【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第21話 見せる戦争

—サイド6—

 

マチルダとイセリナは連れ立ってサイド6の連邦領事館を出た。イセリナの徴用解除は準備が物を言った。連邦領事館での手続きはすぐに終わったのだ。ゴップ提督の威光とは言え、あっさりしたものである。これでイセリナは自由の身となる。ここサイド6からイセリナを連れ出す手配は、ラルがする筈である。しかし、ラル達はまだ謀議を続けているかもしれない。

 

「少し、飲み直しましょうか。」

 

ここにくるまでに、〈ペイルホース〉は一次会を済ませている。女性陣ではマチルダ達が抜けて、ミライやシイコやミハルが男性陣と共に二次会をしている筈だ。マチルダはイセリナと連れだって落ち着いた店を探した。

 

「乾杯。」

 

二人の女は飲み明かした。今生で彼女達がもう再会する事はないだろう。しかし数奇な運命が二人を結びつけた。だから二人は違う国で違う道を歩んでも、この夜のことを忘れはしないだろう。

 

 

 

 

バスク・オムはマチルダを高く評価している。それは彼女の能力や才能といった内面ではない。マチルダは人々の心の扉を開け放つ“鍵”を持っているのだ。それを所持する者は、極めて稀である。

 

それにバスクがマチルダといると、物事が上手く回った。軍で“幸運の女神”と称されるマチルダの能力ではあるが、これは現実に即して説明可能な事象である。

 

マチルダは、単に外見と内面から滲み出る魅力で人々の関心を惹きつける存在なのだ。そのような人物は、負の印象を人々に与えるバスクのような存在を中和する。バスクはただ立っているだけで悪目立ちしてしまう男だが、マチルダが傍らにいれば中和され場に許容されるのだ。

 

これは一種の相対化現象である。傑出した美に比べれば、怪物も凡庸な者達と大差がなくなり受け入れられるのだ。そしてバスクの能力は、彼の言葉に耳を傾ける人がいてこそ成り立つ。

 

バスクが連邦軍内で地歩を固めるのに、マチルダはかけがえのない盟友である。単に彼女と友誼を結ぶだけで、信用が得られる。

 

また彼女は目立つ為に、その人脈が豊富である。今、バスクはカムラン・ブルームという監察官を捕まえて連邦のために働かせている。これも大元はマチルダの人脈がもたらした力である。

 

つまりマチルダは街灯や篝火のような存在であり、彼女に近寄る虫を餌食にするヒキガエルがバスクなのだ。そして煩わしい虫を排除するという点で、マチルダとバスクの利害は一致する。

 

「監察官、次はこの住所へ向かってくれ。」

 

「こんな夜遅くですか。」

 

カムランは疲弊していた。大統領府との折衝を済ませた後だからである。バスクを大統領府に送り届けた彼は、そのまま臨時の担当者に任命されていた。外務省から新たに人員を派遣するより、表向きは監察官業務の一環とする方が目立たないという配慮である。

 

カムランとしても連邦軍艦の担当はミライの支援につながる。サイド6の国益の為にも断れなかった。だが、実態はこの男の為に奔走させられて疲弊している。今日はもうホテルか連邦領事館にバスクを送り届けて解散、そう期待していたのだが。

 

「夜の方が都合がいい。相手も、戦争商人なのだからな。」

 

バスクに渡された名刺を見て、カムランは硬直した。

 

「ペルガミノ。正気ですか、大尉。彼は死の商人ですよ。」

 

「監察官、私は軍人だ。軍人と死の商人、理想的な組み合わせだとは思わんかね?」

 

 

 

 

ペルガミノが指定した場所は、港近くの倉庫街の一角である。監察官であるカムランを見て、ペルガミノは『おや』という顔をした。当たり前である。本来、カムランはペルガミノを取り締まる側である。

 

「彼の事は心配するな。連邦の勝利の為、彼には尽力してもらっている。」

 

ペルガミノの目が光った。

 

「そうですが。それはそれは。」

 

カムランは黙って頭を下げた。幸いというべきか、バスクの担当は今は大統領府から指名された公務である。連邦の勝利に尽力というのも、ミライの為ならば異論はない。

 

その時、ようやくカムランは気がついた。

 

(私とミライとの関係を見たからこそ、この男は私を利用しているのか。)

 

カムランとしては誰に隠す必要もない事だ。しかし間の悪い時に、厄介な相手に見られたものである。

 

(いや、しかしミライの助けになるなら天の配剤か。)

 

いずれにせよここで引く気はない。バスクもカムランの本気を見たからこそ、安心していられるのだろう。〈ペイルホース〉というあの軍艦にミライがいる限り、カムランは連邦軍を裏切ることはあり得ないのだから。

 

「お約束の品はこちらです。」

 

ペルガミノに案内された先は倉庫である。そこにはMS用の推進剤や機銃の弾薬らしきものが積み上がっている。

 

「指定の品は揃えました。代替品もありますが、品質に問題は無いはずです。」

 

「ウム。」

 

バスクはぞんざいな態度だった。さして関心はない雰囲気である。だが、カムランを見た。

 

「これは〈ペイルホース〉の補給品だ。あの艦を少しでも支援したい、その気持ちは同じ筈だが?」

 

カムランにとって、その言葉は脅迫に等しい。

 

(間違いなく、この男はミライを名目にしている。)

 

しかし、いやだからこそカムランはこの話には前向きになる。

 

「私の権限で通関させましょう。嫌とは言わせません。」

 

ほっほっほ、とカムランの様子にペルガミノは笑い声を立てた。

 

「では、あちらの品も?」

 

そう問いかける先は、バスクである。

 

「頼む。そちらが本題なのだからな。」

 

「ではこちらへ。」

 

ペルガミノに案内された先には、堆く金属が積まれていた。厳密にはそれは箔状にされた薄い金属を筒状に巻いたシートである。それは膨大な数があった。

 

「これは?」

 

カムランが尋ねたのも無理はない。これは明らかにペガサスに積むような品ではない。そもそも、先ほどの補給品でいっぱいになるだろう。とてもあの戦闘艦に余剰があると思われない。

 

「これはペガサス級〈ペイルホース〉ではなく、同行したルナツーからの二隻のサラミス級に積んでもらう。」

 

バスクの説明でカムランは思い出した。ペガサス級は小艦隊を組んでいた。それはルナツーからのサラミス級と合流したからである。護衛艦という触れ込みだったが、あの艦はこの謎の資材を積み込むらしい。

 

「物は何です。確認しても?」

 

弾薬を通すのだ、今更拒否などしない。しかしそれはそれとして、中身が分からなければ話の通しようもない。カムランの言葉に、バスクが顎をしゃくった。ペルガミノが説明を開始する。

 

「単なる金属の被膜ですよ。鏡のような物です。ま、サイド6の製品ですから反射率の精度はかなり高めていますがね。コロニーのミラーと似たような物です。」

 

その言葉でカムランは理解した。これはコロニーに太陽を供給するミラーの元なのだ。厳密には金属のフレームや強化ガラスにこの被膜を封じ込めてコロニー用の太陽光採取ミラーとして機能させるのである。

 

(一体、何でこんな物を?)

