とある転生者の受難日記 作:匿名
◯月×日
新たに転生した後も、日記は書いていこうと思う。継続は力なり。
メラスキュラの配下になって数週間が過ぎた。
魔界での暮らしも慣れてきて、今では魔界で生きる野生動物の毒素を帯びた肉も食えるようになった。九割九分九厘腹痛になるけど。
メラスキュラが魔神王に直談判したのは、俺への処罰云々ではなく、自身の部下として軍の編入の相談だった。
いや、相談ではなく“許し”と表現すべきだろうか。
魔界の常識として、遍く全ての魔神族は魔神王の
上下関係が著しくやばいが、彼女が俺の魂を喰うことをやめたのも、『魔神王の私物を勝手に食べるわけにはいかないから』といった理由らしいので、どれも一長一短だと思った。
ひとまず、あの女の部下として今世は生きていくこととなったが、それはそれとして宣戦布告はしてやった。『いつか「ぎゃふん」と言わせます』ってね!
それを聞いたメラスキュラは、なんて言ったと思う?『頑張ってみなさい』だってよ!
ケッ、上から目線で偉っそーに!実際、実力差も立場も天と地ほどの差ですけど!
というわけで、当面の目標は彼女を『ぎゃふん』と言わせることに決まった。
まぁ、とりあえず、なんやかんや今のところ元気です。
※月£日
今日は本格的に魔神族たちとご対面する。
一応城に来るまでに何体か出会ったが、正面から名乗るのは今日が初めてとなる。
正直言えば……少し怖い。
確かに魔神族はカッコいい。でも、魔神族は人間族といった他種族の住処を襲い、その魂を喰らう、無慈悲で残虐な種族………だと聞いている。
きっと分かり合えないだろうが、魔神族である以上、避けては通れぬ道。あまり相手を怒らせないようにしないと……
¥月∬日
今日は歓迎会も兼ねて、みんなで魔界の狩猟を楽しんだぜ!
いや〜、まさかこんなにも気の良い奴らが多かったとは思いもしなかったよな〜。
特に赤い魔神の先輩!愛嬌もあれば度胸もあってさー、流石先輩って感じ。
悪逆非道と思われていた魔神族だったが、意外にもそんなことはなく、むしろ結構アットホームな雰囲気だった。身内には甘いのかな。
それに、なんか色々苦労してるみたいだった。たとえば今回の聖戦。構図としては【魔神族vs女神族、妖精族、巨人族、オマケの人間族】って感じだし、いつも爪弾き者で結構辛い立場なんだとか。
それに、恋人のいる魔神もいれば、所帯を持つ魔神もいた。そういった大切な人たちのために戦う魔神もいれば、そういった大切な人たちを奪われて、女神族に報復するために戦う魔神もいた。もちろん、戦果を上げて名声を得たい人とかもいたけど。
ド素人ながらに、『なんか似てるな〜』って思った。
人間族だって、名声を得たいがために戦う人もいるし、大切な人を守るために戦う人もいる。それに、憎悪に支配されて、ただ復讐に駆られる人も。
残虐だと思われていた魔神族も、案外普通なんだなって。やっぱり偏見はよくないってのはハッキリ分かった。
じゃあ、メラスキュラにもなんらかの事情があるんじゃ……?あんなにムカつく態度をとっているのも、彼女なりの処世術だったりするのかも。
ちゃんと確かめないとなぁ。
☆月⁉︎日
決定。あの女、普通に性悪だった。
メラスキュラに連れられてやってきた場所は、人間族の集落だった。オンボロで狭い集落の割に、やけに人が集まってるのが印象的だった。
……ホント、こん時に気付けば良かったと心底後悔している。
メラスキュラに痩せ細った男が近づいた。
その男は涙を流しながら、『ご指示の通り、人は集めました。どうか我らに苦しみからの解放をお与えください』と、まるで狂った宗教の信者のようなことを言い出した。
男だけじゃない。その場にいた全員が、何かを崇めるようなポーズを取り出した。
直感で分かっちゃったよね。コイツ、なんかやる気だなって。
案の定、メラスキュラは彼らを苦しみから解放する気など、一片たりとも持ち合わせておらず、その場にいた人間全員の魂を抜き取り、その場で喰らい尽くしやがった。
彼女の言い分としては『苦しみからは解放してあげたわよ?『生』という苦しみからね』みたいな、クズのお手本のような解答をお出しされたので、もはや絶句するしかなかった。
絶対そういう意味で言ったんじゃねーよ!
ちなみに、なんで俺を連れてきたのか尋ねたら、『あなたの怒った表情が見たかったから』だそうで。
これパワハラで訴えたら勝てないかな?
