私は学生寮の屋上で、ジャーニーと待ち合わせをしていた。
大舞台を前に一度ちゃんと話をしておく必要があったからだ。
並んで空を見上げながら、私は単刀直入に切り出した。
「ねえ。前に『私の運命の相手はここにはいない』って言ったわよね。あれ、どういう意味なの?」
私の問いに、ジャーニーいつものすました顔を少しだけ崩した。
「ええ。運命の相手が別にいるというのは嘘ではありません。ですが……この世界には、多分いないんですよ」
「……この世界には?」
「いくつもの世界があります。そのどこかにはいるのでしょうが、私には会えないでしょう」
窓の外の夜空を見上げるジャーニーの瞳は、どこか遠く、手の届かない場所を見つめているようだった。
正直、彼女の言っている意味は全然わからなかった。いくつもの世界だなんて、まるでオカルトかSF映画みたいな話だ。でも、その酷く寂しそうで、同時に諦めを孕んだような『遠い目』を見ていると、彼女が嘘をついているとは到底思えなかった。
「……そっか。で、お兄ちゃんとはどうするの?」
「どう、とは?」
「お兄ちゃんに迫るつもり?」
「それは、スカーレットさん次第ですね」
ジャーニーは悪びれる様子もなく、ふんわりと微笑んだ。
「私が『近寄るな』って言ったら?」
「近寄りませんよ。チームのサポートやレースの作戦だけをこなす、ただの教え子に戻ります」
ジャーニーはあっさりとそう言い切った。私への遠慮というよりは、本当に私に決定権を委ねている口ぶりだ。
私は彼女の真意を探るようにじっと見つめ返し……やがて、小さくため息をついた。
「……でも、貴女が居てもいいと思ってるわ」
「おや」
ジャーニーが意外そうに目を瞬かせる。
「もちろん、一番はお兄ちゃんとずっと一緒にいる私だけどね! でも、貴女がお兄ちゃんの仕事を手伝ってくれるおかげで、私がお兄ちゃんとゆっくり過ごせる時間が増えてるのは事実だし。……それに、お兄ちゃんって放っておくと無理しちゃうから、貴女みたいにしっかり管理してくれる人がもう一人くらい居てもいいかなって」
「ふふっ……それは光栄ですね。ですが、そんなに甘いと、他の人に付け込まれますよ?」
「あー……」
ジャーニーの指摘に、私は思わず嫌な予感を覚えて天を仰いだ。
脳裏に浮かんだのは、夏に遊園地で迷子になっていた、あの黒髪の小さな女の子だ。お兄ちゃんに肩車されて「このお兄ちゃん、すっごく優しいの!」と無邪気に笑っていたあの子。
お兄ちゃんは本当に優しくて、困っている子を絶対に見捨てられないお人好しだ。きっとこれからも、あの子みたいにお兄ちゃんに惹かれて寄ってくるウマ娘は現れるだろう。
「まあ、そういうのが出てきたら適宜考えればいいでしょ。私たちがしっかり手綱を握って、お兄ちゃんを守ってあげればいいだけだし」
「そうですね。優秀で優しいトレーナーさんには、少しばかりの苦労と、私たちの愛を受け止めていただかないと」
私たちは顔を見合わせ、ふふっと共犯者のような笑みをこぼした。
圧倒的な力を持つウマ娘の社会において、実績を残した一人の男性トレーナーを複数のウマ娘で共有するような形に収まることは、別にないわけではないのだから。
もちろん、お兄ちゃんにとっての『一番』で、誰よりも愛される特別なお嫁さんの座だけは、絶対に誰にも譲るつもりはないけれど!