 

疑問はある。しかし、カムランは興味はなくした。明らかに軍需用物資とは言い難い。まあ軍が使う以上は軍用品という定義があるにせよ、問題視はされにくいはずである。

 

(ルナツー基地の再構築か。ま、被害を受けたというからな。)

 

わざわざルナツーから差し向けたサラミスに積み込むのだ。ジオンには知られたくないのだろうが、補修資材はだいたいそんな感じである。それに生活環境改善は、軍人がこだわる理由として納得はできた。

 

(太陽光発電や水耕栽培に使うという辺りか)

 

「分かりました。ではこちらはサラミスに届けさせます。」

 

ペルガミノとバスクはカムランの反応に満足したように、目配せし合った。優秀な官僚が骨身を惜しまず働く気概を見せているのだ。しかも彼はサイド6の入出港を監督する立場にある。事態は、バスクの思惑以上に上手く進んでいた。

 

(“幸運の女神”は、こうやっていつも必要な駒を私に用立ててくれる。だからこそ、絶対に手放せんな。)

 

マチルダのもたらす人脈という金鉱脈は、バスクを押し立てた。しかしマチルダの人脈を、最大限活用できるのは自分という自負がバスクにはある。二人のコンビは、必ず連邦の勝利に貢献する筈であった。満足げなバスクに、ペルガミノは商人らしく話しかけた。密談の誘いである。

 

「支払い条件について、少し確認があります。大尉殿はこちらでお話しできますかな。」

 

「では、私はこのままここで先行して検査の為の書類作成を開始させてもらいます。」

 

カムランは空気を読んだ。死の商人と連邦軍の裏取引の詳細に関わりたくない。それより今仕事を先行して進めておけば、港にミライを見送りに行く時間は捻出できそうである。

 

その時カムランは、ふと思いついた。どうせ関係を持ってしまったのだ。カムランも相手を利用できるはずである。

 

(ペルガミノに船を出さないか交渉するか。今なら、こちらの申し出を向こうも断らないだろうからな。)

 

カムランはやる気を漲らせた。ようやく、この仕事がミライと繋がるという実感を彼は得たのである。

 

 

 

 

 

カムランが倉庫で作業に勤しんでいるのと同じ頃、ブライトとスレッガーはミライをめぐり殴り合いの喧嘩をしていた。カイとハヤトが懸命にその喧嘩を止めていたとマチルダが知ったのは翌朝のことである。

 

「もう。いい加減にして欲しいものだわ。」

 

マチルダは怒っていた。そもそも上陸中の軍艦はトラブルが多く揉めやすい。パイロットや兵達は気楽に飲みに出るが、艦長や後方部隊は入港時の方が忙しいくらいである。

 

そこに女をめぐっての喧嘩沙汰である。しかも片方が彼女の副官のブライト・ノアというのが始末に悪い。

 

「元々、軋轢があったんですよ。」

 

「それにシイコさんが煽るようなことを言うから二人とも燃えちゃって。」

 

リュウとジョブが口々に説明する。

 

「マチルダさんがセイラさんを連れ出しちゃうから。残されたシイコさんは拗ねたんだね、ありゃ。」

 

カイの指摘にマチルダは頭を抱えた。情景がまざまざと脳裏に再現されたのだ。シイコを抑えられるのはマチルダを除いてセイラしかいない。その両名が抜けた状態で、階級だけ突出するのはシイコである。そしてシイコの酒癖は良くない。彼女に昨日の記憶があるかも怪しい。

 

「とりあえず、シイコに話を聞くのはやめておきましょう。」

 

シイコや連れのバックマイヤー中尉は作戦に伴う同行者だ。厳密には彼女の部下ではない。当事者でないなら放置して構わない。

 

「二人をここに呼んで。二度と同じ過ちを繰り返さないように締め上げてやるわ。」

 

 

 

呼び出されたブライトとスレッガーが、マチルダの前に並んだ。両者とも顔に怪我をしているが、ブライトの方が酷い様子である。目の周りが浅黒い。

 

(軍人たる者、見えないところを殴れという指導は受けていないのかしら?)

 

マチルダの知る男性士官、バスクなどであれば抜け目なく顔は殴らない筈だ。示威目的ならやりかねないが、今回のような酒場での同階級の喧嘩は少し違うだろう。

 

(この坊や達、まだ図体の大きな子供ね。)

 

マチルダは冗談ではなく、ティーンエイジャーの集団を率いている。軍人の皮を被っているが、中身は子供だ。徴用兵とはそのような存在である。ただ十九才のブライトよりはスレッガーは年上だ。それでいて一八歳のミライとお付き合いできる程度には歳が離れていない。

 

(ああ、もう。よりによってブライトとミライが問題を起こすとはね。)

 

ブライトはこれまでマチルダの片腕を務めてきた。戦闘指揮だけならマチルダより適性は高い。ミライもMS指揮官として成長してくれた所である。正に艦内におけるマチルダの両腕に等しい。その二人の淡い関係をマチルダは見守ってきたつもりだ。それが、だ。

 

(この男の登場で、こうも崩れちゃうのか。)

 

マチルダは光る目でスレッガーを見据えた。スレッガーが身じろぎする。艦長の権限には銃殺も含まれる。流石にソロモン戦を前にパイロットは一人でも貴重な筈だが、マチルダがブライトを庇うようならどのような決定が出ても不思議はないのだ。

 

「では、弁明を聞かせて。」

 

同時に口を開こうとする両者を見て、言葉を付け加える。

 

「一人ずつよ。まずはスレッガー・ロウ中尉。あなたからです。」

 

「これはレクリエーションであります。」

 

スレッガーはしれっと答えた。

 

「地球育ちの自分は、重力のある所で体を動かしたくなりノア中尉にお付き合い願ったのです。」

 

「ノア中尉、そうなの?」

 

「はい、間違いありません。」

 

(そうきたか。きっと経験豊富なスレッガーが口止めしたのね。)

 

