【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side   作:高坂 源五郎

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GQuuuuuuX Another side 第23話 ソロモン戦前夜

—サイド3—

 

ジオン公国の公王デギン・ソド・ザビは万能の超人である。ギレンの明晰さ、サスロの謀略、ドズルの欲望、ガルマのカリスマ、そしてその全てを兼ね備えたキシリアの手腕。これらは全てデギンから子供達に受け継がれたものである。

 

「ここか。」

 

ガルマを住まわせている別宅を訪れたデギンは憂鬱であった。当たり前である。彼の愛するガルマは、今は廃人寸前なのだ。

 

「ガルマこそ我が跡を継ぐ者。そう考えていたのだが。」

 

キシリアはデギンに最もよく似ている。しかし女である。女では上に立てないというのは、デギンの親心である。もし娘がもう一人いたら、デギンはキシリアの覇道を支援したかもしれない。だが、デギンは娘には女としての幸せを追求して欲しかった。

 

「キシリアには最高の婚約者を用意した。が、事態がああなってしまってはな。」

 

デギンは過去を思い嘆息した。キシリアはデギンの思う以上に切れ者である。生半な婚約者では満足しない。そのほぼ唯一の候補は、とある事件ですでにその資格を喪失した。

 

(せめて、キシリアが長子であれば良かったのだ。)

 

出来の良すぎる娘というのは軋轢を生む。ザビ家ではギレンの頭脳が突出しているのは事実だが、実は一つの能力に特化したギレンはトップに向いていない。

 

(ギレンもまた、優秀すぎた)

 

キシリアより無能ならまだしも、ギレンはキシリアより頭脳だけならば優秀である。長子でもあり、それで身を引くのは無理がある。しかしギレンはペーパーテストで完璧な官僚にはなれても、多様な視点を理解する政治家にはなれない。人の意見を受け入れる余地が少ないのである。キシリアはその点、頭脳はギレンに一歩及ばずとも豊かな才で視界が広い。ただやはり、人格には癖がある。

 

「ならば人格が丸く、全員と仲の良いガルマこそ最後の希望であった。」

 

ギレンは与えられたタスクを処理する参謀に向いており、全体を見れるキシリアは主将に適している。ガルマは兄弟の仲を満たす潤滑油である。このように能力配分されるというのがザビ家の兄妹弟の理想形ではなかったか。

 

(キシリアに対してさえも、人の世の裏側を見せすぎた。婚約者を失えば、ああもなるか。)

 

ランバ・ラルはかつてデギンの選んだキシリアの婚約者である。その時は“最高の組み合わせだ”と自画自賛した。根回しも終えた。それが破綻したのは、ジンバ・ラルがダイクンの遺児を連れて地球に亡命したからである。珍しくラル家の存続を訴えたギレンの願いを聞き届けたが、或いはあれはキシリアへの嫌がらせもあったのかもしれない。

 

まだ間に合うのは、ガルマである。ガルマさえ健在なら、と老人は希望を託している。

 

「こちらです、陛下。」

 

出迎えたアイナ・サハリンが、デギンをガルマの部屋に導き入れた。お忍びであり、礼儀にはやかましくしない。何せ息子を見舞うのだ。これは家族の中のことである。

 

「父上、ご心配をおかけしました。」

 

「おお、ガルマよ。」

 

デギンは思わず杖を取り落とし、ベッドへと駆け寄った。そこにいたのは以前と変わらぬガルマの姿である。老人の涙腺が忽ち緩んだ。

 

「心配したのだぞ。もう、すっかり元気ではないか。」

 

「ええ。色々とご迷惑をおかけしました。軍を無許可で離れるなど。せめて父上の了解をとるべきでした。」

 

「軍の事はもう良いのだ。お前は何も気にせんで良い。」

 

息子の健在ぶりに、デギンの心は湧き立つ。ガルマが戻ってから決めていた。ガルマには政治の道の方が合う。人に好かれるのは優秀な政治家の美質である。すぐにとは言わないが、戦争の終わる頃には政治家として転身した姿を国民に見せるのが良いだろう。ああ、それが良いに決まっていた。

 

「ガルマ、お前の行く末はちゃんとこの父が考えているぞ。」

 

思わせぶりなデギンの台詞である。しかし、今この瞬間に重荷を背負わせて、ガルマの繊細な心を押し潰す事は流石のデギンも自重した。我慢が肝心なのだ。

 

「父上、早速ですが彼女を紹介させてください。」

 

ガルマの合図で、侍女としてその場に同席していた女性が立ち上がる。金髪の女である。

 

「彼女がイセリナです。彼女は生きていたんです。さあイセリナ、父上にご挨拶を。」

 

それはまるで熱に浮かされたようなガルマの勢いである。ガルマに促され、イセリナは膝を折ってジオン式に挨拶をする。

 

「公王陛下、イセリナと申します。」

 

デギンは破顔してイセリナの挨拶を受けた。しかしその目は、笑ってはいない。

 

(ギレンによれば、ランバ・ラルの用意した偽者であるとの事であった。が、彼女は本当にそうか?)

 

デギンは冷静に口上を述べるイセリナを観察している。

 

(ふむ、これがか。ジオン式の完璧な礼法。時間を要したろうに。)

 

ガルマはイセリナを本物と信じ切っている。それはいい。そうではなく、彼女が本物であれば差し障りがある。

 

(そして、どうもこれは本物だな。)

 

デギンはそう判断した。ガルマは相手を本物と信じている。デギンはガルマをそのような判断では信頼している。我が子が愛する女を取り違える筈がない。つまり、ラルは何かトリックを使ったということである。

 

(となると、それを指摘するかどうか。)

 

少なくともラルの企みが顕在化したら、その背後の企みを探り出せねばならない。ラルだけでなくイセリナを処刑する必要がある。だがデギンはそれをしたくなかった。ガルマが悲しむと知って、懲りたのである。

 

(別にイセリナは犯罪者ではない。単に儂にとって都合が悪かっただけだ。)

 

イセリナの事も、ガルマが本国に彼女を連れて戻れば或いは許したかもしれなかった。だが、そうはならなかったのだ。デギンにはギレンと同じ欠点がある。ある種の事柄において、想像力が極端に乏しいのだ。後悔する選択肢を見分けられない。そして否定されたと感じた感情故の激情で、相手との関係を台無しにする。

 

「父上には、彼女を側に置く事をお認め頂きたいのです。駄目、でしょうか?」

 

ガルマがねだる。彼は父に愛されて育った子であり、願いを拒絶された経験を持たない。今度の事も、何かと誤解であるそう信じていた。デギンがそのようにガルマを育てたからである。

 

険しい顔をしてイセリナを眺めていたデギンは、再び破顔した。

 

「いいとも。」

 

その一言で、デギンは己の不始末もラルの陰謀も全て隠蔽した。ガルマに対して説明はいらない。デギンはただガルマを愛してやればいい。ガルマは父の愛だけは疑わない。そう育ててきたのだ。

