【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第08話 多重衝突

—ジャブロー・連邦軍司令本部—

 

それは、玉突き事故だった。連邦軍の大物同士が衝突した。その影響でこちらまでもが吹き飛ばされ、思いもよらぬ影響を受けたのだ。

 

「だから北米を攻略する機会が遂に到来したと、そう言っているのだ。」

 

『こちらは予定通りオデッサを攻略する準備を整えたのだ。取決めを交わしたはずだ。オデッサを優先してもらおう。』

 

モニター越しにゴップ提督とレビル将軍が睨み合う。ゴップ提督は正しい。北米の戦況は連邦軍に有利に傾きつつある。ジャブローと地続きと考えると、後はひたすら戦力を押し出せばいい。

 

レビル将軍もまた正しい。オデッサこそが連邦軍の予定された戦場である。それをキャンセルする事など、本来は許されるべきでない。通常戦力の大多数が既にオデッサへと振り分けられている。それに落ち目とはいえ、北米ジオンの戦力は侮るべきではない。

 

『そもそも、マチルダ・アジャン中尉を君に預けたのはザクの確保に必要だったからだ。彼女を自らの派閥に引き入れるなど、おこがましいにも程がある。』

 

「私は途方に暮れる彼女に便宜を図ったのだがね。面倒を見きれなかった君の方に、問題があったのではないかな。」

 

遂にはマチルダの所属が変わる話まで飛び出した。他の士官と共に、同席させられているマチルダは居たたまれない気持ちになる。これには婚約者のウッディー・マルデン大尉がゴップ提督派閥だった事も大きく関係していた。この場にいる士官は皆が二人の婚約を把握しているが、肝心のレビル将軍へは婚約の挨拶が出来ていない。その辺りのマチルダの問題が今、大いに拗れかけている。

 

彼女の困り顔はもしかしたら、モニター越しにでもレビル将軍に見えていたのかもしれない。次第に二人の将官は矛を収め始めた。

 

『アジャン中尉の移籍は認めよう。彼女自身が決める事だ。だが〈ペイルホース〉はオデッサに必要だ。最優先で、こちらへと送ってもらいたい。』

 

ゴップ提督は鋭敏に、レビル将軍の妥協の匂いを嗅ぎ取った。

 

「承知した。ゴーストザク中隊は分解し、半数の二個小隊をそちらに送るのでどうだ?」

 

『やむを得んな。それで受け入れよう。元よりジャブロー防衛戦力の必要性はこちらも想定していた。』

 

「では、それで。」

 

『ああ、任せたぞ。』

 

怒鳴り合いで、互いに言いにくい事を伝え終えたからだろうか。二人はようやく合意に達した。そして通信が切られた。振り返ったゴップ提督は意外にも笑顔を浮かべていた。いや正確には、互いの大人げのなさを苦笑しているのだろうか。

 

「マチルダ・アジャン中尉!」

 

「はっ!」

 

マチルダは、壁に並んだ士官の列から一歩踏み出す。

 

「聞いての通りだ。予定通りオデッサを優先する。〈ペイルホース〉は北米に飛んでもらうぞ。」

 

「は?」

 

オデッサではないのか。その感想を抱いたのはマチルダだけではないだろう。だが制帽を被り直しながら、ゴップ提督は言ってのけた。

 

「私も艦隊を率いて、大西洋を北上する事になる。北米で大規模な陽動が必要だ。その任務を、君に委ねたい。」

 

 

 

 

 

—北米・キャリフォルニアベース—

 

ロメロ少将とダロタ中尉は向かい合い、作戦を討議していた。

 

「ダロタ中尉、君にはパナマの友軍撤退を支援してもらいたい。」

 

「は、パナマでありますか。」

 

「そうだ。ニューヤークの部隊は動かせん。ベルファストやジャブローが動く可能性があるからな。ジオンはハワイを確保し、西海岸には連邦もさしたる拠点を持たない。太平洋の東側はこちらの庭と言える。だから安心して、部隊を派遣できる。だが、展開速度が足りん。」

 

ダロタが驚いた事に、ロメロ少将は現状を的確に分析した。マ・クベが断じたほど、彼は無能な男ではないのだ。或いは彼は、マ・クベの前では敢えて道化を演じているのかもしれない。だからこそ、ダロタは慎重に答える。

 

「パナマで、我が隊を用いられるのですね。」

 

「そうだ。元がガルマ様の親衛隊だけあり、航空戦力が充実しているな。今回のような緊急展開こそ君達の本分だろう。」

 

マ・クベの策では、逃げる為の翼である。しかし確かに本来の使い方は、迅速に前線へ駆けつける為の翼だ。それに何もせずにただ逃げるのは、ダロタの好むところではない。出来ることをするつもりは、ある。

 

「承りました。しかし、撤退支援でよろしいのですか?」

 

「構わん。キャリフォルニアの戦力を率いて私が出る。要は、それまでの繋ぎだ。」

 

「本気で押し返せると、そうお考えですか。」

 

「問題ない。その為の秘策がある。これだ。」

 

ロメロ少将が、画面に一両の兵器を映し出した。ザクよりも大きい。それはモビルタンクと呼ばれる大型機動兵器である。

 

「これは、ヒルドルブでありますか。」

 

ヒルドルブは地上用試作MAである。長大な三十センチ砲を有している。確かに砲撃戦が予定される戦場に、かなり適しているようにダロタには思われた。

 

「これならば砲撃戦で劣りはせん。私も、こう見えて頭を使う。」

 

ニヤリと笑うロメロ少将は、得意気である。

 

「少将は、アッザムを好まれていたかと記憶していますが。」

 

「実はな。マ・クベとMAを交換した。ヤツはアッザムを欲していたからな。」

 

アッザムは優秀な兵器であるが、単体としては欠点も多い。立体的な地形では、直線的なメガ粒子砲よりも旧来の砲弾を用いる火薬砲に軍配が上がる。

 

「確かにこれならば、パナマでも活躍できましょう。」

 

