【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第18話 “魔女”の由来

 

—マドラス—

 

ジャブローからの弾道飛行で〈ペイルホース〉はインド上空に到着した。高高度からの降下を開始すると、背後に二機の戦闘機が張り付いた。到着を待ち構えていたセイバーフィッシュが最適な位置で背後を取ったのだ。とはいえそれは事前通告した結果に過ぎない。だから操艦を担当しているマチルダに緊張はなかった。今回の訪問は、相互の合意に基づく取引だからである。

 

マドラス基地側が警戒して見せるのは、通常の手順に過ぎない。むしろ緩みのないマドラス基地の健在ぶりにマチルダは安心感さえ覚えた。戦争で疲弊する連邦において、維持されている練度では随一の存在かも知れなかった。

 

「マドラス・コントロール。ペガサス級〈ペイルホース〉より着陸許可を求める。」

 

『〈ペイルホース〉の着陸を許可する。歓迎するよ、“突進”』

 

マドラスの空域管制は、ジャブロー戦後につけられた最新のマチルダの異名を承知していた。

 

(最新の情報にも通じていると、そう誇示して見せているようね。)

 

エルラン中将の下、半独立状態にあるようだが彼らは依然として地球連邦軍の一員でもある。横のつながりも保たれているのだ。

 

(かつては“麗し”のマチルダなんて、そう呼ばれた時代もあったな。)

 

マチルダは懐かしく思い返す。輸送部隊指揮官の頃は、非公式の美人軍人トランプのクイーンに選ばれた事もある。結婚した今となっては、“麗し”の方で呼ばれると違和感しかない。ただ新しい“突進”という異名についてもマチルダとしては思うところはある。

 

(頭に血が上っていたとはいえ、“赤い彗星”の機体をペガサスの艦体で押し出したのはやり過ぎたかしら。)

 

その故事から“突進”という異名を進呈されたのだ。まるで雄牛のような異名だ。マチルダも気に入ってはいない。ただまぁ異名を得るほどに名前が広く知られていると、今回のように話が早くて助かる面もあるにはある。

 

「艦長、話し合いには自分も同行します。」

 

物思いに耽っていると、それをマチルダの緊張と捉えたのだろう。副長のブライトが進み出て同行を志願した。その申し出を、マチルダは笑って退けた。

 

「レビル将軍、そしてゴップ提督。このお二人の信書はエルラン中将に私が対面して直接渡す必要があります。だから私の代理として中尉は艦に残って。後は貴方に任せます。」

 

「はっ!」

 

承服を敬礼で示すブライト。彼もすっかり中堅という雰囲気になっていた。野戦指揮官然とした雰囲気はまだあるが、少しは周囲が見渡せる男になりつつある。

 

「さて、行きますか。」

 

マチルダが艦を降りると、基地からの出迎えのエレカにアンキーが一人座り待っていた。

 

「やあ。大活躍したってね、センパイ。」

 

インド亜大陸の煌めくような陽光の下でも、アンキーの表情は以前と変わらずくすみがない。マチルダは後輩の変わらぬ姿に安堵した。束の間、二人は北米にいた先輩後輩としての時間を取り戻す。

 

「アンキー、あなたも元気そうじゃない。」

 

「忙しいばっかりだよ。人手が少ないから、ジオンとの交渉を任されているのさ。」

 

彼らマドラスの軍はジオン軍とも単独講和している。その結果としてジオンの査察を受け入れており、自然に現場レベルでの交流が進んでいるのだろう。

 

「それじゃ、ジオンに何もかも筒抜けなの?」

 

冗談めかしてマチルダは気になる事を聞いた。結婚後、自分が図太くなった自覚はある。

 

「そんなわけないさ。何もかも知られた女は魅力を無くしちまう。“秘すれば花”ってね。世阿弥の言葉さ。」

 

アンキーは何やら難しい事を言うと、隣のシートを指し示した。乗れとの合図だ。

 

「さあ、エルラン中将がお待ちだ。アタシが“突進”を司令部までエスコートするよ。」

 

 

 

 

 

久方ぶりに対面したエルラン中将は元気そうだった。レビル将軍やゴップ提督といった上官の顔色を窺わないで済むので溌剌とした、というのがマチルダの印象だ。確かに戦争に疲れた上官の相手は部下を疲弊させる。