 

他者に愛される都合の良い存在とは、デギンに最も都合の良い存在である。デギンの子育てには確かに他の息子に非難されるだけの問題があった。

 

「良かった。やはり誤解だと、そう信じていました。」

 

父の許しを得て、ガルマは安堵した。だがデギンは釘を刺すことも忘れてはいなかった。

 

「お前をここまで元気づけた女だ。愛人にしてもかまわんさ。妾という事で、子を産ませてもいい。愛人の一人や二人、男の甲斐性だからな。婚約者殿には、私から話を通そう。おっと、ここにおられたのだったな。」

 

ワハハ、とデギンは大声で笑い飛ばした。強引な横車で既成事実化を狙ったのである。そもそも政略結婚なのだ。愛人は双方織り込み済みであろう、と。これはまた、ガルマの拒否を封じる意図もある。当人の前でアイナの話を持ち出せば、心優しいガルマは両者の選択を躊躇する。そこを狙い、アイナとイセリナの二人ともガルマに掴ませればいい。

 

「父上。彼女の事をそのように、やめてください。私は本心からイセリナを愛しています。」

 

その中で真剣な愛を説くガルマが滑稽である。だがデギンにはガルマがそうであるからこそ可愛い。

 

「分かる、分かるとも。お前の母の事を私は心から愛していた。だがなガルマ、お前は私の後を継ぐ男だ。ジオン公国のプリンスなのだよ。密かな愛人はいてもいいが、家柄の良い娘を娶る必要があるのだ。」

 

そこでデギンはため息を吐いた。

 

「本来ならばアルテイシア様が最適であった。が、今はそれも叶わない。ならばそれに継ぐジオンの名家の娘こそが相応しい。結婚とは政治だ。お前もアイナ・サハリンとは仲が良かった筈だ。二人で協力し合いなさい。」

 

ガルマは少なからず困惑していたが、父は優しくとも話が通じない時があるのを知っている。イセリナのためにも、存在を許されただけで良しとした。これで当面は、イセリナの身に危害は及ばないだろう。父デギンの威光はそれほどに大きい。

 

「また、来る。」

 

デギンは温かな視線をガルマに向けて席を立つと、アイナに目で合図した。アイナはデギンを見送る体裁で、デギンと連れ立って廊下に出る。今まで自分の事が話題にされていたなどおくびにも出さない。何も聞いてなかったような風情である。名家の女とは、そのようなものである。デギンは彼女を高く評価している。キシリアとは別のデギンの理想とする在り方である。

 

「苦労をかけた。引き続き、ガルマを頼む。」

 

「はい、お任せください。」

 

「あの侍女、やはりジオン訛りがあった。マハルの訛りだな、あれは。昔ギレンの女があそこの出でな。今はラルに下げ渡されたはずだ。ハモンという。」

 

「……私は、その方の事は存じ上げません。」

 

「それに名家の作法をよく仕込まれている。一朝一夕ではああは身につくまい。いや、ガルマの為に苦労をかけた。」

 

「……いえ。」

 

「あの女を身近に置いてやってくれるな。儂からも頼む。」

 

アイナはそこで複雑な顔をしたが、デギンに対してしっかりと頷いて見せた。

 

「よし、サハリン家に礼はする。無論、ラル家にもな。」

 

デギンは玄関の戸に手をかけると、アイナに尋ねた。

 

「ラルは、今もあの女を連れているのか?」

 

「いえ、セシリア様に仕えるにあたり身辺から遠ざけたようです。中立コロニーで事業を任せているとか。」

 

「ほう。」

 

デギンの目が光った。

 

「ザビ家と諍いになる可能性がある女を遠ざけて身を清めてみせた。それだけ、今回は本気ということか。変わったな。」

 

デギンは、ギレンとハモンの関係を知っている。ハモンはかつて、ジンバ・ラルがしでかした謀反からラルを守る為に単身ギレンの元へ赴いた。そしてギレンに抱かれた女である。

 

(ギレンが手を出す程にいい女ではある。が、危険な女だ。)

 

彼女に飽きたギレンが捨てた為に、ラルの元へ戻った。ギレンは『キシリアの元許嫁から女を奪った』とそれを面白がっていた。しかしハモンは、元はデギンがラル家に送り込んだスパイであった。

 

(ジンバ・ラルがダイクンの遺児を連れて亡命した際、ラル家の処分が問題となった。そんな時に、ギレンがハモンを連れて現れたのには肝を冷やした。)

 

ハモンはラルの助命を名目に、ギレンに処女の身体を差し出した。ギレンはそれを楽しんだのであるが、彼女が優秀なスパイとは知らなかったのだ。滔々とラル家の助命を提案するギレンに、デギンは一も二もなく賛成した。ハモンの狙いは交渉ではない。いつでもギレンの命を奪えるという、脅しだと気がついたからだ。

 

デギンは『迂闊な女を近づけるな』とギレンを叱り、ハモンを遠ざけさせた。ギレンは大人しくラルの元へとハモンを返したのだ。『いずれそうするつもりだった』とギレンは嘯いたが、本当にそうであったか。

 

少なくとも、デギンとギレンの反目はその頃から始まってしまったのだから。

 

(そのハモンがラルの身辺にいないなら、今のあの男は信じられる。)

 

ラルは最も大切な場所にハモンを向かわせる。だからこそ、それがサイド3でない事は大切である。だがデギンは知らない。ラルとアルテイシアが戦場で運命的な邂逅を果たしていた事などは。

 

ラルは一番大切な場所にハモンを派遣する。それがアルテイシアの元であった。あのハモンの下でアルテイシアがザビ家への復讐の為に教育されている。その事実を知れば、デギンはかつてない恐怖を覚えた事だろう。しかしこの時の彼が感じていたのは、家族の平穏を取り戻したという安寧だった。だからデギンは、心中密かにラルに感謝さえしていた。

 

 

 

 

—サイド3—

 

『儂だ、全て上手くいったぞ』

 

「父上、これで懸念が解消されましたな。」

 

『ガルマの事では、世話をかけた。ビグ・ザムの量産だったか、あれは正式に認めてやろう。予算の帳尻は合わせられるのだろう?ならば容易い事だ。』

 

「ありがとうございます。これでこの戦争は勝てます。」

 

ギレンは電話の中のデギンの言葉に満足した。

 

『うむ、勝ってもらわねば困る。犠牲を払い過ぎだ。お前達兄弟妹の作る、新たな理想国家の姿を早く儂に見せてくれ。』

 

「はい、必ずや。」

 

デギンは満足げに通話を終えた。ギレンはそのまま別の相手を呼び出す。今回のデギンは比較的まともな時間に連絡をしている。遅い夕飯時といったところであり、相手も帰宅して夕食を終えた頃合いであるだろう。

 

「チャップマンか?」

 

『……はい、チャップマン少将であります。』

 

