先程までとは比べ物にならないぐらい爽やかな表情をしている。

 

「……なら、今度は俺の好きな人の話も聞いてもらおうかな」

「おっ、良いねっ。天野くんの好きな人の話聞きたいっ!」

 

 思わず笑ってしまった。

 酒寄にバレていたと分かった時はあんなに焦らされたのに、当の本人にはバレていなかったのだから。

 

 まず間違いなく分かる。今言うべきことではないと。

 それでも、言わずにはいられなかった。理屈とか、理性とか、そういう部分で考えるのではなく、本能で言葉を口にした。

 

 いや、思わず溢れてしまったと言った方が、正しいんだろうな。

 

 

「──俺は、綾紬のことが好きだ」

 

 

 自分でも驚くほどに、自然な声で伝えることが出来た。

 その時に見せてくれた綾紬の顔を、俺は一生忘れないだろう。

 

「…………えっ?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、と言うと失礼すぎるので、美少女がドッキリ仕掛けられた顔とでも呼ぶとしよう。

 綾紬は何度かその大きな目をパチパチと瞬きさせると、少しずつ状況を理解していったのか口を手で隠しながら声にならないといった様子で面白いぐらいの動揺を見せたのだった。

 

「あっ、天野くんが……私を? す、好き……?」

「そう、俺が綾紬のことを好き。友達としてじゃなく、1人の女の子として」

「──ッ!!」

 

 綾紬の言葉を真似てみたが、結構恥ずかしい。

 そして予想通りと言うべきか、綾紬はとても分かりやすい絶望顔になってベンチから立ち上がった。

 

「ごっ、ごめんなさい……! わ、私、ぜんぜんっ、気付か……ごめんっ!!」

「待って。逃げなくて良いから」

 

 逃げ出そうとした綾紬の進路に先回りして妨害。屋根付きのベンチは出入り口が一つしかないので、容易に待ったをかけられた。

 

「大丈夫だから。俺は傷付いてなんかないよ。今のタイミングで告白するとか、自滅行為以外の何者でもないしね」

「あ、天野くん……」

「そんな泣き腫らした顔じゃ、まだ家には帰れないだろ? それに、もうそろそろ9時だ。男として、女の子1人で帰らせるわけにはいかない」

「…………」

 

 逃げることを諦めたようで、綾紬は再びベンチに腰を落とした。

 俺もそれに続き、今度は隣ではなく正面に座りこむ。

 

「……私、最低だね。……天野くんの気持ちにも気付かないで、こんな、自分だけが楽になるような話を聞かせて……本当に、ごめんなさい」

 

 泣いてはいないようだが、震える声と体で綾紬は謝ってきた。

 そんな姿を見せられると罪悪感に襲われるが、俺は何故か冷静だった。後戻り出来ないところにまで来てしまったからか、妙に落ち着いていたのだ。

 

「本当に気付いてなかったんだな。ははっ、俺のポーカーフェイスも捨てたもんじゃないってことだ」

「わ、笑えないよ……」

「まあ、そうだろうな。俺も、笑えないだろうなとは思った」

 

 冗談めかして笑いを取るには、今の空気は重すぎる。

 俺が道化のようにわざとらしい笑い声を上げていると、何かを決意したような顔で綾紬が口を開いた。

 

「……私、天野くんは彩葉のことが好きだと思ってたから」

 

 意外な新事実が発覚。これは少し、興味深い。

 

「へぇ、そう見えてたのか。だから俺の好きな人が分からなかったんだな」

「だ、だって、天野くんと彩葉いつも一緒にいるじゃんっ。……なんなら学校内だと、付き合ってるんじゃないかって噂もあるぐらいだよ?」

「マジか。……だから俺、男子に嫌われてるのか?」

 

 というか酒寄に申し訳ないなんてレベルじゃない。切腹ものだ。

 休み明けに噂の出所を探って、ちゃんと叩き潰しておかなければ。

 

「……この際だから言っちゃうけどさ。私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、それはないだろ。絶対にない」

「やけに言い切るね……。何か根拠でもあるの?」

「むしろ、酒寄が俺に惚れてる根拠を出して欲しいところだな。俺達の間に恋愛感情はないよ」

「で、でも! 分かんないじゃんっ! 人の気持ちなんて、知ろうとしなきゃ分からないじゃんっ!」

 

