【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第10話 幸運の女神

—ワルシャワ・連邦軍前線基地—

 

「幸運の女神がついに到来したぞ!」

二人の大尉を伴い司令部に現れたマチルダを、レビル将軍はそう言って周囲の士官たちに誇示した。敬礼を崩さぬまま、彼女は居たたまれない思いに駆られる。

 

(以前は、そう言っていた高官もいる位の話だったのに。)

 

両脇からマチルダを見つめる視線が痛い。特にバスク・オム大尉は驚きを込めているのか、まじまじと義眼をこちらに向けてくる。ギャリー・ロジャース大尉は『ここまで気に入られていたのか』という驚きの表情だ。

 

(これは違うのよ。)

 

マチルダは心の中で否定した。戦況があまり良くないのだ。連邦のMS開発は停滞した。進捗があったのはユーラシア方面ではなく、敵が戦力を引き抜いた北米側である。

 

(北米では戦果が出ている。でもここには届いていない。耳にしていてもまるで実感がないのね。)

 

だからレビル将軍麾下の地球連邦軍の将兵でさえ、勝てるかどうか懐疑的なのだろう。

 

「キャリフォルニアでは敵に痛打を与えたな。敵の潜水MSも撃破したと聞く。見事な戦果だ。」

 

レビル将軍が、ギャリー大尉に向き直り声をかける。全てが彼の成果でないと知っている筈だが、これもゴーストザク中隊を称揚する為だろう。そしてレビル将軍は、バスク・オム大尉に気がついた。

 

「君は?」

 

「捕虜となっていたバスク・オム大尉です。直接報告を行いたいとの事で同伴しました。身元の確認は、米子ベースとここの二箇所で済ませてあります。」

 

マチルダがバスクの為に口添えする。

 

「うむ。」

 

レビル将軍はマチルダに向けたのとは異なる、厳しい顔つきを見せた。

 

「報告書を作成したまえ。最優先で読むと約束しよう。」

 

「ハッ」

 

バスク・オムが答える。レビルとバスクのやりとりはそれだけだった。

 

(これで問題ないのかしら?)

 

マチルダとしては気掛かりなのだが、二人の合意はついたようである。元々、深入りする話でもない。この件では、マチルダの出番は終わっている。

 

「では諸君、少し彼女を借りるぞ。知っての通り、彼女とは共通の知人も多い。少し昔話に花を咲かせたい。」

 

レビル将軍はにこやかな表情で周囲にそう告げると、マチルダに目配せした。派閥の件を詫びたいマチルダにも好都合である。一も二もなく乗った。

 

「では、先に艦に戻ってください。」

 

マチルダは小声でそう言い置くと、レビルの後に続いた。

 

 

 

 

レビル将軍の執務室は狭かった。前線基地に個室を用意しているだけ、恵まれているのかもしれない。

 

「かけたまえ。」

 

椅子を薦められて、対面で座る。副官がお茶をカップに注いで渡してくれた。

 

「先程は、道化にしてしまったな。」

 

レビル将軍の顔色は温和である。マチルダは思わず内心の想いを口走っていた。

 

「戦況はそれほど悪いのですか?」

 

レビルはゆっくりと首を振った。

 

「我が軍においては想定通りだ。欧州の平野部は航空戦力と機甲師団の組み合わせでジオンのモビルスーツとて障害にはならん。無論被害が生じるが、強引に前線を押し上げられる。」

 

マチルダは頷いた。欧州が連邦の反撃作戦の主要地域に選ばれたのはまさにそれが理由だ。黒海周辺の敵を排除し、ユーラシア大陸の東西接続を回復する為だ。

 

「問題は第二軍だ。インドを発したエルラン中将の到着が遅れている。敵の前線に引っかかっている。……だが、それにしても遅すぎる」

 

「それはこちらの第一軍も同じなのではないでしょうか?」

 

マチルダの見る限り、レビル将軍の第一軍もオデッサに接近している訳ではない。

 

「それは最上の戦術的効果を生む為に、第二軍そして地中海艦隊と到着時期を同期させている為だ。」

 

挟み撃ち、との言葉がマチルダの脳裏に浮かぶ。なるほど、そういう作戦なのだ。

 

「レビル将軍が西、エルラン中将が北東、ゴップ提督が南西からとなるのですね。」

 

マチルダがオデッサの地図を眺めて理解を示した。レビル将軍もマチルダの認識を正しいと認めたように頷く。

 

「我々はここでオデッサのジオンを完膚なきまでに打ちのめし、ジオンに反撃可能だと示さなくてはならない。確実な勝利である必要があるな。」

 

それはマチルダにも理解できる話だった。連邦軍の物資は未だ豊かだが、士気には限界がある。キャリフォルニアでは、ギャリー大尉でさえ束の間の勝利に浮かれた。皆、焦れているのだ。

 

「この乾坤一擲の作戦が失敗すれば、連邦軍は文字通り瓦解しかねない。軍団単位でさえ、ジオンに投降しかねないとの分析もある。」

 

「まさか……本当にそこまで深刻なのですか?」

 

「体を鍛えても心を鍛えられるとは限らない。むしろ体を鍛える方が、体という自信の根拠を奪われると脆いものだ。」

 

レビル将軍の現実認識は冷徹である。だからこそ耳に痛い。自分とは無関係の話だと承知しているマチルダでさえ、自己防衛を過剰に発露させて将軍の意見を否定したくなるほどだ。ただマチルダは黙って耐えた。レビル将軍の認識はおそらく正しい。そして彼は物事を正しく認識できるその能力ゆえに、今この場に指揮官として座っている。

 

「さて、マチルダ・アジャン中尉。君に指令がある。」

 

「ハッ」

 

マチルダは雰囲気を改めた。

 

「エルラン将軍の支援だ。〈ペイルホース〉には、弾道飛行でエルランの軍と合流を果たせ。そして第二軍前進の障害であるジオンの山岳陣地を破壊しろ。」

 

「は、承りました。」

 

「参謀を同行させる。エルランではなく、彼の指示に従え。その理由は現地で分かる。今は第二軍のオデッサ戦線投入が最優先という事だ。」

 

「かしこまりました。」

 

レビル将軍はマチルダの反応に、満足そうに頷いた。

 

「君の方から何かあるかね?」

 

「はい、ゴップ提督の方に移籍した件は申し訳ありませんでした。実は婚約を交わしたのです。」

 