それが率直なマチルダの想いである。マチルダに迷惑がかかると言えば、ブライトも騙されるだろう。表面上問題が生じないのは結構だが、水面下で燻り続ける事になる。だが愛だ恋だという問題は解決が難しい。

 

今度の作戦はジオンの宇宙要塞に乗り込むのだ。若者の生存本能が刺激されても無理ないのである。むしろそれで恐怖を忘れてくれるなら、指揮官として多少の恋愛は歓迎すべきとさえ思う。

 

(恋や愛も知って死んでいく方が、まだマシでしょうからね。)

 

ともあれこの場は棚上げすると、マチルダは決意した。

 

「いいわ。乗ってあげる。」

 

ゆっくりと言葉を沁み渡らせてから、マチルダは続けた。

 

「でも次はないわ。これ以上、空気を乱すのも厳禁よ。特にスレッガー中尉。ミライ・ヤシマ中尉には紳士的に振る舞いなさい。ノア中尉も、それでいいわね?」

 

二人は顔を見合わせると、同時に答えた。

 

「「はっ、ありがとうございます。」」

 

「……下がってよろしい。あ、ノア中尉は残って、仕事よ。」

 

スレッガーを解放すると、彼は素早く室外へ逃れた。マチルダはブライトに貯まった仕事を投げ渡し始めた。懲罰を兼ねてかなり多めにである。ただ掛け値なしに、入港時の仕事は元々多いものなのだ。

 

「忙しいのよ。問題は起こさないで。」

 

「……はい。すみません。」

 

ブライトがマチルダに向ける表情が、ようやくいつものものに戻る。少し気恥ずかしそうな、それでいて艦長に信頼を向ける眼差しである。マチルダはため息をついて、心境を吐露した。

 

「私は貴方の方が相応しいと思っているわ。公然と肩入れはできないけど、若い人たちがこっそり楽しむのも大目に見るつもりなの。でも、頑張らないとミライを攫われちゃうわよ。」

 

ブライトは尊敬する上官の意外な言葉に目を丸くしていたが、一つ頷くと答えた。

 

「ありがとう、ございます。」

 

マチルダはため息をついた。ブライトはまだよく分かっていないのだ。

 

「さ、仕事しなさい。」

 

マチルダの見る所、ミライは落ちる寸前である。冷たくされ、優しくされ二人の中は急接近した。ミライは一皮向けば、初心な箱入り娘でしかない。紳士的な距離を保つ相手しかいない中で、本能で動くスレッガーの様な男は初めてな筈である。とても相性が悪いのだ。ミライはスレッガー相手なら簡単に落ちかねない。

 

(私が肩入れするほど旗色が悪いのよ。それに気がついていないんだろうな、まだ。)

 

マチルダとしては出来ることに限界がある。ミライはブライトとの恋を育むべきだと感じていても、どちらを選ぶかはミライの問題なのだ。

 

(ミライも、あれで肝心なところは抜けているから。勢いに流されて本心に気がつかないかもしれないわ。)

 

だからマチルダは、せめてこうしてブライトの恋が破れた時のアフターフォローの準備に入るしかなかったのである。少なくともこうしておけば、失恋したブライトの愚痴くらいは聞いてやれるだろう。

 

 

 

 

—サイド6近傍宙域—

 

この宙域に到着してから数日後、待機を重ねて来たコンスコン少将はチベの艦橋にいた。そこで部下が通信文を読み上げる。

 

「ランバ・ラル少佐からの通信です。『木馬は間も無く放たれる。報道も手配。勝利を。』との事です。」

 

「ふむ、ようやくか。」

 

コンスコン少将としては、ラルに待たされたとは思っていない。連邦の動きを察知してからジオンは動いたのである。サイド6に逃げ込まれるのは彼の予測の中にあったからだ。

 

「ラルめ、意外と丁寧な仕事をする。」

 

どちらかと言えば、ラルには無茶振りをした自覚がある。それでいてサイド6政府と交渉して彼の要求を満たすのだから、なるほどあの男がセシリア・アイリーンに気に入られる訳である。

 

「その、報道とは何か。」

 

「恐らく民間のテレビネットワークの中継でしょう。ライブ配信されると、そういう事ではと。」

 

副官の答えに、コンスコンは頷き返す。

 

「ふむ。なるほどな。」

 

コンスコンの目的は、サイド6にジオンの実力を見せつける事にある。折角サイド6近傍宙域で連邦を叩きのめすのだ。テレビネットワークでの配信は望む所である。

 

ミノフスキー粒子下において、無線伝送は当然阻害される。しかしながら光学的な観測は可能である。恐らく撮影船は、サイド6の宙域内から望遠レンズを用いて撮影するに違いない。そこならミノフスキー粒子による通信阻害も影響しないだろう。

 

「我らの圧勝を、サイド6政府に邪魔させずにコロニー社会に配信させるか。ラルもよく考えるものだ。」

 

コンスコン少将は正攻法を愛する男である。堅物の嫌いはあるが無能ではない。ただ、軍事という彼の専門から外れたラルの小細工の才となると、素直に感心してしまうばかりだ。これは余りにも彼の生活から、ラルの行いがかけ離れている為である。

 

「まあ良い。こちらも無為に日を過ごしたわけではない。教練は進んでいるからな。」

 

彼は正道を好む。それは努力と用意である。麾下のドムの戦隊はこの数日間できっちり訓練を積ませた。パイロットは機体に習熟し、理想的な水準に仕上げてある。しかもコンスコンは、直近で敵と交戦したムサイから戦闘データを取り寄せまでしていた。

 

彼の分析により敵の戦術は丸裸にされている。この敵の初動の遅さは既に把握している。指揮官はどうやら慎重な人物らしい。

 

敵が二機ずつ順番にしか出てこないなら、こちらは全機で出迎えて集中攻撃すれば良い。僚機を先に落としてしまえば、連邦のエースとて倒せる筈である。

 

「統制された集団は、優れた能力の個人に勝るものだ。そして機体の質が担保されるなら、訓練でその質を活かす術は学べる筈だ。」

 

それが実務派であるコンスコン少将の知る軍事の常識である。

 

「リックドムは敵に先んじて全て展開する。数の多さで一気に畳み掛けるぞ。それが我らの必勝の策よ。」

 

これが正攻法というものである。小細工など積み重ねた努力の前に通用する筈はない。コンスコンは部下達の前でそう自信を見せた。

 

 

 

 

 

—サイド6宙港—

 

「カムラン、またね。」

 

ミライは手を振ると〈ペイルホース〉に乗り込もうとした。あっさりしたものである。彼女の関心は既にカムランにはなく、彼を必要としたのは〈ペイルホース〉を速やかに入港させる必要があったからに過ぎない。

