とある転生者の受難日記 作:匿名
♪月△日
あの日から定期的にあの子と会って、何故かマジックを披露している。
会うたびにご所望されるんで、そんなにマジックが好きなのかと思っていたんだが、どうやらマジックを見たいというより、マジックをしてる俺を見たいらしい。どういうこっちゃ。
あと、巷で噂の天才児、この子だったみたい。
そのことについて聞いてみたら、何故か顔を顰めていたけれど。
まぁ、これまで何十何百と、耳にタコができるくらい褒めちぎられてきたと思うし、ちょっと辟易するのも分からんでもない。
でも、俺は純粋に『スゴイやん!』と思ったので、これでもかと褒めちぎれば、顔を赤くして嬉しそうに微笑んでいた。
やっぱ嬉しいんすね〜。天才といえどまだまだ子供。
+月∪日
今日は彼女の家で勉強会を開いた。
魔法の天才児と聞いて利用しない手はないよなぁ〜?
どうやったら魔法を使えるようになるか教えて下さいお願いします!と土下座をしながら懇願すれば、しょうがない奴を見るような目をしながらも色々と教えてくれた。
まぁ、結構辛口だったけど。『なんでそんなことも理解できないんだバカめ』とも言いたげな目もしていました。多分この子教師に向いていない。
あと、俺に
結局魔法は使えなかったけど、勉強会は楽しかった!
●月?日
天才児、ガチで凄かった件。
これまで彼女から愛あるご指導ご鞭撻を受けてきたので、彼女がどれだけ魔法に博識で思慮深いのかは理解しているつもりだ。
しかし、終ぞ魔法を行使する場面を見たことがなかったのだ。
だからというわけではないが、正直本当にこの子が大人たちが両手を上げて賞賛するほどの魔術師には到底見えなかったのだ。
だって、あまりに普通の女の子だったから。
だけど、彼女の魔法を見て、その認識は覆された。
彼女がほんの少し指を振るだけで数十の氷柱が出現し、それを山に向けて放てばものの数秒で大きな穴を開けた。
学校で共に勉学を励んでいる生徒たち──否、俺たちに教鞭を振るっている教師ですら、彼女と比べることすら烏滸がましいと思えるほどに、彼女の魔法は圧倒的で繊細だった。
魔法を行使し終え俺の元に戻ってきた彼女に、俺が持ち得る賞賛を浴びせた。
なんて言ったかな。『すごく綺麗だった』とか、『もっと見たかった』とか、そんな感じ。
………あれ、俺の褒め言葉のボキャブラリー、低くない……?
それと、この子の名前はマーリンっていうらしい。
いやはや、驚いたよ。まさか、かの有名な英雄譚『アーサー王伝説』に登場する魔術師と同名だったなんて。適当に挙げただけなんだけどな〜。
そういや、この大陸の地名って『ブリタニア』だったよな。そんで魔術師『マーリン』………あれ?ここもしかして五世紀後半のイングランドだったりする???
〜月¬日
今日はマーリンとベリアルイン近辺を探索してみた。
これまで魔法を行使するために外出したことは何度かあったが、魔法の行使という目的以外で出たのは今回が初めてだ。
特に変わったことはしていない。
二人で河辺に行って魚を取ろうとしたら巨大ナマズに食われかけたり、二人で水のかけ合いっこしてたらマーリンが大人気なく水魔法を使ってきて溺れかけたり、森の中で巨大なイノシシに追い回されたり、毒キノコを食べて死にかけたり………何回死にかけてんだ、俺。
最後に空を飛んで夕陽を眺めたのは良い思い出だ。
もちろん、マーリンに抱っこされながらだけど。
思えばずっとマーリンにおんぶに抱っこされて……俺ァ、自分が情けねぇよ……
申し訳なさを感じながら感謝を伝えると、『こちらこそ』なんて返ってきた。
なんかしたっけ?
