【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

19 / 20
GQuuuuuuX Another side 第17話 続ジャブロー防衛戦

—ジャブロー上空—

 

ガウを中核としたその遠征部隊は、出発地点のキャリフォルニアが核爆発と共に消滅したと知っていた。ハワイに退く案も出たが、彼らはジャブロー遠征を強行した。死んだダロタの遺志を継ごうとしたのだ。

 

「衛星軌道からは友軍が降下した。空軍を追加すれば、ジャブローには甚大な被害を与えられる。」

 

常日頃なら、ジャブローへの長躯遠征など無謀極まる。しかし今この瞬間は、友軍の回収のためだけでも駆けつける価値がある。

 

『来ました、連邦の迎撃部隊です。』

 

イアン・グレーデン中尉はドダイに固定されたザクのコクピットの中で身構えた。ザクのセンサーは偵察機ルッグンには及ばない。しかし情報共有された結果を、望遠レンズで確認することは可能だ。

 

「おいおい、連邦にもMSがあるじゃないか。」

 

行く手を遮るのは、連邦の戦闘機の一団だ。不揃いな集団が、それでも編隊を組んでこちらを迎撃する為に張り切っている。見たところ最も警戒をしていたセイバーフィッシュの姿はない。あの高性能機の対艦ミサイルなら、ガウも沈められかねない。

 

しかし見慣れぬ機体もある。恐らくは欧州で話題を攫った新型戦闘機だ。そして何よりの問題は連邦のMSだ。

 

「連邦も、ザクの真似をして航空機の上にMSを固定してくるとはな。」

 

これまではザクの独壇場だったのが、この空という舞台なのだ。ジャブローを前に不吉な事この上ない。しかも、敵は砲戦仕様なのか肩にキャノンを積んでいた。

 

「たった一機のMSだ。ドップの編隊に続いて仕掛けるぞ。敵の動きをよく見ておけ。」

 

「「了解!」」

 

部下達の頼もしい返答。そもそも連邦とはMSの数が違いすぎる。ジオンが圧倒的優位なのだ。イアン・グレーデン中尉は勝利を確信していた。

 

 

ドップの編隊が、連邦軍の航空機の混成部隊に突っかかっていく。ドップは誘導兵器を搭載していない。だからこそドッグファイトを挑むのがセオリーだった。

 

編隊を崩さずに、味方の射線を収束して敵の戦闘機を追い込む。航空機同士の最初の交差接触で、敵の数を半分近くも減らす先手必勝の戦術だった。

 

しかしそのドップの編隊を、巨大な金属塊が薙ぎ払った。ドップが受けたダメージは、敵の戦闘機と空中で衝突したよりも遥かに重い。敵のMSが、手にした巨大な質量兵器を振り回したのだ。

 

ご丁寧にスラスターまで付属した金属の砲丸は、巨大な鎖でMSの手の延長であるかのように動いた。ドップが綺麗に編隊を組んでいた事が裏目に出た。まさか金属塊で薙ぎ払われるなどと、ジオンでは考えてもいなかったのだ。それは効率的ではあるがあまりにも原始的な方法だった。しかし一撃でドップの一個小隊が粉砕された。

 

「まずいぞっ!」

 

この調子では、ドップの編隊が全滅する。イアン・グレーデン中尉が散開を命じようとした瞬間、敵のMSが動いた。

 

「速い。こちらのドダイとは速度が比べ物にならん。」

 

空を飛べるという優位は圧倒的なものの、ドダイは所詮は爆撃機だ。戦闘機には速度で劣る。しかし敵のMSを載せた機体は、これまで経験した事のない移動速度だった。逃げる間など与えられない。敵はたちまち二つ目のドップの編隊を屠っていた。

 

「固まっているとやられる。散開しろ。」

 

グレーデンのその指示に応じる間も無く、次の編隊も倒される。今回は流石に全機ではないものの、ハンマーの射程を逃げ延びたドップも敵の戦闘機に囲まれた。次々と倒されるのは味方機ばかりである。

 

「ち、幸先の悪い。」

 

とはいえ、だ。敵の手の内はこれでもう分かった。手の内さえ分かれば、対処は可能だ。

 

「ハンマーの射程に近寄らず、バズーカで始末するぞ。弾は惜しむな。」

 

イアン・グレーデンは素早く方針を伝達する。ドップは所詮は戦闘機だ。優秀な機体ではあるが、進行方向にしか攻撃を放てない旧来の制約の中にある。

 

ドダイに搭乗したザクは違う。翼の上でMSはかなり自由な射撃ポジションを取る事が出来る。それは空の上では大きな武器となるのだ。

 

「お前さん、一機しかいなくて残念だったな。量産されこちらと同じ数を揃えられていたら、かなり手こずったろうよ。」

 

イアン・グレーデンは慎重に狙いを定めると、敵のMSに向けてバズーカを射出した。並行して部下も攻撃を開始している。誰かのバズーカ弾は必ず敵に着弾するだろう。数の差こそ、戦場における絶対的な正義なのだ。

 

だがその瞬間、敵のMSを載せた航空機が更に加速した。放たれた全てのバズーカの弾丸を置き去りにした敵機は、ザクの間を瞬時に潜り抜けた。その先には味方の中枢であるガウ攻撃爆撃機がいる。

 

「そうか。我々は奴に散開させられた。この流れは罠か。」

 

人は直前に見た攻撃を警戒する。この敵はハンマーの威力を示す為に、わざとドップを叩いて見せたのだ。それによりドップもザクも散開した。だが敵の真意は、散開したザクの間をすり抜ける事だったのだ。

 

「まずいぞ、ガウを守れ!」

 

イアン・グレーデンは警戒の声を発した。とはいえガウは巨大な航空機だ。エンジンの一つ二つ潰されたところで飛行可能に設計されている。あの巨体を始末するのは容易ではない。この時まで、彼はまだ若干の余裕を感じていた。

 

「が、しかしそれでもコクピットを狙われると始末に悪いからな。」

 

幸い早めに敵の意図に気がついた結果、敵機の動きにこちらも追随できている。後方の味方も上手く遮断に動いた。これでももう簡単に近寄らせることはない。

 

ただ、ガウと敵の間に攻撃を可能とする射線は開けていた。そしてこの敵にはそれで充分だった。

 

イアン・グレーデンのザクの真横を、高速で質量体が駆け抜けた。敵が手にした巨大ハンマーをガウ目掛けて投擲したのだ。スラスターを噴射したハンマーは射出後も加速を続け、さらに進路の微修正までしてのけた。

 

ハンマーはガウに直撃した。そしてそのまま機体後方へと飛び去っていった。かすったのではない、ガウを貫通したのだ。直撃したガウのブリッジは、すっぽりとくり抜かれていたようになっていた。これではブリッジに生存者など、いるはずがない。

 

(なんという威力だ。あれでは痛みすら感じずに死んだだろう。)

 

イアン・グレーデンは戦慄した。今の攻撃、彼には動きが見えていなかった。もしも狙われていたのが彼なら、やはり一瞬で狩られていただろう。だが敵はザクより大きく、大勢の乗る大物を狙ったのだ。

 

ガウのエンジンが咳き込むような音を立てる。操縦系統を全喪失し、エネルギー供給を絶たれたのだ。

 

「ガウが失速する。救援など不可能だ。巻き込まれるな。」

 

イアン・グレーデン中尉は警告の声を発していた。もう助けられないと分かっていても、どうしても視線がガウの最後に引き寄せられる。だが、そちらを見ることは不可能だった。

 

あの恐るべき敵は、今度こそ彼を目標に突き掛かってきたのだ。その手には、未だジオンが実用化に苦心しているビームサーベルが抜き放たれていた。

 

「そうか。俺のザクのツノが目当てか。つくづく、大物狙いの奴だ。」

 