 

「ミライ、僕にも見送らせておくれ。船を用意したんだ。せめてサイド6宙域の端まで。」

 

すがるカムランに、ミライは冷めた視線を向ける。

 

「ジオンの軍艦が待ち構えているの。それを知っていて私たちに出ていくように求めたのは、あなたの政府なのよ。」

 

「それは分かっているさ。だからこれはせめてもの罪滅ぼしなんだ。」

 

実際のところ、〈ペイルホース〉は敵を前に戦意を漲らせている。ラルの知らせで敵の陣容や戦力を把握しており、感覚としては正々堂々の果し合いに近い。奥の手が割れているだけ、有利とさえいえる。

 

だが、カムランは民間人でありその機微までは分からない。そしてミライは彼の分からなさを理由に、相手を攻撃していた。

 

「手ぐらい握ってやんなさいよ。婚約者さん必死じゃないの。」

 

背後からそう囁きかけたのは、スレッガー中尉である。気になる男の存在に、ミライはピクリと体を震わせた。

 

「……分かったわ。」

 

それでもミライが頷いて見せたのは、スレッガーの言葉に頷かざるを得ない点を感じたからである。カムランを疎ましく思う気持ちはある。だがそれはそれとして、彼は善人ではある。そしてミライは彼の善意を利用した側なのだ。

 

スレッガーの意中にあるのは、“利用するなら騙し切れ”という事であろう。カムランもミライの為に相当な無理はしてくれたに違いない。

 

(カムラン、悪い人ではないから。)

 

せめて感謝して手を握り笑いかけるくらいはしてもいい筈である。それはミライの本心とは別にしても、いや本心ではないからこそ敢えてカムランに与える必要のある取引の報酬である筈なのだから。

 

「カムラン、本当にありがとう。あなたはいい人だわ。」

 

間近に寄せられたミライの顔に、カムランは惹きつけられた。そんな事、とモゴモゴと呟く。ミライは相手に構わず、言いたいことを言い続けた。

 

「私達とても感謝している。でも私達は戦争に行くの。だから、もう会えないかもしれないわ。」

 

軍はカムランにはどうしようもない現実であり、ミライには格好の逃げ場である。しかもジオンが待ち構えているのは周知の事実なのだ。

 

(私、狡い女ね。)

 

今この瞬間、ミライは軍にいる不自由さの為に自由でいられる。尊敬する亡き父親の遺志でも、今の自由なミライにはカムランの元で飼われる選択肢はもはや存在しない。だがそれをありのまま伝えてはいけない。だから本心をぼかして、言い繕う。

 

「私が帰ってこれなくても許してね。軍に徴用されたのだから、婚約は不成立という事にしましょう。あなたにはもっと相応しい相手がきっと見つかるわ。」

 

それはミライとしては精一杯の言葉である。戦争を理由にすれば相手が諦めてくれる。そんな女としての計算もある。だが、彼女なりの誠意は込めていた。

 

(時代が二人を引き裂くのなら、それは仕方がないじゃない。)

 

それはミライには嘘でしかないが、可能な限りカムランに優しい嘘である。

 

「そんな…。」

 

カムランは、ようやく戦争を理解したという顔をした。サイド6にいる彼にとっては、戦争はどこか遠い出来事でしかなかったのである。

 

「……僕は待っているよ、ミライ。」

 

絞り出されたカムランの言葉に、ミライは何も答えなかった。ミライの背を押す様に、スレッガーがミライの肩に手をかける。そして最後の搭乗者として、ミライとスレッガーは〈ペイルホース〉の中へと姿を消した。

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

『イセリナはこの艦を降りました。彼女はもう戻りません。彼女はガルマ・ザビを取り戻すという目的の為に新たな作戦行動に入りました。』

 

ミライの脳裏を、事情を告げるマチルダの顔が蘇る。

 

『彼女は徴用を解除され、正式に軍を辞めたの。……本来はこの話をするのも憚られるのだけれど、これはジオンのザビ家内部を切り崩す高度な政治的手段です。』

 

(あ、これって諜報活動なんだ。)

 

それがマチルダの話に対する、軍人としてのミライの気づきである。そこでこの話が終わっていれば、ミライの脳裏は戦争の趨勢について想いを馳せていただろう。しかし、待ち構える敵を前にした彼女にそんな余裕は与えられない。

 

『パイロットの欠員は、リュウを充てます。でも彼は無理をさせられない。だからガンタンクでお願いね。』

 

それは軽キャノンに乗るのがハヤトで、カイと相棒を組ませる事を意味する。押し出されるパイロットはスレッガーで、彼が新たなミライの相棒となる。ミライは一瞬だけ悩んだ。指揮官としての権限で、ミライは別の相手と組むべきだろうか?

 

(でも、この機会に彼との相性を試してみたい。)

 

スレッガーとは未だに微妙な間柄である。そして今は当初とは趣が少し異なる。どことなく気になる関係に変化していた。いや、確かに惹かれている。

 

(彼、全然私のタイプじゃないのに。)

 

特に彼女を取り合った目の前でのあの殴り合いから、ミライは確かにスレッガーに熱い気持ちを感じてしまっている。

 

(私と組めるか、組めないか。それは本人に聞いてみるしかないよね。)

 

ミライは瞬間的にそう決めていた。それは指揮官としてではなく、恋する女としての恋心がそうさせていた。だが自分の気持ちには嘘をつけない。

 

「スレッガー中尉、こちらへ。打ち合わせが必要なの。」

 

「はいよ。」

 

ミライはそっとスレッガーを呼び出した。そして事情を告げる。

 

「詳細は語れません。しかし、マチルダさんによるとイセリナさんはもうこの艦に戻らないそうです。これはジオンに対する連邦の諜報活動の一環です。」

 

スレッガーの目が光る。彼はイセリナの素性まで知らされてはいない。だが同じ艦に乗り合わせていれば分かる肌感覚がある。この話は嘘ではないと、そう気がついた。

 

「リュウが予備パイロットから復活しますが、骨折を抱えた彼はガンダンクを担当します。代わりにハヤトが軽キャノンに乗り、カイと組みます。」

 

(やはり彼、私の事が嫌いかしら)

 

ミライは光る目で相手を見ながら告げた。

 

「スレッガー中尉、貴方にはイセリナさんに代わり私と組んで欲しいの。頼めるかしら?」

 

ミライはドキドキしている。それは恋の呼吸である。スレッガーは一瞬だけ考えて、答えた。

 

「勿論だ。背中は預けてくれ。」

 

ミライはほっと安堵の息を漏らし、相手の前だと気が付いて照れ隠しに笑った。

 

