【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第22話 守るべきもの

—フォン・ブラウン—

 

初めて人類が月面着陸を果たしたアポロ計画、その到着地点に築かれた月面都市がフォン・ブラウンである。月の表側に位置する都市の例に漏れず、フォン・ブラウンはこの戦争で中立を標榜している。しかし実態としては、月の裏側にあるグラナダの軍事的圧力を常に受けていた。

 

中立でありながら、どれだけ繁栄しようともジオンには逆らえない。そんな月面都市の代表格が、ここフォン・ブラウンである。

 

“赤い彗星”シャアは、キシリアの指示でフォン・ブラウンを訪れていた。それはこの地に置かれたキシリアの秘密組織、フラナガン機関のフラナガン博士と対面する為である。

 

『大佐には、ニュータイプの素養がおありです。』

 

キシリアにしか見せられない書類をシャアに見せ、フラナガン博士はそうシャアに囁きかけた。彼は科学者というよりも、人を誘惑し道を踏み外させる悪魔のようだとシャアは感じた。

 

フラナガン博士の提唱するニュータイプ“能力”という概念、それを知りシャアは話に引き込まれた。人の身で実行可能な新たな能力の素養が自分にはあるというのなら、その能力で何が出来るかの詳細を知りたくなる。それはシャアの性分である。

 

(組織の実情を探るなら、中にいる者に話を聞けばいい。)

 

そんな思惑を抱いて、シャアは彼女と寝た。フラナガン機関の用意したシャアの案内役であり、兵器の開発者でもあるシムス・アル・バハロフ中尉とである。

 

「それで、どうお思いでしたの?」

 

薄暗いベッドルームで、シーツを纏ったシムスがシャアに尋ねた。

 

「君のような凛とした美女が眼鏡を掛けている。すると眼鏡を外した素顔を見てみたくなるものだと、私はそう思った。」

 

「もう、そうではありません。」

 

先程までの二人の情事を思い起こされて、シムスは恥じらった。彼女もまだ若いが、この大佐は彼女より年下で顔立ちが美しいのである。そう、シムスはマスクの下のシャアの素顔さえ見せて貰っていた。

 

これはシャアとしても異例の事である。それはキシリアの陣営に加わるにあたり、シャアはキシリアに素顔と素性を明かさざるを得なかったからだ。自然、話の焦点はシャアの出自へと流れた。

 

シャアがザビ家に命を狙われるジオン・ズム・ダイクンの子キャスバルである事は、政治的に特別な意味を持つ。キシリアに己の命運を差し出すが如き行為である。

 

だがそれはそれとして、シャアとしては己の顔の評価をキシリアから聞きそびれた不満がある。これは自惚れというだけではない。人は素顔を晒して常に自分に対する評価を、周囲の反応という形で確かめている。

 

だからこそ仮面を被った存在が素顔を晒したのなら、周囲は目に見える反応を示すべきなのだ。それは適切なフィードバックという作法である。キシリアもまたマスクを被り、己の反応を隠す事に長けている。

 

それが全てというわけではないが、シャアはシムスを誘惑したのだ。どれだけ自分の素顔が魅力的かを、シムスを相手に試したのである。家族のいないシャアにとって、身近に誰かを置いて見てもらうのがこの場合の救済である。その欲求は、あるいは単なる肉欲以上に根深い。

 

「私は、フラナガン機関に対する大佐の率直なご感想をお聞きしたのです。」

 

シムスはそこで、少し拗ねたように言い淀んでから続けた。

 

「……でも。私の素顔のご感想はいかがでしたか?」

 

シャアはシムスに微笑んでみせた。

 

「私が思い描いた通りの、とても綺麗な顔だ。やはり君は、男を寄せ付けない為の仮面としてその眼鏡をかけていたのだな。」

 

「まぁ、褒めてもどうにもなりませんよ。」

 

美男子に褒められた内心の嬉しさを隠しきれず、シムスが羞恥する。隠していたものを晒したからこそ、褒められたい。それがこの二人に共通する心理だからこそ、シャアはシムスを褒め上げた。

 

「君に眼鏡を外させた男なら、君のその美しい顔がどう乱れるか。その事に惹きつけられてしまう。」

 

シャアはシムスの手を取ると口づけをする。彼にとってそれは、獲得したトロフィーを磨くような自然な行為である。

 

「私達は、お互いに隠している素顔を見せ合った。もうこれで、簡単に離れられない間柄と言えるのではないかな。」

 

この二人の関係は、シャアから誘いをかけた。シムスに『フラナガン機関について教えて欲しい』と頼んだのであり、普段は謹直なシムスもそれに乗った。戦争は危険というだけでなく、普段にはない運命の振れ幅の変転がある。シムスが貞操を大事に守った所で、一度遭遇すれば死んで不思議はないのである。

 

(それなら、この美男子との邂逅を全力で愉しむ)

 

戦争でいつ死んでも不思議ではないこの現実の中、シムスにとってのシャアは初めてを捧げても悔いの無い相手である。結婚を夢見る相手でないと承知しているが、シャアがフラナガン機関に在籍している間は関係が続きそうである。

 

(結婚相手としては不適格でも、同志として関係が続くのなら。女に生まれたなら、彼に必要とされる人生も悪くない。)

 

それがシムスの想いである。シャアは女の扱いが上手い。その上で面倒見も良さそうである。シムスは彼の素顔という秘密を握った訳で、協力的である限りシャアに可愛がって貰える。

 

実のところそれはシャアにそのように思考誘導された結果であるのだが、『同志という立ち位置も悪くない』とシムスに思わせるだけの魅力がシャアにはある。

 

なんという事はない。シムスは初めての男に舞い上がり、彼にとって都合の良い女になろうとしているに過ぎない。いずれシャアに捨てられればシムスはその事実を思い知るに違いないのだが、今の彼女は幸福の只中にいた。

 

シャアの思惑は少し違うところにある。これは戦場の緊張からの解放でもあるが、キシリアに正体を知らせざるを得なかった後悔が彼をストレスに追い込んだ結果である。

 

(今はキシリア・ザビに腹を見せておく。女遊びに興じる小ささを見せておく方が、小物だと安心されよう。)

 

シムスから情報を得たい。だが、それ以上にキシリアを少しでも見返したい。その二つの想いが彼女を抱く結果に繋がっている。実際、シムスはシャアにとっても及第点である。シャアはその点で嘘をつく気はない。男は繊細な生き物であるからだ。シムスはシャアが欲情するに足る秘蔵の花であった。

 

(だが、キシリアに嬲られた当てつけに敵陣営の女を抱いて見せる。そんな小さな男を演じたつもりだ。)

 

欲望を手近で消化する男は、復讐という遠大な計画を持ち得ない。キシリアに正体を握られたシャアは自分をそのように小さく見せたいのだ。

 

厳重な監視の中で敢えて女を抱いて見せる。シムスがキシリアの用意した誘惑役でなくとも構わない。シャアの“恋人”を押さえれば、相手は少なからず安心する。これは安全保障でもある。

 

『シャアが女という弱点を晒した』と、キシリアがそう思うようにシャアは仕向けている。だが、実際のキシリアはもっと賢くシャアの思惑を見透かすかも知れない。

 

仮にキシリアが『シャアとシムスとは遊びの関係でしかない』と看破したならそれでもいい。その場合でも、『シャアは犬の様に腹を見せている』とキシリアに判断されるとシャアは計算していた。

 

「大佐、始まりますよ。」

 

思考に耽っていたシャアにシムスが声をかけた。始まるのはサイド6での戦闘の配信である。

 

「建前は中立とはいえ、よくこんなジオンと連邦の戦闘を堂々と流す放送を決意したものだ。」

 

「それは、ジオンが勝ったからでしょう?」

 