マチルダはかいつまんで事情を説明した。戦争中に軍人同士が婚約を交わすのも、夫婦のどちらかが伴侶の派閥に移籍するのもよくある話ではある。レビル将軍も頷いて聞いていた。

 

「良くある事だ。気にしてはないさ。」

 

マチルダは安堵した。

 

(やはりこの人は悪い人ではない。どこか評判が悪いけれど、信頼は出来る)

 

「表向きはゴップ提督の下でいい。私も君の結婚式には参加させてもらおう。」

 

絶句するマチルダの前で、レビル将軍は邪心など微塵も感じさせない笑顔で微笑む。

 

「なあに当面は両属という形も出来る。安心したまえ、オデッサで勝てば昇進させる。二人の大尉に挟まれる中尉という気まずさも、これで解消されるだろう。」

 

(……軍というものは、ここまで融通が利くものだったかしら)

 

マチルダの顔つきを見て、レビル将軍は言葉を付け足した。

 

「規則は守るためにあるが――勝つために破るものでもある。私は君をどこまでも引き上げるつもりだぞ。」

 

それは昇進という恩賞の話だ。しかしマチルダの心には、どこか束縛や刑罰のような類の扱いとして響いた。

 

 

 

 

—北米・キャリフォルニアベース—

 

「砲撃の痕跡が酷いものだな。」

 

コムサイから降り立ったシャアは、出迎えたダロタ中尉に嘆いてみせた。新たな指揮官を迎えるべく、ガルマ親衛隊のザクも並んでいる。しかし、砲撃を受けた基地の傷跡は隠しきれてはいない。

 

「後方拠点という事もあり、ロメロ少将には些か油断もあったかと。」

 

ダロタがシャアに迎合するように、そう口にする。

 

「司令部はまだ復旧していないのだろう?私の宿舎は地下のバンカー内でいい。」

 

「よろしいのですか?」

 

ダロタがそう聞いたのは、地球を観光地と勘違いするジオンの将官が少なくないからだ。そしてスペースノイドには、快適な居住環境が当たり前だからでもある。季節や天気に気温が左右される生活が想像もできないのだ。

 

「スペースノイドなのだ。狭い空間には慣れている。」

 

ダロタが納得したのは、それもまたジオン軍人の特徴だからだ。

 

「しかし、あれは良くないな。」

 

地下壕内の司令部に案内されながら、シャアが親衛隊ザクのライフルを指し示す。

 

「と、言われますと?」

 

ダロタは尋ねた。彼の目にはごく当たり前の光景にしか見えない。

 

「ドダイで用いるのだろう? そのザクがライフルというのは惜しい。バズーカを持たせるべきだ。」

 

「多用途な任務に対応させる為には、ライフルの方が使い勝手が。」

 

「そこだよ。」

 

シャアは足を止めて、ダロタの顔を覗き込んだ。

 

「MSにはMSにしか出来ない任務を与えるべきだ。違うかね?」

 

ダロタは言葉を失った。便利使い出来てこその、ザクではないのか。しかし目の前の男は赤い彗星である。彼は文字通り、ザクにだけ乗って大佐の地位まで駆け上がったのだ。

 

「バズーカでは何が変わるのでしょうか?」

 

「破壊力が違う。ドップのミサイルでは破壊できない大型艦を狙える。ドダイに乗せたザクは予備兵力の筈だ。それを投入するのは決定打をもたらす為だろう?その際に必要なのは圧倒的な火力だよ。」

 

ダロタは口を閉ざした。言われてみればその通りである。そして認める。

 

「確かに、その通りです。」

 

「敵兵から見ても、バズーカの方が恐ろしいものだ。軍人は『命中されたらどうなるか』と被害を最大化して対策を練る。バズーカの方が本能的な警戒心を煽るだろう。」

 

「個人の技量の差や、敵への対抗策も必要かと。」

 

「そうかな。君は細かい事を気にしすぎる。」

 

赤い彗星は笑った。

 

「戦闘はもっと大胆で雑なものだ。個人の技量も必要だが、それこそ集団運用するならバズーカの一斉射撃の方が連携効果はある。」

 

「ああ。」

 

説明されて、ダロタの脳裏に空中からバズーカを一斉射撃するザクの編隊の姿が浮かんだ。

 

「それにザクのライフルで戦闘機を狙わせるよりも、護衛に戦闘機を付ける方が遥かに効率的だろう?」

 

これもその通りであった。

 

「継戦能力は捨てても構わない、と?」

 

「最高の戦機に瞬間的な最大火力として戦場に投入する。それが最高の予備兵力の使い方だ。」

 

シャアの言葉はダロタを完全に打ちのめした。

 

「早速改めさせます。……いえ、出来ればパイロットには大佐直々にご教示頂けないかと。」

 

「私がか?」

 

赤い彗星は心底不思議そうに聞き返す。これはその役目を嫌っているのではない。その資格があるか、効果があるかを問うているのだ。

 

「はい、兵達も疲れています。大佐が明確な方針を打ち出されれば、皆変わるでしょう。」

 

シャアも暫し考える顔となった。そして頷く。

 

「では、そうしよう。君の専門は戦場の選定だ。ザクのパイロットの教育は、私に任せておきたまえ。」

 

 

 

 

集められたパイロット達の前に、赤い彗星のシャアが立つ。

 

「諸君、私が赤い彗星と呼ばれたシャア・アズナブル大佐だ。よろしく頼む。」

 

シャアを見返すパイロット達の目は真剣である。

 

「不幸にも君たちは便利に使われ過ぎた。MSは器用な兵器だ。万能と言ってもいい。特に君たちのザクは、ドダイに乗って空まで飛ぶ。歴代の司令官がどんな任務も任せたくなるのは理解も出来る。」

 

そこでシャアはゆっくりと言葉を区切った。

 

「だが私はその方針に反対する。MSに求められるものは、戦果だ。それも圧倒的な戦果だ。他の兵器で出来ることを、ザクにやらせる必要はない。違うかな?」

 

パイロット達の頬に僅かに赤みがさす。それは彼らの心に、シャアの言葉が届いた証左である。

 

「ジオン軍人ならば、大物を仕留めたいと願う筈だ。かくいう私もそうだ。ルウムでマゼランを仕留めた時は興奮した。君達にも、是非その興奮を味わって欲しいと考えている。」

 

そしてシャアは本題に至る。

 