「よかったわ。」

 

その笑顔を眩しく感じながら、スレッガーは作戦の話を切り出した。

 

「なら提案があるんだが、聞いてもらえないか?」  

 

MS戦術論はこの所この二人の衝突の原因だった。しかし今の空気は大いに改善している。いずれにせよ相棒、二人はマヴとなるのだ。この点でも話し合い、彼らは折り合っておく必要がある。

 

「ええ、聞かせて。」

 

ミライの反応も、この数日の変化を受けて穏やかなものである。

 

「艦のカタパルトは二機ずつ発進できる。マヴ同士を同時に射出できないか?」

 

ミライは即座に指揮官の顔に戻り、考え込む。

 

「同時にカバーし合えるコンビを戦場に送り込める。それなら数を揃えてから戦い始めるよりずっと臨機応変に対応可能だ。そしてマチルダ艦長なら、最適な場所に俺たちを送り込んでくれる筈だ。」

 

それは手薄な箇所にマチルダが同時に二機ずつMSを送り込めるという策だ。合流は後回しで良い。必要な手当を先にするべきとスレッガーは説いた。

 

スレッガーとしては、ミライのプライドを刺激しないように気をつけている。だがそこはミライの指揮官としての弱点である。シミュレータで訓練した彼女はシミュレータ慣れした。戦闘の開始前にゴングが鳴り、それまでは猶予があるとそう思い込んでいる。しかし実戦はそう甘いものではない。

 

「ええ、そうね。あなたのこの提案、検討に値するわ。」

 

スレッガーの意図に気がついたミライは、より深く考え込んだ。

 

「なぁ、もう少し皆を信頼してみないか。アンタの指揮能力ならさ、必要な時は分かるだろう。それまでは個々自由にやらせればいいんじゃないかい?」

 

部下の一挙手一投足まで指示したい。それは部下の動きが見えてしまうからこそのミライの優秀さである。と同時にミライが指揮するまで部下を棒立ちに近い状態にさせるのは、彼女の傲岸さでもある。だからミライが気になるスレッガーは思わずにいられない。

 

(指揮能力の高さってのはさ。部下を縛るより活かす方に使う方がいいんじゃないの。)

 

とはいえスレッガーも前回は敢えて事を荒立てていた。それは彼女の意識を逆撫でする事で、却ってその気を惹く為だ。多分に、意図的で利己的な判断である。

 

「ええ、その方がいいわね。そうしましょう。」

 

ミライは即決した。今の彼女はスレッガーを信じるべきとそう感じている。それはニュータイプとしての勘の働きのようなものが、嘘がない本心からの言葉とそう見抜いた為である。

 

NTとしてそう洞察し、女として相手に身を委ねる。ミライの心と体は、そのような形で事態を収束させた。

 

「では、その方向で皆に説明します。リュウさんはガンタンクに慣れているし、ハヤトも軽キャノンの訓練はしている。カイとは長いから、上手くカバーし合えるはず。問題は私達ね。」

 

ミライとしては、ちょっと誘いかけるようなそんな言葉である。ここは女として、彼女はスレッガーに自分を満足させる言葉を期待したのだ。そしてスレッガーはミライの期待に応えてくれた。

 

「大丈夫さ。相性が良いところ、ジオンの奴らに見せつけてやりましょうや。ね?」

 

 

 

 

—チベ級重巡洋艦・艦橋—

 

「来たか。待ちかねたぞ。」

 

コンスコンは椅子から立ち上がり、両肩をポキポキと鳴らした。敵の中立宙域外の出現は、彼の予測した完璧なタイミングである。チベは理想的な船速に乗り、十二機のリックドムは既に扇形に展開している。ドムが一機でも敵の警戒網を突破すれば、ジャイアントバズーカをあの優美な敵艦に叩き込む。

 

「リックドムならば一機で連邦のペガサス級なぞ屠れる。それを十二機も揃えた。練度も申し分ない。これは相手が気の毒になるな。」

 

ガハハと高笑いする。これは緊張しがちな部下の強張りをほぐす為の演技である。だが自信もある。

 

(これで負ける筈もない。)

 

ドムの真骨頂は脚の速さと大火力、そしてちょっとした機銃など無視してしまう装甲の厚さにある。それはザクの比ではない。ドムが敵艦に肉薄すれば、その時は勝ったも同然と言えるだろう。しかも十二機の連続攻撃である。敵艦が防ぎ切れる筈がない。

 

(少なくともチベでは防ぎ切れん。ペガサス級とて同様だろう。それに連邦のMSは、ザクを大きく超えるものではない。ならばドムならば余裕をもって対処できる。)

 

これはコンスコンの油断ではない。軍事の常識である。彼としてはザクよりもより優れた兵器を用意したのである。敢えていえば、未知の機体には小当たりした上で判断する程度の慎重さは必要であろう。

 

しかしそれは先行したムサイの戦闘データという形ですでに分析し、完全な形で補っている。盲点は『短期間で敵は成長し得る』という事にあったが、ほんの数日で動きが見違えるとまでは歴戦の彼でも全く予想できていなかった。

 

「こちらの先鋒が仕掛けます。」

 

「さあ、始まるぞ。ジオンの強さを、サイド6に見せつけやれ。」

 

コンスコンとしては仕上げを待つ心積りで、部下達の戦いを観戦した。

 

 

 

 

 

—サイド6近傍宙域・中立領域外—

 

〈ペイルホース〉の先陣はセイラとハモンである。この組み合わせは現状最もバランスが良い。軽キャノンに不慣れなハヤトも、急造コンビのミライとスレッガーでもない。そこはシイコとバックマイヤーも同じだが、彼らは高速なので後回しに出来る。それにミライの見るところ、セイラの強さはシイコに負けていない。

 

「ハモンさん、ついてきて。」

 

言わずともハモンはそうする筈であると知りながら、セイラはマヴに声をかけて敵陣への侵攻を開始した。

 

「そこよ!」

 

ビームライフルによる狙撃、そしてビームキャノンでセイラは迫るリックドムを二機連続で撃ち抜いた。彼女の前に道が作られる。しかもビームキャノンは、サーベルを抜いて肉薄した敵を迎え撃った攻撃である。その大威力に、リックドムの機体は四散する。

 

だが敵の数は多い。更に迫る敵二機を、セイラとハモンのビームライフルが撃ち抜く。セイラは一射で射抜き、ハモンの射撃は可能な限り連続射撃して敵を食い止めたものだ。

 

『センスのない私は、無駄弾でも確実な敵の阻止を優先します。』

 

