とある転生者の受難日記   作:匿名

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第27話

 

 

 

 

 

 「これは……」

 

 顔面蒼白なディアンヌを周囲の人間が覗き見る中、メガドーザ一番の老齢の医師が唸る。

 

 「医師として長年診療に携わってきたが、こんな症状は初めてみるのぉ……」

 「そんな……」

 

 自身が辿ってきた比類なき経歴と共に蓄積されてきた記憶を遡ってみても、ディアンヌを犯す病の症状に皆目見当がつかなかった。

 走馬灯のように巡る記憶。時間にして僅か数秒。刹那にも劣る時間の移り気の中で、ディアンヌの症状と非常に酷似した症例が微かに脳裏を過ぎった。

 

 「────まるで魔力を()()()()に吸い上げられているかのようじゃ」

 

 ブリタニアの大地には生まれたその瞬間から“魔力”という力の源が宿っている。

 魔力は個人の力そのものであり、酷使すれば当然減る。減れば力の行使はできなくなり、大抵は気絶や激しい頭痛と疲労が蓄積されるだけにとどまる。

 しかしそれはある種の生物としての防衛本能といってもいい。生命を守るため、頭痛や気絶が()()()()()となり、これ以上魔力を行使させないように強制的なシャットダウンを図っているのだ。

 

 しかし、明らかに今のディアンヌの状態は常軌を逸している。まるでブレーキが壊れたかのように、あるいはブレーキそのものを無視しているかのように、魔力がどこかへ漏れ出ているのだから。

 

 

 

 

 

 「───魔……力……?」

 

 故に、気づく。

 カリバーンの呟きは、水面に落ちた一滴が生じる波紋のように広がっていった。

 

 カリバーンには覚えがあった。

 常日頃から感じていた、何かと繋がっている感覚。

 ディアンヌの体調不良を起こした時期。

 そして───今もなお流れ続けてくる、誰かの()()

 

 

 故に、識る。

 

 

 故に、理解する。

 

 

 

 

 

 ────己の存在が、彼女を蝕む癌そのものであったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月∞日

 

ディアンヌの体調不良の原因は極度の魔力枯渇だとされた。

でも、枯渇しているということは魔力がないことを意味している。なら今俺が吸っている魔力はなんなのか。魔力が枯渇すれば何を代用するのか。多分、生命力だろう。

そしておそらく、ディアンヌの魔力──及び生命力を奪っているのは他ならぬ俺自身だと判明した。

普通に考えれば分かることだった。俺はディアンヌの魔力から生み出された存在、【土人形】だ。ならば当然己の体を維持するにはディアンヌの魔力を必要とせざるを得ない。

そんな当たり前のことを今になって分かるだなんて……

 

 

 

 

 

※月⌘日

 

ディアンヌが助かる唯一の方法を思いついた。

無論、俺が自決すること他ならない。

 

思えば、今まで自決することも、自決をしようと考えたことすらもなかった。

理由はシンプルで、ただ単純に死ぬのが怖いから。何度も死に彷徨ってきた今もなおそう思う。たとえ“次”があるとしても、あの感覚には慣れそうにない。

それに……俺が自死したと知ったらディアンヌはどう思うだろうか。あの子のために死んだと知って、『ならば仕方ない』と納得してくれる子だろうか。

 

…………まだ時間はある。もっと他の方法を考えてみよう。

 

 

 

 

 

☆月♀日

 

ディアンヌの状態が日に日に悪化の一途を辿っている。

徐々に弱っていく彼女の姿を見るのはとても耐えられそうにない。

早く何とかしなければ。

 

 

 

 

 

§月△日

 

最近奇妙なことが起きている。

前まで漠然とあった自分の身体に関する違和感が徐々に薄れてきているように思える。

輪郭がハッキリとしてきたと言えばいいのか……言葉では言い表せないな。

 

()()身体といえば、もちろんこのカチカチのゴーレム体だ。そりゃ違和感もありまくりで、それも半ば仕方ないと納得していた。

でも、ここ最近少しずつ人間体だった頃の感覚に戻ってきている──否、()()()()()()()

 

本来なら喜ばしいことなのに、言いようもない不安に駆られるのは何故だろうか。

 

 

 

 

 

⁉︎月♩日

 

自分の身体に起きた違和感の正体を掴めた。想像し得る最悪の結果だったけど。

ディアンヌの魔力だ。()()()()注がれてきたディアンヌの魔力を、どういうわけか徐々に俺自身の魔力へと変貌させているみたいだ。

 

これは一体……

 

 

 