相手は兵站の専門家、特に兵器生産の専門家である。そして相手は、ギレンからの電話と承知して通話を開始しているのだ。

 

「デギン公王陛下のご裁可を頂いた。ビグ・ザムの量産は最優先で進めろ。」

 

『おめでとうございます。では、ドロス級建造の資金や資材を正式にビグ・ザム量産に。』

 

「ああ、大っぴらにして構わん。生産を間に合わせろ。この戦争で必ず投入できるようにな。先行機はドズルのソロモンに回す。準備をさせておけ。」

 

『ハッ。』

 

「追加はニ機、いや三機だ。いや可能な限り多く作れ。」

 

『承知致しました。』

 

ギレンは相手の返答を聞いて、通信を切る。そしてふうと息を吐いた。デギンの時は隣で耳を澄ませていたセシリア・アイリーンがそっとギレンによりそう。その重みを、ギレンは心地よく受け止めた。

 

「……これで、勝てるのですね?」

 

「ああ、間違いない。ビグ・ザムを先頭に立てて押し進めば、我が軍勢を阻むものなしだ。」

 

「今回のこと感謝する。君のおかげだ。」

 

ギレンの直裁な感謝の言葉に、セシリア・アイリーンの頬が緩む。

 

「だが、結婚の許しを優先できずにすまんな。千載一遇の好機ではあったか。」

 

ギレンが父デギンをああ満足させられる事など稀である。

 

「構いません。勝利こそ全てに通じる道です。私事より国を優先される総帥、ご立派です。私、惚れ直してしまいました。」

 

セシリア・アイリーンもまた、ギレンと同じように興奮に酔っている。ジオン勝利の為に貢献を成し得たという感触が確かな彼女にもあるのだ。

 

(デギン公王様には私たちの頑張りをお認めいただけばそれでいい筈。)

 

二人の前に未来は輝いて見えた。ギレンとセシリアが勝利を祝うようにシルエットが重なる。どちらから求めるでもなく、ごく自然に二人は熱い口づけを交わしていた。

 

 

 

 

—ジャブロー基地—

 

「よろしかったのですかな。」

 

衛星軌道に向けてジャブローを出発する艦隊を見上げて、ゴップ提督は傍のレビル将軍に話しかけた。本来なら、レビル将軍こそ総指揮官となっていた筈だからである。

 

「宇宙戦の指揮は残念ながら私より彼が上手でね。見物に回るのが筋というものでしょう。」

 

ほう、という顔をゴップ提督はして見せた。

 

「意外なお言葉ですな、レビル将軍。」

 

「それに予定より戦力が集まらなんだ。ならばこそ、戦巧者に委ねる他ありますまい。」

 

レビル将軍のその言葉は言い訳じみてはいるが真実である。最大の理由は連邦の戦力の充実度が、想定を下回った事にある。V作戦の失敗に端を発したMS量産計画の遅れが最後まで響いたのだ。高性能化により必要な戦力水準は維持できているとしたが、量においては不足していた。

 

「こちらも努力したのですがな。ま、量産開始を引き伸ばせるだけ引き伸ばしてのこれです。よくやったと、そう思う他ありますまい。」

 

「『レビル将軍はオデッサの立役者となったのです、ソロモンは譲って頂きたい』とティアンム提督からはそう言われてしまいましたな。」

 

ははは、とこの二人の将官は笑いあった。

 

「実のところ、私はデギン公王との会談に期待しておったのです。しかし、その目はもうない。」

 

レビル将軍が必要とされていたのはより政治的な立ち回り、つまり外交交渉を意図してであった。これまではデギン公王との交渉チャンネルに期待が持たれていたのだ。しかし突然、その交渉は打ち切られ絶望的となった。

 

「聞いておりますぞ。もっと早く、話してくださればいいものを。」

 

「いやいや、エルランの例もあったのです。用心は必要だったのですよ。」

 

デギン公王の会談拒否は、ガルマ・ザビの復調がその理由であった。この理由は連邦に詳細までは伝わらなかった。ただ不首尾に終わったという結果のみである。

 

ガルマにイセリナを返したのはゴップ提督の工作である。これがジオン内部の親連邦派構築の一環だったのだが、今この瞬間はジオン内部の結束を固める形で裏目に出ていた、しかしそこまでは、この両名のどちらもが気がついていなかった。もし仮に知っていたとしても、交渉は水物だと笑い飛ばしただろう。まず軍事力で相手を圧倒出来ていない、それこそが問題に他ならないのだから。他は後からどうとでもなった、それだけの事であると。

 

「ここは若い者に任せましょう。そう言えば、ルナツーの基地司令も別働隊で参戦しますな。」

 

「ワッケイン少将も有能な男です。きっとティアンム提督をよく補佐してくれましょう。」

 

今は純粋に力による解決しかない。そう信じる彼らは、派遣した軍勢が最善の成果を挙げることを願っていた。

 

 

 

 

—サイド3—

 

「こちらですわ。ラル中佐。」

 

アイナ・サハリンが笑顔でラルに手を振る。普段の些か謹直な様子のある令嬢には似つかわしくない身振りである。ラルは一礼するとそちらへ歩み寄った。アイナ・サハリンの傍にはほっそりとした影がある。マツナガ家の令嬢、ミノリである。

 

「本日は、ありがとうございます。」

 

ラルは形式ばってそう答えた。本日は完全に私事であるが、緊張の度合いで言えば普段を上回る。ラルはこのマツナガ家の令嬢と見合いをしているのである。厳密には、これは見合いと称したダイクン派の謀議の場であった。

 

「さ、部屋は用意してあります。こちらへ。」

 

アイナ・サハリンはサハリン家の庭に二人を誘った。広大な庭の中に建てられている瀟洒な建物が本日の見合いの場である。サハリン家の庭を楽しむ為の施設で、このような場にうってつけなのだ。名目さえ立てれば集まれる安全な場所であり、その名目とはラルとミノリの見合いである。

 

「本日で二度目。あら、最初の顔合わせを含めて三度目ですのね。回数を重ねられたという事は、お二人とも感触は悪くないのでしょう?」

 

庭を移動しながら、アイナ・サハリンが仲人じみた物言いをする。彼女としては『この場にいる自然さ』を演出しているのだろうが、空気が重くなった。アイナはそれを楽しんでいる風である。

 

(彼女、見た目よりいい性格をしている)

 

ラルと知己であるアイナ・サハリンが同席し、ミノリとのお見合いを重ねる。この場合、ミノリの父が故人であり、兄が戦地にいるのも都合がいい。アイナ・サハリンがお目付役となる大義名分が立つからである。とはいえ、実態がアイナ・サハリンのストレス解消の場の如き趣きなのはどうなのだろうか。

 

(いや、これも彼女の策か。)

 

ラルは周囲を固めているサハリン家の従業員の顔ぶれを眺めた。明らかにその筋の者の雰囲気が幾つかある。要はサハリン家の従業員にも、ザビ家のスパイがいるのである。

 

