親友のスパダリに勝ってハッピーエンドを迎えたい 作:スイートズッキー
俺が
諫山の家で缶詰状態になりながら宿題を終わらせ、家への帰路についていた途中のこと。
宿題の邪魔になるからと、カバンの中に封印していたスマホを数時間ぶりに覗き込んだ時だ。
──『かぐや。ライバー引退&卒業ライブ決定』
自分の目を疑った後、もう一度見た。書いてあることは変わらない。
日付を確認した。
血の気が引いていくのを感じながら電車を降りて、酒寄達が住んでいるタワマンへと走った。
冷静になって考えれば、タクシーを捕まえた方が早く着けたとは思う。そんな当たり前の考えが抜け落ちてしまうほど、俺の頭は真っ白になってしまっていたのだ。
「──かぐやちゃんっ! 酒寄っ!」
インターホンでかぐやちゃんに中へと入れてもらい、部屋のドアを壊す勢いで突入した。
玄関で待っていたのは、旅館の女将のような所作で丁寧に頭を下げていたかぐやちゃん。訳が分からず、俺は乱れる呼吸を整えるのも忘れて詰め寄った。
「あははっ、ちょっと真司ぃっ。怖いって」
かぐやちゃんはそう言って笑っていた。いつものような破天荒な笑顔ではなく、どこか大人しい、言い方は悪いかもしれないが『らしくない』笑い方だった。
卒業の原因は何か? 体調が悪いのかと聞けば首を横に張った。
「──ッ!! アイツらッ! 探し出してぶち殺すッ!!」
「真司。落ち着いて」
「落ち着けるかッ! アイツらかぐやちゃんに何しやがったッ! 俺が絶対に──」
「真司っ。……私は大丈夫だから、落ち着いて? ねっ?」
部屋から飛び出そうとした俺の背中に、いつものようにかぐやちゃんが飛び付いた。暖かくて小さい、普段のかぐやちゃんだった。
「怖い顔、してほしくないなぁ。……いつもの優しい真司が、かぐやは好きだよ?」
「……かぐやちゃん」
「今ねっ、麺からラーメン作ってるんだっ! 真司も手伝って!」
「いや、俺は……そんなことしてる場合じゃ」
「良いからっ! かぐやのお願い聞いて〜? 真司〜っ!」
こうなってしまっては、断ることなど出来ない。
かぐやちゃんからのおねだりを断れない酒寄を小馬鹿にした俺だが、おねだり戦争で全敗しているのは俺とて同じなのだ。
「……分かった。分かったよ」
「うはっー! 流石は真司っ! ノリが良いね〜っ!!」
「その代わり、俺の質問にも答えてもらうからね。色々と教えてもらいたいことがあるんだ。月のこととかさ」
「りょーっ! お喋りしながら作ろーっ!」
数十分後、俺のスマホに届いた1件のメッセージを見るまで、俺はかぐやちゃんと仲良くラーメン作りを楽しんだ。
場所は【ツクヨミ】内の屋外ミーティングルーム。
ふじゅ〜を支払うことでプレイヤーが貸し切ることが可能であり、他のプレイヤー達に会話を聞かれたくない者達が使用する施設だ。
今回、このミーティングルームを貸し切ったプレイヤーの名は『いろP』。
先日行われたヤチヨとのコラボライブに参加した『かぐや・いろP』コンビの片割れであり、名実共にトップライバーの仲間入りを果たしたばかりの新星である。
そんな彼女に呼び出され、ミーティングルームに集結した者達が6人いた。
まずは黒鬼、『ブラックオニキス』のメンバーである帝アキラ、雷、乃依の3人だ。
導線としては妹である彩葉から声をかけられた帝がメンバーを招集した形になる。職権濫用とも呼べるリーダーからの命令にも素直に従う辺り、メンバーからの信頼度が見て取れた。
そして彩葉の友人、ROKAとまみまみの2人。
彩葉にとっては大切な友人達。相談相手としては、いてもらわなければならなかった。
そして最後に──ヤチヨ。
仮想空間【ツクヨミ】の創始者にして管理者である彼女も、彩葉からの招集に応じて駆けつけていた。その表情はどこか固く、普段の笑顔とはかけ離れたものだった。
「……みんな。集まってくれてありがとう。今日はみんなに、相談したいことがあって来てもらったの」
しっかりと頭を下げて感謝を伝えてから、彩葉は各々を呼び出した理由を説明した。
──かぐやの卒業に関して、裏側にあった事情の全てを。
彼女が本当に月から来た宇宙人であること。次の満月に月から迎えが来てしまうこと。それを阻止するために力を貸して欲しいこと。
彩葉はこれまでに隠していた全てのことを吐き出し、信頼出来る人物達に助力を求めたのだ。
「マジか〜ッ! かぐやちゃんが本当に月のプリンセスだったとはッ! ……分かるッ!!」