×月∂日
最近女神族と魔神族の動きがきな臭くなってるって話だ。
なんでも、魔神族の精鋭を率いていた奴が女神側に付いたことで、膠着状態だった状況が一気に動いたらしい。
大人たちは『聖戦』と言っていたけれど、正直バカバカしく思う。
何が聖なる戦いだ。冗談じゃない。戦争なんかしない方がいいに決まってるのに……
⌘月%日
世界の情勢は変わっていくけれど、俺とマーリンの日常は変わらない。
強いて変わったと思うところを挙げるなら、最近マーリンがやけに大人口調になったことだろうか。
ある時期を境に、『〜だ』、『〜である』口調になったり、無駄に難しい言い回しをするようになったり、大人の余裕的な行動をとるようになった。
何故かは分からない。ただ、思い当たる節を挙げるとするならば、確か前に『大人の女性って憧れるよね〜』みたいな会話をして、その辺りから口調が変わったような気がするんだけど………流石に自意識過剰か。書いてて恥ずかしくなったわ。
きっと大人に憧れを抱く時期に突入したのだろう。自然と温かい視線を送ってしまう。
まぁ、マーリンには『その目をやめろ!』と怒られてしまうが。
そんなところも可愛くて、ついつい『無理しなくていいからね?』なんて言っちゃうもんだから、さらに怒られる。困ったものだ。
§月∈日
マーリンは親に愛されたいらしい。
どうやらマーリンのお父さんはネグレクトらしかった。
彼女を道具としか見ておらず、自分の子供として愛情を注いでいなかった……らしい。
マーリンはそれをずっと気にしてたみたいで、父親のことを話すときの彼女の表情はとても見ていられるものではなかった。
あまりにムカついたので、遺憾の意をここに記します。頭にきますよホント!!こんな可愛らしい子を放っておいてお前は何してんだってな!
あの男にはいずれ天罰が下ることを祈ろう。ということで、女神族の皆様よろしくお願いします!
とまぁ、色々言ってきたが、とどのつまり、この子は俺が考えるよりもずっと純粋で、ずっと子供だったのだ。
俺はマーリンの純粋さを大切にしたい。
それと、俺の嘘偽りのないマーリンへの気持ちを懇切丁寧に伝えたら、何故か顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
おかしい、ちゃんと補足も入れたのに……
◇◆
本を捲り、捲り、そして閉じる。
父から課された新たな魔導書を読もうにも心ここに在らずで、頭の中は別のことでいっぱいだった。
鳥の囀り、木々の騒めき、紙がかすかに擦れる音。
以前は気にも留めなかった一瞬一瞬が、今では彼と自身を再び引き合わせる
私にとって、カリバーンと過ごした時間は短い人生の中で最も充実したものだった。
初めて魔法を使って遊んだ。
初めて魔法以外のことを学んだ。
初めて父に嘘をついて外出した。
初めて大笑いしながら原っぱを転げ回った。
やること成すこと全てが初めての体験で。
大きな刺激を受けながらも、とても満ち足りた日々を過ごしていた。
『君ってあの噂の天才児なんだって!?スゴイじゃん!ねぇねぇ、魔法を使うってどんな感じなの?やってみてよ!』
裏表のない、純粋な称賛が気持ちよかった。
『いやー、魔法の勉強は楽しいけど、分からないものは分かんないんだよな〜………え?教えてくれるの?ありがとう!』
純粋に頼ってくれることが嬉しかった。
『マーリン〜〜!?!?たーすーけーてー!!!』
彼と一緒にいる時間は退屈と感じた瞬間は一度たりともなかった。
『君って本当にすごい魔法使いなんだね。まるでマーリンみたいだ』
『マーリン?』
『あぁ、マーリンっていうのはお伽話に出てくる大魔術師のことだよ。なんでも偉大な王を導いたとか。魔法を使えない身分で言うのもアレだけど、実は
『ふーん……』
『そういや君の名前聞いたことなかったや。なんていうの?』
『◾️◾️◾️』
『ん?』
『…………マーリン』
『what!?』
本当は違うけれど、聞き取れないのなら彼にとっての
『スッゲー夕陽……』
『…………うん』
『今日も色々と迷惑かけちゃったね。いつもありがとう、マーリン』
『…………こちらこそ、ありがとう』
『???』
心の飢えと渇きを満たしてくれた。
孤独を癒してくれた。
「ふふっ……」
あぁ、温かい。
胸に宿るこの温かさは、いったい何なのだろうか。
父と共にいても感じることの出来ない、この高揚感の正体はいったい何なのだろうか。
カリバーンと一緒にいるだけで心が温かくなる。世界が色づいて見える。
知りたい。不可思議で、理解不能で、珍妙なこの感情の名前を。
でも、今はまだ────
「ばあ!!!」
「ッ!?」
今さっきまで脳内を埋め尽くしていた人間の顔が、視界いっぱいに映り込む。
「また空見てたな!隙ありだぜ!」
「…………ハァ、こんな子供騙しで、この私が本気で驚くと思っているのかね?フッ、カリバーンもまだまだ子供だったというわけか」
「逆にマーリンは大人ぶってるけどね」
「…………」