指揮官機のザクには頭部にツノがついている。この敵はそれも見過ごさない訳だ。イアン・グレーデンのザクは手にしていたバズーカを切り裂かれた。

 

「早いな、お前。だが今ので俺を仕留められなかった事を、後悔するがいい。」

 

装備の被害だけで済んだことに感謝しつつ、グレーデン中尉はクラッカーを敵のMSに投げつけた。クラッカーは彼の狙い通りの位置に飛んだ。だが敵のMSは器用にそれを掴むと、ザクの方へと投げ返す。

 

「そうか、お前もMSだもんな。戦車や航空機の相手ばかりで忘れていたぜ。」

 

舌打ちをしたグレーデン中尉は全力でクラッカーを回避した。なんとか直撃は免れたものの、圧倒的に不利な態勢まで追い込まれた。しかし幸い、彼は一人ではない。まだ部下の大半は健在だった。

 

「中尉、ご無事ですか。」

 

ライフルを撃ち牽制するもの。ヒートホークを抜き挑み掛かるもの。部下達の参戦で態勢を崩されていたイアン・グレーデンは一息つけた。そして敵のビームサーベルの影響範囲からなんとか逃れた。ようやく一安を得た彼は、敵に反撃を果たすべくザクの腰からヒートホークを抜き放った。

 

「さあ、やり合おうぜ。」

 

得物を掴んだイアン・グレーデン中尉のザクは再びこの難敵へと挑みかかった。彼は少なくない部下を引き連れていた筈だったが、このわずかな戦闘の合間にも味方は急速に数を減らしていた。敵MSの振るうビームサーベルに、或いは連邦の新型戦闘機に次々と破壊されたのだ。

 

「いやはや。バズーカには戦術核弾頭を込めておくべきだったな。」

 

戦術核弾頭は、ジャブローにつくまで温存しろと部下達に指示していた。まさかここで使う必要があるとは考えもしなかったのだ。

 

だってここは空なのである。こうしてジオンと連邦のMSが航空機の上で削り合う展開になるなども、はたして誰が予想できただろうか。

 

「貴様はここで倒す。こちらも背負ったものがあるんだよ。」

 

イアン・グレーデン中尉は敵に向けて突進した。敵もまた真っ向から来る。二機のMSは全神経を互いに集中して全力でぶつかり合った。

 

 

 

 

 

シイコは目の前を落ちていくザクを見つめていた。隊長機である証のツノをつけたそのザクは、軽キャノンのビームサーベルに瞬時に切り捨てられたのだ。シイコの斬撃の速さは、セイラとの訓練の賜物である。雲海の下には、これまで破壊した彼の部下達が眠っている筈だ。

 

(部下と共に死ねて幸せよ。だって、もう孤独ではないのだもの。)

 

勝利に浸るシイコに、焦った口調のバックマイヤー中尉の声が飛び込んできた。

 

『スガイ少尉。おい、シイコ・スガイ少尉っ!聞いているのか?』

 

「いやですわ、バックマイヤー中尉。私達はマヴなんです。シイコと、名前で呼んでくれないと。」

 

戦闘の緊張をほぐそうとするようなシイコの甘えた声に、バックマイヤー中尉は反応しようとしなかった。否、彼はひどく慌てていたのだ。

 

『斬られた。エンジンの片方が死んでいる。まずいぞ。推力が足りん。』

 

どうやら今の敵の指揮官機、ただでは死ななかったらしい。シイコを道連れにすべく、Gファイターのエンジンを破壊して見せたのだ。幸いGファイターのエンジンは左右についてはいる。だが、推力が不足するとなると軽キャノンが危ない。サーっとシイコの顔から血の気が引いた。

 

(え、私達はここで死んじゃうの?)

 

空中戦は鬼門だ。バックマイヤー中尉の機体を抱えて、軽キャノンのスラスター噴射で地上に着地可能だろうか?慌ただしく計算しようとするシイコに、セイラからの通信が入る。

 

『……安心して、こちらで受け入れ可能よ。』

 

「お姉様っ!」

 

シイコの声が一オクターブ跳ね上がる。地獄に仏とはまさにこの事だ。遅れて、ミライがバックマイヤー中尉に確認を取る。こちらは指揮官同士の会話である。

 

『バックマイヤー中尉、それでよろしいですね? 軽キャノンを移動させれば不足している推力は回復し足りる筈です。もしもそちらの機体を捨てるなら、シイコさんの軽キャノンに捕まえてもらい収容させます。』

 

『助かる。軽キャノンの事はよろしく頼む。』

 

こちらも安堵したようなバックマイヤー中尉の口調だった。シイコと共に落下死しない選択肢はそれしかない。彼の機体は今まさに、ジリジリとあの世に向けて降下し続けているのだから。

 

『シイコ、私が追尾するわ。脚部のロックを解除して、後方に飛んで。』

 

「分かりました、お姉様!」

 

被弾したGファイターの負荷は早く取り除かなければならない。即断したシイコは、軽キャノンの脚部ロックを解放すると、短いスラスター噴射で飛び上がる。そのシイコの機体の下に、流れるような動きでセイラのGファイターが入り込んだ。二人の息のあった操作で、Gファイターの換装は瞬時に完了した。

 

『脚部固定、忘れないで。振り落としたくはないわ。』

 

「ロック完了しました。本当にありがとうございます、お姉様!」

 

シイコは深く深くセイラに感謝した。そして、慌ててバックマイヤー中尉のGファイターの様子を確認する。もし必要なら、機体から脱出した彼を回収しなくてはならない。その役目は、腕を伸ばせるシイコにしか出来ないのだ。

 

『どうですか、バックマイヤー中尉?』

 

ミライが心配そうに尋ねる。そしてバックマイヤー中尉の明るい声が響いた。

 

『大丈夫。いけそうだ。推力が持ち直した。感謝する!』

 

シイコはほっと息を吐いた。

 

『だが悪いが、機体がこの状態では戦えない。先に引き上げさせてもらう。すまない。』

 

『被弾したのですから当然です。ジャブローはよろしく頼みます。』

 

それはおべっかというよりは如才ない挨拶なのだろうが、ミライは社交辞令を口にするとバックマイヤー中尉の離脱を見送った。そして残された部下達に声をかける。シイコも、今この瞬間は臨時にだがミライの指揮下に入った。

 

『シイコさんのお陰で、こちらはなんとかなったわね。さ、次は降下した敵MSの掃討作戦に戻りましょうか。』

 

 

 

 

—ジャブロー基地司令部—

 

「シイコ・スガイ少尉、ガウを撃破しました。また北米から襲来したジオン航空部隊は全滅させたとの事です。」

 

士官の報告に、司令部内で歓声が爆発していた。ジオンにジャブロー内まで攻め込まれた渦中での、勝利の報である。ゴップ提督とティアンム提督でさえ、すぐには騒ぐ部下達を制止しようとはしなかった。この追い詰められた局面で、部下達が士気を挙げられる要素は限られていたからだ。

 

「シイコ・スガイ少尉、彼女は正に撃墜王カラコムですな。」

 

ティアンム提督の言葉に、ゴップ提督も機嫌良く応じた。

 

「もはや新たに別の呼び名を進呈せねばなりませんぞ。スーパーカラコムとでも呼びましょうか。」

 

そんな司令部の熱気に、冷水が浴びせかけられた。

 

「報告!高熱源体がジャブローに急速接近中です!」

 

「なんだそれは!詳細を出せ!」

 

目を剥いたゴップ提督が部下を叱責し、詳細を要求する。

 

「恐らくはジオンの新型MAと推定されます。弾道飛行にて、アジア方面から飛来したのを警戒網が探知しました。」

 

「迎撃部隊を向かわせろ、今すぐにだ!」

 

ゴップ提督が吠えた。

 

