【二次小説】機動戦士ガンダムGQuuuuuuX Another side 作:高坂 源五郎
—ソロモン要塞—
ドズル中将との対面の後で、ランバ・ラルは“白狼”と名高いシン・マツナガ大尉を呼び出していた。私的な理由である。
『ランバ・ラル中佐は、マツナガ大尉の妹と交際している。』この噂はソロモン要塞にまで流れてきている。ドズルが簡単に対面を許したのも、それが理由であった。
今のドズルにギレンやその愛人と戦う理由はない。しかしドズルの妻や子を託す相手なので、『争いは起こすなよ』と命じた。マツナガ大尉はドズルの面子を壊す部下ではなく、ただ黙ってラルに対峙していた。
「初めまして、ランバ・ラル中佐です。」
「シン・マツナガ大尉であります。」
対等の相手に対して挨拶したラルと異なり、マツナガはあくまでも下位の士官として上位の士官に挨拶をした。尉官と佐官の間の壁は厚いのである。それにドズルに撤退を進言した事で、軍人としてのマツナガはラルを尊敬していた。妹を狙うには少し年上に思えるが、私人としての評価は対面してからに判断を留保する程度には認めている。
「早速で恐縮ですが、貴方の妹君から手紙を預かりました。一読頂きたい。」
「ミノリから?」
マツナガ大尉が一瞬嫌な顔を見せたのは、ラルとの結婚に関する事柄が記されていると勘ぐった為である。それ以外考えようがないではないか。
マツナガの背後には、ドズルの部下が二人ついている。それはマツナガ大尉がこの客人に対して暴れぬように意図されたラルへの配慮だった。ただ、これでは二人の密談は不可能である。
(ミノリ殿の手腕に期待する他ないが、どうなるか。)
まあ致命的な事が書かれていなければ、この場は言い逃れられる筈である。内容を確認済みのラルは楽観視していた。これはどちらかといえば、ミノリを取り込む上での予防策でしかないからである。
マツナガ大尉は黙ったままで、受け取った手紙を読み始めた。背後から視線が突き刺さるが、軍の監視とはそのようなものである。いずれゴシップが更新されるのだろうが、今は気にしてはいられなかった。
「なんだ、政略的なものだと。」
マツナガが拍子抜けしたのは、ミノリが記載した内容があくまで政治的な都合による集まりと説明された事である。ミノリはラルから結婚をせがまれてはいない、むしろ意中の相手に嫁ぐまでの弾除けであると明記されていた。ミノリはマツナガも知る学生の頃からの相思相愛の相手がいる。ラルはマツナガに頷いた。
「セシリア・アイリーン様を押し立てる上で、名家の女性達と連絡を取る必要があります。これはセシリア・アイリーン様によるミノリ様の支援であるのですが、形式は私との見合いという形を取らせて頂きました。」
「そういう事なら、別に構わないが。それに家の事はミノリに任せています。父の代わりに妹の結婚を差配する気など、戦地の私にはありません。」
なんだ、と弛緩した空気が流れた。ラルがギレンの愛人を推戴する立場なのは周知の事実である。その褒章にミノリ・マツナガという名家の女がラルに与えられた、というのがゴシップの種である。セシリア・アイリーンを応援する取り組みとして会っているだけなのだとしたら、『面白くもない』話なのだ。それはマツナガではなく、彼の背後の二人の監視者が抱いた感想である。だが、ラルはそういう事をする男だという評価がある。ミノリを妾にしたなどというより、信憑性は高かった。
ラルはそこでずいっと身を前に乗り出した。マツナガはたじろぐ。
「今度の戦、ご注意頂きたい。ドズル閣下を狙う者がいるかもしれない。」
「無論、心得ております。しかしビグ・ザムがあれば防げましょう。」
「ビグ・ザムとて兵器に過ぎません。予期せぬ死角は必ずあるのです。敵も対策を立てましょう。」
戦場に絶対はないのだ、とラルは言い切った。それはマツナガも同意見である。
「約束して頂きたいのです、ドズル閣下の危機に際しては敵の排除よりも閣下の安全を優先すると。」
「む、無論です。」
「ビグ・ザムも軍事機密の塊です。持って帰って頂きたい。これはギレン総帥のご意向と考えて頂いて結構。」
「承知しました。」
マツナガは神妙な顔で頷く。ラルとしては、マツナガは同志になるかもしれない男である。ドズルが死んでも、マツナガは失いたくない。だからこのような言い方をした。無論それはドズルをアルテイシアが付け狙ったとしても、アルテイシアとマツナガを戦わせない為である。事前に因果を含めておく事で、アルテイシアがドズルの仇となってもマツナガを退かせる理由とする。今のラルには、まだこれくらいの小細工しか出来ないのだった。
—サイド3—
ソロモン要塞への敵の集結が明らかになった頃、ギレンの元を一人の士官が訪れていた。セシリア・アイリーンに笑顔で出迎えられたその男は、すぐにギレンの執務室に通された。総帥がたかが大尉に対面するとは、異例の対応である。
「シャリア・ブル大尉、出頭致しました。」
敬礼と共に名乗るその男を、ギレンは黙って見つめた。彼はキシリアがハマーンの代わりとして、フラナガン機関に欲しいと言ってきた男である。これまでデラーズの親衛隊に調査させて、裏がない事を確認した。しかも親衛隊への協力を約束させている。つまりこの男は、ギレンがキシリアの元へ送り込むスパイとなるのだ。
「君は、キシリアの求めるニュータイプであるそうだが。」
ギレンはさりげなく水を向けた。
「お言葉ですが、私は少し勘が良いだけの男にすぎません。」
シャリア・ブルの言葉は本心からのものである。
「ほう。」
ギレンはシャリアが真実そう信じていると見抜いた。となると、なぜキシリアがシャリア・ブルを欲しがるかは分からない。
(フラナガン機関が選出したと、そういうことか。)
キシリアとシャリア・ブルに繋がりがない以上、彼はギレンの側に引き留めて置く必要がある。ギレンがこれから話すのはそのような話であった。フラナガン機関の新兵器が、彼の気を変えさせるかもしれないのである。しかしギレンの備えを知れば、安易な判断は避けられる。相手が聡明である事を、ギレンは前提としていた。
「見たまえ。」
ギレンは卓上の書類を指し示した。二つとも彼の自慢の兵器である。一つはソロモンのドズルのところに送り届けさせたビグ・ザムであり、もう一つはスペースコロニーの〈マハル〉を疎開させてまで作り上げたコロニーレーザー〈ソーラレイ〉であった。
「これは。」
シャリア・ブルは息を呑んで驚いた。ギレンは細かい説明などしない。ただ写真を添えて、現物があると示すだけである。
「ソロモンは敢えて連邦に引き渡すかもしれん。しかしビグ・ザムの量産とソーラレイでの迎撃により、彼らがア・バオア・クーを超える事などあり得ない。君にはジオンの勝利が確実であると、確信を得て任務にあたってもらいたい。」
「は、かしこまりました。」
シャリア・ブルはしゃちほこばって敬礼した。ギレンには彼の心を見通す力などない。しかしギレンの見る限り、この男は勝つ側に与する思慮深いタイプであると思えた。