「築地生まれじゃなかったんだねぇ〜」
「海行っても肌真っ白だったもんね」
「電柱から生まれた……分かるッ!!!」
約一名の厄介ファンを除き、全員が静かに彩葉の言葉を受け入れた。子供の戯言としか思えないような、現実離れした話を。
「……ヤチヨ。かぐやを守ることって出来ないかな?」
彩葉が真っ先に話を振ったのは、やはりと言うべきかヤチヨだった。
この仮想空間の管理者である彼女に打つ手がないのであれば、それだけでプレイヤーである自分達になす術はなくなってしまう。期待が込められた眼差しを受けながら、ヤチヨは少しばかり申し訳なさそうな顔で答えた。
「ライブの時のこともあったから調べてみたんだけど、結局どこからアクセスしてるのか分からなかったんだよねぇ。ごめん」
まず一つ、確かな希望が消え去った。
その後【ツクヨミ】に迎えに来るというならログインしなければ良いのではとの意見も出たが、彩葉はそれを否定した。
仮に【ツクヨミ】にログインしなかったとしても、何らかの力で現実に干渉し、かぐやは現実からログアウトさせられるような気がすると答えたのだ。気がするとは言ったが、彩葉には確信めいたものがあった。故に、誰もその言葉を疑わず、話し合いは一度沈黙へと変わった。
そんな絶望的な空気を切り裂いたのは──黒鬼の頭、帝アキラだった。
「相手が【ツクヨミ】に来るってんなら、【ツクヨミ】で追い払えば良いじゃねぇか」
むしろそれ以外にないだろ、とでも言わんばかりの態度で、帝は全員にそう告げた。
「てか彩葉。そのために俺達を呼んだんじゃねーの? 宇宙人だろうが何だろうが、わざわざこっちの土俵に入って来てくれるってんなら好都合だぜ。ここなら俺達が一番強いしな。連中が月に帰りたくなるまで、力づくで叩き潰せば良い。簡単な話だろ?」
シンプルイズベスト。力こそパワーのような回答に、その場にいた全員が目を閉じた。
しかし、それ以外に方法はないと、全員が理解もしていた。
「……私も、やる。かぐやを守るためなら、戦う」
強い意志を見せる彩葉だったが、そんな彼女に帝からの指摘が入った。棍棒を振り回す鬼らしく、痛い所を突いた一撃で。
「じゃあ、そろそろ教えてくれよ、彩葉。──
「……そ、それは……!」
帝が言い出さなくとも、遅かれ早かれ話題には出ていただろう。
それ程までに、この会議にムラクモ──天野真司が参加していないのはあり得ない話だった。
「殴って追い返す作戦なら戦力がいる。認めたくねぇけど、ぶっちゃけアイツは俺が知ってるプレイヤーの中で
「……そんなこと、分かってるよ」
「分かってたら呼んでるって話だろ? 彩葉」
問い詰めるように言葉を重ねられ、彩葉は拳を握った。言われなくても分かっている。そう言い返すのを堪えるかのように。
「あ、あの〜帝様。天野っち……じゃなくて、ムラクモくんってそんなに強いんですか?」
場の空気に耐えかねた真実が帝へと質問を投げかける。
プロゲーマーであることは知っているが、大まかな実力までは把握していない彼女だからこそ出来た質問だった。
「良い質問だぜ、まみ。アイツは、ムラクモは──『SETSUNA』での
それを聞いて、真実だけでなく芦花も驚愕を露わにした。
普段、身近にいる人物がそこまで凄い存在だったとは夢にも思わなかったようだ。
「じゃ、じゃあ……帝様の言う通りじゃない? 彩葉」
「ムラクモくんにも、助けてもらった方が……」
「ダメッ! それは絶対に……ダメッ」
肩を震わせながら、彩葉が強い拒絶を示した。
その場にいる全員に、言い聞かせるかのように。
「……ムラクモには……天野には頼らない。これは、もう決めたことだから」
「……説明しろ、彩葉」
「助けたくはないのか?」
「意味不明じゃない〜?」
黒鬼達からの声に、彩葉は正面から向き合って言葉を返した。
「天野はさ、助けてって言ったら、きっと助けてくれる。……ううん、絶対に、何が何でも助けようとしてくれる」
「……そう思うなら、なんで」
「言えるわけないよっ。私達のために──プロゲーマーを辞めてなんてさ」
そこでようやく、彩葉の言いたいことを全員が理解した。
そう、ムラクモは戦えない。契約という鎖で縛られている限り、事務所とスポンサーの許可無しには大舞台で刀を振るえないのだ。
ならば許可を取れば良いと考えるのが普通だが、そう上手くもいかない。