「だろう?」

 

ロメロ少将は得意気であった。

 

「ダロタ中尉。君の部隊を空から先発隊として送る。同時に地上からも増援を展開させよう。後続は、私がヒルドルブを中心とした戦力を率いる。それでパナマは奪還出来る。」

 

そこでロメロ少将はニヤリと笑った。

 

「その後は、どうジャブローを料理するかを話し合おうではないか。」

 

「は、戦地での再会を楽しみにしております。」

 

ダロタから見てもまず順当な、欠点のない策である。

 

(案外これは、上手くいくのではないか。)

 

マ・クベ大佐に見切りをつけた訳ではないが、ロメロ少将は良くやっているようにその時のダロタには思われたのだ。

 

 

 

 

 

—ジャブロー基地—

 

『〈ペイルホース〉発進!』

 

ゴップ提督は、夕闇の中で上昇する青いペガサス級を見上げた。

 

「では、頼んだぞ。」

 

ゴーストザク中隊の半分、八機のザクがあの艦には搭載されている。それに加えて二機のコアファイター、一機のガンタンクである。残りのザクと、他のガンタンクはパナマで使う為に降ろさせた。途中で装備を追加する予定でいるが、十六機の搭載限界にはまだ余裕がある。

 

「まだまだ武装させたいのが親心だが。物理的な限界もある。」

 

連邦のMS開発は道半ばである。今は残余のガンタンクを生産しつつ、通常兵器主体で凌ぐしかない。ジオンのザクも、使うしかなかった。

 

「今夜、我らも出航するぞ。各艦の準備を整えさせろ。」

 

ゴップ提督の指揮下、宵闇を縫って連邦軍の艦隊も出撃する予定だ。それは〈ペイルホース〉がキャリフォルニアに到着する予定時刻の少し前になるはずである。大西洋を北上し、ベルファストを目指すのだ。空を飛ぶペガサス級よりは遅い。そのスピードの差が、上手く陽動として嵌ることをゴップ提督は期待していた。

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

マチルダは夜の闇の中で慎重に操舵していた。未だに彼女の方が、ブライトよりも夜間飛行の腕は良かった。それでブライトにはオペレーターを委ねている。戦闘指揮は、彼の方が幾分筋がいい。

 

「ロジャース大尉、バックマイヤー中尉。各小隊の出撃準備願います。」

 

『了解だ、ノア少尉』

 

ゴーストザク中隊は、精鋭部隊である第一小隊と第二小隊が同行していた。つまり第二小隊にいるシイコ・アベも〈ペイルホース〉に乗り合わせている。

 

「ウチの小隊長、結構可愛いと思うんですけど。」

 

出撃前の緊張を和らげるべく、シイコとセイラとミライは更衣室で女子トークを続けていた。

 

「それなら、ブライト少尉もちょっと可愛くない?」

 

「えー、あんな真面目そうなのどこがいいんですか?」

 

「あら、そこがいいのよ。」

 

「ミライは、ブライトが好きなのね。」

 

セイラの言葉に、ミライは少しむくれた。

 

「そういうのではないわ。悪くないってだけよ。」

 

まだ本人の自覚のない淡い恋心なのだ。

 

『ミライ少尉、セイラ曹長。コアファイターで出てくれ。』

 

「「了解!」」

 

スピーカーから飛び出した噂の相手の声に、弾かれたように二人は立ち上がった。スピーカーに返事をしても聞かないはずなのだが、噂話をしている現場を本人に押さえられたようなバツの悪さを二人は感じていた。

 

それに実際に急いで出撃する必要があるのだ。ここまでは随伴するディッシュの護衛付きだった。しかし、そろそろ敵地が近い。ここからは監視の目の数を増やすのだろう。つまり、これは間も無く開戦するという事だった。

 

 

 

 

—大平洋—

 

闇夜の中で、一隻の連邦軍のU型潜水艦が浮上した。ジオン側は全くその存在に気がついていない。散布されたミノフスキー粒子が濃すぎたのだ。

 

「急げよ。」

 

潜望鏡で周囲を窺う艦長が、作業を急がせる。ミサイルは全弾目標座標に撃ち込む。とはいえミサイルはミノフスキー粒子下では無誘導になる。レーザー誘導方式もあるにはあるが、誰かに照射させ続ける必要がある。ミノフスキー粒子による揺らぎもあるので、レーザーを用いたとしても完璧な誘導ではなかった。それなら基地のある方位に向けてばら撒くだけである。

 

「さぁ、派手な花火を打ち上げるぞ。」

 

ミサイルが発射された。感覚としてはロケット砲に近いが、高く打ち上げて真上から撃ち下ろす多弾頭ロケットは一定の脅威となる。それに基地は広大だ。どこに当たっても、陽動としての効果ならば果たせる。

 

「ハッチ閉鎖! 気密を確認したら急速潜航。離脱するぞ!」

 

U型潜水艦は急速潜水を敢行する。浮上したままでは命がない。座標を掴まれて反撃される。しかし海中にもジオンのMS部隊がいる。捕捉されればやはり命はない。

 

「パナマまで敵さんと競争だ。逃げ延びるぞ。」

 

最初の囮を果たした潜水艦は、全力で逃走を開始した。

 

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース—

 

闇夜に連続して、つんざくような爆音が轟く。

 

「何事か!」

 

パナマへの移動に備えて仮眠中のロメロ少将は飛び起きた。そして司令室へと駆け込む。深夜の基地は夜霧に包まれている。その霧に、幾つもの爆炎光が映し出されていた。太平洋の冷たい海水が夜間に陸地に流れ込む為で、ジオンもかつてこの霧を利用して攻撃を仕掛けた。

 

「連邦の襲撃です。何発かのミサイルが基地に命中したようです。」

 

「ルッグンを飛ばして発射予想地点を捜索させろ。ドダイに乗せたザクも一個小隊だせ。ハワイにも連絡だ。潜水艦の始末なら、奴らも動く筈だ。」

 