「そのMAはカラコムに委ねるほかない。今回も、彼女が敵を倒すと期待しようではないか。」

 

 

 

 

—ジャブロー上空—

 

「ふむ、これは到着が遅れただろうか。」

 

操縦席のギニアス・サハリン中将は部下に尋ねた。彼の指揮下にある最強の撃墜王、ノリス・バッカード大佐の姿が火器管制席にあった。

 

「ご安心ください、ギニアス様。敗れたのは北米からの航空部隊のみ。衛星軌道から降下した侵略部隊は未だ健在のようです。」

 

ギニアス中将の開発したアプサラス。ジャブローを攻略する為に開発された究極のMAの姿がそこにあった。とはいえ、アジアからの移動する必要があったのだ。弾道飛行で駆けつけたとはいえ、衛星軌道からの降下開始には間に合わなかったのだ。

 

「まあいい。報告では大型艦艇用のハッチの破壊を依頼されていたのだったな。」

 

ギニアスは報告されていた大型艦用のハッチの上に到達した。敵の妨害もないスムーズな移動である。ジャブローの空中迎撃部隊の大半は、北米からの遠征部隊の迎撃に出払っている。遠征部隊がバラバラに到着したことで、期せずしてジオン側の時間差攻撃が成立していた。

 

「攻撃は任せる。速やかに標的のハッチを打ち破れ。」

 

「は、了解しました。」

 

邪魔する敵はいない。標的の位置も露呈している。アプサラスは最適な位置に到達し、即座に大型メガ粒子砲を稼働させた。この主砲はエネルギーの注入に時間を要するが、それだけに威力の高さは保証されていた。静止目標なら、余裕で破壊可能だ。

 

「充填が完了した。撃て!」

 

ギニアスの指示の下、ノリスは狙い通りにメガ粒子砲を大型ハッチ跡の封印されたトンネルに直撃させた。トンネル内を封鎖していた補修剤がビームの直撃を受けて蒸発する。再び開通させられた縦穴トンネルだけがその場に残された。攻撃は、ジャブロー内部まで余さず到達していた。

 

「ここからはいかがされますか、ギニアス様。」

 

「内部に飛び込みたいところだが、やめておこう。」

 

ここは慎重さが求められる場面である。ギニアス・サハリンは中将である。技術将校として与えられた地位だが、階級は階級だ。そしてジャブロー陥落の功績は巨大すぎる。ギニアスがサハリン家の当主である為に、警戒を要するのである。

 

「今回は支援に徹する。占領には、地上部隊が不可欠なのだからな。」

 

「御意。」

 

ノリスがギニアスの決定に同意した、その時である。轟音と共に、何か巨大な物体がジャブロー地下から踊り出た。ギニアスもノリスも目を剥いた。まさかジャブローがあの様な迎撃兵器を用意するなどとは考えてはいなかったのだ。彼らは圧倒的な優位の中にいたはずなのだから。

 

「ギニアス様、操縦系統を私に。」

 

「ああ、切り替えた。」

 

ノリスのその行動はギニアスを子供扱いしている。しかしそれ以上に、ノリスの警戒本能は新たな危険を知らせていた。

 

 

 

 

赤い彗星と共にジャブロー上空に飛び出した〈ペイルホース〉は、その勢いのまま空中を突き進むように飛翔していた。

 

「“赤い彗星”を、完全に見失ってしまったわ!」

 

水中に逃れたシャアの機体の動きは全員が目撃していた。そしてペガサス級では、水中の敵を満足に攻撃できない。敵の位置の特定さえ不可能なのだ。

 

歯噛みして悔しがるマチルダを、艦橋の一同は驚愕と共に見守っていた。

 

「……あ、艦長の復讐する相手が逃げちゃった。」

 

ミハルがポツリと感想を漏らして、慌てて自分で自分の口を塞いだ。

 

「艦長、敵影です。三時の方向!」

 

「戦闘配置っ!」

 

操舵輪を動かして三時の方角に〈ペイルホース〉を回頭しつつ、再びハンガーデッキのハッチを解放する。中ではガンタンクが、そして甲板上では尻餅をついた二機の軽キャノンが戦闘態勢へと移行した。

 

『ありゃ、何なんだよ。』

 

リュウの狼狽した声が響く。彼らの正面には、これまで見たことのないジオンのMAが浮かんでいた。

 

『デカい、デカいよ。』

 

カイの上擦った声に、ジョブの少し冷静な声が響く。

 

『あれ、ジオンの新型で間違い無いですよ。』

 

中央に巨大なメガ粒子砲を抱え、大規模なスラスターを八方に張り巡らされている。それでいて空に静止しているのが不気味だった。アッザムと同じ様に、この敵もまたミノフスキークラフトを利用しているのだ。装甲も厚い。ただ天辺にザクの頭部が取り付けられているのだけが目立っていた。きっとセンサーを兼ねているのだろう。

 

「ガンタンク、軽キャノンは砲撃の準備を。」

 

マチルダの素早い指示に、カイが反応した。

 

『ダメだ。俺たち二人とも“赤い彗星”ビームキャノンをやられちまってる。』

 

マチルダは舌打ちした。だがカイやリュウを責められない。それはあの“赤い彗星”からブリッジを守った結果だからだ。むしろ、彼らのお陰でブリッジは生き延びた。感謝するべき話なのだ。

 

(この艦で最も優秀な射撃手はカイ、経験豊富なのはリュウなのに。あんな敵を前にした今この瞬間に、二人を当てにできないなんで。)

 

間が悪いとは正にこの事だ。だがそれこそが〈ペイルホース〉が全力を振り絞って戦い抜いた証左でもある。

 

「大丈夫だ。ジョブ、ハヤトお前達なら出来る。頼んだぞ。」

 

沈黙したマチルダに代わり、ブライトが励ましの声を上げる。ジョブとハヤトもその期待に応じようと声を張り上げた。

 

「了解!』

 

『大丈夫です、僕だってカイさんの相棒なんだ。」

 

『おう、ハヤト。お前なら出来る。大体あんなデカブツなんだ、外しっこねえよ。』

 

カイが励ましのような茶化すような合いの手を入れると、通信席のミハルがカイを短く叱責した。

 

「カイ、あんたもう黙りなよ!」

 

「さ、戦闘開始よ。撃ち始めなさい。」

 

弛緩しかけた空気を引き締め直すように、マチルダが命じる。そしてジオンのMAとの戦闘が開始された。

 

 

 

 

「撃ってきたぞ。」

 

少し慌てた様子のギニアスの声に、ノリスは冷静さを保って応じた。

 

「どうやら時間稼ぎはここまでのようですな。」

 

彼らが搭乗しているアプサラスはあくまでテスト運用中の機体である。一通りの能力は保有しているが、不完全なものもある。その一つがエネルギー供給である。

 

アプサラスはかなりエネルギー的に無理をしている。特に主砲とも言えるメガ粒子砲は、一度撃つと再充填に時間を要した。敵艦に即座に反応しなかったのはその為である。攻撃しなかったのではない。できなかったのだ。

 

「実弾兵器による火力の補填が必要ですな。」

 

ノリスとしてはこれは口答えではなく、正当な要望だと信じている。本来は随伴する護衛と共に運用する設計である。今回アジアから進出した為に、随伴できる護衛がなかったからなのだ。アプサラスの性能の高さに、ジオンの現有兵器がついてこれないのだ。

 

「それならばむしろ、ジェネレーターの追加による再充填の時間短縮が最適だろう。」

 

戦闘中だというのに、ギニアスの思考は機体開発に向けられていた。ノリスは続々と押し寄せる敵の砲弾を回避するのに一生懸命なのだが。それでも状況は注視していたのだろう。ギニアスが告げる。

 

「よし、再充填は完了した。」

 

「では、撃ちます。」

 