 

「遂に、連邦軍も我々を認めたか。」

 

それがマチルダの持参した信書を読み終えたエルランの感想である。

 

「はい。停止された中将の職権も全て回復され、終戦後の地位も確約するとの事です。ですので、こちらが依頼した物資の引き渡しをお願いします。」

 

信書に書いてあるのだが、使者の認識が相違ない事を示す為にマチルダは敢えてそう伝えた。

 

「よかろう。」

 

エルランは合意の印に頷いてみせる。それを受けてそれまで控えていたアンキーが進み出た。

 

「これが書類一式だ。実物は艦に運ばせる。検品も積み込みも好きに進めてくれていい。」

 

「助かるわ。とにかく、数が不足しているから。」

 

「今回は互いに納得した上での純然たる取引だ。気にしなくていいさ。」

 

アンキーが示す書類には、連邦が熱望する物資が記載されている。マドラスで製造されたMS用のエネルギーCAPだ。これはMSのビームライフル実装に欠かす事の出来ない部品である。重要で秘匿性は高いが、基礎部分はジオンにはガンダム強奪と共に流出した技術でもある。生産を予定していた北米は核攻撃で甚大な被害を受けた。そこでソロモン攻略に間に合わせる為、停戦で被害が最小化したマドラスに生産を委託したのである。

 

「連邦のMSはこれで完璧に用意が整う。宇宙に行く準備が出来る。」

 

だから今大切なのは、マドラスの生産分を連邦で間違いなく引き取る事である。マドラス生産のエネルギーCAPという部品だけではビームライフル全体は完成しない。マドラス部隊としても連邦のサプライチェーンを構成しなければ無用な品なのだ。

 

「軽キャノンって連邦の新型、そんなに強いのかい?」

 

「悪くないわ。エースは凄い戦果を叩き出してる。ただ、これはあくまでもうちの部隊ではの話ね。」

 

マチルダの脳裏にはカイやハヤトがいる。射撃が上手ければ扱いやすい機体だ。シイコも良く乗りこなして誰よりも戦果を叩き出しているが、本人はザクの方が扱い易いと文句を言っていた。

 

「なら、戦争には連邦が勝つのかい?」

 

アンキーの目が光る。エルラン中将に聞かれているこの場で、マチルダは躊躇せずに答えた。

 

「負けないわ。でも、その先は運次第よ。」

 

「その返事で、アタシらがジオンに味方して、例えば今回の取引の品にインチキしたりするとは思わないのかい?」

 

「そんな事しないわ。する必要がないもの。」

 

マチルダはそう言い放った。

 

「あなた達が望んでいる事は、連邦とジオンの均衡。ジオンに地球の半分を切り取られた現状で、ジャブローまで落とされかけた。これ以上の連邦の不利を望んではいないでしょう?」

 

「はは、そこまで見透かされてるんだね。」

 

そしてアンキーは笑いながら言った。

 

「アンタ変わったね、センパイ。」

 

「結婚して人妻になったのだもの、変わらないほうがおかしいわよ。」

 

「ふむ、納得した。」

 

アンキーとマチルダの会話に、エルラン中将が口を挟む。

 

「君たちはソロモンを落としに行くのだろう。否定しても無駄だ。我々はその結果を君たちの側に立って受け入れる。ジオンとの和平条約の下交渉、任せてくれと伝えてくれたまえ。」

 

マチルダはエルランに向き直り、姿勢を正した。

 

「お約束ありがとうございます。然るべき立場の者に、必ずお言葉を伝えます。」

 

連邦の勝利であれあるいは敗北であれ、ジオンとの間には一体の信頼関係と戦後の共存が必要となる。エルランのようにジオンと話をつけられる存在は、ますます必要とされるのだ。

 

その相手が口利きを申し出てくれた事に、マチルダは謝意を表した。これは彼らの都合に基づく話である。しかしだからこそ、マチルダは彼らの本気を信じられた。

 

 

 

 

 

—ジャブロー基地—

 