「君達のザクはバズーカを原則とする。それが決定的なタイミングで投入される君達の戦果を最大化させるからだ。多少射撃の腕が甘くとも、タイミングを一致させて一斉に放たれたバズーカの弾幕は何物も貫く筈だ。」

 

「質問を宜しいでしょうか?」

 

一人のパイロットが緊張した面持ちで挙手した。

 

「何かね、言ってみたまえ。」

 

バッとシャアに指名された男は一歩前に出た。

 

「弾数不足が懸念されるのではないでしょうか。」

 

「ふむ。」

 

シャアはチラリとダロタを見てから質問者に告げる。

 

「決定打をもたらす為なら許容される。君達には北米で最優先にバズーカ弾を提供しよう。たとえ他の部隊に一発も回せなくてもだ。最高の予備兵力には、それだけの価値がある、そうは思わないかな?」

 

「大佐殿に同意であります!」

 

質問者は一歩後ろに下がり、他の皆と並ぶ。

 

「ジオン軍人ならば、心に剣を握れ。いざとなれば敵と差し違えてでも倒す決意をしろ。バズーカはその為の手助けだ。これを命中させて、破壊できない敵はいないだろう。どんな大型艦でも沈む。君達はそれだけの力を手にするのだ。」

 

そしてシャアは聴衆の意識を完全に惹きつけた自信とともに演説を締め括った。

 

「束縛から解き放たれた君たちがどれだけ大きな戦果を挙げられるか、それを私に見せてはくれないか?」

 

 

 

 

 

—ワルシャワ・連邦軍前線基地—

 

「失礼します!」

 

マチルダは、少し大声を出してレビル将軍の執務室を退室した。怒っている訳ではない。いや、やはり少しは怒っている。

 

「どうだった?」

 

二人の大尉は待っていてくれた。エレカを使ってここまで来たので、先に帰るのはマチルダに対して失礼ではあった。

 

「まずゴーストザク中隊を下ろし、本艦はすぐに第二軍の支援に向かいます。」

 

「そうか。」

 

ギャリー大尉が頷くと、早く戻ろうと身振りで示す。

 

「世話になった。用が出来た、これで失礼する。」

 

バスク・オム大尉はスクッと立つとそう告げてから走り出した。ギャリー大尉もマチルダもギョッとした様子で彼を見送った。

 

「やはり変わってるな、アイツ。」

 

ギャリー大尉が独り言のように呟く。マチルダも頷くしかなかった。

 

(やはり彼、気味が悪いわ)

 

 

 

 

「……お姉様達と離れるなんて、イヤー」

 

泣き叫ぶシイコが、同じ小隊メンバーのヤザンとライラに引き剥がされていく。ミライは複雑な表情でそれを見送った。

 

「また、会えるわよ。」

 

セイラがごく気軽な様子でシイコに声をかけた。

 

「本当ですか?」

 

「ええ。オデッサ戦が終われば、艦長はレビル将軍に報告にくるでしょう。それに再合流や配置転換もあるでしょう?」

 

「そうか。私、活躍して転属願いを出せば!」

 

「こら、うちの小隊から離れようとするんじゃない。」

 

バックマイヤー中尉が、慣れた仕草でシイコの髪をかき乱す。

 

「やめてください、中尉。」

 

シイコが赤い顔で抗議し、サッと自分の足で立つ。あれはきっと怒りと羞恥心だけではない。NTであるセイラとミライにはシイコの感情はダダ漏れなのだ。

 

「…では、失礼する。」

 

「ご武運を!!」

 

ペイルホースのパイロットとゴーストザク中隊のパイロットは敬礼をして別れの挨拶を交わした。

 

 

 

 

 

「推進剤の注入は?」

 

「艦長が司令部に報告中の間に済んでいます。」

 

「食料の積込みも終わりました。」

 

マチルダの問いに、オスカーとマーカーが交互に答える。

 

「よし。なら視察団を受け入れ次第出発します。」

 

「視察団でありますか?」

 

ブライト少尉が不思議そうに尋ねた。

 

「ええ。第二軍の視察のためにレビル将軍が派遣する将校の一団よ。」

 

マチルダはあまり知らされていないのもあり、詳細を伏せた。

 

「搭乗口に士官の一団が到着されています!」

 

「出迎えましょう、ブライト少尉。」

 

ハッチ前には整然と並ぶ士官の姿がある。

 

「艦長のマチルダ・アジャン中尉です。」

 

駆け付けたマチルダに、リーダー役の参謀将校が頷いてみせた。

 

「出迎えご苦労。」

 

「乗艦を歓迎します。」

 

互いに敬礼が交わされる。

 

「我々らエルラン将軍の監査役だ。遅延が意図的と判断した場合、現地で指揮権を停止する。必要なら拘束する権限も与えられている。」

 

小声でそう言って将校はそっと腰に吊るした拳銃と手錠をマチルダに示した。いざとなれば逮捕も辞さない構えなのだ。その為の命令書も保持しているのだろう。

 

「では皆様、こちらへ。」

 

ブライトが士官達の誘導を開始する。マチルダの視線が、その列の中の一人で止まった。鈍く光る相手の義眼が、マチルダを捉えて離さない。

 

「バスク・オム大尉、……どうして?」

 

思わず声が漏れる。彼はレビル将軍への報告の為に艦を降りたはずだ。

 

「報告書の作成があるのでは?」

 

「それならば頭の中で完璧に組み上げてあった。出力するだけなら三十分もかからん。」

 

思わず尋ねたマチルダに、バスクは平然と答えた。まるで自分がここにいるのは当然の事であるかのように。

 

「何故、そこまでして同行されたいのです?」

 

マチルダの言葉にバスクの口元がわずかに歪む。これは不快なのではない。彼は微笑んでいるのだ。

 

「では行こうか、幸運の女神。」

 

バスクが一歩、距離を詰める。

 

「並の男では幸運の女神を掴めないと聞くが、私は違う。」

 

義眼が、わずかに動いた。手でマチルダの後ろ髪を掴む仕草をする。制帽に収まるようにショートカットされたマチルダの髪は、後ろ髪を掴めないという格言に添った髪型である。

 

「大尉、ご冗談を。」

 

マチルダの視線が泳いだ。それはまるで、自分の艦の中で逃げ場を探すかのように。

 

「冗談や酔狂ではない。勝利まで、この手に掴んだ幸運から離れる気はないぞ。」

 

バスクが囁くように言う。マチルダは息を詰めた。バスクが嬲ったのは言葉の上でだけだった。マチルダはけして彼の手で触れられたりはしていない。

 