ノリスは敵艦に照準を合わせる。地表からジャブロー地下まで貫通する威力で設計されたメガ粒子砲である。強襲揚陸艦でさえ、命中すれば無傷では済まない。ノリスは既に勝利を確信していた。

 

『させないわ』

 

ノリスの背中をゾワっと怖気が振るった。気がつけば彼はアプサラスを後退させている。そして直前までアプサラスの存在していた位置を、高速で連邦の機体が掠めていた。

 

「新手かっ!」

 

ノリスは驚愕した。見た事のない機体が高速で突っ込んできたのだ。

 

「なんとも畏れ知らずのパイロットだな。」

 

感嘆するのも束の間、その敵は肩に取り付けられたキャノンから続々とビームを放つ。装甲に優れたアプサラスにとって、遠方から放たれたビームはさほど脅威ではない。アプサラスの対ビームコートを施された装甲は厚いのだ。

 

しかし露出する頭部はセンサーの塊である。破壊されると外の状況が掴みにくくなる。それは思わぬ負けに繋がりかねない。そしてこの敵は、剥き出しの頭部を狙っていた。これまで命中していないのは、純粋に運である。或いは見かけより、敵パイロットは射撃が得意ではないのだろう。

 

「少し、不利になりましたな。」

 

ノリスは正直に申告した。というのは彼にとっての至上命題は主人の安全だからである。ギニアスがこの場にいる以上、無理はしたくない。その意図はギニアスに通じた。しかし彼はノリスの願いを却下した。

 

「まだ実戦データが必要だ。無理のない範囲でつづけろ。」

 

「御意!」

 

ノリスはアプサラスを前進させた。敵のMSを狙った体当たりを仕掛けたのだ。高速で動く敵はサラリと回避して見せた。そしてそこまではノリスの予想通りの展開である。彼の本命は、無防備に空に浮かぶ敵の強襲揚陸艦だった。

 

 

 

 

 

「皆、捕まって!」

 

マチルダは素早く〈ペイルホース〉を回頭させた。突進してきた敵のMAを回避不能と判断したのだ。ならば彼女のするとは一つしかない。最も硬い場所で受け止める事である。

 

〈ペイルホース〉の左右のハンガーデッキが、敵のMAを受け止めていた。そのハンガーデッキはハッチ解放されたままであり、そこにはガンタンクが控えている。

 

「今よ、撃ちなさい!」

 

マチルダの声に弾かれたようにジョブとハヤトがレールキャノンを斉射する。必中の筈のその一撃を、ノリスの操縦するアプサラスはあっさりと回避して見せた。

 

アプサラスは巨大に似合わぬ素早さで移動し、ガンタンクの射線から逃れたのだ。ガンタンクも盲撃ちである。目の前を塞いでいた巨体に当たると砲撃しただけなのだ。まともな照準などつけていない。相手に動かれてしまえば、簡単に当たらない攻撃になる。

 

『ハヤト、悪くなかったぜ。もうちょっと早く、もうちょっと正確にだ!』

 

『カイさん、そういうの無茶振りって言うんですよ』

 

レールキャノンに砲弾を再装填しつつ、ハヤトがカイに言い返す。

 

(萎縮されるより、はるかにマシよね。)

 

マチルダはアドレナリンで戦意を昂らせながらも、あくまで冷静に状況を分析していた。

 

「次、私が最適な射撃位置に艦を持って行きます。即座に撃って見せなさい。」

 

ハヤトとジョブにそう命じると、マチルダは敵MAとの奇妙な追いかけっこを開始した。今は互いに砲撃は正面に撃つしかない。絡み合いながら近寄っては遠ざかる両者の動きは、奇妙なダンスを思わせる。だが、それもいつかは終わる。

 

「今よ。」

 

マチルダは射撃を指示した。それはマチルダの操艦技術が相手に優ったのではない。ガンタンクのレールキャノンが、相手の主砲よりは柔軟に操作可能だったのだ。

 

ジョブが少し遅れてハヤトがレールキャノンを放つ。ジョブはマチルダの指示に即応して射撃し、外した。だがハヤトは良く狙いを定めた。そしてタイミングがジョブとズレた事で時間差攻撃の効果を得た。ハヤトの放ったレールキャノンの弾丸は、避けきれないタイミングでアプサラスに迫った。そして主砲を放ったばかりのアプサラスに命中した。

 

 

 

 

「むう。」

 

ノリスは素早く機体の状態を確認した。彼は回避できないと見るや、レールキャノンを装甲の硬い場所に誘導した。敵の攻撃は命中したものの、損害は軽微だ。戦闘に支障はない。最後の回避でアプサラスの攻撃は外れたが、それも許容可能な結果である。

 

(むしろ、この形であれば敵艦を倒し得る)

 

ギニアスの命を至上命題とするノリスであるが、主命であれば敵を討ち取る必要もある。そうするべきか。なぜなら、ギニアスの命令は戦闘続行だった筈なのだから。

 

ノリスがエネルギーを充填しつつ再度の攻勢に出かけたその時である。ギニアスが新たな命令を下した。

 

「もう充分だ。撤退を。」

 

「御意。」

 

ノリスはアプサラスを後退させると、全スラスター推力を解放した。その方向は直上。連邦の軍艦は追えぬ角度である。或いは例のMSは追尾可能かもしれないが、そのビームの威力は大きな問題を引き起こさない。頭部が破壊されるくらいである。撤退の決まった今、大きな障害とはならない。

 

そしてやはり、連邦は追撃をかけない。恐らくは追撃が不可能なのだ。

 

「もう少し距離を取り次第、帰還のための弾道飛行に移行します。それでよろしいでしょうか?」

 

「ああ。」

 

あっさりとしたギニアスの返答である。ノリスは思わず主人に意図を尋ねていた。

 

「本当にこのまま撤退でよろしいのですね?」

 

「問題ない。」

 

ノリスにはギニアスの判断基準が不明なままである。沈黙をしていると、ギニアスが口を開いた。

 

「先程の攻撃、アプサラスを破壊する可能性があった。」

 

「お言葉ですが、損害は軽微であったかと。」

 

ノリスは自分の腕で装甲で防いで見せたのだ。同じような弾丸であれば対処し得た筈だとそう考えた。

 

「そうではない。もし仮にスラスターに直撃すれば行動不能に陥る可能性があった。」

 

ギニアスは語った。アプサラスはあくまでもテスト機なのだと。一見完全に動作するように見えても、未だ完成途上にある。

 

「スラスターについて言えば、八機の大型スラスターの一機でも喪失すればバランスが保てなくなる。」

 

「それは、そうでしょうが。」

 

そその問題は他の兵器、例えばザクでも同じ事ではないのか。

 

「ザクであれば、挙動が成熟されている。スラスターを喪失した全てのパターンをテスト済みなのだ。」

 

ゆっくりとした理解がノリスの心の中に落ちてくる。ギニアスの言葉は染み渡るように腑に落ちるのだ。

 

「ザクはスラスターを一つ喪失しても残りでバランスを取れる。だがな、このアプサラスは違う。しかもスラスターの出力はザクより遥かに大きい。バランスは一瞬で崩壊する。」

 

そのギニアスの説明で、ノリスは完全に理解した。アプサラスは恐らくは自らの力をコントロール出来ない為に、敗北しかねない機体なのだと。強力なMAとは、まさに力の制御が完全でなければ自己を破壊しかねない代物なのだ。

 

「これはこのノリス、思慮が足りませんでした。」

 

ノリスは主人に率直に謝罪した。

 

「良い。お前には私が無理をさせた。」

 

ギニアスは快活に頷いた。その表情は珍しく華やかである。

 

「デギン公王陛下と、ギレン総帥閣下に報告すべき立派なデータも取れた。敵の本拠であるジャブローで敵も圧倒し得た。次の機会には、アプサラスはジャブローを攻略する。今日は良い予行演習であった。」

