とある転生者の受難日記 作:匿名
いやー、危なかったー。
間一髪、なんとか間に合った。
それよりも、あの巨人。最後の最後でとんでもない火事場の馬鹿力を出してきやがったな。スゲェ威力の火球出しやがって……
さて、そんなこんなで、助け出した少年──本当に少年なのかはさておいて──に名を問われたので、顔を隠したまま自己紹介するのも失礼かと思い、フードを脱いで名前を教えた。すると、何故か少年は固まってしまった。
その目は、まるで「信じられない」とでも言いたげな目だった。俺としちゃなんのこっちゃって感じだが。
「し、師匠……?もしかしなくても、師匠ではありませんか!!?」
「おう!アーサー、久しぶりだな!見ないうちにデカくなった!」
「師匠ッ!!!」
十年ぶりに見るアーサーの姿は、まさに俺が思い描いていた通りの姿だった。
中肉中背で、男前でありながら爽やかなイケメン。意外とゴツい甲冑を身に纏っているが、それもまた様になっていた。
アーサーは俺の姿を見るなり、こちらに向かって駆け出した。
今は金髪の少年と話しているんだが……まぁ仕方ない。なんせ十年ぶりの再会なのだ、あの子を咎めることなど誰にもできやしない。
刻一刻と迫り来るアーサー。強烈な抱擁で身を包まれる予感がヒシヒシと伝わってくるので、ほんの少し構える俺。
さぁ!感動の再会のハグといこうではないか!我が弟子よ!
「アーサー!会いたかった!」
「私もです!ししょブヘッ!?」
俺とアーサー───その狭間に、薄く透明な壁が出来上がった。アーサーはその壁とキスをして悶絶している最中だ。
いや、壁じゃない。どうやら俺を中心に立方体が出来上がっているようだ。おそらく、これは【
ふと思い浮かんだのが、
「これはマーリンの術!?しかし何故……」
「マーリン?」
アーサーが紡いだ、妙に聞き慣れた人名を鸚鵡返しした瞬間、再び大きな揺れが周囲に轟せる。そして、徐々に上がっていく目線。一瞬、いよいよ俺にも成長期が来たのかとぬか喜びしそうになったが、決してそんなことはなく、ただ周囲の地面が独りでに空中へ浮遊しだしたがゆえだった。
な、何が起こってるのん……
誰ひとりとしていない上空三千メートル。このまま上空で天空の城を作ってみるのも悪くないが、あいにくまだそこまで暇じゃない。
とりあえず、この障壁を壊さないと……
「えぇっと……こういったときは【
ありとあらゆる魔法を解除する魔法を発動しようとしたその時、上空から
その女性は、まさに『魔女』と呼ぶに相応しい人だった。
誰もが見惚れる容姿、攻めすぎた衣装、スレンダーで締まりのいいくびれ。
妖艶──その言葉が真っ先に出てくるぐらい、大人の色気をムンムン漂わせている。
「…………」
「…………」
彼女は何も答えない。
怖いぐらい目を見開いて、瞬きひとつもせずに、ただ俺のことをじっと見ている。
美人から熱い眼差しを受けるなんてご褒美でしかないのに、心臓を鷲掴みされている気分。こんな気持ち初めて……
「カリ、バーン……なのか……?」
再び問われる名前。しかし、もし違うと答えれば、
「──あぁ、こんなことが……こんなことが起こっていいのか……」
目の前の女性は、静かに涙を流す。
よほど辛いことがあったのだろう、その感涙に様々な苦悩が織り交ぜられているような気がした。
「……会いたかった。ずっと、三千年前からずっと、お前に会いたくて会いたくて仕方がなかったんだ、カリバーン……」
覚束ない足取りで、俺との距離を徐々に詰めていく。
そう遠くない距離のはずなのに、妙に彼女との距離が遠く感じる。
それは物理的な距離感じゃなくて、彼女の言う三千年という想像を絶する時間の長さが、そう錯覚させているのだと思う。
嗚呼、どうしよう。こんな感動的な場面ですごく申し訳ないんだが、一つ彼女に言わねばならないことがある。
「あの……
「─────────────────ぇ」
残り数メートル時点で、彼女の足は止まった。
「実は、俺も半信半疑なんですけど、どうやら記憶喪失らしくて。ここ十年、記憶を取り戻す旅に出てるんですが、一向に思い出す気配がなくて」
「…………………………い、や。いや」
「それに多分、あなたが探してる待ち人は俺じゃないですよ。だって、名前は同じでも、世界に三人ぐらいそっくりさんがいるって聞くし。何より数千年前の人間なんでしょ?普通の人間はそんなに長く生きられないですよ」
「………………ッ」
