とある転生者の受難日記 作:匿名
£月∂日
聖戦の足音が徐々に近づいているのを感じる。
先日、魔神族と女神族で小さな衝突があったらしい。
そこで、両族ともに少なくない犠牲を出したとか。
まだ本格的な戦争に突入していないが、心情としてはいつ爆発するか分からない火薬庫の前にいるみたいだ。
中立を謳うベリアルインの大人たちも、とうとう無関心を貫くことができず、最近では常に神経を尖らせている。
正直、戦争がどんなものか、真の意味で理解しきれていない。
前世でも戦争はあったが、それはあくまで過去の話であって、幸いにも自分が生きた時代では戦火に巻き込まれる事態なんてものは起こらなかった。
ただ、確かに言えることは、少なくともベリアルインが中立の立場をとっている間は、マーリンは戦争の道具とはならない、ということだ。
★月&日
まずいまずいまずいまずいまずいまずい。
魔神王と最高神にマーリンの存在がバレたらしい。
魔神王とは魔神族を統括する神の名であり、最高神は女神族を統括する神の名だ。
神とか本当に実在していること自体驚きだが、その神々がマーリンの魔力に目をつけて、それぞれの陣営に引き摺り込もうとしているらしい。
これには賢者の都も猛反対。『この子は自分たちの財産だ』と言って引かない。
いや、マーリンはお前らの物でもないっつーの!
ということで、事の張本人であるマーリンを交え、彼女の未来がかかった会議(参加者二名)を行なった。
結論、特に気にしてなかった。
あまり興味をそそられないそうだ。相手は神々なんだからもうちょっと慎重になるべきだと思うけどね……
ただ、変なことも聞かれたっけ。
『お前はどちらに付きたい?』とか何とか。
いや、俺の意見は関係あらへんがなと思ったが、結構本気で聞いてる感じだったので、空を飛びたいから女神族と答えたら爆笑された。解せぬ。
ちなみに、魔神族も空を飛べるらしい。まじ?
√月§日
今緊急で日記を書いている。
今日俺は大人の階段を登ることになった。
そう───マーリンとお泊まり会だ!
時代は戦火に突っ込もうとしているわけだが、ベリアルインに直接被害が出たわけでもないし、ぶっちゃけ俺たち子供にはあまり関係のないこと。
しかし、そんな平和もいつまで保つか分からない、そう思っていた矢先で彼女からお泊まり会の提案があった。
何故?と聞いてみたが、どうやらもっと親睦を深めたいらしい。嬉しいことを言ってくれる。
もしかしたら、こうして彼女とゆったりと過ごすことが出来るのは、平和である今だけかもしれない。
彼女と共にいられる時間を大切にしていこう。
Å月⊆日
明日、マーリンの誕生日らしい。
じいちゃんがいなくなって、マーリンと出会った。
それからの日々は、昔の俺では考えられないほどに充実したもので。
彼女は俺の孤独を癒してくれた。彼女は俺の唯一無二の友と言っても過言ではない。
言葉に言い表せないほどに感謝をしている。
その感謝を誕生日プレゼントにして贈りたいのだが、どんなプレゼントがいいか、ずっと考えていた。
俺には高価な物を差し出せる財力はない。
だから、あの白い花を贈ろうと思う。マジックで手渡した、あの花を。
意外にも花は好きらしい。野原でもよく花を見つめていた。
今の自分にはこれが精一杯だ。その気持ちを少しでも花に込めて贈ろう。
さて、そうと決まれば早速花を取りに行かないと!
ベリアルインの近辺に咲いてるごく普通の花だけど、ちゃんと状態の良い花が見つかるか心配だ。
◇◆
運、というものは存在していると思う。
賭博でも、一人だけ大勝ちする者もいれば、一人だけ大負けをする者もいる。
致命傷になり得る攻撃を擦り傷で済ます者もいれば、当たりどころが悪く死んでしまう者もいる。
誰かが理不尽な幸運を得れば、理不尽な不運を被る者が、必ずいる。
そして、今日の俺は後者。おそらくとびっきり運の悪い日だったのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
脇目も振らず、森の中を駆け抜ける。
走ること以外の神経は閉じた。今はただ、背後から迫り来る恐怖から生き延びることだけに、意識を全集中させる。
花を摘みに来ただけなんだ。マーリンの誕生日プレゼントに贈る花を。
ここ最近のベリアルイン近辺で他種族の目撃は確認されていない情報を掴み、それでも念のためすぐに戻る手筈で、ほんの少し外に出ただけ。油断も慢心もしていなかった。
なのに、それなのに───!