「……くっ。」

 

だが、まるで尻を撫でられたかのような不快さがマチルダの背筋を走った。

 

 

 

 

 

—パナマ—

 

パナマは連邦軍が確保した。物資を満載した車列が北米を連邦の地とすべく陸続とひしめいている。連邦にMSがないとはいえ、戦車を軸とした機甲師団は健在である。平地における戦車は、戦車砲の直撃を受ければ無傷では済まないという点でMSとさして遜色はない。

 

「降ってきたか。」

 

この地の臨時司令官のアントニオ・カラス中佐は曇天を見上げた。雨粒が目立つ。ミノフスキー粒子下では補助的とはいえ、雨天時はレーダーの探知効率が下がる。

 

「ミノフスキー粒子の濃度に注意しろよ。ジオンが逆襲するなら、散布濃度の変化という気配がある筈だからな。」

 

野戦司令所の中で部下に声をかける。ここは砲撃司令所も兼ねていた。ガンタンクや野砲への指示は、有線とレーザー通信の二系統で指示を出す。雨は怖くない。連邦軍は座標で砲撃を管理しているからだ。しかし雨で視界が限られるのは、ミノフスキー粒子下の戦闘では困りものではある。

 

「ま、敵も仕掛けてこないか。むしろこの雨に安堵しているはずだ。」

 

北米の趨勢は連邦に傾いた。撤退の続く北米ジオンは士気も低い。

 

「レーダーに感あり!」

 

当直士官の発したその警戒の声にカラス中佐は驚いた。

 

「見間違いではないのか。」

 

「いえ。低空よりパナマに接近する敵機が多数あります。間違いありません、ジオンです。」

 

「ち、厄介な。迎撃機を飛ばせ!索敵機を中心に迎撃に当たらせろ。」

 

連邦の航空優勢は未だ保たれている。しかし、ジオンのドップは軽視できない。カラスはじりじりと焦燥感を感じながら、迎撃機が出揃うのを待った。あいにくの雨である、滑走路が濡れていれば味方の出足も遅い。

 

『コンタクト!敵はザク、ドダイに乗ったザクの集団です。二個小隊、いえ下手したら一個中隊はいます!』

 

最悪の部類の知らせである。連邦の航空機のバルカンでは、容易にザクは撃ち落とせない。足場となるドダイを撃ち落とすのも困難だが、ドダイを撃ち落としたところでザクは健在である。平気でスラスター降下をするのだ。無力化は出来ない。

 

「ともかく、敵を削るように伝えろ。増援も出せ」

 

『ダメだ。護衛戦闘機の数が厚い。容易にザクに接近できない。それどころかこちらが狩られる側だ!』

 

「敵の接近速度衰えません。間も無く、目視可能圏内に入ります。」

 

カラス中佐は双眼鏡を取り出すと、窓に駆け寄った。曇天を貫いてこちらに接近するザクの編隊が見える。まるで中世の錐行陣を取っているかのように、リーダーを軸とした一つの大きな編隊である。そして先頭のリーダー機は、血に塗られた様に赤い。

 

「まさか、あれは“赤い彗星”。」

 

士官の一人が声を漏らす。悪い予感を否定したい。しかし否定しきれない禍々しさをザクから感じた。

 

赤いザクが腕を振る。編隊が解けた。数機の塊となって、ザクが空を狭しと暴れまくる。

 

「迎撃、各個個別に迎撃させろ。」

 

「撃たせています。しかしなかなか当たりません!」

 

戦車砲で上空は狙い難い。近づかれれば機関砲ですら狙いを定めづらい。低空接近するザクは脅威である。しかも彼らはバズーカを打ち、クラッカーをばら撒く。砲門もトーチカも真上の敵を撃つようには出来てない。陣地とはそのような物だ。そしてザクは通り過ぎ様に、背後を振り向いてバズーカを打ち込んでくるのである。

 

「これは、話にならない。」

 

連邦の陣地や野戦砲という静止目標など良い的だ。あちらは高速で動き回るのに、こちらは動けないジレンマ。戦闘機が立ち向かっても、機関砲など豆鉄砲にすぎない。そしてザクを狙えば、護衛の戦闘機部隊に狩られる。戦闘機を相手にすれば、どこまでもザクが野放図に振る舞う。彼らは余勢を駆って鎮座した旧式戦艦の砲塔までも破壊した。

 

「やっていられるか。」

 

カラスは制帽を叩きつけた。連邦にはMSはない。それをこのような形で見せつけられるとは。ジオンを追撃し駆逐している筈の戦場は、瞬時の間に連邦軍だけが泥水を啜る地獄へと変わっていた。

 

 

 

 

『素晴らしい戦果です、シャア大佐。』

 

無線で旧ガルマ親衛隊のパイロット達が快哉を叫んでいる。シャアは特に制止しなかった。今回は指示を明瞭にする為に、あえて無線を封鎖していない。ミノフスキー粒子の散布下でないのは相手に気取らせずに奇襲効果を高める為だが、何よりも彼らの教練が目的だからである。

 

「こちら“赤い彗星”、各機傾聴せよ。」

 

途端に無線が静まる。

 

「皆、よくやった。引き上げだ。」

 

短くそう告げると、反論の声が届く。

 

『大佐、我々はまだやれます。折角の好機、やらせてください。』

 

賛同する声が広がる。しかしシャアは、その邪念を切って捨てる。

 

「諸君、私の経験では弾丸を撃ち尽くした時に限って絶好の機会が訪れる。これは戦場のジンクスなのだ。」

 

『しかし、これだけいれば誰か残弾を残せば。』

 

「そういう事ではない。弾丸を撃ち尽くせば、恐怖心が忍び寄る。早く帰りたくて仕方ないだろう。だが、我々は敵に恐怖を与え続ける存在であるべきなのだ。」

 

シャアは機体を旋回させて上空を目指す。全機が、彼の後に続いた。

 

「残弾は可能性だ。敵を粉砕する選択肢を常に握り続けて戦況をコントロールしろ。」

 

シャアは帰投する空路の合間に懇々とパイロット達にザク運用の心得を説いた。

 

敵兵は残弾がないザクなど侮るだろう。そうではない、そうしてはならない。ザクとは常に、『こちらにくるな』と敵兵に祈らせる存在でなくてはならない。弾が切れたザクなどお荷物でしかない。だから最後まで弾は切らせずに脅威であり続けろ。

