【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side 作:高坂 源五郎
—衛星軌道—
「HLVが遂に上がって来たか。」
ラルに貸し与えられたザンジバルの艦橋で、シーマは手にしていた扇子を掌に打ちつけた。ピシリと小気味良い音がする。
「ランバ・ラルの旦那が開示した作戦通りの展開とは恐れ入る。」
彼女の指揮するジオン海兵隊がここ衛星軌道に待機しているのは、ラルの所属する参謀本部の作戦による。マドラスから宇宙へと戻り、ドレンのパトロール艦隊やガデムのパプア輸送部隊と合流した。ジオン海兵隊は、衛星軌道で上がって来たHLVに再突入用の燃料を注入する。
HLVは地球の重力からの離脱にその燃料の大半を消費する。だから再突入して地上に着陸する為には、改めて燃料を補給する必要があるのだ。これはジオンが連邦の残存艦隊をルナツーに逼塞させているからこそ実行可能な作戦である。
「お前達。簡単な任務だからといって、油断はするんじゃないよ。」
海兵隊にとって、今回の任務は朝飯前である。なぜなら彼らジオン海兵隊こそが、一週間戦争やルウム戦役でコロニー落とし成し遂げた実行部隊であったからだ。だからこそ、その誇りに賭けて失敗は許されない。仮にジャブロー攻略部隊が全滅してもシーマの知ったことではないが、ジャブローに降下突入するところまでは彼女の責任で成功させるまでである。
「で、命中したっていう水爆の効果はどうなんだい。HLVを再突入させても、防衛兵器で迎撃されたら無駄になるだろう?」
ジャブローは分厚い対空火器と航空機による多層的な防護がある。だが水爆はそのような備えをジャブロー基地から剥ぎ取った筈なのだ。ジオンとしては今のジャブローの守備力低下に期待させられてしまう。
「キャメルパトロール艦隊の光学観測結果では、“フルヌード”との事です。」
それはジャブローの防備が丸裸である事を意味した。
「聞いたかいっ! 裸の美女が待ってんだ。一発決めるなら、今しかないよ。」
シーマの声に、海兵隊員達が歓声を上げる。
「少佐、それではやはり我々も降下を?」
副官がそっとシーマの横に立ち、尋ねる。だがシーマはかぶりを振った。
「ラルの旦那からは海兵隊を率いての降下を止められた。『任務の範囲だけ忠実に実行し、けして下には降りるな』とね。」
「なんと。」
攻略に前のめりとなったジオン側の一般的な認識では、ジャブローは陥落寸前である。対空装備の大半を水爆により喪失し、不明だった侵入口も確保されたと聞く。戦力も北米以外の各地上拠点から集結する見込みだ。『今回こそは連邦にとどめを刺せる』と考える前線の兵達の士気は高い。
「今回の総攻撃の規模ならば、流石のジャブローとて持ち堪えられないのでは。それとも、ランバ・ラル少佐は何か別の情報を掴んだのでしょうか。」
「ジャブローはアタシらが想像するよりデカくてカタイらしい。ま、安易に稼げそうな時ほど、思わぬ落とし穴があるとそういう話を言っていたねえ。」
そこでシーマは苦笑交じえ、ラルがシーマを止めた正確な意図を付け加える。
「ラル少佐曰く、政治に配慮せよだそうだ。ここで失敗でもすると、派閥の兼ね合い的に上手くないそうだ。」
今回のラルの判断は、多分に派閥の論理に基づく政治的なものが含まれているのだ。仮にジャブローを陥落させても、海兵隊単独の力ではない。その評価は分散される。リスクの割に、旨味は少ない。
逆に失敗した場合はどうか。降下していると、失敗の責任の一端が降りかかるのだ。だが、もしも海兵隊が降下していなければ何も支障はない。むしろ与えられた任務を全うした海兵隊の評価は相対的に上がる。それならば目の前の任務だけに邁進し、有能さをアピールするに留めるのが賢いという話である。
「今、ラルの旦那はツキを掴んでいる。その流れにわざわざ逆行するのは良くないだろう?」
「確かに降下は任務外の得点稼ぎって話です。幸運がそこにないなら、手を出すべきじゃないですな。」
「そういうことさ。」
海兵隊もHLV降下部隊に混ざってジャブロー攻略に参加することは可能だ。直接的な命令は出ていないが、裁量を与えられた範囲内では降下する事を半ば期待されているかもしれない。しかし、敵の本拠地を狙うのだ。攻撃が失敗すれば被害は甚大なものになる。
「ジャブローへのまともな侵攻ルートがないからこそ、宇宙からの降下を試みている。となれば退路の確保さえ怪しい。“赤い彗星”は、自前の“船”を用意しているそうだがね。そこにアタシら全員が乗せてもらえるとは限らない。」
シーマ・ガラハウはこうして降下作戦への参加を見送った。補給作戦のみの参加とはいえ、ジオン海兵隊は既に勝利の貢献者になる資格は得ている。こうして保険をかけた以上は、不要な危険を冒す必要などないのである。シーマもここに来て、ランバ・ラル流の見極めが効くようになっている。偉大な先達に彼女も学び、変わりつつあるのだった。
—ジャブロー基地内〈ペイルホース〉—
「今は水爆の被害状況を確認しなければならない。私は司令部へと急ぐ。機体のないパイロットも連れていくぞ。」
ゴップ提督は〈ペイルホース〉を降りると、迎えの兵と共に基地の通路を司令部へと向かった。ここからは地下壕の移動フラットフォームを抜けていく。今もジオンの“赤い彗星”はどこかに潜んでいるが、建物内で移動する動きを追う事は不可能だろう。目立つペガサス級に留まるより、司令部を目指す方がよほど安全なのだ。
移動するゴップ提督に続くのは、機体がない或いは喪失したゴーストザク中隊の面々とカイやリュウといった〈ペイルホース〉のパイロット達である。ジャブローで生産中の新たなMSを受領し、戦力化させるのである。
「さ、次は負傷兵の運び出しよ。」
マチルダは声を張り上げた。元々その為に、彼女はここジャブローへと帰還を果たしたのだ。
『敵は通しません。任せてください。』
シイコの軽キャノンが〈ペイルホース〉の外に展開し、弛まず赤い彗星の接近を警戒している。ピリピリと緊縛した空気が張り詰める中、負傷兵輸送用の車両がゆっくりと近づいてきた。
「全く酷い移動だったぜ」
「ああ。天国への直行便かと思ったな。」
負傷した兵の愚痴を含んだ呻き声が心なしか大きい。それは艦を振り回してしまったマチルダの後ろめたさが、そう感じさせている幻聴なのだろうか。しかし実際に彼らがどう感じていても、生きているからこそ不満を漏らせるのだ。“赤い彗星”に破壊された艦と共に死ぬよりは、現状は明らかにマシである。
(“赤い彗星”は今も近くにいるの?それとも目標を変えた?或いは後続の到着を待ってあるのかもしれない。)
マチルダは思考を巡らせながらも、部下を叱咤して作業を急がせる動きを止めなかった。今、“赤い彗星”は動きを見せていない。それが現実である以上、居竦まっているだけでは事態は好転しない。今動くのは危険かもしれない。だが危険を承知で、状況を改善するには動くしかない。そして次の“赤い彗星”の攻撃も、備えていれば防げる可能性はある。
「しかし、Gファイターにあんな使い道があるとは思わなかったわ。」
