とある転生者の受難日記 作:匿名
脳内空っぽで読んでいただけると助かります。
第1話
◯月×日
じいちゃんから日記帳をもらったので、今日から日記をつけていこうと思う。
万が一この日記を見られた時に備え、内容はすべて
存在しない国の言語を解読することなんて不可能だし、秘密事を書き記すにはピッタリなのでは?このことに気づいた俺は天才だと思った。
俺の名はカリバーン。気づけば赤ん坊になって中世ヨーロッパ風異世界に放り込まれた転生者である。
転生と聞けば聞こえは良いかもしれないが、俺の転生スタートダッシュはお世辞にも良いとは言えなかった。
まず、気づいたら赤ん坊になっていた。それですら大変なのに、なんとリスポーン地点が森の中っていうハードモード。さらにお腹を空かせたオオカミが涎を垂らしながら俺を見ていた。最初からクライマックスでエクストラハードモードだった。
しかし、たまたま通り掛かったじいちゃんのおかげで、何とか生き延びることができた。
その後、赤ん坊だった俺を拾って今日まで育ててくれた。
大恩、なんて言葉では済ませられない。じいちゃんがいなかったら、きっと今頃オオカミの腹の中だったに違いない。こうして日記を書けるのもすべてじいちゃんのおかげだ。本当に頭が上がらない。
さて、そんな波瀾万丈な人生の始発点を経てはや十年。しかして、そんな俺に待ち受けていたのはご褒美にも似た甘美で興奮冷めやらぬ人生であった。
なんとこの世界、
それだけじゃない!世界には人間族の他にも妖精族、巨人族、魔神族、そして女神族と、五つの種族がいるらしい。
妖精!?きっとすごく可愛らしい種族なんだろうな!
巨人!?きっとすごくデカくてカッコいい種族なんだろうな!
魔神!?めちゃくちゃ男心くすぐるぜ!
女神!?もうなんでもアリだな!
お察しの通り、前世の頃からファンタジー世界に憧れを抱いていた俺は、この世界にある全ての物に目を輝かせていた。最高にロマン溢れる世界をありがとう……!
ま、お世辞にも種族間の仲は良いとは言えないらしいけどね。戦争しちゃってるし。
ちなみに俺の種族は普通に人間族です。どうせなら妖精族になって空を飛び回ってみたかったな……
ただ、他の人間族とは少し異なる部分を上げるとするならば、普通の人間族とは少し毛色の違う集団と共に、とある都市に暮らしているといった点だろうか。
その都市の名はベリアルイン。賢者の都とも呼ばれ、その名を冠する通り、優秀な魔術師たちが住まう都市だ。
人間族の大半は女神族に付いているのに対し、ベリアルインは魔神族女神族どちらかに付くことはせず、互いに干渉し合わない中立の立場を取っている国家だ。
しかし、それはあくまで表の顔。裏ではこの二種族をどう出し抜いてやろうかと日々考え、ひたすら研究やら実験やらして兵器を生み出している腹黒集団だった。
そんなことしてるから争いは無くならないんですね〜……
さて、そろそろ学校に行く時間なので、今日はここまでとする。入学式初日から遅刻は余程のバカかチャレンジャーだからな。
◇月¿日
俺氏、どうやっても魔法が使えない件。
賢者の学校──前世でいう小学校に入学してはや数週間、この短い期間であまりにもあんまりな現実を叩きつけられた。
魔法を行使するには魔力という体の裡に内包された力の源が必要らしい。
その魔力には個人差があり、使い手の意志や精神を反映させたもの、遺伝的なものもあるが、どんな力であれ、この大地──ブリタニアに住まう人々の大半が持ち得る物である。
しかし、時稀に魔力を覚醒させることができず、魔法を行使できない人も存在する。
『へー、そんな人もいるのかー』と納得できれば良いのだが、ここは魔術師が住まう賢者の都ベリアルイン。そんな
おかげでお友達がいません。大人たちが俺と関わってはダメと言っているせいか、それともガキどもが魔法も使えない俺を心底見下しているせいなのかは分からないが。
………多分どっちもなんだろうなぁ。
放課後に遊ぶ友達もいないし、しょうがないので図書館に行って魔法の本でも読むことにした。
魔法を使えないのは残念だけれど、いつ、どこで、どんなタイミングで覚醒するか分からないってじいちゃんも言ってたし、俺にもまだチャンスは残ってる。
それに、魔法の勉強は好きだ。ただ他人が行使する魔法を見れるだけでも十分に幸せなので、特段ショックは受けていない。ほんとほんと、ウソジャナイヨ……
それにしてもじいちゃん、最近咳こんでるけど大丈夫かな。
*月¡日
じいちゃんが死んだ。
最近ずっと寝たきりで、咳も酷く、極端に会話も減ったから、そろそろなんじゃないかと覚悟はしていた。
そもそも死ぬ前日から少しおかしかった。
なんだよ、『お前は一人じゃない、お前は愛される子だ』って。じいちゃん以外に俺を気にかけてくれる人なんかいないのに、どうしてこんな言葉を遺言にしたんだか。
これからどうしよっか。
分かんない。どうすればいいのか、どうしたいのかも、何も。
△月♭日
この街には天才がいるらしい。
風の噂で、そんな話を聞いた。
曰く、『無限』の魔力を持った少女である。
曰く、賢者たちが十年を費やしてきた研究を、ものの数分で完成させた。
曰く、まだ子供でありながら、すでに新たな魔法の開発に着手し始めた。
曰く、曰く、曰く。
噂には尾鰭がつくものだが、それにしても盛りすぎだとツッコまざるを得ないぐらいの設定過多だ。
前世で流行っていた無双主人公ムーブしすぎてて、嫉妬通り越してもはや歓喜してしまうほどだ。
一度くらいはお目にかかりたいものだ。
ま、そんな大天才様が俺のようなアリンコ以下の存在を認識することなんて、まずないと思うけどな!ガハハ!