シャアと共に戦闘を眺めていたシムスは、画面に熱中するシャアの様子を見て立ち上がる。そしてホテルの浴室へと向かった。スポーツの観戦を終えた後なら、シャアが再び彼女を抱いてくれるかもしれないと予感したのである。シャアの前では、清潔で美しく咲く花でありたい。それが今のシムスの生き甲斐になっている。

 

シャアはそのシムスを好ましく思った。後のお楽しみの面でもそうだが、シムスの気配が消えてより戦闘の中身に集中できた為である。

 

戦闘は連邦が敵を圧倒した。リックドムの殲滅まで僅か三分ほどである。シムスは戦闘開始前に浴室へと消えたので、シャアは集中して全てを見た。ただ高速で飛び交うMSの戦闘を離れた場所から光学的に映している。映像だけでは、視聴者にはどちらがジオンでどちらが連邦かもよく分からない。だがシャアは映像の細部からその情報を拾っていた。

 

「ま、そうなるか。」

 

コンスコンのチベが艦橋を吹き飛ばされた。シャアはそれを爆発の規模と位置、そしてチベの行動の変化で知覚した。しかし普通の視聴者には、機銃を破壊した攻撃の方がより派手にダメージを与えていると映った事だろう。艦影はごく小さい。爆発が大きいか小さいかしか、知識のない者には伝わらないのだ。恐らくMS戦の結果さえ、正確なスコアはまるで把握されていない。

 

「ん、増援がいたのか。」

 

画面に新手が出現する。それはザンジバルである。颯爽と登場した機動巡洋艦は、次々にMSを吐き出した。それもカメラ映えする位置を計算してやっている。距離が遥かに近い事もあり、ジオンのMSの勇姿が余すところなく映し出される。

 

特に青く塗られたリックドム。“青い巨星”の乗機にはシャアの中の少年の心がときめいた。

 

「真打登場というわけか。」

 

青い巨星に率いられたリックドムは、逃げる連邦を追い回した。敵は素早く味方を収容すると、サイド6から遠ざかっていく。戦域を離脱したのだ。これで視聴者にもどちらが勝利したのか判明する。

 

それまでの戦闘の被害が互角だったとしても、最後は連邦が逃げたのだ。ジオンが勝利したと見て、間違いないだろう。実際は連邦が勝利したのだが、ラルが視聴者の印象を巧みに操作して政治的な結果を上書きしてみせたのだ。

 

「大したものだ。“青い巨星”は食わせ者だ。」

 

シャアとしては、彼が単なる武骨者であるなら良かったのだが。同じ軍人としては手強い、という印象である。

 

「大佐?」

 

入浴を終えたシムスが、頃合い良しと見てシャアに声をかける。誘っているな、とシャアは感じた。そしてそのような挑戦は、受けて立つのがシャアの流儀である。

 

「ああ。そろそろ朝食にしようかと思っていたが、やめておこう。今は君の体を堪能したい。」

 

「まあ。大佐がご興味あるのは身体だけですか?今なら私の心もおつけしましょう。」

 

「勿論だ、それも頂こう。」

 

シャアは少し乱暴にシムスを押し倒した。シムスがきゃっと小さな悲鳴をあげる。その口をシャアは己の唇で塞いだ。その後の二人に、もう言葉は必要がなかった。

 

 

 

 

 

—サラミス級巡洋艦〈マダガスカル〉—

 

漆黒の宇宙を二隻のサラミス級が疾走している。この二隻は連邦艦隊の集結地点を目指し、サイド6から最短ルートを移動していた。しかし彼らの動きは、周辺宙域を警戒していたジオン側に完全に捕捉されていた。サイド6の離脱位置とベクトルから、捕捉可能な部隊に指示が発せられたのである。

 

彼らを追尾するのは一隻のジオンのムサイ級である。軍艦が得意とする砲戦と呼ばれる戦闘形態は、ある程度距離を縮めなければ成立しない。亜光速のメガ粒子砲といえども超超射程では高速で動く標的に命中するはずが無い為である。

 

砲戦では倒せない敵との距離、この射程を埋めるのがMSという機動兵器である。このセオリー通りにムサイはザクを出撃させた。ムサイのMS最大搭載数は四機。ムサイはその全てであるザク四機をサラミスへの攻撃に投入した。

 

サラミス級もムサイ級も、共に同じ巡洋艦に分類される。しかしながらMSの誕生が二つの艦種の命運を分けた。ムサイはザクの搭載能力によりマゼランを上回る戦力としてカウントされるに至った。ムサイこそ、現在の宇宙戦の花形である。

 

対するサラミスは相対的に地位を下落させた。軍艦としての単体性能はムサイと同程度でも、MSを積んでいなければ格下扱いとなってしまうのだ。MSという機動兵器は、それだけ圧倒的である。

 

サラミス二隻に対してムサイ一隻の割合でも、ザクを擁するムサイが敵を追う側である。

 

『サラミスを仕留めるのももはや時間の問題。』それがムサイの指揮官の抱く考えだっただろう。だが、その思惑は現実から乖離していた。

 

サラミスからビームが放たれたのだ。それは機銃などより強力で、ずっと遠くまで届いた。ビームが直撃したザクの装甲は貫かれ、一瞬遅れて爆散した。ザクのパイロットは確かに油断していたのかもしれない。ザクの性能なら、サラミスなど簡単に屠れるに違いないと。

 

サラミスの砲門は小回りが効かない。機銃でザクを落とすのは容易ではない。だが、彼らの知らない新たな敵がワイヤーを使ってサラミスに張り付いていた。それは連邦の誇る最新鋭量産機の軽キャノンである。そしてそのビームライフルは、直撃すればザクを一撃で葬る威力がある。

 

『ハヤト、抜かるんじゃねえぞ。』

 

「分かってますよ、カイさん。」

 

カイにそう答えながら、ハヤトはカイの放った射撃に舌を巻いた。普段は〈ペイルホース〉の戦力が過多である為に全く目立たないが、カイは射撃の名手である。

 

MSの射撃術が連邦にとって未だ黎明期である現在、カイの腕前は間違いなく連邦のトップクラスにいる。いや、ジオンと合わせてさえかなり上位の腕前ではないのか。

 

「僕だって、カイさんと同じようにやっているのに。」

 

カイは既に四機のザクの一機を撃破している。そして今また目の前で、新たなザクを狙撃してみせた。いずれも狙い澄ましての一撃。撃たれた側は、何が起こったのかをまるで理解できなかっただろう。カイは高度な狙撃を一発で決める事で、敵に発見される確率を可能な限り低下させている。その上での必中必殺である。

 

この小規模な戦場にあって、今のカイは空間の支配者として君臨していた。

 

『ハヤト、ザクの動きの先を読め。敵を目で追いかけたってそう簡単に狙わせちゃくれないぜ。』

 

ハヤトに助言しながら、カイの軽キャノンがビームキャノンを放つ。カイは既に自分がいる側のサラミスに近づくザク二機を仕留めたので、ハヤトの側のサラミスの支援へと切り替えたのだ。そしてこの一撃だけは、直撃を企図していない。ハヤトの狙撃を助ける牽制射撃だった。

 

「僕だって、カイさんみたいに。」

 

ハヤトは執拗にザクを狙った。そして半ば聞き流していたカイのアドバイス通りに、ザクの動きの先回りに成功する。スコープの中にザクが姿を見せた時、ハヤトは無意識にトリガーを引いていた。その直後、ハヤトの覗くスコープの中でビームを喰らったザクが爆ぜた。

 

「やった!」

 

『上出来だ、ハヤト。その感覚を忘れんじゃねえぞ。』

 

カイはハヤトを褒めると、最後のザクをビームキャノンで撃ち抜いた。このザクは、攻撃を続行するか退くべきか悩んでいた、次々と味方がやられて腰が引けていたのだ。その敵の怯みを、カイは見逃さなかったのである。

 

『ムサイ、反転していきます。』

 

サラミスのオペレーターの声が、接触回線越しにコクピットの中に響いた。

 