(セシリア・アイリーン様も喜んで送り出してくださったのだがな。)

 

ミノリとの見合いは報告済みとはいえ、実態はある程度見せておく必要がある。敢えてこのような楽しげな素振りを演出する事で、アイナは敵の目を眩ませようとしているのだろう。

 

「さ、ここからは少しゆっくり話ができますわ。」

 

建物の中で、着席を促したアイナはそう切り出した。ラルとミノリを対面させ、自分は用意した茶の給仕に回る。その姿は完璧な女主人のそれである。

 

この空間は庭がよく見える。つまりは庭に控えている従業員の監視下という事である。会話が筒抜けではないだろうが、唇は読まれていると見るべきであった。

 

「早速ですが、書状をしたためました。ラル中佐とお会いする事情を記載してあります。ソロモンで、兄にお渡しください。」

 

ミノリが机越しにラルに書状と、一種の紹介状を渡す。そちらもマツナガ家の関係者に、関係を簡単に記したものである。サイド3では周知の話でも、ミノリとの見合いはマツナガ家の人間は知らないのである。

 

「ありがとうございます。」

 

ラルは書状を軍服の内ポケットに収めた。見られても問題ないようにしてある筈だが、紛失は困るのである。

 

「兄は最初は戸惑う筈ですが、あの方の為に働く事は光栄に思うでしょう。きっとマツナガ家の苦境を救う道となる筈ですから。兄は精勤な軍人としてのみ、生きる事ができる男なのです。」

 

ラルはミノリの言葉に頷いた。かつてのランバ、ラルも全く同じであったのだ。名家ゆえのトラブルを父親が引き起こした事により、嫡男が軍人としては残るも辛い立場に置かれるという展開である。

 

(それを救済してくださる方こそ、セシリア・アイリーン様とそう周囲には見えていよう。)

 

セシリア・アイリーンを賞賛するようで、実態はダイクン派としてアルテイシアを念頭に話している。これこそが会話の内容が漏れても痛くない、ダイクン派の秘策である。ごく自然な会話をしているだけで、実際は別の人物の話をする事が可能なのだ。

 

「そういえば、アイナ・サハリン様とミノリ様は直接セシリア・アイリーン様とお茶会をされたのですな。その時の印象など、ぜひお話しください。」

 

ラルは水を向けた。ミノリというより、まずアイナが“セシリア・アイリーン”の素晴らしさを語り出す。その中で偶に混じる“こうしたい”という話が、アルテイシアに期待する内容である。

 

もしかしたら、セシリア・アイリーンがアルテイシアより先に彼女達の願いを叶えてくれるかもしれない。それはそれで良いのである。

 

「セシリア・アイリーン様にはやはり、ザビ家の中にあって我々との仲立ちをしていただけると確信しています。とても素敵な方ですし、“あの方はそれに相応しい”ですもの。」

 

「ええ。兄だけでなく亡き父もきっと賛成してくれた筈です。“あの方であれば、この戦争の後でジオンを上手く導いてくださるに違いありません。”」

 

セシリア・アイリーンは令嬢達が口を極めて自らを褒めそやす展開に満足しただろう。しかしその内実は、アルテイシアへの期待なのだ。

 

(今は彼女達しかいない。が、この工作はザビ家に承認されているからこそ意味を持つ。)

 

セシリア・アイリーン派を増やすフリをして、ダイクン派としてまとまる。セシリア・アイリーンを推す理由がアルテイシアのそれと同じであるなら、候補者が入れ替わっても支障はないのだ。そしてラルの立場こそ、表向きはセシリア・アイリーンの忠臣である。彼の見合いの場がこのような話で半分埋められていても、不自然はない筈である。アイナ・サハリンやミノリといった若い女との共通の話題など、それこそ共通の知人について話すくらいしかないのだから。

 

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

ハモンと合流して以降、セイラはハモンから個人授業を受けている。内容はサイド3での生活や礼儀作法など多岐に及ぶが、ハモンがイセリナに対して施したそれとは異なりアルテイシアの軸となるのは政治観であった。

 

「どうしてザビ家はコロニー落としをしたの?」

 

「あれらのコロニーは欠陥品なのです。」

 

セイラが問いかけると、ハモンは答えてくれる。

 

「欠陥品。それは本当に? ザビ家のプロパガンダではなくて?」

 

セイラは疑わしげにハモンをみた。

 

「本当です。接合が甘く、内部時間の変更が難しいミラー。シェルターにいてなお、毒ガスで簡単に全滅する脆弱な大気循環系。何よりも強度の劣る部材を組んだ為に歪んでいます。これが連邦軍艦隊の攻撃で二つに割れる耐久性のなさの原因です。密閉型ではこうはなりません。」

 

「でも、それはコロニーを地球に落とす理由にならないわ。」

 

「そうでしょうか?」

 

ハモンは小首を傾げた。

 

「連邦政府の気持ちになってください。ジオンに脆弱性を突かれたのです。再びコロニーを落とされない為に、安全対策が進むはずです。」

 

その言葉はセイラの納得を生んだ。『もう二度とコロニーが毒ガスで全滅する事はありません。』確かにそれが、政治家の好む言葉である。

 

テロが起きるまでは、問題は問題として認識されない。しかしその問題が脆弱性として、コロニー落としのようなテロ行為の原因となるなら対策は絶対視される。

 

「それでも、非人道的だわ。戦争であれ目的がどうであれ、許容できる範囲を超えている。」

 

「それはそうでしょうね。」

 

今度はハモンも同意した。ザビ家のというよりはギレンの血の通わなさがそこにある。

 

「残念ながらギレン総帥はそういう人なのです。最も効率的と彼が考える方法を推し進めてしまう。それがどんなに残酷でも。」

 

「そうなの? まるで直に知っているような口ぶりね。」

 

それは何気ないセイラの疑問でしかなかったのだが、ハモンは悪い笑みを浮かべた。

 

「ええ。よく知っています。昔少しだけ、仲良くしていた時期があるのです。」

 

「そう。」

 

ハモンの学生時代の話だろうか、などと考えたセイラの想像力は平凡である。ハモンがギレンの愛人を務めていた背景があるなどと、見透かせるはずもなかった。

 

「ただ大切なのは、“問題のあるコロニーは悪”という考え方がジオン国民にあるのです。」

 

「そうなの?」

 

「ええ。開放型コロニーは理想的ですが、技術的に複雑です。横流しされた為に量も品質も不足する資材では、その水準に耐えられなかったのです。そこでサイド3では民衆が主導してコロニーの建設を半強制的に密閉型に置き換えました。お父様やザビ家にラル家、革命の元勲とされる人々の功績です。」

 

「それで、ザビ家はこんなに信頼があるのね。」

 