矢継ぎ早に指示を下す。ルッグンが飛び出す、その時である。港のドッグが燃え上がった。爆炎の照り返しが、司令部を一瞬で赤く染め上げる。今度は砲撃されたのだ。

 

「何だ、今のは。」

 

ロメロ少将が喚いた。今のは潜水艦のケチなミサイルがもたらせる火力ではない。装甲を貫く徹甲弾の音だ。小型ミサイルの通常弾頭では、ああはならない。

 

「砲撃されています。」

 

「分かっている、包囲は?」

 

「南、海岸沿いからです。」

 

連邦の潜水艦は、どうもお土産を置いていったらしい。砲戦用MSの類だとロメロ少将は直感した。V作戦の資料で閲覧した事がある。連邦のキャノン型MS。遂に、奴らも再開発に成功したのだろう。つまりこれは本格侵攻の疑いが強い。

 

わざわざMSを上陸させたという事は、最低でも一個小隊。いや二隻の艦で二個小隊は運べる。想定される敵の数はそれである。それにキャノン付きは、砲兵戦仕様と見た。それなら、接近すれば倒せるはずだ。ならばこの霧、こちらも活かすべきである。

 

「今の敵の攻撃地点を計算せよ。ルッグンに誘導させ。ザク二個小隊とマゼラアタック部隊を迎撃に出す。残りのザクは、順次出撃させて全て基地内を警戒させろ。」

 

夜間即応中のザクは二個小隊である。本来なら一個小隊でもおかしくないのだが、パナマ陥落で警戒を強めていた。ここに来てその判断が吉と出たか。

 

「よし。やれる、やれるぞ。私もヒルドルブで後詰めに出る。」

 

「少将自らですか?」

 

「当たり前だ。」

 

それにキャリフォルニア・ベースは連邦軍の基地だった。多少の改装はしても間取りは敵に筒抜けである。司令部の位置は敵に割れていると見ていい。砲撃されている中で、長く留まる場所ではなかった。

 

「指揮はヒルドルブに集約する。ここは砲撃される危険がある。処置を済ませたら、お前らも即座に退避しろ。」

 

部下に気遣いを見せたロメロ少将は、ヒルドルブを収容した格納庫へと駆け出していた。だが如何に冷静な判断を下そうとも、今夜の彼のツキは最低である事に彼はまだ気がついてはいなかった。

 

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

「へへ、直撃させたぜ。」

 

カイの視界の中では、爆炎を上げて燃え上がる格納庫が映し出されていた。

 

『カイ、司令室を特定したわ。すぐにこの座標の地点を叩いて。』

 

「了解。」

 

カイは照準をずらし、指示された座標に変更する。そして引き金に指をかけて呟いた。

 

「恨むんじゃねえぞ。勝つ為にこれが必要なんだからさ。」

 

カイは引き金を引き絞る。地表に露出した司令部など、砲撃の良い的でしかない。普通ならば、防空壕にでも走って逃げているはずの頃合いである。こちらもは鬼ではない。猶予は与えたのだ。だから命中させても罪の意識は軽い。

 

「やったぜ。」

 

狙い通り、司令部は撃ち抜かれた。通信拠点でもある以上、司令部機能喪失で混乱が加速する事になる。軍人は当初の命令に忠実に従い南へと進軍し続けるだろう。そう、間違った座標に向けてだ。

 

『カイ、移動するわ。早く。』

 

通信越しに急かす声に、カイは上機嫌で応えた。

 

「あいよ、マチルダさん。」

 

ガンタンクで後退し、ペガサスに乗り込む。ハッチが閉まり、ミノフスキークラフトを駆使して音もなく艦体が浮き上がった。この地点より移動するのだ。ミノフスキークラフトは低速だが、空を飛べる。霧の濃い闇夜に樹木スレスレに飛翔しながら次の地点を目指す。その姿は、夜空に目を凝らしても容易に視認できるものではなかった。

 

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース—

 

ロメロ少将は格納庫に辿り着き、ヒルドルブに駆け寄った。格納庫が砲撃されたのはその時である。入り口付近が爆破され、出撃準備中のザクが消し飛ぶ。残骸が入り口を覆い、火災が発生していた。被害の程度はどの程度か見当もつかない。

 

「厄介だな。」

 

それでもヒルドルブは無事だった。ロメロ少将は素早く駆け寄る。今はのんびりしていては命が危うい。

 

「出すぞ。死にたくなければ、これに乗れ。乗れないものは後に続け。」

 

兵達に言い置いて、機体を発進させる。彼は格納庫ハッチをぶち破り出撃する腹である。その際、兵も脱出させる。

 

手近にいた二、三名を機体の後方に掴まらせると、回頭して最適な場所を探る。

 

「全員、しっかり掴まれよ。」

 

接触回線とスピーカーをオンにすると、ロメロ少将は格納庫の壁へヒルドルブを突進させた。

 

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

「捕虜奪還ですか?」

 

「そうだ、アジャン中尉。司令部の位置は変わっていなかった。となれば捕虜の拘禁施設も変更がない筈だ。司令部を叩いた今ならば、奪い返せるだろう。」

 

それは血気盛んなザクパイロット達の申し入れである。警戒だけでは飽き足らず、基地の襲撃をかけたいというのだ。第一小隊には、元キャリフォルニア基地勤務がいるらしい。案内人はいるという事だ。それが彼らをやる気にさせたのだろう。

 

そしてこの場での問題はギャリー・ロジャース隊長は大尉である点だ。マチルダは艦長ではあるが格下の中尉に過ぎない。無闇に却下出来ない関係性である。

 

「確かに捕虜奪還の好機ではあるでしょう。しかし、本艦は少数の奇襲側です。時間的にも猶予はあまり……」

 

マチルダとしては陽動の目的は既に果たしたと考えている。このまま離脱してもいい。だが相手も強硬だった。マチルダの言葉に被せる様にいう。

 

「これは千載一遇の好機だ。今やらねば、友軍士官を救い出す機会はないかもしれない。」

 