『よし、戦闘終了だ。MSパイロットは降りてこい』

 

続けて怒号のようなバスクの声が響いた。これはカイとハヤトに向けて発せられた命令である。

 

『了解しました!……先に行くぜ、ハヤト。俺のカバーは任せたからよ。』

 

カイはそう告げると、コクピットのハッチを開いた。軽キャノンは艦に固定されている。MS搭載のハンガーデッキのない艦なのだ。こうしてノーマルスーツで出入りするほかない。

 

「はい、カイさん。」

 

カイがハヤトより先に引き上げたのは優しさである。ハヤトを頼っている、信頼していると姿勢に出して見せたのだ。二隻のサラミスは並走している。カイが軽キャノンからサラミスの中に引き上げたことを見て、ハヤトもサラミスに引き上げる。カイとハヤトの二人は、ただ二機の護衛MSとしてバスク・オム率いるソーラシステム用のミラー被膜の輸送部隊に同行していた。

 

 

 

サラミスの中に引き上げたカイは、バスクの賞賛を受けていた。バスクは真面目に褒めているのだが、彼の怖さを知るカイには緊張させられる一時である。

 

「おい、貴様。」

 

「は、はいっ」

 

飛び上がるカイの背中を、バスクがどやしつける。

 

「腕をあげたんじゃないか。これだけできれば軍では重宝されるぞ。」

 

「そ、そうですかねー。」

 

バスクが面と向かって人を褒めるのは珍しい。カイは頭を掻いて照れて見せた。

 

「貴様は正式に士官になる事を考えろ。推薦状はオレが書いてやる。」

 

言いたいことだけをそう言い捨てると、バスクは足早に去っていく。忙しない男なのだ。だがムサイとザクを撃退した事で、彼の機嫌も良さそうであった。

 

「へへ、ありがとうございます。」

 

カイは去るバスクの背中にお礼を述べた。聞いているのか聞いていないのか分からない相手の様子だが、間違いなくバスクは聞いているはずである。彼は地獄耳で有名なのだ。カイにはバスクに対するマチルダの庇護があるとはいえ、余計な恨みを買う必要はない。

 

(ハヤトがこっちのサラミスじゃなくて、本当に良かったぜ。)

 

カイの見るところ、真面目なハヤトはバスク相手には萎縮してしまう。サラミスの綺麗な女性兵士探しに熱中出来るカイの方が、バスクのような怖い士官がいる環境への耐性は高いだろう。

 

「でもいないなー、美人。てか、この艦には女がいねえや。」

 

マチルダが艦長を務める〈ペイルホース〉は、連邦軍においてかなり異色の軍艦である。女性軍人の採用が進んだとはいえ、最前線にはまだ限られる。これは資質の問題というより、性差がある状況に対応するのを嫌うのだ。軍人とはいえ男女を雑魚寝させていれば、何かと問題が起きかねない。

 

最新鋭艦のペガサス級や、空間にまだ余裕のあるマゼラン級ならばまだ環境は良い。女性に個室を与えられるし、トイレや浴室も区別できる。だがサラミス級となると、女性パイロットの配置には気を使う。それでカイとハヤトがこの部隊の護衛役に選ばれたのである。

 

(ま、俺でも勝てる相手で良かったけどさ。)

 

ロッカールームでノーマルスーツを脱ぎ捨てると、カイはシャワーの中に入り込んだ。戦闘の緊張で酷く汗をかいている。それに戦闘で張り詰めた神経を緩めリラックスする為にも、入浴は欠かせない手順なのだ。

 

(駆け出しの頃は、ザクの相手をするのは緊張したもんだけど。今は、勝てない相手かどうかはなんか分かるな。)

 

シイコやセイラやミライ、彼女達と肩を並べて戦った経験がカイには根付いている。シイコの動きを見慣れてしまうと、今回のザクは単調で平凡な敵だった。今のカイならば、ピンチに陥る方が難しいくらいの相手である。

 

「“赤い彗星”がこんなところにいるわけが無い。だから安心していいって、そうマチルダさんが言ってたっけ。」

 

だが幾多の勝てない相手と対峙してきたカイは謙虚だった。上には上がいる事を彼は熟知している。彼が生き残り成長できたのは上司や仲間に恵まれたからだ。そして今ハヤトの育成に熱心なのも、背中を預ける存在の大切さを知ればこそだ。

 

(マチルダさん、どうしてるかな。それにミハルも。ミライさんやセイラさんだって、オレがいないと困ってる筈なんだからさ。シイコさんは、俺たちがいない事に気が付かないかもしれないけどさ。)

 

頭を洗いながら、カイは古巣を懐かしく思い出した。この任務が終われば戻れるはずである。それはソロモン攻略戦の直前となる筈なのだが、まだ遠い先に思えてならない。

 

(どうせ死ぬんならさ、あの艦を守って死ぬのがいいよな。)

 

誰か顔の見える相手の為に戦う。それこそが、今のカイの戦士としての成長を支えた原点となっているのだった。

 

 

 

—グラナダ—

 

キシリアの幕僚が勢揃いして見守る中、MSの性能評価試験が実戦形式で行われていた。眼下の月面上に展開しているのは、ジオン軍の次期主力MSである。これは量産されたゲルググ、即ちガンダムをリバースエンジニアリングした量産機の性能の最終の試練の場である。

 

「ゲルググ、動きが良いようですな。」

 

落ち着いた口ぶりで、マ・クベはキシリアに話しかけた。

 

「ビームライフルを標準採用させた。やはりお前はそこが気になるのだろう?」

 

キシリアの反応に、マ・クベは我が意を得たとばかりに頷く。

 

「はい。ザクやドムでは、遠征の弾薬消費が馬鹿に出来ません。」

 

ジオン軍はMS用の弾薬が兵站の巨大な負荷と承知で、無理な作戦を継続してきた。地球降下作戦も、現地での兵器生産が進むまでは苦難の連続である。ビーム兵器は威力も高いが、それ以上に兵站の負担が軽い。

 

ザクは、単体で勝つ兵器ではない。装備する火砲の威力により勝つのだ。その事を理解しさえすれば、次期主力MSの真価は表面的な“強さ”に留まらないと理解できる。補給の面で停滞せずに進み続けられる事こそ、量産MSの本義である。

 

その上で、この新型機は基本性能も高い。今も黒い三連星のリックドムが、ゲルググ相手に苦戦を強いられていた。対戦は三対三と同数である。

 

『こいつら、中々近づかせてくれんぞ。』

 

先陣を切ったガイアが戦友にそう愚痴をこぼす。模擬戦であるので、実弾を使用してはいない。あくまでも命中判定で処理される。そしてゲルググのビームライフルは一撃で破壊の判定である。ジャイアントバズーカも同じ設定なのだが、威力の高い武器を備えた敵との対峙は黒い三連星は不得手だった。多少の損耗は押し通る覚悟で、これまでの戦果を稼いできた男達なのだ。

 

『損耗覚悟で行くしかないさ。』

 

吐き捨てるようにマッシュが打開策を提案する。その案に、即座にオルテガも同調した。

 

「そうよ、接近しさえすればこちらのもんだ。」

 

二人の意思を確認し、それでガイアの腹も決まる。

 

『よし。いくか。』

 

『『おう』』

 

黒い三連星の名を高めたジェットストリームアタック。三位一体のこの攻撃は、先頭を突っ切るガイアの目標選定の正しさ、それを補うマッシュの機敏さ、そして最後に披露されるオルテガの破壊力のコンビネーションである。

 

同等の性能で同等の技量の敵が、同数以上揃わない限りこの攻撃は食い止め切れない。それが彼らの常識であった。

 

ガイアの攻撃が棒立ちする敵ゲルググに命中する。即座に撃破判定が点った。

 

『いけるぞ』

 

