スカーレットの劇的な勝利からわずかな期間を置き、今度はドリームジャーニーが大舞台に挑む番がやってきた。ジュニアクラスのもう一つの頂点、『朝日杯フューチュリティステークス』である。
レース前、パドックに姿を現したジャーニーは、出走メンバーの中でもひときわ小柄だ。
だが、その小さな身体から放たれる存在感は、ある種の畏敬すら生み出していた。本人は勝負服を優雅に着こなし、普通に微笑んで愛想を振りまいているだけなのだが、彼女の底知れなさを知る者や、慣れていないファンたちは、その背後に渦巻く静かな威圧感に飲まれて息を呑んでいる。
「ジャーニー! 今日もすっごく可愛いぞー!」
ピンと張り詰めた空気を打ち破るように、私と、隣にいるスカーレットが大声で声援を送ると、場にふわりと和やかな空気が流れた。
こちらの声に気づいたジャーニーは、パッと花が咲いたような愛らしい笑顔で小さく手を振り返してくる。いや、普通にしていればあんなに可愛いのに、なんでお前は無意識にラスボスのような威圧感を出しているんだろうか。
そして、運命のレースがスタートする。
あの地獄のゲート特訓の甲斐あって、ジャーニーは出遅れることなく無難にスタートを切った。そのままスッと中団よりもやや後方の位置につけ、じっと息を潜めて脚を溜め続ける。
道中はまるで気配を消すような、不気味なほどの静けさだった。しかし、勝負所の最終コーナーを回った瞬間、その小さな身体に溜め込まれたエネルギーが一気に爆発した。
前を塞ぐ集団を大外から一気に飲み込む、圧倒的な末脚。
上がり3ハロンを33秒台という、異次元のスピードで駆け抜けられたら、そりゃあ大抵のレースは勝てるってものだ。
先頭でもがき苦しむウマ娘たちを文字通り「撫で斬り」にし、ジャーニーは涼しい顔でトップでゴール板を駆け抜けたのである。
「よしっ! 完璧なレースだ!」
私は歓喜の声を上げ、スタッフの案内に従ってウイナーズサークルへと向かった。
大歓声とフラッシュに包まれる芝の上。そこには、すでに余裕の息遣いで佇むジャーニーの姿があった。
だが、その顔にはいつもの上品な笑顔ではなく、どこか小悪魔的で、何かを企んでいるような笑みが浮かんでいる。嫌な予感がして私が歩みを止めかけた、その時だった。
「ふふっ……スカーレットさんにも、ちゃんと許可をもらってありますので」
ジャーニーは優雅な足取りでスッと私の懐に入り込むと、背伸びをして私の首に腕を回した。
そして、有無を言わさぬ見事な手際で、私の唇を奪ったのである。
「おおおおぉぉっ!?」
スタンドと記者たちから、先日のスカーレットの時と同じ、いやそれ以上の大きなどよめきと歓声が上がる。
フラッシュの嵐の中、唇にふわりと残る柔らかい感触と、ジャーニーの勝負服から漂う上品な香水の匂い。私は大歓声の真ん中で、完全にフリーズしていた。
(スカーレットの許可をもらったって、お前ら裏でどんな話をしているんだ……!?)
G1レースを勝つと、担当トレーナーに大観衆の前で公開キスをする。
我がチームには、いつの間にかそんな恐ろしい儀式が定着してしまったのだろうか。私はパシャパシャと光る無数のカメラのフラッシュを浴びながら、ただただ、悟りを開いたように遠い目をするしかできなかった。