マチルダとしては言い争う時間も惜しい。素早く決断した。予定の砲撃の未消化分を終えるまでなら待ってもいい。

 

「猶予は今から三十分だけです。本艦は所定の座標で待機します。遅かったら、置いていきますよ。」

 

最後のは単なる脅し文句である。出来はしない。でも、マチルダの心情が込められていた。だが今回は明らかに、押し切られた実感はマチルダにある。淡い後悔が湧いた。これは彼女のスタイルでは無い。しかし、すぐに意識を切り替える。

 

「了解した。エレカと人員を借りるぞ。」

 

「エレカの操縦、自分達が志願します。」

 

素早くリュウとハヤトがエレカ搭乗を志願してしまう。作戦の規模は、マチルダの想定を超えて広がってしまった。だが捕虜を乗せるのに、エレカは当然必要となるだろう。それも装備輸送用の大型のものが。

 

「……もう。」

 

ぼやくマチルダに、横からブライトが囁いた。

 

「ミライとセイラに索敵を継続させましょう。彼女達なら、反撃の兆候を見逃しません。」

 

「ええ、頼むわ。そうさせて。後、味方を砲撃しない様にカイに送る座標には注意して。」

 

「了解です。」

 

〈ペイルホース〉は、ザクを全機とトラック型のエレカを吐き出すと再び浮上した。今、ジオンは南を捜索している。だから徐々に北へと回り込むのだ。

 

「もう、これじゃ艦が丸裸じゃない。」

 

マチルダは早くも後悔した。出撃は第一小隊に限定すれば良かったのだ。ここは次善の策を取るしかない。

 

「カイ、ハッチ内から外を警戒して。砲撃の際は味方を撃たないように注意してね。」

 

『了解だ、マチルダさん』

 

目と勘の良いカイなら、そうそう敵を見逃すはずがない。それにガンタンクのレールキャノンは正面からの撃ち合いでは早々負ける筈もない。

 

(これで、大丈夫な筈)

 

〈ペイルホース〉はキャリフォルニアベースに正面を向けながら、ミノフスキークラフトを駆使して移動を継続した。

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース—

 

炎上する格納庫から脱出を果たしたロメロ少将が見たのは、砲撃を受けた司令部である。逃げろと指示した部下達は、無事に脱出出来ただろうか。僅かな懸念と共に、戦況を確認する。

 

背後からは煙と共に、格納庫に閉じ込められていた部下が飛び出してくる。ロメロは彼らに外部スピーカーから声をかけた。

 

「稼働出来るザクは基地内の捜索にあたれ。負傷者の救助、被害の確認だ。敵が潜入してきた可能性がある。他の人員は消火と救助を優先だ。」

 

その指示で兵達が動き出したのを見て、ロメロは移動を開始した。砲撃の為に開けた北の演習場地区を目指したのだ。それに敵は南ないし海のある西から来る筈である。北はとりあえず手薄だ。そしてヒルドルブは砲撃戦に特化している。後方から砲撃するのが最適だろう。

 

「哨戒索敵中のルッグン、聞こえるか。こちらロメロ少将だ。」

 

『閣下、ご無事でしたか。』

 

すぐにルッグンの応答がある。

 

「無事だ。ヒルドルブから指揮をとる。戦況を知らせよ。」

 

『連邦のMSに入り込まれています。奴ら捕虜奪還を狙っている様です。』

 

ロメロは首を捻った。そんな高位の軍人がいただろうか。レビル将軍クラスの奪還ならこの規模の襲撃を企てても理解する。しかし、この基地には佐官クラスしか捕虜はいない。

 

「であれば、攻撃を仕掛けたついでという事か。随分と舐められたものだ。」

 

ロメロはそう断じた。

 

「警戒中のザク小隊で迎撃させろ。まだ二個小隊はいる筈だ。」

 

『了解しました、まずは警戒中の二個小隊を派遣させます。』

 

「うむ、頼んだぞ!」

 

混乱する場において、司令官の命令は混乱を沈静化させる。軍人にとっては、やるべき事が明示されてからが早い。

 

ロメロは上機嫌でヒルドルブを走らせた。空き地を見つけて、砲撃の態勢をとる。

 

「ルッグン、聞こえるか。予想された敵砲撃MSの座標を送れ。」

 

『了解しました。』

 

送り込まれた座標に、三十センチ砲の砲弾を打ち込んだ。地響きが大地を揺らす。この衝撃が敵に届くと思えば、心地よさすら感じる。

 

「敵の被弾は?」

 

『該当座標での有効打、認められません。』

 

だが、外したらしい。現実は非常である。

 

「ちっ、敵も移動しているか。」

 

(ただ闇雲に撃っているのではない。基地の構造を把握されている不利がこれか。)

 

ロメロは舌打ちする。敵は動きながら砲撃を繰り返している。こうなると位置の読み合いである。そして元が連邦の基地である為に、ジオンは不利だ。こちらの構造は敵に丸裸なのだから。

 

(いっそ捕虜収容施設を砲撃するか?いや、それでは味方のザクを巻き込む。やはり最大の脅威は敵の砲撃だ。)

 

砲撃戦で勝ち得る為には、互いに自分の位置を秘匿して先に相手を叩く必要がある。その為には、敵の位置を早く特定する必要がある。だからロメロはルッグンに命じた。

 

「次の砲撃で敵の位置を探れ。仕損じるなよ。」

 

『了解しました。』

 

敵はもう移動したはずだ、ならばこちらも早く移動しよう。ロメロはヒルドルブを闇雲に移動させた。

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース上空—

 

セイラとミライは一列になってコアファイターを飛ばしていた。小型戦闘機なりのMAV戦術である。そして基地上空で連邦部隊の所在を探る動きをしているジオンの偵察機に気がついた。

 

(ミライ、こちらを探る敵がいるわ)

 

(了解)

 