〈ペイルホース〉がマドラスからの輸送任務に従事している間、MSパイロットには待機が命じられていた。輸送量確保の為にも、新型の機密維持の為にも艦載機は搭載せずに出発したのだ。

 

鬼の居ぬ間に洗濯という訳ではないが、パイロット達は食堂に集まっていた。それはシイコ・スガイが大尉に昇進し、MS部隊の新たな指揮官に任じられたからである。

 

「それでは、シイコ・スガイ大尉の昇進を祝して乾杯!」

 

リュウの乾杯の音頭に、参加者は水で満たされたグラスで唱和した。

 

「「「乾杯!」」」

 

今回はシイコを囲んでの祝いの席である。とはいえ戦時中の基地の中だ。〈ペイルホース〉の有志が食堂に集まり、シイコを囲んで常と変わらない食事をするだけの場である。酒もない。

 

「書類上は海でジオンのMAを撃破した功績で、シイコさんはとうの昔に中尉に昇進してたんだってさ。」

 

カイ・シデンが食事をぱくつきながら、シイコの昇進について解説を加える。耳の早い彼は、いち早く詳細をかぎつけたのだ。

 

「て、シイコさんはどうして今まで中尉昇進を隠してたんだっけ?」

 

「年齢が、バレるからよ。」

 

憮然とした表情でシイコが答える。言いにくそうにしているのは、セイラやミライがいるからだ。同い年のような顔をしていた彼女達に年齢バレしたくなかった、とそれだけの話である。

 

「で、シイコさんの本当の年齢は幾つなのかな?」

 

「……ん、じゅう、ななさい。」

 

「聞こえないなぁ?」

 

「今年で、に、じゅう、ななさいよっ!」

 

「「「ええっ!!!」」」

 

どよめきが食堂に満ちた。セイラとミライは驚きのあまり口元を押さえている。自分達の年上の可能性は意識していたにせよ、多くても二、三歳という認識だったのだ。

 

「十七が、二十七とはね。ケッケッケッ、十歳もサバを読んでやんの。まさか“魔女”という異名の由来がそこからとはね。」

 

ゴチンっという音を立てて、ミハルの拳がカイの後頭部を強打した。パイロットがいないと連絡役も不要な為、マドラス行きを免除してもらっていたのである。

 

「イテェ。」

 

頭を押さえてうずくまるカイを、ミハルが引っ張って姿勢を戻させる。

 

「ほらカイさん、しゃんとしなよ。……おほほほほ、続けてくださいね。スガイ大尉。」

 

「“魔女”って呼ばれているのは、私が箒みたいな機体に跨ってMSで空を飛ぶ女だからよ。みんな、上手い事言うわよね。」

 

場の空気をかき回す役目のカイがいなくなった事で、誰も答えようとしない。食堂をしばし沈黙が支配した。

 

「ま、まあ。スガイ大尉は僕らと変わらないくらい若く見えるって事ですよ。ね、ね。」

 

何か言わないとと焦ったハヤトが、口を開いて無理矢理そうフォローする。

 

「ありがと。」

 

満更でもなさそうにシイコが礼を言う。

 

「わたし、スガイ大尉にはこれまで失礼を…」

 

席から立ち上がって謝罪の言葉を口にしかけたセイラを、シイコは手で制した。

 

「やめて、お姉様。」

 

「お姉様って、スガイ大尉の方が年も階級も上じゃないかしら。」

 

常識人のミライが思わずそう溢すと、シイコがもう片方の手でミライも制する。今は黙って、の合図である。

 

「私も、これまでずっと楽しかったの。あ、私の居場所を見つけた、って。」

 

「セイラさんに拳で殴られて、なんか目覚めちゃったんだってさ。」

 

カイのヒソヒソ声は皆の耳によく届いた。そして誰もがその説明に納得する物を感じる。そして誰もが気がついた。多分、カイやハヤトはシイコから頼まれたのだ。セイラとミライとの間を上手く仲立ちして欲しいと。

 

「だから、今まで通りお姉様と呼ばせてっ!私の事は、シイコと呼び捨てでいいから。」

 

セイラに抱きつくようにそう迫るシイコ。彼女にガクガクと首をゆすられながら、セイラは告げた。彼女はシイコと目線を合わせようとはしなかった。

 