「ねぇ、追いかけっこはもう終わりでいいかしら?私、これでも忙しい身だから、早く済ませて欲しいのだけれど」
背後からかけられる声に、恐怖で魂の芯から震え上がる。
とても穏やかで、聞き心地の良い声。しかし、それが却って恐ろしくてたまらない。
「ちょっと、聞いてる?」
「ッ!?」
音も気配もなく、目の前に降り立つ怪物に息を呑んだ。
容姿は桃色の長髪に、黒い靄に包まれた白いレオタード姿の少女。童顔で、子供特有のあどけなさがあるものの、光の見えない真っ黒な瞳が、彼女から溢れ出るドス黒い魔力が、アレが唯人ではないことを如実に物語っていた。
「あ、あなたは……」
「あぁ、自己紹介がまだだったわね。私は〈十戒〉『信仰』のメラスキュラ。魔神王より『信仰』の戒禁を与えられし者よ」
〈十戒〉……聞いたことがある。圧倒的な力を持つ魔神族の中でも、とりわけ精鋭中の精鋭。魔神王直属の配下だ。
そんな化け物中の化け物が、何故こんな辺境な土地に……
「急に逃げるなんてヒドいじゃない。これでも淑女の端くれ、私だって傷つくのよ?」
「あ、あなたが魂を食べたいなんて言うから……!」
「しょうがないでしょ?喉が渇いちゃったんだもの。それに今の疾走でもっと喉が渇いてしまったわ。責任取ってちょうだい」
「浮いてんでしょうが!走ってないじゃん!」
「浮くのも疲れるのよねー」
コ、コイツ、適当言いやがって……!それに言い方がなんか癪に障る……!
「……俺は死ねない。どうしても届けなきゃならない物があるんだ。だから、お願いします……どうか見逃してください」
恥も外聞も捨て、誠心誠意の土下座をして懇願する。
これが本場の土下座だ!よく見ておけ!ブリタニアに土下座の概念があるのか知らんけど!
「……ふふっ、そう。なら条件付きで見逃してあげる」
「え?マジですか?」
「マジよ」
なんだ、意外と話の分かる人だった───
「あなたの大切な存在を、あなたが敬愛するものを、あなたの代わりの生贄として用意しなさい。さすれば見逃してあげましょう」
俺の、大切な存在。
思い浮かぶのはただ一人。
頭が良くて、見栄っ張りで、頑固で、面白い魔法には目がない、綺麗で繊細な魔法を使う、普通の女の子。唯一無二の友。
あぁ、コイツは俺に、たった一人の友を捧げろと、そう言っているのか。
「ちなみに嘘は分かるわよ。魂は嘘をつかないもの」
でしょうね。でないと、端からこんな提案してこないだろうし。
そして、もし嘘をついた場合どうなるかは火を見るより明らかだ。
さて、どうするか───そう己の命運を決めるたった数秒の思考も、
「───ン。カリバーン!」
「ッ!?」
いる筈のない声が聞こえた。
聞き間違える筈がない。他人の空似と現実逃避するのも不可能。
この森に、何故かマーリンがいる。その事実が俺を焦らせる。
「嗚呼、なんて運命的なのかしら!もしかしなくても、今の声の主があなたの
「…………」
完全に見透かされている。
どう取り繕っても無意味だろう。
「…………あ、あの子を差し出せば、本当に助けてくれるのか?」
「えぇ、約束するわ。だから早く呼びなさい?」
俺は死にたくない。一度死んだ身ということもあってか、余計にそう思うようになった。
否、前世来世関係なく、むしろ“このまま終わってもいい”と、後悔なく逝ける人なんてそう多くはないだろう。
コイツは魂を喰らうと言っていた。
多分、妄言でも冗談でもない。おそらく本気で喰らうつもりだ。
魂を喰われたらどうなるのだろうか。
分からないが、きっと碌な末路は辿るまい。
俺は生きたい。死にたくない。
生きたい。生きたい。生きたい。生きたい─────
「────だが断る」
喉から零れ出た言葉は、とても非合理かつ不正解なものだった。
生きたいと思うなら、死が怖いというのなら、彼女を差し出せばいい。しかし、端からそんな選択肢は存在しなかった。
恐怖はなかった。かと言って、投げやりになったわけでもない。