「期待しているよ、シャリア・ブル大尉。キシリアの動向は常に報告をしてくれる事を期待する。職務に励めば、君の昇進は約束されている。下がりたまえ。」
「は、ありがとうございます。」
ギレンは退室を命じた。次に会う時、あの男はきっと佐官に昇進しているとそう思いながら。
—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—
自分はスレッガーのどこに惹かれているのか。ミライ自身にも上手く説明できない。ただ彼といると、新しい自分を発見できる。
野球で喩えるなら、強肩のバッターを相手にした外野手の気分だ。とても届かないと思った打球を身を投げ出して掴み、すぐさま内野へと返球する。その一連の動きを成し遂げられたなら、躍動するミライの姿は見ている者まで感動させる美しさを示すだろう。
スレッガーはそんなふうに自分の中に眠っていた力を引き出し、輝かせてくれる。だからミライはスレッガーが好きなのだ。
今も自分を見つめるミライの視線に気がつき、スレッガーは少し気恥ずかしそうにこちらへとやって来た。
「間も無く出撃ね。」
スレッガーに絡みつくように、無重量下でミライが身体を固定する。
「良かった、探してたんだ。」
スレッガーのその言葉を、ミライは嬉しく感じた。相思相愛、この宇宙の中でその幸運に恵まれた男女はどれほどの数があるだろう。きっと僅かな確率に違いない。更に今この瞬間に一緒にいられるとなると、極めて少数の例外とそう言っていいのではないだろうか。ミライはうっとりとスレッガーを見上げた。そして彼の何もかも、自分のモノとしてしまいたいという衝動を懸命に押し殺す。
それは財閥令嬢として育てられた育ちゆえの自制と、戦場における指揮官としての理性の両立による。どちらかでも欠けていたなら、ミライはもう誰憚る事なくスレッガーの部屋から外に出ないに違いなかった。
「これを。」
少しぼんやりしていたのだろう。ミライは目の前に突き出されるまで、スレッガーの手にある小箱に気が付かなかった。
「お袋の形見なんだ。これ、預かっておいてくれないか。」
スレッガーの手で開かれた小箱の中、古めかしいが美しいダイヤの指輪が輝いていた。
「……いいの?」
「ああ。君に、持っていて欲しい。」
スレッガーの真剣な眼差しがミライを射抜く。
(こんな場面だというのに、彼はとても切なそうな目をしているわ。)
ミライは暫し身惚れた。だがスレッガーは、そのミライの硬直を戸惑いと受け止めたようである。
「俺に資格がない事は分かっている。それでも、」
「いいの。」
何か言いかけたスレッガーの唇を、ミライは自らの唇で塞いだ。舌を入れた熱烈なキスに、スレッガーがガラにもなく慌てる。長々とした接吻の後、ぷはっという形で二人は息継ぎをした。
「嬉しいわ。私、ちゃんと言ってくれるの待っているから。無事で戻りましょうね。」
ミライはサッとスレッガーと離れて、顔を伏せてそう伝えた。流石のミライも、自分のしでかした事に恥ずかしくなったのである。しかし彼女の手は、しっかりとスレッガーの渡してくれた小箱を掴んでいた。ピューと飛び去るミライ、彼女の心は羽が生えたかのように軽かった。
スレッガーは突然のミライの反応に、少し呆然としていた。それでも、ミライの気持ちが彼を受け入れているのが分かった。だからスレッガーはもう迷わない。とても愛おしいものを見守る目で、ミライの背中を追いかけ続けていた。
—ソロモン宙域—
ソーラシステムの熱放射によりソロモンが燃えていた。被害は要塞の表面に留まらない。ソロモン要塞から進発しつつあった迎撃艦隊の半数はソーラシステムの焦点の中にあった。焦点内の艦隊は壊滅的な被害を受けた。文字通り蒸発したのである。
ティアンム提督はその様子を満足気に眺めた。表面を溶かした側のソロモンは防衛網に大穴を負った。つまり連邦軍の前にソロモンへの突入口が大きく開かれたのであり、後はMSを内部に突入させて敵戦力を減らせばいい。
(ソロモンの陥落も、もはや時間の問題か。)
連邦の誇る軽キャノンは火力と装甲に優れる。コスト高であるが、機動力を活かして戦うザクとは、そこが異なる。要塞砲の支援がないザクとの撃ち合いなら、負けるはずが無い。それを許容できるくらいにはザクよりも基本性能が高い。数を減らしてから突入させれば、勝利はもはや揺るぎない。
「降伏勧告せよ。それと『逃げるなら後は追わん』と、そうつけ足しておいてやれ。」
ティアンム提督は冷静に幕僚に指示を下した。彼は面倒な交渉を嫌う。黙って敵が去ればそれでいいのである。それに、窮鼠猫を噛むの喩えもある。ジオン本国に行く為には、まず確実にソロモンを足場とせねばならない。
ソーラーシステムの威力は示したのだ。連邦の戦力も余剰はない。有利に戦えるこの場は、戦力を温存したい。それが彼の腹である。だからこれはけして、敵に優しいだけの判断ではない。
だが、降伏勧告を受けたドズル中将は猛った。
「その物言い、この俺を嬲るというのか。そう言われておめおめと引き下がる匹夫ではないわ。」
ドズルには部下に示す体面があるのである。この場合、ティアンム提督は沈黙している方がまだ交渉上は有利であったかもしれない。それにドズルは戦略家として、ソーラーシステムの危険性を看破してもいる。
(ソーラレイの優位は揺るがん。しかし、今ここで潰さねばジオンの勝利を翳らす。)
敵に痛打を与えるという初期の作戦案を、ドズルは未だ捨てていない。艦隊の後方とソロモンは広範囲に灼かれたかもしれない。しかし、だ。彼が率いる戦意旺盛な先頭集団は未だ健在である。敵より少数であるが、ビグ・ザムさえいれば多少の数の差はひっくり返せる。
「突撃!」
ドズルに付き従う兵は、彼のその指示に内心で驚いていた。『あの小心で欲深いドズル中将は、なんだかんだと言い訳をして撤退する。』と、皆がそう予測をしていたのだ。ドズルの唯一絶対な軍人としての長所は、ヘタレな所である。無理をしないが故に部下を頼る。安全マージンの見積もりが高く、自分にも部下にもそれを適用する。だからこそ、ジオン兵は安心して彼の下で戦えるのだ。『寄らば大樹』とは、ドズルの下に集う部下を指すかのような言葉である。
しかし、だ。そんな小心なドズルが先頭を切って突撃を宣言しているのだ。それは宇宙攻撃軍の誰もが見た事のない光景である。あのルウム戦役においてでさえ、ドズル・ザビ中将は先頭ではなかった。
これがどれほどまずい事態であるかを、兵は皆理解せずにはいられなかった。ドズル中将が己の命より優先するものは、ただ祖国の命運のみであるのだから。
『いよいよ、ソロモンも終わりか』
『バカヤロウ、だからここで立て直すんだよ。』
ここであの敵の兵器を潰さなければ、本当にジオンは先がないのだ。勇将の下につく兵は恐怖心が麻痺しているものだろう。だが小心な将の配下は、たった一つの命の投げ出しどころを知っている。ドズルに仕える兵士達にとって、彼らの命の使い所は正に今この瞬間だった。