「無理です。」

 

にべもないセイラの拒絶に、シイコが唇を尖らせた。

 

「なんでよう。それくらいいいじゃないのさ、ケチ。」

 

「だって、大尉の方が私より階級が上なんですから。」

 

「それなら、これは命令よっ!」

 

「そんな命令は聞けません。マチルダ艦長に叱責されます。」

 

「しかし、なんだな。」

 

これまで沈黙していたリュウ・ホセイが口を開いた。

 

「シイコさんの異名、“魔女”はそんな意味だったんだな。」

 

「あら、そんな意味って?」

 

ミライが尋ねた。

 

「なんか、いろんな物を超越してるって事さ。」

 

「それは、そうかもしれないけど。」

 

軍隊は階級が絶対だ。ただ〈ペイルホース〉隊は徴用兵が多く、民間の空気が色濃く残る。シイコのようなはみ出した存在には、居心地がいいのかもしれない。

 

「わかったわ、シイコ。これまで通り、できる範囲でやっていきましょう。」

 

「嬉しい、お姉様。」

 

ミライが振り向くと、セイラの首筋にシイコが齧り付いていた。なんだかんだでセイラが折れる形になったらしい。

 

「ホント、どっちが年上なんだか。」

 

カイが溢すと、珍しくイセリナがカイに応じた。

 

「若くても、尊敬される特別な人はいます。私やハモンさんも、セイラさんを尊敬しています。」

 

「ハイハイ、そうですね。セイラさん、オレもセイラさんの事は愛してるよ!」

 

「何よ、男なんかにお姉様は渡さないわ。」

 

「たはっ。すっかり元通りだわ、これは。」

 

 

 

 

 

—サイド3—

 

ラルがサイド3に帰還すると、軍港にはカーン家の迎えが到着していた。それもマハラジャ・カーン直々の出迎えである。

 

ハマーンが父親の姿を認め、彼の元へと駆けていく。これでラルの出番は終わりだ。実にあっさりとしたものだった。

 

(幾つもあるコロニーのバンチで、良く到着する場所を探し当てたものだ)

 

ラルはそこにギレンの、或いはセシリア・アイリーンの意図を感じた。これは政争の一環と捉える方がよく、つまりはカーン家をギレンとキシリアが取り合うという構図なのだ。

 

嬉しそうにハマーンを抱き上げていたマハラジャが、侍女らしき女性にハマーンを預けた。そしてラルの方へと向き直る。ラルは失礼にならないように頭を下げた。

 

「今回の君の尽力には、深く感謝しているよ。」

 

「勿体なきお言葉です。私はギレン総帥の指示に従っただけでありますので。」

 

ラルの言葉に、マハラジャは万事心得ているというように頷いた。

 

「彼女に伝えてくれ。『ハマーンをよろしくお願いしたい』と。サイド3での令嬢教育を受けるにあたり、お力添えを賜りたいとね。」

 

ラルはマハラジャの意向を正しく読み取った。伝言の宛先の彼女とは、セシリア・アイリーンで間違いないだろう。

 

これは謂わば、カーン家がキシリア派からギレン派への鞍替えするとの宣言である。それも正面から行われるのではないのだ。ハマーンとセシリア・アイリーンの接近というごく目立たない形で行われるのだろう。キシリアの下でフラナガン機関の被験体とされているよりかは、よほどマシな処遇と判断したに違いない。

 

「それはセシリア・アイリーン様も喜ばれるでしょう。ハマーン様とお茶会など開かれるのではありますまいか。」

 

ラルのその咄嗟の受け答えは、マハラジャの意に沿っていたらしい。今の時点では、寄宿学校などの長期の拘束は望まないという事である。

 

「それが良いだろうな。人間、日頃から顔を合わせておかなければ遺漏が出るものだ。新たな環境には徐々に慣らしていかねばならん。」

 

「はい。その通りです。人も生き物でありますから。」

 

「何事も急激な変化は望ましくないな、今回はそれを思い知らされた。」

 

(マハラジャ・カーンは、キシリアの急進性に気がついたのだろうな。元々古き名家は急激な変化を嫌う。だが、キシリアはそれを理解していない。)

 

