緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

25 / 46
4 メイクデビュー

 夏の函館。爽やかな潮風が吹き抜けるターフで、いよいよ我がチームの二人が『メイクデビュー』を迎えた。

 

 先陣を切って出走したのは、ドリームジャーニーだ。

 結果から言えば『楽勝』だった。

 地獄のスタート特訓の成果で無難にゲートを出た彼女は、道中は最後方でじっと息を潜め、勝負所で一気に大外からライバルたちを撫で斬りにした。その小柄な身体からは想像もつかない、鋭く残酷なまでの切れ味。後続に差をつけてゴール板を駆け抜けた彼女の姿は、見ているこちらが少し『慢心』を心配してしまうほどの圧倒的なパフォーマンスだった。

 

 そして、その翌日。いよいよ、大本命であるスカーレットの出走日である。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

 出走を控えた控え室。勝負服である真新しい体操服に身を包んだスカーレットが、上目遣いで私の袖をツンツンと引っ張った。

 

「なんだ? 緊張してるのか?」

「ううん、全然! あのね……今日、私が誰よりも速く走って、一番でゴールしたらさ。私の言うこと、なんでも一つ聞いてくれる?」

 

 少し頬を赤く染めながらの、可愛らしいおねだり。

 私は内心で、そもそもお前の言うことを拒否したことなんて、今まで一度もないんだがとおもいつつ、深く頷いた。

 

「当然だ。ケーキでも、買い物でも、なんでも好きなものをねだっていいぞ」

「ほんと!? やったぁ! えへへ……じゃあ、期待して待っててね!」

 

 パァッと顔を輝かせてターフへと向かう緋色の背中を見送りながら、私は少しだけドキドキ、そしてワクワクしていた。

 あんなに嬉しそうに、一体何をねだるつもりなのだろう。中等部二年の女の子が欲しがるものなんて、たかが知れている。どんなワガママでも、思い切り甘やかして叶えてやろうじゃないか。

 

 しかし、そんな呑気な兄心は、レースが始まった瞬間に吹き飛んだ。

 

 ゲートが開いた瞬間、スカーレットは弾丸のように飛び出した。

 他を圧倒するスピードでハナを奪い、そのまま息の入らないハイペースで集団を牽引し始める。いつも以上に実力を発揮しているというか、気合が入りすぎて暴走気味だった。

 

「馬鹿っ、飛ばしすぎだ! スカーレット、少しペースを落とせ!!」

 

 彼女の繊細な脚部に負担がかかりすぎないよう、私は観客席の最前列で身を乗り出し、喉が張り裂けんばかりの大声で叫び続けた。

 ライバルの動向を見る余裕などない。ひたすら彼女にセーブするよう指示を出し続けるだけで、こちらの寿命が縮む思いだった。

 結果として、私の声が届いたのか直線で少し息を入れたスカーレットは、最初から最後まで一度も先頭を譲ることなく、圧倒的な差で一番にゴール板を駆け抜けたのだった。

 

「はぁ……はぁ……心臓が止まるかと思ったぞ……」

 

 安堵で膝から崩れ落ちそうになる私に、学園のスタッフから「ウイニングサークルへどうぞ」と声がかかる。

 

 勝利の喜びに沸く観客の歓声と、無数のカメラのフラッシュが光るウイニングサークル。

 そこで待っていたスカーレットは、駆け寄ってきた私を見るなり、満面の笑みで飛びついてきた。

 

「お兄ちゃん、勝ったよ! 私が一番でしょ!」

「ああ、よくやった! すごいぞ、スカーレ――」

 

 私がその頭を撫でて労おうとした、次の瞬間だった。

 スカーレットは私の首に両手を回してぐっと引き寄せると、そのまま背伸びをして、私の唇に自分の唇を押し当てたのだ。

 

「――――ッ!?」

 

 ぶちゅー、という音が聞こえそうなほどの、情熱的な、そしてあまりにも堂々とした『公開キス』。

 唇から伝わる柔らかな感触と、汗と混じった彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 数秒のフリーズの後、周囲の観客と記者たちから「おおおぉっ!?」というどよめきが上がり、先ほど以上の猛烈なフラッシュが私たちを包み込んだ。

 

「んっ……えへへ。これが私のお願い。お兄ちゃんの『初めての勝利のキス』は、私がもらうって決めてたんだから!」

 

 顔を真っ赤にしながら、だけど信じられないくらい誇らしげに笑うスカーレット。

 

 パニックに陥った私の中のおじさんが、真っ白になった頭で周囲を見渡すと。

 サークルの少し離れた場所で、ドリームジャーニーが後ろ手を組みながら、ニヤニヤと楽しそうにこちらを見てほくそ笑んでいた。

 

 あの策士……! 絶対にアイツがけしかけたな!!

 なんでも言うことを聞くという約束を盾に、大観衆の前で既成事実を作らせるという恐ろしい悪知恵。間違いない、あの小悪魔の入れ知恵だ。

 

 おのれ、ジャーニー……!!

 私はカメラの砲列と妹分の極上の笑顔の前で、為す術もなく立ち尽くすのであった。




「トレーナーとスカーレットさんの関係はどういうものなのでしょうか?」
「お兄ちゃんは幼馴染で許嫁です」
「ちょ!?スカーレット!?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。