猛烈な勢いでドズルの駆るビグ・ザムが飛び出し、他のMSが追随する。彼らの主力はザクである。一部は違う機体も混じっているが、ドズルは数と質の均一化を推し進めている。そして機体の操作と戦術の浸透に成功した彼らは、士気の高さも相まって数で勝る連邦を圧倒した。
『落ち着いて対処なさい。大丈夫、私がいるわ。』
部下のMSパイロット達にそう指示を飛ばすと、率先してザクの群れに飛び込んでいくのがシイコの駆る軽キャノンである。Gファイターと分離してなお、ワイヤーで牽引された彼女の機体は手にしたハンマーで迫るザクを薙ぎ払う。その姿に味方のパイロットは奮い立った。シイコは指揮は拙くとも、人気もあって士気高揚に徹すればかなり優秀な存在である。戦場における花形の一人であるのは紛れもない。
連邦のMS部隊は、戦意旺盛な敵の前衛をひと支えした。ジオンの艦隊も先鋒集団と、ソーラーシステムの影響が強い後方集団に分かれている。この状況で、ソロモン目掛けて斜めから突撃したのが〈ペイルホース〉である。
彼らは易々と取り残されていた形のジオンの後衛を敵中を突破して、ソロモン要塞にとりつこうとしていた。心配していたソーラーシステムの被害はまだ被っていない。それどころか、ソーラーシステムの切り開いた敵の被害を拡大する為に動いていく。
『ガンタンク各機、まずは敵艦の数を減らしなさい。』
『『了解!』』
艦長としてのマチルダの当初の指示は、要塞砲の無効化だった。しかし今は違う。目につく障害はむしろ艦隊の残存戦力だ。それを叩く。
旺盛な火力を軸に突き進む。蜘蛛の子を散らすようにムサイが逃げた。火力で勝る敵を嫌ったのであり、彼らの艦載機の大半はすでに先鋒としてドズル中将に率いられて突撃を敢行している。
今の彼らは背後から支援砲撃を行うだけの存在でしかない。突進してくるMSを満載したペガサス級は、彼らにとって抗えない脅威である。
「これなら、いけるわ。」
マチルダは快哉を叫んだ。彼女の目は、すでにソロモンの港湾地区を捉えている。そこまでの経路はほぼ確保されていた。そして〈ペイルホース〉の背後には、任務を同じくするサラミスの集団が続いている。彼らは単艦で動いている訳ではない。このまま敵要塞に突っ込み、足場を確保する。後は徐々に締め上げれば、ソロモンは陥落するしかない。
「リュウ、ジョブ。港を覆っているあの隔壁をぶち抜いて。」
『『了解』』
カイほどではないが、リュウもジョブもマチルダの操艦に慣れた。そもそも彼らは正面に来たものを狙うシンプルな作業に従事している。ただ正面の敵に狙いを定めて、撃てと言われたら撃てばいい。
マチルダの操艦は彼女の狙い通りにハマった。ソロモンの港湾がその入り口を防護していた隔壁を吹き飛ばされる。マチルダは〈ペイルホース〉を強引に港湾内に突っ込ませた。後続のサラミスは躊躇している。しかし安全を確認しさえすれば、彼らも後に続く筈である。
「撃て、撃て、撃て。」
ハンガーデッキ内のガンタンクが、そして軽キャノンが敵港湾内の主要な目標を破壊する。防衛用の銃座の類が大半だが、作業艇の類もある。軍艦が流石におかれていないのは、突撃か撤退に利用した為だろう。
『クリア!』
軽キャノンのミライからの報告を、マチルダは安堵のため息と共に受け取る。MSの視点でも、この内部に大きな問題はないらしい。
「MS隊は、周辺警戒にあたって。後続のサラミス集団も港の中に入れるわ、それをサポートするように展開させて。」
『了解!』
ミライが手早くMSの配置を割り振っていく。大半の敵は排除済みだ。今の懸念は要塞の奥からMSが迎撃に出てくるくらいしかない。しかし広い場所に陣取る彼らは、狭い通路を抜ける敵を袋叩きにできる筈である。
この港の占拠は、ソロモン内部の敵の殲滅に対する重要な一手だった。
後続集団の事は、マチルダはさして気にする必要がない。陸戦隊もMSを派遣するサラミスも決まっている。本当はマチルダが先頭に立って占領を進めたいところだ。だが〈ペイルホース〉をこの中に閉じこもらせてくれるほど、今の連邦軍には余力がない。だから湾内の仕事は、手早く片付ける必要がある。マチルダには次の仕事が待っているのである。
「もう、一つの事だけに専念させて欲しいわ。」
マチルダの悩みは戦場においては贅沢であるらしい。彼女としては、だいぶ控え目な希望を出しているつもりなのだが。
「それで、後方はどうなっているのかしら?」
マチルダはようやく背後、置いてきた味方のことを気に掛けた。この突出はティアンム提督の指示によるものだが、敵の動向には気を配る必要がある。〈ペイルホース〉には、ティアンム提督の護衛の役割も与えられている。もしも提督がピンチなら、〈ペイルホース〉は旗艦の防備の為に戻らなければならないだろう。そしてマチルダのこの懸念は、最悪の形で的中する。
連邦軍の主力部隊は、ティアンム提督の指揮の下で堂々たる包囲陣を形成していた。その中央突破を図るのはドズル中将の駆るビグ・ザムである。彼のビグ・ザムは行く手を阻む者には容赦しない。それが連邦のMSでもサラミスでも、或いはマゼランでさえも等しく踏み越えていく。ビグ・ザムの戦力は、それだけ他を圧倒していた。
今、また一隻のサラミスがビグ・ザムのメガ粒子砲の直撃を受けて爆散した。その爆炎を切り裂くようにして、ビグ・ザムがさらに前へと躍り出る。
『ワハハ、連邦にはMAがないのだ。それこそがジオンとの決定的な差と知れ。』
ドズルのこの大言壮語は、この時この瞬間はジオンの優位性を一言で言い表していた。数で勝るはずの連邦は、今は劣勢である。軍事はゲームではない。だから本来はあり得ないような展開が起こり得る。現実とはバランスを欠いた不条理なものなのだ。そしてそれは彼我の技術が隔絶しているから、発生したのである。
ビグ・ザムは優れた装甲に加えたビームを弾くIフィールドを備えている。そして自慢の主砲を防がれてしまうと、連邦の誇るマゼラン級とてビグ・ザムから見れば巨大な的でしかない。
「ビームはとにかく収束させろ。それで倒せぬ敵はいない筈だ。」
ティアンム提督はあくまでも慎重かつ堅実に事にあたろうとした。作戦指揮としては、それで問題がない筈だった。しかしこの敵は、あらゆるビームを完全に無効化した。ジオン側が構造で対処している以上、威力の問題は無関係だった。
「ダメです。敵はIフィールドを装備しています。艦砲の斉射で食いとめられません。」
幕僚の悲痛な声が、ティアンム提督の望んだ結果を否定する。だが作戦の備えとは、敗北を回避する為に何重にも行うべきものである。手札は多い方が良いのだ。
「“ユニカム”だ。こんな時の為に用意したエースだ。彼女をあの敵に最優先でぶつけろ。」
エースに頼るのは、苦しい時の神頼みにも似ている。しかし連邦はこの為にMSを開発し、優れたパイロットをエースとして優遇してきたのだ。
(この程度の障害で、止まるわけにはいかん。)
目の前のこの敵を倒せば、ソロモンの攻略は成るのである。勝利を確信しているこの段階で、立ち止まれる筈がない。
この作戦に全てを投じた地球連邦軍において、敗北など許されない。ソロモンの確保は、地球連邦軍としての戦争勝利の為の最低条件であるのだから。