それがラルなりの今回の受け止めである。キシリアには、どこか走り出したら止まらない危うさがあるのだ。それを包み気取らせないのが年の功という事である。キシリアはまだ、その域に到達していない。だから彼女について行ける者はごく少数に限られる。

 

「ハマーンはゼナの様に生きるのは向いていないと思っていた。が、こうなると考え直す方が良いようだ。」

 

マハラジャはドズルと姉のゼナを縁組した。女の幸せを追求したゼナに対して、より才能あるハマーンはキシリア預けた。が、後悔したということである。

 

「ハマーン様はまだお若いのです。サイド3ならば、将来を決められるまでに色々な可能性を試せましょう。」

 

ジオンの国府であるサイド3は、可能性に満ちている。サイド3でハマーンを教育するのならば、ギレンの事実上の妻であるセシリア・アイリーンの派閥は最適であろう。

 

「ガルマ様も、無事に過ごされているのだろう?」

 

「はい。最近は食欲を取り戻されたとアイナ・サハリン様からご様子をうかがっております。」

 

表面上、ガルマを擁する形のアイナはセシリア・アイリーンを通じてギレンの下にある。ザビ家の多数派はギレンの下でしかと形成されている。

 

「ふむ。お元気ならばそれで良い。」

 

ギレン派の取りまとめ役こそがセシリア・アイリーンである。そこに直に繋がるのは、サハリン家やカーン家というのがラルやマハラジャの描いた図面である。

 

それが可能となるのはセシリア・アイリーンがギレンの寵愛を得た事、そしてセシリア・アイリーンがジオンの名家トト家に連なる存在だからである。

 

(今はギレン総帥の為、セシリア・アイリーンを持ち上げる。それを誰も疑いはすまい。だが本当に大切なのは、名家が相応しき女性を推戴する形式そのものよ。)

 

ギレンにせよキシリアにせよ、ザビ家の政治には無理がある。いつの日か破綻は来るのであり、ラルとしてはその時にアルテイシアを推戴する受け皿を用意するだけの話なのだ。

 

この場合のセシリア・アイリーンとは、本命が登場するまでの代役であるスタンド・インに過ぎないのだ。

 

「セシリア様がギレン総帥の妻となる。我らがそれを推し進める事こそ、サイド3の政治を安定させるだろうな。」

 

「はい。相応しき方を推戴する事が大切でありましょう。カーン様には是非とも御協力をお願い致します。」

 

「うむ、心得ているよ。」

 

(マハラジャ・カーンの言質を取ったな。これ以上の長居は無用か。)

 

ラルがマハラジャに暇乞いをしたその時だ。ラルが帰ると見たハマーンが近づいて来た。

 

「ランバ・ラルのおじさん。」

 

「これはハマーン様」

 

別れの挨拶に来てくれたのだろう。そうと察したラルは、ハマーンに対して恭しく頭を下げる。

 

「私、貴方がお仕えしている方に興味があるの。いつ、引き合わせてくれるの?」

 

(セシリア様に、か。早熟とは聞いていたが、血は争えぬか。大人達の会話をきいているとは、実に末恐ろしい子だ。)

 

ラルが感心した時、ハマーンが告げた。

 

「その女性、金髪でしょう?」

 

ラルは驚愕した。ハマーンがアルテイシアの存在を言い当てたと直感したのだ。だがアルテイシアの存在は極秘である。この少女に漏れる筈がないのだ。

 

(なんだこれは、これがキシリアの語るニュータイプの力とでもいうのが)

 

ラルは初めて、キシリアの執着するその力の一端を見たと感じた。

 

「何か、お考え違いをされているのではありますまいか。セシリア・アイリーン様は見事な赤毛です。」

 

「では、そういう事にしておいてあげるわ。」

 

ハマーンはラルにそう伝えると、つま先立ちになってラルの顔に口を近づけ囁いた。

 

「大丈夫よ。私達だけの秘密。私達は協力し合うの。そうすれば、あなたが真に仕えるお姉様はきっと私が欲しいものを授けてくれるわ。」

 

 

 

 

 

—ジャブロー基地—

 

予定数量を上回るMS用のエネルギーCAPを持ち帰ったマチルダは、打ち合わせ開始まで待機を命じられた司令部近くの小部屋で意外な相手と顔を合わせた。バスク・オム大尉である。