快哉を叫んだガイアのリックドムに、二機目のゲルググのビームライフルが放たれた。その攻撃はガイアの機体を貫通し、背後のマッシュを大破した。ビームは実際には放たれていない。しかし、ガイアの機体をビームが貫通したものとして処理されたのである。

 

マッシュの機体は硬直し、ゲルググと衝突して横転した。三機目のゲルググはそのクラッシュを回避した。だが、飛び込んできたオルテガのリックドムにビームライフルを叩き折られた上で両断された。少なくとも、そのように判定された。

 

『終了!』

 

結果を見れば、二対一である。マッシュの機体は破壊されたはずなので、二機目のゲルググはクラッシュを回避していた事になる。そうなるとオルテガの戦果も少し怪しくなるが、これは問題なしと処理された。

 

つまり黒い三連星の勝利である。しかしガイアの機体は、脇腹をビームが貫通した小破判定がついていた。実態としては僅差であり、実戦であればどう転んだかは分からない。今より差は縮まっていたのは確実である。

 

「やれやれ、やられたのは俺だけかよ。」

 

リックドムのコクピットから姿を見せたのはマッシュである。

 

「撃たれたのはガイアなのに、やられたのは俺かよ。割に合わないぜ。」

 

そう愚痴をこぼすマッシュに、ガイアとオルテガが詰め寄る。

 

「いいじゃないか。やられた奴の奢りだ。勝ったんだから気持ち良く飲ませろよ。」

 

ガイアの言葉に、オルテガも乗っかる。

 

「そうそう。敵のパイロットには女もいるって話だ。誘ってみようぜ。」

 

黒い三連星は戦場の刹那に生きている。今が生きているなら、それを楽しむだけである。明日のことは明日考える。それが目の前に集中する彼らの流儀である。

 

しかしキシリアの幕僚達は違う。この結果を、明日の実戦に繋げるべく彼らは議論を重ねていた。

 

『ゲルググは悪くない』それがキシリアの評価である。

 

「ベテランで黒い三連星相手にこれだけ乗りこなせるのだ。倍の数を用意していたなら、楽々と倒せただろう。」

 

キシリアの視点は戦術次元ではなく、戦略次元にある。生産性も兵站負荷も優れた量産機は、数を用意できる強みがある。今回のパイロットも、技量で言えば平均的な者たちだ。それで黒い三連星とほぼ互角の立ち回りが可能なら、キシリアの思い描く最良のMSに限りなく近い。

 

「はい。やはりゲルググは数を揃える必要がありそうです。」

 

マ・クベもキシリアに重々しく同意して見せた。彼はジオンの軍人では珍しく、兵站や整備の負担を重視する。彼らにとってこのゲルググは、戦略的な駒としてようやく揃った切り札に等しい。

 

「数揃えれば大抵の敵はどうにかなろう。後の問題は、難敵への対処か。」

 

キシリアの脳裏にあるのは、開発中の巨大MAである。ギレンが自信を見せるその機体の詳細は、キシリアでさえ把握していない。しかし漏れ伝わる話を聞く限り、“ガンダムでも勝てないMA”をコンセプトに開発されている。即ち、ガンダムの量産機であるゲルググでは絶対に勝てない筈である。

 

ギレンがゲルググの量産計画を了承したのも、新型MAという切り札は自らが握り続けているからに他ならない。

 

(ゲルググは優秀な機体だ。だが、本命はフラナガン博士のサイコミュだ。あの力は未だ底が知れん。)

 

キシリアの沈黙を、マ・クベは概ね正確に推察した。しかしキシリアの腹積りまでは読みきれなかった彼は、キシリアにこう囁きかけた。

 

「閣下の親衛隊用として、ギャンをゲルググの技術で発展させるべく手配しております。そちらが関係すれば、“ゲルググでは勝てない敵”への対処も可能となりましょう。」

 

キシリアの目が光った。彼女の腹心は、相変わらず手回しがいい。マ・クベの披露した新型MA対策はキシリアにとって保険でしかないが、保険は複数かけておくべきものである。

 

「ほう、さすが用意が良いことだ。」

 

それはキシリアの最大級の褒め言葉であると、マ・クベは承知している。

 

「少し開発には時間を要しますが、急がせましょう。」

 

「いや。焦らずとも良い。兄上には安心して頂きたいからな。」

 

「は、なるほど。ではそのように。」

 

「対策はMAの全貌を把握した上で詰めればよい。それよりも当面はゲルググだ。他には回すな。生産した機体の配備は、全てグラナダで固めておけ。」

 

「かしこまりました。」

 

キシリアにとってMSは重要であるが、性能の絶対を求める対象ではなかった。この局面においてより優先されるのは兵站の負荷や生産性である。今はとにかく数を揃えられる方がいい。

 

ゲルググをギレンに渡さずにグラナダで固めておけと念押ししたのは、ルナツー攻略を意図してである。そしてその上で彼女は、戦後を睨んでゲルググの独占を企図していた。

 

それはコンスコン戦に対するキシリアの認識による。

 

(連邦の新量産機相手には、ドムは不利と知れた。ならばゲルググを独占する方が、連邦に対しては有利となる。)

 

戦後の発言権拡大に、ゲルググによる戦果は大いに貢献する筈である。そうなればギレンは新型MAに頼らざるを得ない。マ・クベが用意するアップデートされたギャンという保険が功を奏するのは、きっとその時になるに違いなかった。

 

 

 

 

—サイド3・ズムシティ—

 

「キシリアから回ってきたゲルググの評価試験の結果だ。黒い三連星のリックドムに、二対一のスコアで敗れたそうだ。」

 

執務室の机で、ギレンは秘書に書類を投げ渡した。勿論その秘書とは、彼の秘めたる愛人のセシリア・アイリーンである。

 

「まあ。それは強いのですか?」

 

セシリア・アイリーンは軍人ではない。尋ね返した。だがもし彼女が軍の知識に通暁していたとしても、やはり同じようにギレンの見解を尋ねていたであろう。彼女は男を立てるタイプである。彼女はその美質を、ギレンにより見出されたのだ。

 

「そうだな。悪くない。が、エースパイロットの乗るリックドムには及ばないという事だ。」

 

この試験内容なら、キシリアがゲルググに前のめりになるのはギレンには理解できた。そしてそれはギレンの思惑とも合致する。

 

ギレンは既に新型MAビグ・ザムを完成させているのだ。のみならず量産も開始している。費用が予算を圧迫しているが、戦時故に押し通せた。地球から収奪した資源はある。そして戦争に勝てるなら、高くない投資だった。

 

「では、キシリア様の新型も総帥を脅かすものではないのですね。」

 

「無論だ。妹に遅れをとる兄ではないさ。」

 

ギレンは珍しく気取って見せた。女の前だからである。そしてその自身には、裏付けがある。

 

(ビグ・ザムならば、負けることはあり得ない。)

 

連邦軍もキシリアの用意したゲルググも、ビーム兵器を採用した次世代の主力機である。ザクとの性能差はまだ許容できる範囲に収まっているが、装備面ではビーム兵器の対応が隔絶していた。

 

だがしかし、である。ビーム兵器主体のMSが主力となる次世代において、Iフィールドを保持するビグ・ザムは圧倒的である。破壊はまず不可能といっていい。

 

(より重要な事は、キシリアにリックドムを回さない口実となる事だ。)

 

参謀本部がビグ・ザムが破壊される可能性を示唆したのは、エース級をリックドムに乗せてビグ・ザムを狙う策である。それさえ確実性に欠ける戦術とされた。まぐれあたりを期待するような、薄い可能性ではある。それでも、キシリアにその可能性を与えない事こそが肝要である。

 

「この私は、キシリアなどに負けはせん。」

 

だからギレンはセシリア・アイリーンに嘯いて見せた。彼女の前でだけは、ギレンは本心を明かす事が出来た。キシリアへの敵愾心の発露でさえ、妻の如きこの女性には隠さない。むしろその負担こそ、愛する彼女と分かち合いたかった。