ただ、彼女を捧げて生き延びるくらいなら、死んでしまった方がマシだと思っただけで。
「こ、このカリバーンが最も好きなことの一つは、自分で強いと思ってる奴にNOと断ってやることだ!」
「…………」
沈黙の帳が落ちる。
啖呵は切ってやった。覚悟もした。あとはマーリンが来る前にコイツを追い返さなければ。それか────
「ふふっ」
嗤う。
「うふふっ……!」
嗤う。
意志も、覚悟も、その全てを踏み躙るように嗤う。
真っ黒い何かに包まれる。
見たことも聞いたこともない魔法だった。だが、このドス黒い魔法を見て、何故か──
「人は
「……そんなご大層なものじゃないですよ。俺は臆病者なんです。自分が死ぬことより、あの子が死ぬことの方が怖かった……ただ、それだけです」
そう言うと、目の前の怪物──メラスキュラは静かに微笑むだけだった。
「それより、俺を食べたらあの子には手を出さないでくださいよ」
「えぇ、もちろん」
「うわ、胡散臭。全然信用できね〜」
「失礼ね。
よく分からんが、その言葉を信じる他ない。
「何か言い残すことはある?」
「特に何も。あなたに言っても意味ないでしょ」
「それもそうね」
この選択をしたことに悔いはない。
だけど、最後に、一目あの子の顔を見たかった。
「ねぇ、カリバーン」
「はい?」
「───好きよ、あなたみたいな人間」
◇◆
嫌な予感がした。
根拠も確証もない。しかし、言葉に表現できぬ言いようもない予感が背筋を這った。
その予感に突き動かされるように森の中へ。
木々が鬱蒼と茂り、昼である筈なのに夜のように薄暗い。
「カリバーン!どこだカリバーン!」
何故カリバーンの名が出てくるのか理解出来ない。
しかし、きっとこの先に彼がいると、一片の疑いも抱いていなかった。
「ッ、この魔力は……!」
森の奥、そこからドス黒くも強大な魔力を探知した。
走る。走る。走る。
言いようもない不安に駆られ、走る。
汗が額を伝い、悪寒が全身を支配した。
そして────
「あっ────」
木漏れ日が天から降り注ぎ、神秘的な空間と化した森の深奥───そこに、目を瞑り、満足そうに微笑みながら横たわるカリバーンを見つけた。
あまりに気持ちよさそうに眠っているものだから、起こすのを躊躇ってしまうほど、朗らかな表情だった。
しかし、明らかに様子がおかしい。
まるで生気がない。頬は真っ青で、血が通っていない。
「カ、カリバーン、そんなところで寝ていては風邪を引くぞ?ほら、起きろ……」
左胸に手を当て、その小さな体を揺らす。
心臓の鼓動は聞こえなかった。
「そ、そうだ!今朝お前の好きそうな魔法が出来上がったんだ!花火を打ち出す魔法だ。お前はよく花火が好きだと言っていただろう?私の手を煩わせてまで完成させたのだ、見てもらわねば困る。だから……」
瞼にかかった髪を払う。
呼吸は疾うの昔に止まっていた。
ふと、彼が何かを握りしめていることに気づいた。
その手を優しく解くと、そこには可憐で美しい一輪の
『俺は好きだよ、マーリンのこと』
「あぁ、あぁぁあ……!」
何かが千切れる音がした。
「────嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!待って、だめ、嫌だ、そんな、何で───」
希望も、生きる理由も、愛情も、初恋も、一瞬で全てを失った。
「カリバーン……カリ、バーン……ああ、あぁぁあ……!ああぁぁぁああっぁぁあぁぁぁあぁああああああ!!!!!!」
孤独な少女の慟哭は、虚しく森に響き渡る。
すでにもぬけの殻となった彼の体を抱いて。
◇◆
「えっと、ここどこ?」
目が覚めたら見知らぬ森の中にいた件について。
誰か助けてクレメンス。
───ベリアルイン編、完。
ということで、作者です。
連載開始してからまだ4話目ですが、たくさんのお気に入り登録・評価・感想・誤字報告等をして下さりありがとうございます。これからも読んでいただけたら嬉しいです。