「ユニカムの来援、間に合います。」
「そうでなくてはな!」
ティアンム提督は久々の笑顔を見せた。運命の好転を感じる。どこかに出かけて留守にしていた幸運の女神も、ついに彼の存在を思い出してくれたらしい。
ユニカムであるシイコの機体には、特別な随伴機Gファイターが与えられている。バックマイヤー中尉の操作する高機動機は、シイコを最適な戦場に引きずっていく。
『任せて!』
シイコの軽キャノンがビグ・ザムの前に飛び出した。充分な加速が、彼女の機体の振り回すハンマーに力を与える。加速された質量兵器であるハンマーを、シイコは躊躇わず投擲した。
回転するハイパーハンマーがビグ・ザムに迫る。狙い通りビグ・ザムの装甲に炸裂するかに見えたその時、ドズルが吠えた。
「させるものかよ。」
ドズルの操作でビグ・ザムが飛翔するハイパーハンマーを蹴り上げる。蹴られたハンマーには新たなベクトルが加わる。ハンマーは明後日の方向に飛び、二隻のサラミスを巻き込み爆散させた。その光景を見ていたティアンム提督の顔が、見る間にしかめ面に変わる。
「ユニカムは役に立たないではないか。味方を巻き込むなど信じられん。」
「あれは、あくまでも敵MAの攻撃です!」
副官が必死に取りなした。ユニカムが味方艦を誤射したとなると、心の支えが消失する。戦線が崩壊しかねない。
『ちょっとこれ敵わないよ。撤退、撤退。』
ビグ・ザムにビームキャノンを撃ち込みながらバックマイヤー中尉と交信するシイコ、残念ながら彼女の声は旗艦の艦橋にダダ漏れていた。
「……耳障りだ、下がらせろ。」
「はっ。」
『やった、撤退!え、通信が漏れてるって?』
ブチっと音を立ててシイコの通信機がオフにされた。静寂が艦橋を満たす。ティアンム提督が見上げると、これ幸いとばかりにGファイターにワイヤーを撃ち込みユニカムが敵MAから逃げる所である。
「敵の狙いは本艦だ。サラミス前進。防壁を組め、旗艦を守らせろ。ミサイルだ、弾幕を張れ!」
ティアンム提督付きの幕僚は、ユニカムの攻撃から解決策を見出していた。ビーム以外の攻撃である。それで的確な指示を飛ばし、事態の打破にかかる。
しかしその指示は虚しい。サラミスを蹂躙するビグ・ザムの前には少しばかりのミサイルなどまるで効果を発揮しないのだ。
「無駄か。」
ティアンム提督が呟く。直後、旗艦である〈タイタン〉の前に躍り出たビグ・ザムが咆哮した。正面のメガビーム砲を斉射したのだ。凶悪な光が前を固めていたサラミスごとティアンム提督の旗艦を破壊した。その光は更に数隻の軍艦をも巻き込む。旗艦後衛の輸送艦の集団である。
「ち、〈タイタン〉がやられたか。」
艦隊旗艦の轟沈する様子を眺めていたのはバスク・オムである。任務で〈タイタン〉を離れていたバスク・オムは生き延びた。ソーラーシステムの展開担当として別の工作艦に乗り込んでいたのだ。
旗艦にソーラーシステムの操縦系統が一本化されていたのが彼の幸運でもあり不幸でもある。〈タイタン〉が轟沈した為にソーラーシステムは無効化された。だがそれがこの工作艦をビグ・ザムの標的として無価値なものとし、彼を生き残らせていた。
「コントロールをなんとか回復できないのか。この艦とてシステムに信号を送れる筈だろう!」
バスクの怒号が響く。しかし部下たちは首を横に振った。ダメなのだ。連邦の秘密兵器は、最初の戦場でドズル中将により無効化されたのである。
「ええい、予備のコントロール艦さえあれば。」
バスクは脆弱な連邦の準備体制を呪った。ソーラーシステムにしても、彼が奔走してなんとか間に合わせた形だ。猶予はないと分かっていた。
「祟られたな。」
バスクは悠々と引き上げていくジオンのMAを睨んだ。正直、マチルダと別行動の時の結果は振るわない事が多い。彼が命長らえたのが機運の女神の恩恵といえば言えるだろうか。
連邦軍はようやくMSでジオンに追いついた。ようやく追いついたと思ったらこれである。ジオンは兵器の面では常に先を進んでいる。
「追いつけるのか、あれに。いや追いついて見せる。」
連邦製のMA、バスクの次の目標は定まった。それさえあれば、バスクはこのような思いをせずに済むのである。
「ま、支援はした。後は彼女達がやるさ。」
バスクの本命は実のところソーラシステムではない。彼の本命は既にソロモン要塞に取り憑いていた。
—暗礁宙域—
暗礁宙域方面の敵は見逃すのが、本作戦の暗黙の了解である。意図して逃げ道を作る、それが要塞攻略の常道であるからだ。
だからこの方面を担当するワッケインは備えとして配置されただけであり、本気で暗礁宙域の攻略を考えている訳ではない。
だが地球連邦軍の一部はソロモンの要塞砲を嫌い、暗礁宙域方面に移動していた。ワッケインの配下は、予想外に膨らんでいた。
「なんでこいつらこちらに流れてきた。」
「要塞砲がそんな怖いか。戻れ戻れ。」
ワッケインの幕僚達が、『間違えた』とこちらにくるサラミスやマゼランを主戦場に戻そうとする。ワッケインはそれを制した。
「すておけ。MSのバランスからビーム撹乱膜を使っておらんのだ。こうなるのも仕方ない。」
ワッケインは度量を示し、自らの担当区域の援軍として彼らを組み込む。私曲ではあるが、結果を出す事に繋げてゆけばいい。結果として彼の措置は、ティアンム提督の戦死で混乱する連邦艦隊の指揮系統回復に寄与する事となる。
配下の数が多い事。それ以上に、流れ込んでくる艦を統制下に割り振り続けた事が功を奏した。ただこの時のワッケインは、まさかティアンム提督が戦死したとは思ってなどいなかったのだが。
いずれにせよワッケインは合流を願う軍艦を組み込んで指揮をとり続けた。主力艦隊を構成するに足る数に増えてから、ようやく彼は異常を察知した。そしてティアンム提督の戦死を知ると、主目標を暗礁宙域方面から要塞攻略支援へと切り替えた。
—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—
セイラからマチルダに通信が入る。セイラからミライを飛び越えての連絡は珍しい、とマチルダは訝しんだ。
「シイコが来ました。補給を要請しています。」
『お姉様ごめんなさーい。〈タイタン〉、沈んじゃって。』
ミノフスキー粒子のノイズ下にあってなお、凶悪なニュースを告げるシイコの声はマチルダに驚愕を抱かせた。
「……受け入れるわ。彼女をブリッジへ。詳しい戦況を知る必要があります。」
格納庫でシイコ達の機体に補給を済ませる間に、マチルダはシイコから一部始終を聞いた。敵のMAが中央集団を蹂躙した事をである。しかもその敵は、ドズル中将ではないかとシイコは告げた。
(それで、指揮が鈍って後方が混乱しているのね。)
提督が撃たれただけなら次席指揮官に継承が進む筈である。そうではなく、大量の艦が喪失され次の指揮官が不明瞭なのだろう。更に総崩れにならないようにすると、事態の隠蔽も必要に違いない。連邦軍の状態は更に悪い。次席であるワッケインは、自分が主将に昇格した事にまだこの時は気がついていなかった。その事はマチルダの想像を超えていた。
(彼、動くかしら?)