 

 

 

 

 

—ジャブロー基地内部—

 

『またも突入されたぞ!』

 

敵のMAに突入口を開放されたジャブローは、猛攻に晒されていた。縦孔を降下したザクが降り立つと、手にしたライフルを乱射してくる。その火線を避けるべく迎撃用に配置されたファンファンが逃げ惑う中、レイヤー中尉の放ったビームキャノンがザクの機体に突き刺さる。

 

ゴーストザク中隊の生き残りは、全機がここに展開していた。第一小隊アルファのスレッガー・ロウ、マスター・P・レイヤー、マクシミリアン・バーガーである。

 

「こりゃ、早く穴を塞がないとまずいんじゃないの。」

 

スレッガー中尉がそう声に出して愚痴ると、ザクを屠ったばかりのレイヤー中尉が応じる。

 

「無理だな。肝心の保守部隊が、どうも手酷くやられた後だそうだ。」

 

「ああ、それってアジャン艦長の婚約者の大尉さんか。」

 

マチルダ・アジャンは目を惹く美女である。男なら誰しも一夜のお相手を願いたいと思い描く容姿に、女性艦長という特別感がある。だが、婚約者がいるのであれば手は出せなかった。それは紳士協定というやつである。

 

「今夜あたり、涙に暮れる彼女を慰めてやらんとな。」

 

「おい、妄想は後にしろ。突破される。」

 

ライフルで膝を撃ち抜かれたザクが体勢を崩す。そこにファンファンのミサイルが着弾する。それでそのザクは戦闘不能になる。しかし背後からはまた別のザクが現れた。敵の数が厚みを増していた。

 

降下するジオンのザクが増えているのだ。そしてバズーカを持ち込む機体も出る。その威力に連邦側は後退を余儀なくされる。更にジオン側の圧が増し、増える敵MSの数にビームキャノンによる破壊が間に合わない。

 

ジオンのザクは連邦の軽キャノンより速い。展開するとなると、畳み掛ける速度は敵が上である。そして軽キャノンは接近されると些か不利なのだ。しかも相手の数が、今はこちらを圧倒し始めていた。

 

『待たせたわねっ!』

 

その時、声と共に一機の軽キャノンが降ってきた。その機体はGファイターをサーフボードか下駄のように用いている。だから接地する寸前でフワリと機体が宙に浮いた。衝撃はまるでない。そしてザクにはまるで存在を気づかせずに

、敵部隊を襲った。

 

軽キャノンのビームサーベルが、背後からザクを貫く。コクピットを直撃され、ザクは少しもがくような動きを見せた後で停止した。ビームサーベルで、パイロットごと操縦系統を焼き払われたのだ。

 

『さ、挟み撃ちしましょう。追加はもう来ないはずだから。』

 

「おうともさ。」

 

スレッガーもレイヤーもバーガーも前のめりになった。あの軽キャノンという鈍重な機体で、格闘戦を挑む様な女の知り合いは一人しかいない。彼らのエース、シイコ・スガイが姿を見せたのだ。

 

「箒に乗った魔女のお越しだ。やれるぞ、終わらせてる。」

 

ジャブローの防衛戦に、遂に終わりが見えたのだ。それも連邦軍の勝利という形で。連邦のパイロット達はここぞとばかりに士気を奮い立たせた。

 

 

 

 

挟み撃ちとなったザクは、それでも正面突撃を敢行しようとした。あの縦穴を上る推力の余裕はもはやないのだろう。そして背後をガラ空きにする事は、シイコという連邦の誇る撃墜王カラコムに対して無防備である事を意味する。

 

『戦友の仇だ。頼む、ソイツをやっつけてくれ!』

 

圧倒的に有利となった戦況に、逃げていたファンファンも戻って配置につく。連邦の優勢は明らかだった。それはシイコの存在感が、もたらした効果である。誰もが“赤い彗星”と渡り合ったシイコに期待し、憧れていた。

 

「ええ。この私に任せなさいっ!」

 

シイコは純然たる暴力を解放する。相手を囲んで袋叩きにする事に彼女はなんら忌避感はない。戦争とはそういうものだ。むしろ、これでようやくやり返せるとさえ思う。

 

「お前達は、ロジャース大尉を殺した。これは侵略者に対する正当な復讐なんだから。」

 

シイコがビームサーベルで切り込むと、ザクは飛んで回避した。そして着地した場所にミサイルが撃ち込まれて、そのザクは吹き飛んだ。固まって抵抗し続けるザクは、もうどこにも逃げ場がなくなっている。前にも進めず後ろにも下がらず、今いる場所を守るしかなく居竦まっていた。

 

その集団をシイコが引き剥がしにかかる。Gファイターで文字通り滑るような動きで接近すると、無造作にザクを掴んで引き摺り出してビームサーベルの刃を突き立てた。戦友が倒される様子を見ていた真横のザクがライフルを持ち上げて、シイコを狙う代わりに放棄した。

 

『降伏する。投降するわ!』

 

彼、いやそのパイロットは彼女だった。彼女はシイコの手際を見た。コクピットを温存して、シイコがザクのパイロットを殺さなかった瞬間を。そして助かるかもしれない僅かな可能性に賭けた。武器を捨てての降伏を選んだのだ。

 

「ん、なにをっ!?」

 

シイコは一瞬躊躇った。しかし相手が本気と確信すると、受け入れを決意した。それに声で相手が女性兵士と知ってしまうと、同性として無闇に殺す気にはなれない。戦場に女が身を置く辛さは彼女も承知していた。そのシイコの雰囲気の変化をセイラが察した。

 

『シイコ。受け入れるのは賛成だけど、注意はして。』

 

「ええ。分かってます、お姉様。」

 

シイコは空いた片腕をそのザクへと伸ばす。そして接触回線を通じてザクに語りかける。

 

「貴方の降伏は受け入れましょう。南極条約に基づいた取り扱いを保証します。でも、他のパイロットはどうするの。抵抗するようなら殺すわ。ハッキリして。」

 

『わ、分かった。今、説得するから。』

 

そのザクを盾がわりにしながら、シイコは攻撃中止を指示した。戦場におけるシイコの場の支配は、敵味方の壁も階級差も凌駕した。

 

「これ、いいんですか?」

 

マクシミリアンの声に、レイヤー中尉が応じた。

 

『いいさ。エースが決めた事だ。逆らえんよ。』

 

連邦は油断なく構えながらも、負傷兵の後送やライフルのマガジン交換を開始する。戦闘の停滞は、ジオンではなく連邦の有利となる。

 

それを降伏が受け入れられる兆候とジオン側は認識した。戦闘の停止が、戦場の空白化を引き起こす。他のザクも次々に武器を捨て、降伏の意思を表した。

 

「投降したパイロットはザクを降りなさい。私とお姉様の名誉に賭けて攻撃はしないし、させないわ。」

 

『了解した』

 

「ねえ、人手が足りないわよ。手伝ってよ。」

 

シイコはジオンのパイロット達にザクから降りるように命じると、仲間に声をかけて参加を促した。パイロットを失えば、兵器は機能を停止する。そしてここはジャブロー基地の深部なのだ。手早く敵を無効化する事が、今は何よりも求められる場所だ。

 

「へい、お言葉のままに。おら、武器を捨てたらハッチを開放しろ。変な動きはするんじゃないぞ。」

 

降伏の流れは止まらない。ジャブローを攻略する試みは頓挫したのだ。これからの戦死はもはや意味を喪失していた。誰もが、無駄死には避けたいのだ。

 

「全機降伏したわね。パイロットが居残ってないか、確認をお願い!」

 

シイコの指示に、駆けつけた歩兵隊の面々が行動を開始する。この場のザクは全て投降するか破壊されていた。

 

『圧倒的じゃないか。連邦のエース・カラコム!』

 