かぐやを守るために仕掛ける戦いとなれば、まず間違いなく個人戦の『SETSUNA』ではなく、集団戦の『SENGOKU』になる。
個人戦最強のブランドを絶対のものと考えているムラクモの事務所が集団戦への参加を認めるとは到底思えない。その程度のことで、とは言えないのが現代のプロゲーマーなのだ。
ゲームが普及し、職業としての人気が確立されてしまったからこそ、事務所とスポンサーの影響力は絶対のものとなった。上の意向を無視して戦に参加することは不可能としか言えない。
だからこそ、彩葉はムラクモに頼ることが出来なかった。
頼れば、必ず全てを捨てて力になってくれるという──
「天野には、今まで数え切れないぐらい助けてもらってきた。かぐやのことだって、天野だけは事情を知りながら助けてくれてた。……だから、これ以上頼るわけにはいかない。そう決めたの」
「彩葉、お前……」
「お兄ちゃんが納得いかないのも分かる。でも、納得して。これはもう決まったことだから」
「……ムラクモのやつ、怒るぞ。めちゃくちゃ」
「だろうね。絶交される覚悟もした。……今はかぐやと一緒にラーメンでも食べてるんじゃないかな? かぐやには天野の注意を引くように頼んであるから」
「……分かったよ。お前にそこまでの覚悟があるなら、俺からはもう何も言わねぇ。ムラクモがいなきゃかぐやちゃんを守れないみたいになるのも、腹立つしな」
兄から妹への優しさに、彩葉は素直に甘えることにした。
これで良い、これであの親友に迷惑をかけずに済む。
きっと、怒るのだろう。自分で言ったように、絶交されてしまうかもしれない。
そうなったら、恐らく自分は誰にも見られない場所で泣くだろう。自業自得という言葉に打ちのめされながら、1人で泣くことになるのだろう。
「……それでも、私は、私は……!」
親友に何かを失わせてまで、頼りたくはない。
それが、彩葉の出した結論だった。
たとえ、それが不幸への一手になろうとも。
たとえ、それでかぐやが守りきれなかったとしても。
「悔いは──」
ない、と続けるには──酒寄彩葉は天野真司のことを、まだ理解していなかった。
「──あるに決まってんだろ」
ビクッと体が震えた。
あり得ない。いない、いるはずがない。来られるはずがない。
しかしそれ以上に、自分がこの声を聞き間違えるはずも、なかった。
彩葉が見上げた先には、階段の上からゆっくりとこちらに向かって降りてくる1人の少年がいた。
顔が地味だからと強制的に染めさせられた茶髪に、これまた強制的に着させられている白の着物に身を包んだ和装剣士。
──
「面白そうな話してるな、酒寄。仲間外れは良くないぞ。……俺達、親友だろ?」
「……あ、天野っ。……な、なんでっ」
動揺が隠せない彩葉の前に、真司によってメッセージ画面が表示された。
真司のスマホに届いたメッセージの履歴であり、内容はこの会議の場所を伝えるもの。差出人は──。
「ヤチヨッ! どうして貴女が……! 何で教えたのっ!?」
推しに対してこんな感情を持って叫ぶなどとは夢にも思わなかった。
彩葉は頭の片隅でそんなことを考えながら、激情のままにヤチヨへ詰め寄っていく。
「ヤチヨには言っておいたよねっ!? 天野には連絡しないでって! なのに、どうしてっ!?」
わざわざ念押しまでしておいた相手にバラされていたとなれば、流石の彩葉も冷静さを失った。
真司は必ず呼ばれているだろうと考える他のメンバー達とは違って、召集したメンバーの中で唯一真司と接点が薄いヤチヨだったからこそ、彩葉は連絡不要の確認を取る必要性があったと考えていたのだ。
それがまさかこんな形で裏目に出るとは想定外。彩葉はヤチヨの両肩に手を置きながら、涙目になりながら声を荒げた。
それに対してヤチヨはいつも通りの笑顔を作ると──彩葉の頬に手を当てて優しく言葉を返した。
「──
「……っ!」
「だったら、彼の力は必要だよ。絶対にね」
強い確信を乗せて、ヤチヨは断言した。
僅かな不安も躊躇いもその瞳にはなく、宿っているのは本心のみ。直接間近でそれを見せられた彩葉は思わず、何も言えなくなってしまった。
「……で、でも、天野は、戦っちゃ……」
「酒寄」
「あ、天野……!」
怒られると思い、瞬時に体が強張る。
責められて当然のことをしたくせに何を怯えているんだと、彩葉は自分の顔を殴りつけてやりたくなった。
それでも、やはり真司に嫌われたくはない。いつも向けてくれる穏やかな目ではなく、自分を非難するような目を向けて欲しくはなかった。
