【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第20話 均衡の揺らぎ

—地球衛星軌道—

 

ジャブローから上昇したペガサス級〈ペイルホース〉を宇宙で待ち構えていたのは三隻のムサイ級巡洋艦である。それは地球の衛星軌道を封鎖するジオンのパトロール艦隊だった。

 

「来たわね。」

 

予期された敵の襲来に、マチルダは唇を舐めた。今の〈ペイルホース〉は、かつて地球の大気圏内に逃亡するしかなかった時とは異なる。パイロットの練度は上がり、自信もつけた。何よりその格納庫には、連邦が量産したMSで満たされている。

 

「予定通りに行くわ。まずはシイコ達の射出を。続けてミライの指揮で後続を展開して。」

 

「はい、分かりました。」

 

パイロット達との窓口役はミハルだ。彼女の通話に耳をそば立てながら、マチルダとブライトは認識の擦り合わせを行う。

 

「ザクを屠った後、残されたムサイを追撃しますか?」

 

「不要よ。ムサイは見逃します。こちらがサイド6まで進むなら、これ以上は横槍が入らないうちに先へと進みたいわ。」

 

マチルダはこれまでの経験から、〈ペイルホース〉の戦力が目の前の敵を圧倒している確信がある。シイコの存在一つとっても、三隻のムサイとその搭載機など鎧袖一触だ。だが、この敵を蹂躙するのは今回の作戦の目的ではない。

 

宇宙は既にジオンの制圧下にある。ルナツーとサイド6のみが、連邦にとって寄港可能な選択肢である。いかに早く、そして確実に辿り着くかである。行手を阻まれる可能性は常に存在している。グラナダ以外なら月面都市も中立を謳ってはいるが、実態は伴わない。逃げ場は限られる。袋叩きに合う前に、前へと進まねば後手になりかねない。

 

「となると、シイコさんが上手くザクを駆逐できるかですね。」

 

ブライトにも不安はある。彼らがこれまで有利だったのは、重力の制約が彼らの有利に働いたからだ。軽キャノンは射撃に特化した機体である。そして重力下のMSはかなり動きが制限される。接近するまでに叩くというのは、連邦の勝ちパターンであった。

 

ルウムで連邦艦隊に圧勝したのは機動兵器としてのザクである。重力下と無重力の宇宙空間では別の兵器を相手にするような違いがある。

 

「MSはMSよ。連邦軍の実力に期待しましょう。」

 

マチルダは楽観的である。彼女には部下達のこれまでを見守った自負がある。ソロモンまで突き進むのだ。こんなところで足踏みする余裕なぞ連邦にはない。

 

「接敵します!」

 

オペレーターの声に、マチルダとブライトは固唾を飲んでモニターを見守った。

 

 

 

 

 

宇宙での戦闘は地球とは異なる。推進ベクトル方向が一致しないと、ただ高速ですれ違って終わる。軍艦の砲門が横向きで発射される事が多いのは、互いに同じ方向へ推進ベクトルを向けて並走するようにして戦う為である。

 

軍艦同士は合流する川の流れに沿って、並行な位置関係で戦闘しているようなものだ。とはいえ艦首は意図して相手側に向ける事もある。特にペガサスの場合、カタパルト発進するのは相手の進行方向となる。つまり未来の相手の到達位置である。

 

ただし宇宙では、自分の加速ベクトルを意識しにくい。この為MSのパイロットは停止した宇宙で自由に機体を操作する錯覚に陥る。

 

実際は彼らは艦載兵器であり、発進した時点で母艦の推進ベクトルの影響を受けている。海の上を進む船の甲板の上にいるようなものだ。船の上にいると、甲板の位置関係でしか自分の居場所は把握できない。全ては彼我の相対位置で決まる。互いに似た推進ベクトルの中にいるなら、それは互いに静止しているに等しいのだ。

 

飛び出したシイコの軽キャノンは、Gファイターの推力でさらに加速している。それはザクという高機動兵器の鼻先を掻い潜り、彼らの背後に位置取らせる。それはペガサス級から見て挟み撃ちの態勢なのだ。

 

『上手くやれって言われるのは苦手なのよね。』

 

シイコは愚痴を言う。しかしどこか嬉しそうな口調である。これは愚痴ではない。そう見せかけた一種の惚気や自慢の類だと、バックマイヤー中尉は気がついた。シイコは人を使うより使われるタイプであり、しかも自由が欲しいのだ。面倒くさい人種であるが、そのツボを押さえるとハマるのだ。

 

「集中したまえ、大尉。いや、集中してください。」

 

バックマイヤー中尉はかつての部下を叱責した。口調が直らないのは我ながらどうかと思うが、一度染みついた関係性はなかなか拭えないものなのである。

 

『いいですよ、戦闘中くらいタメ口で。私達って、まだ付き合ってないだけの親しい間柄ですもんね。』

 

コンビを組まされてからというもの、バックマイヤー中尉に対するシイコの態度はだいぶ増長している。シイコが上官になったので仕方ないとは思うが、色々とあらぬ誤解を生むかもしれない。

 

『誤解されるような言い方はやめたまえ。だが、口調は直させてもらう。』

 

だがかつての上官を部下として揶揄いながら、シイコは甘く囁いた。

 

『……今日、勝利したら二人きりでお祝いしましょ。』

 

「こら、上官を揶揄うんじゃない。」

 

そう言い掛けてから彼は気がつく、今はシイコが上官なのだ。すかさず言い直す。

 

「本気にしますよ、大尉。それともセクハラで訴える方がいいですか?」

 

『もちろん、本気にしていいわよ。』

 

シイコは甘くそう囁き返すと、軽キャノンでザクの群れへと斬り込んだ。

 

「いいじゃない、この位置。」

 