マチルダはシイコの軽キャノンをハンガーデッキから見上げた。彼女の機体はGファイターの上にある。あの大型戦闘機を、まるでサーフボードであるかのように乗りこなしているのだ。これはギャリー・ロジャース大尉の相棒だったスレッガー・ロウ中尉のアイディアだった。ギャリーの女房役として、彼は軽キャノンとGファイターのそのような組み合わせ方を把握してていたのだ。
「シイコ・スガイ少尉、今の貴方の機体なら“赤い彗星”にも対応できるかしら?」
通信でマチルダはシイコに呼びかける。彼女の答えは明瞭だった。
『はい。この足回りなら、次は遅れを取りません。』
シイコが“赤い彗星”仕留めきれなかったのは、機動力に劣るからだ。ズゴックより高速に移動可能な今のシイコなら勝機はあるとマチルダは判断した。だからこそ、負傷兵を降ろす作業に踏み切ったのである。
『我々二人で油断なく見張ります。安心してください、艦長。』
これはシイコの相棒役として、Gファイターに乗り込んだフランシス・バックマイヤー中尉の声だ。彼はスレッガー・ロウの機体に乗り込んでいる。シイコが相棒を指定したのだ。スレッガーにしても、戦死したギャリーの復讐の為に新たなMSを欲していた。それで機体のトレードが成立した形である。
「MS隊が戻れば、全機で“赤い彗星”の捜索を再開します。それまで〈ペイルホース〉を守り切ってちょうだい。」
『『了解!』』
声を揃えて返事をするシイコとバックマイヤー中尉に、マチルダは事態の好転を予感した。
「マチルダっ!」
背後から呼びかけられたのはその時である。その声にマチルダが振り向くと同時に、婚約者の端正な顔立ちが彼女の視界に飛び込んできた。
「ウッディー、貴方ここで何を?」
「ゴップ提督と共に君が帰投したと聞いてね。こうして君の元へと駆けつけたのさ。」
「もう、今は戦闘待機中よ。貴方、不真面目ね。仕事はしないでいいの?」
婚約者に会えて嬉しい筈なのに、マチルダは少し険しい顔をしてしまう。これは部下達の好奇の視線を浴びているからだ。今、マチルダの艦長としての威厳が試されているからである。
「こちらは総出でもう一仕事を終えたよ。君達が開けた大穴の補修を完了させたのさ。」
そう言ってウッディーはマチルダにウインクしてみせた。その素振りで、〈ペイルホース〉が通過した大型艦用のハッチの事を話しているのだとマチルダにはピンと来た。
「補修って大型艦用のハッチの事?あんな大物をいったいどうやって直すの?」
マチルダ本心からの質問に、技術者としてウッディーが自慢する様に答える。
「そうなんだ、このジャブローには秘密がある。手品の種を知っていれば、簡単な話だがね。」
「手品の種?」
「改良したコロニー外壁補修剤を使っているのさ。基本的な機能はトリモチなんだが、硬化する特製品だ。それをジオンに発見されたトンネルに流し込む。泡が膨らんで硬化するイメージだね。」
「ああ、そういえばそれで補修されたトンネルを見た事があるかも。」
マチルダは補修されたトンネルの壁が入り口からはグラデーションになっていたことを思い出した。手近な補修跡のサンプルを指し示す。ジャブローの構造壁は、そのような形の拡張と補修が随所に見られる。
「そう、あれさ。あれば航空機用の出撃孔だが、実際は艦船が通行可能かように拡張してある。それを必要な時が来るまでは埋めてあるんだ。」
ウッディーの指し示した先は、セイラやミライが出撃した出撃孔があった。
「そんな用意までしてあるの?」
ジャブローを守る、その目的からは大きく逸脱しているようにマチルダには思われた。
「宇宙艦隊を再建すべく、ここジャブローでも着々と軍艦の建造が進められている。サラミスやマゼランは垂直離着陸なんかできないだろう? だから隠れたレールに沿って、あの出撃孔から射出するんだ。だから拡張可能にする必要があったのさ。」
「それ、いずれ来る反攻作戦の為の用意なのね。」
「そうさ。鋼鉄製と同等の強度を誇るとはいかないが、トンネルを満たせばむしろ強度は全体としては上がる。それで君が降りたトンネルが水爆攻撃を受けても、ジャブローには被害が及ばなかったのさ。」
中世の攻城戦は互いにトンネルを掘りあったという。現代においては遥かにテクノロジーが進化している。その証左がジャブローという巨大な地下空間だが、その通路を塞ぐ方法も開発されていた訳だ。
その時マチルダは、ウッディーの背後の機体に気がついた。婚約者の身体越しに、背後を覗き込む。
「ミサイル搭載のホバークラフト?個体識別番号まであるのね。」
「ファンファンだ。水路を横断できるからジャブロー基地内の応戦には重宝している。」
「貴方は技術士官でしょう。そんな危ない真似をして。」
呆れ顔のマチルダに、ウッディーは得意げな顔をした。
「それでもジオンの水陸両用MSを一機撃破したんだぜ。ま、トリモチに捕まって身動きできないところに、複数の機体からミサイルを撃ち込んだんだけどね。」
「呆れた。そんな事までしないといけないの?」
「君こそ、“赤い彗星”を撃退したってそう聞いたぜ。」
今度はマチルダが顔を赤らめた。
「あれは、敵が待ち伏せしていたのを撃退しただけよ。」
「ね、君にばかり危険な真似はさせられないよ。」
フィアンセの真剣な眼差しに、マチルダは束の間戦場を忘れた。そしてため息をついてから、現実に戻る。今はまだ戦闘中なのだ。
「お互い様ね。でも、いざとなったら自分の身を守って。私もそうするわ。危険を冒す必要はないのよ。」
「分かっているさ。」
ちっとも分かっていない軽い様子で、ウッディーは軽く請け負って見せた。
—衛星軌道—
「ルナツーから敵の艦隊です。」
「やはり来たかい。手筈通りに迎撃するよ。」
シーマ率いる海兵隊艦隊はジャブロー降下への未練を断ち切り、素早くザクを収容すると迎撃に向かう。そこにドレンの艦隊も加わる動きを見せた。
「突撃機動軍が、何の用だい。」
シーマは友軍士官に素早く問い糺す。敵を前にして、足を引っ張られるのだけは避けたい。豪放磊落な雰囲気の通信相手はニカっと笑って見せた。
『ジオン側は数が少ないのです。ここは我々にも参加させて頂きたい。いかがでしょうか?』
でかい図体の割には、ドレン大尉は意外に柔らかな態度である。シーマは冷静に彼我の戦力を分析した。
この男が言う通り、連邦の艦隊戦力はジオン側の数倍である。シーマの艦隊の三隻と、ドレンの艦隊の三隻を合算しても六隻。連邦軍はサラミスだけで同数いる。そこにマゼランが三隻も控えているのだ。数の劣勢は否めない。
「勝手にしな。振り落とされて連邦に食いつかれたとしても、こちらは見捨てていくよ。」
瞬時に判断を下し、同行の許可を与える。ドレンはニヤリと笑いを見せた。
『我々は“赤い彗星”の部下だったんです。そちらこそ、我々に置いていかれないようご注意を。』
ドレンとシーマの率いる小艦隊は、それぞれ別々に連邦の艦隊へと突撃した。ルナツーのワッケインの艦隊には、未だにMSは配備されていない。つまり戦艦も、未だ張子の虎に等しい。
「ハッ、なんだ。奴らは見かけだけのこけおどしかい。」
ザクで出撃したシーマは、艦橋にいるよりも間近に敵の陣容を確認した。そして感じるプレッシャーから、大した敵ではないと断じた。そもそもジオン側に先に降下作戦を仕掛けられた時点で、ルナツーから嫌々引っ張り出された連中なのだ。戦意が高かろうはずがない。そんな連中の攻撃が、シーマのザクに命中する筈がないのだ。