 

「結婚したそうだな。」

 

マチルダの顔を見るなり単刀直入にいうバスクの様子に、マチルダは笑った。新婚の幸せさを妬ましく思う男が多いのだ。こうして真正面から切り込んでくるだけ、バスクはかなりマシな部類である。

 

「ええ、お陰様で。毎日が楽しいわ。」

 

「結構な事だ。守るものがあれば人は強くなれる。」

 

バスクとマチルダの間には、ある種の暗黙の了解がある。それは互いに“連邦を裏切らない”という戦友の様な連帯感だろうか。

 

バスクは、マチルダの部隊に北米ジオンの捕虜の状態から救われた。マチルダは、バスクと共にエルランやアンキーの離脱を経験している。それは同じ側で踏み留まった者同士にしか分からない感覚だった。

 

「ここには、勲章の授与にあたっての事前説明に?」

 

「ああ。そちらと同じ議会名誉勲章の件だ。」

 

議会名誉勲章は形式としては連邦政府の発行する最高位の勲章である。バスクは北米の奪還における尽力が、マチルダはジャブロー防衛での尽力が認められた形だ。

 

「私としては、勲章よりも昇進が良かったわ。」

 

新婚のマチルダは何かと物入りなのだ。階級が一つ上がれば給与等級も上がる。特に佐官になれば恩恵は大きい。しかしバスクは首を横に振る。

 

「名誉勲章を得た士官は、昇進に上限がなくなる。マチルダ・アジャン、この勲章を得た我々は将官になってももはや不思議はないのだ。出世は時間をかけて行われる。手柄さえ挙げ続ければ、いずれは辿り着くはずだ。」

 

マチルダを衝撃が包んだ。完全に知らなかった訳ではない。薄々は把握していた。しかし自分にその可能性があると彼女はこれまで認識せず、また周りもそうだったのだ。

 

「私は、今はマルデンよ。」

 

結婚して姓が変わったと訂正しながら、マチルダは尋ね返した。

 

「将官、私が? それは冗談でしょう?」

 

「この戦争の間は無理だろう。先の話だ、二十年か三十年はかかる。なりたくなければ、ならなくてもいい。しかし異名まで得たのだ。上はもうそのつもりだと私はそう思うがね。」

 

そしてバスクは言葉を付け足した。

 

「ま、私は幸運の女神を手放す気はない。君には引き続き、私と共に上を目指してもらいたい。」

 

その時、部屋の扉が開いた。ゴップ提督が姿を見せる。

 

「両名とも揃っているな。それではこの勲章のもつ意味から説明をしよう。君たちの価値を、軍がどれほど高く見積もっているかをな。」

 

ゴップ提督の言葉にバスクがニヤリと笑って見せる。いつになく無邪気なその笑みは、雄弁に『あ 言った通りだろう?』とマチルダにそう告げていた。

 

 

 

 

 

—サイド3—

 

ラルはギレン総帥府に出頭した。ハマーンを無事送り届けたと首尾を報告する為である。ラルのこの報告を聞くのはギレン本人ではなく、首席秘書のセシリア・アイリーンである。

 

「マハラジャ・カーン様は、セシリア様とハマーン様を是非お引き合わせしたいと。お茶会など開いて頂けないかとの事でした。セシリア様が正統な地位を得るべく尽力されるとの事です。」

 

「良くやりました、ラル。」

 

奥様然としてセシリア・アイリーンが答える。彼女は満足そうである。単にマハラジャに貸しを作ったのではない。ハマーンを従える事は、セシリア・アイリーンの名声を高めるのだ。この場合のハマーンは飾りだが、だからこそセシリアは満足するのである。

 

「ハマーン様も、セシリア様を姉として慕われるとそう仰せでした。」

 

「私を姉と、そう呼んだのですね。」

 

ドズルの妻はハマーンの姉ゼナである。ドズルの兄の妻はゼナから見れば義理の兄嫁である。ハマーンとセシリアの関係性もそれに準じると見なせなくはない。そしてガルマの婚約者のアイナもそこに加わりうる。皆、男兄弟のパートナーなのだから。