「改めて言いますが、
「────────────」
……黙り込んじゃった。
いや、これは嵐の前の静けさだ。噴火前の火山を彷彿とさせる熱が、彼女の周囲からぐつぐつと感じられる。
怖くないよ?全然。怖くないけど一応【
「───ふふっ、ふふふっ。ふふふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ────────」
哄笑。彼女は、堰を切ったようように狂笑を轟かせた。その姿はまるで狂気そのものが憑依したかのようで、全身の産毛が逆立つ。
──拙い。超人クラスの勘を備わった体が、細胞の隅々に至るまで、この場から逃げろと警告を発してくる。
「あぁ神よ、お前はまだ私に試練を課そうというのか。そうまでして、私と奴の運命を引き離したいか」
「な、何を言って──」
「いい。お前は何もしなくていい。お前の記憶のことも、もう心配するな。私がなんとかする。だから、私のそばにいてくれ。もういい。もうそれ以上は、本当にそれ以上何も望まないから」
「心配するな」──とてもではないが、それを聞いて安心できるような顔をしていないのは明白だった。ドス黒くて、深い悲しみに怒り狂う顔だった。
今の状況に対して何ひとつ理解できていないないが、ただひとつ分かることは、今の彼女の言うことを聞くのは悪手であるということだけだ。
───ドン。
どうにか彼女の隙をついて逃げ出そうとした──そのとき、地面が大きく揺れた。
───ドン、ドドン。
一発、二発、三発。
その衝撃は数度に渡り響き渡り、かつ徐々に揺れが大きくなっていく。そして──
───ドゴンッッッ!
「カリバーーーーーン!!!!」
地面から蹴り抜いて空中に躍り出たのは、これまた別タイプの美少女だった。
“美”というより“可愛い”といった部類の女の子。ツインテールがよく似合う、元気そうな子だった。
「待ってて、今出してあげるから!──ふんっ!」
「えっ」
───パリーン。
ただの正拳突きで【
これって生半可な攻撃じゃ絶対破れない魔法だったと思うんですが……
「カリバーン……本当に、カリバーンなんだよね……?」
「えっと……俺はカリバーンですけど……」
「………夢じゃないよね?本当に………ぐずっ、会いたかった、ずっと会いたかったよぉ……」
「ふぐ……!?」
助けてもらえたと思ったら窒息死させられそうな件。
いや、ナニがとは言わないけど、この子すごく大きいんですよ。
泣きながら抱きしめてくれるのは、まぁ百歩譲って良いとして、俺と君の身長差考えてハグしてほしい。
というか、今日はやたら泣かれる日だな。大丈夫?みんな情緒不安定だったりする?
「………ディアンヌ、私のカリバーンを離せ。今すぐ、即刻、直ちにだ」
「マーリンのじゃない!!ボクのカリバーンだ!!ボクの唯一無二の友達だ!!たとえマーリンの頼みでも、これだけは譲れない!!」
「ッ、奴の友は私ただ一人だ!!」
ギスギスしてるぅ……なんでぇ……?仲間同士で喧嘩はやめようよぉ……
女の子の喧嘩は男のそれとは比較にならないほど恐いとは聞いたことあるが、まさにその通りだった。
というかなに?この子も俺のこと知ってる感じなの?過去の俺は一体何をしていたんだろうか……
「お、お二人ともっ、まずは俺の話を聞いて───」
その時、脳が理解する前に、脊髄が発する反射に身を委ね、二人をその場から押し除ける。
直後、上空からナニカが墜落した。
◇◆
「───うふ、ふふふっ、嗚呼、なんて熱い眼差し。底知れない魔力。体の髄まで焦がすような魂。そして───恐怖に歪んだ、あの表情……。思わず子宮が震えてしまったわ」
巨獣アルビオンを通して見ていた存在──〈十戒〉『信仰』のメラスキュラは、たった今起きた一瞬の逢瀬に想いを馳せ、恍惚とした表情を浮かべる。
メラスキュラとて、カリバーンがああも実っていたことは予想の範疇を超えていた。しかし、彼をひと目見れただけで、そんなことがどうでもよくなるほどに、彼女の心は揺り動かされてたのだ。
「───で、話は終わったかしら?フラウドリン」
「あぁ、夢中になっているお前に代わって、お前が面倒だと俺に投げ捨てた情報も、すべて説明した」
「あら、それはご苦労様」
労う気など欠片もない、ひどくぶっきらぼうな謝礼を述べ、改めて周囲を見る。
「…………何か言いたげな顔ね、ゼルドリス」
「当然だ。メラスキュラ、お前は何故、カリバーンの魔力を我らに隠していた?
