緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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2 緋色の幼馴染

 お隣にウマ娘の一家が越してきたのは、私が小学校に入学する直前のことだった。

 

 引っ越しの挨拶に訪れたその家族を見て、私は内心でひどく驚いていた。本物のウマ娘というものを間近で見るのは初めてだったが、母親であるスカーレットブーケさんは、常人とは違う華やかなオーラを纏った、息を呑むほどの美人だったのだ。

 そして、彼女の腕の中でスヤスヤと眠る赤ん坊――ダイワスカーレットちゃんに至っては、もはや天使か何かと見紛うほどの神々しい可愛さだった。

 

 いや、ちょっと待ってほしい。ダイワスカーレット? それに母親がスカーレットブーケ?

 前世の競馬知識を持つ私には非常に聞いたことのある名前だった。

 母親のスカーレットブーケさんは、重賞を勝ち牝馬三冠路線を賑わせてきた名牝である。現にこちらのブーケさんも、現役時代に自分専用の勝負服を持っていた、重賞ウマ娘だ。

 そしてその娘であるダイワスカーレットといえば、前世の記憶では語り継がれるべき名牝中の名牝。ウマ娘のキャラクターとしても絶大な人気を誇っていた、誰もが知るトップウマ娘ではないか。とんでもないエリート一家が隣に引っ越してきたことになる。

 

 将来ウマ娘のトレーナーを目指す私にとって、これは千載一遇のチャンスだった。

 こんな幼い頃から名馬の系譜に連なる有望なウマ娘と懇意になっておけば、いざ私がトレーナーの資格を取った時、とてつもないアドバンテージになる。あわよくば、目の前にいる未来のトップウマ娘の担当に、そのまま立候補できる可能性だってあるのだ。

 我ながら打算的で薄汚い大人の思考だが、使えるコネは親でも隣人でも使うのが社畜の基本である。私はそんな下心を胸に秘めつつ、愛想の良いご近所のお兄ちゃんという完璧な仮面を被って、一家と積極的に交流を始めた。

 

 それに、正直なところ、同年代の子供たちと遊ぶのは精神的にひどく疲れたという事情もある。

 中身がすっかり擦り切れたおっさんである私にとって、無邪気な六歳児の輪に入って泥だんご作りに熱中するふりをするのは、高度な接待以外の何物でもなかった。

 その点、相手が赤ん坊であれば話は別だ。精神年齢の差をごまかして同レベルのフリをする必要はなく、ただ「面倒見の良い年上のお兄ちゃん」として優しくお世話をしていればいいのだから、圧倒的に気が楽だった。

 

 私はスカーレットブーケさんが忙しい時、率先してスカーレットちゃんの子守りを買って出た。

 ミルクを作り、人肌に冷ましてから飲ませ、背中をトントンと叩いてゲップをさせる。機嫌が悪ければあやし、手際よくオムツも替える。前世の独身時代には縁のなかった作業だが、社畜時代に培ったマニュアル遵守と適応能力のおかげで、すぐにコツを掴んだ。

 

 しかし、私の打算や合理的な計算は、あっという間に崩れ去ることになる。

 なぜなら、彼女が純粋に、そして信じられないくらい可愛かったからだ。

 

 やがて月日が流れ、スカーレットちゃんが自分の足でトコトコと歩き回れるようになると、彼女は私にべったりと懐くようになった。私が学校から帰ると、当然のように「おにーちゃん!」と舌足らずな声で呼びながら、短い足で一生懸命に我が家へ駆け寄ってくるのが日常になった。

 鮮やかな緋色の髪を揺らしながら私に抱きついてくる幼女。少し大きくなってからは、私が絵本を読んだり、お馬さんごっこの馬役(相手はウマ娘なのに)をやらされたりもしたが、前世で理不尽な上司にこき使われていた私からすれば、幼いウマ娘のワガママなどご褒美でしかない。

 そのかわいさの破壊力たるや、前世の荒みきった私の心を完全に浄化し、大人の理性を焼き切るには十分すぎた。

 

 有望なウマ娘とのコネクション作り? 未来の担当ウマ娘の青田買い?

 そんなものは、とうの昔にどうでもよくなっていた。

 私はただ、この愛らしい幼馴染の妹分を徹底的に甘やかし、その健やかな成長を特等席で見守るだけの、立派な「ダメお兄ちゃん」へと変貌を遂げていたのである。

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