 

「セシリア様を頂点に、ゼナ様、アイナ様、ハマーン様は正に姉妹のような間柄といえましょう。」

 

全ては、ギレンがセシリアと婚姻したのならだ。ただそうなってくれる方が彼ら全員に都合がいい。ラルのしてきた政治的な工作は、そのような内容である。

 

「貴方の進言通り、近くお茶会を開きましょう。アイナ・サハリン様とは連絡を密にしなくては。手配を頼みますよ。」

 

「はっ、お任せください。」

 

「私から総帥に状況を伝えます。うふふ、マハラジャ様の支援に貴方の献身、総帥もさぞ喜ばれるでしょう。」

 

セシリア・アイリーンはギレン・ザビ総帥の謂わば裏口なのだ。ギレンがセシリアを裏口として機能させるつもりがあるのなら、彼女の下にジオンの名家はまとまるのである。それはセシリアだけでなくギレンの活動にも益となる。

 

今は互いに手探りではあるが、そもそも敵同士ではない。これは互いにサイド3を支配する者同士が、より的確に結びつくためのコネクションなのだから。

 

「セシリア様なればこそ、皆従いましょう。マハラジャ様も私も、セシリア様に相応しき地位を得る為に努力して参ります。」

 

「ええ。期待していますよ、ランバ・ラル。」

 

そして彼女は付け加えた。

 

「その様な日を早く迎える為にも、この戦争には必ず勝利しなくてはなりませんね。」

 

 

 

 

 

—グラナダ—

 

グラナダに帰還したマ・クベは忙しい日々を過ごしていた。彼が行なっているのは一から宇宙決戦用の艦隊を抽出する努力である。本国の増援もあてにすれば、決算は可能とマ・クベは結論を導き出した。

 

「……だがソロモンはどうにもならんな、これは。」

 

連邦がソロモンに侵攻する予定日時までに、ジオンの戦力は整わない。それは最新鋭MSである“ゲルググ”の量産計画の遅れによる。それ自体は量産型のガンダムである以上は致し方ない。だが諸々勘案しても遅れるのだ。ソロモン防衛には間に合わない。

 

「既存戦力を中核にザクで数を揃えるか。いや、パイロットが有限である以上は悪手だな。」

 

パイロットはオデッサの撤退組を軸に、ゲルググへの機種転換訓練中である。ザクがあるからと言ってザクに乗せてしまうと、今度はゲルググに乗せる兵が不足する。

 

「それこそ学徒動員でもしなければ本国防衛が覚束なくなる。そんなもので、連邦の艦隊を正面から打ち破れるはずもない。」

 

勝てる。が、未だ条件が不足していた。ソロモンを連邦に攻めさせつつ、手薄なルナツーを一気呵成に落とす。それしかない。しかしわずかな時間差で、ソロモンも落とされルナツーを落とさない虻蜂取らずになりかねない。

 

「まだだ。まだ何か猶予はある筈だが。……ビグザムだけでは、とても足りんな。」

 

ゲルググを軸に訓練済みの兵と艦隊の数を揃える。それで問題なく勝てるはずだ。しかし時間はかかる。そこだけは覆しようがない。

 

「キシリア様ならば、ソロモンは見捨てよとおっしゃるだろう。だがそれではダメなのだ。結果的にそうなったとしても、計画上は上手くいく可能性を見出さねばならん。」

 

マ・クベが髪玉を掻きむしったその時である。彼の執務室にドアをノックする音が響いた。

 

「入れ。」

 

副官のウラガンが姿を現した。

 

「失礼します。ツィマド社のヘンデル最高技術責任者がお見えです。」

 

「通してくれたまえ。」

 

マ・クベは時計をチラリと見た。作業に没頭していたが、アポイントメントの時間が来ていたらしい。万事心得ているウラガンは、茶菓の用意は欠かさない。

 

マ・クベは相手との商談に専念すれば良い。そして今回の話は、マ・クベに苦労をかける話でもない。

 

「お久しぶりです、閣下。」

 

「ご無沙汰しておりますな。かけてください。」

 

将官に対する挨拶を行ったヘンデルに、マ・クベは椅子をすすめた。

 