マチルダはバスクの顔を思い浮かべた。バスクが参謀として席にいれば、きっと旗艦と共に沈んでいる。ただソーラーシステムの運用担当をしているなら生きている可能性があった。しかしその場合はバスクの居場所は戦艦ではない。となると、バスクによる事態の収拾は不可能だろう。
(やるしかないわね。)
咄嗟に彼女は腹を括る。この手の覚悟は指揮官として決め慣れている。
「シイコ、この場を任せられて? この港からソロモンの攻略を進めてほしいの。」
『ええ、引き継ぎます。』
ボトルから飲み物を啜っていたシイコはハキと答えた。そのシイコの声は、マチルダの考えを見透かしたかのようである。
何事も相性はあるのだ。シイコは敵MAに立ち打ちできなかった。ならMSを相手させればいい。MAを数多く屠ってきた軍艦こそ、このペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉に他ならない。
「リュウ、ジョブ。貴方達が頼りよ。」
マチルダは指示を飛ばす。とはいえ戦術は決まっていた。〈ペイルホース〉の持つ最大火力。この艦をガンシップとして運用する事で、ガンタンクのレールキャノンを敵MAに叩き込むのだ。そしてガンタンクを搭載した軍艦など、連邦軍の中でも〈ペイルホース〉くらいしか存在しない。サラミスやマゼランでは運用できない筈なのだ。
(敵がビームを弾くとしても、実体弾は敵の対ビーム干渉波では防げない。やれる筈だわ。)
マチルダのこの予感は正しい。もし彼女が先鋒ではなく中央集団に配置されていたら、今頃は敵MAを討たれたジオンが総崩れになっていたに違いなかった。
「エンジン・リバース!」
マチルダは突入させた〈ペイルホース〉を逆方向に推進させる。これから旗艦のいた位置へと戻るのである。この場はシイコに督卒させたMS部隊に委ねるほかない。
「おいおい、もしかしてこれ戻んのかよ。…ハヤト、ストップだ。」
カイは港の先の通路を伺うハヤトを呼び止めた。観察力に優れた彼は、〈ペイルホース〉の動きに気がついたのである。
「セイラさん。これ、どうしたんだい。」
MS隊はマチルダの判断から蚊帳の外にいた。マチルダは単独ででもドズルのMAを倒しに向かうつもりだったのである。この場にはMSを残す。それが彼女の判断であった。
『きっとティアンム提督の仇打ち。敵の巨大MAを撃ちにいくのよ。』
セイラは端的にそう表現した。それだけで、カイには大凡が伝わる。
「そりゃないぜ。俺たちも行くべきだ。」
『そうね。いいかしら、シイコ?』
セイラが素早くカイに同意し、〈ペイルホース〉から出てきたばかりのシイコに尋ねた。この間、ミライは態度を決めかねて悩んでいた。しかし板挟みとなったミライの悩みは、この場を任されたシイコの許可によりアッサリと解消した。
『ええ、お姉様。行ってください。ザクだのドムだのなら。私達で十分だから。それと私の権限ならじゃんじゃん使っちゃって構わないわ。言って。』
「ありがとう、そうさせて頂くわ。」
ミライは指揮官らしく、セイラの代わりに返事をする。
「恩に切るぜ。戻るぞ、ハヤト!」
ミライがおっとりと対応しているこの間にも、カイは返事もそこそこにハヤトと共に素早く後退していた。その一方で、セイラはハモンを捕まえるのに少し手間取っていた。が、なんとか連絡をつけてハモンも後退させる。ソロモンに居残れば孤立しかねない。シイコであればGファイターで離脱も出来ようが、ここは戻るのが得策である。
「マチルダさん、後少し待ってくれ。セイラさんとハモンさんがもうすぐなんだ。」
『ええ。でもあまり猶予はないわよ。』
そう返しながら、死ににいくかもしれない彼女に付き合うと決めた部下のパイロット達にマチルダは少しだけ涙していた。
与えられた全戦力を積んで、〈ペイルホース〉は宇宙を駆ける。往路と異なり単騎である。今はもうサラミスの護衛はない。だがその方が身軽に動ける。
『マチルダさん、正面右斜め上よ。』
格納庫内のセイラから指示が飛ぶ。マチルダは僅かに操舵輪を動かし、彼女の見つけた標的を視界に捉えた。
「あれね。リュウ、ジョブ。良く狙って。」
『了解だ!』
ペイルホースが滑るような動きで狙撃に最適な射線に入る。ビグ・ザムとの戦闘は、偵察したセイラの働きで〈ペイルホース〉が先手を取れる。ミノフスキー粒子下のしかも混乱したこの戦場の中で、奇襲を仕掛けられるというアドバンテージは絶対的な有利である。
「今よ!」
『提督の仇!』
『死ねや、オラァ』
ジョブが、そしてリュウがガンタンクのレールキャノンを射出する。狙い澄ましたジョブの初弾はビグ・ザムを掠めた。しかしその衝撃が、ビグ・ザムの身体を硬直させる。パイロットが予期せぬ角度からの狙撃に周囲の光景を探ったのだ。
そこに突き刺さるのが、リュウの放った第二撃である。ガンタンクは二機いる。それを予期しなかったのが、この敵の敗因である。リュウの放った攻撃は、ちょうどビグ・ザムの両足を綺麗に吹き飛ばした。
『やったぜ。リュウさん。』
カイは快哉を叫んだ。丸見えになった敵MAのスカートの内側、そこには推進装置と並んでIフィールドの発生装置らしき物体もある。
『そこだっ!』
カイの放つビームライフルがIフィールドに阻害される。ミライの指示で、一斉攻撃を開始したのである。だが彼らの攻撃は半ば予期していたように阻まれた。敵のフィールドは未だ健在なのだ。
「それなら、これならどうだ!」
カイの代わりにハヤトが射撃位置に入った。彼の獲物は90ミリライフルである。カイとコンビを組むにあたり、前衛用として特別に用意したものだ。そしてこの実弾を発射するMS用のライフルはIフィールドを貫通した。
ハヤトの射撃に合わせてビグ・ザムのスカートの中のスラスターが破壊される。その爆発はIフィールドの発生装置をも巻き込んだ。敵を引きつける為、ビームライフルで飽きずにビグ・ザムを狙っていたカイは手応えを感じた。カイの放つビームが敵の機体に着弾した。つまり、今はあの忌々しいIフィールドが喪失しているのだ。
『攻撃が届く、やれるぜ。』
『あ、逃げたぞ。』
カイが勝利を確信した時、ハヤトの声が上がる。ジオンのMSのコクピットが開放されていた。中のパイロット達が外へと脱出したのだ。バーニヤを背負った上に、中の空気を抜かずにエアロックを開放した。勢いよく吸い出された中のパイロット達は、すでに行方をくらませていた。
いや敵パイロットのバーニヤの推進炎は追える。だがそこにバルカン砲を打ち込むのは、戦場における過剰な暴力ではないのか。そして余りに容易く敵を無効化したことに、マチルダは油断した。
(追撃は無用ね。それよりもこの敵、拿捕できないかしら?)
圧倒的な強さの敵だっただけに、連邦がその機体を解析して技術を得ればその恩恵は計り知れない。
(ガンダムをジオンに奪われた。我々が逆のことをしても良いはず。)
マチルダは決断した。
「攻撃を停止。拿捕しましょう。ワイヤー使えるわね。」
『そりゃ可能だけど、本当にやるのかいマチルダさん。』
カイが素早く反応した。
「ええ。やりましょう。」
周辺はミライやセイラが警戒している。リュウとジョブの再装填も済んだはずだ。レールキャノンは再装填に時間を要するが、今はかなり余裕がある。
(やれる)
マチルダは落ち着いて作業開始を指示した。
勝利したと感じれば人は気が緩む。勝って兜の尾を締めよとは、それである。ドズル中将も彼の部下達も敵の正面突破を成し遂げて意気軒昂としていた。
しかし敵は大勢である。彼らもまた連邦の混乱している間に後退する事を考えていた。とりあえずソロモンへ。そして恐らくは暗礁宙域で。
ソロモンへと戻るドズルと、ソロモンから戻るマチルダ。両者の遭遇は必然であった。
「アナベル・ガトー中尉のビグ・ザムが、破壊されたとの事です。」
「なんだと!」
ドズル中将は眉を顰めた。ソロモン防衛に投入されたビグ・ザムは二機ある。ドズルの搭乗する機体と、撤退の後備えを命じた部下の機体である。破壊されたと報告があったのは後者であった。
「アナベル・ガトーはどうしたか?」
「部下と共に離脱したようです。」
「ならばよし。」
ドズルは頭を回転させた。
(ビグ・ザムはジオンの切り札たり得る。僅かでも情報を漏らすわけにはいかん。)
「おい、回収に出向くぞ。」
「戻られるのでありますか?」
暗礁宙域はもう目の前である。離脱は半ば成功している。あの空間を味方が確保している事は確実であり、破壊されたビグ・ザムを放置しさえすれば生きて帰れるのである。
「機密は漏らせん。また、連邦の戦術も把握しておきたい。」
どんな方法かは今は分からないが、連邦もビグ・ザムを破壊し得た。それこそ探る価値がある。それに今日のドズル中将は戦意を激らせている。こんな時は止まりたくても止まれないものである。
「危なければ引くが、状況は一目見ておきたい。やられ方だけでも参考になろう。」
「はっ!」
「ラコックに伝えておけよ。破壊されたビグ・ザムの回収が必要かもしれん。」
「了解しました。」
ドズルのビグ・ザムは旋回した。この判断が、マチルダとドズルの予期せぬ邂逅に繋がる事になる。