 少しだけ熱くなりながら、綾紬が反論してくる。

 なるほど、確かにそうだ。

 

 ──だが、そんな可能性の話に意味はない。

 

「もし、万が一、酒寄が俺に気があったとしても、俺が好きなのは綾紬だ。──それは絶対に変わらない」

「〜〜〜ッ! な、なんで、そこまで私を……? 私なんて、天野くんに好きになってもらえるような人間じゃ、ないよ」

「俺の好きな人を馬鹿にするのはやめてもらおうか。綾紬が知らなくても、俺は綾紬の良いところをたくさん知ってるんだからな」

「たっ、たとえば!?」

「誰も見ていないのに、落ちているゴミを拾うところ」

 

 好きなところを言って欲しそうだったので、言ってみた。

 まだまだあるので、呆然としている綾紬に畳み掛けてみる。

 

「掃除を真面目にやるところ。字が綺麗なところ。好きな物の話をしている時に本当に楽しそうなところ」

「あっ、いやっ、ちょっと」

「甘い物を幸せそうに食べるところ。店員さんに礼儀正しいところ。雨で濡れていたらハンカチを貸してくれたところ」

 

 後20個ぐらいはすぐに出せるが、そろそろしつこいのでトドメといく。

 俺は照れているのか耳まで赤くなっている綾紬の目を見て、ハッキリと告げた。

 

 

「──心から、()()()()()()()()

 

 

 思えば、俺が綾紬に惚れたのはこの事を知った瞬間だったと思う。

 

「覚えてるか? 綾紬。あの時も夏だったから、一年前ぐらいかなぁ。……酒寄について、俺に相談してきたことがあっただろ?」

「……うん、覚えてる」

「良かった。あの時、酒寄はバイトと勉強で倒れそうになってて、それを心配した綾紬から言われたんだよなぁ。『彩葉のことを助けてあげて』ってさ。泣きながら頼まれたもんだから、俺も焦ったよ」

「そ、そんなこと思い出させないでよ……」

 

 恥ずかしい過去を掘り返されたからか、綾紬が恨めしそうな声で睨んでくる。逆効果だ、可愛いとしか思えない。

 

「その時、思ったんだ。友達を心配して、()()()()()()()()()()()ってさ」

 

 あの時に受けた雷にでも打たれたかのような衝撃は今でも覚えている。創作ではなく、現実の世界にこんな人間がいるのかと本気で驚かされた。

 多分、あれが人生で初めて恋をしたと認識出来た瞬間だったと思う。

 

「酒寄のことが心配だったのは俺もそうだけど、なにより綾紬に頼られたのが嬉しくてさ。それから、なんとなく綾紬のことを目で追うようになってたんだ。そしたら、いつの間にか好きになってた。考えてみると、酒寄のお陰かもな。俺が綾紬を好きになったのは」

「わ、私はただ……自分が彩葉に嫌われたくなかったから、天野くんに頼んだだけだよっ。そういう、ズルい人間だから」

 

 それも本当のことなんだろう。でも、そんなのは関係ない。俺が言っているのは過程の話じゃなくて結果の話だ。

 

「だけど、泣きながら酒寄を助けて欲しいって頼み込んできた綾紬は嘘じゃないだろ?」

「それは……そう、なんだけど」

「じゃあ、俺は何も間違ってないな。綾紬は友達のために本気で泣ける優しい女の子ってことだ」

 

 柄にもないことを喋りすぎたせいか、喉が渇いてしまった。

 慣れないことはするもんじゃないな。

 

「だから、俺は君が好きなんだ。他の誰でもない、綾紬のことが」

「……ッ!! ……天野くん。キャラ、変わりすぎっ」

「大丈夫、テンションに任せて勢いで言ってるだけだから。今日寝る時にベッドで思い出して発狂するやつだから」

「それは……大丈夫、なの?」

 

 どちらかと言えば大丈夫ではないが、後悔は微塵もない。

 何も行動を起こせなかった自分の殻を予期せぬ事態の力を借りたとはいえ破れたのだ。良いか悪いかは別として、前に進めたことだけは間違いない。

 

