とある転生者の受難日記 作:匿名
○月々日
この間までの不機嫌具合は何処へ行ったのか、最近は常にニコニコしていて、ここ数百年で類を見ないほどご機嫌だ……
『最近ご機嫌ですね。何かあったんですか?』と尋ねられたら、突然顔真っ赤にしてキレられた。
女の子ってムズかしい……
【月≫日
最近エレインがよく笑うようになった。
別に以前から笑顔が少なかったとか言いたいわけではなくて、『機嫌がいいんだろうな』って状態がずっと続いている感じ。つまり超very cute ってことです。
∨月⊆日
妖精王の森にミントの花畑ができたのでみんな(エレイン、オスロー、キノコ軍団)で見に行った。
正直花畑というよりただの原っぱで、あまり目新しさはなかったが、エレインたちは結構はしゃいでたな。
ミントを見ているとゲラードを思い出す。
あの日以降、彼女は妖精王の森に姿を見せることはなかった。エレインに聞きたくても露骨に機嫌が悪くなるのでもう何十年聞いていない。
何故か来ないのかは本人にしか分からない。いろんな事情があるのかも。
もっと色々話したいし、何があってどう生きてきたのかを知りたい………いや、ただ話せるだけでいい。今はそれ以上何も望まないから……
∩月♩日
エレインから【出会って六百年記念】として花冠をもらった。
すっげーカワイイ記念日プレゼントだぜ!ありがとな!
しかし、もう六百年か………
こんなに長く生きられたのは初めて!──とか、そんな感慨深さを優に超える年数だ。
正直、気が狂ってもおかしくないと思うんだけど………それとも、もう
長寿の秘訣といえば、聖戦のように、今は種族間同士の戦争は起きてないことも一つの要因だろうか。随分と生きやすい世の中になったものだ。
脅威がなくなった今、俺とエレインを脅かす存在は皆無となった。
人間?あれは………うん、コメントを控えさせていただきます。
百年超えたあたりで思い始めていたんだが、どうやら俺は
この霊体状態はハッキリ言って無法もいいとこだ。相手に見えないのが特に。オマケに(何故かは分からないが)寿命で死ぬこともなくなってしまった。肌感覚なので確証はないが、多分、おそらく、メイビー。
エレインがいてくれて良かったと心底思う。もし一人でこの状態だったら、流石にしんどかったと思うし。
⊥月£日
エレインの将来の夢が決まったそうだ。
聞いてみたら『今はまだダメ』と言われた。
まだ──ということは、いつか話してくれるつもりなのだろう。
うーん、なんだろ。楽しみに待っておきますか。
《月》日
エレインは冒険譚が好きだ。
今日も俺お手製の冒険譚──という名の自伝──を読んで目を輝かせていた。ちなみに、この冒険譚が俺の体験談であるということはエレインにバレてない。流石にリアリティないもんね……
もう何度も何度も読み返しているのに飽きた様子は見えない。本当にすごいと思う。
でもその気持ちは分からんでもない。外見たことないもんね。そりゃ素人の書いた何の面白味もない
ただ、『なら世界を旅してみたい!』とはならないらしい。
理由を聞いたら
気にしなくていいのに……
〒月℃日
今日、いつものようにエレインと一緒に魔法で遊んだ──が、『あなたの魔法の使い方って少し変よね』なんて言われた。
エレインからしたら魔法とは“
………実際その通りなんじゃ?何も間違ってないと思う。
だから、というわけではないけど、俺が魔法を使って“遊ぶ”といった行為をとても不思議がっていたそうな。
いや……まぁ、うーん……そういうもんなのかぁ。
簡潔に言えば、俺は魔法を人を傷つける道具として見ていないから。それと、シンプルに俺の魔法使い像からかけ離れているから。
魔法とは、謂わば奇跡みたいなもんだ。“無”から“有”を生み出す世界の神秘。
よくある話だ。火薬はダイナマイトになって人を傷つけることもできるし、花火になって人を楽しませることもできる。
多分、歴史に名を残す人や何かを変えることのできる人は迷いなくダイナマイトを選ぶのだろう。だから、俺は彼らのような偉人になれはしない。
最初は憧れの魔法を使うことに愉悦を感じていたが、今は自分の魔法で目の前の少女一人を笑顔にすることができたら──それだけで“あぁ、魔法を好きになって良かった”って思えるんよ。それがたまらなく好きになってる自分がいる。
そんな話をしたら『私もやってみる』なんて言うもんだから、どっかのバカが発明した【スカート捲り】を教えたら首を締め上げられました。
おい、聞こえるか、サリー……!今日俺はお前のせいで殺されかけたぞ……!