接触回線でくだらない雑談をしながらでも、Gファイターを操縦するバックマイヤー中尉の位置どりは完璧だった。彼女の理想とする位置どりで、ザクの群れの中にシイコを放り込んでくれた。Gファイターに繋がったまま、シイコはすれ違いざまに一機のザクを撃破する。そしてGファイターから軽キャノンを離脱させると、もう一機のザクに斬りかかる。編隊を組んでいる敵は、シイコの格好の餌食でしかない。ビームサーベルが敵を切り裂き、これでシイコは二機目のザクを撃破した。

 

『俺は離脱するぞ。ライフルを持つ敵に注意しろ。』

 

バックマイヤー中尉の警告をシイコは聞き流した。ザクの持つライフルは、MSにとってはバズーカ以上に厄介な場合がある。あの武器は狙い易い。だがシイコは、この軽キャノンという鈍い機体でさえ回避する自信がある。今の彼女には、秘密兵器があるのだ。

 

「いけっ!」

 

ヒートホークを手に迫る新たなザクに、秘密兵器を射出する。それはバルカンを撃つような刹那の交差のタイミングである。腕を振り抜く時間はあるが、振り上げる時間が不足する。そんなビームサーベルは使えない一瞬の猶予でしかない。

 

しかしジョブ・ジョンの用意してくれたワイヤー射出装置は、シイコが期待した通りの成果を発揮した。ザクの装甲にルナチタニウム製の鏃が突き刺さる。超高硬度を誇るこの合金は、本来はガンダムを製造する為に用いられる。V作戦が頓挫し格納庫内で放置されていた端材は、新たな兵器の一部に生まれ変わった。射出されたワイヤーの先端はザクの装甲を容易く貫通し、チェーンを繋ぎ止める杭として機能した。

 

ゆらり、とシイコの軽キャノンの軌道が変化する。変幻した動きに別のザクのライフルが空撃ちさせられて虚空に消える。ザクの推進ベクトルと軽キャノンの推進ベクトルが絡み合い、複雑な変化をもたらしたのだ。

 

「甘い!」

 

ワイヤーを撃ち込んだザクと位置を入れ替えるような軌道をとりながら、シイコのビームサーベルが抜き打ちでライフルを構えた僚機のザクを撃破する。これで3機目である。そして悠々とワイヤーで繋がれた四機目のザクを仕留めにかかる。返す刀でワイヤーの切断も忘れない。これをしないと、ザクの爆発に巻き込まれる恐れがある。

 

『もう四機か。上出来だ、まだやれるか?』

 

「ええ、いけるわよ。」

 

ムサイ一隻分のザクは屠った。残るザクは八機である。しかし彼らはシイコを見ていない。遅れて戦場入りした新たな脅威、ミライ率いる軽キャノン部隊と射撃戦を繰り返していた。シイコがこんなあっさり四機のザクを撃破するなど、彼らの予想の範疇にない。

 

射撃戦では本来軽キャノンは圧倒的に有利である。ビームライフルとビームキャノンの二つを使い分け可能な上、直撃すればザクを一撃で破壊可能だ。

 

ザクが有利なのは機動力に優れ、何より宇宙の戦闘に慣れている点にある。しかし彼らも連邦の脅威は目の当たりにしていた。火力で勝る敵に対峙し続けるのは、極めて困難なのだ。

 

ペガサス級には容易に近づけない。ここは後退もやむなし。ジオン側がそう判断しても不自然ではなかった。実際ここで後退できていれば、ジオン側の被害は遥かに軽かった筈である。しかしそうはならなかった。背後から、シイコがGファイターと共に強襲を仕掛けたからだ。

 

本来なら届かない位置にいたシイコが、Gファイターに引き摺られるようにして戦場に到達する。これはGファイターにワイヤーを撃ち込んだから可能になった立体機動である。

 

「なかなかいいじゃない。」

 

ワイヤー射出装置は敵のザクに使用するだけでなく、味方のGファイターに使用しても推力の底上げをしてくれる。シイコにとっては格好の秘密兵器たり得た。

 

『おい、傷がつくんだよそれ。不具合が起きたらどうするんだ。』

 

「そんなの、メカニックに直してもらいなさいよ。」

 

(……これだから男は。ま、そういうところが、かわいいところなんだけど。)

 

兵器なのだ。傷くらいつけてかまいやしない。澄まし顔でシイコは部下にそう言い放つと、背後からザクにビームキャノンで砲撃を加えた。これは敵の動揺を誘う攻撃であり、命中は期待していない。ただ、背後を脅かされたと感じさせさえすればいい。

 

命中しない射撃でも、効果は覿面だった。敵は浮き足立ち、面白いように味方の攻撃が命中するようになる。こうなると数の差も生きる。味方機は軽キャノンだけで七機いるのだ。Gファイターも含めれば敵味方は同数である。そして射撃戦は、軽キャノンが優位なのだ。シイコの射撃が命中しないのは、単なる確率の下振れでしかない。

 

味方の攻撃が次々と命中し始める。シイコが次のザクを切り伏せようとした時には、戦場に動く敵MSは残されていなかった。

 

「まだいるわ。あれを仕留めましょう。」

 

シイコはムサイを指差した。バックマイヤー中尉にはシイコの指は見えるはずがないのだが、ビームライフルの銃口の向きでそうと気がついたらしい。すぐに反論が来る。ワイヤー越しでも、接触回線は有効である。

 

『もう撤退だ。障害になるMSは仕留めたんだ。追って来れんさ。』

 

「でも、確実にする方がいいじゃない。艦長も離脱支援として容認するはずよ。」

 

『ち、大尉殿の命令だ。仕方がないな。』

 

バックマイヤー中尉が攻撃続行を受け入れたのは、今はシイコが上司だからである。それに離脱の支援なら一当てするだけと見た。ならば危険は少ない。

 

『あれだけ大きな獲物だ。外す方が難しいんじゃないか。』

 

シイコの腕で命中しっこない。バックマイヤー中尉の予断は、良い意味で裏切られた。シイコは大半のビームを敵艦に命中させて見せたのだ。

 