それは無線通信ではなく、NTの感応力を応用した思念の交換だ。しかし熟練したパイロット同士なら、前を飛ぶ僚機の動きで相手の思惑は掴めるものである。その点においては、彼女達の行動は常人の域を僅かに超えた程度に過ぎない。

 

それでもセイラの感覚は、鋭敏にジオンの偵察機を捉えた。そしてミライはセイラの感覚の焦点を通じて、相手の座標を感じ取る。

 

(仕掛けるわ)

 

二機のコアファイターはルッグンに突っ込んだ。意識を地上に集中し、砲撃している兵器の位置を割り出そうとしていたルッグンの哨戒担当は完全に不意を突かれた。

 

セイラのコアファイターとミライのコアファイターが高速ですれ違う。その交差する点には敵機がいる。避ける間などない。左右から迫る二機のコアファイターのバルカンがルッグンを切り裂いた。火花を生じてルッグンが失速し、大地に激突して爆発炎上する。

 

「無惨なものね。」

 

セイラはそう断じた。これがどの様な意味を持つか、セイラはマチルダに叩き込まれている。マチルダは戦闘指揮はそこまで上手くないが、敵の哨戒を警戒し自らの行動を秘匿する事にかけては突出している。

 

だからセイラもミライもこれだけは叩き込まれた。“敵の目を潰せ”と。敵の目を潰せば、奇襲の効果はかなり長く継続するのだ。そう、この戦闘が終わる時まで。

 

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース—

 

それは出会い頭の事故のようなものだ。建物の影に身を隠しながら低く飛翔する〈ペイルホース〉。同じく砲撃の好立地を目指して移動していたヒルドルブが、角を曲がった瞬間に出くわしたのは。

 

『うわ、マチルダさん。ストップ、ストップ。』

 

接触回線越しにカイに指摘されるまで、マチルダは敵の存在に気が付かなかった。通常のザクより大きかったから背景に溶け込んで見えた。すんでのところで停止する。

 

「うわ、ジオンのMAかっ!」

 

ブライトの悲鳴のような声が上がる。

 

「上空に退避するわっ」

 

そう決意したマチルダに、カイが冷静に告げる。

 

『駄目だ、コイツは砲撃戦用MAだ。離れて撃ち合ったら勝ち目はないぜ。』

 

言われると確かに、その敵は長大な砲身を抱えていた。あまりにもお互いに近過ぎて、その砲身は明後日の方向を向いている。だが、直撃されたら確実にこの艦はやられる。

 

「ええい、撃て、撃て。各銃座、個別に攻撃を開始しろ!」

 

ブライトの叱咤が飛んだ。対空機銃とて、命中すればMSに痛打を与え得る。同じ箇所に叩き込みさえすれば、撃破は可能なのだ。それにこの場合、敵のセンサーを攻撃するだけでもいい。カメラの一つも潰せれば御の字である。

 

「皆、掴まって。」

 

叫びながらマチルダは機敏に艦を操船した。向かってくる敵巨大タンクの突進をゆらりと回避する。しかもつかず離れずである。離れれば、敵の巨大砲が怖い。狙われて避けられる自信がない。だから相手の旋回に合わせてこちらも動く。常に敵の回転とは反対に、砲門の角度が合いそうな所を一瞬でやり過ごす。

 

『流石だぜ、マチルダさん!』

 

カイがガンタンクの両腕のバルカンを全力斉射する。しかし効いた気配がない。やはり敵の装甲が厚いのだ。

 

「カイ、レールキャノンで狙えないの?」

 

「こんなに振り回されてちゃ流石に無理だよ。それにキャノンの照準がこの距離では合うわけないでしょっ!」

 

主砲は使えない。それはお互い様である。こちら狙える位置にあれば、敵も狙える位置にくる。マチルダの腕で、小刻みに逃げるほかない。

 

「うわ。くるぞ。」

 

敵のMAは巨大な砲を闇雲に発射した。流石に当たらない。マチルダはそこまで間抜けではない。しかし、衝撃が空気を轟かせる。一瞬、やられたかと錯覚した程である。

 

『なんとかしてくれよー』

 

カイが泣きつく。しかしマチルダにも策はなかった。だから叱咤する。

 

「なんとかしたいなら、とにかくたまを命中させなさい!」

 

『こっちは振り落とされないだけで必死だい。これで長物振り回して当てるなんて無茶だよ!?』

 

「ミライ、セイラ。ザクを呼び戻せ。こちらに敵巨大MAが出た。タンク型だ。』

 

ザクを呼び戻す事を思いついたのはブライトである。やはり戦闘の指揮は、彼が一番まともである。

 

『了解』

 

短く応答の声が響く。あれはミライだろうか。

 

「カイ、なんとか敵の攻撃を逸らせ。腕のバルカンでカメラの一台も潰せ。こちらも銃座から支援する。」

 

ブライトの声に合わせるように、パラパラと銃座が反撃を開始した。ブライトの指示に、ようやく銃座に駆けつけたハモンやイセリナが操作しているのだ。彼女達も生き残りをかけて必死に戦っている。

 

『そうは言ってもさー。撃っても装甲に弾かれるんだぜ。』

 

「いいからやれ、撃ち続けろ!」

 

ブライトがカイを怒鳴りつける。そしてマチルダに問うた。

 

「メガ粒子砲を撃つしかありません。」

 

「駄目よ。」

 

マチルダは即座に却下した。

 

「撃てば速度が低下するわ。」

 

今の〈ペイルホース〉はマチルダの指先一つの回避技術で延命している。機関に負荷をかければ、一瞬でも回避が遅れかねない。そうなれば、やられるのはこちらである。

 

「まだ大丈夫。敵も図体が大きいから、動きを読みやすい。でも、敵に援軍が出たらまずいわね。」

 

先に現れるのは敵のザクが味方のザクか。勝利の鍵は、どちらの応援が先に到着するかに委ねられていた。

 

 

 

 

「ええい、チョコマカと。」

 