 

 

〒月¢日

 

マトローナに相談した。

突拍子のない巫山戯た話だが、俺の話を一切疑わず信じてくれるマトローナがすごくいい女性だと思った。

 

マトローナは俺の考えを聞いた上で、とある結論を出した。

それは───もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということである。

今はまだ不完全であるが、ディアンヌの魔力を完全に己の物にした時、魔法という希薄な存在から確かな“個”へと変貌するのではないか、と。

 

俺は今すぐ死ぬべきだと思った。死んで、完全に己の物にする前にディアンヌに魔力を返さなければと思った。

以前から考えていた自決の案。それをマトローナに話した。

 

マトローナにとってディアンヌは愛すべき弟子であり娘だ。俺とディアンヌ、どちらに()()()()()()かなんて明白だ。

なのに、彼女は()()を選んだ。目を逸らして、険しい顔で瞼を閉じ、奥歯を噛み締めて。

まるで()()()()()()と言わんばかりに。

 

どうやら、マトローナは俺にも生きてほしいみたいだ。

 

 

 

 

 

〻月∞日

 

ディアンヌはいつも笑顔だ。辛いだろうに、痛いだろうに、ずっと笑顔を絶やさない。少なくとも俺の前ではそうだった。

 

どうしてかと聞いたら『友達(カリバーン)がそばにいてくれるから』だそうだ。

 

その笑顔が眩しくて、目を逸らしたくなるほどに輝いていた。

 

 

 

 

 

◆月∈日

 

ディアンヌに全てを打ち明けた。

何から何まで、全部。

 

口汚い言葉で罵倒されるだろうと思っていた。友達としての縁も切られるだろうと。

彼女の命を吸っているのは実質俺だ。だからしょうがないと……

 

だけど、彼女は怒らなかった。いや、ある意味怒られたか。『ボクを置いて死ぬなんて許さない』だとかなんとか、泣きながら。

酷な話をしてしまったと後悔している。でも、同時に嬉しかった。こんな状況なのに、自身の命を擲ってでも俺に生きてほしいと想ってくれる人がいたことが嬉しくて。

 

だからこそ、()()()()()()()

ディアンヌがそう思うように、俺も彼女に生きていてほしかった。

たとえ自身の命を擲ってでも、たとえどれだけ彼女から恨まれようとも、ディアンヌには未来を生きてほしい。

ずっと長生きして、誰かと幸せを育んで、家族に見守れながら死んでほしい。少なくとも今のような死に方じゃない。本当にそう思う。

 

きっとディアンヌは俺なんかのために泣いてくれるだろう。きっと一生癒えない傷を残すだろう。そして、一生恨まれるのだろう。

俺はその全てを背負って死ぬ。死ぬのだ。

自ら命を絶つなんてメラスキュラの奴がなんて言うか分からないが、少なくとも希望を抱いたまま死ぬことができそうだ。

 

今日はずっとディアンヌの手を握っておこう。

明日の早朝には、もうこの体温を感じられなくなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記はここで途切れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ?ここは?」

 

 気づいたら真っ白な世界でぽつんと立たされていた。

 どれだけ見渡しても、白、白、白。不気味なくらいに白くて、周囲に誰もいないことも相まって、ひどく心が落ち着かない。

 

 「───ディアンヌ」

 「ぇ…………あっ!カリバーン!」

 

 カリバーンが背後に立っていた。でも、その姿はボクの知るカリバーンじゃなくて。

 

 「どうして人間の姿をしてるの?」

 「ん〜、まぁ色々あってね」

 「色々って?」

 「…………」

 

 何も答えてくれない。

 普段通り優しく朗らかに笑ってくれるカリバーン。

 それが何よりも心細くて、とても怖かった。

 

 「お別れを言いにきたんだ」

 「─────────────────────」

 

 だから、その言葉がただの冗談で出た言葉じゃないことも、なんとなく理解した。

 

 

 「───────え……え……?待ってよ………ぇ。なん、で?どうして………ボ、ボク、なんかしちゃったかな……?ボクのこと、キライになっちゃった……っ?」

 「ううん、そんなことないよ」

 「じゃあなんで……っ!?」

 「………ごめん。ディアンヌに嫌われるって分かってたのに、こうするしかなかったんだ」

 

 その言葉が、その態度が、その顔が、彼が何を()()して何を()()()()()のかを雄弁に語っていた。

 

 「───いやだ。いやだ、いやだいやだいやだっ!!どうしてそんなことするの!?ボク、ボクは……誰よりもキミに生きていてほしかったのに……」

 「………俺も同じだよ、ディアンヌ。誰よりも君に生きていてほしいから、死ぬんだ」

 「ッカリバーン!!」

 