 

「キシリアが安価なゲルググを望むなら優先して配備すれば良い。リックドムを渡さずに済むならそれで良いのだ。ビグ・ザムに対して、ゲルググでは絶対に勝つ道はないのだからな。」

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

艦隊集結地点にカイ達が到着してから遅れる事数日、カイとハヤトにとっては待望の〈ペイルホース〉が姿を見せた。これまでこの艦は、ソロモン方面への単独偵察任務に従事していたのである。

 

「はぁ〜、戻ったぜ。やっぱり、艦内の空気も甘ぇや。」

 

久しぶりに母艦に戻れたカイは、伸びをすると大きく深呼吸した。ハヤトも右に同じと言った様子である。

 

「さ、マチルダさんのところに報告に行くぞ。」

 

二人は足早に艦長室を目指した。艦内の空気は“甘い”のではなく、新造艦故にフィルターも高性能で無臭なのだ。軍艦特有の臭いがないからこそ、人が好む臭いが的確に嗅ぎ取れるのである。

 

「お疲れ様。カイ、ハヤト。」

 

だからだろうか。笑顔で応対してくれたマチルダは、すぐに鼻に皺を寄せた。

 

「只今戻りました、マチルダさん!」

 

「無事、任務をやり遂げました。」

 

はしゃぐ二人に、マチルダが言い渡す。

 

「二人に再会できて嬉しいのよ? そして任務成功にも感謝しているわ。でも、駄目。貴方達、凄く匂うわ。」

 

ビシッと突きつけられたマチルダの言葉に、カイは思わず自らの匂いを確認する。が 自分ではわからないものである。

 

「言われてみれば、確かに薄汚いような?」

 

「カイさん、僕たちシャワーだけで制服の着替えとかしてないですしね。」

 

ハヤトのその言葉に、マチルダがさらに顔を顰める。

 

「早く入浴を済ませなさい。制服も、すぐに洗濯に出す事。これは艦長命令です。」

 

「へへ、お邪魔しましたー。」

 

「失礼します。」

 

口々にそう挨拶を告げた二人は、慌てて退室した。艦長命令で優先的にシャワーを使わせてもらい、予備の制服に袖を通す。着用していた制服は洗濯に回した。お蔭で今は地上用の半袖の制服姿である。

 

「やれやれ、ようやく人に戻った気分だな。」

 

カイは食堂で寛いでいた。まだほんの少しだけ食事時には早いが、もう間も無くの筈である。酷使した機体もメカニックに引き渡している。今は連勤で溜めた休憩をまとめて消化する身分で、こうして食堂で時間を潰していれば食事に来る皆に挨拶できる筈だった。

 

「やっぱり、艦長室に行く前にシャワー入りたかったですね。」

 

「それはダメなんだぜ、ハヤト。艦長への挨拶は一番先に済ませないといけないからさ。」

 

カイはそう言いながら、のんびりと飲み物を啜った。知らない相手がいないのが、母艦に戻った気軽さである。

 

「カイ、お帰り。」

 

最初に姿を見せたのはミハルだった。久しぶりに顔を合わせた恋人の姿に、カイが笑顔になる。

 

「お、ミハルじゃねえか。」

 

「ブライトさんに食事を取ってこいって頼まれたんだよ。すぐに済ませるからさ、これが終わったら一緒に食べよう。」

 

「おう、分かった。」

 

話が通っていたからだろう。ミハルはすぐにブライト用の食事を受け取り、姿を消すとすぐに戻ってきた。カイとハヤトの間に、割り込むようにして座る。それはどちらを邪険にしたのではない。むしろ二人を歓迎しているからこそであった。

 

「もう、寂しかったんだよ。アタイはさ。」

 

軍艦で食事を共にとる相手は貴重だ。食事こそが気を張らない場であるからだ。ミハルも知り合いが増えたとはいえ、仲の良い相手は少ない。これまではセイラとハモンと共に食事をしていたと語った。

 

「セイラさんとハモンさん、イセリナさんがいないからその空いた席にアタイを入れてくれたんだよ。」

 

「ミライさんは、一緒じゃないのかよ?」

 

カイはミハルの話を不思議に感じた。パイロットの女性陣は、一緒の食事が多い。むしろ、ミライとセイラこそが元々の組み合わせだった筈である。

 

「あれさ。」

 

ミハルは小声でそういうと、軽く振り返るとミライのいる辺りを示した。カイもハヤトも振り返り、背後にいたミライを見る。彼女はスレッガーと並び、仲良く食事に興じていた。

 

「あ、なるほどね。」

 

カイが小声でミハルに囁く。こういう時、隣に座ると密談に便利である。ミライとスレッガーも隣り合って囁き合う。それは正しく、恋人同士の関係である。

 

「カイ、ハヤト。戻ったのね。」

 

呼びかけられてカイとハヤトは前へと振り向いた。そこにいたのはハモンを連れたセイラである。わざわざ挨拶に出向いてくれたらしい。

 

「セイラさん、ミハルの面倒を見てくれてあんがとね。」

 

「いいのよ。」

 

セイラは澄まし顔でそう伝えると、同じ卓に対面する形で腰をかける。ハモンも続いて腰掛けた。

 

セイラとハモンという二人の美人に惹かれるハヤトとカイに、ミハルが『仕方ないなぁ』という目を向けた。ミハルとしても、好意を示してくれた二人の性格の良さを知っている。嫉妬を抱く隙もないと感じてしまうのだ。

 

「しかし、あれいつからなんだ?」

 

「カイとハヤトが別行動を取った、翌朝からよ。」

 

ミハルではなく、セイラが答えた。確かにミライと食事する仲のセイラは良く把握している筈である。

 

「やっぱり、あの。お付き合いとかしてるんですかね。」

 

もじもじとハヤトが尋ねた。聞きにくい事を敢えて聞くのは、彼が男女の関係性に疎いからであろう。カイやミハルだと生々しすぎて、逆に尋ねられなかった所である。

 

「どうも、そうみたいね。」

 

セイラは澄まし顔だった。というか人の恋路など、横から口を出すものではない。

 

「あ、ミハルが届けたブライトさんの食事ってそういう……。」

 

カイはようやく理解した。ミハルがブライトに食事を運んだのは、無論頼まれたからである。しかしこれはどうやら、ブライトが忙しいだけでないらしい。ブライトはミライとスレッガーがいちゃつく姿を見たくなかったのだろう。その心境は、同性であるだけにカイやハヤトにも良く理解できる。

 

「あちゃー。」

 

「それはキツイですね。」

 

「仕方ないわよ。ミライもそんなのいちいち気にしていられないわ。」

 

セイラは容認する構えだった。彼女は彼女なりに、戦友を応援する気持ちなのだろう。友達であるなら、ミライが選んだ相手を悪く言うべきではないからだ。ブライトが可哀想であるが、この手の問題は全員が幸福になる事は難しい。

 

「そっか、大変だったんだな。」

 

カイはミハルに向き直った。確かに食堂の空気感が少し変わっている。

 

「カイ、ハヤト。お帰り。セイラさん、ここいいですか?」

 

そう言って新たに顔を見せたのは、ジョブ・ジョンである。

 

「「ジョブさん」」

 

「ええ、どうぞ。」

 

「こちらはすぐに終わりますから、広く使えますよ。」

 

セイラとハモンが口々にジョブを受け入れる。その雰囲気は、過去に何度もそのやり取りを重ねて手慣れた対応である。

 

「あれ、ミハル。ジョブさんとも食事を?」

 

カイはその事に気がついた。ミハルが食べ物を飲み込んでから、頷く。

 

「そうなんだよ。リュウさんが、アレでね。」

 

「リュウさんが?」

 

ミハルがスプーンで指し示した先には、リュウの大きな背中がある。その横に並ぶように座るもう一人の姿。顔はここからでは分からないが、そのシルエットは明らかに女性である。