「デカいのを決めるよ、ついてきな。」
練度の高いジオン海兵隊ならわざわざ無線で指示する必要すらない。シーマは部下を引き連れて適当な獲物を物色する。そして陣形の端に位置した、防備の手薄なサラミスへと狙いをつける。
「アレだっ!」
ルナツーの艦隊の役目が砲撃によるジオン側の排除なら、こうして迎撃に出たのは最適解だった。戦術核を使用したルウムより戦艦を落とすハードルは上がったとはいえ、ザクが優れた対艦兵器である事実は今も変わらない。
「ほら、一機。」
シーマの搭乗したザクはマシンガンを連射して、サラミスに護衛役として随伴する連邦の艦載機セイバーフィッシュを仕留めて見せた。そして狙い定めたサラミス級巡洋艦へと向かう。彼女の動きにジオン海兵隊のザクが次々と追随する。サラミスのブリッジクルーは、きっと戦々恐々としているだろう。シーマはほくそ笑んだ。
「仕掛けな!」
獲物を示すためにわかりやすくマシンガンを敵に向けて連射する。心得たとばかりに部下がシーマの背後から飛び出した。ザクのマシンガンがサラミスの機銃を潰し、艦体にはヒートホークで亀裂を生じさせる。それらは全て敵の力を削ぎ、シーマが一発決める為の前戯に他ならない。
「さ、決めるか。」
追随する部下のザクにマシンガンを投げ渡し、代わりにそいつのバズーカを取り上げる。感触と照準を確かめながら、シーマのザクは縫うように穿たれた機銃の隙間を縫って艦底から脇をすり抜けてサラミスのブリッジを目指した。そして素早くサラミスの艦橋にバズーカを撃ち込んだ。至近からの致命的な一撃に、サラミスの戦闘力が瞬時に喪失した。そして連邦の巡洋艦は後続のザクの放つダメ押しのバズーカの連打に轟沈する。
「さぁ、つぎに行くよ。」
シーマの率いるザクの群れは新たな餌食へと襲いかかる。今は共同撃破という形でいい。ただひたすら敵の軍艦を間引いていけばいい。こうなると、連邦の艦隊に動揺が走る。ジオンのHLVを砲撃するどころではなくなり、射撃の照準までもが甘くなる。ジオン海兵隊に食いつかれて、分が悪いと判断したのだろう。艦隊中央のマゼラン級が撤退を意味する発光信号と共に回頭する。
『引き上げていきますぜ。』
旗艦からの副長の声に、シーマは応じた。
「追撃はなしだ。見な、ドレンの野郎はもう反転していやがる。」
『アイツ、逃げ足が“赤い彗星”譲りかよ。』
勝利に酔ったが故の部下達の哄笑が響く中で、シーマは素早くザクを取り纏めて損失がないことを確認した。
「……こちらも戻るよ。HLVの降下を急がせな。」
こうして衛星軌道上のジオン軍はルナツーからの攻撃を撃退した。これによりジャブローへ突入するジオンのMSの降下は遅滞なく展開された。
—ジャブロー地下空洞—
連邦軍の追跡から姿をくらました“赤い彗星”ことシャア・アズナブルは空中に浮かんでいた。ジャブローには広大な地下空間がある。その岩盤が剥き出しになった天井は薄暗く、洞窟の床からは隔絶している。
シャアは水爆攻撃でジャブロー内が恐慌状態に陥ると、ズゴックを隠してバーニアで飛び上がった。そして天井から下に張り出した大きな岩陰に、トリモチでケーブルを固定して潜伏したのだ。
それは大胆な行動だったが、シャアなりの勝算はあった。それは友軍の攻撃である。特に水爆攻撃による振動は、シャアが潜伏する為の良い目眩しになった。仮にセンサーが異常値を検知したとしても、水爆の影響とシャアの活動を区別できるはずがない。そして肝心の監視要員も、ジャブローを襲う大規模な攻撃に浮き足だっていた。シャアの放つ微かな痕跡など、大事の前の小事となおざりにされた。だから事態はシャアの想定した通りに、いや彼の勘が成功を約束した通りに進捗していた。
「偵察は、やはり高い場所から行うに限る。」
自らを吊るすケーブルの長さを調整しながら、シャアは手にした偵察機器で眼下のジャブローの配置を記録に収めた。今回の作戦目的は、あくまでもジャブローの偵察である。あわよくば占領、というMS部隊の派遣は彼の指揮下にはない。だから適当に降下部隊を支援をした上で、偵察した成果を持ち帰りさえすればシャアの面目は立つ。
そして秘匿されたジャブローの配置情報が、彼の眼下には一望の下に晒されている。因縁のペガサス級とその艦載MSも、やや遠いながらシャアは視界の端に収めていた。
「殺気は、相手に気取られるものだからな。」
シャアは意識して、彼を警戒する存在を目視していない。人は気配に敏感なものだからだ。しかし彼らが探す“赤い彗星”がMSである以上、今のシャアが敵の視界の中に入る懸念は低い。“赤い彗星”を探す視線は遥か下に向けられている、天井の薄暗がりに意識を向けたりはしない。
「さて、情報は集めた。あとは、部下達と合流したいものだが。」
アカハナやカラハンといったマッドアングラー隊の面々は、未だジャブロー基地内部には現れてはいない。彼らが地下水路より出現すれば、シャアも脱出を図る。それまでは、この特等席からジャブローの慌てぶりを見物する、それが当面のシャアの行動方針であった。
—ジャブロー司令部—
司令部に辿りついたゴップ提督は、引き連れてきたパイロット達を外に立たせた。そして勢い良く中へと乗り込んだ。そして右往左往する幕僚達に囲まれたティアンム提督を発見する。
「おお、ティアンム提督はご無事か。」
「ゴップ提督こそ、ご無事でしたか。なるほど、今戻られたのですな。」
海軍と宇宙軍の提督同士で慇懃に挨拶をしあう。
「さて、戦況はどうなっている?」
幕僚の一人に席を譲らせると、早速戦況報告を求めたゴップ提督である。ここは彼の縄張りであり、指揮権は艦隊指揮官のティアンム提督に優先される。幕僚の一人が上司に悪い報告をする口調で、おずおずと話を切り出した。
「水爆により地表の被弾地域の防衛設備は壊滅的な被害を受けました。現在は航空機による偵察を再開し、上空に退避していた航空部隊の報告の取りまとめ中です。」
「誰か、正確な戦況については述べられないのか?」
ゴップ提督はその報告にイラついた。それは戦況ではなく幕僚の仕事の報告でしかない。
「どうも、ジオンの艦隊が降下を予定しているそうです。ルナツーの駐留艦隊に阻止を命じましたが、余り期待できんでしょう。今は、航空機による迎撃を用意させています。」
ティアンム提督の発言に、ゴップ提督は大いに頷いてみせた。
「迎撃を急がせましょう。…おい、MS操縦経験のあるパイロットを外に待たせている。彼らに機体を与える。生産中のMSの完成分がある筈だ。なぜまだ出さない。」
「一部装備が未完成ですし、宇宙反攻作戦の予定に影響が出ます。そして何より操縦経験者がおりませんでした。」
「ここを守らねば反攻作戦もなくなるぞ。早急にMSのストックを彼らに与えろ。装備はあるものでいいっ、君がすぐに手配に行きたまえ!」
語気を荒げてその士官をパイロット達のところへ追い立てる。士官は慌てた様子で敬礼を返した。
「はっ、直ちに。」
ゴップ提督の手が空くのを待っていたように、別の幕僚がゴップ提督にこの事態の責任問題を持ち出そうとした。