☆月⁉︎日
『打倒メラスキュラ』に向けて本格的に強くなる修行を開始した。
しかし、魔法は使えない、武器の扱いもペーペーな俺が奴に立ち向かっても、たとえ逆立ちしても勝てやしないだろう。
つまり、普通に修行してたらムリってこと。
だからこそ、普通ではないやり方で、メラスキュラに打ち勝つ方法を考えた。
そう────メラスキュラ直々に稽古をつけてもらうという奇策でな!!
相手に勝つこと、それ即ち相手を知ること。メラスキュラの一番近くで学べば、何かしら弱点は見えてくると、そう思った。
『お前を超えるため』と、某海賊漫画のセリフそのまんま引用してゴリ押したら、爆笑しながらも受け入れてくれた。
ククッ、その余裕、いつまで保つかな!!!
♀月∫日
き、ききききき筋肉、ううで、う、ウデがががががががが
追記
少し落ち着いたので続きを書く。
彼女との訓練はバカみたいにハードだった。
斬りかかれば殴られ、走れば殴られ、死角に入ったら殴られ……
なんか結構ガチになって修行してくれた。あちらだって俺の狙いを分かってるはずなのに……
しかも、なんか知らんが、負けたら明日の酒場での奢りの賭け事まで始まった。
いや、本当になんも知らん。明日酒場行くなんて聞いてないし。だから、明日の奢りも全部ノーカン!絶対行かないからな!
〒月∝日
今日は多分忘れられない日になった。
メラスキュラと共に酒場に訪れた際、ガランとかいう大柄なジジイ魔神が、まるで俺たちが来ることを知っていたかのように、席にどっしりと座っていた。
『複数なんて聞いてないぞ!』と、メラスキュラを責め立てようとしたが、メラスキュラもクソデカため息吐いてたんで、多分マジで偶然そこにいただけなんだと思う。
そこからは……正直、記憶が朧げだ。
最初は険悪だった二人だったが、酒を飲めば肩を組み合っていた。
メラスキュラは頬を赤くしながら、飲めや飲めやとグイグイ酒を俺に押し付けてくる。俺は未成年だからムリです。
ガランはガランで『ガラン・ゲーム』とかいうイかれたゲームを開催し、酒場にいる魔神族全員の頭をぶん殴っていた。俺はメラスキュラが体にこびり付いていたので、なんとか助かった。
結局、酒場を出たのは、ガランが寝静まった深夜帯。もう使い物にならなくなったオーダーテーブルの上に酒代を置いて、メラスキュラを連れてそそくさと酒場を後にした。
結構本気でメラスキュラをそのまま放置して帰ろうとも思ったが、後から絶対ネチネチ言われると思ったので、俺の家に連れ帰って、ベッドに寝かしつけた。
マジで無限に悪口書けるわ。大体、こんな酔い潰れるまで酒を飲むなんてどうかしてると思わんか?アイツ一応魔神族の幹部だし、もっと節度を持って─────
◇◆
張り詰めんばかりの逼迫した空気感が、この修練場を支配していた。
ここは魔神族が手合わせをする際に使用される修練場。上位・中位といった魔神は滅多に訪れないが、銀色魔神といった中位に届きうる魔神から白色魔神といった最下位の魔神まで、主に下位に位置する魔神たちが使用する人気の修練場である。
しかし、たった今、本来この場にいないはずの者のせいで、本来修練しにきたはずの魔神たちはリングに上がることすら出来なかった。
「ここどこなの?ジメジメしてて、なんか嫌な感じだわ」
「ここは、主に
「ふふっ、ごめんなさ〜〜い」
リング上にいるのは、たった二人。
一人は少年。彼は最近編入してきたばかりの新人だった。黄金を頭から被ったような頭髪は、イメージ的に良くも悪くもすぐに覚えられる。魔神族にとって、金髪とは
一人は少女。その少女は少年を小馬鹿にするように、鈴を転がすような笑い声を上げた。
周囲の魔神族が目をひん剥いたのは少女の方。
この場にいる者で彼女を知らない者はいない。
何故なら、かの存在は、数多の猛者たちが犇く魔神族の中でも、最高位に位置する十人の魔神が一人───〈十戒〉『信仰』のメラスキュラその人であるからだ。
中位・上位どころか、最高位の魔神がこの場にいること自体、おそらく歴史上初の珍事である。
しかし、この場の動揺など見て見ぬふりをしているのか、それとも端から
「それで、今日の賭け事も奢りでいいのかしら」
「いいですけど趣旨が違いますよ。分かってます?俺が一撃でもあなたの肌に傷をつけることが出来たら、あなたにとって不都合でしかない最も大きな弱点を教えてもらうんですからね」