ゼルドリスは、そっと柄に手を添えた。事と返答次第によっては斬り捨てるのもやむなし、と冷酷な覚悟を決めて。
ゼルドリスの疑問は正当な疑問だった。メラスキュラはカリバーンの能力について、その一切を仲間に教えていなかった。そのことについて、彼ら彼女らは問う資格がある。
「……理由は色々あるけど、主に二つ。一つは確信がなかったから。あの子の魔力が転生を伴うものだということは、99%確信していても、100%ではなかったの。だから言わなかった」
「話す分には問題なかったんじゃないかね?」
「ふふっ、そうね。でも、いつ揺れ動くか分からない戦況の中で、私の勝手な憶測を話してしまったら………ねぇ、ゼルドリス。一体どうなっていたと思う?」
「………このオレが、戦況を顧みず、戦場を放棄してでも、カリバーンを探しに行くとでも?」
「もしもの話よ。それに、あなたに対してだけ言ってるわけじゃないし」
数人、図星の表れか、肩をビクりとさせた。
反応を愉しむように、同胞たちを見渡すメラスキュラ。
「して、もう片方の理由はなんじゃ?」
「ん〜……ふふっ、そうねぇ。これは個人的な理由なんだけど」
そう前置きをして口を開くメラスキュラ。
その表情には、何が楽しいのか、ニコニコと、まるで乙女が垣間見せる笑顔を貼り付けている。
「────あの子の秘密を誰にも知られたくなかったから。私だけが知っていたかったから。それ以上の理由がいる?」
この場にいたほとんどの者たちから呆れを多分に含んだため息が溢れ出る。むしろこっちの方が本心だろう、という確信を得ない者はいない。
そんな中、メラスキュラはある二人の動向をくまなく観察していた。
その二人とは───初代妖精王グロキシニアと、巨人族の王ドロールである。
「グロキシニア、ドロール。何かあったかしら?」
「………いや、なんもないっスよ」
「えぇ、私も」
闇に堕ちた二人の王は、即座にメラスキュラの問いを否定する。しかし、メラスキュラの勘が、この二人の答えが偽りであることを即座に見抜いた。
グロキシニアとドロールが〈十戒〉に加入した時期と、カリバーンが魔神族として活動していた時期は重ならない。なので、この中で数少ないカリバーンを知らない者として認識していたのだ───今、この瞬間までは。
メラスキュラの目には、どうにも二人がカリバーンの知り合いであるように見えた。どれだけ表情や感情を取り繕っても、魂の専門家である彼女の前では通用しないのだ。
メラスキュラは妖精族のカリバーンを見たことがある。といっても、両目は潰れ、片手片足はなく、羽も捥がれた無惨な姿だったが。
しかし、“妖精族であった時期がある”という情報を持つ彼女は、グロキシニアとドロールとはその時期で知り合ったのだろう、と推察した。
この間、僅か0.3秒である。
「それで、アルビオンはどうなった?」
「瞬殺ね。あぁそれと、今のうちに警告しておくわ。もう以前の軟弱なあの子だと思わないことね。おそらく、ここにいる誰よりも強くなっているわ」
「………そうか」
メラスキュラの、ある種の挑発ともとれる言動に、魔神族の精鋭とも呼ばれる強者たちは、侮辱を感じるどころか、安堵と誇らしさを覚えた。
「ククッ、クワッハハハハ!そこまで言われてしまえば、血が騒ぐというものよ!どれ、儂が確かめに───」
「ダメだ。今の我らには魔力がない。それに、あちら側にはメリオダスがいる」
「儂が負けるとでも?」
「その慢心が我らに封印という屈辱をもたらしたのを忘れたか?それに、迎えに行くのなら、師匠であるオレが───」
「ケツから言って、嬉しくねぇ。私が行く」
「それは……お前たちのような輩が迎えにいっても、カリバーンは嬉しくないだろうから、姉であるデリエリが迎えに行く……という意味かな?」
「ん」
「あなたまだカリバーンの姉を名乗ってるの?ちょっと、モンスピート、なんとかしなさいよ。保護者でしょ?」