「この騒動の原因は〈ペイルホース〉です。どうもあの艦が跡をつけられましたな。」
その『如何にも重大事を告げる』かのような口ぶりに、ゴップ提督は呆れ返った。この幕僚はこの事態を誰か個人の責任として、事態を矮小化させたいのだ。
しかしここジャブローは連邦軍の本拠地だ。敵はいずれ必ず来る場所であり、常に監視下にある。〈ペイルホース〉は、たまたまジオンの攻勢が開始されるその現場に居合わせたに過ぎない。“赤い彗星”を伏せさせるなど、大規模攻勢を企図していない限りあり得ないのだから。
「全てこの私が命じた事だ。艦長のマチルダ・アジャン大尉は、私の指示に従っただけだ。そして彼女は、あの“赤い彗星”を退けた。私も危ういところで彼女の判断に救われたのだよ。」
ゴップ提督は特等席でマチルダと赤い彗星の死闘を見守ったのである。マチルダが艦長でなければ、あの場面で再びペガサス級はシャアの手にかけられてしまっただろう。マチルダを責任問題の俎上に上げるつもりはなかった。そもそも今はこの急場を凌ぐ必要がある。
「皆、今は戦闘中と肝に銘じろ。優先順位は戦力の立て直しだ。後回しにすべきことは後に回せ。これは命令だ。全てジャブローを守り切って、この事態にケリをつけてからの事だ。」
そしてゴップ提督とティアンム提督は視線を交わした。ジャブローは絶対安全な後方基地だったのだ。その弊害がこれである。官僚主義に染まっていて、臨機応変たる事を知らないのだ。彼らの心は、贅肉をこびり付かせてしまっている。
「定時になったとて、敵は帰ってはくれないのだぞ。皆、長期戦を覚悟して腹を据えてかかれ。まずはあるだけの戦力と装備を戦場に投じる。出し惜しみはなしだ、良いな。」
ゴップ提督はそういうと、司令部の中を睨め回した。戦場の匂いを纏ったままの上官の視線に、怠惰なジャブローの士官達は震え上がり、与えられた仕事を開始した。
—ジャブロー地表—
「来たか。」
カラハン少尉は空を見上げた。点々と輝く光点、あれらは全てジャブローに強硬着陸を試みるHLVの放つスラスター光である。
『これで誘導が終わる。ようやく大佐と合流できるな。』
誘導装置を掲げているアカハナのアッガイから接触回線越しに通信が入る。このMSは、本来は彼の部下の機体だったアッガイだ。それをアカハナが譲り受けたのだ。
「先行した君の部下達は、残念な事をしたな。」
カラハンは同僚の死を悼んで見せた。水爆攻撃の渦中、アカハナは部下達を乗せたアッガイをシャアの消えた大型艦ハッチに飛び込ませていた。彼らは既にやられた。トリモチのような物体に機体を絡め取られた所を、ミサイル搭載のホバークラフトで撃破されてしまったらしい。
『なに、敵の罠をまた一つ明らかにした。それは彼らが誇るべき戦果だ。』
アカハナは冷徹にそう言い放った。全てを任務と割り切っているのだろう。
『秘密作戦は全員の献身の上に成り立つ。部下のお陰でこちらは同じ轍を踏まずに済む。』
アカハナの口調には不用意に部下を死なせた若干の苦味がある。カラハンはその意を汲んだ。そして、戦地でのこの会話は記録に残らない。
「大佐は即興の天才すぎる。そんな能力のない我々では、こうしてついていくのにも苦労するな。」
シャアはペガサス級と共に、先んじて堂々とジャブロー基地内に乗り込んでしまった。その事で、計画実行の為の段取りが大きく変わってしまったのだ。
『確かに大佐は部下への要求水準が高い。だが、それが可能だとこちらの能力を見込まれたとも言える。』
「そうか、これは大佐に能力を認められたが故か。」
カラハンはアカハナの指摘に思わず苦笑した。確かに部下にギリギリ可能な基準の作戦行動を要求されている。そう見るならば、現状は理に適っている。
「しかし作戦に応じた適性という事も、俺はあると思うがな。」
シャアとアカハナは本来の役割をスイッチしていた。シャアとカラハンは屋外で待機し、降下部隊を誘導する。アカハナと彼の部下が先行して地下水路からジャブローへ侵入し、破壊工作を行う。それが潜入と工作に長けたアッガイと、装甲と戦闘力に優れたズゴッグが役割を分担する本来の計画である。
『元の計画にも粗があった。そもそもジャブローの防備の見積もりが甘過ぎた。大佐が確実にジャブロー基地内に入る事を優先されても、それは仕方あるまい。幸運とは不平等だ。ならば我々が役割をスイッチし、こうして降下部隊を誘導すれば良いのだ。』
大型艦用のハッチへの誘導の為に、降下部隊の到着までは二機が屋外に残る他なかった。誘導ビーコンの類は簡単に敵に破壊される。だから水に潜み、降下部隊到着までは臨機応変に立ち回る。ジャブロー基地内の潜入は、本来ならもっと静かに目立たず行うべきなのだ。
『見ろ、連邦の迎撃だ。いよいよだな。』
ジャブローからも続々と航空機が出撃していく。水爆で焼き払われた今は出撃孔の位置も丸見えである。しかし潜入は容易ではないと、彼らは身をもって知っていた。
「で、侵入路はどうする?」
『新たな通路を確保するしかあるまい。』
アカハナは事も無げに答えた。
『降下部隊が集結したら、手近な出撃孔を狙う。今の内に位置をマークしろ。』
「そうか、今ならば水爆の影響で丸見えか。」
『ああ。大佐の狙い通りにな。それにトンネルを塞ぐにはタイムラグがある筈だ。そこを狙う。』
「よし、了解した。」
—ジャブロー上空—
「新たな敵が来たわ。」
セイラはキャノピー越しに宇宙を見上げた。Gファイターに乗り換えてから、彼女の感覚はより研ぎ澄まされている。今は見えない距離の敵の気配を鋭敏に感じる。その知覚は実はミライのそれを上回る程だ。だから誰よりも早く、セイラは敵の気配を掴めたのだ。
『降下部隊に対する迎撃命令が出ているわ、やりましょう。』
指揮官としてミライが指示を出す。そして迫る敵の気配を自分でも確認し、ミライは少し困惑した声になる。
『…これは、数が多いわね。』
ミライがそこで固まったのは、最適な作戦行動を考えあぐねた為だ。
『敵を殲滅するなら手分けしたいところだけれど、それでは個々の負担が増える。それでは危ないかしら?』
そんなミライの思い悩む様子に、経験豊富なハモンが気がつく。
(ミライさんは一部隊の指揮に留まらず、戦域全体を抱え込みかけている。)
ミライの悩みは、全体最適か或いは局所最適かのどちらであるべきかだ。戦争全体を考えると、減らせるだけ敵の数を減らしておきたい。しかしやり過ぎると個々の負担が増えて危ない場面が増える。
『ミライ中尉、敵の総数を減らす事に意味があります。今回は間引きをすると、そう思いましょう。』
ハモンの答えは明確だった。降下してくる段階での殲滅は不可能という認識である。この辺りの塩梅の見極めは、経験がものをいう。
『そうですね。まずは私達が確実に生き残りましょう。』
ハモンの言葉にミライも方針を固めた。彼女は余裕が出て欲張り過ぎていたと自覚したのだ。リスクを最小により確実に生き残る方を選ぶというのは、命を賭けて戦うからこそ必要となる。
(ハモンさんに、教えられちゃったな)
最年長であるハモンは、ミライやセイラほど俊敏ではないが実戦成績は悪くない。それは判断の速度が段違いに早く、拾える戦果は見逃さずに必ず拾うからである。
『…私たちはまず生き残る事で、ジオンに勝たないといけませんね。』