★月※日
学校から帰宅途中、つまんなそうに空を眺める少女を見つけた。
齢二桁にもいかない幼い容姿でありながら、将来絶対美人さんになると確信させるほどに整った顔が、憂いを帯びて遠くの空を見ていた。
なんで空なんか眺めているのか。純粋にそう思った。
いくらつまらないと思っても、空を眺めている方がマシだとボーッと見上げるのは、会話の途中に天気デッキを繰り出すぐらいの最終手段だ。
そんな大人でも躊躇うような暇つぶしの極致に、あんな子供が至ってしまうのは大変よろしくない。あの子の将来が心配になるレベルだ。
ということで、彼女がいる二階までよじ登り、ボーッとしている彼女をおどかしてみた。
理由?特にない。強いていえば俺も暇だったから。あと人が恋しかったというのもあるかもしれない。学校じゃ誰も話しかけてくれないし。
……今にして思えば、これってかなり変質者だな。あの子に一生もののトラウマを植え付けてしまったかもしれない。
驚いた彼女は何を思ったのか、少しだけ窓を開けてくれた。
ただ、窓を開けたのは良いものの、どう切り出せば良いのか分からずに困惑しちゃってたな。
いや、そりゃそうだとしか。空眺めてたら突然全く知らん男がおどかしてきたなんて状況、多分そうそうないからね。
ということで、お詫びと出会いの印に花をプレゼントした。もちろんタダで渡したわけじゃない。手品付きで、だ。
あの子、リアクション良かったな〜。ありゃきっとまだ魔法とか見たことない純粋無垢な子だ。
じゃないとたかが手品で驚くはずもないし。
その後、普通にサヨナラして家に帰った。
久々に誰かとこんなに長く話したような気がした。
◇◆
毎日、ひたすら魔導書と向き合う。
人の顔よりも文字の羅列を見た。
人の声よりも魔法の詠唱を聞いた。
人の愛よりも、魔術の知識を蓄えた。
都市の人々は彼女のことを天才だと讃える。
しかし、そこに純粋な賞賛などあるわけがなく、ただ
都市の人間にとって、彼女は一個人の人間ではなく、都市全体が共有すべき
数えきれないほどの賞賛を浴びた。
計りきれないほどの期待を、その小さな両肩に乗せた。
名声も、栄誉も、才能も、何もかも与えられた少女。
しかし、少女は何ひとつ満たされてなどいなかった。
彼女が欲したのは───
「ばあ!!!」
そんな日常が音を立てて崩れ始めたのは、きっとあの日から。
ちょうど手元にあった魔導書も完読し、一息つくために空を眺めていたら、予想外の死角から全く予想のしていなかった急襲に遭う。
金髪碧眼、今も天空に咲く太陽のような輝かしい笑顔と共に窓から顔を覗き込む、自身と同年代の少年。
この急襲は、如何に並外れた魔術の知識を蓄えた彼女であっても理解しがたく、状況把握に時間を要した。
「はっはっは!驚いた?暇なのは分かるけど、あまりお空を見ることはオススメしないよ。今みたいに驚かされるかもしれないからね!」
オマケに何故か上から目線の説教じみた言葉の数々。
暇なんかじゃない。ただ休憩がてらに空を見上げていただけだ。むしろ暇なのは、こんな子供騙しのようなことをしているお前ではないのか……ありとあらゆる言葉と反論が浮かんでは消え、喉まで出かかっては消え、結局何も言い返すことができなかった。
何故か。おそらく、彼女もまた他人と目を合わせて話すのは久方ぶりだったから。
「んん……何も言ってくれない……。もしかして、おどかしすぎちゃった……?」
ぶつぶつと何か呟いたと思えば、天啓を受けたかの如く全身を挙動させ、再び爛々と輝く笑顔を少女に向けた。
「はい!これ上げる!」
「わっ……」
そう言って差し出したのは、何も握り締められていない右手。しかし、少女が瞬きをした次の瞬間、そこには一本の花が握られていた。
その花はベリアルイン近辺ではよく見られる至って普通の花だ。真っ白で、何の変哲もない花。
魔力は一切感じられなかった。おそらく道化師の奇術の類か何かなのだろう。自身の興味範囲外だ。
「どう?すごい?」
「えっ……す、すごい……」
「ほんと!?」
しかし、それを指摘するのは野暮だと思えるほどに、あまりに嬉しそうに笑う少年を見て、不思議と悪態を吐く気分にはなれなかった。
「じゃ、もう帰る!じゃーねー!」
「え」
そう言うや否や、少年はあっという間に背を向け、肩を躍らせながら来た道を戻る。
嵐のような子供だ、と思った。突如やって来ては、目的も分からず好き勝手暴れて、気が済んだら消え失せる。
何か一言ぐらい言ってやりたかった。思えば先ほどからあの子供のペースに乗せられてばかりだった。
望んでいなかったとはいえ、これでも賢者の都で天才と謳われた自負と自尊心は多少なりとも持ち合わせている。
それなのに、あんな何の変哲もない子供に一方的に押されていたと知られればとんだ笑い者だろう。天才が聞いて呆れる。滅多に怒らない父も、事これに関しては怒髪天に達するかもしれない。
「…………また来てくれるかな」
人として扱われず、人の愛に飢えていた少女の運命は、この日を境に音を立てて崩れ落ちていく。
それが良い方に転ぶか、それとも悪い方に転ぶかは、神々すらも理解し得ない。