「いや、まぁ、そうだが……」
「ワタシモ、ヒサシブリニ、アイタイ」
「みんな揉めるのはやめるっス〜。これじゃあキリがないので、ここは間をとって、あたしとドロール君が迎えに行くってのはどうっスか〜?」
「それがいいですね。すぐに行きましょう」
「ハァ……お前たち、一度冷静になれ。カリバーンが生きていると分かった今、我らがすべきことは、四種族に対する報復のため力を備えることだ。カリバーンのことはその後でも問題なかろう」
「あらあら、さすが一度会っているだけあって、ずいぶん余裕があるわね、フラウドリン?」
「事実だからな」
いつになく熱の籠った討論が繰り広げられていく。聖戦時での会議ですら、ここまで活気に満ちた議論が交わされることはなかった。しかし、事が事だけに、各々譲れぬ心情を胸に、己の意を貫き通さんとする。
「───なぁ、ゼル。アイツを迎えに行く役目、俺が引き受けてもいいぜ」
どこか気だるげで、どこか狂気を孕んだ男の声が、賑やかだった議論に終止符を打った。
それもそのはず。封印から解き放たれてから一言も話さなかった男の第一声がこれだったのだから。
その男こそ、メリオダスの弟にしてゼルドリスの兄、『慈愛』のエスタロッサである。
「あなたが?何故?」
答えたのはゼルドリスではなく、メラスキュラだった。
その表情は何かを堪えるように顰めた面を晒しており、とても同胞に向けるものではない。
「俺にとっちゃ
飄々と、掴みどころのない存在。
かつて天才である長男と三男に挟まれた落ちこぼれであったが、戒禁を与えられたことで闇の力が覚醒し、〈十戒〉に名を連ねるほどの強者に至った──メラスキュラのみならず、他の魔神族も、エスタロッサに対して、おおむねこのような印象を抱いている。
しかし、メラスキュラはどうにも彼のことが苦手らしい。
否、苦手を通り越して、もはや嫌悪するレベルだった。
何故こんなにも悪感情を抱いているのか、彼女自身理解していない。
「……あらそう。ならまずその髭面をなんとかした方がいいわよ。そうすれば、少なくとも今よりもっとマシな顔つきになるかも」
「おいおい、この髭は俺のチャームポイントだぜ?勘弁してくれよ………で、ゼル、行っていいよなぁ?」
「兄者も何を言っている。まずは休息を最優先、カリバーンのことも、四種族への報復も、全てはその後だ」
「つまらねぇこと言うなよ。な?頼むよ。数千年ぶりの兄ちゃんの頼みだと思ってさ」
「ダメなものはダメだと───待て、ガランはどこに行った?」
ふと、あの老兵の姿が見えないことに、ゼルドリスは気づいた。
周囲を見渡しても姿を確認できない。ただ分かるのは、ガランの魔力と酷似した存在が、南の方向に徐々に遠ざかっていくことのみ。
「これだから蒙昧したジジイの子守りは面倒なのよね」
メラスキュラの愚痴に、この場で同意しない者は誰一人として存在しなかった。
「七十二歩、か。この距離なら七〇で届くと思うたが……」
浮遊する大地を砕き割り、上空から悪魔が飛来した。
誰もが眼前に出現した存在の、あまりにも凶悪的で悍ましいプレッシャーと魔力に平伏す中、老兵はただ一人の少年を見つめる。
「久しいのぉ、カリバーン。それにしても、相変わらずその姿のままか」
「ッ」
「ム?何故無視をする?儂とお前さんの仲じゃろうが」
突然名を呼ばれ、内心阿鼻叫喚に陥っているカリバーンを無視するように、気さくに話しかけるガラン。
それでも、カリバーンは反応することすらできずにいた。
もう、カリバーンの脳内は限界だったのだ。一日で受容する情報量と緊張を遥かに超えてしまっていた。
そして───いよいよ、キャパオーバーを迎える。
「だから!!!あんたらのこと
心からの叫びは、彼の魔力と共に吹き出した。
その魔力はあまりに膨大で、まるで吹き荒れる嵐のように実体を作り──そのままガランを北方へと吹き飛ばしてしまった。