最後にイセリナがそう付け加える。彼女はジオンを叩く事に熱心である。だがそれ以上に命を大切にしている。それはガルマと再会を果たす為だ。そして本来ならば、彼女達全員がそうであるべきなのだ。
(私、戦場での命の軽さに呑まれかけていたのかしら。)
ハモンもイセリナも、ミライより年長である。それは鋭敏さとは異なる、全く別の強さを彼女達にもたらしている。
『では、いつものようにマヴを組みます。私がイセリナさん、セイラがハモンさん。後はできるだけジオンを倒し、無事に帰る。よろしくて?』
『『「了解!」』』
彼女達は意思を統一し、迎撃に最適と判断した編隊を組む。ジャブローを攻撃する水爆を避ける為に高高度に控えていた事が吉と出た。上昇には時間を要するものだが、今は迎撃に最適な位置どりにいる。交戦時間はかなり稼げるはずだ。
だが、ジャブローの哨戒中隊の生き残りがコアブースターよりも先に動いた。TINコッドに搭乗している彼らは、機動力ではコアブースターには劣る。しかし彼らには衛星軌道まで到達可能な対衛星ミサイルが与えられていた。
大気圏内に突入したHLVにはまともな回避行動など取れない。着陸の必要から推進剤に余裕がないし、そもそも大きく回避をすれば軌道が着陸予定地点逸れるのだ。だからHLVはただミノフスキー粒子を散布しながら降りてくる。
「あのミサイル、意外と当たるのね。」
セイラは少し意外に思う。被弾して、ボワッと火を噴くHLVが複数ある。ミノフスキー粒子を物ともせず、対衛星ミサイルが命中したのだ。ミサイルが直撃したHLVは多く見積もっても全体の10%程度だ。だが命中率に直すと80%は超えるだろう。問題は敵の総数に対して迎撃の数が限られる事。そしてHLVの降下速度が速すぎて、射撃機会が限られる事だ。
『こちらは次の降下に備える。後の迎撃は頼む。』
貴重な超射程ミサイルは温存する必要があるし、機銃ではHLVの装甲を貫くのは厳しい。敵の速度も速い。全て妥当な判断だった。ハモンの指摘した通り、数を減らすに徹する段階なのだ。戦場の先輩である友軍は、苦もなくその間引きに徹している。
(なまじ戦力が揃って出来そうだから、私ったら余計な事を考えていたのね。)
ミライはその事に改めて気が付かされた。選択肢が多い事は有利だが、それで判断に悩めば機を逸する。それはより恐ろしい結果に繋がりかねない。拙速が尊ばれるのは、それなりの理がある。
『ええ、分かっています。任せて。』
ミライが想定高度ギリギリに機体を上昇させて敵の降下を待ち構える。
『いくわ。』
ミライとセイラはなるべく数が多い集団に飛び込むようにして、HLVにメガ粒子砲を当てていく。直撃を喰らったHLVは大気との摩擦熱に耐えかねて爆散する。被弾が不十分な敵には、後続のイセリナとハモンが追撃を与えた。
反撃が許されないそれは、攻撃者が圧倒的に有利なカモ撃ちだ。しかし敵は重力に引っ張られて見る間に高度が下がっていく。
(大半は逃すかもしれない。でも、焦ってはダメ)
ミライは懸命に自分に言い聞かせながら、より多くの敵を狙えるコースを選択し続ける。HLVの装甲も厚い。ミライやセイラが命中させた一撃が致命傷とはならない場合の方が多い。
しかも破壊されたHLVが撒き散らすミノフスキー粒子の雲が厚くなり、通信環境が悪化する。彼女達は黙々と作業に勤しんだ。後続のイセリナやハモンが被弾したHLVに追撃を行う事で間引きはより確実に機能していた。
そして遂に被弾したHLVの中から、ライフルを構えたザクが飛び出してきた。ライフルの放つ弾丸がイセリナの機体を掠める。
『きゃっ』
意表を突かれたイセリナのその悲鳴は、ミノフスキー粒子に阻害されて通信環境では聞き取れなかった。しかしミライもセイラも鋭敏に反応した。セイラがザクを、ミライがHLVを破壊した。
『まずいわね。隊列を組み替えましょう。』
ミライの判断は誰も聞こえていない。通信環境が悪すぎるのだ。しかし全員が雰囲気で察した。二機と二機だった編隊が、四機の集団となる。ミライが先導し、両翼をハモンとイセリナが支える。そして鋭敏なセイラが最後方から全体を支援する。より堅牢な相互支援の環境を整えて、彼女達は更なる敵の間引き行為へと邁進した。
—ジャブロー基地内部・MS格納庫—
「ハァー、これが量産型か。」
ハンガーにズラリと並んだ軽キャノンに、カイが嘆声を発する。
「急ぐぞ、カイ。」
リュウはカイの素人丸出しの行動を嗜めた。ゴーストザク隊に所属する他のパイロットは、既に与えられた機体に乗り込み始めている。彼らは彼らで与えられた迎撃ポイントに向かうのだ。
「分かってるって、リュウさん。こう見えてシミュレータの成績は良かったんだ。任せてくれよ。」
カイが自信を見せた。これまでに与えられた訓練の量では、カイはリュウやジョブに及ばない。にも関わらず、カイのセンスはずば抜けている。そこはリュウも頼りになる奴だと認めていた。
「“赤い彗星”も気になるが、ジオンの降下部隊が押し寄せているそうだからな。とにかく急がんと間に合わないぞ、これは。」
そう言いながらリュウは軽キャノンのコクピットを閉じた。そして用意されたライフルにMSの手を伸ばす。ビームライフルは未だ量産されておらず、用意されたのは実弾を用いる90ミリマシンガンである。リュウはそのライフルを両手で一丁ずつ掴んだ。
「シイコさんの分のライフルは、俺が持っていくぞ。」
『あいよ』
カイの返事を背中で聞き流しながら、他の軽キャノンに遅れまじとリュウは〈ペイルホース〉に戻るべく機体を走らせ始めた。
—ジャブロー上空—
降下するHLVを迎撃する戦域は次第に高度を下げていた。そして未だかなりの高度であるにも関わらず、HLVから飛び出すザクが増えていた。空中攻撃を仕掛けるミライ達を迎撃する為には、ザクで空戦を挑むのは唯一の手ではある。
『やはりザクは厄介ですね。硬いし、強い。』
イセリナが漏らしたため息は、聞こえない筈の通信環境下で彼女の予想に反して明瞭に届いてしまった。それはHLVの減少により通信環境が急速に回復しつつあるからだ。敵の波は去りつつある。既に大半のHLVは降下を完了しているか、或いは空中で破壊されるかしていた。
『この高度からの落下にも、ザクは耐えるのですね。』
ハモンの機体にライフルを撃ちかけたザクが、地表に着陸していた。大気圏内に突入したHLVが大きく減速した後とはいえ、ザクのスラスター噴射では安全に着陸する限界だったのだろう。着地したザクの両脚は、衝撃に耐えかねて砕かれている。それでも胴体周りは無事に思えた。だからハモンは、上空からザクにメガ粒子砲の連打を加えて確実に破壊した。
これが着陸した最後の敵である。つまり、地上には着陸したHLVと展開した数十機のザクがいる。しかもこの敵は、地表に適度に拡散していた。
『敵がこうして散り散りに地上に降りると、実に厄介ね。』
地上は水爆の被災地だけではない。ジャングルに覆われた地表の方が当然ながら面積は大きい。またも部隊をどう配置し、どう戦うべきかの選択がミライを悩ませる。
『どうにかして、敵を集められないでしょうか。』
『イセリナさん。今、なんて?』
『敵を一網打尽にしたいのに、隠れられてはあまりにも効率が悪過ぎます。』