「あら、そういえばそうだったわね。てっきり、好きで私にお酒を奢ってくれているものだとばかり思っていたわ〜」
「この女……!」
彼はプッツンした。メラスキュラが的確に、彼の逆鱗に触れそうな言葉を選んでいるという点を差し引いても、それにしたってキレすぎである。
周囲の魔神は、ただこの光景に泡を吹きそうな思いで見守っていた。
───入って間もない新入りが、〈十戒〉相手にナマ言ってる。
それがどれだけ恐ろしいことで、どれだけ身の程知らずか、彼らは骨の髄まで理解していた。複数の心臓はあっても、彼らは強心臓ではなかったのだ。
吐かれた唾は、もう戻せない。彼らはただ『おいおい、あいつ死んだわ』と憐れむ視線を送ることしか出来なかった。
「その余裕、いつまでもちますかね!」
カリバーンは木刀の剣先を、彼女に向ける。
戦闘直前の構え。しかし、メラスキュラはその構えを見ても、靄に包まって寝そべっているだけだ。
風が止み、人の呼吸音すら聞こえなくなった。強烈な戦意が周囲に充満し、空間に亀裂を入れる。
これからどんな激しい闘いになるのか、見物人は固唾を呑んで見守る。
「でやぁあああああああああ!!!」
大地を踏み砕くように踏み込み、剣を振り下ろす。
気迫が、鬼気迫る執念が、ありとあらゆる感情を乗せて放たれた斬撃は、吸い込まれるように彼女の首元へ───
「うるさい」
「ブヘッ!?」
(((弱ェェェェ……)))
素晴らしいフックがカリバーンの左頬を強襲する。
情けなく、みっともなく、リングの端まで転がっていく蛮勇な少年を見て、周囲の魔神族もその弱さを嘆くしかなかった。
「大声を出せば強くなるとでも?」
「くっ……!」
「ほら、避けてみなさい」
黒い靄が拳を型取り、そのラッシュが雨のように降り注ぐ。
彼もそれら全てに対応しようとするが、所詮は武器もまともに扱ったことのない平和国家出身の転生者。全て防ぎ切ることなど不可能で、約七割はその体で受け止めてしまった。
しかし、この現状を黙って受け入れるような性格でもなく。
「なんの……っ!!」
「あら」
カリバーンは雨のように降り注ぐ拳のわずかな合間を縫い、その場から離脱。
それからコンマ数秒満たない速さで、勇猛果敢にも再び木剣を振り下ろした。
これにはメラスキュラも少しばかり驚嘆の意を示した。
何故なら、これまで、彼がこのラッシュから抜け出せたことなど一度もなく、それを可能としていた事実と成長に、メラスキュラの頬がわずかに上がる。
「………まぁ、それだけよね」
「ぎゃふん!?」
────だからといって、俄然相手方との実力差は縮まってなどいないが。
振り下ろされた木剣の刃元を掴み取り、再びラッシュを敢行。
今度は避けようもなく、カリバーンはその全てをモロに喰らってしまった。
「………こんなものかしら」
すでにオンボロのボロ雑巾と化してしまった彼を見て、攻撃を止める。
そして、無様に傅くその頭蓋に足を乗せ、容赦なくぐりぐりと踏み躙った。
彼にとって屈辱以外なにものでもない行為。笑みを浮かべながら足先で押し潰す自身の上司を、下から睨め付けるように見上げた。
しかし、それが却って彼女の愉悦を満たす餌であるとは露にも思わず、案の定、メラスキュラの嗜虐性をますます刺激してしまった。
「ア、アノ、メラスキュラ様……ソロソロ、ソノ、彼ヲ……───」
「なに?今、この子と遊んでるの。邪魔しないでくれる?」
「……………ハイ」
憐れ。実に憐れ。
彼を心配して制止しただけなのに、
とまぁ、これがここ最近の風景だ。勇猛果敢に特攻し、一方的にやられる。その繰り返し。
威勢よく吠える仔犬を分からせるだけの、簡単な作業。メラスキュラにとってはその程度の認識でしかなく、本気でやり合ったことなど一度もない。
時間の無駄───そう罵られても仕方ないだろう。
しかし、メラスキュラは彼の挑戦を断ったことなど一度たりともなかった。
毎度同じ作業の繰り返しだというのに、幾度も彼をボコした。
それは、ただタダ酒を飲めるからといった理由だけではない。
「まだだ……」
決して消えることのない灯火を宿した瞳を見て、負けじと足を退かした姿を見て、メラスキュラは思わずゾクリと背筋を震わせた。
───あぁ、良い。すごく良い。
メラスキュラは
どれだけ打ちのめされようとも、どれだけ絶望的な差を見せつけられようとも、決して自身の姿を捉えて放さない、どこまでも真っ直ぐなその瞳が。決して折れない、その心が。