ロメロ少将は焦れていた。砲身で狙おうにも、敵が素早く逃げるのだ。空を飛ぶ方が移動が早い。砲の旋回は相手が離れている事を前提としている。触れるほど近い相手は、そう簡単には狙えない。

 

ロメロもアッザムでミノフスキークラフトの挙動を把握している。しかし彼でさえ、ここまで綺麗に使いこなす相手は見た事がない。そもそも、ヒルドルブの操縦についてはロメロも素人に近い。砲戦用としか認識していなかった。その時、彼も気がついた。

 

「そうか。この機体は接近戦が行えたはずだな。」

 

気づいたロメロは変形を開始する。変形と言っても僅かな変化だ。タンクの上部が隆起し、ザクではない上半身が姿を現す。しかし重要な事は、その両腕にはマシンガンが握られている事だ。このマシンガンは、当然ながら三十センチ砲よりも遥かに取り回しがいい。

 

「これなら敵の移動より、遥かに早く敵を捉えて狙える。これで勝ったぞ!」

 

(敵の位置は特定したのだ。ここで撃破して事態を好転させられる――)

 

ロメロは快哉を叫んだ。

 

 

 

 

『うわぁ、ヤバいって。変形したぞ。』

 

カイが怯えた声を上げる。マチルダもブライトも驚愕した。しかし戦場で手を止める事は、即ち死を意味する。

 

「足掻きなさい、カイ・シデン。あなた男でしょう。キャタピラの一本も粉砕させなさい。」

 

『わあったよ、マチルダさん。』

 

それはレールキャノンの盲撃ちである。当然ながら外れた。しかし、至近弾の爆風が敵味方を襲う。

 

(危ない。直撃しなくて、却って良かったのかもしれない)

 

直撃したら巻き込まれかねなかった。マチルダがそう思考した、その時である。

 

『お待たせしました』

 

二機のコアファイターが、ヒルドルブ目掛けて突っ込んだ。バルカンを斉射し、ミサイルを撒き散らす。上半身がMS姿の変形後はそれなりに非力である。装甲が低下しているのだ。衝撃でよろめいた。その後で本命が来る。その攻撃は、頭上のペガサスに気を取られたロメロの不意を突いた。

 

『うぉぉぉ!』

 

つんざく様な叫び声と共に、シイコのザクがトメノスケ・ヒートホークを手に吶喊する。それは完全に死角からの一撃となる。軽量のトメノスケでは、ヒルドルブの本体に痛打は与えられない。しかし、上半身から突き出た二本の腕は違う。そして今、その手に握られているマシンガンこそが問題なのだ。

 

シイコのザクが敵の左腕を斬る。返す刃は右腕にのめり込む。いずれも浅い。完全に切断するには至らない。しかし行動を阻害させれば事足りる。シイコのザクが、スラスター噴射でヒルドルブに飛び乗る。そしてキックを加えて弛緩した腕から一〇五ミリザクマシンガンを奪い取った。そして自分のザクの両腕に抱えた。

 

シイコの感能力は、敵の殺気を捉えている。それはヒルドルブの構造を知らずとも、どこに敵が所在しているかをシイコに教えてくれていた。

 

『死ねえっ!!』

 

シイコのザクは、一〇五ミリザクマシンガンをコクピット付近に押し当てるとトリガーを引き絞った。狙いなどつけない。撃てば当たる。装甲に弾丸が弾かれながら、それでもガンガンと装甲を削っていく。

 

放たれた二丁の銃弾がその熱でマシンガンの銃身を焼く。それでもなおシイコは、敵の殺意が消滅するまで両手のトリガーを引き続けた。

 

同一箇所への連撃に次ぐ連撃で遂に装甲が砕け、火と血煙が噴き出した。次の瞬間、コクピットが内側から弾ける。ヒルドルブは痙攣し、沈黙した。これでは敵のパイロットの肉体は、原型を留めているはずが無い。

 

『……終わったわ。』

 

それはセイラの声だった。まるでシイコに言い聞かせるかの様だった。ゆらり、とシイコのザクが動いた。用済みとなったマシンガンを捨てる。そして彼女はトメノスケ・ヒートホークを回収した。

 

『……回収地点へ急ぎます。早く乗って。』

 

「ええ。分かったわ、お姉様。」

 

『シイコさん、こっちだ。』

 

カイが誘導して、シイコを〈ペイルホース〉に収納する。マチルダは素早く移動を開始した。もうこんな危険な真似は二度としたくないと、強くそう念じながら。

 

 

 

 

 

—サイド3・ズムシティ—

 

「失礼します。」

 

静養中のガルマはその声に視線を上げた。そして「やあ」と入室した女性に挨拶をしかけて背後にいる男の姿に顔を引き攣らせた。

 

「その男は! なぜ奴がここにいる。」

 

戸口に立っているのはランバ・ラル少佐である。目下の所、ガルマ・ザビの不倶戴天の敵だ。

 

「貴様は我が婚約者イセリナの仇、絶対に許すわけには……」

 

そこまで言いかけたガルマはハッとして口をつぐんだ。目の前の女性、彼女こそが“公式”のガルマの婚約者だったからだ。彼女の名はアイナ・サハリン。ラル家に並ぶ名家、サハリン家の長女である。そしてデギン公王により定められた、ガルマの婚約者なのだ。

 

「いや、アイナ。これはあなたのことを悪く言うつもりではない。」

 

「大丈夫です。分かっています、ガルマ様。」

 

アイナは微笑んだ。ガルマの事を嫌っている訳ではない。どちらかといえば好きかもしれない。だが、ガルマは己の愛を見つけた。アイナとしてはそれを応援したいのであり、相手の女性との間に立ち塞がるべきだとは思っていない。

 

「それより、耳寄りなお話があるのです。まずはお話を聞いてくださいませ。」

 

「君が、そういうのなら。」

 

ガルマは気弱な面を見せて頷いてくれた。婚約者を蔑ろにして駆け落ちしたのはガルマである。アイナは、姉と並んでガルマを叱る権利を持つ女性なのだ。

 

「では、これを。」

 