そのイセリナの呟きは、ミライに天啓を与えた。
『なるほど。敵に来てもらう手があるわね。』
『ミライ、何を思いついたの?』
思わず尋ねたセイラに、ミライは自信をのぞかせながら考えを披露した。
『私達がどこかを守っていて、そこがジオン軍が価値のある場所と知っていたならどうかしら?』
『ジオンは、必ずそこを目指します』
ハモンが断定した。彼女はミライの思考をほぼ掴んでいる。
『〈ペイルホース〉が利用した大型艦用のハッチはジオンに爆破された。という事は、あの場所はジオンに知られているわ。でも今は封鎖完了したのでしょう?』
補修剤による封印は彼女達も空域管制から教えられていた。というより実際にその上空を飛んで、封印を目にしていた。それで彼女達から尋ねて、補修剤が使用されたと知ったのだ。
『大型艦用ハッチを守るふりをすれば、こちらの修理済みの硬い場所に敵を誘導できるのね。』
セイラもミライの考えに気がつき、正解を口にした。
『その通りよ。敵を集めておけば、爆撃機が吹き飛ばす際にも有利になる。その筈だわ。』
—ジャブロー地表—
『大型艦用ハッチはもうダメだ。』
「ああ。完全に塞がれているな。」
それが地表で降下したジオン軍を誘導するアカハナとカラハンの結論である。正確な入口の場所は掴んでいるが、トンネル内部にはトリモチ状の補修剤が充満している。硬化したそれは土より硬い。トンネルがそこにあっても、もはや新たなトンネルを掘る装備が必要なほど固められている。
「大佐はこの展開を見越して、千載一遇の好機をつかんだのか?」
カラハンはコクピットで独りごちた。運なのかそれとも実力なのか。“赤い彗星”の異名は伊達ではないと二人は舌を巻いた。とはいえジャブロー側の対策は判明した。ならばその上を行けばいい。
『よし、あったぞ。発見した。』
「生きている航空機用のトンネルか。」
二人が目をつけたのは、封鎖されたトンネルではなく生きている別のトンネルを狙う事である。航空機用の出撃孔だ。MSが内部に突入するには、これも十分なサイズがある。
『見つかれば、ここもいずれ封鎖される。この場で誘導する者と下に降りて封鎖を邪魔する者。二手に分かれよう。』
アカハナの言は尤もである。カラハンも即断した。
「了解だ。俺が行こう。」
シャアは先行したならば次は自分の番である。だがアカハナの考えは違った。
『アッガイは潜入用だ。俺が降りる。』
「そうか?俺はどちらでも構わんが。」
純然たる戦闘用の機体であるズゴックは、出力が高く装甲も厚い。ジャブロー基地内で戦闘になるならば、そちらが有利である。だが潜入工作員としての引き出しはアカハナの方が豊富である。カラハンはここは引き下がった。
—ジャブロー基地内〈ペイルホース〉—
結局、赤い彗星は姿をくらましたまま現れなかった。MSに搭乗したパイロット達を出迎えたマチルダは、自分の予測が外れたのかと思案していた。
(おかしいわ、どこかで必ず動きがある筈なのに。)
今は自由裁量がある程度認められていた。彼女達はジャブロー基地内の赤い彗星担当しているという形である。無論他の敵に出くわせば戦う必要はあるが、司令部も赤い彗星の基地内からの排斥を最優先しているのだ。
ただし全員ではない。
「フランシス・バックマイヤー中尉とシイコ・スガイ少尉には、ジャブロー上空への支援の依頼が来ているわ。」
マチルダはハンガーデッキにパイロット達を集結させた。周辺警戒にあたるパイロット達は機体のすぐ脇に立たせている。
「降下部隊阻止は順調に進展したらしいのだけれど、北米から飛来する部隊の迎撃までは手が回らないの。」
降下部隊には航空戦力はない。だから後回しにできる。しかし北米の部隊は中核が飛行部隊である。降下部隊と合流される前に叩いておきたい。何せドダイに搭乗したザクは、連邦の航空機の天敵なのだ。そしてGファイターに搭乗した軽キャノンは、まさに空で戦うべき機体である。
「でも、私がいなくなった所を“赤い彗星”に狙われないでしょうか?」
シイコが懸念を口にする。三機のMSが次々と無力化された記憶は新しい。しかも最も経験豊富なギャリー・ロジャース大尉が倒されたのだ。シイコ以外の軽キャノンのパイロットは、彼には及ばないだろう。
「ここは俺たちで守る。だから行ってくれ、シイコさん。」
力強くそう答えたのはカイだった。
「このMSはガンタンクとは違う。皆で連携すれば足止めも可能なはずだ。な、リュウさん。」
「そうだな、カイ。」
リュウも頷いた。
「俺たちはいわば艦を守る守備陣だ。攻撃部隊の留守くらいは守らせてくれ。」
「ふうん、言うじゃない。」
シイコが目を細めた。
「いいわ。乗ってあげる。私もお姉様と合流したいし、こちらは空振りになるかもしれないから。じゃ、それでいいですね。中尉?」
シイコがノーマルスーツ姿でしなだれ掛かるように話しかける相手は、相棒のフランシス・バックマイヤー中尉である。
「ああ。今は各自やれる事をやるしかないからな。それにGファイターは空の担当だ。」
「決まりね。では、行動を開始しましょう。あまり猶予はないだろうから。」
マチルダが決断した。シイコとバックマイヤー中尉は出撃孔から上空の支援に、残るMSは赤い彗星とジャブロー内のMSへの迎撃を担当するのだ。
—ジャブロー地表—
「よし、出撃したな。」
出撃口付近で控えていたアカハナのアッガイは、飛び出した機体とは入れ違いにトンネル内に滑り込んだ。MSと航空機が合体したような姿だが、今は構う余裕がない。トンネルの入り口が封鎖される前に、アッガイは内部に突入した。アカハナが示したのは見事な反射神経である。
「問題はシャア大佐だが、こちらが動けば大佐の方が接触をしてくるだろう。」
アッガイでトンネルの中を滑り落ちる。最後はジャブローの天井近くに開いた横穴から、地面へ向けて機体が飛び出す形となった。アッガイに翼はないが、スラスターはある。軽く噴射をして軟着陸を果たした。
しかしそれでは当然ながら敵に見つかる。恐らくはトンネルに侵入した時点で、連邦の基地では侵入警報が鳴り響いていたのだろう。
ジャブロー基地内の警戒はミサイル搭載のホバークラフトである。基地内に張り巡らされた水路の上を横断できるホバークラフトは、自由自在に動き回れる。ザクならば、状況を察する前に倒されても不思議はない。いや、アカハナの部下もおそらくあの機体に囲まれて倒されたのだ。しかし、アカハナには油断がなかった。
ぐるんぐるん、膝を抱えたような態勢でアッガイが着地の衝撃を逃すべく前転する。その行動は予想外だったらしく、迫る連邦のホバークラフトのミサイルは大きくアッガイから外れた。慌てた様子で第二射の発射に入ろうとする。
「させるかよ。」
アッガイのクローが光る。その場に駆けつけた二機のホバークラフトは、忽ち残骸と化した。
『そこのアッガイのパイロット、聞こえるか。私だ。』
シャアの通信が入ったのは、アカハナがホバークラフトの対処を完了したのとほぼ同時である。
「大佐でいらっしゃいますか。やはりご無事でしたか。お迎えが遅くなり申し訳ありません。」
『気にするな。水爆攻撃とその後の降下部隊の誘導、上手くいったのだろう?』