 

最初から全てを説明されていたら、パイロット達は受け入れず反発したかもしれなかった。しかし赤い彗星のドクトリンが証明された後で、余力を持つ重要性を語られると顔つきまでが違っていた。この日の勝利は、文字通り北米のジオン軍の士気を高揚させる効果を生じさせた。

 

 

 

 

—連邦軍第二軍ジョージア前線基地—

 

レビル将軍の派遣した参謀が詰問する。

 

「なぜ、カスピ海東岸を進まない。」

 

エルラン将軍の参謀が受けて立つ。

 

「カスピ海からジオンの水陸両用MSに側面を攻撃されかねないからだ。砂漠で道も悪い。」

 

「カスピ海西岸も、山じゃないか。」

 

「コーカサス山脈は、ジオンの水陸両用MSに阻害されないという事だ。道もある。空軍の支援も受け易い。」

 

「しかし肝心のその道が、ジオンの防御陣地を縫うような場所では。」

 

「西岸であれば補給路は確保できる。砲戦なら数で押せる。」

 

どちらの意見も一歩も譲らない。マチルダは作戦会議の末席で小さくなっていた。たかが中尉の彼女に、この場で意見を述べる資格があるように思われない。

 

「一つ、よろしいですか?」

 

発言を求めたのはマチルダの横に当然のように座っていたバスク・オム大尉である。

 

「何かね。」

 

エルラン中将はバスクの発言を認めた。レビル将軍の派遣した参謀将校の随員と判断したのだろう。肝心のレビル将軍の参謀が沈黙しているのは、何か場を変える意見を期待しての事だろう。

 

「ジオン軍は山に上がった。これを打ち破れば、逃げ場がない。実に結構。」

 

第二軍の判断を是とするバスクの意見に、レビル将軍の参謀が顔を歪める。マチルダの見る限りでは、カスピ海東岸こそが正解に見える。そもそも東側は砂漠がちなのだ。水陸両用MSも活動に限界を迎えるのではないか。

 

「しかし足止めをされては意味がない。進めるべき道を進むべきだ。」

 

「無論です。突破する策があります。その為にレビル将軍は、彼女を派遣したのです。この“幸運の女神”を。」

 

バスクの逞しい両腕がマチルダの両肩を引っ張る。呆気に取られてバスクを見上げるマチルダを尻目に、バスクがニヤリと笑う。

 

「彼女の艦であれば、コーカサス山脈で立ち塞がる敵の排除も容易い。私が戦術を指導します。カスピ海西岸を突破できると、そうお約束しましょう。」

 

 

 

 

カタパルトデッキに四機のガンタンクが展開された。バスクの指示は明瞭である。〈ペイルホース〉を単体のガンシップに見立てたのだ。

 

「いいか。貴様ら勝手な射撃はするな。敵射程外からの統制射撃こそが肝だ。」

 

艦橋と各ガンタンクは有線で接続され、オペレーターが指示を出す。ガンタンクは動く必要がない。艦が動くからだ。ただ給弾の為に前後に移動するのみである。

 

「二機ずつの交代制だ。全弾打ち尽くした場合のみ、交代せよ。」

 

バスクは四機のガンタンクを二機ずつに区分した。同時に射撃するのは二機ずつである。射撃統制上の負担も半減する。急遽オペレーターに任命されたのはイセリナだった。

 

「構いませんが、私でよろしいのですか?」

 

「ええ。自分が操舵を担当します。どうしても専任担当を置くべきだと、バスク・オム大尉から指示されています。」

 

イセリナとブライトは艦橋でこそこそと引き継ぎを行う。〈ペイルホース〉はマチルダが操舵を担当する事が多かった。これはマチルダの人任せに出来ない性格ゆえだが、マチルダとブライトの役割が逆転している時がある。

 

バスクの前でそれはまずい、というのがマチルダとブライトの直感である。いずれにせよ人は足りないので、イセリナを急遽オペレーターとした。

 

「艦長、こちら準備できました。」

 

「了解。飛翔開始。想定座標に移動を。」

 

ブライトの報告にマチルダが上昇開始を指示する。バスクがそれに乗って、ガンタンクのパイロットという射撃手に指示する。

 

「いいか。間も無く攻撃を開始する。貴様ら気張れよ。」

 

〈ペイルホース〉の動きは通常よりもガタついていた。操舵手の腕のせいである。ミノフスキークラフトで艦の質量は限りなく打ち消される状態に近い。ただ、実際には艦は重いままである。これは艦を押す風や移動の際の慣性の影響などが大きくなる事を意味する。謂わば、見えない巨大な風船で浮かんでいる状態なのだ。

 

マチルダであれば慣性や風に逆らわずその流れを利用するのだが、ブライトはその芸当は難しい。結果、その移動は滑らかではない。

 

『ちょっと操舵荒いよ。超遠距離の射撃なんだ。安定させてくれよ。』

 

ガンタンクのカイが不満を述べる。彼は唯一のペイルホース艦内からの射撃の経験者だが、それだけにどうしてもキャリフォルニアでのマチルダの操艦と比較してしまっていた。

 

『やっぱマチルダさんの最高の相棒はオレなんだからさ。いい感じに決めさせてくれよ。』

 

「聞こえているぞ。」

 

『ヒ、ヒェ、すんましぇん。』

 

意気軒昂なカイの軽口を、バスクは一言で黙らせた。それでもそれ以上の叱責をしないのは、彼としてはかなり自制している。戦術指導役という曖昧な立場もあるが、作戦前のパイロットのやる気自体は認めた為だろう。

 

「予定座標に到着しました。」

 

オスカーが声を出す。マチルダが応じた。

 

「やはり、遠いわね。」

 

宇宙では機関に不調を抱えていた〈ペイルホース〉は射撃戦を展開していない。地上で見ると、敵との位置関係はかなり遠い。ガンタンクのレールキャノンの射程内とはいえ、不安になる。

 

「敵は砲撃の威力で陣地ごと吹き飛ばせば良い。さあ開始だ、艦長。」

 

バスクに促されて、マチルダは命令を下す。

 

「それではオペレーターの指示に従い、指定座標への攻撃を開始せよ。コアブースター各機は警戒にあたれ。」

 

オスカーとマーカーがガンタンクの座標を送る。イセリナはそれをモニタリングしてパイロットへ伝える係である。これは意図してイセリナ一人に絞る。誰の指示かを明瞭にする為だ。オペレーターと言っても通信担当としてのそれであり、ガンタンクのパイロットのナビゲート役だ。標的座標自体は二機で僅かに違う。同時に着弾させる事で最大限の効果を狙っている。