ラルは手紙をアイナに差し出した。アイナが受け取り、ガルマに差し出す。ガルマは手紙を受け取ると、表情を一変させた。夢中で読み耽る。そして呆然と呟いた。

 

「イセリナが、生きているだと?」

 

「はい。現在は連邦に身を隠しておられます。」

 

「本当なのか。騙しているのではないか。」

 

「イセリナ様のご親筆です。筆跡は私には分かりませんが、ガルマ様にはお分かりになるのでは。」

 

「それはそうだが。いや、しかし。」

 

「映像もございます。」

 

端末を差し出す。処刑されたはずの日時から後の日付の新聞を手に、記事の内容を話すイセリナが写し出されていた。

 

「なら何故あんな真似を。……そうか、兄上か!」

 

「はい。私がイセリナ様をただ逃しても、ギレン総帥は必ずイセリナ様を始末させたでしょう。」

 

そのラルの言葉はガルマを納得させた。ガルマが心底イセリナの死を信じていなければ、兄は騙せなかっただろう。

 

「しかし貴様が何故、こんな危ない真似を渡る?」

 

「このランバ・ラル、天意を知る者です。そして天は、イセリナ様の死を良しとされなかったのです。」

 

ラルの表情には凄みがある。確かにイセリナを生かすことは、ジオン公国全体を敵に回すに等しい。それはなまなかな胆力で可能な事ではない。

 

「良かったですね、ガルマ様。」

 

アイナは優しくガルマに声をかけた。恋こそ、名家に生まれた役目を担わされるアイナ・サハリンに許されてはいないものだったからだ。そもそも、ジオンの名家で適齢期の男女はそれなりに限られる。

 

「ガルマ様の事は嫌いではありませんが、やはり愛する者同士で結ばれるのが一番でしょうから。」

 

「アイナ、こんな私に君はそう言ってくれるのか。すまない。」

 

アイナの胸を借りて、ガルマは泣いた。アイナは同年の幼馴染である。取り繕わずに、弱い姿を見せられる。

 

「いいのです、ガルマ様。こんな日くらい、少し泣いてしまっても。これがもう一人の婚約者候補の方でも、きっとそう言いますよ。」

 

アイナの手が優しくガルマをさする。ランバ・ラルはそんな幼馴染同士の慰め合いを眺めながら、事情を勘案していた。

 

「その、もう一人の婚約者候補というのは?」

 

「……ハマーンです。カーン家の。」

 

思わず尋ねたラルに対し、アイナが短く応える。もう一人の婚約者候補の名はハマーン・カーン。彼女はガルマより八歳も年下だった。

 

(ハマーンの前では、ガルマ様はきっとこんな風に泣けなかった筈だわ)

 

アイナとしては複雑な思いがある。だが、ここに自分が居合わせた事がラルの言う天意だろうとは思う。

 

カーン家からドズルにゼナが嫁いだ以上、姉妹でザビ家に嫁ぐのはどうかとデギン公王に思われても仕方なかった。それにゼナの妹ハマーンには才能があった。現在は月にあるフラナガン機関で養成されていると聞く。アイナは年齢的な問題からか、フラナガン機関の試験には落とされた。

 

(彼女は、赤い彗星の様に優秀なパイロットになれる素質があるようだし。まだ見ぬ赤い彗星に熱を上げていたから、彼とめぐり合ってしまったら大変ね。)

 

結果、ガルマと年齢の釣り合いの良いアイナがガルマの婚約者に決まったという経緯がある。アイナにとっては残念賞のように扱われた面もあって、あまりときめかなかった。ガルマは、どこか兄に似過ぎているのだ。

 

ガルマの気配が変わった。漸く、泣きやんのだ。

 

「それで私に何を望んでいる、ラル少佐。私はイセリナの為に、何をすればいい?」

 

その言葉には喜びだけでなくこの世に対する怒りや絶望、そして僅かな期待が込められていた。

 

「お二人が再び巡り会う為には、このジオン公国の仕組みを変える必要があります。」

 

それはザビ家の支配の終焉を意味する。しかしガルマとアイナにそれを図る以上、ある程度は穏健的な措置であると二人は了解した。

 

「最悪、私の身はどうなろうと良い。イセリナが無事に暮らせる世にしなければ。」

 

「駄目ですよ、ガルマ様。ガルマ様とイセリナ様が平和に暮らせる世の中。それが譲れない線だとラル少佐には言わなければ。」

 

「無論、私もそのつもりです。」

 

「兄上は助からないのだな?」

 

「それは分かりません。天が決める事です。野心を捨てれば、天は生かすのではありますまいか。」

 

「兄上にも姉上にも、お前は手は出さないと?」

 

「はい。お約束します。私は血に塗れた政権を望みません。次に政権を担う者は、暗殺や粛清といった凶事とは無縁であるべきなのでしょうから。できる事はただ、異変が生じた際の受け皿を作る事かと。」

 

「そうか。」

 

ガルマとアイナは素早く視線を交わした。彼らとてギレン総帥のやり方には思うところがある。ガルマの婚約者イセリナは処刑されていたはずなのだ。相手がイセリナを匿っており、あくまで穏当な方法でことを為すなら協力してもいい。

 

「信じるぞ、ランバ・ラル。」

 

「迂遠な道になります。ジオンを勝たせる必要もありましょう。戦争が終わっても、すぐに再会出来るとは限りませんぞ。」

 

「構わないさ。」

 

ガルマは言った。

 

「イセリナが生きているのなら、それで全てが許される。」

 

 

 

 

 

ギレン総帥は、美貌の秘書官から報告を受けていた。

 

「ランバ・ラルが、アイナ・サハリン様を通じてガルマ様を訪問したそうです。」

 

「ほう?」

 

ラルが栄達を望むなら、いつまでもガルマの恨みを買ってはいられない。それにはガルマの婚約者のアイナ・サハリンを通じるのが最善であろう。公式な婚約者がいた事は、ガルマが駆け落ちせざるを得なかった彼の弱い点である。