セイラは地球の物の見方をしている。その視点では、ザビ家が支持を集めるのは不可解なのだ。しかし宇宙で暮らす上での“安全”を提供するブランドと認識すると、支持される理由として理解しやすかった。

 

「はい。サイド3では密閉型にする事で、川の部分が不要となります。脆弱な場所を塞ぐ事で、より安全でしかもより多くの人を収容可能としました。収容可能人員が増えれば、コロニーの改装も早く進められます。そして安全で大勢の人が暮らせるからこそ、周辺のコロニーからも人が集まり発展したのです。」

 

サイド3が発展したのは地理的な要因ではないのだ。もちろん、地球から遠い為に連邦政府の手が届きにくい。それが反連邦の活動家の温床となった面がある。だがスペースノイドにとって、自主独立は尊ぶべき価値である。

 

「ただ、優秀である者ほど他を見下すのです。サイド3でさえ、それは例外ではありません。」

 

問題のあるコロニーに住んでいる人々は、その時点で運が悪い。もしくはサイド3のように自助努力をしなかったとみなされた。既に建設から年月が経ち、宇宙移民は健康被害という爆弾を抱えていた。彼らを養うのはサイド3の血税であってはならないのである。ただでさえ、経済の立ち上げに失敗したこれらのコロニーは宇宙の問題児とされていたのだから。

 

「そしてそこにサイド5での民間資本の積極活用、そしてサイド6での開放型コロニーの完全成功が起こります。」

 

「サイド6の成功で、サイド7は建設されたのよね。」

 

その辺りの背景は、セイラも知っている。サイド4で停滞していたコロニー開発は、サイド5では民間資本の注入で解消された。財閥にコロニーを保有させる形に戻したのである。移民の量を減らした観光用のコロニーとされたそれは、潤沢な資金で広告塔として機能した。

 

そして進められたサイド6は、官民連携の成功例となる。相互監視と潤沢な予算、スペースノイドのノウハウと地球からの教育された優秀な人材。そして何よりも“自分の住む場所を自分で建てる”という方針が成功を産んだ。

 

「サイド1や2のような旧来の不安定な開放型より遥かに安全で、サイド3のような密閉型よりも遥かに快適だったのです。そこに住む人は、旧来のコロニー世代より遥かに恵まれた環境にいました。」

 

幸福なスペースノイドが増える事は、本来は良い事なのである。むしろ“本当に宇宙で人が暮らせる”という実感を得たのがサイド6の成功であった。しかしこの事は、既存のスペースノイドの複雑な感情を刺激した。

 

元々、“地球からの棄民”という被害感情もある。時代の進歩といえばそれまでなのだが、彼らは劣悪なコロニーの住環境を世に晒そうとした。その為にギレンが考案した方法こそが、コロニー落としである。

 

「人の生活に適さない古いコロニーは、一種の不良債権です。そしてそこに住む人々も、サイド3に適さない住人です。彼らに配慮するよりも、そのエリアに新国家を立ち上げたい。それがザビ家の思惑でした。」

 

「そんなの無茶苦茶じゃない。」

 

ギレンの行いは一種の地上げである。戦争により土地を焼き払う。そこに新たな国家を建設する。言葉にしてしまえばそれだけの事。しかしそれが現実となると、言語道断の大虐殺となる。実行する前に、殺される他者の怨嗟の声に気が付かないのがギレン・ザビという男であった。

 

サイド3国民も地球連邦政府も古いコロニーは失敗作と認めている。ならば己が処分しようとするのである。それは事態のハンドリングを行うことで、次代のイニシアティブを握る筈の行為であった。しかし、やり方が良くない。それでも、スペースノイドの悪感情がそんな残虐行為さえも肯定した。

 

「コロニー落としは、それを作成した連邦政府への報復。そして彼らの重い腰を上げさせる為なのね。」

 

話が一周して、セイラはより理解した顔をした。旧式のコロニーにはスペースノイドの怨嗟の声が詰まっている。やり方はともかく、それを地球にぶつける事に快哉を叫びたくなる感情がスペースノイドには確かにあるのだ。それをセイラの中の革命家の血が肯定する。

 

「はい。コロニー落としの標的とされたジャブローは地球連邦軍の総司令部に過ぎません。連邦政府はダカールにあります。だから軍の中枢を滅ぼして、政府に対策を迫ったのです。」

 

「でも、同じスペースノイドを犠牲にして?」

 

問題はやはりそこに戻る。そんな卑劣なやり方を、しなくても良いのではないかと。

 

「悲しい事ですが、サイド1や2は元々破綻していました。過酷な生存を迫られる、スラム街に近い世界だったのです。」

 

サイド1や2は宇宙線障害により、居住区の当たり外れが存在する。対策が完了するまで、規定以上の放射線を浴びたりした。これらのコロニーは成人の寿命が異常に短い。宇宙線の長期被曝が問題となったのである。また、そんなコロニーは忌避の対象となる。

 

「サイド1は内部経済の立ち上げに失敗し、出稼ぎが主体となり始めます。」

 

宇宙線は特定方向しか来ない。学校や自宅は安全に改造出来たが、職場はそうもいかない。市民生活防衛は子供優先で行われた。親はコロニー内での作業が難しく、補修に従事するか他のコロニーに出稼ぎである。宇宙移民は宇宙棄民政策と揶揄されたように、かなり条件が悪かった。

 

「古いコロニーはサイド3に依存し、快適に暮らせる人は限られたのです。サイド3に出稼ぎに出た人は、元のコロニーで暮らせるだけでも特権階級と映ってしまったのでしょう。」

 

ハモンの説明は、サイド3の立場に沿ったものである。プロパガンダも多分に含まれているだろうが、宇宙で暮らす者の実感があった。

 

(連邦では、毒ガスやコロニー落としは完全な悪として語られる。でも、問題提示の為と言われるとまた印象が変わってしまう。)

 

セイラは深く考えた。

 

「そうか。連邦政府に譲歩させる為の悪役を演じたのね?」

 

「ええ。ジオンが怖いからでは、戦争は長引きます。しかしコロニーの生活が酷いから戦争が起こった、本来この説明は可能だった筈なのです。」

 

ギレンは独善的で説明が下手である。正義の立て方がおかしいのだ。簡単に理解できるだろうという彼の見下す態度が、さらに相手を頑なにさせる。正義の立て方はそれなりにあった筈なのだが、平然と露悪的に振る舞える。それがギレンという男である。

 

「宇宙を人の生活の場とする富はどこから来るのでしょうか。それはやはり、大勢の人の力が必要です。つまり地球の力を引き出す事が大切です。」

 

問題は結局税金の取り合いになる。地球という巨大な人の営みの産み出す財。その財力をどこに振り向けるかである。移民にせよ棄民にせよ、自らを蹴り飛ばされないようにやる事はやれ。スペースノイドとアースノイドの確執など、その程度の話である。宇宙が安全でありさえすれば、問題は解消される。そして連邦政府は元々、『宇宙は安全です』と人々を送り出したのだ。スペースノイドは本来の約束の履行を求めたに過ぎない。