『おいおい、マジかよ。』

 

バックマイヤー中尉は目を疑ったが、ビームの直撃を受けて火を吹くムサイの姿は紛れもない本物である。

 

「私は連邦の誇る撃墜王こと“ユニカム”なのよ。これくらいは軽い軽い。でも、みんなもう後退しているわね。これで引き上げましょう。」

 

シイコは軽口を叩くと、引き上げを指示した。これ以上深入りしては、離脱する味方から取り残されかねない。

 

『ムサイ相手に命中させたとはいえ、敵艦の被害は大破一小破二といったところか。』

 

撃沈ではない、とバックマイヤー中尉は断じた。しかし連邦が勝利した赫赫たる戦果は間違いがない。

 

「これで充分だわ。良いテストになったもの。凄いわ、これ。私が思う通り動かせる。」

 

シイコはワイヤー射出装置を賞賛した。今回仕掛けた装置は二機。使い捨てなので、Gファイターに打ち込んだ時点で残弾が尽きた。しかし、再利用可能なら更に使い勝手が良くなりそうである。

 

「さ。艦に戻ったらお祝いよ。」

 

『あの約束、本気だったんですか大尉殿?』

 

バックマイヤー中尉としては、勝利で浮かれてちょっと戯けて見せただけだった。でもシイコの返事は彼の予想を超えていた。

 

「ええ本気よ。今夜は付き合ってもらうわね、バックマイヤー中尉。」

 

 

 

 

 

帰投したシイコとバックマイヤー中尉を出迎えたのは、勝利を讃える歓声ではなかった。醜い言い争いの怒声である。

 

「おい、諍いはやめないか。」

 

バックマイヤー中尉が割って入る。その場には男性パイロットに囲まれたスレッガーと、女性パイロットに囲まれたミライの姿があった。

 

「何をしているの、お姉様?」

 

ヒョコッとシイコがセイラに並び、尋ねた。セイラが小声で囁き返す。

 

「スレッガー中尉が、ミライの指揮に文句をつけているの。」

 

「私の活躍で勝ったじゃない?」

 

「どうも、それに不満らしいの。」

 

ハァとため息をつくセイラは、この状況を心底馬鹿らしく思っているのだろう。しかしミライ支援の為に今は抜けられないと判断しているようだ。幸い、男女の違いもあって殴り合いにはなっていない。

 

騒動の中心に目をやると、ミライとスレッガーが言い合いをしている。カイ、ハヤト、ジョブという男性パイロット陣は、支持表明というよりはスレッガーを押さえる為に彼を取り囲んでいるらしい。

 

「ペガサス級のカタパルト発進、これは前線に迅速にMSを送り込む為なんだ。迅速に展開させなけりゃいかんでしょう。隊列組むのを待たせるなんて、コンセプトを理解してないって言ってんですよ。」

 

ミライに掴みかからんばかりにして、スレッガーが吠えたてる。

 

「だからね。後衛を先に出すのも間違いなんだ。早く展開させるべきなんだよ。」

 

「シイコが先行したんです。次は艦の直掩を優先させたのは当然です。」

 

言い返すミライに、スレッガーが持論を捲し立てる。

 

「後衛に守らせて後は隊形が整うまで待機なんて、戦場を知らないにも程があるだろう。」

 

(あ、戦術論だ。これ私関係ないや。)

 

事情を把握したシイコが冷めていく中で、前に出たバックマイヤー中尉がこの言い合いに参加する。ようやく問題解決の片鱗を掴んだのである。

 

「スレッガー、指揮権はミライ・ヤシマ中尉にある。それは君も知っている筈だろう?」

 

「中尉任官の先任順だと、自分かバックマイヤー中尉が優先される筈ですがね。」

 

言い返すスレッガーの不貞腐れたような言葉に、バックマイヤー中尉は答えた。

 

「私達はこの艦に乗り合わせているだけだからな。」

 

「ところが俺は、この艦に正式配属されたんですよ。」

 

これにはバックマイヤーも一瞬沈黙した。しかし言うべき事は変わらない。

 

「そうであっても、だ。彼女が指揮を委ねられたのは役職としてだ。単に階級や先任順で譲られるものじゃないだろう。」

 

軍の首脳と艦長の意向である。スレッガーがミライの指示内容に不満を持つのは分かるが、覆せる話ではない。

 

「別にこのお嬢ちゃんに代わりたい訳じゃないんですよ。ただね、指揮の中身には文句がある。こちらは命を預けているんだからね。」

 

そう言ってスレッガーがミライを睨むのは、中立のバックマイヤー中尉からしてもやり過ぎなように思われる。

 

「後衛だ前衛かという事か?油断したら艦に被害が出る。後衛を優先するのが間違いとも思えないが。」

 

ミライを擁護するようなバックマイヤー中尉の言葉に、スレッガーは鼻を鳴らした。

 

「あの女艦長が軍艦同士の立ち合いで敵につけ込まれるような、そんな間抜けじゃないでしょう。単にビビってるんですよ、この人はさ。」

 

そう言ってねめつけるスレッガーを、ミライは強気な視線で睨み返す。

 

「もっと強気でやんなさいよ。隊形整えるまで待機なんて、そんなお行儀いい事じゃやられちゃうよ。これは戦争なんだからさ。」

 

そう言ってようやく、スレッガーは踵を返した。背後に齧り付くようにしていたカイとハヤトが安堵した様子を見せる。

 

「それじゃ、お邪魔様でした〜」

 

しらっとした空気が流れる中、カイのとりなすような言葉が上滑りした。ただ、その場の全員がカイやハヤトの立場は分かっている。特にカイは、相棒を組まされた中尉のスレッガーに従わなければならない立場なのだ。

 

「なにあれ。感じ悪い。」

 

プンスカとシイコが怒る中、いちゃもんをつけられた形のミライはきっと唇を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