 

「それで、どうなった?」

 

「ガルマ様に、叩き出されたとか。」

 

「ま、それだけガルマを元気付けたと言えなくもないか。」

 

ギレンにしては楽しげな口調であった。彼としてはイセリナの死がガルマに許されれば、弟に対しての蟠りもなくなるのである。

 

「続けさせろ。ガルマは誰に対しても優しい。その内に、アイナ・サハリンを婚約者として受け入れるだろう。」

 

「ええ。後はアイナ様が上手くやるでしょう。それが彼女に課せられた役割なのですから。」

 

 

 

 

 

—中米・パナマ近傍—

 

ダロタ中尉は緊急の呼び出しを訝しんだ。パナマへの出撃は司令官命令である。撤回されるとも思えない。だとすれば、後続の到着が遅れるという指示なのだろうか。通信相手は、ロメロ少将ではなかった。見慣れぬ中尉である。発進元は、基地の食糧備蓄倉庫? なんだこれは。ダロタは異常な気配を感じ取った。

 

『ダロタ中尉、至急お戻りください。』

 

緊張した面持ちの中尉はそう言葉を投げかけた。背後には積み上げられたジャガイモの山らしきものが見えている。

 

「それはロメロ少将の指示ですか?」

 

中尉はごくりと唾を飲み込むと、惨憺たる事実を告げた。

 

「キャリフォルニア・ベースは敵の奇襲を受けました。ヒルドルブで出撃されたロメロ少将は、恐らく戦死されました。』

 

これは軍用の暗号化された有線回線である。漏洩の危険性はまずない。それでも、ダロタ中尉は事実に震えた。連邦軍に知られれば、北米ジオンは終わりかねない。

 

「次席指揮官は?」

 

『司令部が砲撃されました。事実上、救援可能な部隊を保持されているのは貴方だけです。そして貴方は私より先任です、ダロタ中尉。』

 

ダロタはうめいた。うめかずにはいられなかった。流石にこれはない。だがそれと同時に、彼はマ・クベの予言にも似た慧眼に戦慄を覚えざるを得なかった。彼はここまで予想していたのだろうか。

 

「了解した。こちらは一部部隊に任務を続行させて、すぐに戻る。」

 

『頼みます。』

 

 

 

 

 

 

—キャリフォルニア・ベース 地下区画—

 

砲撃を浴びて焦げた匂いが、薄く漂っていた。しかし、瓦礫をザクで取り除くと広大な地下空間が広がっていた。そこは地上の混乱とは対照的に、異様な静けさに包まれていた。

 

「……ここだな。」

 

先行したギャリー・ロジャース大尉が、搭乗したザクの足を止めた。半壊した隔壁の奥。鉄格子の並ぶ収容区画が、停電した暗闇の中で口を開けている。

 

「手を貸せ。隔壁を破壊する。」

 

ザクが警戒しながら進入し、隔壁を破壊すべくヒートホークを振るう。やがて——

 

『いたぞ。』

 

誰かが低く発した声が届いた。格子の向こう。幽鬼のように人影が動く。砲撃で看守が逃げ出し、停電した暗がりの中に打ち捨てられた虜囚の連邦兵達だ。その中には連邦士官の制服姿も混じっている。

 

「捕虜だ。間違いない。」

 

ギャリーは短く断じた。

 

「エレカを呼べ。全員搬出する——」

 

その時だった。

 

「——ザクを使っているが、貴様は連邦軍かっ。」

 

誰何する様な声が響いた。ギャリーはコクピットを開き、ザクの手の上に降り立った。

 

「私は地球連邦軍ゴーストザク中隊、ギャリー・ロジャース大尉だ。」

 

士官服姿のその男はその答えに、暗がりから姿を現した。

 

「重要な情報がある。必ず持ち帰れ。」

 

ギャリーは鬼気迫るその男の、強い意志を秘めた声に驚いた。

 

「マ・クベは、我が軍にぶつける為にオデッサに水爆を用意している。必ず司令官に伝えろ。万全の対策を取らせるのだ。」

 

その男は暗闇でも煌々と光る義眼をしていた。だからいち早く、彼らを本物の連邦軍だと見抜いたのだろう。

 

「……で、貴官の名前は?」

 

「俺は、バスク・オム大尉だ。かつては連邦のカリフォルニア基地に所属し、核兵器の管理を任されていた。」

 

それでこの男は、マ・クベの意図を察する機会を得たのだろう。恐らくは水爆の所在などを直々に尋問されたのだ。

 

「会えて嬉しいよ、戦友。だが、その頼みは断る。」

 

ギャリーは快活にそう告げた。

 

「私は、君達全員を連れ出す為に此処にいる。レビル将軍への報告は、自分の口で直接行うんだな。」

 

そして背後を振り返り言った。

 

「さ、全員を連れ出せ。艦長との約束の時間までもう余り猶予はないぞ。」




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。
今回はアンケートで頂いた「戦闘多め」と「ガルマのその後」を意識した回になりました。

タイトル通り、各陣営の思惑がぶつかる“多重衝突”を描いています。ロメロのヒルドルブは出した契機が、GQuuuuuuX本編でのシャア専用ヅダです。個人的にも気に入っており、もう少し暴れさせたかった気もしますが……シイコの見せ場として決着させました。

捕虜奪還はオデッサへ、ガルマに絡んでアイナが登場しています。もしよろしければアンケートや感想を頂けると励みになります。

第08話「多重衝突」の読後の感想や要望に最も近いものを選んでください。

  • 多重衝突ぶりがよかった
  • 奇襲戦の緊張感が良い
  • ヒルドルブ戦が熱い
  • シイコの活躍が良い
  • ジオン政局パートが良い
  • マチルダが総じて良い感じ
  • 【要望】戦闘機会や描写を増やす
  • 【要望】マチルダの出番を増やす
  • 【要望】ジオンの政局を強化
  • 【要望】シイコの出番を増やす
  • 【要望】スパイ戦をみたい
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