ドズルが現場に到着した時、正にビグ・ザムの回収作業が進められていた。その作業を擁護するかのように、ペガサス級がスッと前に出る。MSが軍艦を守るのではない、軍艦がMS部隊を守っているのだ。これは正にアベコベである。
「ビグ・ザムの前にペガサスが立ちはたがるだと。あんな敵、踏み潰せ。」
ドズルは指示を下した。彼としてはビグ・ザムに敵がいると思ってはいない。それは彼自身が操縦しているビグ・ザムでなかったとしてもだ。
その時、ペガサスはビグ・ザムに正対した。そしてその正確すぎる狙いが、ドズルの注意を惹きつけ彼の理解を促した。
「そういう事か!」
ドズルはビグ・ザムに向けられたガンタンクの砲身を見たのである。それをあの敵が得意げに突き付けている、つまり切り札であるのだろう。
(なるほど、乱戦の最中で砲撃されたか。)
ガトーのビグ・ザムは大きく脚部を吹き飛ばされている。それは何か大きな爆発の兆候を示すものであり、それこそあの砲身による攻撃なのだろう。
ドズルは知能は人並みである。デギンやギレンの天才性は持ち得ない。だがそれでいいと思っている。常人の視界しかなくとも、人並みであればそれで生きていくのに困らない。むしろこのような場合、常人ゆえの察しの良さこそ肝要であった。
「仕掛けるぞ。」
ドズルはビグ・ザムを飛び出させた。狙撃させてはならない敵であると看破した。ならば簡単である。横に動く。そしてこの敵には弱点がある。軍艦とMSはそれぞれ独立した存在である。軍艦はこちらに正面を向け続けるかも知れないが、砲戦用MSの照準がどこまで軍艦の動きに追随できるというのか。
「当ててみろ、この命くれてやるわ。」
ドズルは思い切り良く、敵の連携が乱れる事に賭けたのだ。そして彼はその賭けに勝利した。
敵の砲撃が外れる。その勢いは優れた破壊力を秘めていると感じさせる一方で、当たらなければどうという事もない。むしろこの宇宙という広大な空間で、精緻な狙撃は難しい。こうして対峙してしまえば、こうして簡単にいなせる。
「そうか、奴らビグ・ザムは一機しかいないと油断したな。」
残念ながらビグ・ザムは量産されているのである。そして連邦の砲戦用MSは、さして数が存在しないのだろう。
「このオレの勝ちだ!」
ドズルはペガサスに体当たりをかけた。ただ吹き飛ばすのではなく、肉薄して脚で掴みビグ・ザムを固定する。ペイルホースを押さえ込んだ際、敵艦の一部がビグ・ザムの頭部装甲を激しく擦り上げた。警告灯が一瞬だけ点灯した。しかし損傷表示は軽微。ドズルは意に介さなかった。
敵のペガサスはビグ・ザムがガチリと掴んでいる。そのままペガサスはビグ・ザムに掴まれ振り回された。艦内では人や物がゆすられるままに転がる。これでは反撃するどころではないだろう。
「さ、とどめを刺してやろう。」
ニタァ、とドズルは笑う。もはや獲物は猫に咥えられたネズミでしかない。このまま噛む力を強めれば、簡単に殺せる。
マチルダは怯えていた。目の前には敵の巨大MAがいて、中央のビームの砲門がブリッジの目の前に突きつけられている。そして最悪な事に、敵に振り回されて艦橋の全員がシートから飛ばされていた。ベルトで引っかかったものもいるが、ノーマルスーツ越しの固定である。絡まってすぐには戻れない。絶体絶命の危機である。マチルダはなす術もなく、死神がその口を開くのを眺めていた。
(ウッディー、帰れなくてごめんなさい。)
敵の行動はこちらを痛ぶるかのように悠然としていた。だから間に合ったのだ。カイとハヤトの軽キャノンが飛び込んでくる。
『やらせないぜ、やらせるもんかよ!ミハルもマチルダさんも俺たちで守るんだ!』
「カイ……」
カイはコクピットを執拗に狙った。フィールドに弾かれるのは分かっている。目潰しである。その間に敵の下からハヤトが仕掛ける。90ミリライフルを放って敵の下から潜り込みフィールドを破壊する。ペガサスを掴んで片足しか動かせないのだ。二機の卓越したコンビネーションなら、この状況を突破できるかもしれない。
だが90ミリライフルも頭部バルカンもビグ・ザムの装甲の前には脆弱であった。ビグ・ザムが脚を振るう。その直撃で隼人の軽キャノンは吹き飛ばされる。生きてはいる。だがその装甲は強く切り裂かれていた。
「うわぁ」
ハヤトが悲鳴を上げる。
「ハヤトぉ!」
カイが叫ぶ。だが何もできない。彼らの主力のビーム兵器は、この敵に効果を発揮しないのだから。
「諦めないで!」
セイラとハモンがカイの攻撃に参加した。乱撃がビグ・ザムの頭部を覆う。この攻撃が続く間は、〈ペイルホース〉は無事かもしれないのだ。今は1秒でも長く仲間の命を永らえさせる。他に選択肢はないのである。
ミライとスレッガーは下側にいた。ミライは吹き飛ばされた隼人のカバーに回る。ベクトルを一致させて近づき、背後から抱き止めるようにして回転を停止させる。
『そのまま力を抜いて、こちらで止めてあげるわ。』
「あ、ありがとうミライさん。」
『いいのよ』
ハヤトは礼を述べた。声の主に気がついたのである。ミライは巧みに外から見たイメージを頼りに回転を解消した。操縦技術に加えてミライのセンスが光る措置だが、回転を止めた二人が見たものは未だ健在なビグ・ザムの姿である。
「どうするんですか、あれ?」
『皆で力を合わせるしかないわ。弱点を見つけないと。』
その二人の会話に割って入ったのはスレッガーである。
『弱点ならあるさ。あのスカートの下だ。』
スレッガーの軽キャノンの手には、ハヤトの機体が握っていた筈の90ミリライフルがある。スレッガーは器用にマガジンを交換した。元々、彼はこちらの方が使い慣れている。
『俺のライフル使っていいぜ。』
ハヤトにそう言い置くと、スレッガーはビグ・ザムに向けて加速した。
『スレッガー、待って。』
ミライが追いかける。しかしその動作は、一瞬ではなく数拍遅れてのものとなる。タイミングが完璧なスレッガーに対して、ミライは大きく水を開けられた。
『うおおっ!』
スレッガーは巨大なMAの下に潜り込む。そしてフィールド発生装置目掛けてライフルを放つ。その時、彼は気がついた。この敵がもうペガサスを掴んでいない事を。左右から迫るビグ・ザムの脚を避ける。それは実力ではない。僅かに片足の動きが鈍かったのだ。
(そうか、あそこにダメージの痕跡がある。)
それはハヤトの攻撃ではなく、シイコの放ったハンマーを蹴り上げた負荷によるダメージである。本来は無敵なはずのビグ・ザムに残された僅かな隙間。それが恐らくは唯一の突破口となる。
(だが武器がない。ライフルで狙っても効きやしない。)
問題はそれである。これがザクならば、バズーカを撃ちクラッカーを投げショルダーアタックをしヒートホークを振るうのだが。
スレッガーは冴え渡っていた。彼の背後のミライに気がついていたし、このままではビグ・ザムの攻撃が彼女に向かうとも分かっている。彼は運良く難を逃れたが、ミライに幸運が味方すると思えない。むしろスレッガーに追い付くためのあの軌道は、簡単にビグ・ザムに捕捉されてしまう。
「……これって、戦争なのよね。」
愛する女、全滅の危機、命の捨て所、色んなものを天秤にかけてスレッガーは決断した。命の張りどころはここしかない、と。
それは咄嗟の決断であり、だからこそビグ・ザムは対処出来なかった。
「うおおっ!」
推力全開でスレッガーの軽キャノンはビグ・ザムの脚の付け根に特攻した。迎撃を回避した、これが特攻が成功する千載一遇の好機だった。それを理解したからこそ、スレッガーは迷わなかったのだ。
ミライの眼前でスレッガーの機体が爆散した。
『スレッガー、置いていかないで!』
ミライはみっともなく泣き叫んだ。彼女は耐えられなかった。このまま一緒に天国へ行きたいと、半ば真剣にそう思った。左右からその彼女の動きを止めたのはカイとハヤトである。彼らは強引にミライの軽キャノンの推進を変えた。
『お嬢様、敵MAのIフィールドが。』
セイラとハモンはビグ・ザムへの砲撃を継続している。今は敵の目を眩ませる。それだけが〈ペイルホース〉を救う生命線だからだ。
しかし注意深いハモンは気がついた。ビグ・ザムのIフィールドは明らかに小さくなっている。
『出力が落ちているようです。これなら。』
「攻撃が届くかもしれない。そういうことね。」
ビグ・ザムは未だ健在である。ただ一点、ビグ・ザムのIフィールドは出力が低下した。完全喪失ではない。だがセイラにはそれで十分だった。
(私に与えられた好機は、今この瞬間しかない。このまま手をこまねいていれば、皆がやられてしまう。)
セイラはビグ・ザムの頭部目掛けて突進した。それは下半身を警戒するドズルの意表を突く行動であり、継続されたハモンのビーム砲撃が目眩しとなった。
「そこよ!」
セイラは軽キャノンのビームサーベルを引き抜いた。しかしまだビーム刃を形成させない。柄である基部をビグ・ザムに叩きつけるようにして差し込んだ。本来ならビグ・ザムの装甲と、Iフィールドの双方がそんな行為を許しはしない。
だが連戦でビグ・ザムの頭部装甲には、ペイルホースとの接触で生じた僅かな亀裂が残っていた。その隙間にねじ込めば、柄はIフィールドの内側にまで届く。それは出力が低下した揺らぎが原因だったが、セイラは出力の低下するタイミングを上手く引き当てた。
(通った!)