「あーあーその指を下ろしてくださいお客様!その指でいったい何をなさるつもりでお客様!?」
まったく、この男と一緒にいると調子が狂う。
感情をうまくコントロールできない。いつもの私でなくなるみたいだ。
「今日はなにする?」
「あぁ、今日はベリアルイン一の展望台に行こう………と言いたいところだが、すまないが少し待ってくれ。この魔導書の披読が予定よりもだいぶ遅れているんだ」
「ん?後ででも本は読めるじゃん」
「いや、これは父から課された義務だから……だから、予定通りに終えておかなければならない」
カリバーンは私の言葉を聞くや否や、大きく眉を顰めた。
「………マーリンのお父さん、全然家に帰ってないよね。マーリンのこと放ったらかしにしてさ」
「仕方ないさ。最近の種族間の情勢を鑑みれば、より魔導の研究に打ち込むのはやむなしと言える」
「だとしてもだよ!賢者の都の長だかなんだか知らないけど、マーリンにとってはこの世界でたった一人のお父さんなんだ。だから、もっと
あぁ、彼は自身のために怒りを露わにしてくれているのか。
それがなんとももどかしく、嬉しかった。
「心配してくれるのは嬉しい限りだが、無用な心配だ。私は大丈夫だから───」
「嘘。マーリン、嘘ついてるでしょ」
「───え?」
「そんなことないよね?だって、君───いつも寂しそうだよ」
今の自分が、いったいどんな顔をしているのか見当がつかない。
でも、きっとこれ以上なく酷い顔をしているのは明らかだった。
「………だとしても、全部仕方ないんだ。だって、父は私のことを娘としてではなく、ただの兵器としか見ていないのだから。兵器に期待は向けれど、愛情を向けようなどとは思わないだろう?」
「なんだよそれ……あのロングヘアー男一発ぶん殴ってくる」
「よせ、カリバーン。というか、お前が殴りかかっても次の瞬間には灰になっているぞ?」
「………今日のところは見逃してやる」
あまりの引き際の良さに吹き出してしまいそうになったが、なんとか堪える。
彼は私のために怒ってくれたのだ。茶化すことなどできやしない。
「いいんだ、本当に。誰かに好かれることも、愛されることも、もう諦めがついてる」
どんな手段を用いても、決して私と向き合おうとしなかった父。
愛するという行為は、文字通り、相手を想わねば行動に移すことができない。しかし、想いがあれば自ずと愛を与えようとする。
父にはその行為をする素振りが一切見当たらなかった。つまり、心の底から私のことをどうでも良い道具としか見ていなかったということになる。
実の親からすら愛情を与えられない私を、他の誰が好いて、愛してくれるというのか。誰もいない。きっと、誰も……
だから、もう良いんだ───
「俺は好きだよ、マーリンのこと」
暗雲立ち込めた心に僅かな光が差した。
光をくれた張本人は、いつものようにケラっとした表情でニッコリと笑うだけだ。
「君のお父さんが言わないのなら、勿体無いから俺がその分全部言うよ。俺は君のことが大好きだ。世界で一番と言っても過言ではない」
「ッ大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃないよ!……マーリンには感謝してるんだ、本当に。君がいてくれたから今の俺がある」
「ッ」
「愛とかは、まだよく分からないけれど……でも、俺はずっと君を見てるよ。絶対に目を逸らしたりなんかしない。今はそれだけじゃダメかな……?」
「あっ……えっと……うん……」
「ホント!?よかった!!」
………正気なのだろうか。友とはいえ異性に対し、臆面もなく、こんな愛の告白紛いな言葉を囁くなんて。一種の気の迷い?それとも誇張しすぎただけの、勢いだけの言葉なのだろうか?
否、正気だ。疑いようもなく正気だ。彼の目が、そう言っている。
そのことを理解して。
もう既に、誰かに
私は、私は──────
「それにしても、あのロン毛がこんなろくでなしとは思わなかった。今度のベリアルイン総選挙で不信任に入れてやる。まぁ、あればの話だけど………ってなにしてるの?後ろ向いちゃって」
「う、うるさい!誰のせいだと……!」
「???」
その欠片たりとも理解に至っていない無知蒙昧を曝け出した
でも、そんな男だからこそ、私も。
「………カリバーン。私も……お前のことが好きだ」
「にししっ、
この男は本当に……
否が応でも理解した。理解させられた。
私はこの男のことが好きなんだ。友情としてではなく、異性として。
これが、恋という名の感情なのだろう。
「な、なぁ、カリバーン。その、お前の言う『好き』という感情は、もしかして、いや、もしかしなくても……」
「あぁ!もちろん
今はまだ咲いたばかりの小さな感情であるが、じっくりと、慎重に、丁寧に優しく育てていこう。
そしていつかこの男に───
「す、好きです!私と恋人になってください!」
時間は決して私を待ってはくれない。
路地裏から、頬を赤らめながら彼に想いを告げる少女の姿を見て、ドロりと黒い感情が溢れ出るのを感じながら、私はその場を後にした。