 

「あれ、リュウさんだったのかよ。」

 

視界に入ってはいた。しかし無意識にあの背中は別の人かとカイはそう考えていた。何故ならば女連れだからである。

 

「え、リュウさんの隣は誰なんですか。」

 

「看護兵のマサキさんて人。一緒にリュウさんの怪我を隠してくれてた人で、看病してて絆されちゃったんだって。」

 

唖然とするカイとハヤトに、ハモンが笑って話しかける。黙って食事に専念していた彼女は、既に食事を終えていた。

 

「若い人にはよくある事でしょう。黙って見守るのが正しい対応です。でも、驚きますよね。」

 

「はい。そうでよね。」

 

カイもハヤトも真面目にハモンに頷き返した。

 

「バスク・オム大尉がいなくなって、ちょっと空気が緩んだのよね。それでまずシイコがね。」

 

まだ食事を続けているセイラが、事情を簡潔に説明した。

 

「え、シイコさんもか。」

 

「彼女が原因みたいなものよ。」

 

ミライとは異なり、シイコにはセイラは冷たかった。大尉なのに風紀を乱して、という思いがあるらしい。その時、ジョブがため息をついて顔を伏せた。シイコと恋人のバックマイヤー中尉が手を繋いで現れたのだ。

 

「なんと。」

 

その様子に、カイが唖然とする。

 

「シイコさん、取られちゃった。でもいいんだ、彼女が幸せになってくれるならさ。」

 

ジョブが涙目になりながら食事をかっこんだ。どうやらリュウと同じ席にも居た堪れず、シイコ達を見守るのにも疲れたらしい。

 

「ご馳走様。」

 

最後に来たはずのジョブは、食事を流し込むと最初に席を立った。

 

「カイとハヤトの機体、僕がチェックしておくよ。」

 

「いや、でもジョブさん。」

 

「いいんだ。僕にやらせてくれ。」

 

セイラがカイとハヤトに『放っておきなさい』と目で伝えた。カイには、ジョブがセイラやハモンに受け入れられた理由がよく分かった。きっと逃げ場がない彼を放っておかなかったからだろう。ミハルがブライトに食事を運ぶのも、きっと似た理由に違いない。

 

「私達ももう行くわ。貴方達は久しぶりに戻ったのだもの。ゆっくりして。」

 

食べ終えたセイラはゆっくりと席を立った。セイラとハモンの二人は、食後をセイラの自室で過ごすらしい。

 

「では、また。」

 

優雅に一礼し、ハモンはセイラを追いかけた。カイは美女達の後ろ姿を暫し目で追ったが、遅れて気がついた。

 

「え、セイラさんとハモンさんて?」

 

「セイラさん、ハモンさんから行儀作法とか習ってるんだよ。アタイも誘ってもらって何度かお邪魔したよ。……ここはほら、今はあんなだし。」

 

ミハルは呆れたように、食事を食べさせあっているシイコ達を身振りで示した。どうやらセイラが姿を消したことで、恋人達は遠慮をやめたらしい。気がつけばミライとスレッガー、リュウとマサキも先程より大胆な行動を取っている。

 

「ね、アタイ達もあれやってみる?」

 

ミハルが示したのは、ミライの膝の上で制帽を被って眠るスレッガーの姿である。ミライとは別にそういう関係ではないカイでさえ、なんだか嫉妬する姿である。マサキもリュウに顔をもたれかけているし、シイコはバックマイヤー中尉にベッタリひっついている。誰もが、恋人の甘い空気を醸し出していた。

 

「あれ、いいのかよ?」

 

カイの疑問は素朴なものである。ミハルは頷いた。

 

「ブライトさんが意見したんだけどね。マチルダさんは『やらせておけ。公共の場で軍服の襟を緩めない限り、黙認する』って答えたそうだよ。」

 

「そりゃまた、どうしてですか?」

 

それを尋ねたのはカイではなくハヤトだった。

 

「大きい作戦があるからだよ。今度は誰かが帰れないかも知れない。だからパイロットの事は、大目に見ようってさ。」

 

「なるほどなー。」

 

カイは唸った。確かに全員、パイロットかその恋人だ。緊張で張り詰めているからこそ、緩ませる配慮が必要なのも分かる。それに何より、この中の誰かが明日は死んでいても不思議はないのだ。

 

「戦争だもんな。」

 

「そういう事。だからカイもさ、遠慮しなくたっていいんだよ。楽しむなら今のうちさ。」

 

少し媚びを含んだ笑みで、ミハルがカイを誘う。思わずカイがミハルの膝を見た、その時である。ハヤトが机に突っ伏した。

 

「いいなー、カイさんは。ミハルさんがいてさ。僕なんか誰もいないんですよ。」

 

「ハヤト……。」

 

カイは焦った。ハヤトがいる事を思わず忘れていたのだ。場の空気に呑まれたのである。そして納得した。まともな人はこの場を離れる。セイラやハモン、そしてブライトやジョブが早々に姿を消すのはそれが理由だろう。

 

セイラがいる間は大人しかったのは、セイラがハモンを引き連れて何か直談判したのかもしれなかった。セイラはシイコに慕われる立場で、ミライにもリュウにも物申せる。過去に何か、ある種の協調というか線引きが引かれたに違いなかった。

 

「ハヤトさん、いつもカイさんを守ってくれてるんだろう。この戦争が終わったら、アタイが恋人を紹介するよ。」

 

ハヤトにそう話しかけるミハルの言葉に、カイは少し慌てた。

 

「ミハル、紹介するって当てでもあるのかい。」

 

「妹のミリーがいるさ。」

 

「ミリーって、まだこんなじゃないか。」

 

カイはミリーの背丈を手で差し示した。それは机とさほど変わらない高さである。無理もない。ミリーは少女という年齢の下限くらいではいないか。

 

「その身長だと、まだ子供じゃないですか。」

 

ハヤトが抗議する。カイも同じ意見だった。しかしミハルはそんなハヤトを一括した。

 

「馬鹿にするんじゃないよ。あの子はね、将来美人になる。なんてったってアタイの妹さ。」

 

(あれ、血が繋がっていたっけ)

 

カイの想いをよそに、ミハルは滔々と捲し立てた。

 

「大体男は、ちょっと年上くらいがいいのさ。ミリーが大きくなるのを、ハヤトさんはただ待っていればいいんだよ。」

 

「お、お気持ちだけ頂きます。」

 

「万事アタイに任しときな。だからカイの事、よろしく頼んだよ。」

 

ドンと胸を叩くミハル。その頼もしい姿に、カイは『あ、家に戻ってきたんだな』と改めて感慨を抱いていた。

 

 

 

 

—サイド3—

 

サイド3に帰還したランバ・ラルは速やかにセシリア・アイリーンの元へ出頭した。イセリナの庇護の為である。ラルがセシリアに奉仕している事を知る者達は、ラルがイセリナを連れていても不思議には思わない。北米勤務の兵の生き残りは、その大半が地球に留まるかグラナダに引き取られている。だから彼女の顔を、ジオン本国の中で知る者はほぼいない。

 

「只今、戻りました。」

 

総帥秘書室への入室を許されたラルは、イセリナを連れて入室した。彼女には階級章のないジオン公国の軍服を着せている。組織の中で動くには、それが最も目立たぬ方策である。

 

「よくやりましたね、ラル。」

 

セシリア・アイリーンは笑顔を見せた。これはイセリナの件ではなく、コンスコンとサイド6の件である。ランバ・ラルは強引にコンスコン隊の敗北を勝利に書き換えた。少なくともコロニーの世論はそうなっているのであり、問題の連邦の小艦隊はサイド6宙域を退去している。

 

追跡した別のムサイが敗北しているが、それはラルとは関係のない別の話である。つまりラルに限定する限り作戦は成功している。それはセシリア・アイリーンが面目を施した事を意味する。