賞賛の声がシイコのコクピットにまで届く。シイコは既に、ジャブローを救った英雄だとそう連邦の兵達から見なされていた。

 

『ジオンに突入された地点はここだけだそうだ。どうやら彼女のお陰で俺たちの勝利だな。』

 

スレッガーの声を遠くに聞きながら、シイコは軽キャノンを停止させるとコクピットの扉を開放した。ヘルメットを脱ぎ、汗ばんだ髪を大気に晒す。その彼女を大歓声が包んだ。付近の連邦兵が一斉に彼女の功績を称えていた。連邦は遂に、ジャブローを守り切ったのだ。

 

 

 

 

—ジャブロー周辺水域—

 

シャアは遂に潜水母艦へと辿り着いた。

 

「ジオンの降下部隊、やはり手酷くやられたか。」

 

シャアのその呟きは、まるで他人事のようだった。しかしシャアにとっては実際にそうなのだ。上層部が戦争に前のめりなのは結構な事だが、元々無理のある作戦である。この結果はシャアの予想の範疇にあった。

 

「脱出路は用意してある。後はどれだけの味方を回収できるかだな。」

 

被害が多い作戦であっても、利があれば実行すればいい。大切なのは自分が損をする側に回らない事である。シャアは常に冷徹に生死の境となるラインを見極めている。そして同行させる部下も概ね生き残らせてきた。機体を捨てても、部下を連れ戻せれば損得の収支は合わせられるのだ。

 

「無謀な作戦であったが、連邦の度肝を抜いた事は間違いない。連邦ももうジャブローに引きこもってばかりはいられないだろう。」

 

南極条約は双方に利をもたらしたが、特に連邦側の益が大きかった。それは大質量兵器としてのコロニー落とし禁止の規定があったからである。それによりジャブローを落とすのが著しく困難になった。連邦はそれに胡座をかいて長期戦を企図したのだ。

 

「だが、今回の攻撃で潮目は変わった筈だ。」

 

連邦は確かに勝利した。しかしジャブローの内情を晒した。確かに連邦もMSを増やし防備を固めるだろう。だが、ジオンの力もまた増しているのだ。今回の戦いはそれを証明していた。

 

「必要な戦略の見通しはこれで立つ。次こそはジャブローを落とせるという事だ。」

 

ドズル中将はそこまで理解してくれるだろうか。難しいだろう。直情型のシャアの上官は、『なぜジャブローを落とさなかった』と責め立てるかもしれなかった。

 

「ま、私は出来る限りのことをしよう。」

 

部下のカラハンとアカハナには降下した味方の兵の回収を依頼している。機体を捨てさせ、ノーマルスーツ姿のパイロットだけを回収するのだ。それならばこの潜水母艦で全員を運び出せる。無論、投降した者までは救えない。だがそれは仕方のない事である。

 

「私から再度呼びかけを行う。通信機を渡したまえ。」

 

「はっ!」

 

当番兵に声をかけて通信機を借り受ける。この場に残った佐官として、シャアにはまだ味方の撤退支援を完了させる義務があった。

 

 

 

 

アカハナはその通信をジャブローの地下水路から出た時にキャッチした。

 

『ジオン兵諸君に告げる。私はシャア・アズナブル大佐だ。私が責任を持って君達全員を艦に収容する。しかし機体は捨ててもらう。こちらの指定座標に向けて移動を開始したまえ。潜水母艦が待っている。ノーマルスーツ着用者は機体を捨てて脱出せよ。ノーマルスーツ非着用の者は連邦に隠れて救助を待て。部下を派遣する。』

 

“赤い彗星”の口調は柔らかく、戦闘で荒んだ心を和らげていく。彼はまさにカリスマなのだ。シャアを押し立てていけば何とかなる。アカハナがそう確信したその時、彼は気がついた。

 

「回収に向かう大佐の部下、それってまさに俺たちの事かよ。」

 

気がついてしまえば何という事はない。いつもの人使いの荒い上司の姿がそこにある。感動して損したということだ。

 

とはいえ、先に逃げずに味方を助けようとする姿勢は素晴らしい。立派なものである。ただ彼の部下としては、たまには愚痴を漏らさずにいられないのもまた事実であった。

 

「大佐も人使いが荒いぜ、まったく。」

 

 

 

 

 

—ジャブロー基地—

 

大規模な追撃戦が完了した。〈ペイルホース〉はようやく基地への帰還を許された。現在は偵察機と爆撃機が、夜間の敵の捜索を敢行している。ジオンのMSは夜の間に脱出できなければ、明日の朝には悲惨な末路を迎えるだろう。

 

その予言を達成する為にも、〈ペイルホース〉は最優先で補給と搭載機の整備を受けられる事になっている。水爆後の核浮遊物の検査と除去も必要である。被爆線量は数値的に全く問題はないとされているが、用心は用心なのだ。

 

「艦長、ゴップ提督がお越しです。」

 

呼びにきたミライ・ヤシマ中尉にマチルダは頷くと、彼女と連れ立って艦橋を後にした。

 

(憂鬱だわ。)

 

幸い、今回も部下に死者はいない。唯一の例外はMS指揮官のギャリー・ロジャース大尉だ。だが彼らは艦内に同乗していた言わば“お客さん”といった間柄である。身内を喪失した身を切られた様な辛さは感じない。

 

問題は彼女の婚約者の事だ。マチルダはウッディーの生存は既に諦めていた。“赤い彗星”が仕損じるとは思えない。しかし彼の死に顔を見た時、マチルダは冷静で居られる自信がない。

 

(そもそも、あの人の遺体が残っているかどうかさえ分からないわ。)

 

激しい戦闘だった筈だ。遺体がグチャグチャのミンチと化した肉片のみとなる可能性さえある。その場合、自分はどんな顔をしているのだろうか。

 

「おお、マチルダ待っていたよ。君の艦は大活躍だったな。」

 

艦を降りてすぐ、部下を引き連れたゴップ提督が待ち構えていた。既にパイロット達は整列させられている。艦長である自分を待って、これから短いスピーチなどが行われるのだろう。

 

そこでゴップ提督は、マチルダの憂い顔に気がついたらしい。傍ののミライに小声で尋ねた。

 

「彼女はなぜ、こうも元気がないのかね?」

 

ゴップ提督の問いに、ミライが小声で囁き返すように答える。

 

「艦長は、婚約者のウッディー・マルデン大尉のことが気がかりで……。」

 

語尾を濁すミライに、ゴップ提督は大きく頷いた。

 

「ウッディーの事は、残念だった。」

 

ビクリと、その声に反応してマチルダの肩が動いた。彼女は慌てて顔を伏せた。既に涙が溢れ出していた。とても止められそうにない。嗚咽が漏れ出そうになったその時、ゴップ提督が言葉を続けた。

 

「だが、あの怪我ならすぐに復帰するさ。」

 

「あの人が、生きているのですか?!」

 

マチルダは驚愕した。泣くのを止めて、思わずゴップ提督に詰め寄っていた。その気迫に驚きながらも、ゴップ提督はしっかりと頷く。

 

「ああ、彼は生きているとも。骨を何本か折ったがね。君の活躍を聞いて喜んでいたぞ。さっき見舞ったところだ。」

 

その言葉を聞いたマチルダは駆け出していた。他の事にはもう頭が回らなかった。

 

「おい、コラ。ちょっと待て!」

 

彼女を制止しようとした部下を目で押し留めると、ゴップ提督は副官に指示を下した。

 

「エレカで彼女を追い、ウッディー・マルデンの病室へと連れて行ってやりたまえ。私はパイロット達から戦闘の話を聞きながら、ここで待つとしよう。」

 

「お忙しい身なのに、それでよろしいのですか?」

 

思わずミライが尋ねる。だがゴップ提督はミライに温かな顔を向けた。

 