—サイド6近傍宙域—

 

「ち、間に合わなんだか。」

 

コンスコン少将のサイド6到着は、一歩間に合わなかった。地球軌道での足止めを命じたジオンのパトロール艦隊が呆気なく敗れたのだ。連邦の小艦隊は、既にサイド6の領域内にいる。つまり中立宙域にいる扱い、今は手が出せない。

 

「ザンジバルのラルを呼び出せ。」

 

コンスコンは部下に命じた。チベの後方を追尾している形のラルはすぐ応答した。

 

「ラル少佐。仕事だ。」

 

『は、なんでありましょうか。』

 

コンスコンの言葉に、ラルは少し警戒した表情を浮かべている。

 

「少佐はサイド6宛のギレン総帥の親書を預かっていたな。」

 

『はい。』

 

「ちょうどよい。それを使ってサイド6政府に圧力をかけろ。得意だろう、その手の工作は。」

 

『圧力とは、どのような?』

 

「我々に恐れをなして中立地帯に逃げ込んだ連邦を追い出してくれればいい。サイド6政府もジオン本国の正式な使者の依頼は断れんはずだ。うまくやれよ。」

 

『は、了解しました。ザンジバルとチベで挟撃されるおつもりはないのですな?』

 

「予め伝えた筈だ。貴様は手出し無用。サイド6方面の工作に専念せよ。期限を設定し、それを越えれば連邦が出て行かざるを得なくなるよう仕向けるのだ。」

 

 

 

 

コンスコン少将の通信が切れ、ラルはため息をついた。

 

「どうやら事がうまく運んだな。」

 

「はい。我らがサイド6に先行すれば、連邦の状況を掴みやすくなります。」

 

クランプが応じる。

 

「先行する口実として、親書をねだっておいて正解だった。セシリア・アイリーン様々というところだ。」

 

ラルはセシリア・アイリーンを通じてギレン総帥のサイド6宛の親書を預かっている。内容は空疎な形ばかりのものだが、本物である。この書類があるだけで、サイド6政府にかかる圧力が違う。

 

それがある為に、コンスコン少将もラルをサイド6に派遣する気になったのだ。参謀本部で信書の存在を散々吹聴した成果である。まあこれもセシリア・アイリーンへの感謝として彼女の耳に届く事を期待してのラルの振る舞いなのだが。

 

「後は、サイド6に潜伏させておいたタチ中尉次第か。うまくハモンと連絡がつけばよいが。」

 

「大丈夫でしょう。ハモン様は、タチ中尉の合図を見逃す方ではありません。必ず、連絡に応じられる筈です。」

 

中立コロニーなら、連邦とジオンの将兵が接近する事も起こり得る。敵味方に分かれた厄介な状況だが、だからこそ誰もが予想し得ない奇術の種になるのだ。

 

「さ、早めに仕事を終わらせるか。急げよ、クランプ。コンスコン少将は少々気が急いておいでだからな。」

 

 

 

 

—サイド6—

 

「ミライ、ミライじゃないか」

 

サイド6入港を果たした〈ペイルホース〉に近寄る人影がある。サイド6に入港する艦船の立ち入り検査を行う監察官を務めるカムラン・ブルームである。少壮官僚の彼は、親の定めたミライの許嫁である。

 

「カムラン、お久しぶりね。」

 

監察官が検査のために来ると予告を受け、主要メンバーは整列して待機していた。これは入港審査を兼ねている。予想通り彼の標的にされたミライは内心のため息を隠すと、婚約者に艦長を紹介すべく後ろへ振り向いた。しかしカムランは止まらず、ミライの肩を鷲掴みにした。

 

「ああ、ミライ。僕のミライだ。」

 

軍服を着用している相手に対して、その言動は無礼である。しかも入港時の出迎えなど、公式の場なのだ。婚約者同士としても公衆の面前では軍の威信にも関わる。立ち並ぶ軍人が一斉に気色ばんだ。それは〈ペイルホース〉だけでなく、出迎えのサイド6の連邦領事館からの軍人も同じ反応である。

 

「カムラン、やめて。痛いわ。」

 

苦痛で顔を歪めるミライの姿にマチルダは眉を顰め、ブライトが怒気を露わにした。前に出ようとするブライトをマチルダが押し留める間に、ミライの隣の人物が動いた。

 

「彼女嫌がってるでしょう。おやめなさいよ。」

 

口調は穏やかに見せているが、カムランの腕を掴む手には力が込められている。カムランが怯んだ。純粋な力で勝てない臭いを感じたのだ。

 

「……すまない、ミライ。」

 

あくまでも婚約者の謝罪という形で、ミライに謝る。だが、戦争でいつ死ぬか分からないこんな時代なのだ。婚約者の無事を喜んで何が悪いと、カムランの背中は語っている。

 

「あのさあ」

 

頑なその態度にスレッガーが怒りを見せた時、マチルダが割って入るように進み出た。

 

「ミライ・ヤシマ中尉。紹介してくれるかしら。」

 

「あ、艦長。」

 

予期せず二人の男に挟まれる形となっていたミライは、救いの神の登場に安堵した。無意識に前へ出そうになっていた男達も、艦長の登場に半歩後に下がる。

 

「艦長。こちらサイド6監察官のカムラン・ブルーム、私のフィアンセです。カムラン、こちらは艦長のマチルダ・マルデン大尉よ。」

 

「初めまして。」

 

一転して礼儀正しく振る舞うカムランに、マチルダは何も見ていなかったかのように笑顔を見せた。

 

「初めまして、サイド6入港にご尽力頂いたと聞いています。」

 

「ミライの為です。できる事はなんでもしますよ。」

 

「それは結構。ではサイド6政府と交渉出来るように御計らいください。同僚のバスク・オム大尉をご紹介しますわ。」

 

マチルダの言葉に合わせてバスクが進み出る。その威圧感に、カムランの腰が完全に引けた。

 