ビームライフルは構造から連射とまではいかないが、修正を加えて再射撃する間は取れる。そして味方は後に続いている。初戦で敵の数を減らせるなら、残弾はそこまで気にしないのがハモンの流儀である。セイラに迫る危機を食い止めるのが最優先であるからだ。

 

敵は見る間に四機を減らした。そしてそこにシイコ達が参戦する。

 

『お姉様、ここは任せて。』

 

「ええ、お願いね。」

 

シイコの好意を、セイラは受け入れる。セイラの軽キャノンは脇に避け、戦場の主役に場を譲る。そこにシイコの機体が到着した。それはカタパルト発進先のマチルダの精緻なコントロール結果である。そしてバックマイヤー中尉がGファイターを射出されたままの勢いを保ち、シイコを連れて敵チベに向けて突撃を継続したからでもある。それを食い止めようと動くリックドムを、今度はシイコ達が迎撃する。

 

Gファイターのビームがリックドムを捉える。二機のビームが斉射されるそれは、やはり強大な威力である。瞬時にリックドムを破壊する。その一方でシイコのビームキャノンは回避された。しかし彼女は射撃を、相手を理想の位置に誘導する為の牽制の一手とそう考えている。

 

「そこね。」

 

シイコの軽キャノンは、ビームサーベルの抜き打ちで迫るリックドムを両断した。破壊されたドムは瞬時に後方へと置き去りにされ、軽キャノンの背後でリックドムの機体は爆散する。

 

「ね、ここで降りるわ。」

 

『了解』

 

シイコの軽キャノンが脚部の拘束を解かれ、解放される。それは新たなリックドムを迎撃する最適な位置である。シイコの意思を、バックマイヤー中尉は察したのだ。二人きりで裸になって過ごしたあの夜以来、二人の連携は更に磨かれたのである。それはバックマイヤー中尉の心の中に、自分の意思が沁み入っていくかのような感覚をシイコにもたらしている。

 

「そこ、見えているわ。」

 

ビームサーベルを振るうには遠く、ビームライフルを向ける前に動かれてしまう絶妙な距離。これまではバルカンを打つしかなかったが、今のシイコにはワイヤー射出装置という秘密兵器がある。

 

軽キャノンの機体から射出されたワイヤーが、敵のMSに絡みつく。さしてダメージを与えないそれは、敵パイロットに撃たれたと気が付かせない。しかもこれは改良された新型で、杭打ちではなく再利用を前提としてフックが噛み付く形に改められている。

 

ワイヤーの利用でシイコの機体の軌道が変化した。それはリックドムのパイロット達の予測を超える動きとなる。

 

「まず、あなた。」

 

シイコはワイヤー接続されたドムの相棒を撃破した。これでシイコの戦果は二機に、ジオン軍の機体喪失は七機となる。十二機もいたリックドムは、この時既に半分を割り込んでいた。敵の布陣には大穴が空き、セイラとハモンは悠々と敵警戒網を突破する。

 

「ほら、もう一機。」

 

シイコがワイヤーで繋がれたリックドムを撃破する。これでリックドムの残りは四機である。そしてシイコは固定したフックを解除し、ワイヤーを巻き取る。これでワイヤー射出装置は再び利用可能となる。

 

ジオンの防衛ラインを構成していたリックドムは壊滅した。それでもジオンの残されたリックドムは果敢に戦線突破を試みている。連邦の母艦、ペガサス級を沈めれば勝ちは確定するのだ。コンスコンの定めた必勝の策に沿って、ジオンのパイロットは最善を尽くそうとした。

 

〈ペイルホース〉に迫る二機のリックドム。その一機をビームが貫通する。カイの軽キャノンが放ったビームライフルによる狙撃である。もう一機はハヤトが狙ったのだが、こちらは外れていた。

 

「外れた?」

 

ハヤトがこぼし、カイがカバーに入る。

 

「こちらでやる。ハヤト、警戒してくれ。」

 

「はい。」

 

カイはスコープを覗き込み、より深く集中した。そして必殺の一撃を放った。リックドムも懸命に抵抗を試みる。胸部ビーム砲を最大出力で撃ち放ったのだ。それは敵を破壊する意図ではない。パイロットの目を眩ませる意図である。

 

「うわ。」

 

カイの一撃は彼にとっては二機目のリックドムを撃破したが、その光をスコープ越しにもろに見た。目を眩まされて悲鳴を上げる。

 

『落ち着いて。最大輝度は抑制されているわ。目が眩んでもいずれ戻るはずよ。』

 

後方からミライがカイを通信で諭した。スコープは光学的に敵を捉えている。だから目眩しには弱い。しかし光量は完全にそのまま流れ込むわけではない。太陽を見る馬鹿はいないだろうが、予期せぬ光量を抑える工夫はある。それはヘルメットのバイザーも同じで、パイロットを守る二重の保険として機能していた。

 

『ハヤト、カイのフォローをよろしく。最後の二機はこちらで手当てします。』

 

ミライがそう告げる間にも、スレッガーの軽キャノンがハヤトに迫っていたリックドムと斬り結んでいる。ミライは落ち着いて自分の担当のリックドムをビームキャノンで撃ち抜いた。そしてビームライフルをスレッガーの相手するリックドムに向けた。この敵が最後のMSだと、ミライの感応力はそう判断している。

 

「スレッガー中尉。支援するわ。当てないから慌てないで。」

 

そう言ってからミライはビームライフルを可能な限り連続で撃っていく。トン、トン、トンと間延びしたリズムだ。それにスレッガーに当てないようにするために牽制が主体となる。

 

(焦らなければ、当てられるわ。)

 

ミライの射撃は、三発目で上手くリックドム背後の長大なスラスターを一つ破壊した。相手の動きが遅くなればこちらのものである。そもそもニ対一なのだ。いや、この敵が最後のMSなのだ。もう負けはない局面である。スレッガーは楽々と最後のリックドムをビームサーベルで仕留めた。十二機いた敵は、三分に満たない短時間で処理された。

 

 

 

 

「ぜ、全滅。十二機のリックドムが全滅。さ、三分も経たずにか。」

 

チベの艦橋でコンスコンは狼狽えていた。それはもはや取り乱していると言っても過言ではない。連邦の戦力は彼の予想を遥かに超えていた。しかし、どうすれば勝てたのか。今の彼にはそれは皆目見当がつかない。しかし軍事の専門家として、彼は必死に考え状況に適応しようとしていた。

 

コンスコンを真に恐怖させたのは、部下の全滅ではない。彼の想定外がこれほど大きな影響を及ぼした、その振れ幅にある。

 