「はい。順調です。」
アカハナは唇を舐めた。ここまでは作戦通りである。さて赤い彗星は、ここからどう出るのか。百戦錬磨のアカハナも、シャアの次の動きだけはまるで予測がつかない。
『よくやってくれた。では引き上げるぞ。』
「ハッ。はぁ?」
アカハナは承諾の返事をしてから奇声を上げてしまった。
『心配するな。偵察は全て私の方で終わらせた。今はこの情報を持ち帰る事が、任務達成の為に優先される。』
「大佐自ら偵察を、しかもズゴックでされたのですかっ?」
ズゴックは偵察用ではなく純然たる戦闘用だ。どちらかといえば鈍重で装甲も厚い。アッガイのような軽量さを活かした機敏な活動など、望めるはずもない。
『何、偵察はノーマルスーツ姿でならば行えるさ。バーニアもあるしな。』
なんでもない口調でさらりとシャアは実態を伝えると、一言付け加えた。
『君と連絡がついたので、ちょうど今ズゴックに戻ったところだ。これで脱出が出来るな。』
アカハナはシャアのイレギュラーさに舌を巻いた。彼らを置いてジャブロー基地内に潜入した時点で、シャアは任務の大半を一人で片付けてしまったようである。
「これでは我々の出番がありませんな。工作員としても、私はお役御免にされてしまいますな。」
『そんな事はないさ。なんと言っても私は爆発物を扱えない。今度勉強して取り扱いに慣れておくべきだと痛感したよ。』
嫌味のないシャアの口調である。しかし少し講習を受けさえすれば、爆発物の取り扱いさえこのシャアという男は易々と覚えてしまうのだろう。
(“赤い彗星”、正に規格外だ。)
アカハナが感心したその時である。
『背後に気をつけたまえ。敵が来ているぞっ!』
シャアが短く叱責の声を放った。アカハナが振り向くと、背後に新たなホバークラフトがその姿を見せていた。
「ちっ、ぬかった。」
アカハナは被弾を覚悟した。この距離では敵のミサイルは避けきれそうにない。
『させんよ』
暗闇からシャアのズゴックが姿を見せた。シャアが敵に気がつくという事は、既にそれだけシャアは接近していたのだ。
シャアのズゴックは鮮やかな手並みでホバークラフトにビームを放って破壊した。爆炎が宙を舞う。そして今の爆発音は、アカハナがクローで仕留めた時よりも遥かに騒音を発生させた筈だ。
「大佐、すぐに移動しましょう!」
『残念ながら、少し遅かったようだ。』
シャアは現れた別のホバークラフトにクローを突き立てると、無造作に引き抜いた。ズゴックの怪力に、クローから外れたホバークラフトが飛ばされて横転する。その機体の上には、連邦の警報が引き寄せた新たな敵の姿があった。それは例のペガサス級である。左右のカタパルトデッキにはガンタンク、そして甲板の上には二機の新型のキャノン付きMSが乗っていた。
『流石に、空中を飛ぶ敵は移動が速い。ここは逃げるぞ、アカハナ。』
シャアは戦闘回避を即決した。ズゴックでは、部が悪い相手なのだ。しかもこの敵は、質量を武器に押し潰しをかけてくる。
『下は不利だ。スラスターを噴射して、ブリッジを狙うと見せかける。君は隙を見て水路から外へ戻れ。』
シャアは部下に指示を下すと、温存していたズゴックのスラスターを一息に噴射した。ブリッジを狙う意図を込めて、前回のように相手を引かせる。そして敵艦の甲板を蹴って天井付近のトンネルに逃げ込む。計画は完璧な筈だった。ただ、敵艦の行動がシャアの想定より異常すぎたのだ。
マチルダは激しい怒りに目が眩んでいた。彼女の目の前で今、“赤い彗星”が無造作に仕留めたホバークラフト。その機体には見覚えがある。それはマチルダの婚約者、ウッディー・マルデンの搭乗機である。所属番号といいエンブレムといい、先ほど見たあの機体に間違いはなかった。
「ウッディー……。ああ、なんて事。」
操舵輪を握りながら漏らされた呟きを、艦橋の全員が聞き取った。ブライトもオスカーとマーカーも、新参者のミハルですら血の気が引いた。マチルダの絞り出した嘆声。それは短くも、深い絶望の籠った声である。
「ああ、あの機体は艦長さんの婚約者の。」
ミハルが事態に気がつき、あっと口元を押さえる。だがミハルの声は、既に艦内と各パイロットに伝達されていた。それで皆が事態の深刻さを理解する。
その瞬間、“赤い彗星”のズゴックがスラスターを噴射して飛翔した。そのモノアイは艦のブリッジを睨んでいる。“赤い彗星”の放つ殺気は本物である。やられる、とそう艦橋の誰もが直感した。その時、マチルダが吠えた。
「うおおおおっ!」
マチルダは艦を前進させた。彼女は回避ではなく、今回は突進を選んだのだ。その行為はシャアの目算を狂わせた。ブリッジではなく、そのはるか後方にズゴックの体が衝突する。それでもシャアはその反動を生かして、後方へと飛んで逃げた。
「ハンガーデッキのハッチ閉鎖!」
命令するマチルダの口調、怒気を滲ませたその様子にオスカーとマーカーは反射的に応じた。ガンタンクの眼前でデッキが閉じられる。
「え、これどうなってんの?」
思わずジョブが不安の声を漏らした。しかしマチルダはその不安に応じることは無い。彼女の中には今この目の前の敵を叩き潰す、その事しか存在していない。
「あの艦の動きは何だ。だが、お陰でトンネルには辿り着いたか。」
シャアのズゴックは、ペガサス級を足場とする事でアッガイの落ちてきた出撃孔へと辿り着いた。今となってはアカハナのアッガイに同じルートを辿れるとは思えない。しかし、彼は指示したとおりに地下水路から脱出できる筈である。
しかし次の展開は誰もが予想しなかった。マチルダの操縦するペガサス級は、ズゴックが着地した地点を照準に収めるかのように回頭したのだ。その様子は、怒りに目を眩ませた雄牛が闘牛士に狙いを定めた様子によく似ていた。
「これはまずい、まずいよ。」
マチルダの意図を察したのはカイである。
「リュウさん。ブリッジをカバーしないと。」
リュウは動いたカイの行動で、遅れてマチルダの意図を理解する。
「まさか突撃するってのか、あのトンネルに。」
二人の軽キャノンがブリッジに向けて動いた直後、〈ペイルホース〉はズゴックの潜むトンネルへと衝突した。カイの予感した通り、マチルダがトンネルへと躊躇なく突入したのだ。
マチルダの狙い通り、ハンガーデッキの前面ハッチは赤い彗星のズゴックを捕らえた。その背後は壁でなくトンネルである。しかしマチルダは躊躇せずに進み続けた。
「覚悟なさい。そこは宇宙艦射出用のトンネルよ。」
マチルダはウッディーにこの種のトンネルの存在を知らされていた。そしてそこが間違いなくペガサスの通り抜け可能な場所だと即座に見抜いたのだ。
「なんなのだ、これはっ!」
だが、シャアはそんな連邦の事情など知るはずもない。明らかにペガサス級の艦体より小さいトンネルに、敵の艦長がペガサスを突進させた事にシャアは驚愕した。無理を通せば道理が引くとばかりに、上へ上へと突き進むペガサス級の翼がトンネルの壁面をバリバリと破壊する。
「この壁は岩にしては強度が無さすぎる。……そうか、壁面の構造物は補修剤か。」
本来ここはもう少し広いトンネルなのだ。それを航空機出撃用にサイズを狭めている。そのトンネルを覆っているのは本来の硬い構造物ではない。コロニーの外壁などに使われる補修剤である。硬化したそれは、硬度という面では脆い。意図してそう作られているのだ。ようやくシャアは事態を悟った。