「構わんさ。司令部の士官共には少し仕事に専念する時間を与えてやらんとな。彼らもずっと私に見られていては仕事に集中出来まい。そんなものさ。」

 

ゴップ提督は冗談だというように笑い声を立てると、他のパイロット達もそれに応じた。勝利が、そして艦長の婚約者の生存が彼らの気分を明るくしていたのだ。気をよくしたゴップ提督は、パイロット達に向けて言葉を付け足した。

 

「それに今の君達の話は、ジャブロー中の軍人の誰もが聞きたがる最新の情勢だ。な、そうだろう?」

 

 

 

 

マチルダが息急き切って駆けつけた病室には、確かにウッディー・マルデンの姿があった。

 

「やあ、マチルダ。」

 

「ウッディー、無事なのね?」

 

駆け寄るマチルダに対して、ウッディーは悪戯を見つかった子供のように罰の悪そうな微苦笑を浮かべた。

 

「それが、骨を折っちまってね。この足では立てそうにない。車椅子じゃ様にならないだろう?だから、君との結婚式は少し先にしたほうがいいな。」

 

マチルダはウッディーの広げられた腕の中に飛び込んだ。それは本来言い訳をするかのような仕草でしかなかったのだが、マチルダを迎え入れる為に広げられているとそう感じられたのだ。

 

「いいえ、もう待てないわ。」

 

マチルダは濡れた瞳で婚約者を見つめた。

 

「今すぐ、私をマルデン夫人にして欲しい。」

 

「わかったよ。……でも、今の僕じゃ君を持ち上げてベッドまで運べないぜ。」

 

マチルダは嬉し涙を拭くと、婚約者の腕の中で悪戯っぽく笑った。

 

「大丈夫よ。貴方を私が運べばいいんだから。」

 

 

 

 

—サイド3—

 

ギレン総帥は参謀本部にて、ユーリ・ハスラー少将の行うジャブロー攻略失敗の総括に耳を傾けていた。

 

「今回のジャブロー早期攻略の頓挫で、ジャブロー攻略を主張する将軍達を黙らせる事が出来ました。」

 

「奴らが旗頭としているドズル様の発言権も失われました。当面、全軍はこちらの指示に従うでしょう。更にはアプサラスの実戦投入さえ成功しております。」

 

参謀長に続き、副参謀長のコンスコン少将が付け加える。

 

「何より連邦に、ジャブローに引き篭ってはいられないと思い知らせました。これで戦場は宇宙となりましょう。」

 

ジャブロー攻略はドズルの手駒に敢えて突撃させ、誤りを認めさせる政争を意識した策である。その目的は連邦に圧をかけて再び宇宙に引き摺り出す事にある。宇宙での決戦こそ、ザクというMSの優位性を完全に発揮可能なジオンの独壇場である為だ。

 

「ふむ、まずは上首尾といったところか。」

 

「はい。ドズル様もキシリア様も、ビグザムの生産に同意されました。」

 

ビグザム、ビッグZと呼称されるそれはジオンMA開発計画の完成形である。宇宙から地上まで汎用で利用可能な究極の兵器だ。

 

「アプサラスも有望だがジャブローに突入は出来ない。だがビグザムならば、ジャブロー基地内部に送り込める。」

 

参謀本部は既に連邦に勝利するビジョンを得ている。宇宙に上がった連邦の反攻作戦をソロモンとア・バオア・クーの二段構えで阻止する。そして返す刀でジャブローを陥落させる。その為の秘策こそがビグザムである。

 

「キシリア様の提案のガンダムをリバースエンジニアリングしたMSもドム並みの性能です。こちらの量産計画も有望ではありますまいか?」

 

コンスコン少将の発言に、ギレンは首を振る。

 

「キシリアはゲルググを簡単には手放すまい。その為にグラナダを生産拠点としたのだ。こちらはビグザムの開発で奴に対抗する他ないのだ。」

 

勝利を目前としたジオンは、戦後を見越して既に内輪争いを始めていた。勝つ為の前提は満たしつつある。今は誰が勝つのか。そして戦後を見据えてどう勝つのかを論ずる段階にある。

 

ドズル中将とガルマ大佐はこの競争から既に脱落した。本人達は自らが脱落した事さえ意識してはいないだろう。ギレンとキシリア、盤上で争うのはこの兄と妹の一騎討ちとなったのだ。

 

「ふむ、最も優秀な者が人類を導かねばならん。皆、頼むぞ。」

 

参謀を代表し、エギーユ・デラーズ大佐が率先して答えた。

 

「はい。我らにお任せください、ギレン総帥。」

 

 

 

 

—ソロモン—

 

ドズルは通信でシャア・アズナブル大佐を呼び出すと、用意してあった言葉を相手に叩きつけた。

 

「シャア、貴様は罷免だ。俺が任命した全ての役職から解任する。」

 

『それは何故でありますか?』

 

相手の驚く反応が伝わる。画面越しで仮面越しなのに、それは実に奇妙な事だった。まさかシャア程の男が、この事態を予期していなかったのだろうか?

 

「戦術核どころか戦略核を使ったな。もう俺では貴様を庇いきれん。」

 

ドズルが冷たくそう言い放つと、シャアが抗弁する。

 

『お言葉ですが閣下。私はそんな事は命じておりません。全てダロタの指示です。』

 

「ダロタは死んだ。それにジャブロー攻略時、水爆の使用をお前が事前に把握していた証人もいる。」

 

証人はドズルではなくキシリアが用意した。だがドズルはそんな事はおくびにも出さない。

 

『それは作戦を聞かされていた為です。そもそも、降下部隊派遣を決めたのは参謀本部です。』

 

ドズルはため息をついた。やはりシャアはドズルにとって最良の駒だった。手放すのは痛い。

 

「それよ。貴様がジャブローを占領すれば、全て丸く収まった。勝ちさえすれば小さい問題だとな。だがそうはならなかった。そして誰かが責任を取らねばならん。これはそういう話だ。」

 

何という事はない。ドズルは作戦の失敗をシャアに押し付けているだけである。そしてそれをいま、シャアに対してさえ明らかにした。

 

それは兄妹達の手前、シャアの勇み足にしなければドズルの体面が保てない為だ。そして裏の事情としては、ドズルはキシリアの提案を飲まされたのだ。シャアを強請り取られたのである。

 

(許せ、シャア。だがオレの不面目は部下全員の立場を悪くする。今は被害を最小化せねばならんのだ。)

 

しかし事態をありのままシャアに告げることはドズルのプライドが許さない。兵の手前もある。だからドズルがシャアを罷免したという形を取る。鋭敏なシャアであれば、語らずとも理解してくれる。これはドズルの欲目であり、部下に対する甘えであるのかもしれない。

 

『……私は、閣下に見捨てられたのでありますか?』

 

シャアは静かに尋ねた。怒っているのかもしれない。それは当然だろう。彼はドズルの命令を忠実に遂行しただけなのだ。だがドズルはここでは無理に怒って見せねばならない。事情が変わってしまった以上、彼には守るべきものがあるのだ。

 

(シャア、許せよ。)

 

ドズルはため息をつくと、言いたくなかった言葉を吐いた。

 

「だが、俺も鬼ではない。俺はもう面倒を見れないが、キシリアに話をつけた。グラナダに行け。今以上の待遇を確約させた。」

 

「そうでありましたか。ご配慮、感謝いたします。」

 

シャアの気配は変わらない。怒るでもホッとするでもなく淡々としている。やはりシャアは全てを読み通していたのか。だからこうまでも感情を明らかにする必要がないのだろう。

 

「俺はまだ貴様を許した訳ではないぞ。ジャブローを落とせなかった失態は失態だ。貴様の名誉挽回、楽しみにしている。励めよ。」

 

「はっ」

 

シャアとの通信を切断した後、ドズルは机を叩いて怒りを露わにした。

 