(連邦のビーム兵器は、命中に課題を残していたはずだ。現に、ムサイのもたらした交戦データではエースと思しきMSはろくな命中をさせていなかった。)

 

待ち伏せ戦闘ならともかく、高速機動する者同士の戦闘において狙撃はまず不可能に近い。それが彼の知る軍事の常識であり、拭いがたい現実である。実際、シイコは連邦のエースでありそして射撃は外れていた。

 

(連邦のMSは高速時に射撃を命中させづらい。あのエース機でさえ外すのだからな。)

 

コンスコンはそのように軽キャノンを分析していた。突飛な結論ではない。ただ、シイコの射撃の腕が平均をかなり下回るだけである。そして連邦のエースが射撃下手とは、コンスコンは想像出来なかったのだ。

 

ただ連邦のビーム兵器も、彼の予想を上回った。それは宇宙空間における射程の長さである。ザクのライフルもバズーカも射程は短い。地球上のように大気や重力が悪さをするわけではない。彼我の速度差が原因である。

 

しかし亜光速で飛来するビームはほぼ正確にその対象を貫く。MSが亜光速より遥かに低速である以上は、狙撃され得るのだ。しかもザクより遥かに強化された筈のドムの装甲は、ビーム兵器にはまるで無力であった。直撃すれば破壊される。

 

(MSが所詮数で圧倒するカカシに過ぎんのなら、高コストなドムなど不要で量産機こそ正しいという話か。)

 

それはコンスコンの嫌うキシリア中将麾下のマ・クベ大佐提唱の理論である。コンスコンはより短絡的に『MSがいかに奮戦しようとも、母艦が沈めば詰み』という認識で対抗してきた。しかし奇しくもコンスコンが必勝を期したこの戦闘で、持論とは異なる結果が出てしまった。

 

「連邦のMSは化け物か。」

 

コンスコンは言葉を絞り出す。それはコンスコンの認識の誤りを、常識のアップデートを意味する言葉である。

 

(問題は私が誤った認識を、ムサイの観測戦闘データと共に報告をした事だ。これは訂正されねばならん。)

 

だが、その猶予はもはや残されていない。MSを全機喪失した今、彼のチベは丸裸にされている。コンスコンの持論が正しいなら、敵MSがこの艦を見逃すはずがない。そして理論のこの部分においては、コンスコンは絶対の確信を持っている。この艦は、もはや助からないのだ。

 

その時、コンスコンの思考を部下の報告が阻害する。

 

「ザンジバル級〈ラグナレク〉より通信です。『テレビにて配信中なり。よって支援に向かう』と。」

 

その報告でコンスコンは思い出した。この戦闘は配信されていたのだった、と。無様を晒していた。それがよりコンスコンを追い詰めた。

 

「ラルめ、高みの見物をしておいて今更笑いに来るか。」

 

自分が待機を命じておきながら、コンスコンは口をきわめてラルを罵る。だが、それでいいのではないか。

 

(この戦闘は記録されている。私が死んでも、その死に様はラルが伝える。こうなればラルが批判的な態度を貫いたのも幸いだ。奴は必ず私のこの死に様を反面教師とする筈……)

 

コンスコンの刹那の思考はそこで途切れた。

 

「敵MS来ます。」

 

「なんだと。」

 

応戦しろ、と命じたつもりだった。しかし彼の命令がその口から放たれる事はもうなかった。

 

 

 

 

ハモンを背後に引き連れたセイラは敵陣深くへと浸透していく。MSへの攻撃を行わないこの二機は、死の恐怖に怯えるジオン軍の中で知覚されにくい。

 

無論シイコの暴れ具合や、後方からの狙撃が良い支援となっている。このような影に潜む動きを、母艦の直掩機が本来ならもっと警戒した筈である。

 

しかしコンスコンは大半の戦力を戦闘に振り向けた。直掩機の大半はシイコという戦場で目立つエースに引き付けられている。シャドウストライカーとなった今のセイラの行動を阻害するのは、MSの近さに驚愕した敵艦の放つ機銃だけである。そんなものは、宇宙という戦場における勝者たるMSへの足止めにもならない。

 

(今の私なら、やれる。)

 

セイラはすれ違い様にチベの艦橋を狙撃する決意を固めた。普通なら困難な射撃である。正面から撃ち抜く方が遥かに楽である。

 

(でも、こうする方が被害は少ない。ラル、お前なら救助も間に合わせるでしょう?)

 

しかしセイラは大勢の敵を生かす事が可能と判断した。追尾するハモンも即座にセイラの思考を理解する。思考を先に読んだわけではないが、目にした動きにはついていける。

 

(これがアルテイシア様のお優しさなのだ。)

 

セイラの性格ならそうすると、ハモンは納得していた。心が反発しなければ、動きが遅れる事はない。二機の軽キャノンは一塊となってチベ目掛けて突貫した。

 

セイラとハモンの放つビームライフルが、行手を阻む機銃に次々と着弾する。その爆発光が敵の視界を遮る。最適な射撃位置で、セイラはチベの艦橋に向けたビームライフルのトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

コンスコンはようやく迫り来る連邦のMSの存在を知覚した。しかしその瞬間にはもう、肉薄したセイラの軽キャノンの放ったビームにより横から艦橋が撃ち抜かれた。

 

コンスコンの体は瞬時に蒸発した。それは真空に吸い出され窒息するよりも苦しまないで済む分、幸福な死に様だったかもしれない。リックドムが全滅した時点で彼は万策尽きており、命長らえた所で部下を殺した無能の誹りを免れなかった。その時既に、こうして戦場に散ることをコンスコンは許容していたとさえ言える。

 

 

 

 

『やりましたね、お姉様』

 

背後から『全部見ていたぞ』と、シイコの声がする。セイラは息を吐いた。彼女はなるべく被害を少なくするようにビームを放つ余裕さえある。ランバ・ラルさえその気なら、あのチベは回収できそうである。もう流石にソロモンでの戦闘には間に合わないだろうが、

 

(自分もジオンに行けば、あの艦に乗る日も来るかもしれない。)

 

そう思うからこそ、情けをかけた。セイラにとって、それは楽しくない想像である。自分がいても不思議でない場所を、自らの手で破壊する感覚。ダイクン派が政権を取れば、あの艦の敵はセイラの愛すべき国民になるという矛盾がある。

 

(本当に可能なのかしら、そんなことが。)

 

セイラの悩みは尽きない。ともあれ今日も生き残ることが出来た。何よりそのことが大切であった。

 

『帰還命令です。戻りましょう。置いていかれますよ。』

 

接触回線を通じ、背後からハモンがセイラにそっと後退を促す。ハモンも、あの艦を助けたいのだ。長居すると、シイコは勘違いするかもしれない。

 