 

「結局、連邦政府の怠惰と無責任。それこそが罪なのです。」

 

ハモンの説明は終わった。アルテイシアにとっては、単純な善悪構造でない事は理解できた。地球で一般に信じられているよりは切実な問題なのである。

 

(自分の住む土地を放射線で汚染されるがままに放置されたら、私でも同じことをするかもしれない。)

 

無責任とは余りにも重い罪である。そう気がつけたアルテイシアは、サイド3を代表するに足りる政治的見識を身につけつつあった。

 

 

 

 

—ソロモン要塞—

 

地球から月を見るとき、そこにあるのはフォン・ブラウンに代表される月面都市群だ。サイド3とアバオアクーは地球から見て月の裏側に位置する。この裏側の月面にはグラナダも存在する。地球からサイド3へ向かう場合、月に阻まれて直進出来ない。その為に、航路は月を正面に見て右に回り込むか左に回り込むかとなる。

 

各ラグランジュポイントには二つの対となるコロニーサイドが置かれる事が通例である。

 

地球から月の裏側を目指す右回りの航路には、まずサイド5とサイド4が位置する。その先にあるのがサイド1と宇宙要塞ソロモンである。その先、月の裏側にあるのがサイド3と宇宙要塞アバオアクーである。二つの要塞に守られたのがこの右回り航路である。

 

左回りはサイド2とサイド6が位置し、その奥にあるのが月面のグラナダである。サイド6はサイド3、月、地球とのアクセスに優れ繁栄を享受していた。早々に中立を宣言し、またそれを許されたのはこの位置関係と経済規模を理由とする。

 

サイド6の近くに位置するサイド2は、それとは異なり戦争で壊滅的な被害を受けた。ジオンに徹底して狙われたのである。サイド2のコロニーは最も利用しやすい為、ジオンの手で地球に落とされる事になる。

 

サイド6の中立という政治的な事情もあり、サイド3から艦隊を発する場合、ソロモン要塞こそが最適な経由地となる。

 

ソロモン要塞はアステロイドベルトから運ばれた資源採取用の小惑星である。アクセス性の良いラグランジュポイントL5に設置されたそれは、小惑星の内部をくり抜いた巨大な貯蔵倉庫である。ジオンはそれを軍事要塞化したのだが、それは宇宙における中継点の利点を理解すればこそである。

 

安全な場所で旅の疲れを癒したいとは、人の持つ生理的な欲求である。艦隊を組むのなら補給も輸送船に頼れない。水、食料、推進剤、部品、人員の巨大な集結地点が必要となる。小惑星はこの点で最も優れた容積を保持している。大切なのはコロニーにおいてはその面積の大半が居住地に優先される事である。厚い岩盤の下の空洞を物資を備蓄する倉庫に見立てた小惑星鉱山こそ、物資集積所であり物流拠点である。人工太陽で人が住むに足りるが、コロニーほど自然な太陽も豊かな人の暮らしもありはしない。

 

宇宙の倉庫は、ごく自然に要塞に形を変えた。そして艦隊の規模が大きければ大きいほど、倉庫の果たす役割が大きい。地球連邦もソロモン要塞を落とし、月の裏側へ侵攻する橋頭堡とする腹である。一撃で敵を粉砕し得ない以上、それが正攻法というものであった。

 

 

 

 

ランバ・ラルは特使としてソロモンを訪問していた。目的はビグ・ザムの引き渡し、そしてドズルの妻ゼナと娘ミネバの受取である。ラルが携えた信書には、ギレンやセシリア・アイリーンの物だけでなくマハラジャ・カーンの物が含まれている。

 

目的が目的である。司令部でのドズルとの対面は、少し荒れた。

 

「こちらがマハラジャ様、こちらがセシリア様からの信書です。いかがでしょう、ゼナ様とミネバ様をサイド3に退避させては?」

 

ラルの差し出した信書を次々と読み捨てては、隣の参謀長ラコックに渡すドズル。次第に顔が赤く鼻息が荒くなる。彼は怒っているのだ。

 

「これは、あの女狐の策略か?」

 

ドズルはバンと拳で机を叩いた。

 

「そのようなお言葉。セシリア・アイリーン様は戦場のお二人を本心から心配されているのです。」

 

ドズルのこのような振る舞いは政治的な物である。彼はラルとはベクトルが異なるが、その見た目より遥かに政治的な人間である。彼は獰猛な外見を利用した強かな政治家であり、軍事の才は部下任せである。敢えてドズルを擁護するのなら、彼は戦略家であるが戦術家としては凡庸であった。ただ部下の統御は得意である。

 

「貴様、このソロモンが陥落するとでもいうのか。」

 

主の意思を受けたかのように、ラコックがラルを叱責する。大佐の地位から見れば中佐は叱責の対象だが、今のラルは総帥の特使である。悠然と構えていた。ドズルもまた、その力関係は熟知している。指揮系統に伴う権力と威圧こそ、彼の専門分野である為だ。

 

「よせ、ラコック。」

 

(見え透いた猿芝居だ。だが、付き合う他ない。)

 

ラルはしらっとした醒めた視線で、その様子を眺めている。青二才や真面目な軍人ほど慌てる場面だろうが、ラルは総帥の意思という最高の権威に守られている。理はこちらにあるのだ。

 

「俺は嘘は嫌いだ。ソロモンが陥落した際に、ゼナとミネバをどうするかは考えていなかった。これは俺の手落ちだ。」

 

態度を翻したドズルは頭をかいてみせた。

 

(部下の手前もある。まず怒って見せただけでこちらが本心か。)

 

ドズルには作り上げた猛将という看板がある。この看板を守る事は大切であった。ただこれは逆に自分から“降りる”と言えない副作用がある。流石に腹心の参謀長であるラコックであればその辺りも把握している。だからこれら全ては幕僚ではなく部下の兵たちに向けたドズルとラコックの猿芝居であった。ドズルの発言は続く。

 

「戦地では安心できないというのも分かる。ゼナが居残りを希望するゆえ退避させてこなかったが、ここが決戦の前の潮時だろう。」

 

「では、お二人を私がサイド3へお連れしても?」

 

ここでラルが口を挟んだのは、むしろ助け舟のような物であった。芝居の合いの手に他ならない。

 

「ああ。俺は女狐には感謝していると、そう伝えろ。しっかりと俺の家族の面倒を見ねば祟るぞ、ともな。」

 

ワハハとドズルは豪快に笑う。演技が上手く決まった会心の笑みである。なんという事はない、ドズルとて家族は逃したいのである。全ては“仕方なく”という体裁の為である。

 

「ビグ・ザムも来たのです。そう簡単には負ける筈が。」

 

「いや、此奴の顔を見て分かった。ダメだろうな。」

 

「なんですと」

 

意外なドズルの言葉にラコックの顔が歪む。

 