彩葉が恐怖で固まっていると、真司は勢いよく──頭を下げた。
「──ごめんっ! 酒寄っ!」
「…………ぇっ?」
突然の謝罪に、彩葉の思考が停止する。
頭を下げるべき相手から頭を下げられたのだから無理もない。
すぐにその優秀な頭脳で状況を理解しようとするが、今の彩葉には難しい話だった。
「1人にしてごめん。かぐやちゃんのこと、1人で抱え込ませてごめんっ! 頼ってもらえなくてごめんっ!」
「あ、天野……な、なんで……?」
「ヤチヨから全部教えてもらった。俺のために、俺に相談しなかったんだろ?」
「それは……私が、勝手にやったことで……天野は怒らなきゃいけないんだよ?」
「怒るもんか。やっぱり、酒寄は優しいなって思うだけだ」
「……ッ!」
抑え込んでいた涙が、彩葉の目から溢れた。
本当は真っ先に頼りたかった。
情けない弱音を吐きたかった。
一緒に戦うと、言って欲しかった。
少女の我慢は解き放たれ、求めていた少年の胸に飛び込むと──必死に泣き顔を隠した。
「不安にさせてごめん。でも、もう大丈夫だから。俺も一緒に戦う」
「……プロゲーマー、辞めないといけないんだよ?」
「そんなもん問題にすらなってないって。親友とプロゲーマーを天秤にかけるほど、俺は薄情な男じゃないぞ」
「……で、でも、あんなに、大事にしてたじゃん」
真司は少しだけ苦笑いを溢すと、照れ臭そうに頭を掻きながら白状した。
「そもそも、俺がプロゲーマになったのは……
言葉が紡がれるたびに、彩葉の嗚咽も増していく。
「私は、天野に、何も失ってほしく、なくて」
「失うんじゃない、
「……ぅっ、ぐずっ、ひんっ、うぅっ……!」
感情の抑えが利かなくなった彩葉の頭を撫でながら、真司がヤチヨへと視線を向けた。
「……ヤチヨ。ありがとう。君のお陰で、俺はようやく戦える」
「ううん。お礼を言うのは……ヤチヨの方かな。正直、
「なら、ちゃんと勝たないとな」
ヤチヨは一度目を閉じると、その青色の瞳を輝かせながら真司の双眼を真っ直ぐな視線で貫いた。
「──覚悟は、おありか?」
「ある」
「それは、なんのため?」
「俺自身のため。……そして──親友達のためだ」
その答えに、ヤチヨは緩やかに口角を上げた。
どこか憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした顔になって。
「──振るう刃は友のため。よ〜きかなぁ〜! ……どうか、悔いのないように挑まれよ。その覚悟、このヤチヨが最後までお見届けいたしましょう」
希望に満ちた笑顔で、そんな言葉をかけたのだった。
「よしっ、じゃあ準備だなっ! ──乃依!」
「えー、あれー? めんど〜」
「リーダーは絶対だ」
「はいはい〜っ」
話は纏まったと、早速『ブラックオニキス』達が動き出した。
方針が決まれば、迷うことなくそこへ向かって全速全進。トップライバーであり続ける黒鬼集団は味方になっても頼りになる存在であった。
「足引っ張んなよ、帝」
「お前もな、ムラクモ。集団戦は初心者も同然なんだからよぉ」
「……頼りにしてるよ、先輩」
「当たり前だ、後輩。──それから、あんま彩葉を泣かしてんじゃねぇよ。次にウチの妹を泣かせたら許さねぇからな」
真司にとっては理不尽な言いがかりを残して、帝達はログアウトしていった。
準備、という言葉から分かる通り、色々とやっておくことがあるのだろう。彼らはプロゲーマー集団。任せておけば問題はない。
「……酒寄。……落ち着いたか?」
「……うん。ごめん、天野。服、汚しちゃった」
「気にすんなって。ゲーム内だから問題なし」
手で払っただけで元の美しさを取り戻した着物を見て、彩葉が恥ずかしそうに笑った。
どうやら、戦いに集中するための前段階は突破したようだ。
「彩葉っ、来年も……みんなで海に行こうねっ!」
「温泉も〜っ! 温泉もだよ〜っ!」
「芦花、真実。……うんっ、絶対、行こうっ」
新たに交わした約束。
これでより一層負けられなくなってしまった。
決戦の時を迎えるであろう9月12日までの猶予は残り10日しかない。
それまでに出来る限りの準備と対策を練り──月からの使者を迎え撃つ。
「……天野。……勝とうね」
「……ああ。……そのつもりだ」
互いに笑みを浮かべ、真司と彩葉が拳を突き合わせた。
己の信念と覚悟を、確かめ合うかのように。