緋色の女王の幼馴染   作:雅媛

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2 進学

 桜の季節。トレセン学園は新たな出会いと活気に満ちていた。

 私と担当の二人は、無事に中等部三年生へと進級。いよいよ一生に一度のクラシッククラスに挑む勝負の年が幕を開けたのである。

 

 学園内には真新しい制服に身を包んだ新入生たちが溢れ、グラウンドもひときわ賑やかになっていた。そんな春の陽気の中、私がトレーナー室へ向かって廊下を歩いていた時のことだ。

 

「あっ、お兄ちゃーん!」

 

 ふわりと甘い香りがしたかと思うと、私の背中にどんっ、とウマ娘が飛びついてきた。

 振り返ると、そこには見事な銀髪、ウマ娘特有の『芦毛』の髪を揺らす、可愛らしい少女の姿があった。

 顔には見覚えがある。というか、学園にいれば嫌でも目に入る。カレンチャンだ。最近、SNSなどで爆発的な人気を誇るカリスマ・インフルエンサーであり、今年入学してきた新入生の中でもひときわ注目を集めている存在である。

 だが、なぜそんな有名人が若手でしかないトレーナーである私に「お兄ちゃん」などと懐いて引っ付いてくるのだろうか。

 

 私が戸惑っていると、トレーナー室の中からスカーレットとジャーニーが出てきた。

 

「あっ、お嫁のお姉ちゃんと愛人のお姉ちゃんも、久しぶり〜♪」

「あら、カレンちゃん。久しぶりね。入学おめでとう」

「お久しぶりです、カレンさん。制服、とても似合っていますよ」

 

 ……は?

 カレンチャンのとんでもない呼び掛けに、私の教え子二人は一切ツッコミを入れることなく、ごくごく自然に挨拶を返した。

 というか、二人が彼女と知り合いってどういうことだ。私の知らないところで、いつの間にそんな交流が生まれていたんだ。

 

「ほらお兄ちゃん、約束通りトレセン学園に入ったよ! 髪が白くなったらお嫁にしてくれるって言ってたから、来ちゃった♪」

「言ってねえからな!?」

 

 満面の笑みでとんでもない爆弾発言を投下するカレンチャンに、私は全力でツッコミを入れた。

 芦毛のウマ娘は、年齢を重ねるにつれて髪の色が白く変化していくという特徴がある。昔のトレンディドラマで「白くなった頃が成人だから、その頃にお前をお嫁にしてね」といった台詞が流行っていたが、それを地でいくような発言だ。

 

 しかし、その『芦毛』と『昔の約束』というキーワードで、私の脳内の記憶がガッチリと結びついた。あの頃はまだ髪が黒かったが……

 

「……ああっ! お前、もしかしてあの時の!?」

「えへへ、そうだよ! あの遊園地で迷子になってた――って、あ!」

 

 カレンチャンは言葉を切り、ジト目で私を睨みつけた。

 

「……お兄ちゃん、もしかして今の今まで、私のこと忘れてたな?」

「……うん、完全に忘れてた。髪色もあの時は真っ黒だったし」

「もーっ! お兄ちゃんのバカバカ! ひどいっ!」

 

 ぷくーっと頬を膨らませてむくれるカレンチャン。すると驚いたことに、普段なら私に近づく他のウマ娘を全力で威嚇するはずのスカーレットが、「はいはい、お兄ちゃんがデリカシーなくてごめんね。よしよし」と、まるでお姉さんのようにカレンチャンの頭を撫でて慰め始めたのだ。

 お前、そっち側かよ!?

 

「ということでお兄ちゃん、私と契約して♪」

「え、断る」

 

 私はノータイムで即答した。

 今年はスカーレットもジャーニーも、クラシック級のG1戦線を戦い抜く超重要な一年だ。ここにきて新入生の面倒まで見る余裕は、いくら前世が社畜のおじさんとはいえ物理的に厳しい。

 

「なんでー!?」

「そうよお兄ちゃん、カレンちゃんを入れてあげなさいよ」

「ええ、とても見どころのある子ですし、入れてあげましょうよ」

 

 カレンチャンの抗議に重なるように、スカーレットとジャーニーまでが彼女のスカウトを後押しし始めた。

 

「お前ら! なんでそっち側なんだよ!? 今年のクラシック路線に集中しなきゃいけないって分かってるだろ!?」

「えへへ〜。だって私、お兄ちゃんが絶対断ると思ったから、お姉ちゃんたちにずっと前から『根回し』してたもん」

 

 カレンチャンはペロッと舌を出し、小悪魔的なウインクを決めた。

 

「なんで私が知らないところで、私のチームの包囲網が完成してるんだよ!!」

 

 後から聞いた話によれば、カレンチャンは持ち前の圧倒的なコミュニケーション能力と情報網を駆使し、「私はスカーレット先輩の絶対的な『一番』の座を脅かさない」「ジャーニー先輩のデータ収集や裏方作業もSNSの力で手伝う」という説得で、すっかり二人の懐に入り込んでいたらしい。

 中等部一年生にして、この恐るべき根回しと交渉術。前世の営業部長も真っ青のやり手である。

 

 完全に外堀を埋められ、ウマ娘三人のキラキラとした(一部はねっとりとした)瞳に見つめられた私は、結局カレンチャンもチームに迎え入れることに同意させられてしまった。

 

 まあ、新入生はこれから半年間の基礎練習期間があるし、本格的なデビューは早くても二年目以降だ。今の二人のトレーニングへの影響は少ないだろう……

 

 そう自分に言い聞かせ、必死に自己正当化を図る私。

 こうして、ただでさえ理性の限界と胃痛に苛まれている我がチームに、新たに『計算高い芦毛のインフルエンサー』という厄介すぎる新入生が加わったのであった。

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