「ゲルググの量産計画では、弊社にも生産の分担をいだだき、感謝しております。」

 

礼を述べるヘンデルに、マ・クベは愛想良く笑って見せた。

 

「ゲルググの量産は急ぎます。全てこの戦争に勝利する為の最適化に過ぎません。」

 

「心得ております。万事お任せください。」

 

本来ゲルググはジオニック社のMS-14が採用される筈だった。ツィマドのMS-15は敗北したのである。しかしキシリアが強引にガンダムの量産計画を立ち上げたことにより、この両社の競争はゲルググの生産を分担し合う痛み分けの形に終わっていた。

 

「さて、MS-15ですが。」

 

ウラガンが差し出したカップを受け取ったマ・クベは本題を切り出す。

 

「なかなか見所のある機体だ。開発を続けて頂きたい。」

 

同じくカップに手を伸ばしていたヘンデルの目が光った。

 

「MS-15は、コンペに敗れた機体です。このまま開発をしても、採用される見込みがないのでは困ります。」

 

「無論、受け皿は用意しましょう。キシリア様の配下を選抜し、部隊編成する予定があります。その専用機に、MS-15を回したい。」

 

「よろしいのですか?性能的には、ゲルググに勝てるとは思えませんが。」

 

ヘンデルの探る目は、現場をよく認識していた。ゲルググはジオンと連邦の優れたMS技術を選りすぐったMSである。一年戦争における一つの完成形であり、量産機であればあれ以上の性能は見込めない。

 

「無論、戦後を睨んでのことです。開発にはまだ時間をかけられましょう。ゲルググの技術も開示します。最高のMSをお願いしたい。」

 

ツィマドとジオニックはそれぞれゲルググの技術を半分しか有していない。両社の生産設備を合算してゲルググは製造されている。だがツィマドに全データを流したなら、ツィマドはジオニックにリードできる。

 

(これは、我が社が巻き返すチャンスか。)

 

マ・クベの誘いはヘンデルの心を掴んだ。ツィマドの主力製品はザクであり、アッガイやズゴックである。対するジオニックはヅタで不評を買った為に採用事例はドムやゴッグしかない。これらはザクほど圧倒的に量産されたMSではないのだ。

 

「無論、本社に持ち帰らせて頂きますが私としては前向きに検討をさせて頂きたく。」

 

「大変結構。ただし、ジオニックに漏れないように注意を。」

 

「む、無論です。」

 

ジオニックはサイド3屈指の大企業であり、必然的にギレン・ザビと関係性が深い。キシリアとツィマドが接近するのは、まさにそれが理由だ。追いつこうとする者同士の連帯なのである。

 

「念の為、キシリア機関から人員を派遣しましょう。何、連邦を警戒した情報漏洩対策です。問題とはなりますまい。」

 

「……感謝します。」

 

それがギレン派のツィマドの産業スパイを警戒しての措置である事は明白だった。しかしヘンデルは素直に頭を下げた。マ・クベは辣腕である。彼についていく限り、ツィマド社もその製品も安泰であるに違いなかった。

 

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

今回はジャブロー戦後の幕間回として、久しぶりに程よい分量でまとめる事ができました。本当はビームライフルの試験運用など、戦闘シーンも書きたかったのですが、今回はテンポを優先して省いています。

一方で、ジオン側の政治パートは今後も今回のように静かに進んでいく予定です。軍事面ではドズルやマ・クベの比重も増えていきますので、そこは書いていて楽しみな部分でもあります。

また、今回はこれまであまり触れてこなかった“異名”を本格的に描写しました。特にマチルダの“突進”という異名は、彼女の真っ直ぐな生き方を象徴しているようで、個人的にも気に入っています。

次回更新はBlu-ray版『GQuuuuuuX Beginning』視聴後になる予定です。少し間が空くかもしれませんが、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • マチルダの結婚式見たかった
  • シイコ年齢詐称すぎる
  • カイの茶化しが平常運転
  • 人妻マチルダ強すぎる
  • “突進”の異名面白い
  • マチルダ将官ルートか
  • バスク意外と戦友枠
  • ラルの長期戦略が怖い
  • セシリア派が強すぎる
  • ハマーンもうNTでは?
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