音のない真空の宇宙の中で、セイラのビームサーベルが点灯する。ビグ・ザムのコクピットの中でその音が響いたのは、セイラの軽キャノンがビグ・ザムの装甲に押し当てたサーベルを発動した為である。
ドズルは、そして他のビグ・ザムの乗員はたまらずに蒸発した。ほんのごく僅かな隙間から差し込まれたビームサーベルの柄、数センチだけ押し込まれたそれが勝敗を分けた。
—暗礁宙域—
「ガトー大尉のビグ・ザムが破壊されたですと?」
ラコックのもたらしたその報告に、ラルは耳を疑った。
『事実だ。ドズル閣下が回収に向かわれたそうだ。だが、場合が場合だ。貴官の支援を頼みたい。』
ふうむ、とラルは考え込んだ。最悪の状況は、ドズルとアルテイシアとの板挟みである。しかしそれとて現場にいなければ始まらない。それにソロモンは彼の予想以上の乱戦となっている。アルテイシアを想うなら、現地に行く方が間違いなく対応の幅は膨らむ筈であった。
「回収に専念させて頂く。それでよろしいのでしょうな?」
『無論だ。閣下の護衛にはマツナガ大尉を向かわせる。』
「“白狼”殿ですか。」
ラルはかえって訝しんだ。“白狼”ことシン・マツナガ大尉は、その腕を見込まれて暗礁宙域の確保こそが担当だった筈なのだ。同行するのは構わないが、こちらが手薄になりはすまいかという事である。しかしそのラルの懸念は、何も言わずともラコックには通じたらしい。
『戦力過剰と言いたいだろう?だが胸騒ぎがしてな。これが最善と判断した。“青い巨星”と“白狼”の揃い踏みだ。』
「そういう事でしたら。」
ラルは応諾した。さして時間の猶予のある話ではない。リックドムならばザクより早く駆けつけられる。その推力は、被害を受けたビグ・ザムの牽引にも役に立つ筈である。
『閣下を、頼んだ。』
ラコックの通信はそれで切れた。
「カリウス軍曹はいるか!」
ラルは大音声で呼び立てた。カリウスはソロモン所属のパトロール隊の分隊長である。暗礁宙域の水先案内人としてつけられた男だが、優秀な男なのだ。
「出撃でありますか?」
敬礼しながら問う彼に、ラルはかぶりを振る。
「暗礁宙域は慣れているだろう。この場は任せる。」
「はて?」
カリウスは怪訝そうである。しかしラルとしては、使える腕前でなければ意味がない。その点、カリウスは合格点である。
「今私の指揮下にある装備も人員も好きに使っていい。君は今から臨時の少尉だ。野戦任官というやつだな。」
ラルはポンと階級章を投げて渡した。失礼なやり方かもしれないが、重々しく儀式を行う時間はないのである。
「連れ出せるのは下士官だけだが、貴官ならいい知り合いも多いだろう。ドズル中将が追認されなければ階級は戻るが、ま、これも経験だな。」
パチリ、とラルは片目をつぶってウインクしてみせた。何事も芝居かがった男なのだ。
「我々はドズル閣下をお救いしてくる。戻るまで、頼んだぞ。」
ラルはヘルメットを取り上げた。このまま出る勢いである。コズンやアコース、クランプといった部下が後に続く。
「いいんですかい、あれ?」
司令室を出て、コズンが尋ねた。軍曹を臨時の指揮官に仕立てるより、専任の士官の方がマシではないかとの問いである。だがラルはその考えにくみさない。
「土地勘だよ、コズン。厄介な場所だ、経験者で優秀なんだ。それだけで採用だ。」
「こちらの水先案内人はどうするので?」
「俺も貴様も、暗礁宙域だからといって今更迷わんだろう?ならば背後を固めさせておく方がいい。張り切って働く筈だ。」
「ハハ、それも道理ですな。」
部下達はラルの策とそう受け止めたらしい。だがラルとしてはそれだけではない。未来ある若者を見ると、つい手を差し伸べたくなる性分なのである。
(あの若者は学生上がりのようだが見所がある。あれだけ乗れれば最前線で通じる。)
この時まで、ラルはまだ余裕のようなものを有していた。
—ペガサス級強襲揚陸艦〈ペイルホース〉—
ビグ・ザムとの短い戦闘で、〈ペイルホース〉は大いに振り回された。しかし終わってみれば、彼らの大勝利である。
(本当に勝てただなんて、信じられない。)
歓声は艦内からではなく、むしろ彼らの周囲から聞こえていた。周囲のサラミス級だのマゼラン級だのは、固唾を飲んで〈ペイルホース〉とビグ・ザムの対決を見守っていたらしい。そしてセイラの軽キャノンがビグ・ザムを倒した事で、今沸き立っているのだ。
「……何か、勝手なものね。」
戦士であるはずの彼らが、すっかり野次馬と成り果てていることにマチルダは微かな軽蔑を覚える。やれる事はいくらでもある筈ではないか。しかしまあ、見せ物としては格好の見せ物だったという事なのだろう。
『艦長、くるわ。退避を!』
その時である、マチルダの耳をセイラの警告が打つ。何事か、とマチルダは正面を振り仰いだ。そして目にした光景に、ヒュッと息を呑む。そこには、新手のビグ・ザムがいた。
(ガンタンクはまだ健在。リュウもジョブもスタンバイしている筈。それでも、こちらが不利だわ。)
マチルダの頭脳が高速で回転する。しかしこれまでの対ビグ・ザム戦で得た戦訓は、『奇襲こそが絶対条件』という事である。正面切って倒せる相手ではない。先程は相手がそれなりに連戦で手傷を負っており、そこをスレッガーやセイラが上手く利用して倒したのである。
そのスレッガーは命を賭した攻撃により、敵巨大MAを破壊する契機を作った。そのスレッガーはもういないのである。
(同じ芸当が出来るとは思えない、か。)
紛れもなく、この新手は強い。機体には損傷もなく、接近も巧みであった。しかも背後にはMSを随伴させているのである。それもリックドムが四機もいた。
(でも、許してくれる筈もない。まずはひと支えして、どこかに活路を見出すしかない。)
マチルダがリュウとジョブに砲戦開始を指示しようとした、その時である。ジオンの巨大MAから通信が届いた。
『ドズル中将の遺体はこちらで引き取る。だが、手向かいしなければソロモンはくれてやる。もしも邪魔立てするのなら、その時はジオンの怒りを知るがいい。』
こちらがビグ・ザムに気押されて動けない事をいい事に、そう言い置くと敵はモノアイを煌めかせて合図を出した。
(これはラルの符牒?それとも偶然?)