☆月∇日
平穏に暮らせる世の中のありがたみを感じる。
大昔に種族全てを巻き込んだ戦争をしていたとは思えないほどだ。
ギブアンドテイクの関係であるが、妖精族と巨人族、人間族は上手いこと手を取り合っているそうだ。………中には泉を狙うような盗賊の輩もいるけど。まぁそいつらは例外だ。
とにかく、転生して六五〇年を経た今でも、エレインと元気にやってますよってこと。
最近、少しずつ彼女との別れの日について考えるようになった。
おそらく、俺はエレインよりも長く生きるのだろう。ともすれば、彼女の死が必然にやって来る。きっと、辛く、寂しいものになるのだろう。想像もできないほどに。
でも、その時まで、どうかそばに居させて欲しいと願うのは間違っているだろうか。
◇◆
静寂に満ちた森の息吹が彼女の頬を優しく撫でる。
珍しくも静寂で、しかし
しかし、今の彼女にそれはもう不要である。何故なら、約六五〇年もの間、彼女の心には拠り所が存在していたから。
「…………もう随分と一緒にいたものね」
最初の百年は特に不安だったと、その年数を優に超えた今だからこそ思う。
人間は妖精族と比べても遥かに短命である。身体も貧弱で、力も、体力も、体躯も、どれも五種族の中で抜きん出たものはない。ただ驚異的な繁殖力だけで生きながらえている種族。
人間を大して知りもしなかった当時の彼女であっても、カリバーンの状態は通常とは異なる
「………カリバーンがいなかったら、私、どうなってたんだろう」
永久を生きる樹海を見渡しながら零れ出た独唱は、あったかもしれない未来に対して恐れを孕んだかのように震えていた。
死を願うほどの孤独に苛まれていただろうか。この現状を作り出した兄、そして人間に対して呪詛を撒き散らしていただろうか。今のように笑えていただろうか。悲しみをちゃんと抱けていただろうか。
しかし、エレインはそのあったかもしれない未来を上手く想像ができなかった。
何故なら、今の彼女はあまりにも満たされていたから。
「…………」
現状の生活に不満など何一つない。しかし、彼女も恋する乙女。恋を自覚してから彼女なりにアピールするも何一つ進展なしな現状に曖昧な不安を抱いていた。
というのも、あまりにもお淑やかなアピールだったせいで、微塵も伝わっていなかったことが原因であったが。
彼女が奥手であるせいなのは確かだが、彼がこれまで関係を結んできた異性たちがあまりにもアグレッシブだったせいだったのも否定はできない。
しかし、そんなこと露とも知らないエレインは自身の魅力のなさに膝から崩れる思いだった。
『ねぇ、カリバーンから見て私って可愛い?』
『もちのろん!百人中百人に聞いてもそう答えると思うぜ!』
などと言っていたのは嘘だったのか。他なんてどうでもいいから、お前の気持ちを教えろお前の──と、正直に伝えられていたらここまで苦労などしていない。
素直に想いを伝えられたらどれだけ楽だろうか。どれだけ救われる思いだろうか。
そう。今の彼女はまさに青春真っ只中にある女子高生のように、燃え上がる恋情と、もしものことを考えてしまう恐怖との狭間で四苦八苦していたのであった────
「…………はぁ。……どうして伝えられないのかしら……」
「ふーん?何が?」
「えっと、それは……───キャアアアアアアア!?!?」
まさに神出鬼没。忽然忽然。一匹見つけたら百匹いると思え。
カリバーンは手に木の実を抱えたまま彼女の横を陣取っていた。何故か、逆さま宙ぶらりんとなって。
「カ、カリバーン!!帰ってきてたなら言いなさいよ……!」
「いやー、なんだかしみったれた背中してたんで、ちょっちイタズラして元気づけようかなって。まぁそんなことより、今の話の続き聞かせてよ」
「そ、それは……」
目と鼻の先、エレインの黄金色の瞳に彼の姿が映る。胸奥で脈打つ鼓動がより一層早まる。
「………あなた………のことが……」
「うん?」
「〜〜〜〜〜……!!やっぱりなんでもない……っ!!」
勢いで言ってしまえたらどれだけ良かったか。僅かに残る理性が急ブレーキをかけ、彼女の勇気の羽を斬り落とした。
残念そうに笑うカリバーンを見て、エレインは自身の小胆さに肩を落とす。
「うーん、まぁ仕方ないか………それにしてもエレインって結構秘密主義なんだね」
「え?そ、そう?」
「うん。ほら、将来の夢とかまだ教えてもらってないし」
「将来の、夢────」
私の夢───エレインは頭の奥底で眠っていた大切な記憶を大事に取り出した。
妄想ばかり膨らんで出来た、拙い夢。
それは───
彼と一緒に起きて。
彼と一緒にご飯を食べて。
彼と一緒に森を守り。