だからこそ、
メラスキュラは、この目を、この不撓の精神を
それはまるで、気になる女の子に意地悪してしまう無邪気な男の子のように、気に入っているからこそ懇切丁寧にぶち折り、その気高くも麗しい魂を絶望一色に染め上げたいと一心に願う。
しかし、もし折れるようなら、穢されるようなら、自身に屈しようものなら──それはもはや
「ふふっ、そんなオンボロでどうやって戦うわけ?今日はもう諦めなさい」
「まだ……だ……」
しかし、体は正直だ。なんとか足を退かすことに成功したが、すでに体は意識を手放したくてウズウズしている。『もう無理だ』と、体中の細胞という細胞が警告を発している。
あぁ、今日も勝てないのか。
現と夢の狭間で朦朧とする意識の中、ふと彼の頭蓋にとある映像が流れた。
思い出すのは、小さな少女が初めて見せてくれた魔法。
その魔法は圧倒的で、繊細で、何より美しかった。
一目で、その魔法の虜になった。
あぁ、自分も彼女のように魔法を使えたら……そう思わずにはいられなかった。
それは羨望であり、渇望であり、願いだった。
『彼女のように魔法を使いたい』といった、懇願にも似た願い。
「確か………んな感じ、で……」
「……?何をして────」
思い出をなぞるように、人差し指を中空に漂わせる。
その姿を見たメラスキュラは思わず首を傾げながら疑問を呈するが、最後まで紡がれることなく言葉が途切れる。
何故なら、たった今、信じられない事象を目の当たりにしているから。
彼の指に呼応するように出現したのは、
『彼は魔法を使えない』という前提を持つ彼女にとって、今目の前にある現象はあり得ない物だったから。
そして、その鋭利な氷の牙は、真っ直ぐに彼女の元へと放たれた─────
◇◆
「…………あれ、俺、何してたんだっけ……」
後頭部に柔らかい何かを感じながら、ゆっくりと瞼を開く。
直後に見えるのは、小ぶりな二つの山。ボンヤリしててイマイチよく分からないけど、なんだか柔らかそうだと思い、好奇心に背を押され、その山に手を伸ばし、掴む。
ふむ、やっぱり柔らかい。フワフワで、若干プニプニ。結構掴み心地も良くて癖になりそう───
「あなたって意外とませてるのね」
「え……?」
なんでだろ、スッゲー聞き覚えのある声が聞こえた気がする。
あぁ、なんかだんだん意識が戻ってきて………──────
「メメメメメメメメメメラスキュラ!?!?何してんの!?」
「それはこっちのセリフよ」
「えっ………あ、あぁあああああ!?」
手に掴んでいた物をすぐに放し、すぐにその場から引いた。ついでに血の気も引いた。
どういう状況なのか、依然として分からない。
ただ、何故か気絶していて、メラスキュラに膝枕されていた挙句、む、胸を……
お、終わった……俺はここで死ぬんだ……
「何なりと処罰を……」
「あら、潔いのね」
「そりゃ、意図的ではなかったとはいえ、女性の尊厳を握りしめちゃったわけですし……って、どうしたんですか?その頬の傷」
誠心誠意、通算二回目の土下座を披露した後、顔を上げれば、左頬に微かな切り傷があるのを確認できた。
あんな傷、さっきまではなかったはず……
「ふふっ、あなたが付けた傷なのに、心配するのね」
「し、心配ってわけじゃ…………ん?俺が?」
「えぇ、そうよ。あなた、いつ魔法を使えるようになったの?驚いちゃって、避けるの遅くれちゃったわ」
「え?え?え?」
魔法?え?は?コイツはいったい何を───
「さて、約束は守らなくちゃね。私たち魔神族には心臓が複数あることは、すでに知っているわよね」
「えっ、いや待って───」
「その中でも、最高位たる我ら〈十戒〉の心臓は最も多く、その数は七つ。ただし、それら全て潰せば、如何に〈十戒〉といえど例外なく死ぬわ。だから、全部潰せるように頑張りなさい?じゃあ私はもう行くから」
「ちょっ───」
メラスキュラはイタズラが成功した悪童のようにクスリと笑い、上空へと飛び立ってしまった。
確かに、これはこれ以上ないヒントではあった。戒禁という絶対的な力を宿し、本体の魔力も絶望的なほどに高い〈十戒〉を打ち破る数少ない方法を知れたのだから、今回の戦果は大きい。
しかし────
「────んなの、どこからどうツッコメばいいんだァアアアアアアア!!!!!!」
厄介拗らせファンガールことメラスキュラさん(さんびゃくろくじゅうにさい)