「綾紬、今日はありがとう。楽しかったよ」

「な、なんで急にお別れの言葉……?」

「これ以上はテンションが持たないと思ったからだ。察してくれ」

「……ふふっ、なにそれ。いつもの天野くんに戻りかけてるね」

 

 あっ、ヤバい。攻守逆転されそう。

 

「と、とにかくだっ! 気持ちがバレた以上、俺は頑張るつもりだからよろしく。酒寄のことを忘れるぐらい、俺を好きになってもらえるようにな。だから、告白の返事とかは要らないよ。また今度、ちゃんと告白するから」

「……凄いなぁ、天野くんは」

「綾紬にそう言われると良い気分だな。もっと言ってくれない?」

「ダメでーすっ。調子に乗ったからもう言いませーんっ」

「うわぁっ、選択肢ミスったぁ……!」

 

 そうして、2人で笑い合った。

 今日初めて、綾紬が心からの笑顔を見せてくれた気がする。それだけで、本当に嬉しかった。

 

「──さて、帰るか。明日は俺も忙しいし、早く帰らないと」

「ゲームの大会とか……? だとしたら、本当にごめんなさいなんだけど……」

「い、いやぁ、実は諫山に今日の件で綾紬の好きな物とか会話のアドバイスとか色々教えて貰っててさ。そのお礼に夏休みの宿題手伝うことになってるんだよね。……数学のワーク半分と英語のプリント4枚と読書感想文」

「ええっ!? そんなことになってたの!?」

「実は……服のアドバイスも貰ってました」

 

 厳しい契約だったが、意味はあった。

 最後の休みを潰す価値は、間違いなくあったのだ。そう思わなければやってられない。服のアドバイスなんて『パーカーはやめとけ』だけだったし、貰わなくても良かったかなぁなんて後悔は欠片もしていない。

 

「……ぷっ、あはははははっ!!」

「ちょっ、笑いすぎだろ……いや、俺が綾紬の立場でも笑うと思うけどさ」

「ごっ、ごめん……! お、おもしろ、すぎて……!!」

 

 好きな女の子に腹を抱えるほど笑ってもらえたなら、潰される俺の最後の休日も本望だろう。

 読書感想文が最大の敵だな。手頃な本を買ってから帰るか。

 

「私も手伝うよ。一緒にやろ? 天野くん」

「えっ……でも、最後の休みだし、綾紬も予定とかあるんじゃ……」

「家族でご飯に行く予定があるけど、夕食だし大丈夫。朝から集まってやろうよ。どうせなら真実の家でさ」

「いや、女子の家に女子と行くのはちょっとなぁ……」

「じゃあ……私の家?」

「すみません。勘弁してください」

「ふふっ、りょーかい。真実に連絡しとくねっ。明日は部屋から出られないのを覚悟しとけ〜って」

 

 哀れなり、諫山。

 それもこれも夏休みの宿題を放置していた自己責任。同情はするが、擁護は出来んな。

 

「あっ、明日は彼氏さんも来るんだってさ。じゃあ4人で頑張りますか」

「うぇっ!? お、俺、知らない人と話すの苦手なんだけど……」

「大丈夫だって! 真実の彼氏めっちゃ優しい人だから。きっと天野くんとはすぐに仲良くなれると思うよ。優しい人同士だからね」

 

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、本当に大丈夫だろうか。

 諫山の彼氏なら優しいってのは間違いなさそうではあるが。

 

「……彩葉とかぐやちゃんも、今頃帰ってる途中かな」

 

 勝手に諫山の彼氏をイメージしていると、綾紬が空を見上げながら呟いた。

 

「……来年はさ、みんなで花火大会に行きたいね」

「……ああっ、そうだな」

 

 俺がそう返すと、綾紬は嬉しそうに笑った。

 その笑顔は小さな女の子のようで、まるで約束出来たこと自体が嬉しいといった様子だった。

 

「天野くん」

「ん?」

「今日はありがとっ。……楽しかったよ」

「俺もだ。ありがとう、綾紬」

 

 ここへ来るまでとは違い、綾紬の家に着くまで──俺達の間から会話が途切れることはなかった。

 

 




 祝!『超かぐや姫!』全国公開!
 更に多くの人に脳を焼かれてほしいですね。
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