彼と一緒に労って。
彼と一緒に眠る。
いつか彼と一緒に旅に出て。
いつかこの世界の全てを見て回って。
いつか記憶しきれないほどの思い出を蓄えて。
いつか彼と結ばれて。
いつか彼との間に新たな命を授かって。
エレインはそんな世界で生きたいと心底願った。
それ以外は何もいらない。ただ、今の生活の延長線上を懇願していた。
その夢が、彼女の背中を押した。
「────カリバーン。私ね、あなたにずっと言いたかったことがあるの」
背中を向けて歩を進めていたカリバーンの背中がぴたりと止まる。
「あなたと出会って最初の頃はこんな関係になるなんて思いもしなかったわ。だって、あの頃は私の嗚咽を背後で覗き込んでいた不審者の印象しかなかったもの」
「うんまぁ事実だけどね?事実なんだけどもっとこう言い方がさぁ……?」
エレインは頬を膨らませながら顔を背けるも、すぐに膨らんだ頬は萎み、代わりに愛らしいえくぼと笑みが花開いた。
「でも、嫌でも視界に入るようになって。あなたのことを知っていくうちに、だんだんと気になっていって。そして───」
瞳を閉ざして、そっと胸に手を添える。大切な想いを、これまでの思い出を、大事に取り出すように。
泉を守る聖女と、一人の浮浪人。長い長い時を経て、ついにその想いを口にする───
空想上のお伽話であれば、彼ら彼女らは結ばれて、拍手喝采のハッピーエンドで終わるだろう。
しかし、二人が生きる物語は、そんな優しい世界ではない。
改めてカリバーンの状態の話をしよう。
彼は数千年前、ゲラードから受けた魔法によって、その魂は妖精王の森に縫い付けられた。
よって転生することができず、かといって元の体はすでに生を終えているため息を吹き返すこともできない──結果生者と死者の間を彷徨う存在となってしまった。
しかし、この状態を解く方法は少なからず───ある。
一つは、直接彼を殺すことだ。
半ばこの世の存在でなくなったカリバーンであるが、ダメージは与えることができる。つまり、ダメージを蓄積していけば、いずれ完璧な死を遂げることができる。
しかし、今の彼を殺せる相手は、聖戦時代に遡っても限られてくる。かつ、相手には彼の姿を視認できない。クソゲーもいいとこである。
よって、実現性があまりに低いため、実質不可能な手段だ。
もう一つは、妖精王の森を丸ごと消失させることだ。
彼の魂は妖精王の森に縛り付けられている。ならば、森の存在ごと消せば晴れて自由の身となれる。
しかし、これもまた現実的手段とは言えない。妖精王の森全てを消去させるのは至難の業だ。
弱点である火をつけようにも、通常の炎では着火することはない。森を燃やし尽くすには魔神族の煉獄の炎だけである。
以上の二つが
最後に
彼が受けた魔法には───
そもそも、この魔法自体が掛けた張本人であるゲラードも、受けた本人である彼も、誰も理解し得ていないのである。
ならば当然、この状態を解く言葉があるなど知る由もないだろう。
では、その言葉とは何か。
難しくはない。異国の言葉でもない。
あまりにも簡単で、あまりにも美しい言葉だ。
それは、ゲラードが魔法を発動する前に唱えた、
「───
「─────カリバーン?」
閉じていた瞳をゆっくりと押し開く。
返答はなく、そこには無形の空間だけが広がっていた。
「カリバーン?ねぇ、こんな時にイタズラはやめてよ……ねぇってば……」
幾ら声を掛けても声が聞こえない───否、彼の存在を感じられない。
まるで最初からいなかったかのように、何も───
「ッカリバーン!どこ!?どこにいるの!?」
孤独な聖女は森の奥へと消えていく。
もういない彼の姿を追い求めて────
────???編、完。
愛で始まった
告白で転生するなんて一番ショボい最期だったのでは?
【エレインのその後】
※まぁまぁ可哀想なので、曇らせ好きの方は、どうぞ。
①原作通りバンと出会う。
②原作通り親交を深めるも、特大の矢印がカリバーンに向いていたため、友人関係で止まった。
③デブ魔神族襲来→バンとエレインピンチ。
④原作通り両者瀕死となり、バンに生命の泉を飲めと言われるも、拒否。なんとなくカリバーンを消したのは自分だと自覚していた彼女はそのまま死を選ぶ。
⑤『死者の都』で再会できるかと思いきや、彼は転生していたので会えずじまい。ちゃんちゃん。
ちなみに、もしエレインが告白しなければ、彼の魂は永久に森に囚われたままでした。ですが、想いを告げなければ決して伝わることはなく、この先結ばれることもありませんでした。一長一短ってことですね()
※追記
バンはちゃんと永遠の命を得ています。