緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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6 選抜レース

 トレセン学園に入学してからしばらくの間、新入生たちは基礎的な体力作りと集団行動を中心とした共通のカリキュラムをこなす。そして、その基礎期間が一通り終わる中等部一年の六月末ごろ、一つの大きな節目となる『選抜レース』が開催される。

 

 これは新入生たちが各々の適性と能力を実戦形式で披露し、スタンドから目を光らせるトレーナーたちからスカウトを受けるための、いわば巨大なスカウト活動の場だ。

 スカーレットは入学前からすでに私と専属契約を結んでいるため、本来であれば無理に出場してアピールする必要はない。しかし、レース経験を積ませることと、現在の彼女の適性を実戦で再確認するため、話し合いの末に出走を決めていた。

 

 出走登録の際、私はスカーレットの骨格や筋肉の付き方、そしてこれまでの練習データから、彼女の適距離は二〇〇〇メートルから二四〇〇メートルあたりの中距離だろうと推測していた。

 だが、彼女自身が選んだ距離は一六〇〇メートル――マイル戦だった。

 

 その理由はおそらく、ルームメイトであるウオッカの存在だろう。

 同室でありながら、事あるごとに反発し合い、競い合っている同級生。ウオッカは筋肉の質や走りのフォームから見て、生粋のマイラーだ。スカーレットはあえて彼女の得意な土俵に乗り込み、直接対決で叩き潰すつもりなのだ。

 血の気の多いことだが、決して悪い選択ではない。スカーレットが目標とする『ティアラ路線』の第一冠である桜花賞は一六〇〇メートルだし、来年のデビュー後に挑むであろうジュニア級GⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズも同じく一六〇〇メートルだ。将来を見据えれば、今のうちにマイルでの適性と立ち回りを実戦で確認しておくことは必須と言えた。

 

「絶対、私が一番なんだから!」

 

 パドックで私に向かって自信満々にウインクをして見せたスカーレットを送り出し、私は観客席の端でバインダーを構えた。

 今日ばかりは、ただ「可愛い妹分の晴れ舞台を応援するお兄ちゃん」でいるわけにはいかない。将来、スカーレットの前に立ちはだかるであろうライバルたちの能力を、一通り観察してデータを集めなければならないのだ。

 他のトレーナーたちと同様に鋭い視線でターフを睨みつけながら、私はストップウォッチを手にレースのスタートを待った。

 

 そして、レースの方はというと……

 

 ゲートが開いた瞬間から、スカーレットは他を圧倒するスピードでハナを奪い、先頭を駆け抜けた。

 美しい緋色の髪を靡かせ、息の入らないハイペースで後続の脚を削りながら逃げる。その完璧なまでのペースメイクと力強い踏み込みは、とても中等部一年生とは思えない完成度だった。直線に入ってもその脚色は衰えず、誰もが彼女の逃げ切り勝ちを確信した。

 

 だが、残り二百メートル。

 馬群の中から、猛然と追い込んでくる漆黒の影があった。ウオッカだ。

 荒々しくも爆発的な末脚が、スカーレットの背中に迫る。逃げて粘るスカーレットと、外から強襲するウオッカ。二人の意地と意地がぶつかり合うデッドヒートの末――ゴール板を駆け抜けた瞬間、わずかに前に出ていたのはウオッカの方だった。

 

「……っ、あ……」

 

 着順掲示板の一番上にウオッカの番号が点灯したのを見た瞬間、ターフに立つスカーレットの肩がビクッと震えた。

 圧倒的な実力を見せつけながらも、最後に差されての敗北。負けん気の強い彼女にとって、しかも一番負けたくない相手に負けた屈辱は、計り知れないだろう。

 

 私の元に戻ってきた彼女は、今にも泣き出しそうな顔で唇を強く噛み締めていた。

 

「……お兄ちゃん、ごめんなさい。私……負けちゃった……」

 

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた妹分を前にして、私は持っていたバインダーを放り出し、周囲の目も憚らずに彼女を思い切り抱きしめた。

 

「謝る必要なんてない。完璧なレースだった。あのペースで逃げて、最後まであそこまで粘れるウマ娘なんてそういない。お前は本当に強かったよ」

「でもっ、でも……! ウオッカに、負けた……っ!」

「ああ、悔しいな。でも、今日は相手の土俵で、相手の最高の末脚がハマっただけだ。次は絶対に勝てるように、これからお兄ちゃんと一緒に特訓しよう」

 

 背中を優しく撫でながら、私は泣きじゃくるスカーレットを徹底的に甘やかし、慰め続けた。

 厳しい反省会は、明日からでいい。今日くらいは、初めての挫折を味わったこの小さな女王を、心ゆくまで受け止めるのが「お兄ちゃん」の役目だ。

 

 この日、スカーレットとウオッカの、数年にわたる長くて熱いライバル関係が、本格的に幕を開けたのだった。

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