 

「これでお前は、只今この時から中佐です。」

 

セシリア・アイリーンは勿体ぶった仕草で中佐の階級章を取り出すと、立ち上がりラルの元へと歩み寄った。そして些か苦労しながらラルの少佐の階級章を取り外し、中佐のそれへと付け替える。それはまるで夫に対する妻のようであり、同席しているイセリナは内心ではその馴れ馴れしい素振りに眉を顰めた。

 

しかし表情に出す事はしない。流石に彼女も、このコロニーの権力者を怒らせる愚かさは承知している。

 

「これでいいでしょう。」

 

セシリア・アイリーンの感覚としては、飼い犬にリボンを飾るようなものか。或いは自らに仕える騎士に、貴婦人が恩寵を与えたという仕草なのかもしれない。ラルはしゃちほこばって頭を下げた。

 

「ありがとうございます。」

 

セシリア・アイリーンは満足気にラルを眺め、なかなか姿勢を戻す許しを与えなかった。ラルを試したのである。もういいだろう、という頃合いでようやく彼女はラルに声をかけた。

 

「頭を上げて。それで、彼女が例の?」

 

「はい。こちらがガルマ様のために特別に用意したイセリナ様です。」

 

ラルは本物か偽物かを敢えて言葉にしなかった。セシリア・アイリーンとて無欠の支配者ではない。彼女は単にギレン総帥の愛人であるにすぎない。

 

ギレン総帥は、この場の会話を全て把握している筈なのだ。それは恐らく親衛隊による盗聴という形で行われており、セシリア・アイリーンは予めギレンの内諾を得る事で物事を思うままに推し進めている。従って親衛隊が耳を澄ますこの場では、余計な事は言う必要がない。親衛隊は忠実でも、報告書は残る為である。

 

かつてイセリナの偽物を用意するとはセシリア・アイリーンに伝えてある。実際に連れてきた者の真贋は曖昧でいい。それは彼らがこの存在を、本物のイセリナへと仕立てなければならないからだ。

 

この配慮はどちらかと言えばセシリア・アイリーンの保身の為である。その気遣いを、セシリア・アイリーンは敏感に察した。目の前のイセリナは偽物であると分かりきっているが、露見するまでは本物かもしれないと曖昧な演技をするのだ。どう転んでも、それならばラルの責任に出来る。

 

「写真と似てないわ。」

 

セシリア・アイリーンは、マジマジとイセリナを見つめた。イセリナのかつて長かった髪は軍隊生活の為、いやその前の死亡偽装の際に切り取られている。実際に戦闘を経験した彼女の瞳には、かつてのお嬢様の面影はない。しかし骨格も髪色も彼女本来のものである。

 

「戦争でやつれた、という事になりましょう。本来使われていた化粧品なども取り寄せています。着飾れば、往時の姿に近づくのではありますまいか。」

 

セシリア・アイリーンは納得した。軍服姿の女もそれはそれで美しいが、ドレス姿とはかけ離れているだろう。ガルマのよく知る姿になれば、今のガルマを騙すのは容易いかもしれない。それに似すぎていない方が、本物でないと証明はしやすい。

 

セシリア・アイリーンの見る限り、イセリナがこんな厳しい顔つきをした女であるはずがない。だが身長や骨格は類似していると納得した。元々、失敗もある程度織り込んだ計画である。ダメならば他の方法を試せば良い。

 

「認めましょう。総帥に話は通してあります。親衛隊の者と共に、ガルマ様の元へ彼女を届けなさい。」

 

セシリア・アイリーンは、そこでようやくイセリナと目を合わせた。

 

「私はセシリア・アイリーン、貴方も知っていましょう?」

 

挨拶を求められたと察したイセリナが、優雅に礼をして名を名乗る。

 

「わたし、イセリナと申します。」

 

セシリア・アイリーンは満足気にラルを眺めた。彼女の仕草には、顔が似ているかどうかよりも納得したという顔である。

 

「では、ガルマ様のお心を楽にすることに専念して。私達とガルマ様、そしてデギン公王陛下の良好な関係の為に尽力すること。いいですね?」

 

「はい、セシリア・アイリーン様。」

 

イセリナは恭しく頭を下げた。彼女が名家の礼を知ることに、セシリア・アイリーンは満足する。それは連邦流ではなくジオン流であり、即ちイセリナが用意された偽物であると示している。

 

それはハモンがイセリナに教えた仕草だったのだが、セシリア・アイリーンにはそのような裏の事情などは見抜けるはずも無かった。

 

 

 

 

 

「貴方が親衛隊からの同行者でしたか。」

 

ラルは意外な顔に驚きを隠せなかった。ガルマの別宅に向かうエレカに同乗するのが、エギーユ・デラーズ大佐だったからである。

 

「ラル中佐、久しいな。」

 

デラーズは闊達な笑みを浮かべた。今の彼はコンスコンの後を継ぎ、参謀本部では次席の地位にある。准将就任も間近と噂されていた。本来このような任務を行なうべき立場の人物ではない。今が忙しい盛りの筈なのである。

 

「ギレン総帥直々のご指名だ。ガルマ様の反応を余すところなく観察せよ、とな。」

 

なるほど、とラルは納得した。ガルマの件など本来はザビ家内部の些細な問題に過ぎないはずだ。が、ギレン総帥個人にとっては小さくない問題という事である。失敗ともなれば、ラルの進退も危ういのかもしれない。だかその点は、ラルは絶対の自信がある。何せこのイセリナは本物である。

 

「騙せるのか、彼女で?」

 

デラーズはラルに尋ねた。ラルは痛くもない腹を探られた、という顔をして見せた。

 

「デラーズ大佐、彼女は本物のイセリナ様です。同行する我々が心底そう思わねば、ガルマ様が見破る結果となりましょう。そして彼女の失敗は、誰の幸福にもなりません。」

 

「そうか。そうだったな。」

 

デラーズは自らの非を認めた。彼は真っ直ぐな武人の気質である。騙して掛かるというラルのやり方とは真逆である。だがだからこそ、『まず本物として扱う』というラルの考えに感銘を受けた様子だった。このイセリナが本物か偽物か、それを決めるのは彼らではなくガルマである。デラーズはイセリナを知らず、判断を下す立場にもない。であれば、総帥にありのままを報告する自らの役割に徹すれば良いのである。

 

「到着しました。しかし、アイナ・サハリン様にお願いして先に彼女を着替えさせます。」

 

「そうしたまえ。レディの着替えには時間がかかるものだろうからな。」

 

「デラーズ大佐のお時間は貴重です、急がせますよ。」

 

「では私が先にガルマ様にお目にかかり、現在の情勢などを説明しておこう。」

 

デラーズにはガルマに対する総帥の使者という顔がある。出迎えに出た執事に断って、奥へと向かった。イセリナを引き取るのは、遅れて出たアイナ・サハリンである。

 

「アイナ様、新しいガルマ様の身の回りのお世話係を連れて参りました。」

 

慎重な口ぶりのラルの言葉に、アイナは複雑そうな表情でイセリナを見た。アイナはイセリナの正体を知っている。そうであるだけに、イセリナの境遇を憐れんだのである。しかし傍目には、婚約者に別の女を近づけざるを得ない複雑な表情と映る。

 

「分かりました、こちらへ。」

 

短くそう告げると、イセリナを伴ってアイナは隣室へと消えた。彼女に着替えを委ねたのだろうか。すぐにアイナはラルのいる部屋へと引き返した。

 

「ガルマ様もこれで喜ばれますね。あら、中佐になったのですね。」

 

先程とは一転して晴れやかな表情を見せているアイナは、二人を祝福すると決めたらしい。恐らくはイセリナと短くとも言葉を交わしたのだとラルは悟った。

 

ここまで来れば、ラルに出来る事はもうない。後はガルマとイセリナの対面でどうなるか、であった。

 