 

「最初の標的が出ます。各ガンタンク狙ってください。三、二、一、発射。」

 

イセリナの声は落ち着いていた。彼女の声に合わせてガンタンク側はトリガーを引き絞る。静止座標なのだ、気負いも少ない。外れても、次に組み込まれる。

 

「ザクの撃破を確認。次の標的を捜索、選定。座標出ます。」

 

オスカーが決めた座標にマーカーが合わせる形で座標を決める。射撃結果からその相互支援射撃の影響を標的ごとにオペレーターが修正していく。

 

ガンタンクのレールキャノンは二発同時に発射される。二機であれば四発となる。単体目標なら直撃でまず撃破可能だ。被害の拡大を狙うなら、適度な拡散が必要である。

 

ザクとトーチカでは硬さが違うかもしれない。ザクに対しては直撃を企図するが、その他の施設ならまとめて薙ぎ払える場合もある。その決定をマーカーがして行く。その判断の猶予は十秒に満たない。この間、ガンタンクも次弾を装填している。

 

「座標出ました。各ガンタンク狙ってください。」

 

イセリナの視界にはガンタンクの照準がある。有線で相互接続されている為だ。照準が固定されてる事を確認したら、射撃シーケンスに入る。

 

「三、二、一、発射。」

 

再び観測結果を得て、オスカーとマーカーが成果を報告し次の標的を決める。これは敵の射程外だ。ザクのバズーカ弾もマゼラトップ砲も届かない。そもそもレールガンのように水平方向に長大な射程を誇る武器がジオンにはない。

 

狙撃用の大容量ビームライフルであれば届き得るが、未だ連邦側の理論上の武器である。迎撃するには、戦闘機を飛ばすしかない。

 

「ドダイ搭乗のザクの編隊が来ます。一個小隊。」

 

「敵の虎の子だ。コアブースターは落ち着いて対処しろ。」

 

バスクの冷静な指示が飛ぶ。マチルダは指示を取られて何も口を出す事がなくなる。それで激励のみを口にする。

 

「ミライ、セイラ頼んだわ。」

 

『ええ、了解』

 

『任せてください、艦長』

 

彼女たちの返答もマチルダに向けられる。バスクは臍を曲げるでもなくニヤニヤしていた。それは、彼の作戦が順調であるからだろう。

 

ジオンの山岳陣地から飛翔するドダイはザクを乗せて鈍重である。それでも懸命に〈ペイルホース〉を目指す。それを横合いからコアブースターがメガ粒子砲で撃ち抜く。ザクなと連撃すれば貫通できる。

 

「実に愉快だな。こうなるとザクなど獲物に過ぎん。」

 

バスクのような嗜虐趣味はないが、艦橋の誰もが同じ気持ちである。コアファイターであれば、ザクを止められなかっただろう。コアブースターであればザクの装甲を撃ち抜ける。それだけで戦争の様相がガラリと変わる。

 

「さ。ジオンの残敵はまだまだ多い。徹底的に潰して行くぞ。」

 

 

 

 

 

ガンタンクは順調に第一弾の射撃を終えた。

 

「残弾がこれで尽きる。リュウさん、ジョブさん交代を頼む。』

 

『よしきた。』

 

ガンタンクが射撃位置を入れ替わる。後退したガンタンクには給弾が開始される。しばし時間がかかるが、パイロットには貴重な休息時間だった。

 

「おつかれぇ、ハヤト。」

 

「カイさん」

 

ハヤトはカイと落ち合った。互いに飲み物を啜る。汗も尿もノーマルスーツ内で処理されるので、長丁場を戦う為にパイロットは給水が推奨されていた。

 

「で、どう思った?」

 

「まるでテレビゲームみたいに簡単でした。」

 

「…だよなぁ。」

 

今回は敵が陣地を構えて引き篭もっている。それは山だからだ。斜面の下から上を狙うのは難しい。その前提があるのに、〈ペイルホース〉ならば彼らと同じ高さに位置を取れる。重力下でその意味するところがいかに大きいか、彼らは思い知らされている。

 

「レールキャノンもいいんだよな。ビームみたいに狙えて威力があってさ。ま、ビームとはまた違うんだろうけど相手が動けなければ同じだよな。」

 

「戦術でこうも変わるんですね。」

 

「だなぁ。」

 

バスク・オムは戦術の天才と恐れられている。その真価を、カイもハヤトもまだ予想すらできなかった。

 

 

 

 

『〈ペイルホース〉に告げる。こちらジュダック中佐だ。ただちに攻撃を停止せよ!』

 

「バカな。」

 

「攻撃停止命令!?」

 

艦橋のマチルダとバスクはその通信に驚いた。山岳陣地の攻撃はまだ道半ばである。順調に進んでいたとも言える。だがそこで、エルランの副官を名乗るジュダック中佐から通信が来たのだ。

 

『ジオン側が交渉を求めている。これはユーリ・ケラーネ将軍が認めればだが、山岳陣地のジオンは降伏する。速やかに攻撃を停止し、交渉結果を待て。』

 

「自衛戦闘は許されるのですな?」

 

『無論だ。艦に被害が及ぶ場合は実力で阻止して構わん。』

 

「ならば、いいでしょう。」

 

バスクの傲岸な物言いに、ジュダックの表情が歪む。しかし割り込みをかけたのはあちらである。しかも第二軍の為の戦闘にだ。

 

「エルラン中将は、ジオンとの交渉に慣れているというの?」

 

マチルダは違和感を持った。ジオンが降伏しても違和感がない一方的な展開だ。バスクが予言して見せた通り、山は逃げ場もない。だがそれにしても、動きが早い。

 

「エルラン中将は手回しの早いやり手と評判です。」

 

マチルダに答えたオスカーの言葉に、マーカーが別の言葉を被せる。

 

「それよりも艦長、ミライとセイラを呼び戻しますか?」

 

ガンタンクは座標を送らなければ砲撃はしない。だがコアブースターは任意の判断で戦闘に入る。

 

「そうね。艦の近くで警戒に当たらせて。」

 

「了解しました。」

 

 

 

 

 