 抱き留めようと必死に手を伸ばすも、届かない。

 徐々に離れていくあの子の姿を見て、ひたすらに焦慮に身を焼かれる。

 

 「………置いていかないでっ。ボクを、一人にしないで……」

 「ッ」

 「カリバーン(誰よりも大切な友達)がいない世界で、ボク……どうしたらいいの?分かんない、全然、分かんないよ……」

 

 誰よりも理解していたはずだ。

 子供のように泣きじゃくったって時間は止まってくれない。誰かを悲しませることしかできない。なのに、ボクはいつも泣いている。

 

 

 「───なら、ディアンヌ。俺を見つけてほしい」

 

 

 俯かせていた顔を上げると、カリバーンは消えゆく中、小さく笑っていた。

 

 「いつになるかは分からない。何年、何十年、もしかしたら何百年後かもしれない。どんな生き物になってるのかも分からない。どんな俺になってるかも分からない。だけど、()()()()()()()()()()。だから、見つけてほしい。それで、もし見つけたら、一発ぶん殴ってくれ」

 

 何を言っているのかは分からなかった。

 だけど、今の言葉に持ち合わせる返答は一つしかなくて───

 

 

 「───うん、うん!絶対見つけるから!どんなカリバーンでも、絶対見つけるから!ちゃんと殴るから!だって、ボクらはずっと友達だから!だから……待ってて!」

 

 

 幻の中で霞のように消えていく口約束に、カリバーンは満足したように笑い、この白い世界ごと消えていった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う、ぅん……」

 「ッディアンヌ!?目が覚めたのか!?」

 「お医者様!ディアンヌ!ディアンヌが目を覚ましました!」

 「………マトローナ……?ドロレスまで……あれ、ここはどこ……?」

 「お前の部屋だ馬鹿者。呑気に一週間眠りおって……まったく、本当に世話のかかる弟子だ……」

 

 マトローナはそう吐き捨てながら、安心したかのように深呼吸をしながらベッドに腰を下ろす。その顔はひどく焦燥していた。

 

 「ねぇ、マトローナ。ボク、変な夢を見たんだ。カリバーンが会いに来てくれたの。それでね、それで──────────カリバーンはどこ?」

 

 夢の内容を思い出してすぐさま確認を取る───が。

 

 

 

 

 

 マトローナは顔を背けるだけで、何も答えてくれなかった。

 

 「ッ!!」

 「ッ!?ディアンヌ!?」

 

 堪らず駆け出す。

 ()()()()()()()()()()身体があの子を求めて、その残像を追う。

 

 カリバーンの姿がない。

 カリバーンの気配がしない。

 何より、カリバーンとの繋がりを感じられない。

 

 そのことが、より鮮明に、より残酷に、答えを提示されているような気がして。

 

 

 「カリ、バーン……」

 

 

 彼の魔力の残穢を追いかけて、その果てにあったのは────近くにあった()だった。

 

 

 「─────────────────」

 

 

 全て、理解した。

 

 

 

 

 「あああぁっぁぁっぁぁっぁあぁぁああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───ここは……」

 

 少年は森の中で目を覚ます。

 自身の身体に感じる妙な身軽さに驚きつつ、おずおずとその場で立ち上がる。

 

 「……なんだろ、()()()()()()()を見てた気がすんだけど……」

 

 そんな些細なことはさて置いて。

 まずは状況把握とこれからの行動指針の決定だ。

 彼は自身の身の回りにある物を確認しつつ、自分がここに至った経緯を整理するために記憶を探ろうとして────はたと気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────俺って……()()()()()()()()()()()()()?なんでこんな森の中にいるんだ?」

 




────【土人形】編、完。

カリバーンの身体はディアンヌと腕相撲して壊れるぐらいには脆かったですからね。今頃川の砂と同化しているんじゃないのでしょうか。

でも今回は比較的マシな死に方でした。今まで碌に最期の言葉も残せず、残せたとしてもカリバーン側から一方的なものでしたからね。
なので、最期にディアンヌの言葉を聞けた今回は、おそらくカリバーンにとっても一番救いのある最期だったと思います。
まぁ、全部忘れてしまったみたいですが。ガハハ。

さて、そろそろ原作間近です。
果たして愛欲の坩堝と化したブリタニアを生き抜くことができるのか。
全ては自分で蒔いた地雷なんだから、ちゃんと自分で撤去しないと……
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