「よろしく。」

 

バスクの力のこもった握手に、カムランは揺さぶられる。

 

「早速、大統領府に案内頂こうか。その後で色々と行きたいところもある。案内をお願いしたい。」

 

バスクのその態度は別にミライのためではない。相変わらずマチルダの周囲にいると、良い伝手が手に入るので使い倒そうとしているだけである。

 

「こ、こちらにエレカを待たせてあります。」

 

カムランは名残惜しそうにミライを眺めた。しかし誰も動かない。ミライもカムランとは目を合わせない。渋々と、カムランはバスクと共にその場を離れた。半ばバスクに引きずられるようにして。それでも追い縋る部下に指示を出しているのは、軍艦の兵器封印作業があるからだろう。兵器封印と入港審査が済むまでは動けないが、カムランは居なくてもいいらしい。作業の仕上げを監督する立場だからだろうか。

 

「感謝するわ、スレッガー中尉。貴方って男らしいのね。」

 

バスクに連行されるカムランを眺めて、ミライは横に立つスレッガーに笑いかけた。

 

「困っている女性は見捨てられないんでね。」

 

スレッガーの受けた印象は、ミライが笑うと可愛らしいという事である。笑顔を見せない女より、笑顔を見せる女の方が断然いい。それは彼にとってはセイラとミライの比較だったのだが、スレッガーは感想を思わず口にしていた。

 

「あんた、笑う方がずっといい。」

 

「そうかしら。」

 

助けられた直後である、思わぬ言葉にミライは照れた。そんな二人の様子をブライトが忌々しげに睨む。マチルダは盛んにホルモンを分泌させる若者達を微笑ましげに眺めていた。

 

 

 

 

 

—ザンジバル級〈ラグナレク〉—

 

「連邦が入港したパルダコロニーではなく、別のコロニーを指定されると思っていたのだがな。」

 

ラルの呟きに、クランプが応じた。

 

「はい。サイド6の平和ボケも行き過ぎたものです。」

 

港内を曳航されたザンジバルが通過する傍では、砲門を封印作業中のペガサス級が鎮座している。この距離でやり合うバカはいない。宇宙では近すぎる距離である。逃げ場がなく共倒れだろう。

 

しかし仕掛けてくるかもしれない相手を間近に眺め続けるというのは、互いに腰の拳銃に手が伸びそうになるのを必死に押し留める西部劇のガンマンのような気分だ。つまりは一触即発という事である。

 

「こちらの砲門を少しでも動かしたりしてみろ。連邦のMSが飛び出すに違いない。だからやるんじゃないぞ。」

 

この状況は笑い飛ばすしかない。ラルのセリフにクランプも笑顔で応じる。

 

「いっそ、その方法で連邦の奴らをはめますか。」

 

「やめておけ。奴らの相手はコンスコン少将が務める。連邦とサイド6とジオン上層部まで敵に回しては良いことはない。」

 

ラルは話をそう締め括った。この場の部下は信頼できる筈だが、大尉時代からの子飼いでもない。あのペガサス級にハモンやアルテイシアがいるであろう事は、彼らは把握していない。迂闊な言動は避けるべきであった。

 

(さて、ここからが難しい。)

 

ラルはハモンとの連絡を不安視していない。ハモンとは互いを知悉している。問題は連邦より、ジオン側にある。コンスコン少将と十二機のドムがサイド6宙域のすぐ外で待ち構えているのだ。

 

アルテイシアの為に連邦には勝ってほしいが、ラルはジオンを裏切る訳にはいかない。自分は不参加で良いとの約束は取り付けてあるが、果たしてそれで連邦は勝てるのか。少なくとも過去に対戦した際、ラルは圧勝し得た。その同じ艦が相手である。しかもジオン側の戦力は実に四倍となる。

 

(成長していてほしいが。どうかな。)

 

あるいは、自らを臨時の戦力として売り込むか。鹵獲ザクという扱いならザクが連邦機であっても不自然さはない。ザクはMSとしては敵味方問わず標準という位置付けにある。

 

(アルテイシア様がその気なら委ねるしかないが。……最悪は、コンスコン少将を口説くか。)

 

別にコンスコンをダイクン派の同志にせずとも良い。総帥の利益を害する可能性を示唆し、相手を引かせるのだ。その為の政治的な工作は、ラルの得意分野であった。

 

 

 

 

—サイド6—

 

ハモンは一人で入国審査を終え、建物を抜けた。すると、そこはもうサイド6の街中である。軍の基地と比べると、その無警戒ぶりには拍子抜けする程だった。ただ港と街の距離の近さこそ、コロニー特有である。ジオン本国はもう少し警戒が厳しいが、距離感は似たようなものであった。

 

軍服姿のハモンはぶらりと散策に出た風情だった。マチルダの許可は勿論得ている。

 

港から街への直通路、まだ明るいのにデカデカと酒場のネオンサインが灯っている。その一つにハモンは目を向けた。見慣れたというより、あれは彼女自身がデザインした自分の店のマークなのだ。

 

「タチ中尉ね。」

 

ハモンは夫の部下の顔を思い浮かべた。彼は酒場で歌うハモンに恋焦がれたかつての新米少尉だった。今もハモンを特別な目で見ているが、流石な手を出す素振りはない。ハモンもそれを許す気はないが、ラルの協力者をさせる代わりに弟のような地位を与えている。

 

「閉店中だよ。」

 

ハモンが酒場のドアを潜り抜けると、その物音に反射して声がかかる。そして酒場のマスターらしき男は、おやという顔をして見せた。

 

「これは、ハモン様。」

 

「元気そうね、タチ中尉。」

 

「ハモン様もお変わりなく。連邦の軍服で見違えました。」

 

「これでも腕は良いわ。もう本物の連邦パイロットなのよ。」

 