戦闘はそのまま終了した。後は慌ただしく、ドラゴンフライを飛ばして交渉に赴いたジュダック中佐を眺めていたようなものである。ガンペリーで歩兵隊が運ばれてジオンの兵士を武装解除し、捕虜として下に下ろす。そこまで行くと、マチルダ達はお役御免になった。

 

「流石は“戦術の天才”だ!」

 

第二軍の司令部では、バスクが周囲の士官から激賞されていた。たまに冷淡な視線が混じるのは嫉妬だろうか。しかし今はそのような人間も声を潜めている。大半の士官は、停滞を良しとはしていなかったのだ。

 

その雰囲気にどこかホッとしていたマチルダは、エルラン中将に手招きをされた。中将の傍らにはアンカーもいる。

 

「ご苦労だった、アジャン艦長。流石は幸運の女神だと感じ入ったよ。」

 

エルラン中将はごくごく気さくな様子で声をかけてくれる。マチルダは複雑な笑顔を浮かべた。“幸運の女神”を自称している訳ではないのだ。

 

「これで我が軍は予定通りの地点へ前進可能だと。そうレビル将軍に伝えてくれたまえ。」

 

「我が隊は、レビル将軍の元へ帰って良いとの指示でありましょうか?」

 

「ああ、その通りだ。君たちのここでの役目は終わったのではないかな。参謀将校の一団は、まだ居残るそうだかね。」

 

エルランの視線の先には、バスクを激賞する士官の一団がいる。レビル将軍に派遣された将校達だ。事態が解決した今、マチルダとしては深入りはしたくない。ゴップ提督とレビル将軍の間に挟まれた身としては、エルラン中将とレビル将軍の間に挟まれる立場の不味さはよく理解できるというものだ。

 

「では、正式な辞令を頂ければすぐにでも出発します。」

 

「うむ、手配して届けさせる。世話になったな。」

 

マチルダはエルラン中将に好感を持った。ある意味では対局にある硬派なレビル将軍と軟派なゴップ提督の中間といった雰囲気なのだ。硬軟織り交ぜた中庸な実務派がエルラン中将であるのだろう。彼もまた連邦を支える屋台骨であり、将兵の支持を集めるカリスマであるのだ。

 

 

 

 

 

—サイド3 ズムシティ・参謀本部—

 

「ジオン海兵隊を率いての、オデッサ降下支援でありますか。」

 

ランバ・ラルは参謀本部へと呼び出されていた。目の前に座っているのは、総帥親衛隊を統括するエギーユ・デラーズ大佐である。

 

「これはマ・クベ大佐の策だ。オデッサに接近した連邦の後方にザクを中核とした精鋭部隊を降下させ後方を遮断すると。」

 

「大胆な作戦ですな。流石はマ・クベ大佐だ。」

 

ラルは驚嘆した。マ・クベの戦略的視座は広い。

 

「ザクを上げれるのであれば、下ろせると気がついたのではないかと思うがね。確かに着想は良い。だが危険ではある。総帥は作戦を認可されたが条件をつけられた。」

 

デラーズが辛口なのは、マ・クベ大佐がキシリア派閥だからだろう。だが総帥が認めた作戦を、表向きは非難もできないというところか。

 

「それはどのような?」

 

「降下するかの最終判断を、現場指揮官の君に委ねるということだ。良かったな、少佐。」

 

ラルの問いかけにデラーズは無造作にそういった。

 

「では、救援せずとも良いと?」

 

「オデッサは連邦軍の規模によっては撤退もあり得る。そこはマ・クベ大佐の判断次第だが、仮に撤退となれば君の任務はその支援に変わる。」

 

「マ・クベ大佐に指示を仰ぐのでありますね。」

 

「まぁ、そうだ。マ・クベ大佐が撤退するかは彼の判断であり、それを受けて君の任務も変わるという事だ。何がなんでも降下でなくても良い。降下をするかの判断を下すタイミング、それは君に委ねられる。」

 

意味深なデラーズの口調に、ラルはギレンの底意を感じ取った。

 

(足の引っ張り合いがお好みの、ギレン総帥らしいやり口だ)

 

マ・クベにドムを取られた意趣返しをするならせよと、そうけしかけられている。ラルはジオンの勝利に貢献する意志は変わらないが、ここで個人の借りを返すか器量を試されているのだろう。幸い、マ・クベ大佐との関係はそこまで悪くない。そこは話し合いで済む筈である。

 

「任務、謹んでお受けします。」

 

「海兵隊のシーマ・ガラハウ大尉には既に話を通してある。君の命令に従う筈だ。海兵隊を使いこなしてみせろ。」

 

ジオン海兵隊は本来はコロニー関連が任務である。この為コロニー落としの実行者という汚れ仕事を押し付けられた。その後はアフリカなどを軸に地球降下作戦にも参加している。今回のような任務には打って付けである。損耗しても惜しくない人材という評価も含めての判断なのだろう。

 

「はっ!」

 

一礼して退室する。するとと、その場でまるで待ち構えていたかのように背後から意外な声が響いた。

 

「あら、ラル少佐。新たな任務ですか。」

 

「これは、セシリア・アイリーン様」

 

ラルは振り返り、誰かと話していた風のセシリアに対して丁重に頭を下げる。

 

「やめてください、私はしがない秘書官にすぎません。評議員の方に頭を下げていただくなど。」

 

そう言いながらもセシリア・アイリーンは周囲の視線に嬉しそうである。名家当主を従える存在と誇示する事が心地よいのだろう。

 

「我が恩人であります。礼を失する訳には参りません。」

 

ラルは丁重さを崩さない。セシリア・アイリーンとギレンの関係性は私的なものだ。しかし公的なものになり得る。その塩梅が難しい。ラルはそこに触れずに恩人として逃げた形だが、セシリア・アイリーンはそれで良しとした。これ以上進めば彼女にも逆風が及ぶ。何事も程度が肝心である。

 

「ご活躍期待していますわ、ラル少佐。それでは総帥の御用がありますので、これで失礼。」

 

軽やかにセシリア・アイリーンは去っていく。ここで待ち構えていた事、全てギレン派としての活動と示唆しているのだろう。デラーズはギレン総帥の忠臣なのだから。つまりラルは今、ギレン派の末席に連なる機会を得たのだ。

 

(全ては、アルテイシア様の為に。)

 

ラルはセシリアの背中が消えるまでじっと頭を下げ続けた。来るべきダイクン派の未来の為には、ラルの頭一つささやかにすぎる代償であった。

 

 

 

 

 

—サイド3・ジオン海兵隊基地—

 