「勝てないだろう。だが決心がついた。ひと当たりして、退こう。参謀本部の総意とやらもそれで良いのだろう?」

 

ドズルの探る様な目つきは、『俺の意を汲みそうだと言え』とそう雄弁に語っていた。だからラルは頷いた。

 

「はい。ソロモンはあくまで時間稼ぎ。連邦を引きずり出す餌場としたいのです。艦隊の目的はルナツーへの侵攻です。ドズル様がそのお考えなら、このランバ・ラル。暗礁宙域に展開しましょう。」

 

「貴様はゼナとミネバを送り届ける筈だが?」

 

流石のドズルも胡乱な目つきをした。彼の脳裏には、ソロモンで華々しく散る未来しかなかったのだろう。だがそれではラルが困るのだ。人は希望を持って逃げる背を追撃する方が討ちやすい。

 

「ご安心ください。サイド3には間違いなくお届けし、すぐに戻って参ります。それまでは部下を配置に就かせます。」

 

「そうか。」

 

ドズルもあっさりと納得した。ラルもザンジバル単独で来ている訳ではない。ビグ・ザムを運ぶとなればそれなりの規模だ、それを暗礁宙域確保に使えるのは悪くない。何より、援軍は士気につながる。規模よりも『すぐそこに味方がいる』事実は効くのである。

 

「ビグ・ザムならば、連邦の包囲網も突破出来ましょう。こちらがゼナ様脱出用として用意しておいた艦艇も、そのまま待機させておけばソロモンからの離脱に使えますな。」

 

ラコックも肯定した。主の腹が決まった以上、彼に反対する意志はない。むしろ連邦の艦隊に突撃して死にかねないと思っていただけに、彼としても好都合である。ゼナとミネバは先に逃がせるのだ。ドズルはビグ・ザムで敵を痛撃し、悠々と引き上げられる筈である。暗礁宙域に脱出艦艇が潜むなら、無理な話ではない。

 

「よし、決まりだ。」

 

ドズルの腹が定まり、ソロモンは戦闘したのちの暗礁宙域からの脱出に話がまとまった。

 

「では、二人に支度をさせる。少し待たせるぞ。ラコック、相手をしてやれ。」

 

ドズルはそう言い置いて、幕僚や護衛の集団を引き連れて退室した。妻と子の支度と別れの為である。軍人であるだけに、ドズルの行動は早い。ラコックとラルは取り残された。

 

「先ほどは、咄嗟に話を合わせられましたな。」

 

沈黙を破るように、ラルはラコックに水を向けた。話の糸口である。

 

「それは、貴官の気のせいだろう?」

 

ラコックはとぼけたようにそう言ったが、その目は笑っていた。彼もまた、ドズルの猿芝居に付き合わされる側である。

 

「ドズル閣下がたまたま翻意されたからこそだ。そうでなければ、私は貴官には感じが悪いままで終わっていたさ。」

 

ラコックとて、ドズルを操縦し得ないという話である。戦術指揮はともかく、ドズルは政治感覚は優れている。政権のイメージとは少し異なる方向で有能な男なのだ。

 

ラルは複雑な気分だった。ドズルに生き残って欲しいのは本心である。今後の政治的情勢の事もある。ドズルはガルマに最も近い男なのだ。

 

だがそれ以上に、ドズルの命をアルテイシアが狙っている。そしてドズルの手にはビグザムが渡っている。ドズル本人が操縦するにせよ部下は任せるにせよ、単なるMSでビグザムを撃破するのは容易ではない。

 

だからラルは、アルテイシアの手の届かない所にドズルを遠ざけたいのだ。或いは討たせるにしても、最も無防備な背中を狙わせるのがいい。しかし彼は、そのどちらもが難しいであろう事も予感していた。

 

 

 

 

 

—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—

 

シイコとその恋人が〈ペイルホース〉を去った事で、艦内の空気は変化した。傍若無人な恋人の空気感を、再び日常が侵蝕し始めたのである。

 

そうなると、僅かな甘いムードの残滓に縋り付くのもまた人の習性である。ミライの行状は改まらなかった。そして副長であるブライトは、それを指揮官失格の兆候と見ていた。

 

「ミライ、前みたいにシャンとしてくれ。」

 

ブライトの口調は哀切を帯びていた。抑えてはいるが、漏れている。

 

「何よ、妬いているの?」

 

返すミライの言葉もまた、痴話喧嘩のそれである。本人達に自覚はないのだが、周囲で聞いている者には居た堪れなくなる様な会話だった。

 

「どうせ、ミライとは遊びなんだろう。有名らしいじゃないか、遊び人だってさ。」

 

ブライトの嘲るような物言いに、ミライと共にいるスレッガーは意外な反応を見せた。苦しげな表情を浮かべたのだ。ひとしきり沈黙した後、スレッガーは言葉を絞り出した。

 

「本気なんだ。手だってまだ出しちゃいない。」

 

心苦しそうに答えるスレッガーに、ブライトは複雑な表情を浮かべる。手を出されていないと喜んでいいのか、遊びでないと悲しむのか。それは緊縛とも異なる。男同士が理解し合えたかもしれないその時を、今度はミライがぶち壊した。

 

「私、彼とはそういう間柄になりたいと思っています。」

 

スレッガーのそれとは違い、ブライトの恋の炎を完全鎮火させる叩きつけるような物言い。

 

「ね、ここは空気が悪いわ。部屋に行きましょう。」

 

そうミライが誘い、スレッガーがその誘いに応じる。差し出されたミライの手を掴み、自然に指を絡める。そして二人は連れ立って食堂から姿を消した。

 

(なんだって俺は余計なことを。)

 

ブライトは肩を落とした。要らぬ地雷を踏み抜いた気分である。今回の事は、却って二人をより結びつけたかもしれない。その時、そんなブライトに声をかけるものがいた。

 

「いやだねぇ。見てらんないや。」

 

振り返ると、そこにいたのはミハルに膝枕をしてもらっているカイである。恋人同士というよりは、牢名主やボス猿のような雰囲気だがそれでも幸福そうな寄り添い方にブライトはカチンと来た。

 

「カイ、もういっぺん、言ってみろ。」

 

「ああ、何度でも言ってやるよ。見てらんないって言ってんのさ。」

 

カイはすくっと立ち上がると、大声でブライトに喝を入れようとした。

 

「お前には俺の気持ちはわからん。大体、上官になんだその口の聞き方は。」

 

喧嘩なら買ってやる、そう凄むブライトにカイは意外な言葉を投げかけた。

 

「横から出てきた奴に、俺たちのミライさんを攫われて見てらんないや。俺は応援してたんだぜ、アンタを。諦めんなよ。」

 

「カイ、だが俺は。」

 

ブライトはそこで虚勢を捨てた。彼はもうどうしたらいいのか分からない自分をそこに見出していたのである。

 