「つまり私はこのトンネルへと、敵によって誘い込まれたのか。」
シャアは広大なジャブローの地下空間を潜伏に利用していた。だがこのトンネル内では回避する場所がない。そして敵のペガサス級は文字通り、シャアのズゴックの全面に立ち塞がっている。
「ペガサスの下は潜り抜けられず、艦橋は補修剤に埋もれて見えない。これは詰んだな。トンネルの出口までは耐える他ない。」
シャアは素早くそして正確にそう判断した。正面から見たペガサスの艦体は、ズゴックが潜り抜けられる隙間がない。本来は上に突き出たブリッジこそがシャアの狙うべき弱点である。しかし今そこはトンネルの補修剤に完全に埋もれていた。シャアのズゴックの位置からはまるで見えない。トンネルの空洞からは上方向に外れている為だ。
「この艦長は、実にイカれている。そして悪魔のように知恵が回る。」
シャアは笑い声を立てた。ブリッジの強度は他の部位と同程度は確保されているかもしれない。が、それでも自分のいるブリッジを構造物に埋没させながら視界ゼロでMSを追撃するなど狂気の沙汰である。
艦を愛する艦長ともあろう立場で、本気で取るべき選択肢とは到底思われない。しかし、この艦長はその選択を決断した。そして艦のブリッジがトンネルの壁面補修剤に埋もれているからこそ、ズゴックのメガ粒子砲は絶対に相手に届かないのだ。
「どこかにカメラがある筈だが。いや、敵はトンネルに沿って走らせているだけだ。カメラを破壊してももはや意味はないか。」
何よりも、トンネルの傾斜角度が増した。地を這うズゴックは、既にペガサスに載る形に近い。このままトンネル外に押し出される他はないだろう。
「やむを得ん。このまま外まで押し出されてやる。この艦長の度胸には負けたな。」
シャアは諦めた。一度諦めてしまえば、彼には敵の艦長を称賛する余裕がある。
「大した男だ。彼の名前を知りたいものだが。」
サイド7で遭遇したペガサスの艦長は老兵だったな、と思い出す。恐らく彼は最新鋭艦のポテンシャルを引き出すに至らなかったのだ。
「それに重力のある地球の方が、強襲揚陸艦は力を発揮するか。実に勉強になった。」
重力下の強襲揚陸艦は、その巨体を自由に操作されると真の威力を発揮する。とんでもない大きさの質量兵器なのだ。
「考えもしなかった。宇宙で感じる敵艦のプレッシャーとは何もかも違う。」
不意に周囲の壁が消えた。地下トンネルを抜けて、外に躍り出たのだ。突然の陽光の中、シャアがズゴックを走らせる。狙うのは無防備な敵艦のブリッジである。シャアはズゴックの両腕のクローを煌めかせた。そして内蔵されたメガ粒子砲をブリッジのあるべき場所に振り向ける。
「なんと。」
シャアの視界の中にブリッジはなかった。ブリッジのあるべき場所は、張り付いた二機のMSによって覆われている。それでも敵影を確認した瞬間に容赦なくシャアは撃つ。あのMSを貫通すればよし。もしそれが不可能でも、MSを破壊すれば爆発により倒せるかもしれない。
『マチルダさんを、やらせないぜ』
接触回線を通じて、ズゴックのコクピットに敵MSのパイロットの声が響いた。シャアはそれを敵の艦長の名だと直感する。
「この艦長は、女か。」
ズゴックのメガ粒子砲の連射を、敵MSは耐え切った。見るとズゴックのビームが命中したのは、肩のキャノン砲とその基部である。敵がズゴックに振り向けようとしたビームキャノンの動きは阻止できた。しかしそれだけである。ブリッジを直撃する貴重な一瞬は逃した。MSに防護させた敵艦長が上手だったのだ。
「なるほど。キャノン砲の質量を支える為に分厚い箇所というわけか。」
ズゴックのモノアイを煌めかせ、シャアは一瞬の交差の中で敵の艦長の姿を視界に収めた。
「やはり女、か。」
驚愕に満ちた表情を浮かべているが、操舵輪を握っているのが艦長と直感する。
「連邦軍にしては優秀な女軍人だ。敬意を表するに値する。男の軍人よりよほど良い。……いや、違うか。男達が死に、彼女達が前に出ざるを得なかったのだな。」
トンネルから押し出されたズゴックは既に空中に押し出され、宙を舞っている。スラスターを噴射すればもう一撃を加えられるかもしれない。だが、シャアは諦めた。敵のMSを超えてブリッジを破壊出来る確率はシャアの目算で五割を切る。それならば、その噴射に使う燃料はズゴックを着陸させる為に温存したい。
「あの無謀な女艦長だけならば、今ここで仕留められた。彼女は良い部下を持ったようだ。」
赤い彗星はズゴックをペガサス級から遠ざけた。そして素早い噴射で水爆に焼けた密林の中に機体を滑り込ませる。爆発が地表を薙ぎ払ったとはいえ、燻ったままで立っている樹木の残骸は多い。そしてその奥には水量の豊富な水路がある。水の中なら、ズゴックは隠れる場所には苦労しない。
『さらばだ。勇敢な女艦長と、その忠実な僕達。出来れば君達のような敵とは、二度と会いたくないものだ。』
シャアは別れの言葉を告げると、水中へとに姿を眩ませた。飛翔するペガサス級を仕留めるのは、ズゴックではもはや不可能とそう理解していた。
【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の第16話は、とにかく「赤い彗星」をどう退けるかに苦心しました。
GQuuuuuuX本編の流れを考えると、シイコやセイラとシャアをここで直接決着させる形にはしたくなかった。その中で、「マチルダならどう戦うか」を考え続けた末に、あのペガサス級による突撃シーンへ辿り着きました。
実はあの場面を書き上げた時点で、「今回はこれで成立したな」と感じていました。
一方で、ジャブロー戦全体を書くのは本当に大変でした。
宇宙、地上、基地内部、降下戦、迎撃戦……と戦線が広がり続け、「書いても書いても終わらない」という感覚との戦いでもありました。
それでも、ようやくここまで辿り着けて少しホッとしています。
ジャブロー戦は終わり、ソロモンが見えてきました。本作も、ソロモンのゼクノヴァをひとつの区切りとして進んでいく予定です。
今しばらく、お付き合いいただければ幸いです。
今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。
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マチルダ艦長が強すぎた
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シャアが敵だと怖すぎる
-
ミライの指揮は悪くない
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ゴップ提督が格好良い
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シーマが賢くなっている
-
アカハナの玄人感が良い
-
ハモンが実戦派すぎる
-
ウッディー生存を祈る
-
シイコが完全にエース
-
カイが逞しくなってきた
-
戦場の空気感が好きだった
-
いいジャブロー戦描写だった