ガチャリ、とドアが開いた。そこにいたのは写真通りのイセリナの姿である。少し痩せてやつれてはいるが、それがイセリナに凄惨な美しさを付与していた。

 

「あれは、ウィッグですか。」

 

「ええ。必要になると思い同じ髪型のウィッグを用意しました。」

 

ラルの問いに、アイナが短く答える。ラルはアイナに感謝した。己の至らぬところを扶助してくれた事についてである。

 

「では、ご準備がよろしければいきましょうか。」

 

それはアイナとイセリナの双方に向けられた言葉である。イセリナが頷き、それを見たアイナも頷いた。

 

「行きましょう。」

 

先導してアイナが歩き出す。この館では、彼女が事実上の女主人として振る舞っているのだ。

 

「失礼します。ガルマ様、ランバ・ラル中佐が報告に参りました。」

 

先に入室したアイナの言葉に、ガルマの反駁する言葉が廊下にまで響いた。

 

「アイナ嬢、あの男とは会わないと言っているだろう。追い返してくれ。」

 

ラルは素早く入室果たし、椅子に座るデラーズの横に立った。まだベッドに横たわっているガルマが、枕をラル目掛けて投げつける。ラルは無表情に顔で枕を受け止めた。手で防がなかったのだ。

 

ガルマは次に投げるものを探し、ベッド脇の花瓶に手をかけた。そして振りかぶった時に、彼の目が部屋の入り口に立つイセリナを捉える。

 

「イセリナ、君なのか。ああ、イセリナ。」

 

ガルマは握っていた花瓶を放り出すと、イセリナを迎え入れるように手を広げた。

 

「はい、ガルマ様。」

 

イセリナはそう答えると、スッと前に出た、ガルマの目を滂沱の涙が伝う。ラルの横では、アイナが貰い泣きをしていた。そのまま堪えきれず、彼女は室外に走り出る。イセリナは気丈にも涙を堪えている。しかしその目は、既に赤くなっていた。

 

「どうして、無事で。」

 

ガルマが近寄ったイセリナの腕を掴み、尋ねる。ラルが代わりに答えた。

 

「私が、イセリナ様を保護しました。」

 

「ラル、お前は私を騙していたのか?」

 

「そうではありません。再びイセリナ様をガルマ様の元へお連れするには、他に方法がなかったのです。」

 

ガルマがラルの顔を見て、またイセリナの顔を見た。そして顔を伏せて、短く告げる。

 

「……感謝する。」

 

ラルは顔を伏せたガルマの耳元で囁いた。

 

「お気をつけください。イセリナ様の生存は、他の者を刺激しましょう。当分は……。」

 

「ああ。分かっているさ。デラーズ、兄上によろしくお伝えしてくれ。」

 

それまで黙って事態の推移を見守っていたデラーズは、それを潮時と判断したようである。立ち上がった。ラルも退室しようとする彼の後に続く。

 

「また、参ります。」

 

ラルは扉を閉めながらそう伝えた。抱きしめ合うガルマとイセリナから、返事はなかった。廊下でラルを待っていたデラーズがラルに告げる。

 

「ギレン総帥には、ガルマ様が大変感謝していたとそう報告しておこう。」

 

「はい。しかし問題はデギン公王陛下です。」

 

「それは、君の方でなんとかするんだな。」

 

そういうとデラーズは、ポケットから硬く光るものを取り出す。

 

「これはもう君のものだ。総帥親衛隊は君を歓迎する、ランバ・ラル中佐。」

 

デラーズは、ラルの手に親衛隊の徽章を握らせた。

 

「これは、ありがとうございます。」

 

頭を下げるラルの肩をポンポンと叩き、デラーズはラルに囁くように言った。

 

「中佐、そういえば彼女には少しジオンの訛りがあったな。」

 

「そうでしたか。気づきませんでした。すぐに直させましょう。」

 

頭を上げたラルは白々しくそう答えた。無論彼の仕込みである以上、これは嘘である。デラーズもそう承知している。

 

「いや、いい。デギン公王陛下はよく気が付かれる方だ。ガルマ様が納得されている以上は、今のバランスが最善だろう。」

 

その時、アイナ・サハリンが玄関に姿を見せた。自分が席を外した後の、対面の首尾をラルに聞きに来たのだろう。デラーズはラルより先にアイナに気がついた。

 

「中佐、君にはまだやることがあるようだ。私は先に帰るぞ。」

 

そう言い置いて、制帽を被り直すとデラーズは別宅を出ていった。ラルの前に進み出たアイナ・サハリンが、ラルに問いかける。

 

「それで。上手くいきましたか?」

 

「はい、アイナ様。全て上手くいきました。」

 

アイナの目は、ラルではなくデラーズがラルに渡したものに注がれていた。

 

「中佐、それは?」

 

「ああ。これは総帥親衛隊の徽章ですよ。遂に、面接に合格したというわけです。」

 

ラルにとってそれは、目的の為の手段という意味合いしかない。しかしアイナは、手を叩いて喜んだ。彼女にとってそれが意味するところは、彼らの企ての着実な前進である。ラルの謀略が結実したからこそ、こうして総帥親衛隊の門戸がラルに向けて開かれたのだから。

 

「ガルマ様を苦しみから救い出した本日の功績に免じて、特別に私がそれを制服につけて差し上げましょう。」

 

アイナ・サハリンは不思議な抑揚をつけ、少し悪戯っぽくそう告げるとラルの手から徽章を取り上げた。そして宣言する。

 

「私がこれをして差し上げるのは、奥様の代わりです。」

 

アイナがハモンに言及してくれた事に、ラルはアイナの気遣いを感じた。率直な応援の心を受けよう、という気になる。誰かの成功を寿ぐとは、きっとこのような儀式なのだろう。

 

アイナは慣れた手つきで徽章を取り付けた。そういえば彼女には兄がいたのだったなと、ラルは気がついた。或いはギニアスだけでなく、サハリン家に忠実な者たちに同じようにしているのだろう。

 

「立派ですよ、中佐。」

 

アイナはラルから少し離れると、仕上がりを確認して満足そうに頷いた。

 

「さて。この後はどうなるのですか?」

 

「この後ですか。」

 

ラルは一瞬考え込み、アイナの顔を見て穏やかに付け加えた。

 

「この後はただ、デギン公王にガルマ様の今の状況をお認め頂くだけで良いでしょう。それで、ガルマ様の状況はあるべき場所へと落ち着きを取り戻す筈です。」

 




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

今回は様々な場面を描きましたが、全体としては「報われること」を意識した回となりました。

〈ペイルホース〉では、それぞれの人間関係が少しずつ形になり始めています。戦争の只中だからこそ、人との繋がりや居場所を求める。そんな空気を食堂の場面に込めました。そしてその様子を見守る役としては、やはりカイが適任だったように思います。

シャアの場面では、彼なりの孤独と承認欲求を描いています。ララァの存在しないこの世界で、彼が何を求め、誰に自分を見てほしいのか。その一端がシムスとの関係に表れているのではないでしょうか。

また今回のラストでは、ガルマとイセリナの再会だけでなく、その為に奔走したラルの姿も描きました。人は成果そのものだけではなく、それを認め、祝福してくれる誰かの存在によって救われる事があります。

アイナがラルを祝福する場面は、まさにその象徴として書いた場面でした。

次回からはソロモン攻略戦へ向けて宇宙での動きがさらに加速していきます。

それでは次回もよろしくお願いいたします。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • ガルマとイセリナが再会できた!
  • カイがなんか大人になってる!
  • シムス姉さん大金星!
  • ペイルホース隊が青春してる
  • ラルが少し救われた気がする
  • アイナの徽章授与が最高
  • 若者達の恋模様が微笑ましい
  • 次の宇宙戦が楽しみだ
  • ララァ不在の重さを感じた
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