そう言いながらハモンはカウンターに腰をかけ、制帽を脱いだ。自衛のための戦闘が殆どとはいえ、ジオンを敵に回す戦争の話は深入りは禁物である。制帽を脱いだ事で、素のハモンに戻ったと示したつもりであった。

 

「……あの人は?」

 

「自分は先行しました。が、少佐も遅れて来られます。既に、港には入ったようです。」

 

今回のラルの訪問はジオンとしての公務である。有形無形の支援が得られる。ラルの軍艦の入港状況をこの地のジオン軍も把握しており、先発したタチ中尉に共有されているのである。タチ中尉は隠していた軍用デバイスを持ち上げて見せた。

 

「すごいものね。それは諜報部の?」

 

「はい。総帥親衛隊が用意した品だそうです。少佐は既に、総帥親衛隊入りに片足をかけていますよ。」

 

正確には参謀本部の知己であるデラーズが親衛隊の大物である。その線でラルは総帥親衛隊への協力を要請しているのだ。デラーズからはラル自身の親衛隊入りを打診されている。今少しの忠誠心と能力を示せば、ラルの親衛隊入りも叶う。今はそんな状況にあった。

 

「それじゃ、お姫様達を連れてくるのは今夜でいいのかしら?」

 

「はい。偽装の為に客を入れますが、奥の部屋はずっと開けておきますよ。今夜が無理でも、サイド6におられる間は毎日営業します。」

 

この店はラル家の金で作ったハモンの店である。厳密には、ハモンが酒場のチェーン展開の雛形を考案した。それは元々は、中立コロニーを通じて出資者に資金を流す為である。

 

この出資は形を変えた支援である。地球に亡命したジンバ・ラルに、中立地帯を経由して資金を還元する仕組みである。ラルにとっては送金用のダミーでしかなかったそれを、ハモンの才能は人気チェーン店に変えた。しかも戦時とあって、店は連日寄港中の兵隊や船乗りで大入りである。

 

ただし中立コロニーを軸に展開していたので、戦争でコロニーごと消滅した支店もある。フランチャイズ展開していた為、ラル家にはさして実害がなかった。直接出資はしていない店ばかりで、配当が減ったくらいで元本は焦げ付いてはいない。

 

「この店、フランチャイズでしょう?」

 

「今は本店からの監査と言ってあります。担当者を休みにして、売り上げはそのまま渡すんです。ラル少佐も店に来ますし、嘘って訳じゃありませんよ。」

 

オーナーによる覆面監査は、夜の飲食店では珍しくない。品質維持の為の監査で本体のオーナーが動くというのなら、断るのは難しいだろう。そうやって、ラル家の力を上手く使い秘密の会談を可能とした訳である。

 

「念の為の連絡先です。一度で使い捨てます。」

 

番号の記された紙片がカウンター越しに渡される。ハモンは制帽をその紙片に被せた。次に彼女が制帽を取り上げて再び頭に乗せた時、カウンターにはもう紙片が残されてない。

 

「では、また今夜。」

 

「何もお出しできなくてすみません。」

 

「いいのよ。」

 

ハモンは店を出た。尾行はないだろうが、念の為別の店も見ておくつもりである。今夜飲む店を下見する。それはジオンか連邦かを問わず、上陸した軍人の取るごくありふれた行為である。

 

彼女の容姿が人目を引く事はあっても、彼女の行動が誰かから疑問に思われる事はなかった。ここは平和な世界なのだ。

 

 

 

 

夜半、ラルはジリジリと一人待機していた。部下は連れて来ているが、荒事に備えて酒場の中に配置した。アルテイシアやハモンを通す予定のこの部屋は、今はラルがいるのみである。

 

ノックの音と共に、声を潜めたクランプの声がした。

 

「お見えになりました。」

 

「お通ししてくれ。」

 

ラルは椅子から立ち上がると姿勢を正した。素面である。今夜は一滴も飲んではいない。

 

ボーイ姿のクランプが、四人の女を引き連れて入室した。そして一礼すると去る。水も酒も予め室内に用意してある。クランプは、外で目を光らせてこの場に誰も入れないだろう。

 

ラルは片膝を付いた。セシリア・アイリーンにも繰り返した行為だが、今回は本心からの忠誠を捧げる。

 

「アルテイシア様、ご無事で何よりです。」

 

この男の態度に、セイラは内心の戸惑いを押し隠した。

 

「大儀です。ランバ・ラル。立って説明をなさい。」

 

「はっ。」

 

ラルは立ち上がると、来客をもてなす主人の顔を取り戻した。

 

「皆様、どうかお座り下さい。」

 

慇懃に着席を促すと、飲み物を注いで回る。それがソフトドリンクであるのは、謀議の場に酒は必要ないからだ。

 

「今回、私はイセリナ様をお迎えに上がりました。」

 

突然自らに話を振られて、イセリナがハッとする。

 

「ガルマ様は、ガルマ様はご無事なのですか?」

 

「まずはご安心ください。ガルマ様の身体を脅かすものはありません。ザビ家の別宅でご静養という事になっています。」

 

公務を離れたガルマは私人である。今は結婚を控えた準備期間という事にされている。婚約者のアイナ・サハリンが通い詰めている姿が目撃されており、戦地の疲労を癒す目的というのが名家を中心とした上流階級でまことしやかに囁かれる話である。

 

北米は失陥したがそれはジオン側の戦略の一環である。ジオンは勝利し続けている。ただ、心優しきガルマは自らが預かった北米が消耗戦の現場とされる作戦に異を唱えたのだ。これが事実とデマを織り交ぜた現在のストーリーである。

 

「しかしながら、ガルマ様はイセリナ様を喪失された哀しみに囚われておいでです。」

 

「まあ。」

 

イセリナが息を呑んだ。ガルマの優しい心を知った喜びと、ガルマへの心配が無い混ぜになっている。

 

「ザビ家は、偽者のイセリナ様を用意する事を私に命じました。そこでイセリナ様には、偽者としてサイド3にお越しいただきたいのです。表向きは看病の為の侍女という事になりますが……。」