ジオン海兵隊の基地はサイド3でもうらぶれたバンチに存在した。兵隊ヤクザの掃き溜めのような場所である。しかしラルにとっては昔の空気を思わせる気楽な場所である。

 

「ここか。」

 

ラルの訪問に不審げな視線を向けるものも、彼の軍服と階級章には逆らわない。実際は佐官だろうとぶん殴ろうとする手合いは多いが、ラルは全力でその手の輩をぶちのめしてきた。ただ今回は問題にならない様に、背後には部下を引き連れている。

 

「クランプ、ここで待て。」

 

「はい。」

 

腹心に声をかけると、受付に乗り込む。そしてシーマ・ガラハウ大尉の部屋に通された。

 

「大尉、お客人です。」

 

強面の男が、涼やかな美女の前にラルを連れ出す。軍服姿の男達の中で,彼女は凛とした美しさを放っていた。しかしその表情に荒んだものが見えるのは、軍における海兵隊の処遇と無縁ではないだろう。

 

「ランバ・ラル少佐だ。」

 

「は、シーマ・ガラハウ大尉であります。」

 

元は将来を嘱望された士官である。敬礼も堂に行っていた。

 

(これならば、なんとかなるか)

 

ラルは素早く使える人材だと判断する。

 

「参謀本部のデラーズ大佐から話は通っているな。私が部下とともに海兵隊の世話になる。」

 

「“青い巨星”とご一緒出来るとは。しかし今回はまたどんな厄介事ですか?」

 

探るようなシーマの目つきである。凄みすら感じる。無理もない。

 

「厄介事だと?」

 

「海兵隊は永らく汚れ仕事を引き受けてきた。もはや栄光など欠片もない。使い潰されるだけでしょう。」

 

海兵隊は派閥で言えばギレン派閥である。しかしギレン派閥には重大な問題がある。親衛隊が幅を利かせすぎている。ドズルやキシリアといった他の派閥が出来たのも、名家直属や親衛隊以外は冷遇される構造にあるとさえ言える。

 

「その境遇、変えたいとは思わないか?」

 

予想外の言葉がラルの口をついて出ていた。それはまるで運命に突き動かされるかのようだった。

 

「境遇を変えられるならとっくに変えている。そんなことくらい、分かって頂けませんかね。」

 

シーマが口調を荒げる。だがラルは怯まない。

 

「君も知っているだろう。私も永らく兵隊ヤクザと呼ばれる立場だった。」

 

ダイクン派としてザビ家との政争に敗れたラル家は、辛うじてラルが家名と軍籍だけを守った。しかし評議会資格は停止され、軍でも永らく冷遇された。その処遇を知らぬ者はいない。

 

「チッ、何を言いたいんだい。こちらを見下してるのかい?」

 

シーマがラルの真意を掴めず戸惑う。そこにラルは畳み掛けた。ラルをセイラと巡り合わせた運命が再び彼の背中を押している、今まさにそんな気分にある。

 

「私は幸運の女神をこの手に掴んだ。彼女を掴んだこの手を離す気はない。君も、幸運を得た私の同志にならないか?」

 

シーマの光る目が、瞬きをせずにラルを見返す。意味は通じた。今はラルの能力や信用を、或いはラルの成否を計っている。

 

「派閥に属せず爪弾きにされる苦境、私も同じだった。ならば、自分たちの派閥を立ち上げればいい。」

 

シーマは返事をせず、ただ黙って情勢を判断していた。

 

(ラル少佐の掴んだ幸運、よほど重要な存在らしい。)

 

名家の出でないシーマにとっては、ジオンの上流階級の知識は限られる。実態となると皆目見当がつかない。しかし今のランバ・ラルに勢いがあるのは確かだった。彼の部下にしても、愚連隊の兵隊ヤクザだった頃の面影を無くしつつある。指揮官は他の指揮官の動向に聡いものである。シーマも例外ではない。

 

(ギレン総帥の秘書のセシリア・アイリーンとかいう女か。またはガルマ・ザビの婚約者のアイナ・サハリンか。或いはその両方か。)

 

どちらもラルが足繁く通う相手である。そしてそれぞれが誰の女かは公然たる事実だ。ラルはあくまでも取り入っている立場でしかない、だが、その食い込み具合は半端がない。

 

「アタシは、人に使われるのはもう飽きた。アンタも、そうなんだろう?」

 

シーマもつい本音が口から溢れでた。

 

「その通りだ。」

 

「ならこのアタシも、アンタの言う幸運の女神に仕える側にして頂きたい。そう、同志として。」

 

ただ使われる気はない。立場は対等でありたい。それが無理ならば、ラルを食い殺す。その意思を目に込める。

 

「いいだろう。彼女は君にも必ず福をもたらす。天が、私にそう言っている。」

 

ラルは手を差し出した。シーマは躊躇ってから、ラルの手を握り返した。両者とも本気である。ここにまた奇妙な連帯の輪が一つ広がりを見せた。

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

詰め込み気味となりましたが、書きたい内容は概ね盛り込めたと考えております。レビル将軍やゴップ提督、バスク・オムやエルラン中将の思惑の中で翻弄されるマチルダという回となりました。

バスク・オムは前々から“戦術の天才”と称されるという設定だけがありました。今回の大言壮語からの、一見容易に見えるような形での成果達成は彼の出世の糸口としてうまく機能していれば嬉しいです。

また赤い彗星ですが、ザク運用については富野由悠季監督の小説版の記述を参考にしつつ“赤い彗星”らしさを意識しました。読者の皆様のお眼鏡にかなえば幸いです。

最後にダイクン派ですが、ギレン派の中の抑圧された弱者側を軸としていきます。本来、ラルは自前の部隊をそこまで揃えていません。名家の中で影響力を拡大して意見を調整しつつ、軍事的実行力ではシーマ・ガラハウ達のジオン海兵隊を手懐けていきます。

ラルもシーマも兵隊ヤクザと紙一重の傍流ポジションですので、ダイクン派立ち上げは彼らの下剋上ともなります。表面上はギレン派として振る舞っていますが、その内実は大きく異なる事となるのです。

第10話「幸運の女神」の感想や要望として相応しいものを選んでください。

  • バスクが良かった
  • マチルダの流される様子が良かった
  • シャアの活躍が鮮やか
  • ラルとシーマに期待
  • 今回は新兵器がなくて残念
  • ケラーネが出なくて残念
  • 面白かった
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