「ええ、了解。」

 

セイラは応答すると、〈ペイルホース〉へ帰還すべく軽キャノンを回頭させた。

 

 

 

 

 

—ザンジバル級〈ラグナレク〉—

 

「勝敗がつきましたな。」

 

クランプのその言葉は、感想ではない。ラルに行動を促す為の言葉である。

 

「動くぞ。チベの救援に向かう。」

 

「はっ。」

 

ラルはザンジバルの針路をチベを救援するのに最適な進路を取らせた。ジオンの将兵は戦闘時のノーマルスーツの着用は絶対である。チベのブリッジは消失した。しかし他の各ブロックが密閉され、兵がノーマルスーツを着用していれば生存者は多数いる筈である。

 

(アルテイシア様は、チベの艦橋のみを狙われた。ならば大勢が生きている。)

 

「タチ中尉に連絡しろ。我々が動く。増援が来て連邦は退く筈だ。テレビクルーには、そこを撮影させろとな。」

 

「了解であります。」

 

ラルはタチ中尉をテレビクルーの船に同乗させていた。撮影への配慮という、一種の検閲である。生中継なので流す放送は止められないが、まずいものは映さない様にコントロール出来る。

 

(ザンジバルが動く、連邦が退く。この単純な構図を視聴者に植え付ければそれでいい。)

 

ラルはコンスコンの敗北を予期していた。だから事態収集の術をこうして確立しておいたのだ。

 

(願わくば、チベの破損をタチ中尉が誤魔化してくれていればいいがな。)

 

幸いアルテイシアの配慮で、チベの艦隊は保たれている。遠目には被害の程は分かりにくいだろう。被弾したにしても、自力航行可能な様子を見せれば外野は納得する筈である。

 

(ま、応急修理で数日というところか。)

 

それはラルにとって大変に都合がいい。アルテイシアを追撃しない理由が得られるからである。

 

敗戦を勝利として糊塗し、テレビにおいてはジオンが連邦をサイド6宙域から追い出した結果だけを喧伝する。それで政治的にジオンの優位は印象付けられる筈である。コンスコンの死は公開する必要はなく、ドムの全滅という被害も書類の山の中でどこか別の場所の出来事として矮小化されていくのだ。

 

「クランプ。タチ中尉は?」

 

「応答がありました。“万事予定通り”とのことです。」

 

「よし。では通信文を打て。暗号化しない平文でいい。敵艦向けだからな。内容は“ジオンの怒り思い知るべし”だ。」

 

ラルの言葉に艦橋がどよめいた。“青い巨星”の名が知られていても、ランバ・ラルの戦働きを知らない者が大勢いる。そんな彼らにとって、ラルは政治的な働きのできる将校である。だからラルが見せた意外な戦意の高さに、部下達は彼が“青い巨星”であると改めて実感したのだ。

 

「コズンとアコースを支度させろ。私も出る。この場は任せた。」

 

「はっ」

 

ラルは身を翻した。テレビ映えするのは勇壮なMSの出撃シーンである。彼と部下達が出撃し連邦艦を追い払えば、勝利を掴んだのは誰か視聴者が疑問を感じる筈がない。

 

(サイド6での会談は実に有意義だった。これで動きやすくなる。)

 

先程発信させた通信文は符牒である。この文章の発信者が、ランバ・ラルであるという事を意味する。それ以上の意味は何もない。だから解析されても痛くもない。

 

さらに言えば文中の“ジオンの怒り”とは、ザビ家に対するジオン・ズム・ダイクンの怒りである。それはラルにとって、ダイクン派の正義を高らかに宣言した内容である。

 

しかし、現在は連邦と戦争中である。今この瞬間ならば、このメッセージは誰が聞いてもジオン軍による連邦軍への報復予告にしか聞こえない筈であった。軍は彼の戦意の高さを賞賛こそすれ、通敵しているなどとは疑うはずがないのだ。

 

ラルは青く塗られたリックドムのコクピットに潜り込むと、艦橋との接続を再開した。そして状況を問う。

 

「クランプ、状況はどうだ?」

 

「敵艦はMS部隊を収容し、離脱していきます。」

 

「よし、ならば生存者の救助だな。あのチベもペルガミノの浮ドックに運び込む。偽装で自力航行可能と見せかけて、本国へと持ち帰るぞ。」

 

 

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。
今回はサイド6編の後半パート、および中立宙域での激突となりました。

コンスコン戦は原作通りのスピード決着を描きつつ、彼が「どの戦術データを誤認し、何によって計算を狂わされたか」という軍事的なロジックに焦点を当てています。

同時にこの戦闘は、のちのソロモン戦でドズルと対峙することになる、アルテイシア(セイラ)の前哨戦でもあります。目立つことを嫌っていた彼女が、ここを契機により前へと出ていく覚悟を決めます。

また、本作の裏の主軸はバスクとペルガミノの裏取引とそこに巻き込まれるカムランの覚悟です。ここで調達されたミラー被膜が、のちの戦局を大きく変える伏線となります。艦内の若者たちの青い衝突と、大人の冷徹な情報・兵站戦の対比を楽しんでいただけていれば幸いです。

原作でシャアが担っていたポジションにラルを置くことで、コンスコンの敗北をダイクン派の政治的利益へと転換させました。軍事的には連邦の勝利ですが、メディア戦略によって政治的にはジオンの勝利に見せる。まだ組織の体裁を成していないダイクン派ですが、ラルとアルテイシアの両軸によって水面下で機能し始めています。

次回から、物語はいよいよ宇宙要塞ソロモンを巡る決戦へと突入します。
それでは次回もよろしくお願いします。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • バスクとマチルダの関係に納得!
  • カムランの覚悟と泥を被る姿が熱い
  • バスクの怪物性と実務能力が不気味
  • ミラー被膜が後のソーラシステムに!
  • ペルガミノとカムランの繋がりに納得
  • 大人の政治劇のドロドロ感が最高!
  • 若者の青さと大人の暗躍の対比が良い
  • マチルダの艦長としての器量が好き
  • カムランの扱いに対するミライの残酷さ
  • ミライの箱入り娘からの脱皮がリアル
  • ブライトの不器用さを応援したくなる
  • 対コンスコン戦のスピード感が圧巻!
  • コンスコンの戦術的誤認のロジックに納得
  • ラルの策謀とメディア戦略が冴え渡る!
  • 「ジオンの怒り」の四重構造が見事
  • 痛み分けに持ち込む情報戦の着地が完璧
  • 戦闘と政治劇の両立が見事!
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