 

マチルダとハモンがイセリナの反応を窺う。そしてセイラはラルを叱責した。

 

「ラル、貴方はイセリナに陰の存在になれというの。それもそんな危険な…。」

 

「私はそれで構いません。」

 

ラルを叱るセイラの言葉を遮ったのは、イセリナの言葉である。

 

「ガルマ様のおそばにいられるのです。ザビ家が用意する偽者の私なら、今度はそう簡単に命を狙われはしないのでしょう?」

 

「はい。今度こそ、お二人を割く者はいません。ガルマ様の婚約者のアイナ・サハリン様は、我らの同志です。」

 

「どういう事ですか?」

 

セイラが、アルテイシアとしてラルに問う。

 

「ガルマ様とイセリナ様と結婚するには、アルテイシア様が政権を取られる他ありません。そしてアイナ・サハリン様は、それまで結婚をせずに時間稼ぎされるとのことです。」

 

「人の人生をそのような……。」

 

そう言いかけるアルテイシアを、ラルは叱責した。

 

「ザビ家の支配を許す事は、多数の不都合を許容する事です。だから大勢の者が、アルテイシア様の治世を望むのです。」

 

「しかし、私にそんな事を言われても。」

 

セイラの戸惑いも尤もである。出自の自覚はあれど、今の彼女は一兵も指揮する立場ではない。ラルとその一党は付き従うかもしれないが、それでも数十から多くても数百の人数なのだ。単独で政権を取るには至らない。

 

「大丈夫です。時流がアルテイシア様を押し上げます。その為の準備は進めております。数年間の時期を見て頂ければ、用意は整います。」

 

ラルの見たところ、猶予は数年である。動き出すまでに三年から五年というところで、今の状態を十年持続させるのは難しい。その場合は、諦めるしかない。だがそうはならないと、この男は確信している。

 

「ガルマ様の結婚の件は、この戦争が終わるまでは棚上げに出来ましょう。」

 

「そう。それならば。」

 

不承不承といった形でセイラが頷くと、ラルがマチルダに向き直った。

 

「艦長殿、イセリナ様にはサイド3に来てもらう。が、そちらの手続きはどうなる。脱走するにしても、そちらに迷惑をかけたくはないが。」

 

マチルダは持参した書類を取り出した。イセリナの身分を連邦が公的に保障する為、用意しておいたものである。

 

「士官見習生の徴用解除の書類です。彼女の徴用は、この私の艦長権限で解除可能です。」

 

「既に用意されていたか。これは助かる。」

 

ラルは頭を下げた。しかし、イセリナが問う。

 

「マチルダ・マルデン艦長、それではあなたの経歴に傷が。」

 

「大丈夫、ゴップ提督には話は通してあるの。『ザビ家の内側に伝手が出来るならよし』と認めてくださっているわ。」

 

マチルダはイセリナに笑顔を見せた。

 

「私は堂々と貴方に旅立って欲しいの。皆には恋人の元へ向かったと伝えます。分かる人にはそれで分かるわ。」

 

イセリナは涙ぐんだ。決戦を前にパイロットが一人抜けるのに、彼女は喜んで送り出そうとしてくれているのだ。

 

「これは形式的には艦長命令による徴用解除ですが、この書類にはゴップ提督の裏書があります。これを断る勇気のある連邦軍司令部はありません。」

 

マチルダがゴップ提督に話を通してある以上、これは公的な決定として扱われる。無論、ジオン側の親連邦ダイクン派への貸しとなる。即ち、この処置はラルへの貸しとなる。

 

「何か、ダイクン派からの形がある証拠が欲しいわ。どうかしら、ランバ・ラル少佐。」

 

マチルダの要求にラルは頷いた。

 

「了解した。ラル家として私が署名しよう。」

 

ダイクン派幹部のラルの存在は、連邦内でも最高機密となる筈である。エルラン中将による親ジオン軍人が一斉離脱した今、防諜体制が大幅に見直されて強化されたという点で今の連邦は信頼できる。というより信頼せねば、ダイクン派はその先へ進めない。

 

「さて、そうなると喫緊の課題がある。コンスコン少将の機動部隊だ。」

 

ラルは卓上に持参した資料を広げた。通敵行為に他ならないが、ラルにはアルテイシアの安全こそが重要なのだ。

 

「コンスコン少将は正面からくるタイプではあるが、けして無能ではない。十二機ものリックドムは脅威だろう。どうする?」

 

ラルとしては、アルテイシアが乗る艦である。いざとなれば自分は背後からチベを沈める覚悟はある。それでもあえて尋ねる。

 

「戦力の全容も把握したし、正面からくる敵なら怖くないわ。」

 

返事は意外なものだった。この艦長は剛毅な性質らしい。しかしラルが見ると、アルテイシアもハモンも頷いている。勝算は充分にあると見ているのだ。

 

「ジオンでもこれだけの戦力の運用は稀だ。勝てるにしても苦労するのではないかな?」

 

訝しむラルを、ハモンが制した。

 

「あなた。この艦はとても強いのです。今の私達なら、大丈夫です。それにこちらは、連邦屈指のエースパイロット“ユニカム”も連れてきています。」

 

「“ユニカム”、確かそれは“赤い彗星”を退けたというあの。」

 

ラルは瞠目した。しかし納得もする。“ユニカム”を連れているのなら、この艦長が自信を見せる理由になるだろう。この時、実はセイラやイセリナは“赤い彗星”を退けた存在として“突進”ことマチルダの顔を見ていた。だが、流石のラルもそこまでは気が付かなかった。

 

「内輪の話もあるでしょう。私はイセリナさんと連邦の領事館で手続きをします。終わり次第、彼女はここに戻すわ。」

 