「ここで諦めてどうなるのさ。ブライトさんが本気だって、俺達みんなわかってんだ。ミライさんも言い寄られてちょっとのぼせてるだけさ。冷静になんなよ。」

 

ブライトはカイの言葉に苦笑した。励ましてくれている気持ちは伝わるのだが、それならあの言い方は無いだろうとも思う。

 

「お前に言われるとはな。意外だった。」

 

「へいへい、そうですよ。俺はね。ブライトさんよか、どっちかというとミライさんを応援してるの。」

 

「そうよ、ブライト。私もブライトの方が相応しいと思う。ミライには言えないけどね。」

 

セイラも口を挟んだ。

 

「セイラさん。」

 

ブライトとしてはかなり意外、である。セイラはミライを応援していると、そう決め込んだいたのだ。

 

「ダメね。こんな事を。でも、カイと同じ気持ち。見守ってきたから、しっかりしてほしいのよ。男でしょ、しゃんとしなさい。」

 

カイもセイラの発言に乗っかった。笑いながら言う。

 

「ね。みんなそうなのよ。ブライトさんがしょげるのなんか見たくないの。」

 

ブライトは二人の言葉に思わず涙していた。ミライに捨てられた今、どこまでも情けない自分がいる。それを応援してくれる者達がいることに、彼は心を打たれていた。

 

「え、泣いてる?あらら、泣かせちゃったよ。」

 

「違う、これは汗だ。」

 

ブライトは慌てて顔を隠した。見抜かれてもいいが、男の意地であり見栄である。弱みを見せるのは、惚れた女の前だけと決めているのだ。

 

「いいのよ。」

 

セイラが抱きつかない程度に、ブライトの両肩に手を置く。

 

「今は少しだけブライトがミライの心を掴む機会を待ちましょう。ね、ブライト。それがいいわ。」

 

 

 

 

 

—マゼラン改級戦艦〈タイタン〉—

 

ティアンム提督の座乗艦〈タイタン〉を訪れたマチルダは、提督達に挨拶した後で幕僚から作戦についてのブリーフィングを受けた。敬礼して退室し、通路を歩いていたその時である。

 

「こっちだ。」

 

聞きなれた声に腕を掴まれて、マチルダは開いていたドアの奥へと連れ込まれた。背後で扉が閉まる。気がつけば、マチルダはバスク・オムと二人密室の中である。

 

「どういう事ですか。」

 

マチルダは怒気を漲らせた。今は人妻である。いや仮に独身だとしても、弁えて貰わねば困るのだ。マチルダが更に文句を捲し立てようとしたその時、バスクの冷静な声が響いた。

 

「これは、一般将兵には開示されていない作戦の機密だ。」

 

それだけでマチルダの注意は機密の内容に向いた。話くらい聞いても良いと思ったのだ。そして内容次第では、多少強引な方法もやむを得ないと認めよう。確かにバスクは知らない仲ではない。そして奇妙な事に、彼は北米で救われたとマチルダに感謝している節がある。マチルダに機密を漏らしても、不自然とは感じられないのだ。

 

「これは?」

 

「連邦の秘密兵器だ。コロニー用の太陽光反射ミラーを薄く広く展開し、巨大な凹面鏡を作る。」

 

「効果あるの?」

 

マチルダが思わずタメ口になるのも、怒りをまだ手放してはいないからだ。階級は並んだとは言えバスクは先輩にあたるが、知った事ではないのである。

 

バスクはマチルダの物言いに薄く笑った。気に入ったらしい。

 

「けして照準には入り込むな。簡単に消し飛ぶぞ。つまりだ、先鋒を命じられたのであれば危険を承知でソロモンの裏へと回れ。」

 

バスクは〈ペイルホース〉に与えられた任務を承知していたのだろう。だから、機密をこうして開示してくれているのだ。

 

「でも、囲まれてしまうわ。」

 

単独での突出は本来致命的である。敵に簡単に囲まれてしまう為だ。しかし何もしなければ確実に焼き殺されるというなら、奥へ奥へと進む価値はある。

 

「危険だろうな。だが、お前達なら可能な筈だ。」

 

バスクは平然とそう答えた。死ぬよりは良いだろうという見解なのか、或いは〈ペイルホース〉の能力を信じればこそなのか。或いはその両方かも知れなかった。マチルダはとりあえず釘を刺す事にする。

 

「お前なんて呼び方はやめて。貴方の女ではないわ。」

 

ぷりぷりと怒るマチルダに、バスクは面白そうな反応を見せる。自分の艦では艦長として取り澄ましている彼女の、意外な面を見た気分なのだろう。

 

「案外、じゃじゃ馬なんだな。」

 

マチルダはバスクのその発言は無視した。全くもって重要ではない。バスクにどう思われようと構わないし、否定する労力を割く気もない。だから結論だけを口にした。

 

「いいわ。危険だけれど、それしかない。私達は死中に活を求めることにするわ。」




【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

今回はソロモン戦前夜ということで、ザビ家を中心とした宇宙側の人間模様を整理する回となりました。特にデギンについては、なぜ彼が人々から恐れられ、同時に敬われているのかを意識して描いています。

また、ドズルを政治家として描いているのも本作の特徴かもしれません。猛将のイメージが強い人物ですが、私は以前から「見た目ほど単純な人物ではない」と考えていました。今回のデギンやドズルの描写は、自分でも気に入っている部分です。

一方で、ブライト、スレッガー、そしてカムランを巻き込んだミライの恋模様も一つの節目を迎えました。だからこそ、落ち込むブライトを励ます仲間達の姿を書きたかった回でもあります。特にカイは恋愛面では“勝者側”だからこそ、あの言葉に説得力が出たのではないかと思っています。

そして今回、ハモンの過去についても少し触れました。本作のハモンは富野由悠季監督の小説版設定を踏まえつつ、独自解釈を加えています。ラルの理解者であり、優秀な工作員でもある彼女をアルテイシアの元へ向かわせたと考えると、ラルという人物の行動にも一貫性が生まれるように感じました。

ラルとハモンが積み重ねてきた年月は決して平坦なものではありません。しかし、その鬱屈や苦労も含めて二人の絆になっているのだと思います。だからこそ、この二人にしか出せない魅力があるのでしょう。

次回はいよいよソロモン戦です。今回は政治や人間関係の描写が多かった分、次回はテンポよく戦闘を進めていきたいと思っています。

次回もよろしくお願いいたします。

今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。

  • デギンがしっくりくる
  • デギンが一番怖い
  • ドズル再評価した
  • ドズルは政治家だった
  • ハモンの解説良かった
  • ハモンが有能すぎる
  • ハモンの過去が重い
  • ラルとハモンが尊い
  • アイナが密かなMVP
  • アイナが良い仕事した
  • ミライが全部持ってった
  • ミライ容赦ない
  • ブライト頑張れ
  • 恋愛模様が面白い
  • 次回の戦闘回に期待
  • マチルダの影が薄い
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