「キシリアめ、人の弱みにつけ込みおって。」

 

ジャブロー攻略失敗をドズルの独断としてキシリアに告発されると、ドズル自身が罷免されかねない。それが事実である以上、証拠には困らない。デギン公王でさえ、ドズルの事を守り切れない。むしろ父親は、彼の侵した南極条約違反について厳しく叱責するに違いない。

 

(親父は表面を取り繕いすぎる。戦争は綺麗事では済まされない。それに連邦は所詮は敵だぞ。)

 

連邦の反攻作戦を警戒したドズルの独断、これは概ね事実だ。だが、ドズルにも言い分があるのだ。彼は自らの勘が正しいと確信していた。

 

「連邦は叩ける時に叩いておかねば後悔する。それに兄貴も兄貴だ。」

 

ドズルの怒りはギレンに向かった。少なくともギレンはドズルの計画を承知しており、黙認さえしていたのだ。

 

「兄貴はジオン海兵隊に降下を命じてはいなかった。追加の戦力さえあれば、ジャブローは陥落できていた。この失態、高くつくぞ。」

 

ドズルは政争が嫌いだ。そして兄妹の中で彼だけが連邦を難敵として直視していた。連邦という巨人は間断なく攻撃を仕掛け続けるべきなのだ。

 

「旧約聖書にもあるではないか。ダビデはゴリアテを投石機で倒した後、相手の剣を奪い首を刎ねて勝利を確定した。まだ連邦は投石で倒れたに過ぎんのだぞ。そして今まさに立ち上がりつつある。ジオンが手にしたこのゴリアテの剣でさえ、立ち上がった巨人には奪い返されかねんのだ。」

 

 

 

 

—グラナダ—

 

ランバ・ラル少佐は、ギレン・ザビ総帥の派遣した特使としてキシリア・ザビの執務室に通されていた。

 

「マハラジャ・カーン様よりの正式な要請です。ご息女のハマーン様を引き取り、令嬢教育を修めさせたいと。」

 

ハマーンを手にしたキシリアが、フラナガン機関という怪しげな要請機関でハマーンを被験体にしてしまった。マハラジャ・カーンがそうギレン総帥に泣きついたのだ。それでランバ・ラルは事態の収集に奔走していた。

 

「令嬢教育。ふん、そんなものが何になるか。」

 

キシリアは辛辣だった。真にハマーンの事を思えば、その能力を伸ばすべきである。仮にキシリアがハマーンの立場なら、彼女は喜んでグラナダに残る。そしてニュータイプとして覚醒してみせた筈だ。

 

「だが、仕方あるまい。ハマーンは引き渡す。親の手元に止めたい年齢ゆえな。これまでの貢献に感謝すると、少佐からそう伝えてくれ。」

 

だが父娘を引き離すのはキシリアの本意ではない。キシリアは父デギンの愛娘である。

 

「かしこまりました。」

 

キシリアはかつての許嫁の顔を眺め、まじまじと観察した。全てはジンバ・ラルがザビ家を裏切る前の話だ。今となっては何の感慨も湧かないが、こうしてギレン総帥が派遣してきた事はキシリアに対する嫌がらせなのだろう。

 

(私をイラつかせて判断を狂わせる。ギレン兄の考えそうな事だ。だが親の決めた相手に恋愛感情などあるはずがなかろう。)

 

それでもキシリアが令嬢教育を施された際の残滓の様なものは、胸をよぎる。キシリアにとっては実に滑稽な事に、かつては目の前の男の妻になるべく教育されたのだ。

 

「ハマーンを引き渡すにあたり、こちらにも条件がある。」

 

「なんでしょう。」

 

キシリアはラルに用意した書類を渡した。

 

「ニュータイプの研究のためには、代わりが必要だ。ここに候補者が記載されている。彼を、私の元へ派遣するようにとギレン総帥に伝えてほしい。」

 

ラルの受け取った名前、それは木製船団のシャリア・ブル大尉の名が記されていた。

 

「聞いた事のない名前ですな。」

 

「これまでは木星船団に派遣されていた。帰還したばかりだ。少佐に面識がなくともしかたあるまい。」

 

キシリアにとってハマーンとは、用済みになった被験体に過ぎない。惜しいが、マハラジャ・カーンの恨みを買ってまで手元に留める必要はない。だからマハラジャ・カーンがギレンに泣きつく様に仕向けた。全てはシャリア・ブルを手に入れる為である。

 

(ハマーンは私に忠誠を抱くように調整した。軍に志願する年齢となれば、私の元へ戻る。だがシャアを引き抜いた今は、奴と共に前線で使える軍人が今は必要なのだ。)

 

「キシリア様の正式な要請とあらば、ギレン総帥も断られないと思います。ギレン総帥への説明の為にも、ハマーン様は私がこのままお連れしてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ構わない。ギレン総帥も貴様も、約束は守ってくれる。そうなのだろう?」

 

「ええ、お任せください。」

 

「兄への忠義立てご苦労な事だ。私も貴様には期待しているよ、ランバ・ラル。」

 

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

前作から続いたジャブロー戦でしたが、今回でようやく一区切りまで書き切る事ができました。

本来の宇宙世紀では、シャアはガルマ戦死の責任を負わされる形でドズル麾下を離れる事になります。しかしGQuuuuuuX世界線では、シャアは木馬を追跡する必要がなく、ガルマも生存しています。

その一方で、GQuuuuuuX本編ではシャアはキシリア陣営へ移籍しており、beginning映画パンフレット年表では「北米の失陥」と「ジャブロー攻略戦」も発生している事が示唆されています。

この「どういう経緯でシャアがドズル陣営を離れたのか」を、自分なりに整理して描く事が今回のテーマの一つでした。

また今回は、シャリア・ブル登場までの流れも描いています。

本来の宇宙世紀では、ララァや、小説版のクスコ・アルのように、シャア以前からジオン側にはニュータイプの素養を持つ人物が存在していました。そして彼らの存在が、サイコミュ研究の発展へ繋がっています。

しかしGQuuuuuuX世界線では、フラナガン機関の研究を加速させた筈のララァが、少なくともキシリアの手元にはいません。

その“欠けている部分”を埋める存在として、本作ではハマーンに登場してもらいました。

また今回、キシリアはハマーンを手放す代わりに、ニュータイプ研究に必要な人材としてシャリア・ブルの派遣をギレン側へ要求しています。

そしてギレン側も、自らの息のかかった存在としてシャリア・ブルを送り込む事を承知した――という政治的駆け引きのつもりで描いています。

その上で個人的に気になっていたのが、GQuuuuuuX本編に登場したGFreDでした。

あの機体は、パイロット不在のまま見切り発車的に開発が進められていたように見えます。

そこで今回は、

「キシリアには本来、ハマーンという政治的には扱いづらいものの、本命視していた候補者が存在していた」

という解釈を採用しました。

そして、ハマーンの為に用意されていた席へニャアンが収まったのがGQuuuuuuX本編なのではないか――そう考えると、自分の中ではかなりしっくり来たのです。

キシリア様、妙に“少女を取り込む”手際が良かったですしね。

最後になりますが、今回はマチルダ生存ルートで進めている都合上、ウッディーも生存という形にしました。

この辺りは、順当な帰結として受け取って頂ければ幸いです。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • マチルダ結婚おめでとう!
  • シイコもう連邦のエース
  • 敵エースの散り際までかっこいい
  • アプサラス怖すぎ
  • 活躍したシャア左遷は哀れ
  • ドズルもかなり辛い立場
  • キシリアが全部持ってく
  • ハマーン様の令嬢教育に興味津々
  • ジャブロー攻防戦の臨場感が凄い
  • ザビ家同士の政争が泥沼すぎる
  • ウッディーはやはり生きていた!
  • シイコはそろそろ“魔女”拝命?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。