緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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2 服選び

 夏の函館での『メイクデビュー』に向けて、我がチームは本格的な準備期間に入っていた。

 過酷なトレーニングやローテーションの調整も重要だが、その中でも意外と骨が折れる裏方の仕事がある。レース用の『体操服』の準備だ。

 

 レースで着用する体操服は、普段の練習着とは違う特別な仕様になっている。

 レースごとに割り当てられる枠番によって色が細かく変わるため、毎回オーダーメイドで買っていたら、いくら資金があっても足りない。そのため、基本的には学園や施設からレンタルすることになるのだが……。

 

 この「レンタル品の中から最適な一着を探し出す」という作業が、とてつもなく大変なのだ。

 空気抵抗を極限まで減らすためにできるだけ身体にフィットしつつ、激しい手足の動きや呼吸を阻害しないよう、きつすぎない絶妙なラインのものを厳選する必要がある。

 

「……なんでサイズの測定を、トレーナーである私がやらなきゃいけないんだ?」

 

 メジャーを手にした私は、トレーナー室の天井を仰ぎ見て、ひどく深い溜息を吐いた。

 目の前には、ミリ単位で正確な数値を測るため、下着以下の面積のスポーツインナー姿になったスカーレットとジャーニーが立っている。

 二人のスリーサイズから各部位の筋肉の付き方までを測定し、記録していく作業。いくら担当トレーナーと専属ウマ娘という信頼関係があるとはいえ、肉体年齢二十代の男が、ほぼ全裸の中学生の身体に直接触れるようにしてサイズを測るなど、前世の倫理観からすれば色々な意味で完全にアウトな事案である。

 

 だが、このウマ娘社会においては、これが「まずい事案」になる方向性が、私の感覚とは完全に真逆なのだ。

 学園のコンプライアンス窓口で問題になりやすいのは、「男性トレーナーによるセクハラ」ではない。「血気盛んなウマ娘に、過剰なスキンシップを『強要』された男性トレーナーからのSOS」という方向での被害報告なのである。圧倒的なフィジカル強者であるウマ娘の前では、ヒトの男などまな板の上の鯉にすぎない。

 つまり、被害者になり得る私が声を上げて問題にしなければ、社会的には何一つ問題にならないという狂った構造なのだ。

 

「お兄ちゃん、そこちょっとくすぐったいっ。……もっとちゃんと測ってよ」

「トレーナーさん、私のほうももう少し密着して測っていただかないと、正確な数字が出ませんよ?」

 

 無防備にすり寄ってくるむっちりとしたわがままボディと、小悪魔的な柔らかい感触に挟まれ、私の中の前世のおじさんは無事に天へと召された。何度目の死亡確認か、もう分からない。

 

 とはいえひどく感慨深いものがあるのも事実だ。

 メジャーを当てながら、目の前に立つスカーレットの身体を改めて見上げる。

 昔は私がオムツを替え、ミルクを飲ませていたあの小さな赤ちゃんが、今やこんなにも立派な体格に成長したのだ。ただ大きいだけではない。過酷な基礎練習を乗り越え、無駄な脂肪が削ぎ落とされ、必要な筋肉がバッチリとついた『むっちむちのバッキバキ』という、アスリートとして究極の完成形になりつつある。

 

(お兄ちゃんは本当に嬉しいよ……色んな意味で涙が出そうだ)

 

 心の中で親心と限界オタクの葛藤を噛み締めながら測定を終えると、次は地獄の試着タイムへと移る。

 

 倉庫から何着かピックアップしてきたレンタル用の体操服を合わせるのだが、彼女たちは当然のように私の目の前で脱いだり着たりを始めるのだ。

 

「お兄ちゃん、これちょっと胸が苦しいかも! 走ったら弾けそう!」

「トレーナーさん、こちらは少し丈が合いませんね。別のサイズを」

 

 もちろん、ずっと彼女たちの着替えをガン見しているわけではない。私は大急ぎでラックと更衣スペースを往復し、代わりのサイズを持ってくる「パシリ兼フィッター」の役目をこなさなければならないのだ。

 しかし、視界の端にはどうしても、健康的な肌色と、脱ぎ着するたびに揺れる暴力的なまでの質量が飛び込んでくる。

 

(もう、理性壊れちゃうよぉ……!!)

 

 私はトレーナー室の片隅で、自分の崩れゆく精神を必死に抱えながら、一人静かにむせ泣くのであった。

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