マチルダは適当な所で話を切り上げた。連邦に残り続けるマチルダはどちらかといえば異物である。ダイクン派はダイクン派内部の情報共有が必要なはずなのだ。マチルダとて、ジオンを倒すのが武力だけで良いとは思っていない。戦後をにらめば、国家内の対立軸として穏健派は必要である。

 

ラルは感謝の証に頭を下げて見せた。残されたセイラが少し不服そうなのは、彼女にはまだ連邦における自由な立場に未練があるからだろう。折角の上陸の機会だ。本来ならば、羽を伸ばしたいはずだ。セイラもまだ少女と言える年齢でしかないのだ。

 

「アルテイシア様、こうして再びお会い出来たのも運命が命じるところに他なりません。私とともに、ジオン本国へとお戻りください。貴方様の居場所は、私が必ず用意致します。今少し、お時間を頂戴しますが。」

 

「まだ、サイド3には帰れません。」

 

セイラの拒否は拒絶ではない。まだその時ではないと伝えているのだ。ラルも頷いた。

 

「そうですな。残念ながらアルテイシア様をお迎えする準備は整っておりません。いざとなれば、カーン家と話はつけられるとは思いますが。」

 

「それよりも、私には宿願があるのです。」

 

「ほう。」

 

「ザビ家は父の仇です。イセリナさんの夫、ガルマ・ザビには手を出しません。しかし誰一人討たないのでは、亡き父に顔向けできません。」

 

「アルテイシア様は、心まで軍人になられたのですな。」

 

「こんな時代です。連邦軍人として戦場でザビ家の者を堂々と討ち果たす好機でしょう。」

 

セイラの念頭にあるのは、ザビ家の顔である。ギレン、ドズル、キシリア、彼らは軍籍にある。戦場でなら敵討ちは叶う。特に一人の男の顔を強く思い浮かべているのは、これから向かうソロモン要塞が彼の縄張りであるからだ。

 

「ソロモンでドズル中将を討たれるご決心か。危険ですぞ。あの男には、恐らく最新鋭のMAが渡ります。」

 

「危険は覚悟の上です。それくらいのことをしなければ、お飾りの木偶人形と変わらないでしょう?」

 

「MAの弱点を調べさせましょう。なんとかお手元に届くよう取り計らいます。」

 

「頼みます。ジオン本国の方の手当も、しっかりと。」

 

「その為には、アルテイシア様に生き残って頂く必要がございます。出来れば、危険な事は謹んで頂きたい。」

 

「私がおらずとも、兄がおりましょう。」

 

「キャスバル様が。ご健在なのですか?」

 

それはラルには意外な知らせだった。キャスバルが即位するつもりなら、事態は大きく変わる。

 

「“赤い彗星”あれが兄です。少なくとも私はそう考えます。」

 

「なんと。」

 

ラルは赤い彗星とは面識がない。覆面の為に顔も知らない。思い当たる事はあると言えばある。避けられているという事である。派閥の違いによる軋轢と思っていたが、そうではなかったらしい。

 

「気をつけて。兄は鬼子です。復讐の為なら、何もかも平気で巻き込み犠牲にします。ジオンという国家や人類の幸福、それら全てを捧げかねません。」

 

「“赤い彗星”危険な男と肝に銘じます。いずれにせよこのランバ・ラル、アルテイシア様に忠義を捧げております。国家元首として即位されるのは、あくまでもアルテイシア様という事で進めております。」

 

それはある種の宣言であった。そしてセイラは自らの即位を拒まなかった。ただ小さく頷いて己の運命を受け入れた。

 

「……ええ。連邦の兵士セイラ・マスでいられる今だけが、自由な時間と心得ています。」

 

戦争の続く今この時だけが、セイラに残された自由であり青春である。戦争が終わってしまえば、ダイクンの遺志を継ぐ宿命がセイラを覆い尽くす。

 

だがこの戦争の悲惨さを思えば、事はセイラ個人の問題を超える。ザビ家の害は、サイド3に留まらず人類全体に影響しているのだ。それはジオン本国にいるラルより、連邦にいるセイラがより実感していた。

 

「人類の為にこの身を捧げる覚悟はあります。だから、頼みます。ドズル中将との対決はこの私の最後のわがまま、どうか聞いてください。」

 

消え入るようなセイラの声。ラルはしっかりと頷いた。

 

「かしこまりました。アルテイシア様のお心のままに。天国のご両親が、必ずアルテイシア様をお守りくださるでしょう。」

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

今回はサイド6到着までの前半パートとなりました。

本来はコンスコン戦まで一気に進める予定だったのですが、思った以上にサイド6で描きたい内容が増えたため、前後編として区切っています。後半は既に執筆済みですので、なるべく早めに公開したいと思います。

今回でイセリナはジオン側へ移動となりました。

アルテイシアにとっては、ハモンと並んで連邦時代を知る数少ない存在です。立場こそ変わりますが、今後も彼女なりの形で物語に関わっていく事になります。

また、ワイヤー射出装置についてはジョブ・ジョン製としました。ジオン側では「スティグマ」という呼称がありますが、今回は連邦側で生まれた装備という扱いのため、その名称は使用していません。

最後に少しお詫びを。

シイコについてですが、本来公式設定では戦後に結婚し、スガイ姓になります。

ところが執筆中、なぜか私の頭の中では既に「シイコ・スガイ」として定着してしまっており、気付けば作中でもその表記で書いていました。

今後まとめて見直す可能性はありますが、当面は読者の皆様に分かりやすい形を優先したいと思いますので、ご容赦頂ければ幸いです。

それでは次回もよろしくお願いします。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • セイラがいよいよアルテイシア化
  • イセリナの回収が済んで驚き
  • ラルはちゃんと暗躍している
  • シイコのワイヤー使いが面白い
  • 対コンスコン戦が楽しみ
  • シイコ強すぎて安心感がある
  • カムランが予想以上に重い男
  • ガルマとイセリナに救いあり
  • ソロモン戦への期待が高まる
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