破壊された二機のジオンのMAに、リックドムが取り付く。彼らはそのMAを持ち帰るつもりなのだ。青い機体は、見覚えがあるリックドムのように見える。
(こちらはリックドムに同数のMSしか割けないわ。)
ガンタンクに機動性はない。取り乱していたミライも、まだ戦闘に復帰できる状態か読めない。セイラとハモン、カイとハヤトを割り振るにしてもギリギリである、なぜなら敵はリックドムだけでなく、その背後からザクも出てきたからである。
(これは動けないわね。それならば、ダイクン派だと信じてみよう。)
この敵を見過ごして良いものか。或いは戦うならば、司令官の決断が必要な場面である。本当にジオンが大人しくソロモンを引き上げるのなら、連邦には願ったりの状況なのだから。
しかし今、この高度な判断を下せる責任者はこの宙域にいない。ティアンム提督が健在なら、この状況に一つの答えを導き出していただろう。
(ここは、私が決めるしかないのね。)
マチルダより階級の高い士官は幾らでもいる筈である。だが、ペイルホースだけがジオンの巨大MAに対抗できた戦力なのだ。自然、マチルダの“この敵に勝てるか?”という見極めがこの戦局を判断する基準となる。
「引き下がるというのなら、見逃すわ。本当にドズル中将だったのなら、その方が効果的な筈よ。」
敵MAのデータは惜しい。バスクなら交戦を主張したに違いない。しかしマチルダのやり方は違う。ここまで生き残った以上、部下は全員無事で連れ帰りたい。その上でソロモンを取れるのだ。文句をつけたら、生き残れたという幸運を無駄にする事になる。
「油断はしないで。警戒を続けて。でも、いざとなれば逃げるわ。」
マチルダは最前線で敵と対峙し続けた。少しずつ味方のMSの位置を調整するが、敵は全く気にした様子はない。豪胆なのか、巨大MAの性能を信じているのか。或いはその両方かもしれない。
(確かに連邦の主力艦隊に単騎で甚大な被害をもたらしているわ。正直、勝てる気がしないもの。)
彼らが虚勢を張りつつも敵の撤退を見守る間、他の連邦の艦艇は遠巻きに事態の推移を見守り続けた。かなり複雑な思い抱いたマチルダを尻目に、敵は悠々と引き上げていった。
「皆、この場を離脱するわ。一度帰投しなさい。」
マチルダはようやく敵のプレッシャーから解放された。二度もあのMAと対決し、三度目も無傷で退けたのである。ソロモン占領がほぼ確実になった今、部下の損耗は避けたい。それに彼らは労られる価値がある。なぜなら今日の勝利の立役者は、間違いなくマチルダの部下全員の働きなのだから。
ランバ・ラルは、ヘルメットの中で溢れる涙を止めかねていた。最も前に出ていた二機の連邦のMS、軽キャノンとされる一機がアルテイシアであることは一目で分かった。サイド6の後で、“白くカラーリングした”との連絡が寄せられていたからである。そして控えめなハンドサインで、ハモンの機体も特定した。
彼女はずっと示唆し続けていた。“大丈夫、こちらの艦長に戦う意志はない”と。そしてラルは更に気がついたのだ。アルテイシアの白い機体こそが、ドズル中将のビグ・ザムを撃破した張本人である事に。
(アルテイシア様、まさか本当に成し遂げられるとは。)
成長したとはいえ、未だ10代の少女が戦場で親の仇を討つ。しかも連邦の兵士の誰もが見た事のないジオンの最新鋭MAを相手にしてである。
(これはまさに奇跡や運命としか言いようがないではないか。)
ラルが同じ事をしろと言われても難しい。それほどの難事をアルテイシアはやり遂げたのだ。
『ラル中佐、支度が整いました。』
ラルはバイザーを開けて、素早く涙を拭った。部下達には、この泣き顔を気取らせたくはない。声しか聞こえないにしても、だ。
「ビグ・ザムの痕跡はカケラも残すなよ。運んできた我らの責任とされかねん。それに実戦データは貴重だ。」
『心得ています。全て回収しました。』
「よし、マツナガ大尉のビグ・ザムが威嚇しているうちに引き上げるぞ。心配するな、ビグ・ザムが構えていれば敵も仕掛けられまい。」
被害を受けたビグ・ザムを、リックドムが二機ずつ牽引する。その周囲をザクが取り囲み、護衛や背後から押す係を務める。最後尾はマツナガ大尉のビグ・ザムである。彼は単騎で、敵艦隊の行動を掣肘していた。
「ソロモンを預かるのは作戦の内だ。ジオンの勝利まで、ほんのひとときのことよ。」
ラルはそう嘯くと、引き上げを命じた。ソロモンは陥落するというラルの見立ては正しく、ドズルは想定通りにアルテイシアに討たれた。望み得る完璧な結果に違いない。しかしラルの中のジオン軍人としての魂は、この敗戦を許容できずに疼いていた。
(感情の整理とは、ままならんものだな。これがダイクン派の利益であるのに。)
ラルは少し憂鬱である。誰も敗戦を告げる死者になりたくはない。ドズル中将が健在ならその責任を負った筈だが、彼は死んだ。救援に向かった立場である事が、今のラルには救いだった。
【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回はソロモン戦をお届けしました。『アルテイシアがドズルのビグ・ザムを討つ』という結末が分かっている中でも、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
ビグ・ザムについては、時間軸の近いルナツー攻略戦で3機を投入できていたため、その3機をソロモン戦へ投入する形にしました。
ドズルの最期や、ラルがソロモン戦を迎えるまでの苦心は、特に意識して描いた部分です。一方で、スレッガーとミライの指輪のシーンは、不思議なくらい自然に書くことができました。この恋は、彼女にとって必要な時間だったのだろうと感じています。
今回は、これまで活躍してきた人物たちが限界を迎える一方で、新たな人物たちが前に出る展開となりました。まさに「総力戦」を描けたのではないかと思っています。
また、今回ようやく、私がドズルという人物に抱いていたイメージを言語化できた気がしています。部下から慕われる上官として、理想ではなく、現実味のある人物像を目指しました。
個人的にお気に入りなのは、ラルへ向けてハモンがハンドサインで合図を送るシーンです。この二人なら、敵味方に分かれていても、それだけで意思を通わせられるだろうと思いました。
次回からは、ソロモン攻略後の物語が始まります。
今後ともよろしくお願いいたします。
今回のお話はいかがでしたか? 貴方の気持ちに近いものを選んでください。
-
ドズルが格好良すぎる
-
ラルの布石が見事
-
マチルダが有能すぎる
-
セイラが遂に成し遂げた
-
ミライに泣かされた
-
カイが頼もしい
-
今回はハヤトもリュウもジョブも活躍
-
ハモンの観察眼凄い
-
シイコのギャグ枠は健在
-
全体的に良かった