緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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閑話:密約

 ドリームジャーニーが私の専属トレーナーであるお兄ちゃんを逆スカウトしてきた時、私は絶対にダメだと猛反発した。

 

 だって、お兄ちゃんは私のものだ。小さい頃からずっと私を特別扱いしてくれて、一番近くで甘やかしてくれる、私の大切なお兄ちゃん。他のウマ娘なんかに、その時間を少しでも取られるなんて絶対に嫌だった。

 

 でも、その日の夜。

 私の部屋に、ジャーニー本人がこっそりとやってきたのだ。

 

「突然ごめんなさいね、スカーレットさん。少しだけ、お話ししませんか?」

「……何よ。お兄ちゃんを諦めてくれるって話なら聞くわよ」

 

 私が警戒して睨みつけると、ジャーニーはあの小悪魔みたいな笑顔で小さく首を振った。

 

「誤解しないでください。私は、あなたからトレーナーさんを奪おうなんて思っていませんよ。だって、彼の『一番』はあなたでしょう? それはどう見ても揺るがない事実です」

「なっ……と、当然じゃない! お兄ちゃんにとって、私が第一優先なんだから!」

 

 いきなり核心を突かれて顔が熱くなったけれど、彼女が私の「一番」という立場を認めていることは悪い気がしなかった。

 

「私はクラシック路線に進むので、ティアラ路線を目指すあなたとはレースでぶつかることはありません。むしろ、あのウオッカさんを倒すための最高の併走相手になってあげられます」

「ふん、別に私一人でもアイツには勝てるもん」

 

 強がりを言ったが必ずとは言い切れない。

 ウオッカの実力は残念ながら本物だ。負けないために少しでも力が欲しい。

 そんな内心を見透かすような眼をしてジャーニーは話を続ける。

 

「ええ、そうでしょうね。でも……私の『本命』はこれじゃないんです」

 

 ジャーニーはすっと目を細め、私の耳元で悪魔の囁きを落とした。

 

「トレーナーさん……毎日遅くまでデータ分析をして、あなたのケアもして、すごく疲れているように見えませんか?」

「っ……それは……」

「もし私がチームに入れば、私の分の仕事は増えますが、その代わりに私がチームの事務作業やデータ整理などの雑用をサポートします。そうすれば、彼の仕事は早く終わる」

「仕事が、早く終わる……?」

「ええ。そうすれば……トレーナーさんがあなたとゆっくり過ごす『お泊まりの日』や『甘やかしデー』の時間が、もっと増えると思いませんか?」

 

 ドクン、と私の心臓が大きく跳ねた。

 

「それに、私、お料理やお掃除も得意なんです。トレーナーさんのお嫁さんになるなら……こっそり、家事のコツも教えてあげますよ。彼を驚かせてあげたくないですか?」

 

 ジャーニーのその言葉に、私の頭の中は一気にお花畑になった。

 お兄ちゃんの負担が減って、お兄ちゃんがゆっくり休めるようになって。

 さらに、私と一緒にお部屋でゴロゴロできる時間が増えて。

 私がこっそり家事をマスターして、美味しいオムライスなんかを作ってあげたら、お兄ちゃんは「スカーレット、すごいな! すっかり良いお嫁さんだ」って頭を撫でてくれる……!

 

 なんだこれ、私にとってメリットしかないじゃない!!

 

 ……いや、待て待て。

 いくら条件が良くても、お兄ちゃんはすっごく優しくてカッコいいんだ。一番近くにいれば、ジャーニーだってお兄ちゃんに惹かれちゃうかもしれない。やっぱり油断は禁物だ。

 私がジッと胡乱な目を向けると、ジャーニーは私の警戒心を察したように苦笑した。

 

「安心してください。貴女の邪魔はしませんよ。私の『運命』は、残念ながら彼ではないですから」

「……じゃあ、なんでお兄ちゃんを?」

「私の運命を迎えに行くために、自分自身が最高のウマ娘になって、誰もが認める実績を作っておいて損はありませんからね。それには、一番いいのが彼だってことです」

 

 ジャーニーの瞳は、真っ直ぐで淀みがなかった。

 彼女の言う『運命』が何なのかは知らないけれど、その言葉が嘘ではないと、直感的に思った私は、彼女の提案を受け入れることにした。

 お兄ちゃんに特別な感情を抱いていないなら、ただの『一番優秀なトレーナー』として見ているだけなら、まあ横に置いておいてあげてもいい。

 

「……わかったわ。そこまで言うなら、お兄ちゃんのチームに入れてあげてもいいわよ。あくまで私が『一番』で、あなたは『二番目』なんだからね!」

「ええ、ええ。もちろんですよ。ふふっ……交渉成立ですね」

 

 ジャーニーが嬉しそうに笑っていたけれど、私だって負けないくらい得意げだった。

 私が少し譲歩してあげたおかげで、お兄ちゃんは優秀な教え子と事務作業のサポートを手に入れて、私はお兄ちゃんとのいちゃいちゃタイムとお嫁さんスキルを手に入れるのだ。我ながら、なんて賢くて優しい妹分なのだろう。

 

 翌朝、私がお兄ちゃんに「ジャーニーさん、チームに入れてもいいわよ」と伝えた時の、お兄ちゃんのちょっと驚いたような顔。

 きっと、「スカーレットはなんて心の広い、良い子に育ったんだ」って感動していたに違いない。

 

……もちろん、チームが二人になってからの練習が、まさかあんな地獄の「食トレ」と「スタート特訓」の無限ループになるなんて、この時の私は知る由もなかったのだけれど。

 でも、お兄ちゃんが私のために一生懸命になってくれるなら、私はいくらでも頑張れる。だって、私は誰よりも速い、お兄ちゃんだけの緋色の女王になるんだから!




 相手の弱点を見つけるのは大事ですよね。
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