焼け付くような夏の日差しの下で背筋を凍らせた私だったが、前世の修羅場をくぐり抜けてきた社畜の脳みそは、すぐさまパニックを抑え込み、トレーナーとしての冷静な思考を再起動させていた。
ジャーニーの目が完全に「ガチ」なのは恐ろしいが、彼女の実力は本物だ。トレーナーとして彼女のスカウトを受けるべきか否か、私は頭の中で高速で計算を始めた。
まず、同時に逆スカウトをしてきたウオッカやアストンマーチャンは、申し訳ないが絶対に「なし」だ。
彼女たちの主戦場は、スカーレットと完全に被るティアラ路線である。自分のチーム内で有力なエース候補を複数抱え、大舞台で潰し合わせるような真似は、彼女たちの可能性を狭めるだけの愚策でしかない。
その点、ドリームジャーニーは違う。あんなに小柄で可愛らしい風貌をしているが、彼女の適性と目指す道はクラシック路線、皐月賞、日本ダービー、菊花賞だ。三冠レースでスカーレットと食い合うことはない。シニアのグランプリや中長距離レースで激突する可能性は十分にあるが……
まあ、数年先の勝ち上がりまで今から心配してスカウトを躊躇するのは、捕らぬ狸の皮算用というやつだろう。
私のキャパシティという面でも、特に問題はない。
ベテランのトレーナーになれば十人、二十人と担当ウマ娘を抱えるのが普通だ。新人とはいえ、前世で複数のプロジェクトと無茶振りなタスクを同時進行で捌いていた私の処理能力をもってすれば、二人程度のマネジメントなど造作もないことだ。
となれば、残る問題は私とスカーレットとの相性、いや、スカーレット本人の意思である。
私の腕に力強くしがみつき、ジャーニーを威嚇している妹分を見下ろす。この過保護で嫉妬深い緋色の女王が、やすやすと他のウマ娘の加入を認めるわけがない。正直なところ、もし二人が衝突するようなら、私はノータイムでスカーレットを優先する。
「……契約自体は、前向きに考えてもいい。だが、スカーレットがいいと言えば、かな」
「えー、私次第なの?」
私が条件を出すと、スカーレットは少し驚いたように瞬きをした。
「当然だ。あくまでお前が第一優先だからね。お前が嫌なら絶対に断る」
「……ふふんっ、そっか。お兄ちゃんにとっては、私が一番なんだもんね」
私がはっきりと優先することを提示して甘やかすと、スカーレットの機嫌はあっという間にもどった。腕に抱きつく力はそのままに、ジャーニーへ向けて「どう? 私のお兄ちゃんだから」と言わんばかりのドヤ顔を見せつけている。チョロい。うちの妹分は本当に可愛いが、少しチョロすぎるかもしれない。
ひとまず、これ以上の話し合いは後日とし、その日は解散となった。
そして翌日。
「ジャーニーさん、チームに入れてもいいわよ」
朝のグラウンドで、スカーレットが昨日とは打って変わって、見事な手のひら返しを披露したのである。
私は我が目を疑った。昨日まであんなに牽制していたのに、一体何があったというのか。裏で何か弱みでも握られたのか、あるいは脅されたのかと一瞬不安になったが、スカーレットの表情を見る限り、怯えや不満の色はない。むしろ「良い取引をした」というような、少し得意げな顔すらしている。
シスコンの私が見る限り、スカーレットが不利益を被ったわけではなさそうだ。ということは、ジャーニーがスカーレットにとって『美味しい条件』を提示して、見事に言いくるめたということか?
スカーレットの性格を知り尽くした上で、たった一晩で彼女を丸め込む交渉術。恐ろしい手腕である。
一方のジャーニーはというと、私の視線に気づくと、あのねっとりとした小悪魔的な笑みを浮かべて、すっとすまし顔を作った。
「いえ、私の『運命の相手』は、どうやらトレーナーの中にはいなさそうですので。ならば、自分の才能を一番引き出して、成長させてくれそうなのがあなただった。ただそれだけですよ」
いけしゃあしゃあとそんなことを言うジャーニー。
まあこの子は策士ではあっても詐欺師ではない。嘘は言うタイプじゃないだろう。言わない真実があるのが怖いが、まあそこは諦めよう。
私としてもトレーナーである以上、これほど実力も頭の回転も早い有望なウマ娘のスカウトを断る理由もない。
「……分かった。これからよろしく頼む、ジャーニー」
「ええ。ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いしますね、トレーナーさん」
含みのある言葉に再び背筋を冷やしながら、私は彼女と握手を交わした。
こうして、ただでさえ理性の限界を試されていた私のチームに、新たな、そして非常に厄介な曲者が一人加わったのであった。